ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第25話 吸魂鬼

 ハリーは目を開けた。床が揺れている。ホグワーツ特急が再び動き出していた。車内も明るさを取り戻している。座席から滑り落ちたらしいが何があったのだろう。

 頭巾に覆われた得体のしれない何者かを見た瞬間、息が胸の途中で使えた気が下。寒気がして、心臓を掴まれたような気すら。

 

 冷気に引きずり込まれ、何かのうなり声と叫び声を聞いたような気がした。哀願の叫び。誰かしらないその人を助けたいとすら思った。

 その跡、ハリーは何かを見た気がした。炎に燃える逆さまの十字架のような何か。その前でサルビアが笑っていたような気がしたのだ。

 

 それはあまりにもありえない光景。あの優しいサルビアが、まるで蟲を踏みつぶして、塵を見るかのような目をして哄笑をあげているなどありえない光景だ。

 だから、きっと何かの見間違いだろう。そう思いながら悪い気分の中ずりおちた眼鏡をあげる。そうすることで周りが見れるようになった。

 

 ロンとハーマイオニーが心配そうに脇にかがみこんでハリーを覗き込んでいる。その上からネビルとジニー、サルビアと見慣れない男の人がが覗きこんでいた。

 

「大丈夫かい?」

 

 ロンが恐々聞いてきた。

 

「あ、ああ」

 

 ハリーはドアの方を見た。頭巾の生き物は消えていた。

 

「何が、起こったの? あいつはどこに行ったんだ? 誰が叫んだの?」

「誰も叫びやしないよ」

 

 ますます心配そうにロンが答えた。ハリーは明るくなったコンパートメントを見渡す。ジニーとネビルの二人が顔面蒼白でハリーを見返してきた。

 

「でも、僕、叫び声を聞いたんだ――」

「落ち着きなさいハリー」

「そうだ、落ち着きなさいハリー」

 

 その時、ひんやりと水をかけるように冷静なサルビアの声がコンパートメントに静かに響き渡った。皆が顔面蒼白の中彼女だけはいつも通りだった。

 もとから顔が病的に白いということもあるだろうけれど、いつも通りの彼女を見てハリーは安心と共に冷静さを取り戻していく。

 

 そのおかげで、男の人に気を回す余裕が出来た。

 

「あ、あのあなたは?」

「ルーピン先生。新しい闇の魔術に対する防衛術の先生よ」

 

 サルビアがそう答えた。

 

「よろしく」

「あ。あのよろしくお願いします。えっと、あれは一体なんだったのですか?」

吸魂鬼(ディメンター)。アズカバンの看守だよ。あれは、そこにあるだけで活力を奪う。特に、凄惨な経験をした者が大好物なんだ。こういうときは――」

「これでも食べなさい」

 

 ルーピン先生が何かを取りだそうとする前にサルビアが鞄からチョコレートを取り出して渡してくる。ついでとばかりに皆にも配って自分も食べていた。

 本当は何があったのかもっと話を聞きたかったけれど、食べるまで話す気はないという言外の言葉を感じ取ってハリーもおずおずと食べる。

 

「君は、本当に優秀だね」

「どうも」

 

 ルーピン先生とサルビアがそんな会話している間にチョコレートを食べる。それだけで、身体の中があったかくなっていくようだった。とてもおいしくいいものだとわかる。こんなに良いものをくれるサルビアはとても良い人なんだと思った。彼女の為に働きたいとすら思うほどに。

 

――あれ?

 

 何かおかしなことをハリーは考えたような気がしたが、すぐにそれはルーピン先生の言葉によって霧散する。

 

「落ち着いたみたいだね。私は運転手と話してこなければならない。すまないが、失礼……」

 

 そう言ってルーピン先生はコンパートメントを出て行った。

 

「ハリー、本当に大丈夫?」

「う、うん。だけど、僕、わけがわからないよ」

「吸魂鬼が、あなたの感情を吸ったのよ。そうしたらあなたは倒れてしまった。強く影響を受けたのね」

「僕、君がひきつけかなんか起こしたのかと思った」

 

 サルビアが説明して、続けるようにロンが言った。まだ恐ろしさが消えないとでもいうように。

 

「君、なんだか硬直して、座席から降りて、ヒクヒクし始めたんだ――」

「そうしたら、私も気分が悪くて覚えてないんだけど、サルビアが吸魂鬼に杖を向けたの。それから呪文を唱えたら、銀色の恐ろしいドラゴン現れてが吸魂鬼を追い払ったの。あれはなんなの?」

「守護霊の呪文よ。あれらに対して有効な呪文の一つ」

「怖かったよぉ」

 

 ネビルが声を上ずらせながら言う。それはどっちにいったのか。吸魂鬼か、それとも銀色のドラゴンか。なんだか両方な気がする。

 未だに、恐ろしさが抜けないのかブルブルと震えていた。

 

「あいつが入ってきた時、どんなに寒かったか、みんな感じたよね」

「僕、妙な気分になった。もう一生楽しい気分になれないんじゃないかって」

 

 ジニーはハリーと同じくらい気分が悪そうで隅の方で膝を抱えている。小声ですすりあげた。ハーマイオニーは彼女を慰めるように抱いた。

 

「だけど……誰か、座席から落ちた?」

「ウウン、ジニーがめちゃくちゃ震えてたけど」

 

 ロンがまた心配そうにハリーを見た。

 ハリーにはなんだかわからなかった。まるで病み上がりのように弱り震えていた。しかも恥ずかしい。なぜ、自分だけがこんなに酷いことになったのだろう。

 わからないまま、汽車はホグズミード駅に停車した。下車するのは相変わらずひと騒動だ。ふくろうやネコが鳴いて、ネビルのヒキガエルは帽子の下でゲロゲロと五月蝿く泣いている。

 

 それに紛れて、

 

「イッチ年生はこっちだ!」

 

 懐かしいハグリッドの声が聞こえてきた。ハリー、ロン、ハーマイオニーが振り向くとプラットホームの向こう側にハグリッドがいた。

 びくびくとしている新入生たちを手招きしている。

 

「四人とも、元気かー!」

 

 ハリーたちはハグリッドの呼び声に手を振った。話しかける機会はなかった。周りの人波に流されながら馬車道に出て例年通り馬車に乗った。

 

「はあ」

 

 ハリーは息を吐く。チョコレートを食べて気分がよくなってはいたが、ハリーはまだ体に力は入らなかった。ロンとハーマイオニーはハリーがまた気絶するのではないかと心配してか横目でしょっちゅうハリーを見てきた。

 心配はありがたいが、みんなが気絶してないのに自分だけ気絶した恥ずかしさと惨めさを思い出して良い気分にはならない。サルビアのようにいつも通りにしてくれている方が幾分も気分が良かった。

 

 馬車は壮大な鋳鉄の門をゆるゆると走り抜けた。門の両脇の石柱には、羽の生えたイノシシの像が立っており、頭巾をかぶった、聳え立つような吸魂鬼がここにも二人、警護に立っていた。

 ハリーは、またしても冷たい吐き気に襲われそうになり座席のクッションに深々と寄りかかって門を通過し終えるまで目を閉じていた。

 

「なんで、あんなのがホグワーツにいるんだ?」

 

 ハリーが誰となく問いかける。

 

「シリウス・ブラックが脱獄したせいでしょう」

 

 サルビアがそれだけ言う。

 

「でも、ダンブルドアが居れば、ブラックは手を出せないはずでしょ」

「万全を期すというやつだと思うわ」

 

 それでもあんなものがホグワーツにいるというのは嫌だった。

 

 そのうちにひと揺れして馬車は停まる。四人は馬車から降りて城への石段を上る。こういう時に意地の悪いことをいうマルフォイはハリーの姿を見たかと思うと、サルビアに視線を向けてそのままどこかへ行ってしまった。

 それにハリーはそれを珍しいやおかしいなと思いながらも気にする余裕はなく、生徒の群れに交じって大広前へと向かう。このまま大広間に入るという時、

 

「ポッター! グレンジャー! 二人とも(わたくし)の所へおいでなさい!」

 

 誰かに名前を呼ばれた。驚いて二人して振り返るとマクゴナガル先生が生徒の頭越しに呼んでいた。マクゴナガル先生にかわりはなく、いつも通り厳格な顔をして髪をきっちりと髷に結い、四角い縁の眼鏡の奥の目は鋭い。

 どうして呼ばれたんだろうと思いながら人ごみをかき分けて先生の方へ向かう。少し不吉な予感がした。どういうわけかマクゴナガル先生は自分が悪いことにしたに違いないという気持ちにさせる。

 

「そんなに心配そうな顔をしなくてよろしい――少し私の事務室で話があるだけです。ウィーズリーとリラータはみんなと行きなさい」

 

 そうロンとサルビアに行ってその背中を押す。

 マクゴナガル先生はハリーとハーマイオニーを引き連れてにぎやかな生徒の群れから離れていく。マクゴナガル先生の事務室に着くと、先生は二人に座る様に合図した。

 

 おずおずと座る。

 

「聞きましたよポッター。汽車の中で気分が悪くなったそうですね」

 

 なぜ知っているのかはともかく、ハリーが答える前にドアを軽くノックする音が響き、校医のマダム・ポンフリーが気ぜわしく入ってきた。

 ハリーは顔が熱くなるのを感じた。気絶したのとか気分が悪くなるのはもういい。それも恥ずかしいというのに、みんなが大騒ぎするなんて本当に恥ずかしい。

 

「僕、大丈夫です。何もする必要はありません」

「ポッター、一応です。気分が悪くなったものは他にもいます。しかし、その、あなたほど酷い者はいませんでしたからね。

 ――ポッピー、吸魂鬼です」

「ああ、あんなものを学校の周りに放つなんて」

 

 そう言いながらマダム・ポンフリーはハリーの前髪をかきあげて額の熱を測る。

 

「倒れるのはこの子だけではないでしょうよ。そう、この子はすっかり冷え切ってます。ああ、なんて恐ろしい連中。もともと繊細な者に連中がどんな影響を及ぼすことか」

「僕、繊細じゃありません!」

「ええ、そうじゃありませんとも」

 

 マダム・ポンフリーは、ハリの脈を取りながら上の空で答えた。そんな彼女にマクゴナガル先生がきびきびと聞く。

 

「この子にはどんな処置が必要ですか? 絶対安静ですか? 今夜は医務室に泊めた方が良いのでは?」

「僕、大丈夫です!」

 

 そんな先生の問いにハリーは弾けるように立ち上がった。病棟に入院なんてしたら、ドラコ・マルフォイになんて言われるか。

 さっきは何も言わなかったが、次こそこれ幸いとばかりに行ってくるに違いない。そうに決まっている。

 

「そうね。少なくともチョコレートは食べさせないと」

 

 マダム・ポンフリーがハリーの目を覗きこもうとしながら言った。

 

「もう食べました。サルビアにもらいました。みんなに配ってくれたんです」

「そう? ちゃんと治療法を知っているなんて流石ね」

「ポッター、本当に大丈夫なのですね?」

 

 マクゴナガル先生が念を押してくる。

 

「はい」

 

 ハリーはなるべく力強く答えた。

 

「いいでしょう。ミス・グレンジャーとちょっと時間割の話をするので、外で待ってらっしゃい。それから一緒に宴会に参りましょう」

 

 外に出てほんの数分待てばハーマイオニーが何やら酷く嬉しそうな顔をして現れた。そのあと、マクゴナガル先生が出てきた。

 三人で先ほど昇ってきた大理石の階段を下りて大広間に戻った。フリットウィック先生が古めかしい帽子と三本脚の丸椅子を大広間から運び出していた。

 

「あー、組み分けを見逃しちゃった」

「そうだね」

 

 そう言いつつ、マクゴナガル先生と別れた二人は出来るだけ目立たないように進んだ。ロンとサルビアが席を取ってくれていたので、ロンの隣にハーマイオニーが、サルビアの隣にハリーが座る。

 

「いったいなんだったの?」

 

 ロンが小声でハリーに聞いてきたので、ハリーが耳打ちで説明を始めた時、ダンブルドア校長があいさつするために立ち上がったので話を中断する。

 ハリーはダンブルドア校長がにっこりと笑いかけたのを見て、吸魂鬼がコンパートメントに入ってきた時以来初めて安らいだ気持ちになった。

 

「まずは、おめでとう!」

 

 ダンブルドアは顎鬚を蝋燭で輝かせながらそう言った。

 

「新学期おめでとう! 皆にいくつかお知らせがある。一つは深刻な問題じゃから、皆がごちそうでぼーっとなる前に片付けてしまおう」

 

 そこでダンブルドア校長は咳払いをしてから言葉を続けた。

 

「皆も知っている通り、ホグワーツ特急で捜査があった。我が校は、ただいまアズカバンの吸魂鬼、ディメンターたちを受け入れて折る。魔法省の用でここに来ておるのじゃ」

 

 ダンブルドアは言葉をそこで切る。ハリーはウィーズリー氏が言ったことを思い出す。出発前に聞いた、吸魂鬼が学校を警備するという話を。そして、ダンブルドアはそれを快く思っていないということを。

 

「吸魂鬼たちは学校への入口という入口を固めておる。はっきり言っておくが、あの者たちが折る限り、誰も許可なしで学校を離れてはならんぞ。あの者たちは、いたずらや変装に引っかかるようなシロモノではない。――透明マントでさえ無駄じゃ」

 

 ダンブルドアがさらりと付け加えた一言にハリーはロンと顔を見合わせた。

 

「言い訳やお願いも無駄じゃ。ディメンターにはできない相談じゃ。一人一人注意しておくぞ。あの者たちが皆に危害を加えるような口実を与えるではないぞ。監督生よ、男子女子、それぞれの新任の首席よ、頼みましたぞ。誰一人としてディメンターといざこざを起こすことのないよう気を付けるのじゃぞ」

 

 ダンブルドアはそうしっかりと言い含めた。パーシーが胸を張ってもったいぶって周りを見渡すのをハリーは見た。

 

「では、楽しい話に移ろうかの。今学期から嬉しいことに、新任の先生を二人、お迎えすることになった。まずは、ルーピン先生。ありがたいことに空席になっている闇の魔術に対する防衛術の担当をお引き受け下さった」

 

 ぱらぱらとあまり気のない拍手が起こった。ルーピン先生は一張羅を着込んだ先生方の間で一層みすぼらしく見えた。

 よく見ればスネイプ先生がルーピン先生を酷く睨んでいた。また闇の魔術に対する防衛術の担当になれなかったからひがんで睨んでいるのだろう。

 

「もう一人の新任の先生じゃが、前年度末に魔法生物飼育学の先生じゃったケトルバーン先生が退職なされた。その後任として、ルビウス・ハグリッドが森番役に加えて教鞭をとって下さることになった」

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニーは驚いて顔を見合わせた。そして、三人ともみなと共に拍手した。グリフィンドールからの拍手は一段と大きく。逆にスリザリンからの拍手は驚くほど小さい。

 ハグリッドをハリーが身を乗り出して見ると、夕日のように真っ赤な顔をして自分の巨大な手を見つめていた。嬉しそうな顔はもじゃもじゃの髭に埋もれている。

 

「そうだったのか!」

 

 ロンが合点がいったという風に言う。

 

「噛みつく本を指定するなんて、ハグリッド以外にいないよな!」

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニーは最後まで拍手し続けた。サルビアは手が痛くなるからか早々に拍手を終えている。

 

「さて、これで大切な話はみな終わった、宴じゃ!」

 

 ダンブルドアの宣言と共に、金の皿、金のゴブレットに突然食べ物、飲み物が現れた。ハリーは急にハラペコになり、手当たり次第にガツガツと食べた。

 吸魂鬼の恐怖もこの時には、忘れることができた――。

 




ハリー視点。サルビアとの約束によってマルフォイが大人しい。こんなのフォイじゃねえ。とかスリザリンでいざこざあってるけど、まあ、サルビアには関係ないので良いよね。

そして、ハリー視点なので、実に平和。本当、平和。これがいつまで続くのやら。

次回はいつもの授業回。平和、まだ平和。

Fate/GOですが、イベントで召喚札的なのが手に入ったので、引いてみました。魔導書でした。深い悲しみが襲いました。以上。
うん、まあ、アルテラみたいな奇跡は早々起きませんよね。わかってた。

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