闇の魔術に対する防衛術。毎年毎年様変わりする授業。今年の初授業として、グリフィンドール生は、ナイア・ルシファーの教室へとやってきていた。
教室もその先生の趣味により様変わりするが、今回の教室はいたって普通のようであった。普通。ようは、魔法使いが使いそうな様々な道具が置いてあり、それっぽいということ。
ただし、言い知れぬ感覚をサルビアは感じていた。舐めるように見られている。そんな感覚だ。特に顕著なのは、名前を呼ばれるとき。
出席簿で生徒一人一人の名を呼ぶ際、少しだけねっとりとした何かをサルビアは感じる。正直に言って不快だ。
「さんたまりあ うらうらのーべす さんただーじんみちびし うらうらのーべす」
無駄にいい声で、オラショを歌いながら彼は教室に入ってくる。
「さて、それじゃぁ、授業を始めようか。おっとォォ、その前に僕の自己紹介をしておこう。僕は、ナイア・ルシファー、女の子は可愛く親愛を込めてナイア先生♡って呼んでねぇ。男どもは先生と呼んでね。別に名前呼ばなくていいから。呼ばれたくないしぃ。で、僕はねぇ、片田舎で魔法の研究をしていたしがない魔法使いさ。ここで講師を募集していたから来たわけさ」
ダンブルドアが採用するくらいならば、それなりに優秀なのだろう。
「でも、まぁ、君たちとしては、僕の実力が知りたいよねぇ。僕としても、君たちの実力はさぁ、知っておきたいよねぇ。とぉーいうわけでー、決闘をしまーす。なんでもあり、君たちの実力をぼぉくに見せてねぇー」
いきなりの決闘。何を考えている、この教師は。
「それじゃァ、そこの傷有の君、ハリー・ポッター、君からやろうか。聞いてるよォ、賢者の石の事件を解決したの君なんだってねぇ。守護霊も使えるってきいてるよぉー。すごいねぇ、すごいねぇ、才能の塊だ」
「あ、ありがとうございます?」
褒められているのか、それとも煽られているのか判断が付かなさそうな、
まあいい、守る羽目になった塵屑が負ける姿を拝めて、塵の実力を見れるのならば喜んで死んで来い塵屑。
「さあ、立って、壇上に上がると良い。僕は、手加減をしてあげよう。さあ、杖を抜くと良い。僕は、杖を抜くところから始めるからさぁ。僕の杖を飛ばしたら勝ちで良いよ。何をしてもかまわないからねぇ」
明らかに不利な条件。杖を最初から抜いておけば、あとは振って呪文を唱えるだけ。武装解除の呪文で終わりだ。
「それじゃぁ、始めようか」
「エクス――」
だから、教本通り、塵屑は武装解除を選択した。もっとも効果的な呪文だ。それさえ当ててしまえば杖は弾き跳び、魔法使いは無防備になる。
対する塵は、
「なっ――」
あろうことか杖を抜かずにハリーへと踏み込んでいた。喜色満面の笑顔で、ハリーへとその大柄な体躯を使って即座に踏み込む。
魔法戦で接近してくるなどありえないことだった。そのためハリーは混乱する。それでも何とか呪文を放とうとするが一瞬だけ躊躇った。
そりゃそうだ。魔法使いの決闘をすると言った相手が杖も抜かずに突っ込んでくるのだ。意味が解らない。これでは、ダドリーの喧嘩とかプロレスじゃないか。
それでもなんとか呪文を放とうとする。その時には既にナイアは目の前だ。右腕で杖腕が弾かれる。たったそれだけで武装解除の呪文は明後日の方向へ飛んで行ってしまった。
そして、ハリーは床に倒された。
「はーい、僕の勝ちー」
「え?」
目を白黒させるハリー。
「…………」
サルビアは、呆れた顔で見ていた。魔法使いの決闘でなんで格闘戦をしているのだとか、色々言いたいことはあるが、それにまったく対応できてないハリーに呆れていた。
相手の実力を視るどころか、見せることすらできないとは、流石は塵屑だ。
「せ、先生! それは卑怯じゃ」
ハーマイオニーがそう言うが、
「うーん、僕は最初に言ったよ、なんでもありだってねぇ。それに決闘と僕は言った。魔法使いの決闘とは一言も
言っていないし、魔法を使うとも言ってないんだよねぇ」
「それは、そうですけど。闇の魔術に対する防衛術の授業ですよね」
「良し、じゃあ、そこの一人わかってそうな、君、説明してやって」
――そこでなぜ私を指名する。まあいいだろう。塵共にもわかるように教えてやろう。
「これも闇の魔術に対する防衛術よ。何も反対呪文を唱えたり魔法を使うことだけが、対抗する術の全てではないってこと」
これでもわからないらしい、首をかしげる塵らが何人か。
「はぁ、じゃあ、もっと簡単に言ってあげるわ。近づいて殴った方が魔法を使うより早いし、確実でしょ。それにこれなら杖を失った後にでもやったら奇襲になるしね」
まあ、極端な話だが。そういう対抗措置もあるということを教えたいのだろう。超好意的に解釈すれば。魔法使いという生き物は格闘戦に総じて弱い。
魔法という便利なものがあるからそれに頼る。魔法の軌道を読み切りそれを躱して接近して殴り飛ばす。それが出来れば魔法を使わずに魔法使いを倒せるということだ。
その有用性はとっくの昔にサルビア自身が証明している。歴戦の闇払いたちに対して格闘戦をやり、勝利した。それが何よりも有用だと物語っている。
なにせ、杖を吹き飛ばされてから相手が油断したところへの奇襲だ。巧くいかない要素の方が少ない。
「そういうことそういうこと。君たちは杖を失ったら終わりと思っているだろうけれど、こういう選択肢もあるということを知っておいて欲しかったのさ。さあて、大丈夫かい、ハリー。ごめんねぇ、投げちゃって」
「だ、大丈夫です」
「そうかい、じゃあ、座って授業をしよう」
ハリーが席に座ると、彼は授業を始める。酷くまともな内容だった。つまるところ闇の魔法とは何か。
「僕が教えるのは、反対呪文とかそういのだけどさぁ、闇の魔法というのがどのようなものなのか。君たちは本当に知っているのかなぁ? たぶん知らないよねぇ、知識だけの闇の魔法なんて知っているうちに入らないよ。だからさぁ、君たちにはこれから闇の魔法を使ってもらうよ」
そして、あろうことかこの男はそんなことを言い出した。
「闇の魔法において尤も忌み嫌われている呪文とは何か。それを知っている子はいるぅ?」
おずおずと自信がないのか、怖がっているのか手をあげる生徒たち。ナイアは、女子ばかり当てて言って答えさせる。
服従の呪文、磔の呪文。
「最後の一つ、わかるひと。いや、そうだねぇ、君に答えてもらおうかな、サルビアちゃぁん」
「…………死の呪文」
「そうだよ、正解。死の呪文。さあ、てここに、大きな大きな蟲がいまぁあっす。これから君たち全員にこの三つの呪文を使ってもらうよぉ」
グリフィンドールの全員がざわめく。そりゃそうだ。授業で禁じられた呪文を使う事になるとはだれも予想していない。
「しゃらっぷ! さあ、静かに。だってさぁ、知識で知っているより、君たち使って理解した方がはやいでしょぉ? あ、それとも先に体験が良い? 良し、じゃあ一人ずつ磔と服従をかけよう、そうしよう」
「せ、先生!?」
というわけで、と言うが早い。彼は古びた杖を取り出して、問答無用で呪文をかけていく。服従の呪文をかけて動けなくしてから磔のコンボ。
サルビアは抗ってやったし、磔も受けて平然としていた。身体中を蟲が食い破るかのような苦しみ。この程度ならばまったくもって問題なかった。何人か服従には抗ったが、磔を食らって息も絶え絶え。叫ぶ暇すらない。
特にネビルなんて気絶して起きないほどだ。
「はい、軽くかけたからもぉう、大丈夫。さあ、じゅぎょうさいかーい、いくよー。さあ、みんなでレッツチャレンジ!」
というわけで実技スタート。誰も動けない。そりゃ動かないだろう。動けないのだ。
「ね、ねえ、どうしたらいいのかしら」
ハーマイオニーがそうサルビアに聞く。
「やらないで良いんじゃない」
教師が使えと言った、ならば使っていいということだが、おそらくこの教師、ダンブルドアにもその辺の許可を取っていない気がする。
「考えてもみなさいよ。あのダンブルドアが許可するとでも」
「使わないと終わらないよー。ちなみにダンブルドアにかける許可はもらったけど、使わせる許可はないんだよねー」
「ほらね」
結局、時間になるまで誰一人として呪文を使った奴はいなかった。そして、それが正解だった。曰く、闇の魔法の誘惑に勝てるかどうかとかいう感じの授業だったらしいのだ。
それを聞いた、グリフィンドール生はとても疲れた顔をしていた。
「はいはい、みんなにチョコレートをあげよう。食べると楽になるよ」
サルビアは受け取ったチョコを食べなかった。あの男からのもらったものなど食わないに限る。嫌な予感がしたのだ。だから、ネビルにくれてやった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なんだよ、あの授業! 生徒に禁じられた呪文をかけたりして、ありえないって!」
談話室に戻るとロンがそう言う。ハリーも積極的に同意したかった。気持ちが悪かったのだ、あの呪文は相当に。闇が心を包み込むというか、とにかく気持ちが悪い。
平然としているサルビアは、本当凄いというかなんというか。
「そう思えるのなら、あなたは正常ってことよ。少なくとも闇の魔法使いになろうとは思わないでしょ」
「当然だね」
ロンがサルビアの言葉に激しく同意する。そういう目的もあるのかなとハリーはぼんやりと思った。
「そこまであの先生が考えているとは思えないんだけど」
ハーマイオニーがそういう。確かにそうだ。あの先生がそんなことまで考えているとは思えない。ただ、色々と規格外なのはわかった。
今後も闇の魔法を教えられる。それからそれに対する対抗呪文も教えてくれるので、まともな先生ではあるのだが、まともと言いたくない。
「ほんとだよ、なんで、あんなのダンブルドアは採用したんだ?」
他にまともなのいただろと続けるロン。
「仕方ないわよ」
「そうだね、ハーマイオニー」
なにせ、一年以上続けられた先生がいないのだから、呪われているとか思われてしまうのも当然だ。
「……ねえ、文句ばかり言うのなら、私のいないところでしてくれるかしら。不愉快よ」
「あ、ごめんサルビア。じゃあさ、三校対試合の話は?」
「酷い話だよな。17歳以上じゃなきゃ参加しちゃだめだって。一千ガリオンだぜ、それだけあったら――」
一千ガリオンが手に入った時のことを妄想するロン。確かに良いとは思うけれど、ハリーからしたらあまり魅力的とは言えない。
確かに、それだけのお金があれば新型の箒を買えるとか考えたりはするけれど現実的じゃない。きっとサルビアだって参加したいとは言わないはずだ。
「ぐだぐだ言っている暇があるのなら、課題でもやったら? 時間の無駄よ」
――ほらね。
「少しくらい教えてくれても?」
「そういうのは自分で考えてから言いなさい」
ロンは課題の答えを聞こうとしてサルビアに断られている。ハーマイオニーは最初から教える気がない。
「誰が選ばれるんだろう」
ハリーは話を戻す。課題をやるよりそうやって話している方が良いからだ。
「誰だろうな!」
これ幸いとばかりに乗ってくるロン。
「誰がなっても応援するだけよ。だから、課題をやりましょ」
ハーマイオニーはそういうけれど、初日から頑張らなくてもいいんじゃないかと思う。そんなことよりもっと大切なことがあると思うのだ。
クィディッチとか。そういっても、今年はクィディッチがない。楽しみがなくなって悲しいとても悲しい限りだ。
そう言っても、ハーマイオニーやサルビアはとりあってくれず課題をやるまで談話室から出してもらえなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
深夜、サルビアは一人ホグワーツを徘徊していた。監視は見られない。信用されているのか。だとしたら、ダンブルドは底抜けの馬鹿ということになる。賢い馬鹿ほど手におえないものはない。
このあるいは、この城内ならばどうにでもなると思っているのか。少なくとも今のサルビアでは、ダンブルドアに勝てない。
業腹だが、手順を踏めばいいのだ。勝てないのならば勝てるようになるまで。幸いなことに、あのお人好しの善人は、病魔を完治させてくれた。実に役に立つ屑だ。
ダンブルドアさえ殺してしまえば、この身は真に完治と言える。まだ手はある。
「手駒が、バジリスクが生き残っていた」
ゆえに、まずやるべきことはバジリスクとの接触だ。そのために必要な場所。誰にも見つからない場所が必要だ。
「ん?」
そう思っていると部屋があった。サルビアの記憶にはこんなところに部屋などないはずだ。ホグワーツ城8階、バカのバーナバスがトロールに棍棒で打たれている壁掛けの向かい側。
ここには部屋などないはずだった。また魔法の何かだ。サルビアは入る。そこは穴の開いた部屋だった。穴はパイプのようでもある。
「もしかすると――来い、バジリスク」
呼びかける。すると穴の中からバジリスクの巨体が現れた。
「まさか、バジリスク専用の部屋というわけはないわね。なら、ここは、そういう部屋ということかしら」
必要なものが存在する部屋。ホグワーツでも珍しい部屋だと言えるだろう。その手の書物にも載っていないということは特別な方法でしか入れないということ。
知られていなければ誰にも見つけられないのだから。
「こんな好都合な部屋があるとはね。ん?」
ふと、他には何があるのかと部屋の中を物色していると、髪飾りを見つけた。計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なりと刻まれた黒ずんだティアラだ。
「これは……この装飾からして、レイブンクロー?」
おそらくはゆかりのある代物に違いない。
「それがなぜ、こんなところに」
まあいいか。
「砕け」
別にいらないので、バジリスクに壊させることにした。投げ渡したら、良い感じに牙が突き刺さり砕け散った。
「ああ、そうだ。今まで生きていた褒美だ。名前をくれてやる……そうだな。お前は、セージだ」
何やら名前をくれてやったら狂乱して喜んだ。うるさい。引っ付いて来るな。生臭い。
「たまに様子を見に来る。誰にも見つからず潜伏していろ。時が来たら呼び出す」
そう言って部屋をあとにした。
髪飾りがしれっと破壊されるの巻。物色してたらなんか出てきた。別にいらないのと汚いのでバジリスクに壊させました以上。
さて、次回はボーバトンとかが来て炎のゴブレットかな。