ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第40話 ホーンテール

『GRAAAAAAAAAA――――!!!!』

 

 ホーンテールの咆哮がロンを直撃する。黄色の瞳がロンを射ぬく。

 ただそれだけで、呼吸が止まる。息を吸っても吐いても空気が肺に入って行かない。苦しさを感じる。息をするという生物が普遍的に行う呼吸が止まって、苦しくない生き物はいない。

 

 視界が、歪む。我知らず喘いで、強烈な眩暈がロンを襲う。

 

「む、無理だ――」

 

 その時、ロンが心の中に積み上げていた気合いとやる気が折れた。

 そんな風でもホーンテールは止まってはくれない。咆哮をあげて、炎を吐いてくる。

 

「避けろ馬鹿が――!!」

「はっ――!!」

 

 響いてきた声。その声に反射的にしたがって、ロンは岩陰へと入った。

 それと同時に放たれるドラゴンブレス。15メートルにもなる炎が岩を融かさんと灼熱の嚇怒を放つ。

 

 陽炎が見えるほど。まるで太陽でも生まれたんじゃないかと思うようなのような莫大な熱量が噴出している。炎に触れずとも肌が焼けるかのような感覚。

 もはやその熱量自体が致死の猛毒。拡散する熱量だけで人は近づくだけで炭化し岩は溶けていく。

 

 そんな莫大な熱量。盾の呪文で防ぐことすら無謀。それは、どのような魔法使いでも例外ではなく。人間という括り、タンパク質にて構成される人間だからこそ不可能。

 タンパク質は高熱で変性する。ゆえに、人体に高熱は禁忌。人が平温でしか生きれぬ理由がそれだ。例え英雄であったりしても人間としての物理法則には逆らえないのだ。

 

 ゆえにロンは、岩の後ろから出ることができない。いずれ岩が解けるかもしれないことはわかっている。けれど、そこから出ることができないのだ。

 歓声が遠い。どうしてこんなことになってしまったのか。走馬灯のように流れていく。40度を超えれば問答無用でアウト。

 

「動きなさい」

「――――ッ!!」

 

 声に従ってロンは岩の後ろを飛び出す。タイミングよく炎が止まった瞬間だった。再びホーンテールが火炎を吐き出す前にロンは別の岩の後ろへ隠れることに成功する。

 だが、それがなんになるというのだ。場所が変わっただけで状況は一切変わっていない。

 

「あ、アグアメンティ!」

 

 ブレスに対して水を出してみる。杖先から、鉄砲水のように水が飛び出すが、炎の前に一瞬で蒸発させられた。

 ブレスに対抗することはできない。それが証明された。

 

 いや、今更証明されたところでなんだという話だ。そんなことはわかっていたじゃないか。だから、今度は自分に水をかけた。

 少しは涼しくなった。そして、落ち着いた。

 

「落ち着け、やらないと」

 

 思い出せ、やったことを。

 息を吐いて、思考を回転させる。チェスをやっていると思うのだ。勝利への筋道を考えるのだ。

 

「まずは、相手の観察」

 

 炎が切れた瞬間、ロンは飛び出した。勇気を振り絞りホーンテールの前に立つ。

 相手を観察する。相手の動き、癖。それらを見抜くのだ。チェスも同じだ。初めての相手と戦う時はまず互いに様子を見る。

 

 相手が得意とする定石を知り、それに対する定石を探す。無論、相手もそのくらいわかるから、それに対応すべく手を考えてくる。

 定石通りには決していかない。だが、定石があるからこそ勝つための打ち方を知ることができるのだ。

 

 まずは相手を知ることだ。全てはそれからだ。ホーンテールがどのように動くのか、どういう性格なのか、金の卵は? 特性は?

 まずはそれを確認する。事前情報として種のことはわかるが、このホーンテールの事はわからない。だから、まずは情報を収集する。

 

「フリペンド――!!」

 

 簡単な攻撃呪文を放つ。ホーンテールは避けもしない。その程度の魔法など効かないと言っているのだろう。

 事実、フルペンドによって生じた光弾はホーンテールの鱗に当たって消滅した。

 

 攻撃呪文が効かない。それは予想していたことだった。だから次の手を考える。岩場を走り回りながら、時折炎から身を隠しながらロンは考える。

 どうすれば生き残れるか、どうすれば勝てるのか。考える。何とか思考は回る。身体は動いてくれている。何とか戦えているという実感がロンを支えていた。

 

 だが、それを嘲笑うかのようにホーンテールは咆哮をあげる。

 矮小な鼠は追い詰められれば猫を噛む。だが、それだけだ。

 

 鼠が竜を噛んだところで痛手になるわけもなし。むしろ、噛んだ方が痛手を負う。

 魔法生物の頂点。まさしく王と言うべき生物。それがドラゴンだ。

 

 ゆえにホーンテールは目の前を飛び回る羽虫に近いロンに対して何ら思うことはない。

 卵を狙う不届きもの。ならば撃退する。

 

 何かしら魔法を放ってくるが、その全てがホーンテールを害するものではない。ただ煩わしいだけだ。炎を吐けば相手は隠れる。

 次第に隠れる岩がなくなって行くがいつまでもつだろうか。そんなことをホーンテ-ルは考えるが、無駄であると放棄する。

 

 もとより矮小な人間に負けるはずもない。それが震える鼠であるならば負けるどころか傷つけられることすらないだろう。

 それは驕りではなく単純な性能差の問題だ。

 

 ドラゴンという生物は巨大である。それだけにその身体を支えるために骨は強く、筋肉は発達している。小さな身体を支えるだけの骨と筋肉しかない人間とは比べものにならない。

 その上で強靭な身体は、これまた強靭な鱗に覆われている。並みの魔法を弾き、魔法以外の攻撃も防ぐ最高の盾だ。

 

 牙と爪は、人間にはない鋭さを持つ最高の武器だ。吐き出す火炎は岩をも融かす高温。羽根を拡げれば飛ぶことすら可能。

 陸と空にておいドラゴンを食らう生物がいないことを考えれば、まさしく生物ピラミッドの頂点に位置すると言っても良い。

 

 だからこそ、伝説なのだ。このドラゴンを倒すというのは。

 怪物殺しの王(ベオウルフ)

 竜殺しの英雄(ジークフリート)

 神のペットを殺した王(カドモス)

 竜を退治した聖人(ゲオルギウス)

 八頭八尾を殺した神(スサノオ)

 

 伝説に謳われる英傑たち。彼らに並ばなければ竜の打倒など不可能。

 

 それでも何とかしようとロンは足掻く。魔法を当てて反応を見て、どうにかならないか。どうすればいいかを模索する。

 だが、炎を防ぐための岩がなくなる。前に出るしかない。

 

 だから前にでた。その瞬間。

 

「――――ガアアアァァア」

 

 ロンの身体をホーンテールの爪が襲う。咄嗟に後ろに跳んだ為に爪を受けることはなかったが、その風圧に飛ばされて叩き付けられる。

 たったそれだけで、心がへし折れた。

 

「無理だ、勝てるわけがないよぉ」

 

 ロン・ウィーズリーはどうしようもなく凡人である。

 出自も大したことはない。秀でたことと言えばチェスしかなく、それ以外は人並みか人よりできないかくらいだ。

 普通の少年なのだ。思春期の14歳の少年。有名になってみたいという夢を抱くそんな普通の少年なのだ。

 

 ハリー・ポッターのように何か特別があるわけでもない。彼のように何かをしようとしてもロンにはできないだろう。ハリーがここに立っていればまた結果は違ったかもしれない。

 ハーマイオニー・グレンジャーのように勉強ができるわけでもない。彼女ならばきっと呪文を一杯知っているからこんな試練も乗り越えてしまえるかもしれない。

 サルビア・リラータは言うまでもない。彼女は天才だ。この程度の試練なんて眠りながらでも突破してしまう。彼女が何かに負けている姿なんて想像できない。

 

 それくらい彼女は凄い。

 

 それに比べてどうだロン・ウィーズリーは。

 どうしようもなくロン・ウィーズリーは凡人だ。凡人なのだ。

 

 今も、尾を躱しきれず吹っ飛ばされている。棄権する暇すらホーンテールは与えてはくれない。生きているのはサルビアから逃げる訓練で散々特訓させられたからだ。

 避けることに関しては、ちょっと自慢できるくらいはあるかもしれない。

 

 だが、それはこのつらい時間を長引かせているだけだ。もういっそのこと諦めた方がいいのかもしれない。

 

 自嘲、増悪、後悔、諦観。それらがごちゃまぜになった悪感情をそのままに罵倒を吐き出しながら転げまわる。無様だと笑われているのだろうか。

 そんなことすらもうどうでもよく、ただただ思う。どうしてこうなったのかと。

 

 それでもどうにかこうにか生き残りたいという一心でただただ逃げ惑う。振るわれる尾をしゃがんで躱せば動きが止まったところにドラゴンブレス。

 こんがり焼ける前に地面を転がってでも逃げる。逃げる、逃げる、逃げる。

 

 もう勝つとかどうでもよく、生き残る為の方法を考えていた。反骨心なんてものはとっくになえている。さっきまではどうにかこうにかやっていただけに過ぎない。

 なにせ、最初の咆哮の時点で折れてしまっているのだから。

 

「いっそ、気絶しちゃえば」

 

 そうなればこんがり丸焼き。きっとダンブルドア校長などが助けてくれるかもしれないが――。

 

 ぼろぼろになりかけた制服が目に入る。

 

 ――それは許されない。

 

 しかし、心は萎えたままだ。

 

 ドラゴンをどうにかする手段はある。攻撃手段をまず奪う事。簡単な魔法を使えばいい。ヒントはハーマイオニーが言ってくれた。

 その次は? 相手の動きを止める。少し難しいが何度もやれば不可能じゃない。

 そして、卵を奪う。

 

 勝利への筋道は見えている。問題は使える駒が自分(キング)しかないということ。

 

 だが、どうしてもその手段を取れない。

 だって――

 

 ――怖い。

 

 どうしようもなく怖い。

 

 日本の魔法界を背負う責任? そんなの背負えるわけがない。重すぎる。

 英雄に恥じないように? 無理だそんなこと。一学生が英雄に恥じない行為をしろだなんて不可能だ。

 怖いし重い。

 

 もう嫌だ。

 

『それでいいの?』

 

 ふと声が聞こえた。いいや、聞こえるはずがない。ならばこれは幻聴だろうか。

 その声は問いかけてくる。

 

――今こそ、勝利する?

 

「無理だ」

 

 ――僕には向いてない。

 

 ならば、

 

――わき目もふらず逃走する?

 

「できない」

 

 ――そんな状況にはない。

 

 逃げることは許されない。

 では、

 

――潔く敗北を受け入れる?

 

「やりたくない」

 

 ――もう傷つくのは嫌だ。

 

 ゆえに、どの選択肢も不適格。この場合選ぶことができるものではない

 主役のように光を求めて駆けることをしようとして、できなくて今這いずりまわっている。

 

 そんな己の分では、主役にはなれない。それがわかっても認めることを嫌がって、それでいて雄々しく散ることを心底怖れている。

 

 その性根はまさに凡夫だ。

 どこにでもいる普通の少年に過ぎない。

 

 ならばこそ願うことは一つだ。主役になれなず、脇役でいることも認められないのであるならば、もうできることは一つしかない。

 

 つまりは――。

 

 ――逆襲を。

 

 その選択を誰も肯定しない。されど、肯定してほしい人へと向けて、少年はただ目を向けるのだ。

 

「そう――」

 

 それを見て女はまた思うのだ。

 

 逆襲の本質。弱者が強者を滅ぼすからこそ成立する概念。勝利の栄光を手にした者にはその権利はない。負けた者、あるいは栄光の中にない凡夫、物語の中心にいない脇役だからこそ引き起こせる奇跡。

 

「見せろよ。お前が役に立つところを――」

 

――ならば、逆襲(ヴェンデッタ)を始めよう

 

「わかったよ」

 

 声が確かに聞こえた。だからこそ、(ロン)は立つ。

 

 既に勝利への筋道は出来上がっている。観客が何かを言っている。実況が何かを言っている。だが、そんなものは聞こえない。

 霞んだ視界にとらえているのはドラゴンですらなく。ただ一人の女。逆襲を捧げる。

 

 ゆえに、まずは一手だ。取り換えの呪文。それで鱗一枚を自分の替えのパンツと取り換える。当然、それは鱗じゃないからどこかへと飛んで行く。

 むき出しになるホーンテールの肉。紅く強い強靭性が感じられる。

 

「スポンジファイ」

 

 そこに、

 

『GRAAAAAA――?!!』

 

 有りっ丈を込めて衰えの呪文を使う。

 

「スポンジファイ!!」

 

 もう一度、衰えたそこへともう一度。更に、もう一度。何度も何度も魔法を放つ。弱い魔法でも積み上げればその効力は甚大なものへと変貌する。

 ドラゴンの筋力が衰えその翼でも腕を地面につく。そうしなければ支えられないのだ。それでもなんとか卵だけは潰さないように前に出て地面へと腹もつける。

 

 それほどまでにホーンテールは弱っている。

 

「アグアメンティ!!」

 

 ロンは前に出た。放たれる火炎に向かって水を被ったまま突撃して相手の翼の下へ。

 

「スポンジファイ!!」

 

 狙いは翼の皮膜。如何に竜であろうとも皮膜は薄い。だから衰えさせて、

 

「レダクト!!」

 

 粉々にする。

 これで飛んで逃げることもできない。

 

 もとより逃がす気はない。絶対強者に教えてやる、鼠の恐ろしさというものを。

 

『GRAAAAAAAAA――』

 

 それでもホーンテールはロンをかみ殺そうと迫る。身体が魔法を受けて衰えている。だから首だけ動かしてロンを狙う。

 ハーマイオニーに言われた通り、ロンは迫る牙をマシュマロに交換した。言われてから散々練習してきた呪文は成功する。

 

 牙の一撃はマシュマロになった。そのおかげで、牙の分顎を閉めただけのホーンテールはロンをかみ殺すことができない。

 それどころか顎の力も衰えさせられる。口をあけて体内に直接魔法を打ちこんだ。どんな生物も体内は鍛えられない。

 

 もはや首も動かせないだろう。轟音を立ててホーンテールが倒れる。

 

「チェック」

 

 それでも安心できない。ロン・ウィーズリーは臆病者だから。衰えさせたが、まだホーンテールの目は生きているから。

 だからまた取り換えの呪文でドラゴンの爪をケーキに取り換えてやった。散々練習してきた。あの無理に頼んだサルビアとの地獄の特訓の日々は無駄ではない。

 

 ハーマイオニーに教えてもらったくらげ足の呪いをドラゴンへとかける。一発ではなく四発。前脚、後ろ足をくにゃくにゃにしてやった。

 十分に衰えさせたからこそできたことだ。

 

 そして、

 

「ラングロック!」

 

 サルビアから教えてもらった呪文を行使する。舌を口蓋に貼り付ける呪文らしい。誰も知らない呪文でどこから彼女が調べて来たのか、それとも作ったのか知らないが、敵を黙らせるのに使えるとのこと。

 それをつかってホーンテールの舌を口蓋に貼りつけた。これで炎は吐けない。

 

「チェックメイト――」

 

 あとは卵をとればいい。

 

 卵をとる。

 

 会場はしんと静まり返っていた。

 逃げ惑っていた少年が、まさかの逆転勝利。それも文句も言わせぬほどの。

 

「ほら、見せつけてやりなさいよ」

「うん――」

 

 だから、ロンは彼女の言葉に従って金の卵を掲げて見せた。

 

 それからやってくる大歓声。誰もがロンを讃える。良くやったと。

 それから点数の発表だ。審査員六名がそれぞれ10点満点で発表する。

 

 最初にマダム・マクシームが杖を宙に掲げて8を描いた。

 続いて、クラウチが8を描く。

 バグマンも同様に8点。

 ダンブルドア校長は10を描き、石神静摩は10点と書かれたフリップを出した。

 残るカルカロフは、3の数字を描いた。

 

 合計点数47点。

 1位は50点のビクトール・クラムで、2位はセドリック・ディゴリー、フラーと続きロンだ。それでも良くやった方だ。

 

 これにて、第一の試練は終わった――。

 




筆が乗ったために連続更新。
スポンジファイによって衰えさせてから取り換えて戦力を奪う作戦でした。
衰えの呪文って結構便利だと思うの。あと取り換えの呪文。
それによってドラゴンの武器を尽く使えなくしてくことが勝利への道筋だったようです。

もう少し修業期間があればね、サルビア監修の新魔法ガンマレイとか、シルヴァリオクライとかを習得させられた可能性のあるロン君でしたが、時間が足りなかったために今回はパス。
ラングロックは半純潔のプリンスのだけど同じ発想したサルビアが塵屑黙らせるために開発した奴です。
そして、ロンはサルビアときゃっきゃうふふな追いかけっこしたおかげでドラゴンの攻撃とか避けられるようになりました。
アレ、これがご褒美で良くないか?

得点について。
 マダム・マクシーム。時間がかかり怪我もしたが、ドラゴンを無力化してみせた為の評価。
 クラウチとバグマンもマダム・マクシームと同様の理由である。
 ダンブルドア校長は言わずもがな。
 石神静摩は、常に10点しか出さない。こいつは真面目に審査する気がない。誰か連れて帰れ。
 カルカロフ。いつもの贔屓。時間がかかったし、怪我もしているためにこの点数。本人は厳しめにしたと言っているが、実際はパンツが顔に飛んできたため。本当0点とかにしたかった。

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