それはお前にとっての最悪。
お前自身が失いたくないと思っているもの。
サルビア・リラータを奪還せよ
――ここはどこだ。
サルビアはその強靭な精神で目を覚ました。マクゴナガルに呼び出されてから少し記憶がない。ダンブルドアがいたことは覚えているが、どういうことになったのか。
サルビアは一瞬で自らがどのような状態なのかを理解する。水の中だ。苦しくないのは魔法がかけられているからであろう。
水中人が周りにいる。つまりは湖。第二試練の場所だ。
――宝物を探せ。そういうことか。
自分は誰かの賞品にされてしまったということ。
目を閉じながら、振動操作の呪文を用いる。それによって、周囲の環境を誰に気が付かれることなく知覚してみせる。
うまく振動を操作し水中人たちに気が付かれずにサルビアは周囲の環境を知る。
他に捕まっているのは、
ダンスパーティーでそれぞれ代表選手と踊っていた面々とその妹だ。
いわば人質。
――まったく、情けない。
それは自分か、あるい他人か。自分で抜け出せるのだが、ここで抜け出してやるのは面白くないだろう。どうせならば、もっと面白くしてやるのはどうだろうか。
そう例えば、駒を成長させる為に試練を追加してやるとか。
サルビアは、暗い水底を更に漆黒へと染め上げる。
――インペリオ
そして、服従の呪文を自らを中心に広げる。
――従えよ有象無象ども。
自らを繋いでいる水草の鎖を引き千切り、水底へと降り立つ。傅くは水中人。隔離されていたはずの大イカ。湖に住む全ての魔法生物がサルビアへと恭順する。
――さあ、行けよ。ここに来るやつら全員、ぼこぼこにしてやりなさい。
それで死ぬのならばそれまで。死なぬのならばそれは使えるということだ。それから変身術を使い岩を変身させる。
水の精霊ヴォジャノーイ。その姿を模した怪物だ。サルビアの強大な魔法力を込めて作り上げた水の悪魔だ。倒せる者などいるはずがない。
それから岩をくりぬいた玉座に座って勇者を待つ。早く来るが良い。お前たちの宝物はここだぞ。
第二の試練は、まったく意図しない女の手によって、混迷を極めていくのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
フラー・デラクールは水中を行く。泡頭の呪文を使い空気を吸いながら。その時、彼女は気配を感じ取った。自らを見る気配。
人から見られるほどの美貌を備えているフラーからすればその視線は慣れた物。ゆえに、彼女は見られるという事に対しての察知能力だけは高い。
見られている。つまりは、敵の存在だ。今まで何もなかったが、来た。そう思い杖を構える。現れるのは薄緑色をして、指はが長く角があり、歯は緑のグリンデロー。
グリンデロー、あるいはグリンディロー。それはイギリスに存在する水魔の名だ。攻撃的であり、水中人が勝っていることがある。
つまり敵。そう認識した瞬間、グリンデローが襲いかかってくる。
すかさずフラーは、躱す。その長い指が狙ってくるのは首だ。彼らの指の握力はとても高く、その指で締めてくるのだ。
人を引き込み、首を絞めることもある。ペグ・パウラーに近く、人を引き込み食らうのだ。
この程度に負けるつもりなどフラーはない。呪文で応戦する。曲がりなりにも代表選手になったのだ。魅了だけが武器ではない。
煌びやかな魔法で応戦して見せる。もしここに観客がいたのならばその姿にまるごと魅了されていただろう。
それほどまでに綺羅綺羅しい魔法が飛び交い、グリンデローを追い払う。
「行きましょう」
そう言って先へ進もうとした瞬間――。
「きゃあ――」
何かに足を掴まれ引き込まれた。髭を生やしたカエルのようなナニカ。
『GRAAAAAAAAAAA――』
水の中だというのにはっきりと耳の中に響いてきた声。それを聞いた瞬間、背中を恐怖が駆け抜けた。呼吸が止まる。
だが、それでもどうにかこうにか、
「――」
呪文を唱える。レダクト。それによって掴んでいる腕が砕け散った。それによって逃げ出す。
だが、追跡者は逃しはしない。水中人がフラーを取り囲む。グリンデローの大群が押し寄せる。
視界を埋め尽くす大群を見て、フラーは杖を構える。自らの大切なものの為に戦うのだ。
――諦めない。
輝く美貌を強く結び、決意を胸にフラー・デラクールは戦う。綺羅綺羅しい輝く呪文で大群と戦う。
だが、数は力である。倒しても倒しても次の敵、次の敵がやってくる。
それどころかより強い相手が集まってくるのだ。悪循環。ならば倒さず逃げればいいだろうと思うが、水中での性能差が露骨に出る。
人間は水中で速く動けるようには出来ていないのだ。だから、逃げきれない。
否、もとより逃げる気などない。愛する捕えられた宝物の為ならば、己は逃げはしない。
しかし、現実は非常だ。如何に愛があろうとも、強き意思があろうとも、それでどうにかなるのは自力が伴っている場合のみだ。
これだけの大群を相手にできるだけの力を学生が持っているわけがなく。蹂躙される。
そうその結末が出るその刹那――。
「――そこまでだ」
一人の男が辿り着く。
「セドリック・ディゴリー――」
ホグワーツの代表選手がここに降りたつ。同時に、もう一人の
「ビクトール・クラム」
半分サメと化した男がやってきた。
二人の男が今、戦場に立つ。
「寄ってたかって女の子を狙うのは見逃せないな」
セドリックがそう言う。キザな台詞であるが、この状況だ流石に見逃すのもしのばれた。それに、目的地はこの先である。
他にルートはない。ここを突破しなければ宝物へ近づけないというのであれば。
「通らせてもらうよ」
「…………」
対するクラムは無言。もとより喋るだけの機能はサメの頭にはない。だが、鋭い牙が備わっている。敵をかみ砕くにはそれで十分。
共闘する気などない。勝つのは己である。その強い自負の下、ビクトール・クラムは、勝利を目指すのだ。
そんな彼らを見て水中人たちが思うことはない。主の命の下に彼らを倒す。ただそれだけである。
ゆえに――
三人での共闘などなく、ただ個人による突破が始まる。
まず動くのは当然のようにクラムであった。サメの頭のまま突撃を敢行する。なにせ、その牙はそれだけで脅威だ。
変身であるため通常のサメのように抜ける心配もない。強靭なエナメル質の刃がグリンデローを血祭りにあげていく。
その死骸で出来た道をクラムは行く。
他の二人もまた同時に動いた。
セドリックは、高等呪文を行使して道を切り開く。簡単な呪いから、難易度の高い呪文を組み合わせてグリンデローや水中人たちを無効化して堅実に進んでいく。
進みながら戦うことができないので動きを止めてまずは掃除から。
フラーは同じく魔法を行使する。綺羅綺羅しい魔法によって魅了、目くらましなどを駆使して突破をかける。少しずつではあるが前に進んでいる。
魅了が効きにくいこともあって難航しているが他の2人がいるおかげでどうにかなっていた。
彼らは進む。自らの宝へと。呪文という輝きを放ちながら。
そしてそこに巨大な足が通り過ぎていく。真っ白なそれ。吸盤のついたそれは紛れもなくイカの脚だった。
大イカが彼らの前に立ちふさがっている。それでも彼らは逃げない。クラムもセドリックも。逃げずに戦う。
まさに輝く者たちだった――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あいつら、頭おかしいんじゃないか?」
それを見ながらロンの正直な感想はこんなものだった。ドラゴンに立ち向かうのもいっぱいいっぱいだった。今度は水中人だ。
それも水の中で。あんな大群、自分には到底相手にできそうにないし、大イカなんてもってのほかだ。
鰓昆布のおかげで呼吸できているが、それがなければ水圧などで死ぬような場所。そこでの戦いなんて恐ろしすぎてロンには出来そうにない。
早々にサルビアと積み上げてきた自信は崩れ去っていた。
またあのような綺羅綺羅しいものを見せられれば戦意も萎える。あのようなこと自分にできないことはわかりきっているのだ。
だが、だからこそ自分にできることをする。
「このまま行こう」
そうこのままいく。逃げることも勇気。あのように戦えることもまた凄いのだろう。尊敬する。だから自分もだなんてもう思わない。
できること、出来ないことがあるのだ。だから、先に行く。宝物を取り戻すために。声がする方向へとロンは隠れながら進む。
勝てる道筋なんてこれくらいしかない。自らが劣ることなど百も承知。だから、こうやって水底を這い蹲っている。
そうして戦場を越えて大回りして時間をかけながらロンは辿り着いた。
綺麗な歌声が響く場所。残る時間は十分を切っていると歌声が告げている。それだけの時間をかけてきたのだ当然だろう。
そして、そこにはサルビアがいた。他の三人も到着して助けようとしているところだ。自分が最後。後ろを見れば、凄まじい戦いのあとだけがあった。
そう自分には到底できないような。
セドリックが顔をあげて時計を指さしてくる。時間がないというのだろう。頷くと彼はそのまま上がって行った。
早くサルビアを助けよう。彼女を助け出す。やった、これで終われる。そう思ったその瞬間、足を掴まれた。巨大な蛙のようなナニカ。ヴォジャノーイ。
それが真っ直ぐにロンを見ていた。
他には誰もおらず。嫌な予感は的中する。そう狙いは自分だ。その瞬間、更に暗い水底へと引き込まれた。
「よォ、逃げるなよ」
そう水の言葉が響いて――。
「ガハ――」
それを理解する暇もないまま一気に背後へと視界が流れていく。ヴォジャノーイの突進は身体の芯へと突き刺さった。
のみならず、死なないような絶妙な加減で繰り出された剛腕にて掴まれて水底へと叩き付けられる。
一対一のおぜん立ては済んだそう言わんばかりにヴォジャノーイは笑った。
その笑みにただただ、ロンは、
「……おいおい」
水底を這いずりながら逃げ出すべく動いていた。サルビアは助けたのだ、目的は果たした。ゆえに、戦う意気など残ってはいなかった。
暗い水底にいるだけでも恐ろしい。今にも水中人やグリンデロー、大イカが襲ってくるかもしれない。それだけでも恐ろしいのに、それ以上に恐ろしい悪魔が目の前にいるのだ。
目的を果たす前ならば戦う気力もあっただろうが、今はそんなものありはしない。
だから、必死に逃げようとする。生きる。死にたくないというように。
「呆れた」
そう言われて蹴り飛ばされ、しかし水上に浮上することは許されない。肘が背中にめり込む。
なんでこうなる。
サルビアやハリー、ハーマイオニーとの相談で、とにかく見つからずに行くことだけを考えてきた。水中という動きが制限される場所。視界も悪く、水中生物たちの楽園。
そんな場所で戦うなど愚の骨頂とハーマイオニーは力説した。だから、それにしたがって隠れて進む方法なんかをとにかく練習した。
サルビアは
それを使って敵をかく乱して、逃げて、先へと進んできた。
ドラゴンと違って明確に恐ろしい敵なんていなかったから、どうにかなるそう思ってここまで来た。結果、どうにかなった。
ゆえにこの状況など想像の埒外。
同時に納得もする。あの三人は強い。自分なんかとは比べものにならないほどに強いのだ。それは彼らの戦いを見ればわかる。
あんな大群を相手にして真正面から戦いを挑むなど明らかにおかしい。
だが、それができるからこそ脚光を浴びれるのだ。なぜならばそれは自らの力への強い自負に他ならない。
強いからこそ立ち向かった。それだけのことなのだ。
そして、弱いからこそ狙われて、嬲られている。
「ガ――」
抵抗も防御すら許されない。巨体に似合わぬ俊敏さで水中を移動して縦横関係なく嬲ってくる。水の精霊は容赦なくロンを死の間際へと追い込んでいくのだ。
反撃などできるはずがない。
必死に呪文をうつも当たらないし、生半可な呪文では弾かれる。
「嫌だ」
死にたくない。生きたい。
「なら、わかっているでしょう」
――もう一度。
見せてくれという声を聴く。
こんな弱い男に見せられるものなんて一つしかないだろう。そう決めつけるような声が響く。
何を見せろというのだ。
――勝利?
そんなものではない。
――敗北?
しても良い。けれど見せるべきものじゃない。
――逃げる?
できない。やるべきことではない。
それらはどうあがいたところで形にはできない。ふさわしくないのだと声は語る。
「なら、やるべきことは一つでしょ」
――逆襲。
「さあ、
強大な敵と倒して引きずり堕とすべく、自らの力を振り絞るが良い。目の前の敵を噛み殺し、天上へと昇った者を引きずり落とすのだ。
その思いに、頷いた――。
その瞬間、爆音が泡となって現出した。
『GRAAAAAAAA――!?』
ヴォジャノーイの悲鳴が響き渡る。そんなものなどもはや聞こえてはいなかった。加減なく、目いっぱい引き起こした爆音の奔流。
自らに使えるのはこれくらい。できることはそんなにない。ゆえに、出来ることをするのだ。
暗い水底から勝利者を引きずり下ろす。今は、目の前の悪魔を。
「スポンジファイ!!」
ゆえに、まずは衰えさせる。爆音を響かされて混乱のさなかのヴォジャノーイにそれは効く。
まずは武器を奪うのだ。相手の武器はなんだ。
腕、脚、それからその巨体。ならば、衰えさせろ――。
「スポンジファイ!!」
全力で放つ衰え呪文。逃げようとしてももう遅い。どれほど早く動いても全て把握している。
いわばソナー。自らを中心として薄く広げた振動波。それによって相手の動きを感知する。あとは、先読みだ。
チェスの手と同じ。相手がどう動くかを先読みしてそこに手を合わせるのだ。
「チェック」
衰えの呪文を当て続けてもはやヴォジャノーイの動きに精彩さなど欠片もない。ただ水中を舞う水草に同じ。
「そして、チェックメイトだ」
放つのは粉砕呪文。あのヴォジャノーイが岩で出来ていることはわかっている。だから、砕く。衰えた岩など四年生の魔法でも粉々になる。
それを見届けるまでもなく、水上へと上がる。そこで待つ存在へと手を伸ばして。
「おめでとう。お前は、私の役に立てるわ」
その
サルビアがただ捕まっているわけもなく。難易度をあげることに。
まあ、ほとんどの敵はあの三人がそれぞれ倒していたんですけどね。いや、より正確に言えば英雄成分入っているクラムとセドリックの二人がですが。
フラーさんは、他2人の後ろで頑張ってました。
人材発掘のクラム君はどうやら不思議ちゃんに目をつけたようです。
クラム君の人を見る眼はかなりと思ったので不思議ちゃんを発掘させました。なお不思議ちゃん本人はいたって気にしてない模様。
次回はどうしようかな。第三試練にさっさと行ってもいいが、その間に何かやるかもです。
ではまた。