第三の課題については六月二十四日に行われ、その一ヶ月前に課題の内容が知らされる。その内容についてハリーとハーマイオニーはロンの為にあれこれと記録を調べて予測を出しているらしい。
現状、ロンは四番手だ。それも致し方ないこととはいえど、まだ逆転の目はあると二人は考えているらしい。
しかしわかっているのか。その勝利が、どういうことに繋がるというのかを。
ロン・ウィーズリーは辿り着いてしまったのだ。痩せ細った狼。遥か冥府の底で胎動する屑星への道へと至ってしまった。
勝利からは逃られない。
そう何人たりとも勝利から逃げられない。
二度の逆襲を経て、彼は
それを退けるとまた次、また次というように試練がやってくるのだ。
「それでも、あなた進むのかしら」
それとも、ここで逃げるのかしら。
敗北する?
勝利へと進む?
どの道を選んだとしても、彼にとって試練になることにかわりはない。
勝利からは逃げられない――。
第三の試練は迷路の踏破。難敵が配置された迷路をいち早く踏破し優勝杯を手に入れること。それが第三の試練。
迷路に入る順は得点順。ロンは四番目であるが、ハグリッドやナイアが迷路に様々な試練を用意しているという。
ゆえに、誰であろうとも優勝が可能だ。そして、この中ならば、誰が何をしようとも黙認される。
これはそういう試練。
第一の敵は竜、第二の敵は水中人、では第三は迷宮か?
否、断じて否。
第三の試練の敵は、迷宮ではない。迷路に配置された障害ではない。
第三の試練における敵は、代表選手らそのものにほかならない。
そうだ、第三の試練の敵は人だ。自らと同じ学校という名の名誉を背負った、雄々しき者ども。
第一に迷宮に入った男、ビクトール・クラム。彼が迷宮に入り、最初に考えたことは、相手の排除。勝利を盤石とするために取った行動は待ち伏せ。
気配を殺し相手を待ち構えるのは卑怯と謗られる行為だろうか。英雄的でない? だからどうしたと勝利者《ビクトール》の名を持つ男は吐き捨てる。
勝利という結果こそが輝けるのだ。過程が大事? ほざくな。それは勝利という二文字を得られず、敗北を得てしまった負け犬の理論だ。
敗北という二文字を正当化し、自らの中で納得させるための言い訳に過ぎない。負けたくないのならば、どのような手でも使うが良い。
ここでは全てが許されている。ありとあらゆる手段を講じて自らに勝利という二文字を引き寄せろ。
ゆえに、行う手段は単純明快。待ち構え、奇襲し、倒す。自分以外の存在が迷路からいなくなればあとはもう簡単だ。
ゆっくりと優勝杯を探せばいい。
「…………」
聞こえる足音。二番の男。セドリック・ディゴリー。
その姿を確認した瞬間、クラムは飛び出した。
放たれる武装解除呪文。呪文が当たれば問答無用で相手の武装を奪っていく
呪文に意思などなく機械的に効力を発揮する。それが魔法であり、それが呪文だ。
しかし、その呪文は効力を発揮しない。
「プロテゴ――守れ――」
セドリックの杖から放たれた盾の呪文がクラムの武装解除呪文を弾く。
「やはり、こう来ると思っていたよ」
何よりも勝利すると言っていた男だ。彼がこの迷路で取る手段をセドリックは予測していた。だからこそ、備えていた。
場所を見て、奇襲があるならばここだろうと。だからこそ、先の一撃を防いだ。
ここから始まるのは正面からの衝突だ。つぶし合いになる。迷宮が生きているかのように動きだし、戦いの場を整える。
まるでこの戦いを歓迎するというようにホールが出来上がった。
2人は杖を構える。魔法使いの決闘の所作。お辞儀をして、そこから綺羅綺羅しい魔法を放つのだ。
「エクスペリアームズ!!」
互いに放つのは武装解除。決闘に置いてこれ以上に相手を無力化する呪文など存在しえない。魔法使いは杖を奪われれば何もできない。
杖が手元になければ魔法は使えないのだ。だからこそ誰もが杖を折られることを恐れる。杖こそが魔法使いにとっての力の象徴。
それを奪うことは魔法使いの無力化を意味する。第三の試練とはいえど、生徒の戦いゆえに死傷させるわけにはいかない為にこれが最も効果的な戦法。
互いに決闘場として形作られた場の中心を挟んで走り回りながら呪文を放ち続ける。
頭の上を通過する呪文に微動だにせず、互いを常に見据えながら呪文を放つ。互角。互いに呪文には当たらない。
ならばと動きを変えるのはセドリック。クラムはそれに対応する待ちの構え。
ここに来て二人の関係性が見えてくる。動きを変えて麻痺の呪文を使うセドリック。それを基点として、変身術を行使しての兵団の編成やロープの召喚。
相手の動きを制限し、止める方向へとシフトする。
つまりは、相手に対して試行錯誤を始めた。それはクラムに対して挑戦しているということにほかならない。関係性としてセドリックは自らを挑戦者として定義した。
相手を倒す挑戦者。つまりそれはクラムを格上として定義したということだ。
対するクラムは不動。走り回ることはあれど、手は変えない。相手の手段に対応しながら武装解除呪文による武装解除を行おうとする。
クラムは自らを上位者として定義している。セドリックを格下と定義した。だが、侮りはない。勝利者は何事にも確実に。
なぜならば格下が持つ牙の存在をクラムは知っている。第一の試練、第二の試練。その全てにおいて、格下であった男が勝利を手にしてきた。
彼らが持つ牙をクラムは知っている。伊達にクィディッチ・ワールドカップに出場している選手というわけではない。
次の勝利の為には、今後の為には、負けすらも選択する男に油断はない。油断なく相手を見据えてその手を読むのだ。
確実に躱し、反撃の手を打つ。
攻防は拮抗。どちらも攻めきれず、どちらも守り切っている。
暗闇の中で呪文の光だけが二人を照らしている。その拮抗は迷路が崩した。
胎動する迷路は、生きている。ゆえに、じっとしていない。長い攻防に迷路が飽いたというわけではないが、形成されていたフィールドが崩れ去る。
奇しくもそれはセドリックの側から。通路が狭まる様に様相を変えていく。それは動かざるを得ないということであり、その計算の狂った動きは間隙だ。
わずかであるが、それをクラムが逃すはずがない。
「エクスペリアームズ」
放たれた武装解除呪文。セドリックは躱そうとするも、動く壁、振動する床に一瞬足をとられた。手首に辺り杖が飛ぶ。
その瞬間、クラムは勝ちを確信した。
何度も言うが、魔法使いは魔法の杖があってこその存在だ。つまり魔法の発動体たる杖などがなければ魔法は使えない。
それは闇の魔法使いの頂点たる闇の帝王ですら例外ではない。例外となりえるのは独自の魔法を持つ妖精たち。彼らは杖がなくとも魔法が使える。
セドリックはそんな例外ではない。ゆえに、ここは決着。鋼の精神を持つクラムはそう確信する。
ゆえに、次の瞬間にセドリックが起こしたアクションはクラムを驚愕させる。
「なにィイ――!?」
その拳がクラムの顔面へと叩き込まれたのだ。
魔法使いにあるまじき行動にクラムは混乱の中に叩き込まれる。それだけではない叩き込まれた右に続くように左の拳が彼の腹へと叩き込まれる。
くの字に折れる身体。下がった頭へと叩き付けられるセドリックの拳が叩き付けられた。
「ナイア先生の教え通りだ。確かに、油断したな」
魔法使いは魔法の杖がなければ何もできない。だからこそ魔法使いは武装解除の呪文を使うのだ。それが最も効果的。
強い魔法力があろうとも杖などの発動体がなければ無力。ゆえに、誰も警戒しない。杖を奪った魔法使いが、こうやって反撃してくることなど。
どうしようもなく魔法使いたちは魔法使いなのだ。魔法がなければなにもできないと思う。魔法族の限界。それが魔法しかないということ。
思い出せよ、お前たち。お前たちは人間だろうとナイアは言った。
それを理解できたものはいったい何人いたのだろうか。少なくともほとんどの者が理解できなかった。けれど、セドリックはどうにか理解した。
人間。魔法使いではなく人間であること。つまり、魔法だけが武器ではないということ。
「オオオオオオォォオォオ――――!!」
セドリックが吠える。魔法を使う暇など与えない。攻める、攻める攻める。
右、左、そこに蹴りも混ぜながらクラムを攻め立てる。一方的だ。如何にクラムと言えど、想定していたのは魔法使いとの戦い、それと魔法生物との戦い。
だからこそ、こんな戦いなど想定しているはずがなかった。だからこそ、動けない。動けるはずが動けない。魔法という絶対を信じるがゆえに、魔法と使おうと杖を動かしてその隙に拳を、蹴りを叩き込まれる。
その戦いに観客の反応は二分されている。ホグワーツの生徒は押せ押せとはやし立て、ダームストロングの生徒はブーイングだ。
その声を受けて、セドリックは止まらない。これは試練だ。戦いなのだ。この程度で止まるわけがない。躊躇いなく倒せ。それがナイアの教え。
「卑怯だと言われようとも、僕は人間だ。だから、魔法以外も使うさ!!」
勝つ為に、己という全てを使おう。それがセドリック・ディゴリーの覚悟。相手も同じ覚悟で臨んでいるならばこそ、手加減は失礼というものだ。
授業で教えられたとおりに、過去最高に駆動する魔法防衛の為の格闘術。相手の杖腕を弾きながら開いた手や足で相手を強打していく。
だが、クラムは倒れない。
「まだだ――」
殴られながら、不屈の言葉をクラムは呟いた。
そうここに至り、クラムもまた己の杖を投げ捨て拳を握った。厳しい冬の大地が産んだ肉体の力を乗せて拳を放つ。
戦いは更なる局面へと突入していた。
クラムとセドリックがそんな戦いを演じている間、ロンは逃げ惑っていた。彼を追うのは蜘蛛。ロンは蜘蛛が苦手なのだ。
だから逃げていた。更に言えば、その蜘蛛を操っている者からだ。
フランス語の歌が響いている。聞く者を魅了する魔歌。迷路に潜む魔法生物たちを魅了して、配下としてロンへと嗾けていた。
それら全てを突破したとして、また次の相手がやってくる。蜘蛛を突破すれば、トロールが。決死の想いでトロールを突破すれば、また別の魔法生物が襲いかかってくるのだ。
戦いを始めて幾許かだが、既に何体の魔法生物をぶつけられたかわからない。最初こそ、なんとかしてやるという意気があった。
しかし、次々と訪れる敵にロンの戦意は萎えていた。そこに現れた蜘蛛という苦手なもの。もはや逃走以外の選択肢などなかった。
そんな彼を見て、
「ロン……」
観客席のハリーは何もできない自分に歯噛みする。見ているしかできない。応援することしかできない。自分はなんと無力なのだろうか。
拳を握りしめる。このままではロンが負けてしまうのではないかという想像を止められない。
「ハリー……」
そんなハリーをハーマイオニーは心配そうに見る。
「大丈夫よ」
「……でも」
「おうおう、大丈夫じゃ」
そこに現れたのは審査員席にいるはずの静摩であった。
「なんでここに」
「そんなんどうでもええじゃろ。それより、お前じゃお前。なにを思っちょるんじゃ。おお、言わんでええぞ。おおかた、あの坊主が負けるかもとか、そんな風に思っちょるんじゃろ」
「違う!」
「何が違うんかいな。何もできない自分が恨めしい? お前、何さまじゃ? お前に何が出来るいうんじゃ。お前にできるんはここで見てることだけじゃ。それなのに、自分の無力を恥じる? それは、お前、あの坊主を馬鹿にしちょるのと同じじゃ」
静摩は言った。自分の無力を恥じることは傲慢だと。あそこで戦っているのはロン・ウィーズリーなのだ。ハリー・ポッターに何かできるはずがない。
そうなにもできないのだ。できることは見ていることだけ。だというのに、何もできないと自責する。それは、傲慢だ。
自分には何かできるはずだと思っているにほかならず。それはロン・ウィーズリーにはこれ以上何もできないと言っているのと同じだ。
つまりは信じていないということ。
「お前の親友はあれくらいで死ぬようなタマかいな。信じてやれや。それ以上は過保護じゃ。それともあれか。分際知って亀になっちょれとでもいうんか? それこそ、あの男に失礼じゃろう。親友を気取るのなら、信じて見守っちょれ」
「…………」
彼の言うとおりである。ロンは頑張ったではないか。それは自分が一番よく知っている。二人で遅くまで頑張ってきた。
彼に言われたことだけが腹立たしいが、
「頑張れ、ロン」
己は信じて待つ。
ロンの勝利を願って――。
対人戦、書くの楽しいです。
セドリックとクラムの対決。
魔法使いの決闘のはずが、どういうわけか、殴り合いになっていた。それもこれもナイアって先生が悪いんだ。
ロンはフラーと遭遇。フラーの魅了による魔法生物の嗾けによって試練に次ぐ試練を受けております。
そんな中でハリーはなぜかまともな静摩に何やら諭されていた。
さて、次回は第三試練その2ですかね。
頑張ります。
ではでは。