ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第46話 闇の蠢き

 サルビア・リラータは迷路の中にいた。暗闇の中、唯一この迷路において誰の監視も届かぬ漆黒の領域。ナイアが仕掛けた罠を利用してサルビアは、迷路に中に入り込んでいた。

 迷路は衆人環視。その中で潜入できる場所がここだけであったのだ。だが、これで十分。中に入ればあとはもういい。

 

「さあ、最後の試練を始めましょう。あなたの覚悟、駒としての有用性を見せて」

 

 そうロン・ウィーズリーが駒足りえるのかをここでいま見せてくれ。

 

「手伝ってあげようか、サルビアちゃぁん」

「――!?」

 

 その時、声が響き渡った。暗く光すらない暗闇の中。自分一人しかいないはずの場所で声が響き渡った。

それは酷く耳障りな声だった。まるで蝿が耳元で飛んでいるかのような不快感を感じる声。もしかしたら実際に蝿でも飛んでいてそれが言葉に感じただけなのかもしれないと錯覚するほどだ。

 

 そうその声はまるで羽虫の羽音が言葉として形を持ったかのようなものだった。否応なく人を不快にさせる声。

そんな不快感の塊には視線というものがあった。ぶしつけにサルビアの全身を舐めて、唾液でぐちゃぐちゃに強姦しているかのようなねっとりと生暖かい視線だ。

 

 異様な感覚だった。人間が他人に与える感覚ではない。どちらかと言えば魔性のものが出す感覚だ。

 そうこれに似た感覚をサルビアは知っている。この魔性の感覚。悪魔じみた、いや、悪魔そのものの感覚を。

 

 自分に似た存在。これは同種とでもいうとしようか。厳密に言えば種別として大きく異なるのだろうが、大別すると同じになる。

 悪魔。そう悪鬼羅刹。そのたぐい。病魔とも呼ぼうか。自らと同じ人を堕落させる病原体であることにかわりはない。

 

 これはそういう存在だ。そばにいるだけで怖気がはしるほどの悪感情を張り付けていながら、そいつにとってはそれらすべてが喜色で表現されるという生物種しての心というマテリアルが感じる矛盾。

 暗闇そのものがまるで意思をもったかのようにサルビアへと語りかけてくる。羽虫の羽音、百足の多足が関節ごとに動く音、ありとあらゆる害虫が這いずりまわる音が響く。

 

 それはサルビアの精神すら遠慮なく強姦していくようであった。いや、精神だけでは決してない。実際に這いずっていた。

 羽虫が実際に耳元を飛び交い、百足や蜘蛛、ありとあらゆる害虫と呼ばれるものがサルビアの四肢を這いずっている。

 

 白磁のような瑞々しい肌を無遠慮にその多足で踏み荒らしていく。髪へと入り込み、静かにかき分けて這いずりまわる。

 服の上も、服の下も、サルビア・リラータという少女のありとあらゆる場所を古今東西のありとあらゆる害虫が這いずりまわっている。

 

 幸運なのは、中に入られてはいないこと。膣、口、目、耳、鼻、肛門。粘膜や人体に存在する穴から体内に侵入されていない。ただ身体の表面だけを無遠慮に、ぶしつけに、時に柔肌に爪を立てるように害虫たちは這いずりまわって行く。

 かさり、かさり。足音が響く。身体を通じて、全身へと響き渡って行く。耳元で飛ぶ羽虫は時折、その耳にとまって羽を休める。そしてまた飛んで羽音の合奏を響かせるのだ。

 

そんな害虫たちの愛撫を受けるのがサルビアでなければ今頃発狂している頃だろう。病魔に侵されていた頃であれば、この程度まだましなのだ。体内外数億を超える病魔に侵されていたサルビアには、何かが身体を這いずる感覚などいつものことである。

おそらく常人であれば、この異常空間と悪意に晒されれば数秒で廃人と化すだろう責め苦の中でもサルビアははっきりと意識を保っていた。

 

 だが、サルビアは冷めたように思う。この空間は相手を廃人にするためのものではないと。

この状況を俯瞰して狂った異常な空間を演出している者は人を廃人にして楽しむような存在ではないと確信していた。

 

 この空間を演出している者は堕落を望んでいる。零落を渇望している。輝く魂が醜く穢れて黒くなることを何よりも望んでいるのだ。それがおのれという存在。まさしく正しく悪魔というものだと言わんばかりに。

 それがこの空間を演出している存在についてサルビアが読み取ったものだった。気に入らないと思う。このサルビア・リラータを落とす? 何を言っているのだと一蹴したいほどだ。

 

「良いから顔を見せなさいよ」

 

 そう言葉を発する。自らを覆う蟲どもは、サルビアが喋ろうとすれば律儀に口の周りから消えて、言葉を発し終わればまた口を覆う。

 口をふさぎたいのではなく、ただただサルビアという存在を蟲が覆っているという状態。酷く不快な状態を蟲どもは維持する。

 

 そんな彼女に対して紡がれるのは、漆黒に染まった祝詞(オラショ)

 

 アー 参ロヤナ 参ロヤナァ

 パライゾノ寺ニゾ 参ロヤナァ

 

 ――きりやれんず きりすてれんず

 あんめいいえぞすまりや

 

 オオォォォォオオオオ――ぐろおおおおぉおおりああぁぁす――

 

 漆黒の中に響く毒沼から立ち昇る瘴気のような祝詞。

 かつて極東の島にて存在した江戸時代における異端の迫害を受けながらも隠れてキリスト教の信仰を続けたカクレキリシタンたちの悲哀と祈りの歌。

 

 しかし、それを祈りとはもっとも遠き者が歌うという皮肉を強烈にサルビアは感じ取っていた。

 

「んー、やっぱり良いねぇ君は。僕の親友とはいかないけれど、友達くらいには、なってもいいかもしれないねぇ。やあ、はじめましてサルビア・リラータちゃん」

 

 そう言って現れたのは人の形をした何かだった。黒い微笑の何かが寄り集まってできたかのような。いや、実際に蟲が寄り集まって形作られていた。

形作られるのは男の形。黒い肌、金の髪、紅く輝く目に、真っ白な歯をこれでもかと見せつける笑みを浮かべて大手を広げた男がそこにたっていた。

 

人形を形成した悪意が吐き出すのは蝿声。黒く煙上に揺らめく貌も、僧衣(カソック)もなにもかもが漆黒。

顔がない無貌のように見えて笑みを浮かべているのがわかるのは、嫌らしい愉悦をたたえた瞳が輝いているからに他ならない。

 

「お前はなんだ」

「んー、僕がなにかだなんて些細な問題じゃぁないか。大事なのは、僕が君を手伝っても良いということだけだろう?」

 

 何人もの男が輪唱しているかのような声で男は心底楽しそうに告げるのだ。手伝ってやると。

 

「何が目的」

「目的なんてないさ。僕は、僕がやりたいようにやるだけ。今回なんて蛇足も蛇足。偶然の産物でしかないんだからさ。どーでもいいし。僕を呼んだ鼠君と主に興味がわいたから手伝いをしてみたくなった。それだけのことなんだよ。サルビアちゃん」

「…………」

「あれれー? 信じられなーい? こん――なにも誠意たっぷりな顔をしているっていうのに」

「どの口が言っているのかしらこの蝿声」

 

 誠意たっぷりの顔? どこからどうみても嗤っているようにしか見えない。この世の全てを愚かしいとして嘲笑っている。

 どこに誠意があるというのか。この存在に誠意などあるはずがない。そもそも誠意などという善性に類する感情など持っていないに決まっているのだ。

 

「酷いなぁ。僕だって、傷ついちゃうんだよー」

 

 そう蝿声は嗤いながらのたまう。まったくそんなこと思ってもいないだろうに。

 

「だが、手伝うとは殊勝な心がけね。良いわ、手伝わせてあげる」

「あ、でもでもー、僕ってインドアだからさ、運動とかは無理だからね!」

「もとから期待なんてしてないわ。この空間を広げればいいの。迷路を漆黒に包んでしまいなさい。ダンブルドアも知覚できないようにね」

「お安い御用さ。外にいるジジイに気が付かれないようにするのなんて容易い容易い。でも、僕としてはあちらを堕としてしまいたいんだけどねぇ」

「ふん、それには同感だけれど、まったく忌々しいことに私は奴に鎖を握られている。それを解くまで手を出せないのよ」

 

 ああ、忌々しいと呪詛を吐き捨てる。

 

「だから、さ、僕が手伝ってあげようって言っているじゃぁないか」

「黙れよ蝿声。誰がお前の手など借りるか。悪魔の取引とでも言いたいの? あなた、どうせそれを口実に私から代償でもとって行こうという魂胆でしょ。奪わせるわけないじゃない。寄越しなさいよ。奪うのは私。お前如きが、私から何かを奪う? 舐めるな蝿声。お前の手など借りなくとも、私は成し遂げる。できないはずがないでしょう」

 

 健康を手に入れたのだ。もはや病魔などという制限時間(リミット)もない。何も気にすることなくダンブルドアを縊り殺せるのだ。そのための力は今、磨いている。届かないはずがないだろう。サルビア・リラータは誰よりも優れた魔女なのだから。

 強い漆黒の意思が、冷徹に断言する。自らが頂点。その他など、自らに群がる蟲に過ぎないのだ。せいぜいそこらを飛んでいるが良い。自らの加減一つで吹き飛ぶ羽虫程度など、自分一人の力で落とせるに決まっているのだ。

 

「だから、お前は塵屑の相手をしていろ」

「んー、まあ、いいか」

 

 蝿声が何事かを呟けば、サルビアを覆う蟲共は迷路の壁へと走り去っていく。漆黒が、広がって行く。

 漆黒が迷路を包み込んでいく。誰も知覚できない暗闇。ダンブルドアですらも誰も知覚できない暗闇が、誰も彼もを包み込んでいった。

 

 そして、三度言葉が上がる。

 

「インペリオ――服従せよ――」

 

 服従の呪文。蝿声に乗って響く三度の服従の呪文。そして、試練の間には、試練を行う者と挑戦者だけが残される。

 すなわち、サルビア・リラータと、ロン・ウィーズリーが。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「え、あれ?」

 

 突然、自分を追って来ているはずのフラーが消えた。それどころか迷路から光が消えていく。

 ルーモスを唱えても光が灯るが何も見通せない。壁はまるで蠢いているかのような闇。否応なく恐怖を想起させる。

 

 何が起きているのか。何か罠にでも引っかかってしまったのか。なにもわからないが、唯一分かることは進む方向だけだった。

 前方へ続く道がある。暗闇の中でこちらへ来いと呼ぶ声が響いているかのように道がひらけている。

 

 そちらに行くべきだろうか。それは明らかに悪手に思えた。罠ならばここでじっとしているか無理なら花火を打ち上げて救助してもらうのが良いかもしれない。

 だが、ロンは進むことを選択した。脳裏に浮かんだのは一人の少女。はかなげなサルビア・リラータ。彼女が見ているはずだ。ならば無様を晒したくないと思うのは男として当然の事。

 

 ゆえに、進んだその先にあった優勝杯とともにそこにいた存在に驚く。

 

「え、サルビア? どうして」

「ようやく来たわね塵屑。私を待たせるんじゃないわよ」

「え――」

 

 コツリと、靴音を鳴らして、優勝杯が置いてある台座に腰かけていた彼女は立ち上がる。ただそれだけで、まるで世界が変わったかのような変貌が周囲を、ロンを襲う。

凄まじいまでの環境改変。いや、何一つ変わっていないというのに、全てが百八十度逆転したかのような感覚の異常を脳が訴える。

 

 そう錯覚するほどの魔力の奔流とでも言おうか。凄まじい魔法力が風として吹き荒れたようなそんな感覚だ。

 目の前に立つ存在はサルビア・リラータである。だが、中身が、違うとロンはただ感じた。

 

 あんなに誰かを見下すような眼を彼女がするはずがない。

 

「お、お前は、誰だ!」

 

 だから、そう声を絞り出す。サルビア・リラータの姿を真似た存在に向かって。

 

「ふん、誰だ? おい、塵屑、お前、私の姿を忘れたとでもいうのか? サルビア・リラータの姿を。まったく馬鹿だとは思っていたがこれほどとは」

「サルビアの姿で、そんなことをいうな!」

「煩い、黙れ」

「――――」

 

 睨みつけられただけで、口が縫いとめられる。動かない。

 

「さて、最後の試練を始めましょう。お前が、私の役に立つのかどうか。それを見極める為に。さあ、死ね――」

 

 放たれる緑の閃光。死の呪文が、最後の試練の口火を切った――。

 




さあ、最終試練を始めよう。
というわけで最後はサルビアという最大試練です。
クラム、セドリック、フラーは蝿声の誰かがうまくやったらしいです。

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