ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第48話 四年目の終わり

 臨界点を突破した暗い暗い感情が噴出する。この一年で成長させられた漆黒の悦楽が行き場を求めて肉体の内で暴れ狂う。

 絶頂のような法悦の限りに、身体が震え心的圧迫に感情が爆縮されていく。爽快感は何より強く、これから触れてはならない大切な輝きを踏みにじるという悪逆非道の選択に心がじれて仕方がない。

 

 杖を構える。もとよりやるべきことは決まっている。相手を墜とす。その言葉のもつ快感にロンは知らず打ち震える。

 

「そう。なら、ここで消えなさい塵蟲。煌めく光に焼かれて消え失せると良いわ。何の役にも立たない塵蟲――」

 

 放たれる魔法。まさしくそれは、光の波動。彼女の指先から放たれる致死の光。それこそまさに望むもの。

 堕落させる第一のものにふさわしく、ゆえにロンはその呪文を行使するのだ。

 

 闇の情動をかき集め、いざ、光を墜落させるのだ。

 

「スポンジファイ――衰えよ――」

 

 全てを堕落させ天墜させる呪文。衰えの呪文が光の剣へと放たれる。か弱い光と侮るな。その光こそ、全てを天墜させるのだ。

 魔法という不条理にあって、その呪文はドラゴンですら衰えさせる。ならば、呪文を衰えさせることなど簡単だ。

 

 必殺の光が弱まって行く。数度当ててしまえばその光はロンを傷つけることなどなくなる。

 致死の光が衰えて闇へと消え失せた。だが、まだだ。この程度では足りない。

 

 振動操作魔法によって、ロンは足音を増幅して駆ける。迷宮、しかも漆黒の闇の空間の中に響き渡る大音量。鼓膜を直接刺激して耳を破壊し、相手の三半規管を揺らす。

 それでは足りぬとばかりに衰え呪文を放つ。どこから飛んでくるかもわからない。例え目で見たとしても躱すことはできない。

 

 人というのは複合的なシステムの上に成り立っている。何が言いたいのかと言えば、人は視覚のみで全てを判断しているわけではない。視覚、聴覚、嗅覚、触覚。この四種の感覚を総合して人は現実を知覚しているのだ。

 どれか一つが突出していたとしてもそれだけで判断を行うわけではなく、それぞれが密接に知覚という行為に結びついている。どれか一つでも歪めば、知覚が歪むほどだ。

 

 丁寧に聴覚を揺らしてやれば、例え見えていたとしても人はつい音の方で反応してしまう。それは本能のようなものだ。

 目という限られた範囲での判断よりも耳で聞いた音により広範囲の判断を優先する。そういう風に人は出来ている。

 

「ぐ――」

 

 だが、そこはサルビア・リラータの偽物だ。怪物じみたその天才性(かがやき)は偽物であっても何よりも眩しく輝いている。

 この程度で倒れるはずもなく、反撃の魔法が凄まじいまでの精度で放たれる。それどころか自らを透明にして、魔法の発射を悟らせないようにしてみせる。

 

「無駄だよ」

 

 だが、無駄だ。ロンには見えている。魔法を躱す際に地面を蹴った。その時に発生させた高周波(エコーロケーション)。微細に揺り動かされた振動の波が広域へと広がり、揺らぎとなってロンの耳に返ってくる。

 可聴域をはるかに超えた領域の音が触覚として透明になった敵を浮き彫りにして見せる。それはさながら暗闇を飛ぶ蝙蝠のように。

 

 そう相手の顔すらはっきりと知覚して、相手が笑っていることに気が付いた。まるで見つけることすら予期していたように。

 いや当然だ。サルビア・リラータならば、この程度の余技など片手間で出来るだろう。だから、予想できるはずだ。だというのに、姿を消したのはなぜか。

 

 探させることが目的。探すということは、相手を見るという事であるから。そのことから推測されるのは。

 邪視。魔の瞳。そのたぐい。魔性の輝きを秘めたその瞳が黄金の輝きへと煌めく。

 

 ロンの本能が反射的にその効果を察知した。それが石化だとかそういうものだとはわからないにしても、その瞳を見てはいけないことを臆病さで嗅ぎ分けて――。

 

「スポンジファイ」

 

 自らの視力を衰えさせた。目を合わせることで効果を発揮する魔眼は、行使する側の視力も重要であるが魔眼を見る側の視力も重要なのだ。

 見えていても相手が見えていなければ効果は発揮されない。ゆえに、自分の視力を衰えさせた。見えなければ意味はない。

 

 だが、視力を失うということは知覚の一つを失う事であるが、

 

「僕は、視える」

 

 しかして今のロンには意味を成さない。もとより暗闇。視覚よりも聴覚に頼ることが多いのであれば、自らの放つ高周波は先ほどからソナーとしての役割を与えている。

 つまり蝙蝠が如くそこにあるものを知覚している。

 

「あはははは、そんな防ぎ方をするなんて。あなた、正気じゃないわね」

 

 そうかもしれない。サルビアの姿をした何かに同意する。自分は正気じゃないのかもしれない。

だってこれから、大切なものを汚そうとしているのだから。それがあまりにも気持ちが良くて、止められないのだから――。

 

自らの中にあるほの暗い感情。何もない自分を悔しく思い、輝きを羨むなかで、ひそかに溜まって行った暗い淀みが今流され解放されている。

その恍惚は凄まじく、ゆえにそれを完遂するべくロンの思考は回転する。チェスと同じく勝利への道筋を見つけるだけだ。

 

手札が少ない分、わかりやすい。もとより自分にできることなど少ないのだからそれを組み合わせて相手を刺すしかないのだ。痩せばらせた狼にはもはやその牙しかないのだから。

 

「だから、チェックだ」

 

 奈落で吠える狼が、その咢を相手の首へとかけた。

 

 衰えの呪文。振動操作。今まで覚えてきた、教えられてきた呪文を組み合わせて勝利の道筋を創りだす。

 

「その程度で――」

 

 サルビアの靴が壁の一部と取り換えられる。壁の一部が靴型にくりぬかれ、それは巨大な楔となってサルビアを一瞬だが縫いとめた。

 その一瞬で十分。最大まで増幅した振動を鼓膜へと叩き込み、三半規管を揺らす揺らす。同時に衰え呪文を行使する。射撃呪文で物理攻撃力も織り交ぜながら放たれる輝き。

 

 しかし、無論サルビアはその全てを迎撃して見せる。そう、このくらいやるだろう。そう思った。

 だから、

 

「ここ――」

 

 必ず避けてくれると思った。防いでくれると思った。その信頼があった。サルビア・リラータではないが、サルビア・リラータであればそのように動くとロンは知っている。

 サルビアが呪文を防ぎ、躱したことによってやってきた位置、その上空に浮かせていた石像。

 

 その瞬間、石像が振動する。増大された共振波によって石像は即席の爆弾と化している。

 

「だから?」

 

 爆裂した石像。落下エネルギーも合わせて凄まじい速度で飛翔する石像の欠片。

 だが、サルビアはそれすらも防ぐ。

 

「うん、君なら絶対に防いでくれると思ったよ」

 

 避けるでなく、全て迎撃する。自分自身に絶大の自信がある彼女ならではの行動。本当の彼女ならそれを誇りもしないだろうけれど、

 

「君なら、そうすると思っていたよ」

 

 反響させた音で居場所を隠していたロンはサルビアの懐へと飛び込もうとしている。

 

「そうね。でも、問題ないのよ」

 

 それにすらサルビアは対応する。だからこそ、次にロンが起こした行動に驚愕することになる。

 

「な――」

 

 あろうことか、彼は杖を突きだしてきたのだ。魔法使いの命、魔法を使うために必要な魔法の杖を、だ。

 オンボロの杖は真っ直ぐにサルビアへと向かってくる。迎撃は止まらず、ロンの杖は合えなくへし折れる。

 

 その効果はそれをやった本人ではなく、サルビアに多大な影響を及ぼす。

 この男は今何をやったのかと理解が出来ない。魔法使いであるがゆえに、サルビアは理解できてもその意図がわからない。

 

自棄になった? いいや違う。今まで冷静に攻めてきた男がそんなことをするはずがない。

 勝てないとわかっても向かってきた逆襲の狼が、そんなことで自棄になることなどない。ならば杖がなくても良いと思ったのか? それもないだろう。

 

 杖、つまり魔法なしにサルビア・リラータになど勝てるはずがないのだから。

 ならばこれも相手の罠だ。そう一瞬で看過する。どのような意図かなど関係ない。叩き潰せばいいだけのことなのだ。

 

 しかし、ロンがやったことは無駄ではない。たった一瞬とはいえど、サルビアの思考に空隙を穿った。

そこに存在するのは限りなく黒い意思。奈落で蠢く凶兆の星。栄光ある輝かしき者を天墜させる悦楽の徒がその牙を剥く。

 

 サルビアの細い首に手を伸ばした、その刹那

 

「――――」

 

 サルビアは嗤っていた。

 

 ああ、なんて想定通りに動いてくれるのだろうか、この塵蟲は。

 

 想定通り。ロン・ウィーズリーは奈落の底で蠢く者になった。輝く者を墜落させて悦に至る破滅の痩せ狼。

 出来は上々。十分サルビアの使用に耐えられる出来だろう。手加減してやっているとはいえ、ここまで追い詰めてくれるのだから。

 

 ゆえに、

 

「少しだけ、本気を見せてあげる」

 

 勝負は一瞬。ロン・ウィーズリーは何が起きたかわからない。ただ閃光が、視界を覆った――。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「あれ?」

 

 医務室でロンは目覚めた。傍らには心配そうに自分の顔を覗き込む、ハリーとハーマイオニーの姿がある。

 

「あれ?」

「良かった、気が付いたのね、ロン」

「惜しかったね」

「えっと」

 

 何がなんだかわからない。

 

「負けたのよ。優勝はクラムとセドリックの同率。まったく同時に優勝杯を掴んだんですって」

 

 ベッドの反対側に座っていたサルビアがそう言う。

 

「えっと、僕、負けちゃった?」

「そうよ」

「そっか……」

 

 なんだろうか。ロンは少しだけ思う。本当に負けたのだろうか、と。

 

「さあ、そんなものはどうでも良いでしょう」

「なんか機嫌いいね。何かあったの?」

「ええ、とてもいいことがあったわ」

 

 サルビアはとてもいい笑顔でそう言った。

 

「おうおう、じゃり共。いい加減、目ぇ覚めたんなら行くぞ。制服返してもらわないかんし、なによりパーティーじゃわい。ガキはガキらしく。さっさと楽しんどけ」

 

 静摩がそう言って、さっさと行けと保健室からハリーたちを追い出す。

 

「もう、あの人いっつもこれ」

「まあまあ、ハーマイオニー。お腹すいたしことだしちょうどいい。さあ、行こうロン」

「そうね。行きましょ、ロン」

「さっさとしなさい」

「うん!」

 

 激動の四年目は終わった。もう二度とこういうことはないだろうけれど、色々なものを得られたと思う。

 優勝できなかったことだけが残念ではあるけれど、それでも得られるものは多かった四年目であった――。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………」

 

 ダンブルドアは校長室で石神静摩と対面していた。ボーバトン、ダームストロング両校が帰り、静まり返った学校内。生徒たちもまた休みということもあって帰省している。

 では、彼は? 彼はいったい何を目的としてここに来たのか。彼の要請で始まった三校対試合。

 

 ロン・ウィーズリーが代表選手に選ばれるというトラブルもあったが、なんとか無事に終了した。何事もなく。

 

「では、そろそろ聞かせてもらえんかのう。シズマ殿、どうしてロン・ウィーズリーの名をゴブレットに入れたのじゃ」

「さてのォ。まったく身に覚えもないんじゃが、まあ、気分じゃ。こいつならなんとかするじゃろと思ってのォ」

 

 身に覚えがないというのに、偉く具体的に言い放つ静摩。この男は何も考えていないのだから当然だ。

 自分が何をやったのかも目の前で何かしたとしても次の瞬間には忘れている。

 

「なんとかするか。ニッポンでは、星読みが盛んであったのう。それに何か見たということかのう」

「さて、どうじゃろうなァ。俺は反射神経の人間よ。星を見て何かするなんぞ俺の性分じゃなし。それに星に全てを決めてもらうんならそれを読まれれば終わりじゃけぇの。

 俺としても朔に関係ありそうじゃけェ来たようなもんじゃ。特に何もなかったからよかったのォ」

 

 本当にそうだろうか。

 

「本当にそうか」

「おそらく校長がおもっちょる通りよ」

「ヴォルデモート」

「じゃが、俺はもうこれ以上は関われんし。そっち任せにする以外にないからのォ。見込みありそうなのを鍛える意味も込めてやってみたっちゅうことにすればええじゃろ」

「なら事前に許可が欲しかったのう」

「おお、忘れとったわ。うはははは」

 

 ひとしきり静摩は笑ってから、

 

「まあ、そういうことよ。俺の勘がいっちょる。ヴォルなんとかは生きちょる。しかも、最悪、邯鄲に浸かってしまっちょるかもしれん」

「邯鄲。中国の故事じゃったかのう」

 

 邯鄲の夢枕。要約すれば盧生と呼ばれる人間が一晩のうちに人生を体験し、悟りを得るという話。

 人の世の栄枯盛衰は、はかないものであるという教訓を教える為のものである。

 

 だが、日本において神祇に関わるもの、ある一部の一族に関しては話は別になる。邯鄲の夢。それはとある男が作り上げた超人を作り上げる為のシステム。

 柊聖十郎。初代逆十字。そう呼ばれる男が作り上げた資質を持つ者が、超人となるためのシステムであり、夢の修行である。

 

 その資格者を盧生と呼び、その盧生は悟りの果てに人類の代表者となる。阿頼耶と呼ばれる人類の普遍無意識と繋がることによって彼らは夢を現実に持ちだすことができ、己と同調する英雄や神格を呼び出せる。

 

「ヴォルなんとかが盧生かどうかは俺は知らん。盧生の条件はある程度予測はついてもはっきりせんからのォ。なにせ、一人、二人、三人とかしか例がないんでの」

「もしヴォルデモートが盧生であった場合どうなるんじゃ」

「さて、どうなるじゃろうな。盧生は盧生でしか対抗できんことだけは確かじゃのォ。まあ、盧生なんてもんは現代じゃ産まれんというのが通説じゃ。しっかし、魔法界はどうじゃろうな。古い中世の風習やらなんやらがのこっちょる。思想的にも、文化的にも、お前さんらは旧い時代を引きずっちょる。そのおかげで、他よりも盧生なんてもんが生まれやすいかもしれんしのォ」

 

 いわば邯鄲の法なんてものは補助輪と言ってもいい。盧生が悟りへ至る為の修行場。極論、悟りをきわめて自らの思想において人類への愛を発露させることが出来たのであれば邯鄲などなくとも阿頼耶に近づくことができる。

 その例が、仏陀。釈迦と呼ばれる仏教における信仰対象だ。古い話になるが、調査によれば彼は邯鄲を用いずとも悟りを開き、阿頼耶に触れたと第二盧生は言っていた。

 

 つまり、何が起きるかわからないということである。

 

「十分に注意をしておく必要があるか」

「さてのォ。ヴォルなんとかが生きておったとしても、誰も信じんじゃろ。あんたが、言えば多少は信じる奴がおるかもしれんが。それだけじゃ」

「それでも何もしないよりはマシじゃろう」

 

 何もしないよりは遥かにマシだ。それにヴォルデモートは必ず狙ってくるものがここにはある。

 

「ハリー・ポッター。彼の者が殺し損ねた存在であり、自らが死ぬこととなった引き金であり、彼の者を倒しうる存在でもある」

 

 予言がある。かつて、闇の帝王の破滅を暗示した予言。闇の帝王を倒す者が生まれるという予言。

 シビル・トレローニーという占い学を教える教員であり、占い師が告げた予言だ。その予言は生きている。

 

闇の帝王は、その予言の始まりを聞いているが、その続きを知らない。だが、問題ではない。

ハリー・ポッターを狙う。それだけが、闇の帝王に確定している真実だとダンブルドアは睨んでいる。そうでなければ己が破滅させられてしまうからだ。

 

「彼を守るために盾も用意している」

 

 サルビア・リラータ。健康になったことによってその才能を十全に発揮できることだろう。ヴォルデモートと戦っても互角に戦えるほどにの才能を彼女は持っている。

 手綱さえ握れていればこれほど有用な盾はないだろう。だが、油断をすれば敵になるのは間違いない。

 

「まあ、そう言うなら任せるわ。こっちもこっちで忙しいからのぉ。せいぜい足下しっかりみちょることじゃ」

 

 そう言って、石神静摩は去って行った。

 

「…………」

 

 ダンブルドアは思う。必ず闇の帝王を葬り去ると。

 




はい、これにて四年目は終了でございます。長くなりましたね、予想外予想外。

それでも予定通りロンが狼となりました。
続いてはハリーです。五年目は平和ですよ。なにせヴォルさんの復活にまだほとんど誰も気が付いてませんからね。だから平和です。
ヴォルさんがある場所に突入したのでそこに引きずられる形でハリーが巻き込まれます。やったねハリー、経験が積めるよ!

ハリーにはifの世界を体験してもらいましょう。可能性の世界を。
まあ、予定は未定ですがね!

では、また次回。

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