ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第50話 違い

「おい、なんだこれは」

 

 サルビア・リラータは目の前の光景が理解できない。いや、明晰夢だということは理解できている。いやいいや違う。それ以上のことも理解している。

 ここが魔法による何らかの術理が働いていること。夢の中だということ。それでいて実体があり、感覚すら存在しているということ。

 

 この世界の大まかなルールを彼女の類まれなる頭脳と才能は嗅ぎ取った。あるいは、血が成せる業か。ともかくとして、彼女はこの世界のルールをいち早く理解した。

 だからこそ、目の前の光景はいささか理解しかねる光景であったゆえにそのような言葉が口を突いたのだ。

 

「おはよー、サルビア。ん? なんだい、サルビア。そんなおかしな顔をして。もしかして、どこか具合が悪いのかい?」

「は?」

 

 なんだ、それは。

 

 そこにいたのは、紛れもない父の姿である。空色の髪と瞳は紛れもなく彼である。だが、サルビアの知る彼とは根本からして異なる。

 まず執念がない、病魔がない。ぎらぎらとした野獣めいた眼孔もなければ、病魔におかされつくした肉体もない。だというのに紛れもなく彼は父親だった。

 

 だからこそ、意味がわからない。リラータの者が、なぜ娘を心配している。

 

「や、やめろ!!」

 

 額に手を置くな、怖気が走る。

 

「熱はないようだね。寝ぼけているのかな? 早く顔を洗ってきなさい。そして、朝ごはんを一緒に食べよう。お母さんがおいしいごはんを作ってくれているよ」

 

 ――なんだ、これは。何が繰り広げられている。

 

「あなたー、駄目ですよー。サルビアもお年頃なんですから。御父さんに近づかれるのも嫌がる頃ですよ」

「そんな、クラリー。そんなことになったら、僕はどうすれば」

 

 そこに現れるもう一人の女性。金髪に碧眼。小さくも豊満な胸を持った女性。サルビアの母がそこにいた。死んだはずの彼女は、どういうわけか頭のねじが吹っ飛んだらしい先代(ちちおや)といちゃいちゃしているピンク空間を見せつけている。

 頭が痛くなってくるほどだった。これが夢でなかったら、なんだという話だ。いや、夢だからこそ理解不能だ。昨日までは誰もいなかったというのに、何かが切り替わったかのように人が現れてこれだ。

 

「大丈夫ですよあなた。一時の事ですよ。私だってありましたし。そんなことよりごはんにしましょう」

「そうだね。さあ、サルビア、食卓に行こうじゃないか」

 

 果てしなく殺してしまいたい。だが、それをやるとどうなるかわかったものではない。この夢が何によって構成されているか定かではない上に、下手に干渉すると何が起きるかわからないほどの不安定さだ。

 この術式を使った奴はよほどの未熟者か馬鹿なのだろう。基本骨子は不安定どころか曖昧模糊としていて、ふらふらと揺れ動くくせして外殻だけは強固であり再生されているらしい可能性の破壊は事実上不可能という意味不明さ。

 

 内部破壊でも行おうものなら術式の崩壊に巻き込まれて死亡確定とかいう親切設計。とことんこれをやった術師の未熟さ加減がしれて頭が痛くなってくる。

 一番頭が痛くなる原因は、この意味不明夫婦に従わなければいけないということだ。なんだ、それ。拷問でしかないだろこれ。

 

「うーん、クラリーのご飯はいつみても美味しそうだね」

「ありがとうございますあなた。はい、あーん」

「あーん。うーん、おいしい。さあ、クラリーも。あーん」

「あーん――。あむ、もー、いっぱいいれすぎですよ」

「ああ、ごめんごめん。クラリーの料理がおいしすぎるからさ」

 

 キラって歯が光った。なんだ、それ。

 

「…………」

 

 どんなことにも耐えられる自信はあった。苦痛だろうが、なんだろうが、死ぬ程度の痛みだろうが、死んだ方がまし程度の痛みだろうが、苦痛だろうが耐えられる。

 だが、なんだこれ。もうこれそういうの通り越して、耐えるとか耐えないとかいう次元じゃないだろう。

 

「どうしたんだいサルビア。進んでないじゃないか。今日は、ホグワーツに行く日だ。食べないと駄目じゃないか」

「…………」

 

 その上、時が戻っている。またあの屑共と過ごす。

 

「緊張しているのかい? どの寮に入るか、不安なのかい?」

「仕方ありませんよ。私が、スリザリンの家系ですし」

「もう、何を言っているんだい。君は僕と同じグリフィンドール。きっとサルビアもそうに決まっているよ」

 

 しかも、この両親はグリフィンドール出身。頭が痛くなってきた。この意味不明設定があり得る可能性だとか誰が信じるものか。

 どうせ、どこぞの誰かが面白おかしくいじったに決まっている。

 

 そんなことを想っていると、なにやらスプーンが目の前に付き出されてきた。

 

「僕が食べさせてあげよう。あーん」

「…………」

 

 ――殺したい。

 

「あなた、サルビアが恥ずかしがってますよ」

「もう可愛いなぁ、サルビアは。家族なんだから恥ずかしがる必要なんてないのに」

 

 早くこの空間を逃げ出したいので、サルビアは即行で食べ終わり、

 

「出かけてくる」

 

 そう言って両親が止めても屋敷の外へ出た。

 

「…………なんだ、あれは」

 

 良く耐えたと自分を褒めたい気分になった。なにあれ、意味不明。理解不能。というか理解したくない。

 

「はあ、なにこれ。本当、なにこれ」

 

 夏に入ってから明晰夢を見るようになって階層が切り替わったかと思えば、この始末。何が来るのか少しだけ期待していたというのに、これでは期待はずれも良いところだ。

 

「それにしても……」

 

 村が活気で溢れている。保養地としての機能を発揮した場合の可能性とでもいうのだろうか。致死の光(ガンマレイ)で割ったはずの湖はそんなことなどなかったとでも言わんばかりであるし、何より村人たちがいる。

 今時の魔法使いたちが。夏だからシーズンだろうとでも言わんばかりに保養地としての役割をこの村は全うしていた。

 

 こんなにも活気にあふれた村をサルビアは見たことがない。というか、

 

「なんで、こんなにも馴れ馴れしいんだこいつらは」

 

 通りを歩けば、店主が持って行けと商品を渡してくる。妙にかわいがられているらしい。ここに住む一族の一人娘だから当然か。

 それとサルビア自身が可愛いのもある。まったくもって大人というのは単純だなとサルビアはいつものように見下す。

 

「しかし、寝るのやめようか」

 

 夢を見なければこんな光景を見なくて済む。夢を見ないで疲れだけ取る呪文か魔法薬でも作ってしまえば問題ない。

 良し、寝るのをやめよう。と思いかけて、

 

「でも、ここで過ごすのは中々に有用なのよね」

 

 いわば、昼を二度過ごしているという事で何かできる時間が倍になるのだ。新しい呪文を作るのも、その魔法の習熟訓練をするのもここほど良い場所はない。

 夢である為に、何をしても良いのだから。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ハリーは夢を見る。

 ハリーは夢を見る。

 ハリーは夢を見る。

 

 また、あの人に会えるかと期待して。そして、期待通り。女――ヘルはそこにいた。

 

「こんばんは、ヘルさん。また会えてうれしいです」

「まったく奇特な奴だな、おまえは。私に会えて嬉しいと言った奴は今までいないぞ。しかし、会えてよかったというべきだな。気が付かないか?」

「え?」

 

 そこでハリーは初めて気が付いた。周りの景色が変わっている。プリベット通りであることには変わりない。しかし、人がいなかったはずの場所に人が溢れていた。

 そして、気が付けば自分はあの懐かしの階段下の物置にいたのだ。背も低く感じる。

 

「え、これは」

 

 しかし、疑問を感じている暇などなかった。

 

「ハリー・ポッタ-!!」

 

 あのバーノン叔父さんの声が響いている。怒っている。すぐに行かないと爆発するのは目に見えていた。だから眼鏡をかけて外に出てみると、怒り心頭ですと言わんばかりに顔を赤らめたバーノン叔父さんがそこにいた。

 

「朝食の用意はどうした。え?」

 

 彼はヘルなんぞ見えていないかのように、ハリーに対して怒りをぶつける。ヘルがいればすぐにでも誰がお前はと言いそうなのにだ。

 それだけがここが夢の中であると告げている。

 

「ふむ、私は見えていないようだ。私の存在が妙におぼろげなのは、ここがお前を軸に回っているかららしいな」

「そうなの?」

「なにがそうなのだ。ハリー!」

「あ、ご、ごめんなさい」

「良いから朝食の用意をしろ! 今すぐ!」

「はい、叔父さん」

 

 なんでだよと言いたくもなったが、夢の中でもあのバーノン叔父さんは本気だった。すぐに痛い目に合わされるに決まっているので従っておく。

 大量のベーコンとスクランブルエッグを焼いていく。昔なら手間取るだろうが、今は手間取らない。サルビアと会ってから色々と効率的にやる方法を学んだのだ。

 

 そうやって作り終えた時はぎりぎりいつも通りの時間。ハリーは物置に戻る。食事は物置だ。それにここでならだれにも気にせずヘルと話せる。

 

「これどういうことなの?」

 

 これは五年前だった。11歳の誕生日の歳。ハリーがホグワーツに入学することになる歳だ。

 

「おそらくこれは可能性の体験なのだろう」

「可能性の体験?」

「そうだ。私も詳しくはないが、ここはお前が辿る可能性を再生しているのだろうさ。いや、再生と言うよりはシミュレーションという奴だったか。まあ、言葉は色々とあるだろうが、そういうことだ。これからお前はおそらく、お前が辿らなかった可能性を体験する」

「どうして」

「おそらく、盧生となった何者かがそうしているからだろう。お前と盧生の繋がりはどうやら思っている以上に深い。並みの眷属ではないほどだ。だが、それゆえに、相手は気が付いていない上に、こんな世界まで創りだしてしまっている。正直、私にも何がなにやらだ」

「どうすればいいんだろう」

「さて、それはおまえが考えることだ。おまえが考え答えに辿り着かなければならない。なに、気楽に挑めばいい。どうやら、この邯鄲は緩いらしい。繋がりが浅いのか術式が杜撰なのかはわからないが、本当に眠っている時にしかここには来れないようだからな」

「……わかった」

 

 それから手早く食事を終えて片付けに備える。ダーズリー一家が食べ終えた頃を見計らって食事の片づけを行う。

 翌日。ダーズリー一家は朝から上機嫌だった。なにせ、彼らの親愛なる一人息子でありハリーの従兄弟であるダドリー・ダーズリーの誕生日なのだ。

 

「起きろ、ハリー! 動物園に行くぞー! くはははははっ!」

 

 まだ寝ていると思ったのだろう。物置に向かって階段上から飛んだり跳ねたりしているダドリーであるが。

 

「しってるよ」

 

 ハリーは既に起きている。これは経験したことがある。だから予測できるし、回避可能だ。

 

「ハリーの癖に生意気だぞ」

 

 そんな物言いをしているダドリーをたしなめるようにペチュニア叔母さんとバーノン叔父さんがやって来る。

 

「ん~、可愛いダドリーちゃん。さっ、お誕生日ね~今日は何から何まで完璧にしなくっちゃ。可愛いダドリー坊やの特別な日だもの」

「おめでとう、ダドリー。おい、コー」

 

 次に叔父さんはコーヒーを所望する。ゆえに、既にコーヒーは淹れたてがバーノン叔父さんの座る位置で最も取りやすい位置に置いてある。

 

「ずいぶんと手際が良いな」

 

 バーノン叔父さんは、ハリーの手際に訝しげな表情を剥ける。

 

「そんなの良いでしょバーノン。そんなことよりプレゼントよ」

「ああ、そうだったなペチュニア」

「さあ、ダドリーちゃん、プレゼントよ。どう素敵でしょ?」

「全部でいくつなの!?」

 

 ハリーが知るとおり、ダドリーはプレゼントの数を聞いた。このあと、プレゼントの個数が気に入らなくて、癇癪をあげるので、動物園でもう二つ買うことになる。

 そんな会話を聞きながら、ハリーは食事の準備を完了してさっさと食事を済ませて部屋で動物園に行く準備を整えてヘルと話をする。

 

「おんなじだよ。どこが可能性のシミュレーションなの?」

「私に聞かれてもな。だが、まだ始まりのはずだ。お前の人生の基点がここだとするのなら、これから先に何か変化があるはずだ」

「そうかな」

「あるいはお前が変えるのかもしれんがな」

 

 その後もハリーが知る限りかわりはなかった。いや、爬虫類館でダドリーを蛇の展示室の中に落とさないでやった。その代りに蛇は逃げられなかったけれど。

 そのおかげで、バーノン叔父さんには怒られずに済んだ。あとは、ホグワーツの手紙をすぐに物置に置いたからバーノン叔父さんたちにそんな手紙が来ていることを知られることはなかったくらい。

 

 そのおかげでプリベット通りにハグリッドが来ることになった。その影響かダドリーに尻尾は生えなかった。少しそこは残念に思うが、夢の中だから特に問題もなくダドリーを倒せるから良いと思うことにした。

 それからハグリッドと共に漏れ鍋に行ってダイアゴン横丁で買い物。オリバンダーの店で最初に自分の杖を注文して時間をかからないようにしたりと効率的に動いた。

 

 明確な違いは出ていた。サルビアに出会わなかったことが、何よりも大きな違いだった。

 

「なるほど、君の友人がいないという可能性の世界か」

「そうみたい」

 

 サルビアがいないというのは悲しいが、そういう可能性もあるということなのだろう。

 

 ホグワーツ特急で話していると、ロンがやってきた。同じやり取り。違うのはやっぱりサルビアがいないことだけだ。

 

「駄目だ、ちゃんとしないと」

 

 サルビアにも言われた。前を向いて行こう。これから先どんな風になっていくのか。そう考えながら、組み分けを終えて寮に戻ったハリーは眠りについた。

 




クリエイトなドラマCD開始なサルビア。
原作開始なハリー。
どうしてこうなったんでしょうね笑。

五巻の内容は夢に焦点を絞っていこうかなと思います。なにせ、ホグワーツに行っても特に何事もなくナイア先生の授業を受けたりするだけですので。

ちなみに、ハリポタ原作時空だとサルビアは死んでいます。病魔におかされ、誰にも看取られることなく朽ち果てました。
死体は今でも屋敷の中で届かぬ生に手を伸ばし続けていることでしょう。

おまけ
サルビアの資質。
熟練度Lv.1
 戟法 剛 10
    迅 10
 楯法 堅 10
    活 10
 咒法 射 10
    散 10
 解法 崩 10
    透 10
 創法 形 10
    界 10

面白みなんてなかった。

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