「行こう」
眠っている三頭犬。
現実よりも幾分か遅い学年末。クィレルは動き出した。それに合わせてダンブルドアも学校かいなくなった。クィレルから賢者の石を守れるのはハリーたちのみ。
ゆえに、ハリーたちは現実と同じく三頭犬が守る扉へと入った。そこにはやはり悪魔の罠。対処法がわかっている罠ほど容易いものはない。
太陽の光を用いて罠を無効化し、ハリーたちは用意された罠をかいくぐっていく。ロンがチェスにて大立ち回りをし、ハーマイオニーがスネイプの論理問題を解いた。
そして、ハリーはクィレルの前に立った。
「やはりやって来たな。ハリー・ポッター。お前は、最初から私を疑っていた。私を監視し、私が満足に動けないようにした。だが、私はやりとげた。ここまで辿り着いた。賢者の石を手に入れてご主人様に献上している私の姿が見える。どこにあるのだ!!」
「お前には手に入れられないところだ!」
ハリーは杖を構える。
「私と戦うのか? 一年生が、忠実な闇のシモベたる私と?」
クィレルが嗤う。もはやそこには気弱な先生という印象はどこにもない。あるのは、まさしく正しく闇のシモベたる男。
「さあ、来いハリー・ポッター。はい、わかっていますご主人様」
杖を抜いたクィレルがお辞儀をする。
「さあ、ポッター、お辞儀をするのだ」
「…………」
ハリーがしないでいると、勝手に身体がお辞儀をする。
「そう、それでいい。魔法使いの決闘はまずお辞儀からだとご主人様も言っている」
それから杖を構える。ハリーもまた杖を構え直し。
「さあ、お前を殺してからゆっくりと賢者の石を探すとしよう。ご主人様、身体を明け渡します。――良いぞクィレルよ。さあ、お前が持っている賢者の石を渡すのだこの俺様にな!!」
大手を広げたクィレル、いやヴォルデモート。その杖に魔法力の輝きが見て取れる。
「さあ、行くぞポッター。教育をしてやろう――エクスパルソ!!」
爆裂魔法が飛ぶ。
「プロテゴ!!」
「盾の呪文か。存外優秀なのだな、ハリー・ポッター。だが、まだまだ甘いな」
「ステューピファイ!」
「失神呪文。確かにそれは有効だ。だが、当たればだ」
ヴォルデモートの杖から閃光が飛ぶ。それだけでハリーの呪文が相殺される。
「ディフィンド」
それどころか相殺した端から次の呪文を放つ。当たれば裂ける。それに対して、ハリーは避けることが出来なかった。身体をかばって腕に受ける。左腕が裂けた。
痛みが走り抜ける。楯法によって治療をしようとしするが、ハリーはそれが苦手だ。だが、それでも傷口に薄い膜を張って血を止めるくらいは出来る。
「く」
「そうら踊れ、ポッター! タラントアレグラ」
ハリーの脚が勝手にタップを刻む。それから持ち上げられて上へ下へ。
「ふ、フリペンド!!」
放った射撃魔法はたった一歩、ヴォルデモートが動くだけで躱される。
これがヴォルデモート。クィレルの身体を借りた闇の帝王の実力。
「く、この!! エクスペクトパトローナム!!」
宙吊りにされたハリーは自身にできる最大の呪文を行使する。ルーピン先生に習った吸魂鬼対策の魔法。サルビアに訓練してもらって実体を持つ守護霊を出せるようになった。
牡鹿が駆ける。幸福な日々を想って作り上げた守護霊はヴォルデモートへと向かっていく。
「一年生ごときが、守護霊の呪文を使うだと」
驚きの声を上げるヴォルデモート。それが一瞬の隙。相手の隙は突いてこそとサルビアも言っていた。だから、そこだ。
「スポンジファイ!!」
衰えの呪文によって相手の呪文の効果を衰えさせ、戟法を用いて身体能力を強化して地面に着地。
「やるなポッターだが、無駄だ。一年生が、弱っているとはいえ闇の帝王たるこの俺様に勝てるわけがないだろう」
「そうかもね」
そう魔法なら。魔法で敵わないなら魔法で戦う必要なんてない。だから、ハリーは杖を放り捨てた。
「なに!? 気でも狂ったかポッター! ――!!?」
だが、次の瞬間にはヴォルデモートは更に驚愕することになる。杖を放り捨てたハリーが拳を握って向かって来ていたからだ。
これは魔法使いの決闘である。魔法でもって雌雄を決するべきもの。だというのに、目の前に少年はいったい何をしているのだ。
理解できない行動に、ヴォルデモートは混乱する。そして、それは隙だ。
「魔法使いほど嵌りやすい、だよね」
それはナイアも、石神静摩も、サルビアも言っていたこと。最初の授業。ナイア先生に倒されてから教わったこと。
魔法使いというのは旧い魔法使いほど魔法にこだわる。魔法こそが唯一にして絶対の力だと信じてやまない。だが、それも杖というよりどころ失くしては使えないものである。
それを知るからこそ、杖を失った者に警戒はしない。だからこそ杖を放り投げるという暴挙は相手の隙を作る。
――でも、それじゃあ、こっちもなにもできませんよ?
シェーマスの質問にナイアが笑って答えていたのをハリーは覚えている。
――何もできない? じゃあ、君の両手は何のためにあるんだい? 杖を握る為? 違うよ、戦う時、その両手は武器を持つものでもあるけど、立派な武器じゃないか。
――武器?
――そうさ。思い出せよ、君たちは人間なんだろう? 魔法使いだけれど人間なら杖を失ったくらいで諦めるなんてことは言わないでくれよ。その両手は立派な武器なんだよ。
そう武器たる両手を握りしめて、困惑と混乱の中にあるヴォルデモートを殴りつけた。
戟法の乗った拳がヴォルデモートへと突き刺さる。逃がさない。逆の手で殴りつける。休ませない。殴って殴って殴りつける。
戟法に強化された拳。それほど得意でない戟法であるが、それでも十分。なによりも。
「な、なんだ、これはあああ」
ヴォルデモートの身体はハリーが触れた先からひび割れて崩れていく。原理はわからない。けれど、この身はそういう守りがある。
だから、ハリーは、殴りつける。
「こ、こんなもの、、魔法使いの――」
「僕は人間だ!」
魔法使いだけれど人間でもある。ナイアの言葉通りにハリーは魔法ではなく拳を振るった。それだけで伝説の魔法使いは崩れて消え去った。
あとにはゴーストのようになったヴォルデモートが逃げ去って行く。最後の攻撃も躱してハリーは無事に賢者の石を守り通した。
ポケットの中の赤い石を手に取る。
「ハリー、無事かねハリー」
「ダンブルドア先生、ロンとハーマイオニーは?」
「無事じゃよ。君も無事そうでなによりじゃ。さあ、ハリー、賢者の石をこちらに。今日は疲れたじゃろう。しっかり休むと良い」
「はい、先生」
こうして一年目の夢は終わりを告げる。眠りにつけば現実に戻るのだろう。
「これが君にとっての第一の試練ということかな?」
「ヘルさん」
「おめでとうというべきなのだろうな。しかし、魔法使いが殴り合いとは。目から鱗とこういう時はいうのだろう」
「そうだね」
「どうした。おまえは試練を超えた。今宵の夢はここまでだ。であれば、少なからず喜んだりするものだと思うのだがな」
「そうなんだけど」
やっぱり足りないとハリーは思う。ロンがいて、ハーマイオニーがいて、自分がいる。でも、足りないのだ。三人の輪の中で一人ちょっと外れた位置で自分たちを見てくれているサルビアがいない。
それがやっぱりさびしいのだと今回の結末を迎えてハリーは思った。いつも四人でいた。この四年間、そうだったからやっぱりいないというのは寂しいものだ。
「ふむ、つまりあれか、これは恋というものだな」
「…………」
「なんだ、どうした? なにを赤くなっている。恥ずかしがることではないだろう。人を愛するということは誰もが持つ機能だ。私は、未だその辺がよくわかっていないから駄目なのだと怒られてばかりなのだが、おまえはそういうこともあるまい。ならばあとは前進あるのみだ」
「違うって」
「む? そうなのか? やはり理屈でわかっていても男女の機微というものはわからんな」
「うん、違うよ」
そう違う。親友がいないんだから、寂しいのはあたり前。
「それじゃあヘルさん、僕は帰るよ」
「そうすると良い。私のことなど忘れていても構わんぞ。所詮は夢だ。現実でお前は精一杯生きろ」
「わかってる」
だから、朝へ帰る。
目覚めると9月1日の朝。恒例となったウィーズリー家での目覚め。八月の最期の二週間をハリーはここウィーズリー家で過ごしている。
「ふぁあー、おはよう、ハリー」
「ああ、おはよう、ロン」
「なんか雰囲気変わったかい?」
「そうかな? そうかも。ちょっと長い夢を見たからね」
「夢?」
「うん、少しだけ長い夢をね」
ロンは首をかしげていたが、そういうものだと言っておく。
「そっか」
「さあ、準備をし。早くしないと遅れますからね!」
モリーおばさんの大声で、一斉に動き出す。新しい学用品をトランクに詰め込んで。大荷物を車に詰め込んで
キングス・クロス駅へ。
そこで、いつものようにハーマイオニーと合流し、サルビアを探す。
「いたわ!」
「おーい、サルビア―!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あ? ――なに?」
どうしてこうこの屑どもは目ざとく見つけるのか。酷く機嫌が悪いサルビアは、内心でぼろくそに吐き捨てる。顔色が悪い上に。眼の下にくまがあるように見えるからかハリーたちがサルビアに心配そうな顔を向けてくる。
「ど、どうしたのサルビア?」
「別に、眠れないだけ」
眠らないで済む魔法薬を作ろうとしたら、材料がどれもこれも希少で手に入りにくい。ならば調達をルシウスに任せようと思えば連絡が取れない。
仕方なく探しに行こうとした行く先々でナイアの邪魔が入ったのだ。研究目的でうろついていると言ってサルビアの目的のものを根こそぎ採取していきやがったのだ。
わけてもらうために愛想を振りまいてもなんに使うんだい? と一点張り。使えない塵め。そういうわけでサルビアは気力で起き続けているのだ。
「眠れないだけ? 君ならそういう魔法薬だって作れるだろ?」
「……」
うるさい、作るには材料がいるんだよ塵蟲が。お前が取って来いよ塵蟲が。
「ご、ごめん」
「夢見が悪いの。最悪な夢を見るから極力寝たくないの」
夢は端的に言えば
あんなものサルビア・リラータでも、いやそれどころかどんな聖人君主だろうが耐えられるわけがないだろう。きっと一日もせずに逃げ出すに決まっている。
あんなおぞましい
「そうなんだ」
「さあさあ、行きますよ。遅れちゃうわ」
塵蟲の塵母が急かすので、そのままホグワーツ特急に乗ってしまう。いつものように一つのコンパートメントを占領し、サルビアは窓際に陣取る。
窓に反射した自分の顔は酷いものだった。鏡を見るのも億劫で何もせずに家を出たのだから当然だが。それでも人に見られても問題ない程度なのは元が良いからだ。これが目の前の役に立ちそうで立たない塵なら相当ひどいことになっていることだろう。
「サルビア、眠たいなら寝れば? 僕らこっちに座っておくからさ」
塵蟲がそんなことを言う。
「話聞いてた? 寝たくないからこうなってるの」
「そっかー、じゃおやすみー!」
突然のナイアの声。気が付いた瞬間には全てが終わっていた。サルビアは、眠りに落ちる。眠っていないから状態が最悪だったというのもある。
健常になる前はどうということもなかったものが、健常になったことで影響を及ぼすようになったのだ。
「き、さま……」
コンパートメントの扉の前に立つナイアのにやにやとした顔だけがただただ憎らしかった。
そして、気が付けば。
「サルビアあああああああああああ!! あいたかったよおおおおおお」
「…………」
「あらあら、まったくあなたったら。あ、そうだったわ、サルビアちゃん、どうも弟か妹が出来たみたいなの」
続きとかどうでもよく、なにやら一年目が終わって帰ってきたところからスタートのようだった。どうやらこれをやっている誰かはひたすらサルビアを
「死ねよ」
サルビアの声だけが響き渡る。その声は誰にも届かない。そう誰にも。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふむ。どうやらまだ俺の知らぬ術理が働いているようだな、闇の帝王殿」
「…………」
ヴォルデモートは死んだ。そう確実に死んだのだ。目の前の男の手によって殺された。力を見たいと言っていたのが、テンションが上がってついやりすぎてしまったのだ。
「まさか、盧生が死んだら終わり。しかし、どういうわけかお前は違うらしいな闇の帝王殿。盧生が死んだら全て終わりだが、どういう術理かお前は死んでも死なん。そのからくりよろしければご教授願いたいものだ」
「教えるとでも?」
「そうだろうとも。なに、単純な知的好奇心という奴だ。俺にも人並みに好奇心というものはあってね。ついつい聞いてみただけなのだよ。自制しようとしても出来んしするつもりもない」
「はた迷惑な奴だ」
「良く言われる。だが、お前の勇気、お前の輝きは素晴らしいぞ。気に入った。しばらくは、見学させてもらうとしよう。新たなる盧生となりえるかもしれぬ闇の帝王殿」
「ふん、勝手にしろ。お前がいる邯鄲の最終目標たる盧生になって、お前に引導を渡してやろう」
「待っているとも。ああ、待ちきれんな。楽しみが出来て結構結構。やはりいつの時代でも勇気は枯れ果ててないようだ。この夢も存外侮れん。では、次に出会う時は盧生としての相対を心待ちにしている」
そう言って玉座と共に男は消えた。
「行くぞ」
ヴォルデモートの復活共に死喰い人たちも復活している。次なる場所へ、ヴォルデモートは進む――。
クィレルとヴォルデモートが超合体! というわけでレベルアップした敵はクィレルinヴォルデモートでした。
それなりに強かったけど、殴り合いをするにはクィレルの身体は貧弱すぎた。
それとナイア先生の授業が嫌らしいまでに魔法使い殺しに的確だったのです。流石ナイア先生名教師ですね(棒)。
それに邯鄲の夢が加わればまだまだ行けるハリー君。
しかし、二年目からは露骨に展開が変わって来るぞ。さあ、頑張るのだ。
そういえば夢界って七層あったが、ホグワーツには七年間があるという類似点があることに気が付いた。
サルビアパートは全編地獄(天国)に決定。どこぞの誰かの差し金です。
ヴォルパートはこの先、何も考えてないが、最終的に最終決戦は親父との相対になるかな。自らの名を認められるかどうかが分岐点。
ではまた次回。