ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第57話 罠と怪物

 ハリーとしては夢の二年目の最悪の始まりにだいぶまいっていた。まさかホームに入れずホグワーツ特急に乗り遅れることになろうとは思いもしなかった。

 それもこれも怪しいのはあのドビーであろう。なにせ、どうやってもハリーをホグワーツに行かせないようにしたい彼である。もしかしたらこれくらいやるかもしれないとハリーは思った。ホームの魔法が切れたとかなければであるが。

 

 しかし、どうやってもハリーはドビーじゃないかとしか思えなかった。それほどまでに彼との出会いとヘルのパンチは衝撃的だったのだ。

 あの轟音と風切音をどうして忘れられるだろうか、いや忘れられるわけがない。

 

 ともかく、どうしようかと焦っているロンと平然としているヘルを見てなんとか落ち着いたハリーはとりあえず中から出てくる人を待つことにした。

 しばらくしてモリーおばさんたちが出てきてくれたおかげでどうにかこうにかホグワーツに手紙を送るという方策をとって迎えが来てくれた。

 

 まさかの迎えはスネイプという最悪の滑り出し。そして、あの教師が帰ってきた。

 

「どうも、ギルデロイ・ロックハートです」

 

 またこいつの授業を受けるのかと思うと鳥肌が止まらない。悪い意味で。

 二年目と同じくひたすら言われる通りに演劇ばかりだ。初めは同じくピクシー小妖精を解き放っただけで他はまったく変わりない。

 変化があったのは、クィディッチの試合だった。

 

 恒例のスリザリン戦。変化は、ここにあった。

 

「なんだ――っ!」

 

 マルフォイの煽りをスルーしながらハリーはスニッチを探して飛んでいた。そんな彼にブラッジャーが執拗に迫ってきたのだ。

 フレッドやジョージがいくら弾いても、ハリーを追ってくる。

 

「なんなんだ」

 

 ハリーはそれでもシーカーとしての役割を全うすべくスニッチを探す。

 

「くそ」

 

 しかし、ブラッジャーの妨害は執拗。ハリーを必ず落とさんと迫りくる。その勢いは、進行上に何が在ろうとも止まることはない。

 さながらそれは二頭の獣だ。力を持った飢えた獣。進路に存在する全てを呑みこみながら疾走する暴虐は大気を引き裂き競技場に存在する観覧塔の一本を突き破った。

 

 ブラッジャーの変容はこの場にいるものにとっては理解不能。そもそも縦横無尽にありとあらゆるもの全てに攻撃をしかけるブラッジャーがたった一人の選手を狙うなどありえない。

 何者かの魔法であるとわかるが、しかし誰がそんなことをする。しかもハリー・ポッターを衆人環視の中で。大魔法使いダンブルドアのいる目の前で誰がそんなことをするのだ。

 

 誰も彼もがその事実には気がつけない。悪意ある者の魔法ならばわかっただろうが、この魔法には悪意がない。あるのはただ一つだけなのだから。

 ゆえに、その暴虐を防ぐことはできなかった。そして、競技が始まった以上、誰も干渉することは不可能。つまり、ハリー・ポッター自身の手で乗り越えねばならない。

 

 ニンバス2000を握りしめハリーは競技場(センジョウ)を俯瞰する。

 

「来いよ!」

「おらぁ!!」

 

 フレッドとジョージ。ビーターの2人がブラッジャーを打ち返すべくハリーの前に立ちふさがる。

 

 しかし、無駄だ。

 

 振るった己が得物はブラッジャーによって砕かれた。一個目で、それが起き、二個目のブラッジャーが二人の箒を破壊し地面へと叩き落とす。

 

「く――」

 

 二人が無事かハリーに確かめる余裕などありはしない。

 二つのブラッジャーはハリーを狙う。大気を引き裂き、その疾走は止まらない。

 

 ハリーはその中でも懸命にスニッチを探していた。

 そして、見つけた。この無様な惨状を大笑いしているマルフォイの耳元に飛ぶ金の光を。

 

 ハリーはその刹那、風になった。

 一陣の風となり疾走する。背後に二つのブラッジャーが迫る。

 

 マルフォイは突っ込んでくるハリーとブラッジャーに心底怯えたように慌てて自慢の箒ニンバス2001を加速させる。それを無視してハリーはスニッチへと飛ぶ。

 それを見たマルフォイもまた突っ込んでくる。

 

「取るのは僕さ」

「…………」

 

 ハリーに答える余裕などない。全神経を集中し、四方から後方から迫るブラッジャーに備えただひたすらに加速を続ける。

 その様は馬鹿になったと言われてもおかしなほどだ。クィディッチ競技場内の下部。そこに存在する土台の中へと彼は飛び込んでいた。

 

 多くの障害物があり、横には壁。ブラッジャーの接近が分かりやすい。そこにスニッチが飛び込んだからこそであるが、ハリーにとってもこれは好都合であった。

 ハリーは極限の集中を発揮していた。スニッチだけを見る。あとには何も考えず箒と自分の身体に任せてハリーは飛んでいた。

 

 どこからブラッジャーが来るかわかる。此処では終われない。その意志がハリーを強くする。

 なぜならば、答えを出さなければいけないから。そのために、

 

「僕は、先へ行くんだ」

 

 スニッチが競技場へ上昇して飛び出す。

 ハリーは箒を跳ね上げた。

 

 その急激な変化にマルフォイはついて来れない。その上でブラッジャーに煽られて無様に落下する羽目になった。

 

 ハリーは手を伸ばす。誰でも捕食と同じく何かを捕まえようとした瞬間に隙が出来る。全神経を獲物に集中するためだ。

 ゆえにこの瞬間こそがブラッジャーという獣の狙い。

 

「――っ!」

 

 ブラッジャーがハリーの右腕をへし折ってみせる。

 熱がハリーの腕を貫通する。灼熱だ。溶岩でも流し込まれたかのように折れた右腕が熱をあげて、ハリーの視界に火花を散らす。

 

 骨が折れた。文字にすれば、言葉にすればただそれだけ。しかし、ハリーは心底酷いダメージにそれを認識してしまう。

 いいや、どんな人間であろうともこの痛みに対して酷いという枕詞をつけなければいけないのだ。大けがとは言わないが、酷いけがには違いないのだから。

 

 だからこそ、ハリーは構わずに飛んで、左手を伸ばした――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 その晩、ハリーは医務室にいた。ロックハートが余計な事をしたおかげでの入院ということになる。あの野郎はこともあろうにハリーの腕を治すどころか骨を失くしてしまったのだ。

 そうなってしまえばあとは楯法の領分ではなく創法の領分となり、人体の構造に門外漢のハリーにとって自分で自分の骨を作るというのは自殺行為にしかならない。

 

 ただ骨が無事であっても楯法が不得意なハリーにとってはあまり結果としては変わらなかっただろうが。

 

「無事かね」

「なんとか」

「しかしすごいな。骨を消してしまって、それから再生もできるとは」

「薬は酷い味だけどね」

「良薬は口に苦しというだろう。甘んじて飲むことだ」

 

 熱を持った右腕は今骨の再生作業中だ。

 

「さあ、子供は眠る時間だ。おやすみハリー」

「うん、おやすみヘル」

 

 ハリーは夢を見る。夢の中で、夢を見る。

 

 原初の夢。死の夢。緑の閃光。蛇。

 死。死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死。

 

 濃密なる死。ハリーは死の中にいる。死が近くにいる。死神がそこにいる。

 

 それだけではない、干からびた木乃伊のようなナニカがそこにはあった。辛うじて人の形をしているが、もはや憐れみすら通り越して酷い。

 これでは木乃伊の方がまだましに思える。それほどまでに、そのナニカの状態は酷かった。一体何が、あればこのような惨状になるのか。ハリーにはまったくと言ってよいほど想像がつかない。

 

 上から下まで、見ていく。見たくないのに自らの意志に関係なく、自分の視点は動いた。見れば見るほど、目の前の何かの状態が分かって行く。木乃伊の方が遥かにマシだった。

 頭髪は抜け落ち、一片たりとも髪の毛は残っていたりはしない。禿上がった頭は、内部から圧迫されているように、まるで風船のように膨れ上がり触れば破裂してしまうのではないかと思うほど。

 

 現に頭皮はその圧力に耐えられず破れてだらだらと血を流している。その血は赤くなかった。異臭を放つ黒い血。膿み腐りきり、もはやどす黒い黒に変色してしまった血がだらだらと流れて血溜まりを作っている。。

 眼は濁り切って、今にも飛び出してきそうなほど眼孔から出てきている。焦点の合わない瞳は、光を受容することなどないのだろう。

 

 鼻は、もはやその名残すら見られない。潰れて、砕けて見るも無残な姿をさらしている。顎もそう。口もそう。歯なんて抜けていて一本も残ってやしない。

 頭だけでこれだ。身体もまた酷い。ぐちゃぐちゃだ。手足は正常な形をしていない。指など全部そろっているのが奇跡に思えるくらいだ。

 

 肌はどす黒く染まっていて、正常な色が見つからない。膿み、腐り、病魔が侵している。ありとあらゆる癌が併発し、肉体を殺しているのだ。壊死しているのかもしれない。

 そんな状態ですら、ソレは生きていたのだ。死んだ方がましかもしれない。だというのに、生きていた。燃えるような白濁した瞳の輝きは衰えていない。

 

 そこに誰かの姿を幻視したような気がした。這いずるように、ソレは手を伸ばしてくる。

 

 かつてとどこか同じ夢は唐突に変わる。その姿は、ハリーが良く知る姿へと変わる。

 

――役に立てよ、お前の価値なんてそれしかないだろうが。

――役に立てよ。私の役に立て。

 

 そして、そういうのだ。全てを見下したように。

 感じられるのはただ切実な願いであった。生きたい、自由に生きたいというただ生への渇望だった――。

 

「ああ、ハリー・ポッター。お労しや……」

 

 不意に、その声でハリーは目を覚ました。

 

「…………ドビー。やっぱり君だったんだね」

 

 眼鏡をかけてベッドの上にいる存在を認識する。

 

 屋敷しもべ妖精のドビーがそこにいた。

 

「君だな、9と3/4番線に入れないようにしてのも、ブラッジャーに何かやったのも」

 

 ハリーは半ば確信をもってそういった。そうでなければ彼はここには来ないだろう。

 

「はい、そうでございます」

 

 彼は涙を流しながらキーキーと自らの罪を告白する。

 

「そうすればハリー・ポッターはホグワーツから帰るだろうと思っていたのでございます」

「…………」

「ドビーめは、ハリー・ポッターのためを思ってやっているのでございます。ハリー・ポッターはドビーめを怒ってはだめなのでございます」

「また殴るか?」

 

 ふといつの間にかそこに立っていたヘルがそう言った。

 

「良いよ。今度こそ本当に忘れられそうになりそうだし」

「安心すると良いわ。おまえが日々成長しているように。私もまた成長しているのだ」

 

 筋肉が? とは口が裂けても言えないだろう。

 

「手加減は覚えた。なに、少しばかりか弱い生物の相手はしたことがなかったのでな手間取ったが今度は大丈夫だ。安心すると良い。デコピンだ」

 

 そう言って彼女が形作るのはデコピン。

 解法を使わなくともハリーは悟った。あれは不味いと。

 

 拳の代わりにデコピン。普通ならば威力は下がる。威力のありすぎる殴るという行為で手加減をするというのであればこれ以上ない手加減だろう。

 だが、わかっているだろうか。拳が広い面積にダメージを与えるのに対してデコピンは一点集中なのだということに。

 

 さほど差がないように思えるだろうが、拳とデコピンでは衝撃を与える面積に明確な差がある。拳というある種の面に対してデコピンは点。

 この場合ヘルという規格外(メスゴリラ)の力が一点に集中されることを意味している。もっとも硬い頭蓋に。

 

 さしもの頭蓋でもそれには耐えられまい。おそらくはじけ飛んで終了だろう。そうなってしまえばどうなるだろうか。

 大問題どころの話ではなくなる。しかも容疑者はハリー。マズイ以外の何物でもない。

 

 ぐぐぐぐと力が籠められるデコピンははたから見ても異常な威力を内包していることがわかってしまう。これで手加減なのだからおまえの手加減はおかしいと言わなければならない。

 

「ヘル、良いから。絶対にやらなくていいから」

「任せろ。フリというやつだな」

「ふりじゃないよ!?」

 

 その時、ずいぶんと騒がしく、複数人がやってくる声と音が聞こえてきた。

 ハリーは安堵する。ヘルも流石に誰かが来たらやめるし、ドビーも見られるのをいやがって帰る。なんとかこの場は収まる。

 

 そう思った時、ドビーはハリーにこういった。

 

「ハリー・ポッター、お願いです。秘密の部屋が、開かれた。怪物に殺される前に、早くお逃げ下さい。どうか、どうか」

「待って、怪物? 怪物ってなに!」

 

 そんなの知らない。ハリーの二年目は特に何事もなかったはずなのだから。

 追及しようとしたところで、ぱちん、と鞭で床を叩くような音と共にドビーは消え失せ、同時に乱暴に扉が開け放たれた。

 

 そしてハリーは、二年目の怪物の存在をしる。

 

 




さあ、二年目。ハリーも知らぬ秘密の部屋が開かれる。

さてここにも何か難易度を上昇させる何かが欲しいところですね。
どうしようかな三千体はネタだから良いとして。
普通にバジリスクだけじゃなくやばめの蛇系の怪物の住処にでも、あメデューサ――。

それから最近なぜだかフラーが辰宮のお嬢とかぶってしかたない。これは、お嬢を顕象させろという阿頼耶からのメッセージなのだろうか。

まあ考えるとしよう。ではまた次回。
次回は捜査パートとか飛ばして秘密の部屋にスキップします。
あまり長くしてもあれなので、早々に私は地獄――じゃなかった六年目を書きたいので。
ではでは。

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