斬ったプレイヤーのことは、はっきりとは覚えていない
無我夢中だったということもあるが、もう一つはあまり考えないようにしていた、というのもあるだろう
そうしなければ仲間が、友達が死んでいたし、何より自分も死にたくはなかったからだ
ガンゲイルオンラインで死銃ことデスガンと思わしきプレイヤーに遭遇したとき、
GGOでシノンとの戦いを終えてログアウトしたとき、リアルの大河の身体は珍しく汗でぐっしょり濡れていた
シーツとかとそういうの変えないと、と思いながら大河は携帯を覗き、連絡が来ていないかを探す
せいぜいよくあるお知らせメールくらいで気になる人からの連絡は来ていないが、そういえばと一つ、唐突に思い出した
───吐き出したいときは、この番号に電話でもするといい
そんな言葉と共に、アラタから一つの携帯番号を渡されていたのを思い出す
・・・確かにそこまで落ち込んではいないものの、陰鬱な気分ではあるし、この番号が誰かはわからないが、話を聞いてくれるだけでもきっと多少は楽になるだろう
この先のシノンとの戦いも、変に悩んでいては剣が鈍る
とりあえず話だけでも聞いてもらえれば多少は大丈夫だと思うので、そんでもってアラタかもらったこの連絡先は何なのかも気にはなったのでとりあえずこの電話番号に電話でもしてみることにしよう
◇
「むかつく…むっかつく…! あの男ッ!」
自宅のアパートから近い児童公園の片隅
ブランコの鉄柱を蹴っ飛ばして朝田詩乃は呟いた
そんな彼女に向かって、二つあるブランコの内の一つの座った新川恭二が呟いた
「珍しいね、朝田さんがそんなストレートに言うなんて」
「だって…図々しくてかっこつけでさ。大体、GGOにまで来て剣で戦わなくてもいいじゃないっ、ホントにもうッ!」
「い、一応朝田さんの勝ちだったんでしょ? 予選」
「あんなほぼ譲られたやつ、勝ちだなんて思えないわよっ!」
「…でも、朝田さんが他人に対してそこまで言うの、本当に珍しいね。普段あんまり他人に興味ないって感じだから」
「…む」
ふと言われて見ればそうかもしれない
日ごろ関わろうとする気は皆無だし、一方的に絡んでくる連中に対しても煩わしいと思うだけでそれ以上は無駄だと思い切り捨てている
そもそも詩乃は自分のことだけで手一杯なはずなのに、どうにもあの男は思考の端っこに残っているのだ
けどそれも当然かもしれない
何せ銃撃戦がメインで基本的に不意打ちが上等のゲームなのにあんまに真っ正面から挑んでくる奴なんてアイツ以外にあり得ない
勝ちを譲られたとはいえ詩乃の中ではいまだに負け越しているのだ
「…怒りっぽいのよ。これでも」
「そ、そうなんだ」
適当に近くの小石を蹴っ飛ばしながら空いているブランコに座る彼女に対して、恭二はそう返答する
やがて思いついたように彼は「そうだ」と手を叩きながら
「それだったらどこかのフィールドで待ち伏せる? 狙撃が良ければ囮するし。…あ、でも仕返しなら正面からがいいかな? 腕のいいガンナー、二、三人くらいならすぐに集められるし───」
あれこれとプランを呟く彼の言葉を右手を上げて遮った
「うぅん、そういうんじゃないの。むかつくはむかつくけど、戦い方はまっすぐだから、私も公平な条件で真っ正面から戦いたいの。幸い、リベンジする機会はあるから」
彼女は携帯で時間を確認しながらブランコから降りると右手を
「あと三時間半でバレットオブバレッツ決勝戦が始まるわ、その大舞台で今度こそアイツを射抜いてやるんだから」
「ちょ、大丈夫なの朝田さん、そんなことして…」
不意にそんなことを言って気がかりそうに眉を寄せつつブランコから降りてこちらを伺っている
「え…。あれ」
ふと自分の右手を見ると、人差し指と親指が伸び、簡易的な銃を作っていた
慌てて手を開いて握りなおす
いつもなら銃を意識したとたんに動悸が激しくなっているところだが、今のところは問題ない
「お、怒ってたからかな。平気だった」
「そ、そう…」
「…どうしたの、新川くん」
「その、なんか心配で…。いつもの朝田さんらしくないっていうか。僕にできるのはモニター越しの応援しかできないけど…」
「いつもの、私って言われても…」
「朝田さんはクールで、何事にもどうじないっていうか…学校からも僕みたいに逃げたりしてないし…その、なんていうか、〝強い〟んだよ、朝田さんは。朝田さんのそういうところ、僕はすごく憧れてるんだ」
「つ、強くなんかないよ、知ってるでしょう? 銃を見ただけで私は───」
「
「───っ」
「今やシノンは、GGO最強プレイヤーの一人じゃないか。あんなスゴイ銃を手足みたいに操ってる姿がきっと本当の朝田さんなんだ。だからきっと現実の朝田さんだってああなれる。だから心配なんだ、あんな男のことで動揺とかしてる朝田さんを見てると…。だから、だから僕が力になるから…」
捲し立ててくる恭二を尻目に、詩乃は心の中で言葉を紡ぐ
───私だって、なりたくて今の私になったわけじゃない
昔は普通の女の子みたいに笑ったり、泣いたりしていたのだ
確かにリアルでもアバターであるシノンみたいに強くなりたいというのは切なる願いである
しかしそれは恐怖を乗り越える、トラウマを克服ないし軽減したいという意味合いであり感情を排除したいということじゃない
もっと普通に、友達と笑いあったり騒ぎたいなんて気持ちがあったのだろう
だからこそ、自然体で接してきてくれるあの男に、こんな風にムカついたりしてたのかもしれない
恭二の言葉は素直にうれしいが、どこかズレてる感じもする
「ごめんね、そう言ってくれるのはとてもうれしい。…新川くんはこの街でたった一人の理解者とも思ってる…だけど、まだそういう気分にはなれないの」
「…そう」
寂しそうに俯く新川恭二
彼は詩乃の過去を知っている
それでもなお彼は親身になってくれてるのだから、こちらも応えるべきなのかもしれない
だが意識の片隅では、あの剣を使うプレイヤー、ギンガの顔がチラついている
彼と戦って勝ちたい、自分のすべてを出し尽くして、ギンガを倒す
「だから、それまで待っててくれる、かな」
◇◇◇
少し時間は戻って、あるファミレスに大河は足を踏み入れた
そして大河は待ち合わせしている人を探す
電話番号にかけた時、落ち合う場所としてこのファミレスを提示されたのだ
目印は、〝赤い髪色〟に、〝橙色のようなコート〟…と、それらしい人物を探していると、不意にこちらを見つけて手をあげた女性の姿を見つけた
いそいそとそちらに行くと、眼鏡をかけた赤色の髪の女性がアイスコーヒーを飲みながらくつろいでいた
「来たわね。さ、座って座って」
彼女に促されるままに、大河は対面に座り彼女と向き合う形になる
眼鏡の奥から覗かれる琥珀のような瞳に、大河の顔が映り込む
「改めて、自己紹介するわ。私は蒼崎橙子。アラタからは聞いてるかしら?」
「はい。頼りになる人だって」
「ま。嬉しいこと言ってるのねあの子。…それじゃあ、貴方の愚痴を聞いてあげようかしら」
◇
とりあえずドリンクバーを注文して飲み物を持ってきた大河は改めて橙子の前に座り直し向き直る
とはいえどう話したものか、っていうかこれはどう話せばいいんだろうか
「…燈子さんは、俺がSAOサバイバーってことは知ってますよね」
「もちろん」
「そして俺がそのゲームの中で、何人か、殺したことも」
「えぇ」
最低でも、三人は殺しているだろう
逆恨みしてきてキリトを殺そうとしたナーガ、
「乗り越えてたって勝手に思ってたんです。けど、GGOであるプレイヤーと遭遇して、ちょっとだけ揺らいじゃったっていうか…忘れようとしてきた斬った人の顔が思い浮かんできて…いえ、はっきりとは出てこないんですけど…」
正直、斬ったことについては後悔していない
斬らなかったら仲間も友達も死んでたかもしれないし、何より自分も死にたくなかったから
「なるほど。ちょっとフラッシュバックしちゃったって感じかしら」
「…かもしれません。俺って、人でなしなんですかね」
「でもね、大河くん。少なくともそう考えられるということは貴方は十分優しいし、いいことだと思うわ。それでも心が不安になるなら、貴方が助けた人を思い浮かべるといいんじゃないかしら」
「…助けた人?」
「そう。貴方が剣を振るったのは、そりゃあ自分のためってのも少なからずあると思う。だけどそれ以上に、誰かのために振るったことで、助けられた人がいるってことも忘れないこと。そうすれば、今より少しは落ち着けるんじゃないかしら」
燈子はそう言って、コーヒーを一口飲んだ
同時にそう言われて、大河は少しだけ面食らったような顔をする
…思えば助けた人たちのことはあんまり考えたことがなかった
───だけど、そうか
冷静に考えれば、守れた命はあったじゃないか
「…ちょっとだけいい顔になったわね」
「───そう見えます?」
「ええ。ちょっとだけ、ね」
そう言って燈子は微笑んだ
釣られて大河もまた微笑む───と、ふと携帯の時間を確認する
いけない、もう少しでGGOの決勝が始まってしまう
帰る時間も入れるとそろそろお暇しなければ
「ごめんなさい燈子さん、そろそろ行かないと」
「わかったわ。私、少しは助けになれたかしら」
「はい。あ、そうだお会計…」
「大丈夫よ、私が払っといてあげる。急いでいるんでしょ?」
「え、でも」
「いいから。早く行きなさい」
そう燈子に促されて、大河は小走りでファミレスを後にする
ガラス越しに走っていく彼を燈子は見送ると眼鏡を外してふぅ、と一つ息を吐いた
そしてそんなタイミングで燈子たちの後ろのテーブルから一人の男が立ち上がって、また燈子の対面に座った
「どうだった」
「一応それっぽい助言はしたが、結局は本人次第だろうな。お前から見た感じはどうだ? アラタ」
対面に座ったのは、彼に燈子を紹介したアラタだった
アラタは大河が走っていった方向を見ながら小さく笑むと
「大丈夫だと思うよ。たぶんね」
◇
グロッケン市街
総督府タワー前にログインしたシノンは出現した
普段このエリアは人影は少ないのだが、今回はバレットオブバレッツ本戦の影響でいろんなプレイヤーが飲食物を手にお祭り騒ぎしている
オマケに誰が勝つかなどのトトカルチョまで起こっており、かなりの通貨がつぎ込まれている
なんとなく倍率が表示されたウィンドウをチラ見して、自分の名前を探してみる───まあまあな高オッズだ
それじゃあ今度はギンガの名前を探してみるとこっちもかなりの高倍率
まぁそれもそうか、と思いシノンは踵を返した
アバターの外見とバレットオブバレッツの常連、ということも相まってシノンはかなり周囲に認知されている
しかし今、彼女に近づいて話そうとするものはいない、彼女が一度敵とみなせば容赦なく牙をむくワイルドキャット系女子ということも知れ渡っているのだ
早いとこ待機ドームに入って気持ちを落ち着けようとしたとき、「シノン!」と声がかけられた
こんな状況で彼女に話しかけてくるものは一人しかいない
「シュピーゲル」
少し前リアルで別れた新川恭二のアバター、〝シュピーゲル〟がシノンに向かって歩いてきていた
「…どうしたの?」
「ううん。ちょっと前に現実で別れた人と、こうしてアバターで会うっておかしな感じだなって思っただけ」
「む。そりゃあ現実の僕はこっちみたいにかっこよくないけどさ。それよりも勝算とかはありそう?」
「正直何も。頑張る、としか言えないかな。索敵、狙撃、移動の繰り返しになると思う」
「それもそっか。だけど、僕は信じてるよ、絶対にシノンが優勝するって」
「ありがとう、それじゃあ終わったら、酒場で祝杯かヤケ酒に付き合ってね」
微笑みながらシノンが言うとシュピーゲルは一瞬俯いた
その後すぐに顔をあげると、もう一度彼は言葉を紡ぐ
「シノン、うぅん、朝田さん」
「! …な、なに?」
ゲームに置いて本名をいう行為はかなりのマナー違反だ
それを彼が知らないはずはない、だからこそ不意に自分の名前を口にしてきた彼に、シノンは少し驚いた
「し、信じていいんだよね。待っててって。いつか、その時が来たら、ぼ、僕と…」
「ちょ、いきなり何言いだすの」
「僕、僕、ホントに朝田さんのことが───」
シュピーゲルが言葉と共に踏み込んできて、シノンの右手を掴む
それに対して、少しだけシノンは強い口調で言葉を返した
「ごめん、今はやめて」
「ッ」
「…今は大会に集中したいの。力を最後まで出し切らないと、とてもじゃないけど勝ち抜けないと思うから」
そしてそんな浮ついた気持ちでは、とてもじゃないが〝ギンガ〟には勝てない
「そっか。…そうだよね、ごめん、シノン。…でも僕、信じてるから」
「う、うん。…それじゃあ私、そろそろ準備があるから、行くね」
これ以上シュピーゲルと話していると、本大会まで動揺を引きずってしまいそうな感じがしたから、シノンはその場を離れることにした
シュピーゲルはそんな彼女の背中に、なおも言葉を投げかける
「頑張って、応援してる」
総督府のエントランスに入るまで、シノンはずっと背中に熱い視線を感じていた
人気のない建物にはいるとやっと肩の荷が下りたような感覚になる
彼に好意を感じているのは嘘じゃない、だけど、今は自分のことで手一杯なのも確かなのだ
父親との思い出を持たない朝田詩乃にとって、もっとも強く記憶に残っているのは、五年前の強盗事件の犯人の顔のみ
このまま恭二と付き合ってしまったら、いつしかその強盗犯の顔を彼の中に見てしまうかもしれない
もしそれで発作を引き起こすトリガーが〝銃〟だけでなく〝男性〟まで加わってしまったら、ただ生きることすら困難になってしまう
気持ちを切り替えてエントランスホール奥へ歩き出したその時だった
目の前から一人の男が歩いてくる
忘れもしない、今や頭の片隅に強く居座っている、あの男
「…今度こそ、アンタを撃つわ」
「───あぁ、俺も時が来たなら、改めて君を斬る」
バレットオブバレッツ本戦開始まで、約一時間───
どこもかしこもお祭り騒ぎ、かなり賑わっているな
だが忘れたわけじゃあないだろうギンガ、楽しむのも悪くはないが、俺たちにはやるべきことがある
次回「本戦」
闇に紛れ込む悪意の弾丸…!