木曾とそんな泊地   作:たんぺい

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プロローグ:木曾と大本営の提督

漆黒のマントを身に纏い、ベレー帽にセーラー服を着こなす少女がいた。

傷だらけの顔には眼帯をしており、その奥からは怪しい光が漏れている。

 

一瞥するだけで、彼女がただ者では無いことは、見るものの想像にはかたくないだろう。

 

その女の名は「木曾」という。

 

 

木曾

球磨型5番艦の軽巡洋艦の名を冠した彼女こそ、栄えある大本営所属の1番隊旗艦の屈指のエリートである。

 

大本営の1番隊。

正確には「帝国海軍第1連合艦隊」と言う大本営所属の艦隊のエースチーム。

帝都を守護する象徴として数多の凡百の艦娘の隊員から選りすぐられた者、6人しか居ない最強の艦。

 

一航戦として先の戦の時代では艦隊で長門と共に日本の魂として輝き、今でも最強の空母として轟く正規空母「赤城」。

先の戦で無傷で生き延び、時雨と共に不死身の代名詞として今なおその誇りを汚さぬ「雪風」。

華の二水戦として、格上の相手ですら一歩も引かぬ戦で鬼神のように今も先も切り込み隊長として戦い抜いた「神通」。

日本最強の戦艦として大和と共に並び立つ戦場の華、最強の火力の大戦艦「武蔵」。

先の戦では終戦まで生き抜いた、ゴーヤこと深海に潜むスナイパー「伊58」。

 

その大本営所属の1番隊の彼女達に並び立つ実力を持った彼女、しかも旗艦となればリーダーとなる立場となる。

今や木曾の名を知らない海軍関係者は存在しないだろう。

そんな彼女は提督…艦娘を指揮するエリート兵すらも迂闊に指図できないといわれている。

 

或いは指図出来るとしたら

 

「おお、よく来てくれたね、木曾」

 

木曾を軽い調子で呼びかけた、大本営所属提督海軍の大将にて次期海軍元帥に最も近い…

例えば木曾の目の前で、豪華な革張りの椅子に鎮座し大理石で出来た巨大な机でふんぞり返っているような、

この男ぐらいなものだろう。

 

 

「俺に何の用だ提督、不安なのか?」

「やめないか木曾、お前の優しさは、いつだって私を甘えさせてしまう」

 

開口一番切り出した木曾の心配に、提督は笑って返した。

しかし、一転真面目な口調になり、提督は木曾に向かって話をはじめる。

 

「しかし……不安か、その通りだ。この海軍は、日本は危険に晒されている」

「何だと?!」

 

海軍の、ひいては日本の危険とまで言い出した。

たちの悪いジョークではない、提督の口調がそういっている。

そう思い取り乱した木曾だったが、直ぐに冷静さを取り戻して質問を続けた。

 

「日本の危機とは穏やかじゃない、何の話だよ」

「ふむ、単刀直入に言えば…リンガだ」

「リンガ…確か、日本直轄の海外泊地だったか」

「そう、そのリンガだよ」

 

泊地

深海棲艦に対する力を持った艦娘を、持たない海外の国も存外する。

日本は海外に艦娘を派遣することでその海外の地を守る代わり、

資源や土地といった陸路の供給と独自のシーレーンの確保を行う権利を得ている。

 

…当然、現地人からの摩擦や外交問題、更に言えば日本の艦娘の拉致未遂すら起きるのもかつては日常茶飯事ではあったが…。

しかし、提督や艦娘から見捨てられれば、イコール焦土になるということでもあり、

艦娘を怒らせて泊地を廃棄した結果、国の4分の1を深海棲艦に灼かれたと言う事件が起きて以降、表立った衝突・事件はなくなっていった。

しかし、未だに深い溝は存在しているのが泊地の現状である。

 

そんな訳で、泊地とは、つまり鎮守府以上にデリケートな土地であり、

そこでの問題とは、日本からすれば資源確保の異常や国際問題に直結しており、

木曾も心底、シリアスな口調になり、提督の話に耳を傾ける。

 

そんな彼女を横目に提督は続けた。

 

 

「そのリンガだが…深海の連中の手に堕ちた、と言う報告が上がっている」

「ハァ!?い、一大事じゃないか?」

 

日本の海外直結地が敵の手に堕ちた。

木曾に最大級の衝撃が走る、いや、木曾じゃない艦娘ですらショックだろう。

しかし、提督は涼しい顔を崩さぬまま、木曾に語りかけた。

 

「厳密には、深海の連中がリンガ泊地を出入りしていると言う報告が上がっている」

「な、それは…」

「リンガ自体のシーレーンは、まあ、無視して良いかもいいレベルだが、問題はそこではない…木曾はわかるな?」

「艦娘の情報、各地提督の情報、まるで筒抜けになったって事なのか?」

 

事態の重さに顔が真っ青になる木曾。

その木曾を知ってか知らずか、更に提督は重い言葉を投げかけた。

 

「…最悪な、いざとなれば核弾頭すら使用する用意もある」

「な、長門や呉や長崎の連中が黙ってねえぞ馬鹿!」

「焦土にせざるをえまい、ガン細胞を取るには荒療治が最適だと決まっている」

「…情報が筒抜けになった限り、か」

 

 

悔しそうな、悲しそうな顔になった木曾。

 

確かに提督の言う話はわかる。

深海の者に容赦はしては、国土レベルの被害が最低限のレベルと言う、

まして、情報漏洩が常時起きているならば世界すらも被害が起きる。

情報漏洩の元を焦土にしろと言う提督の言動は、手段の是非はともかく正論である。

 

とはいえ、腐っても木曾は艦娘。

無為の人の殺害を自ら行い、守るべきものを灼けと言う言動に、

悲しい気持ちを抑える事はできない。

根が優しい木曾ならば尚更である。

 

 

「何か言いたいのか、木曾」

「当たり前だ…当たり前だ!お前の言いたい事は理解出来るがな…!」

「そこで、武蔵か神通なら遠慮無く俺を殴ってたな」

「…え?」

 

なぜ1番隊のみんなが、その名前が出てくるのか木曾にはわからない。

そんな木曾をまっすぐ見据え、苦笑いしながら提督は語る。

 

「赤城だったとしても平手打ちは免れん、雪風やゴーヤは逆に泣きだしそうだ」

「おい…提督?」

「お前に相談できて良かった、やっぱり、軍隊としてまともでない手は提督として使いたくない」

「なら…」

「言わねばならぬ立場がある、最悪で最低でも通さねばならぬ最低限の手はある…私レベルの提督ってそういうモノだ」

 

気まずい沈黙。

夫婦喧嘩の後のような、何ともいえない表情を木曾は見せる。

 

「…すまない、お前の気持ちを、わからず声を荒げたな」

「謝罪はいいぞ木曾、私が悪い…私を『お前』呼ばわりして赦せる仲だ、こんな事もあるさ」

「お茶を濁すな、ならばどうしたらいいのさ?お前はどうしたい?」

 

木曾が、提督に向かって質問をぶつける。

本質的な話だ。

木曾はどうしたら良いのか、リンガをどうしたいのか。

 

「木曾、お前をリンガに派遣する」

「お、俺を?」

「そう、表向きは『出向』…期間は4ヶ月程か、リンガに出向き深海の動きを見て欲しい」

「なんだって?ちょ…ちょ待て?!」

 

木曾の質問を遮って、提督の事務的な話は続く。

 

「木曾の後任は一時的だが阿武隈に任せる、1番隊の旗艦は赤城に回す」

「大丈夫なのかよ?!帝都の守護は!」

「…一時的な話だよ、リンガから帰参すれば木曾の席は元に戻す」

 

提督の言葉に安堵した木曾。

そんな彼女は、おのが本音を絞り出すように吐露した。

 

 

「そうか、一瞬お前から嫌われたと思ったよ…取り乱して済まない」

「一番信頼している木曾だったから、唯一ケッコンした艦娘だからこその話さ」

「…」

「照れるなよ、誰も見ていないのに」

 

提督の、なんだか歯の浮きそうなセリフを受けて、

真っ青な顔だった木曾が真っ赤に染まるのを提督はからかいつつ、

提督は本来の『作戦』を木曾に授けた。

 

「木曾よ、お前にしかリンガの視察はできないのだ…先遣の偵察員として、お前を一人リンガに送らせてもらう」

 

なんでさ、と木曾は反射的に声をあげかけたが、それは考えてみたら当たり前の話である。

 

赤城はまず無理だ、実力以上に国内外からの人気が高すぎて目立つ。

武蔵ももっと無理だろう、見た目や武器が派手過ぎるにも程がある。

逆に子供な雪風や運用が特殊過ぎるゴーヤには、こんな任務はキツい。

 

結局、木曾の同僚たちは偵察・調査と言う任務には向いてないと言う話であった。 

 

 

あるいは唯一、偵察の成功の可能性がある神通は軽巡洋艦や駆逐艦の教育係の統括としての仕事がある。

教育係の更なるまとめ役、そんな立場の重要性は、軍と言う立場ではある意味で提督のソレを軽く越えている。

大本営のそんな立場だったとしたら尚更だ。

それを外して神通を何ヶ月か他泊地へ出向させるのは、なるほど自殺行為だ。

 

如何に木曾は隊長とは言え、彼女にお鉢が回るのは自然な話だった。

 

「頼めるな、木曾…日本は、お前の働きにかかっている」

「わかったわかった…お前は俺に美味い酒を用意しろよ、こんな任務なんて一瞬だ、この任務が終わったら言いたい事が有るんだ」

「オイ…木曾よ、オイ…」

 

伝統的な死にいく者のセリフをわざと吐きながら。

手玉に取られ続けた意趣返しとばかりに、ふざけた事を言う木曾。

 

そして、ひとしきり提督相手に馬鹿笑いしつつ木曾は気合いを入れて提督に宣言した。

 

 

「『球磨型軽巡洋艦改・重雷装巡洋艦木曾』、参る!」


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