木曾とそんな泊地   作:たんぺい

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第九話:木曾と阿賀野と深海と

ふわぁ…と、木曾は、欠伸をかみ殺しながら自室から食堂へと向かう。

 

朝飯はあっさりと和食のおにぎりと味噌汁の定食にするか、あるいは、たまにはパンと目玉焼きにしてしっかり食べて精を付けるか。

そんなたわいない事を考えながら、てくてくと歩いている。

 

ほんの数日前の木曾ならば、有り得ない光景だ。

大本営時代の彼女なら、飯など特に悩まずささっと食えそうなものを適当に腹に詰めているはずだ。

それに朝の朝の8時を回っているこの時間は、本来ならば既に訓練に向かっている時間であったろう。

 

 

しかし、リンガ泊地に来てから数日と言うもの、すっかり木曾は腑抜けてしまっている。

 

来た当初こそ、深海棲艦と共存を果たしたこの泊地の空気に混乱してドタバタしていたが…

果たして、10日もする頃にはすっかりこの地と空気に慣れてしまった。

 

飯も旨い、人も優しい、特に海も陸も事も無しとなれば、なるほどそれも道理だろう。

 

元々が、木曾はそこまで人にも厳しく無い気性なのだ。

3日もする頃には、すっかりリンガの艦娘達からもなつかれてしまっている。

そういう、緩い繋がりを…木曾は本来好むたちであった。

 

 

その中で、木曾に特に懐いている艦娘は、ファーストコンタクトを取った飛鷹であった。

 

ツンケンしている言動を見せる事も無いでは無いが、基本的には協調性もあって面倒見の良い飛鷹。

しかし、基本的に空気が読めないと言うか…どんくさくて、微妙に世間知らずなお嬢様タイプでもある。

まあ、だからどうしたと言うレベルではないが、どうにも「浮く」事が、リンガでも珍しくはなかった。

 

本人も直そうとはしているし、リンガのメンバーからも嫌われている訳では無いが、

ほっぽはともかくも、自分から微妙に周りに壁を作ることは、実は珍しくはなかったのだ。

 

そんな中で、自分の欠点も笑って受け入れてくれた木曾に惹かれるのは…当たり前だったのかも知れない。

…まあ、そう言った深い所は、木曾はともかくも飛鷹自身すら、わざと考えないようにしている節はあるのだが。

 

 

「飛鷹おはよう…何か、お前なんかいっつも俺の隣に居るよな」

「おはようさん、私のこと嫌いなの?木曾は」

 

そんな横道を説明している間に、いつの間にか食堂で合流した木曾と飛鷹。

軽く挨拶を交わした後は、食事を頼もうと二人で食券売り場の前で軽く思案した後、

木曾は、やはり最初に決めたおにぎりと味噌汁を、

飛鷹は彼女らしく洋食風のパンのセットを頼んだのである。

 

 

木曾の頼んだ朝食は、出来立てでまだほんのり温い塩むすび2つに白菜のお新香が2切れに味噌汁。

 

あえてシンプルに具がないおにぎりが海苔の風味と米の甘さを引き立てて、隠し味はひとつまみの粗塩。

お新香は自家製のぬか漬けであり酸味が非常に強いが、逆に口の中をさっぱりさせてくれる。

そこに、炒り子だしで魚介の風味が溶け出したワカメと豆腐の味噌汁が身に染みる味となっている。

 

 

一方、飛鷹の頼んだ朝食は、焼きたてのロールパンにバターとマーマレード、ハムエッグにコールスローサラダにヨーグルトと朝食にしては豪勢なもの。

 

ナイフであらかじめ切れ目が入ったロールパンからは、焼けた小麦独特のふんわり香ばしい香りが食欲をそそる。

そこに一切れのバターと伊予柑で出来た甘みの中に上品な苦味の味わいが鮮烈なマーマレードを塗ることで、それだけでちょっとした高級料理風なパンが出来上がる。

メインディッシュたるハムエッグはシンプルに塩胡椒を強めに振ることで、ややすれば甘すぎるパンの味を引き立てる辛さを演出してくれる。

甘いパンと辛いハムエッグの繋ぎには、あえてドレッシングをかけず、茹でたトウモロコシをトッピングしたキャベツの千切りで出来たサラダが口をさっぱりさせてくれた。

最後に、ブルーベリーのジャムをかけたヨーグルトの酸味と甘みが、朝の疲れた身体に多幸感をもたらしてくれるのである。

 

 

「朝からそんな、良く食えるな…」

 

あっさりと朝食を済ませた木曾は、量としては自分の倍近くあるハズの飛鷹の朝食の山が、自分の倍以上のスピードでなくなっていく様を見て目を丸くした。

しかし、当の飛鷹は食後のコーヒーを啜りながら涼しい顔である。

 

「まだまだ入るわよ…朝ご飯は、しっかりしないと元気にならないわ」

「…空母ってのはみんなそうなのか?赤城も、そう言えば昔、似たこと言ってたなぁ……」

 

赤城って何よ…と言って、少しムッとする飛鷹だったが、丁度その時に食堂のドアが開く。

来客したのは、ほっぽとレ級に阿賀野と言う面子であった。

 

 

「ゴハン、ゴハン!ヤマモリゴハン!」

「はいはいほっぽ様、じゃあ…今日は鮭定食にしましょうカ」

「ン、オナカイッパイタベル!」

 

海里から特別に貰った小遣いを握りしめ、実に他愛ない話で盛り上がる深海組。

しかし、一方、阿賀野は…

 

「私は、お粥だけ…いいや、野菜ジュースだけでいいかしらねっ…!」

 

まるで食欲が無いかのような注文である。

それをたまたま覗いていた、木曾は阿賀野に何気なしに声をかける。

 

 

「どうした?飯が入らない…腹の具合でも、わるいのか?」

「う…そうじゃないけど……」

 

木曾の心配に、なぜか顔を青くして冷や汗まみれになる阿賀野。

話題を変えるためか、阿賀野はこう切り出した。

 

「そんな事より…阿賀野、ちょっと木曾さんに頼みたいことがあるの!」

「…頼み?」

 

一体なんだいと、木曾が続けると、阿賀野は決意するかのような表情で言った。

 

「阿賀野を、大人にしてください!!」

 

 

「ちょ……………はァァァァ?!」

「ぶっふぉォ!?」

「……」

 

爆弾発言ってレベルじゃない阿賀野の言葉に、意味をわかってないほっぽ以外のその場にいる全員は氷結する。

 

驚愕する飛鷹。

吹き出すレ級。

目を丸くし絶句する木曾。

 

 

そして、飛鷹は顔を真っ赤にして、阿賀野の首根っこを捕まえて振り回し、

レ級はほっぽの目と耳を塞いでしまい、

当の木曾と言えば…

 

「うーん、俺はノンケなんだけど夜のお誘いは…何か阿賀野なら嬉しいはするかな?」

「って、乗り気なのかヨ!」

 

なんか考え込んだ後出した結論的には、わりとまんざらでもなかったりした。

 

その後、変態!変態!とポカポカと今度は飛鷹に木曾が背中を殴られる中、

今度は当の阿賀野の方が顔を別な意味で青くしてして、必死にさっきの言葉を否定した。

 

 

「違うの!阿賀野は木曾さんとエッチな事がしたいんじゃ無いのよ!」

「…違うのか残念、こんなかわいいのに」

「ふぇえ…って、そうじゃないの!艦娘として、大人にして欲しいのよ!」

 

艦娘として、と言う阿賀野のセリフにはっとする木曾。

そんな木曾を無視して、阿賀野は続けた。

 

「木曾さん、阿賀野たちよりずっと強いでしょう?私に特訓して欲しいの!お願い!!」

「…特訓、か」

 

 

特訓、と言うリンガらしく無い、もっと言えば阿賀野らしくない言葉に考えこむ木曾。

 

自分も含め、たるんでしまっているこの空気をまさか阿賀野に考え直させられるとは思わなかったと思い、

木曾は目の前のこの少女の事を軍人として見直した。

 

幸いに、本来は木曾も軽巡洋艦であり、現在も戦闘スタイルは木曾も阿賀野も近い部分も多く、

伝えられる事や引き継げさせる事は、きっと少なくないはずだと木曾は考える。

 

それは、リンガの為に自分が出来ることではないかと考えた。

 

 

そんなことを思いつつ、この泊地では見せたことはない大本営時代の厳しい軍人の顔になると、

阿賀野を一瞥してこう言った。

 

「わかった、阿賀野…いや、貴様をこれから一人前の戦士にしてやる!ヒトヨンマルマルに演習場に来るように、返事は!」

「は…ひゃい!?」

「ひ…って、私は関係なかったわ……」

 

ど迫力の声量と、圧倒的な威圧感。

まさに、木曾の本来の姿たる軍人そのもの、一流の戦士その鑑。

そんな姿に、阿賀野は圧倒されて直立不動となり、飛鷹すら怯える。

 

そんな情けない2人の同僚を尻目に、今度は深海の二人に目を向けると、木曾はこう続けた。

 

「ほっぽちゃん…ちょっと、飯の時間の後にしばらく、レ級を借りるぞ」

「…キョウノキソ、コワイ……」

「あ…」

 

ほっぽまで怯えさせてしまい、そのことに木曾は自己嫌悪に少し陥りつつ、

先ほどより少し優しいトーンでこう言った。

 

 

「あはは…阿賀野の為にはな、ちょっと俺も、昔の感覚を思い出す必要があってな……ちょっとやりすぎたかもな」

 

そう言って、ニコッと笑いながらほっぽの頭を撫でる。

そんな木曾の姿に安心を取り戻したのか、木曾に笑い帰すほっぽ。

そんな二人に苦笑しながら、名指しで呼ばれたレ級が横から口を出した。

 

 

「怒っては居ないのデスョ、アレは…この泊地には、本当は必要無いものですガ…木曾さんや私には…忘れては、いけないものなんデス」

 

レ級の言葉についに安心したのか、ぎゅっと木曾をだっこしながら木曾へ答えた。

 

「ン、ナカヨシ、ワスレナイナラ、レキュウ、カス」

「ああ、ほっぽちゃんもありがとうな」

 

にこにこと、何時も通りの木曾とほっぽに戻る二人。

しかし、レ級を睨み返した時には、再び戦士の姿を取り戻した。

 

 

「俺達は、じゃあ…2時間、いや……1時間後で落ち合おうか」

「室内演習場で……首根っこ、洗って待ってろ……デス」

 

ニヤリと二人は笑い合うと、その瞳には怪しい光が宿り、木曾は1人演習場へとむかったのである。

 

 

後に残されたもの達は、レ級以外は呆然とするしかなかったりした。

 

「あ、阿賀野……あんなゾクゾクしたのはじめてかも……あれ?でも怖いだけのドキドキじゃないっぽいし…でも女の子同士で…でも、木曾さんあんなにイケメンで……あれ、あれ?」

「ずるい…って、木曾の地獄の特訓が眼に見える地雷なのにずるいって私、何言ってるの!?」

 

ただし、それは恐怖や威圧感から来たそれではなかったようだった。

 

 

「ああ、前回の爆発する木曾さんって、こういう意味デ……旨いこと言ったつもりデス!?」

 

 


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