泊地に存在する施設は、食堂や寮といった生活に必要のある、いわゆる衣食住のためだけの施設しか無いと言う訳ではない。
例えばバーベルやルームランナーが常備されたトレーニングルームや剣術・体術の訓練の為の和風の道場施設、所によれば土俵といった特殊なスポーツを執り行える、そういったスポーツ施設も存在する。
軍事施設なのだから、トレーニング施設の充実と言う話も、それは当然ではある話なのだが。
しかし、艦娘と言う特殊な兵士にて特殊な兵器を扱っている、鎮守府などの施設では、
武器の調整施設の他に、水上でのトレーニングルームの施設の充実も大事だったりする。
そう…
「逃げずに来てくれて、嬉しいぜ、レ級!」
「…それはこっちのセリフ、デス!」
大本営の元エース、重雷装巡洋艦木曾。
深海棲艦の凶獣、戦艦レ級。
この二人が並び立つ、一辺1.5キロはある長方形の超大型プールも、
そういった軍事施設の一つなのである。
「艤装…展開!」
艤装
艦娘が身に纏う、他の兵士とは違う能力。
また数多の兵器とは全く異なる武装の事である。
例えば、それは飛行機だったり大砲だったり爆雷だったり。
その姿は、ややデフォルメされているが、実在の兵器と同じような姿をしている。
木曾の場合なら、白黒の迷彩を施した砲や機銃といった武装が目を引くが、
メインになるのは重武装魚雷と甲標的と言われる武装を軸にしたものである。
その、張りぼてのようなサイズの武装から放たれるその攻撃は、艦娘の身から放たれる瞬間、
本物の弾丸や爆弾と変わらない一撃として、サイズが一気に巨大化し敵に襲いかかる。
威力以上に、取り回しの優秀さから非常に対深海に効果的とされている。
そして、それは艦娘にしか扱えず、更に言えば、
艦娘はどこに居ようと、その右手をかざすだけ虚空から召喚することが可能なのだ。
「オーラ、イン……elite!」
一方、レ級は、その両拳を左右からぶつけるように組んで胸に当てると、
全身から紅いオーラが現れ、尾にもアーマーと砲が装填される。
深海棲艦は、ある一定の練度になると可視化可能なオーラを展開可能になる。
そのオーラは、ただでさえ超自然的な存在たる深海棲艦の身体能力を、
通常の1.5倍以上に引き上げるとされている。
ましてやレ級となれば、その能力は、艦隊一個ぶん以上とまで言われているのだ。
そして…
「行くデス…ファイヤァァァァ!」
レ級から放たれる艦載機をゴング代わりに、2人の闘いは始まった。
「…っ!やっぱり、初手はそうくるよな…!」
制空権を取られ、上空から次々と、歯の付いた牙の様な深海棲艦特有の艦載機から放たれる機銃を浴びせられる木曾。
機銃を高射砲代わりにし、対空戦に備えるが…
「戦艦の癖に、空母並の艦載量…!逃げ切れねぇ、なら!」
木曾は、自分のマントを傘代わりに頭部を保護すると、
自身の身をギリギリまで低くして、最大戦速で斜め向かって直線に回避する。
一見、無数にも見える艦載機だが、やはり一機だけから放たれる編隊ならば、フォローできない箇所も出てくる。
言ってしまえば、台風の目であろう。
木曾はそれをめざとく見つけ、そこにむかって全力疾走したと言う訳である。
結果的に、艦載機からの弾丸の雨から、なんとか逃げ出した形になった。
しかし、無傷と言う訳にはいかず、最小限のダメージで突破した所で小破は免れはしない。
それも、ギリギリ中破にならぬ程度に踏みとどまったといった、少なくないダメージでもあった。
しかも悪いことに、艦載機の砲撃は、実はレ級はわざと一点だけ隙をつくっていた。
レ級は巧みに艦載機を操って、木曾の逃走方向を制御していたのだ。
レ級の本命、それは…
「魚雷の一撃……ひとたまりも無い、デス!」
魚雷、それは爆薬を大量に積むことで、通常の弾丸の数百…数千倍もの威力を持った水中ミサイルである。
威力に限って言えば、正に一撃必殺の弾丸であろう。
実際は不発弾も多く、当てるのがそもそも難しい代物でもあったのだが。
しかし、狭い範囲を狙って、まっすぐに魚雷を投げるだけであれば難易度は格段に下がる。
更に、仮にレ級はこの攻撃を外した後も、艦載機からの追撃に尾から放たれる主砲からの砲撃と言う、
二段構え三段構えの追撃が可能と言う、詰め将棋のような戦術で追い込みをかけていく。
しかし、そんなことは、木曾は予想済みであった。
「どりゃあ!本職でも無いやつの魚雷に、当たってたまるか!」
「!?飛んだ…デス!?」
バシュッと、勢いよく木曾は水しぶきを上げつつジャンプする。
ハードル走のように飛んだ木曾の足下を、レ級の魚雷は綺麗に通り過ぎていった。
そのまま、強烈な水しぶきを再び上げて着水すると、レ級の尾が自分を向いているにも関わらないで、
木曾は高速で、機銃をばらまきつつレ級にジグザグに突進して行った。
そしてうまれた一瞬の間隙を付き、木曾はレ級の砲撃をかわしながらまでつっこんでいくのであった。
本来は、ある程度レ級も魚雷そのものの攻撃による失敗は想定していたはずだった。
しかし、艦娘が跳ぶと言う想定外が、レ級は自分の策を一手遅らせてしまう遠因となっていたのだ。
水上は、岩礁地帯でもあるのでないのなら、蹴る場所が無いために、そもそもジャンプが難しい。
更に言えば、艦娘の全ての元は戦艦であり、ジャンプしながら戦うと言う癖がない。
…レ級が呆けてしまった瞬間が生まれたのは仕方ない無いと言えるだろう。
と、それはともかく、一気に間合いを詰められたレ級。
眼前にはもはや木曾がすぐそこまで迫っている。
砲撃の間合いではない、まして、自分自身の位置が敵と近過ぎで、
艦載機や魚雷による攻撃は自殺行為であろう。
ならば…自ずと答えは限られてくる。
「接近戦ダ……!」
殴り合い、蹴り合いに持ち込み短期決戦。
そう考えて、レ級は拳を握りファイティングポーズを取る。
「さあ、こいデス!そのサーベルの剣技と私の格闘で…」
「お前と接近戦なんかやぁだよ、逃げた!」
「ェ?」
しかし、レ級相手の挑戦を拒否しながら、機銃をばらまきつつ孤を描くように短くレ級の周囲を回る。
致命傷にこそならないが、痛い上にダメージが少しずつ嵩むため、レ級はイライラが次第に募る。
だが、長距離砲を筆頭に、レ級の武器はほとんど無用の長物にされた絶妙な位置取り。
いっそ下手に追うより引いた方が無難、レ級はそう判断して逆走しようとし、足を止めた…その瞬間だった。
「ぬ…………ぐわァァ!」
いきなりレ級の背後から爆発が発生し、レ級は巨大な爆発で黒煙に包まれた。
「よっしゃ、プラン通りだ!」
木曾のプラン、それはいかに隙を作って魚雷を発射してぶつけるかと言う一手に尽きる。
木曾は、先ずは魚雷に狙われていると、魚雷屋専門と言って過言ではない木曾はそれに気付いた。
それで、木曾は自分を狙った魚雷を逆利用する事を考えていたのだ。
件のジャンプの時、足場代わりに水中に魚雷を召喚して、信管を踏まないように蹴りながらジャンプをかます。
木曾自身の着地と、木曾とレ級の魚雷の誘爆で水しぶきが上がった瞬間に、本命の魚雷を甲標的と一緒にできる限り連射して発射するのだ。
そして、敢えて時限爆弾のように、十数秒遅れでレ級に甲標的が目指すようにセットして、
木曾はレ級に、そのことを悟られないように、自分自身を囮にしてレ級の目を奪わせたのだ。
そう、艦娘の魚雷は甲標的に誘導されてホーミングされる特性を持っている。
それを巧みに利用する事で、予想外のタイミングによる魚雷の襲撃でレ級に大ダメージを与えたのである。
魚雷の操作に関しては、まさに天才的な木曾。
しかし、それ以上に、経験則と努力で敵の動きを完璧に見極めて、先読みする。
それこそが大本営最強の一角たる、木曾の強さであった。
とはいっても、それだけで倒せるほど…レ級と言う存在は甘くはない。
「ふふふ…大破どころか中破すら出来てないデス!」
「だよ…なあ…」
確かに、その判定は小破でしかない。
だが、いかにダメージを与えようとしても最早奇襲は一切レ級には通用しないだろう。
考えて考えて…もしかして、詰んだかと舌打ちする。
ならば、いっそ特攻あるのみだろうか、と木曾は考えた。
「前言撤回だぁ…殴り合いだぜ!」
「…コロコロ意見をかえるナァァァ!」
黒いマントの戦乙女と黒い悪鬼はそう言って向き合って殴り合いを始めようとした…
その瞬間であった。
「や…止めてぇ…」
「止まるのです!2人とも落ち着くのです!」
腰が抜けたかのように震えながらも、制止しようとした如月と電であった。
「あ、はい」
「演習場の使用時間制限越えちゃった、デス?」
とは言っても、木曾もレ級も言われてあっさり武装解除する姿を見て、
電も如月も脱力を通り越してひっくり返ったりしたのだが。
「模擬戦の訓練だとしてもやり過ぎなのです!」
「あんな怖くて危ない戦い方…模擬弾でも大怪我しちゃうじゃない!」
何故かレ級の尻尾の上には電が、木曾の膝の上には如月が乗って、明らかに格上のレ級と木曾をこんこんと叱る2人。
別に悪い事をしていたわけでは無いのだが、どうにも、見た目子供の2人に怒られてはなんとも反論しにくくて。
レ級も木曾も顔を見合わせて、がっくりうなだれてしまった。
そして、木曾は、如月になぜここまでの戦い方で怪我上等な模擬戦を開始したのかと聞かれ、
阿賀野に自分の力を求められたからと言って、こう続けた。
「…とりあえず、阿賀野を鍛える前に、同格か格上相手の模擬戦で腑抜けた自分のスイッチを入れ直す禊ぎをしたかったのさ…実戦のカンも忘れかけてたしな」
ちょっと、反応が鈍ってたな…と少し苦笑する木曾に如月は怒り出してしまう。
「むぅ…まあ、納得したわぁ……したけど、やっぱり、友達同士で喧嘩しないで!」
「喧嘩じゃないよ…」
「むしろ、お互い気を使いあってたデス…」
「2人とも言い訳無用!大体プロテクターも付けてないし、火薬も多すぎるし、データ見せてもらったけど木曾さんもレ級さんもむちゃくちゃやるし……」
しかし、木曾とレ級の態度になんだかかんかんな如月の説教を止めたのは、
如月の友人たる電であった。
「そこまでにしとくのです、友達同士が殴り合ってショックを受けたのはわかるけど…きっと青春なのです!」
「…河原で殴り合い、近いようなそうでないような気がするデス」
「なのです!それに、木曾さん…」
なんだか合ってるのか間違ってるのか微妙な電の言葉に小首を傾げるレ級。
だが、次に出てきた電のセリフは木曾を当惑させるものだった。
「ぶっちゃけ、阿賀野さんは強くなりたくもなんとも無いのです」
「え、マジでか?」
同日、午後2時。
体操着に鉢巻きと、シンプルながら気合いの入った阿賀野と、
何故だかものすごく元気が無い木曾。
元気が無い木曾を心配する阿賀野だが、木曾は適当に流すと阿賀野に質問した。
「阿賀野、お前は俺をビリー隊長か何かに勘違いしてないか?」
「ちょ…ちょっと…!」
「お前の場合、間食を抜けば1キロは落ちそうだし…てか、ダイエットと言うかシェイプアップのトレーニングはある程度知ってるけど、2日後の身体測定にはさすがに効果は効かねえよ…」
「……なんで阿賀野のダイエット作戦がばれちゃったのォ!」
とりあえず適当に泊地でもはしってろと言い、脱力した顔で僚の自室に帰る木曾。
後には、顔を真っ赤にしてうずくまる阿賀野がいるのであった…。