「さて、今日は半年に一度の大事な日だ」
海里は、自身の執務室に艦隊のメンバーを全員集め、開口一番こう言った。
その中には、本来部外者たる木曾やレ級&ほっぽと言う面子も揃っている。
その集められたメンバーの面もちは様々だ。
何かに期待するかの様な顔の者も居れば、絶望と緊張の色に染まった者もいる。
特に変わらない表情をしているのは、扶桑ぐらいだろう。
そんな彼女たちが一喜一憂しているのには、彼女たちが集められた理由にある。
そう…彼女たちが集められた理由
「今日は楽しいブルマの日だァァ!」
「ちげえよ!身体測定と身体検査日だろクソ提督ゥゥ!」
ブルマの日…もとい、艦娘の身体検査の日であった事であった。
阿賀野が赤っ恥をかいたあの日から二日、彼女の言った通り身体測定を執り行う事になった。
身長・体重の測定の他、視力と聴力の測定や血液検査。
レントゲンによる精密検査も行う本格的なものだ。
また、艤装の機銃や砲の弾道の歪みや調整やエンジンの異常の調査も執り行う。
艦娘たちのメンテナンスをする、半年に一回の大事な1日だ。
また、簡単な体力測定も執り行い、持久力や筋力の数値もしっかり記録する。
艦娘として、大切な記録測定を執り行う日でもある。
だから、決してブルマ日よりなどと言った不埒な日ではないのである。
ええ、身体測定らしく体操着がピチピチで眼福だろうと、決して。
「ナレーターさん、自重するのです!」
…ごめんて。
と、それはそうと艦娘たちの身体測定の結果…
と言うか、乙女の身体なのだから、大デリケートな問題も当然浮き彫りになる1日である。
果たして…
「阿賀野…阿賀野に…バルジが…増えてる……」
「私より背が低いあなたはバルジが増量、一方、私は身長が少し伸びたのに体重は貴女以下、随分と差が付きましたぁ!悔しいでしょうねぇ…!」
「はぐフォォォォォォ!」
人生の勝者が生まれたら、敗北Dの者も生まれる結果だった。
…てか、羽黒煽りに行くのは自重しなさい。
と、まあ乙女の秘密として、口外されるものでもないようなことも記録される訳ではあるが。
しかし、そのことはそのことと言う事で、記録として泊地に残される。
本来のこう言った記録は艦娘の機密保持から、その司令官たる海里以上の階級の人間以外閲覧不可能であり、
また、身長や体重と言うコンプレックスを直に知る資料ではあるので、艦娘に対しパワハラやセクハラを誘発すると言う問題から、その資料も基本的には閲覧には艦娘の立ち会いの元での厳格な制限はあったりするのだが。
しかし、その資料を、提督でもないのに1人で眺めている者が居た。
我等が主人公、木曾である。
先日の阿賀野のダイエット目的のトレーニングを頼まれた際の空回り。
別に木曾に非があるわけではなかったが、しかし木曾が一人で先走り過ぎてしまった感があるのも事実だった。
思えば…木曾は、リンガのメンバーの体力や能力をほとんど知らない。
それを考えないで、自分と同じトレーニング量を強要してしまったら…下手したら体を壊してしまう。
特に、いかに木曾より新型の艦がモデルとはいえ、体が出来ておらず基礎もままならない阿賀野が、
果たして付いていけるのか…頭を冷やして考えてみた木曾は全く自身を持てなかった。
二度と同じ先走りはしたくはないし、本来、まがりなりにも表向きは教導として来た艦娘なんだから、
リンガのメンバーの能力を知ろうというする事は当然であった。
もちろん、閲覧には海里やリンガのメンバー全員に許可を取ってはいると言う事はここで言及しておこう。
それはそうと、木曾の目から見た、リンガのメンバーの能力はと言うと…
「弱い、な」
ばっさりであった。
そして、一人ごちる。
「まあ、それでも基礎と筋力トレーニングの強化は必須だけど最低限わりと枠に入るレベルなんだよな、きちんと鍛えたら阿賀野と羽黒はウチでも良いセン行けるか…まあ……」
そう言って、木曾が、ある艦娘の資料に目配せする。
「如月はそれ以前の問題、だな…」
如月への、懸念であった。
そして、身体測定から翌日。
海里の司令室に、今度は木曾がリンガの艦娘たちを召集した。
話がある、と前置きして、彼女たちに向かってこう言った。
「お前たちの能力の低さは改めて資料として確認した!正直失望したが、だが気に病むな!お前たちの司令官は無能だ…とは言わないが、お前たちの能力の低下の原因は、その司令官にある!」
開口一番、何故か司令官への非難。
自分たちの能力の低さへの非難はともかく、何故自分たちの上司が非難されねばならないのか。
リンガ組の困惑とわずかながらの怒りが木曾に向かう。
なお、当の海里はと言うと、予想外からの攻撃に絶句している。
しかし、木曾は構わず話を続けた。
「お前たちは基礎を…ああ、俺の名前じゃなくて、基礎トレーニングが疎かになっているせいで必要な筋力が足りてないのさ」
「筋トレしろって話?」
阿賀野の割り込みに、ああと答えた後、木曾はこう言った。
「具体的には海で動き、走り、戦ったり逃げたりと言う行動は…究極的には少ない燃料でエンジンの補助をいかにうけるかって話になる…それはわかるよな、羽黒」
「わ、私に急に振らないで…でも、その通りですね」
「その力は艦娘本人のパワーと持久力が重要になってくる、それは当たり前の話なんだけど…お前たちには、それが足りてない」
そう言った後、海里に木曾は視線を向けると最後にこう言った。
「一応、こんなのんびりしてるリンガでも体力低下を防ぐためかトレーニングは取り入れてみてるみたいだが、やっぱり基礎トレーニングが少なくて射撃訓練みたいな派手なトレーニングばっかりで…いざって時に体が動かない、そんな事は、お前たちよりトレーニングを組む側が考えておかないと駄目な話なんだよ」
木曾は笑いながらそう言ってはいるが、目は何時もとは違って笑っていない。
木曾は本気で怒っているのだろう、海里は青い顔をしていた。
見かねて、電が割って入る。
「司令官さんは、私たち艦娘たちの戦いとかの知識があまり無いのです、あまりせめないで…」
「黙れ、電」
しかし、凍り付くような視線で睨まれて、竦んでしまう電。
さらに、電に向けて、こう言い放った。
「お前のせいで羽黒が大破したあの話の記録、色々しらべたがな…お前がしっかり動けたら、羽黒はともかくも残った連中は中破どころか小破すら誰もしなかったはずだ」
「…それは」
「それは指揮能力以前の話だ、羽黒が大破したなら…戦意が無いなら、全員でとんぼ返りするべきだった、その判断自体は出来ていた!でもお前たちに体力さえ有れば、曳航するゴタゴタを蜂の巣にされて全員巻き添えなんて醜態は晒さなかった…そうだろ!」
うう、と悔しそうな声を上げる電。
木曾の言い分は正論ではあるが、あまりにきびしく無体な言いぐさだ。
そこに飛鷹がくってかかった。
「貴女、何様のつもりなの…そりゃ、大本営のエース様かりゃ見たら木っ端もいいところだけど、提督や電の何を知って…」
「お前たちが、俺たちよりずっと強いからこんな事を言ってるんだ!!」
「…え?」
しかし、木曾から出た言葉は飛鷹たちを誉める言葉だった。
そして、こう締めくくった。
「俺たちの『戦果』…いくら挙げても、誰も救えない、殺すばっかりだ!お前たちみたいに敵をも救える力なんて、はじめて知ったんだ!そんなお前たちの教導としても来てるんだ…なら、いざという時にお前たちが死なないように、より大きな敵を救えるような力をせめて教えるのは…俺の義務だろうが!」
木曾の叫びにみんな無言になる。
それは木曾の叫びに対する驚きか、それとも自省か。
少なくとも、木曾に対する怒りは消えていたのは事実だった。
そして、数分の静寂の後、木曾は声のトーンを落として更に続ける。
「…声を荒げた事は謝る、でも、今まで言った事は取り消さねえよ、お前たちの基礎能力不足もそれを見過ごしていた海里提督や電の無能さも、不殺の誓いを貫きたいなら…事実だから」
「…木曾、ごめんなさい…」
「謝るな、飛鷹…悪いと思うなら強くなれ、ほれ」
木曾の思いを受け、謝罪する飛鷹へ渡したのは、白いプリントの束だった。
コレは何か、と訝しむ飛鷹に木曾はこう言った。
「コレは、お前に向けたトレーニングメニューさ…飛鷹のぶんだけじゃない、電・如月・羽黒・扶桑・阿賀野の全員ぶん有るぜ」
「…1日で、作ったの?」
扶桑の何気ない疑問に対し、木曾はああと答える。
そして、徹夜で寝てないんだと苦笑して答えると、木曾は仮眠室へ行くと言うなり、一人先に執務室から出て行った。
「…言い過ぎた、な」
木曾は一人ごちながら廊下をふらふら歩く。
本当なら、電にまではあたるつもりはなかったのだ。
海里への指摘だって、本当はもっと優しく言えたハズだった。
何故、自分はうまく言えなかったのか。
ふらふらと考えて、徹夜のせいなのか何なのかわからず木曾はイライラを募らせる。
そこに現れたのは、レ級だった。
「なかなか、どうして身に染みる説教デス」
「聞いてたのか」
「あんな大声なら廊下まで響くデス」
木曾の声が煩くてほっぽ様が逃げちゃったデス、と苦笑しながら続けたレ級。
ほっぽに嫌われたかも、と本気で落ち込む木曾に、レ級は更に笑いながら続けた。
「…木曾さん、みんなを見くびりすぎデス」
「…何が」
「『大好き』だって言ってくれる人を嫌う子たちと違うデス、少し言い過ぎたぐらいで見限ったり裏切る子違うデスよ」
「…そういうことじゃ、無いんだよ」
木曾は、レ級の慰めを否定し、更に落ち込む木曾。
何故だかわからないが、皆の評価が変わることが怖いとか、そんな事で落ち込んだのでは無い…自分でそういう風に感じた。
そこに現れたのは、飛鷹であった。
何のようだ…と聞く木曾に向かって、いきなり飛鷹の平手打ちが飛ぶ。
パシッと、良い音が響き、レ級はオロオロしだし、木曾は目を見開いた。
木曾は睨みつけると、飛鷹に向かって唸るように言う。
「…俺を叩いて、満足かい?」
「満足なのは、きっと木曾のほうかな」
しかし、飛鷹の言うセリフはあまりに予想外だったのか、木曾はキョトンとした表情になる。
そして、飛鷹は諭すような口調で続けた。
「少し強く言い過ぎたぐらいでふらふらになったり、ちょっと焚き付けられたら本気を出しすぎて電や如月たちに怒られたり…」
「レ級との演習知っているのかよ!?」
「電から聞いたわ…貴女、自分を殺そうとして、自分を無駄にいじめるタイプでしょう?むしろ、ビンタぐらいで良かったのかしら」
「…」
飛鷹のツッコミに思わず黙り込む木曾。
言われてみたら、自分はそういうタイプかも、と考え込む木曾に向かって、飛鷹は更に続けた。
「私と似てるわ、本音は追い込まないと話せないのに、いざ本音を言ったら誰かを傷つけて自己嫌悪するところとかが」
「…そうかもな」
「でも私と違って、貴女優しいじゃない!だから…そこは気にしないで良い話よ、私たちの事を本当に思って言ってくれた話なら、ね」
飛鷹の言葉に感極まり…木曾は
「……!!」
「え…!?」
「お熱いデス…」
飛鷹を思わず抱きしめた。
飛鷹が顔を真っ赤にして驚き、レ級が呆れるのも構わずだ。
そして、はっと正気に戻り、飛鷹を離して謝りながら木曾はようやく気が付く。
…自分は、弱いのだと言う事に。
何のことはない。
戦闘能力は仮にも一流ではあるが、それ以外の事は…結局はこの泊地に集う者たちと自分は何も違わないのだろう。
穏やかな日々を少し過ごしたぐらいで腑抜けてしまい、多少誰かを傷つけてしまうような事を言ってしまうだけで、ふらふらになるぐらい消耗してしまう。
そう…精神的には木曾は、あるいはこの泊地で一番弱い人間なのかも知れない。
だからこそ、飛鷹たちの強さが羨ましく、弱さにイラついていた。
…自覚してしまえば、最低な話なのでは無いか。
あああ、と木曾はいきなり絶叫して…飛鷹へと、リンガ泊地の全てへと、ごめんと謝り倒す。
言い過ぎたと、そんなつもりじゃなかったと、自分は弱いだけで…優しくなんてなかった、と。
…そんな木曾を止めたのは
「どりゃ!落ち着け木曾ォ!」
「ぐぁっ!?」
飛鷹の回し蹴りだった。
レ級はさすがに焦って飛鷹にツッコミを入れる。
「お前、回し蹴りはねえョ!もうちょいおとなしいやり方で…」
「いや、他に良い止め方なんて…」
「いっぱいあるデスョ!?」
「そうかしら、頭、冷えたでしょ木曾」
レ級はアグレッシブ過ぎる飛鷹にツッコミをいれ続けるが、レ級のソレには飛鷹は無視しつつ。
木曾は飛鷹に言われ、うんと涙目で返答した。
そんな木曾に向かって、飛鷹は得意げにこう言った。
「ウチの泊地のみんな、木曾の気持ちを受けとめられないほど弱く無いからさ」