木曾とそんな泊地   作:たんぺい

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第十四話:木曾と羽黒とそのゆがみ

羽黒と言う女は、ふざけた女である。

 

 

それは、リンガ泊地に集った者達の共通認識である。 

とにかく、人の気にしている点が有れば一瞬でソレを見抜いてからかい、

周囲の緊張感が緩めば、目ざとくソレを見つけふざけ出す。

 

しかし、リンガ泊地において彼女ほど有能な人材は他に存在しない。

 

頭の回転が早く非常に鷹揚で、人が本気で気にしていることが有れば、誰よりも早くフォローする。

仕事も丁寧で艦娘としての能力も体力・知力・判断力も一定以上持つ。

特に、ここ最近は木曾に鍛えられており、

木曾に2ヶ月近く特訓を受けた彼女はもはやリンガ泊地どころか他の泊地でも戦えるレベルまで成長していた。

 

 

また、精神性も、平時の煽り癖を除けば特に言うことは無いレベルである。

 

リーダーシップはあって芯は強いが、臆病でまだまだ視野狭窄になりやすい電。

ガッツと真面目さはあるが、まだまだ体力に問題を抱えるのに無理しやすい如月。

能力も高く判断力も悪く無いが、考えなしで怠惰な現代っこな阿賀野。

行動力と協調性は併せ持つが、わりとお嬢様気質が抜けない短気な飛鷹。

チームの重鎮としての自覚こそあるが、空気があまり読めずマイペースな扶桑。

 

上記5人に比べて、羽黒は確かにまともな軍人気質をしている。

また、書類仕事が出来るのも彼女だけと言う事で、平時の秘書艦は羽黒が常に担当している。

 

 

そう、羽黒は、天才的なタイプではないもののどこに居ても恥ずかしく無い存在なのである。

…それが、平和な海ならば。

 

その事を、木曾は、その日嫌と言うほど思い知ったのである

 

 

ことは、如月の精神が安定し、訓練になじみだして既に1ヶ月半ほど立った、そんなある日である。

 

「深海警報!エリア1-1、駆逐クラスと軽巡クラスの連合艦隊…来るぞ!」

 

ある日カンカンと金属を打ち鳴らすようなサイレンが鳴り響き、海里の声が泊地へと響き渡る。

そう、深海棲艦の、泊地の警戒範囲内での襲来であった。

 

 

かつて、飛鷹は『争いが無い』と、この泊地をさして言った。

その言葉は有る意味正しくて、そして間違っている。

 

確かに、かつてのレ級たちとリンガ泊地の艦娘たち邂逅した和解のきっかけの日から数日…

レ級は、自身がほっぽを直に監視し、ほっぽに危害をくわえたら即断で撃つと言う条件下の元で、

艦娘たちと行動を共にし始めた。

 

その後、あまりにのんびりした空気にあてられて…結局、害が無いことを確認した。

 

そして、レ級がその事を深海棲艦たちに伝えた際、かえってきた返答は「リンガ泊地周辺のみ例外として襲わない」と言うものである。

そして、実際に、目に見えるほどに「襲撃者」は減っていった。

 

…しかし、「生まれる」となると、まして知性が低い人型や亜人型以外となると話は別だった。

そうして、稀に泊地周辺で誕生して暴れ出す深海棲艦も居るのである。

 

そうした深海棲艦を「追い返す」、これもまた、リンガ泊地の艦娘たちの戦い方でもあったのだ。

 

 

「いやぁ、体が軽いですね~」

 

おどけた口調で話しながら、羽黒はリンガ泊地の艦娘へ向けて笑う。

調子に乗りすぎだ、と如月に諫められるが、ケラケラ笑いながら肩をぐるぐる回しながら更に続けた。

 

 

「もう何もこわくない…って話じゃありませんが、木曾さんの言った通りですね、基礎体力が上がるだけで、まるで体が羽みたいです」

 

そんな羽黒の口調に、そうだなと皆が納得する。

そう、それは木曾が言った通り、基礎能力強化のトレーニングを徹底して積んだ賜物だった。

 

木曾が来る以前までの自分たちは、海上を走ると、身体に鉛がへばりついたような感覚と戦わざるを得なかった。

風と波の抵抗、足元を流れる海流、そう言ったものに、文字通り「足を引っ張られる」感覚に襲われていたのだ。

 

だが、今は違う。

そういったモノを感じない訳でない、むしろ敏感に感じる事が出来るようになった。

なればこそ、致命的にそういったポイントを避けられるようになる。

 

更に、かわすだけではなく「負けない」と言うポイントは更に重要になるだろう。

 

今までは普通に海上を移動しただけで全力疾走した後のような疲労感に襲われていたのに、

今は、まるで平地をウォーキングしているかのような足取りの軽さになる。

それこそ、赤い彗星がごとく「通常の三倍早い」と感じるような状態であった。

 

…いかに、今まで彼女たちが基礎能力をおろそかにしていたのか。

そういった実戦に出ると、リンガ泊地の艦隊は、木曾があの時激昂したのかがよくわかると言う話でもあった。

 

 

さて、そんな軽口を叩き合っていたが、リンガ泊地の空戦担当たる飛鷹が声をあげた。

 

「敵影、駆逐イ級3隻に軽巡ホ級2隻、戦闘態勢に各自入れ!」

 

飛鷹のかけ声に合わせて艤装を全員が展開する。

そして、旗艦の電が、皆に声をかけて気合いを入れた。

 

「なのです!これからが私たちの本当の戦いなのです!」

 

その号令におう!と答えながら、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

「各艦、発艦はじめ!」

「いけるかしら…!」

 

飛鷹の巻物から発せられた艦爆・艦攻と呼ばれる各艦載機からなる艦隊と、扶桑から放たれた瑞雲と言う機が編隊を組んで空を舞う。

そこから放たれた機銃掃射により、敵艦隊へと先制攻撃を行った。

 

戦は、高台を制したものが有利になる。

飛行機、それも戦闘機で空を抑えれば、それは非常に有効な攻撃手段となる。

 

更に、飛鷹とは違って、扶桑とはあくまでも「戦艦」である。

飛鷹とは比較にならない程、艦載量は微々たるものではあるが、

その代わりに放たれた大砲からの水平射撃は、天地から襲うクロスファイヤーと言えるだろう。

 

 

しかし、その攻撃は、ほとんど当たらない。

だが、しかし、敵艦隊はその攻撃をかわすことはならず、脱出もできない。

そう、その機銃掃射と砲撃は、まるで檻を造るかのような形でその射線は描かれた。

 

 

そこに、飛鷹たちの攻撃の射線に巻き込まれないように、阿賀野と如月の二人と羽黒と電の二人が二手に分かれて移動する。

 

そして、電は号令した。

 

「絶対にお互いに致命傷は避けるのです!出来れば敵の砲のみを狙って、できないならせめて頭は絶対に外すのです!後は…味方の攻撃から巻き込まれないように、では作戦開始!」

 

実に電らしい、指令であった。

 

 

「へいへいピッチャーびびってるのです!」

「如月はここよ!狙ってみなさい!」

 

まずは駆逐艦二人が機銃をばらまいて、威嚇しつつ敵艦隊の注意を引きつける。

細かくジグザグと移動する二人を狙おうと、魚雷や砲を向けようと深海棲艦が身体を向ける。

その刹那である。

 

バシュッ!と砲弾が飛んできたかと思うと、深海棲艦の砲にあたる部分が吹き飛ばされる。

ギャアアと痛みからか衝撃からか悶えるイ級たち。

その硝煙の先には、阿賀野と羽黒が立っていた。

 

「ふう、阿賀野、大活躍しちゃった?」

「なんとも、安定感が違いますね…」

 

そう、深海棲艦の砲のみを吹き飛ばすと言う荒技は、この二人によって引き起こされたものであった。

 

 

木曾の筋力トレーニング、それはただ移動のみに限定した強さの強化ではない。

 

当然、下半身を強化すれば、それは「土台」となる。

野球のピッチャーを想定すればわかりやすいだろう、上半身がいかにムキムキだろうが、下半身が貧弱ならばそれは生かせない。

 

しかも、艦娘の砲撃とは、何十センチといった大口径の砲撃の反動を直に受けるのだ。

下手に下半身がしっかりしていないなら、文字通り転覆するだろう。

 

実際のところは艦娘はその特性上反動には強く生まれているため転覆することはそうそう無いが、

それでも下半身がしっかりしていないなら、一発砲撃を撃つたびにフラつき、射撃精度は落ちる。

 

逆に言えば、ある程度の下半身が出来ているなら、射撃はある一定レベルにはなるのだ。

なにしろ、大砲の弾丸は基本的に真っ直ぐ飛ぶのだから、狙いを付ける訓練さえ出来ればなんとかなる。

 

基礎が出来る前から、射撃になれているリンガ泊地のメンバーなら尚更の話である。

 

 

そんな、武器のみを狙って吹き飛ばすスナイプを喰らい、深海棲艦たちは指揮系統が混乱する。

下手に攻撃しようと砲を向けたら砲を破壊される。 

しかしに逃げようと移動した瞬間、自分たちは一撃で致命傷となるだろう大砲や空からの弾丸の嵐に巻き込まれる。

 

大勢は、誰が見ても明らかだった。

 

そして、とどめとばかりに飛鷹の艦隊がぐるりと深海棲艦をとりかこみ、

残りの艦娘たちが砲を水平に向けて威嚇する。

 

電が、最後に言った。

 

「出来れば、これ以上戦いたくは無いのです…引いていただきます?あなたたちは、きっとこの海の仲間たちの方が、受け入れてくれるはずなのです!」

 

 

電の説得が通じたか、それとも勝ち目がないから立て直そうとしたのか。

 

そんな電の言葉をうけて、しぶしぶと言ったばかりにリーダー格の軽巡ホ級が水面へと帰る。

そのまま、それを皮切りに、次々と深海棲艦たちが水面へ沈む。

 

はじめてのリンガ泊地の艦隊による無傷による「完全勝利」にて「戦術的勝利」になる…はずだった。

 

 

「電ちゃん!伏せてぇ!」

 

いきなり、飛鷹の怒号が飛ぶ。

 

 

散々やられた意趣返しか、それとも一矢報いる為の一撃か。

去り際に、砲を破壊された一匹のイ級が、電へと体当たりし、口を開いて噛みつこうとしたのだ。

 

 

突然の出来事に、遠間から見ていた飛鷹以外反応することすら出来ず、

しかし、機銃掃射による援護をしようにも、電の位置がイ級と一直線上に立っているせいでそれができない。

もし、イ級を退ける為に飛鷹が攻撃したら、確実に電が飛鷹の艦隊にミンチにされてしまうだろう。

 

万事休すと、全員の時間が凍りつく。

電も反応することが出来ず、目をつむるばかりだ。

 

そして、ガブリと、嫌な音がして、皆が顔を背ける。

だが、電は無傷だった。

 

 

「大丈夫?」

 

不意に、電は声をかけられて顔を上げる。

返事をしようとして、電は絶句した。

 

「い、電は無事…は、羽黒さん!?」

「あらら…私の右手が…食べられちゃいました……」

 

そこには笑顔を崩さないまま、右腕の肉をほとんど失って、骨と血管が浮き彫りになっていた。

羽黒が立っていたのである…。

 

 

 

 

 


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