木曾とそんな泊地   作:たんぺい

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第十六話:木曾と扶桑と羽黒の業

「扶桑ぅぅぅぅぅぅ!!」

 

羽黒は慟哭し、己の艤装を召喚する。

疾風のごときはやさで持って、握り拳をにぎりしめ。

己の上司を売った、憎い怨敵に向かって突進する。

 

そして、その拳は思い切り全力で扶桑へと振り下ろされた。

だが、その拳を遮る者がいた。

 

 

「おうおう羽黒チャン、お前の相手は私デス!」

「ク……レ級、貴様ぁ!」

 

戦艦レ級、同じように、自分たちを裏切った深海棲艦である。

 

だが、羽黒は思う…

この、目の前に居る扶桑という艦娘を、殴り殺さないと気が済まぬ。

木曾を卑劣な罠にはめて、提督を危険にさらしたこの外道は容赦なく倒さねば…と。

 

 

しかし、羽黒の怒りの拳はビクともしない。

この、自分と同じ程度の身長しかないレ級の右腕は、まるで鋼で出来たかのように押せども引けども動かない。

 

とうのレ級はと言えば羽黒の拳を受け止めて、まるで涼しい顔である。

まるで、羽虫と獅子のごとく、その力には差が生まれていた。

…気合いでは、まるで何もならないかのように。

 

そして、おりゃあと、レ級は羽黒を腕ごと投げ飛ばす。

ベキっと羽黒の体内で嫌な音が響きながら、羽黒の身体は宙を舞い、まるでバレーボールのように打ち上げられた。

しかし、なんとか着水する羽黒だが…肩の関節から地から響くかのような痛みに顔をしかめる。

 

どうやら、レ級の背負い投げによる脱臼は免れなかったようだ。

 

 

くそ…と、態勢を立て直し、レ級に砲を向けた瞬間…まるで、瞬間移動したかのように、レ級が羽黒の目の前に立っていた。

 

そのまま、レ級の拳を鳩尾に食らう羽黒。

 

果たして、その効果はと言えば…

 

「あ…アアアアア!ガ、アアアアア!」

「ハハハ…肋骨が折れタカ、転げ回って馬鹿みたいダナ!」

 

…悶絶、その二文字である。

 

痛い痛い痛い痛い痛い、羽黒の頭はそればかりでいっぱいだった。

息も出来ない、身体中がSOSを上げている、内臓からも何かこみ上げてくる。

それでも、なんとか羽黒は戦意を保とうとしたが…

 

「オラァ!立テ…立つんだジョー、てナ!」

「う…うぐぇ……」

 

立ち上がろうとする度にレ級に蹴っ飛ばされて、ひれ伏す以外無い。

そんな事を繰り返し…ついには、羽黒は嘔吐してしまう。

 

「きったねえナ…もしかしテ、これがお前の『主砲』ってか?」

 

そんな言葉を聞いて、羽黒は身体と心が、完全にポッキリとへし折られてしまった。

 

「痛い、痛いよぅ…痛いよ、見ないで、こっち見ないで……」

「クソ…こっちはまだ主砲も使ってねぇんダ、つまらないナ…」

                                          

赤ん坊のように怯えだしてしまった羽黒に、不愉快そうに呟くレ級。

そんなレ級は、わざと羽黒に聞こえるかのように、呟いた。

 

「でも大丈夫だよナ…お前ハ、『首から下がなくならないなら大丈夫』、ダロ?」

「ひ…違う、違うよぅ……本当は痛くて、怖くて……でも、私、我慢しないと駄目だもん……痛いなんて言ったら、駄目だもん……」

 

レ級の皮肉に、羽黒はついにメソメソ泣き出してしまった。

 

 

そんなおりである。

 

「羽黒さんを、離せぇ!」

 

飛鷹の怒号が響く。

それを皮きりに、電と如月と阿賀野と、あわせて4人が、レ級の魔の手から羽黒を救おうと救い出そうと突撃する。

 

飛鷹など夜戦ができる訳がないのに、それでも友達を救おうと飛び出したのだ。

そして、レ級に向けて艦娘たちは砲を向けながら、阿賀野は目に移った…

『友軍』に向けて、声を張った。

 

 

「扶桑さん!あなたの火力が必要なの!阿賀野たちの援護をお願いっ!」

 

 

「だ、駄目ぇぇぇぇぇぇぇ!!そっちは…」

「いけるかしら…?」

 

阿賀野たちへ、羽黒は扶桑の裏切りを伝えようとした、その刹那。

ドーン!という、36センチの大砲を阿賀野へと発射する。

 

何事かと電たちは目を丸くする中で、扶桑は冷徹に声を上げた。

 

「まずは一騎…次は貴女よ、飛鷹!」

「まさか、扶桑あんた……きゃあああ!?」

 

そして、まるでハンティングゲームのターゲットのように、扶桑は機械的に飛鷹を主砲の餌食にした。

 

 

そして、その主砲の黒煙が晴れた後、現れたのは大破状態で横たわる飛鷹と阿賀野であった。

 

その痛ましい仲間の姿を見て、それでも震えながら扶桑に向けて砲を構える電と如月を見ると、

扶桑は冷たい目でレ級に目配せし、簀巻きの海里を抱えたタ級を自身のとなりに呼びつける。

 

そして、扶桑は言った。

 

「貴女たちの提督を、私は売ったわ…そして、今ここに死にぞこないの羽黒も居るわ、さて…交換条件よ」

「交換条件…電たちに、何を求めて居るのです?」

 

電の震えながら聞いた疑問。

それに、聞かなくても、わかる癖に…とのたまいながら扶桑は返した。

 

「電・如月・飛鷹・阿賀野…どれか一人の首を渡せば、そこの羽黒の命は助けてあげるわ…それだけじゃない、全員の首を差し出すのなら、羽黒と提督さんの命は解放してあげる」

 

 

あまりにも残酷な扶桑の宣告。

 

そこに声を上げたのは、羽黒だった。

 

「止めてぇぇぇぇ!もう、止めて!私の命なんてどうでも良いの!司令官さんとみんなの命は…」

「黙りなさい、貴女に意見は求めてないわ」

 

しかし、扶桑はそれを黙らせる。

それから…一分程の静寂の後、電以下メンバーの出した答えは、1つだった。

 

「電の命で助かる命があるのなら、それで良いのです!」

「司令官さん、羽黒さん…如月のこと、わすれないでねぇ…!」

「阿賀野、ダメダメな軽巡洋艦だったけど、楽しかったな」

「…いつか、羽黒や提督には、出雲丸として逢いたかったわ…」

 

己の命を捨てる、それだけの話である。

それを見て、扶桑は薄く微笑んだ。

 

「そう…私は、別に貴女たちの事嫌いじゃ無かったわ…じゃあね」

 

そして、扶桑の主砲の一斉射により、轟音と共に4人の艦娘たちは黒煙の中に消えていったのである…。

 

後には、海里とそれを監視するタ級。

つまらないものを見るかのように、冷めた視線を送る扶桑とレ級。

そして…力無く涙を流す、羽黒が居た。

 

「あ……何で、何でぇぇぇぇ!」

 

混乱するかのように、頭を振り回し泣き出してしまう羽黒。

そんな羽黒に扶桑は近づき…そして、羽黒の頬を思い切りビンタした。

 

 

衝撃に一瞬泣き止み素にかえって扶桑を見つめる羽黒。

そんな羽黒に、扶桑は叱りつけるかのように、

静かに、しかしドスが利いた声で言った。

 

「それが…羽黒、貴女の業なのよ」

「私の……業……」

「痛いハズなのに痛くないという、苦しいのに苦しくないと笑う…そして全ての立ち上がれない人の盾になって死にたいと願う…立派だわ、まるでヒーローね…でもね、貴女残される側の事と、助けてあげたくても助けられなくて、一方的に助けられる痛み、本当に考えた事はある?」

 

あ…という表情になり、呆然とする羽黒。

しかし、扶桑は構わず続けた。

 

「別にそれが貴女の性分なら、私たちは肯定できるし…すくなくとも私はする、だけど貴女は助けるばかりというか、置いて行かれて何も出来ない悲しさなんてわからないでしょ、一人でなんでもできるもの…だから、私たちはそれを貴女に教えてあげたの」

 

扶桑の諭すようなセリフ。

しかし、力無く羽黒が言った言葉は、それの否定だった。

 

「そんな事無い!私は、一人でなんでもなんて…みんながいないと、何にも出来ないのに……お姉さんぶりたくて、心にも無い事でからかったり…笑ったり…泣いたり……」

「それも、貴女の…業かしら」

 

しかし、羽黒の本心を…扶桑は肯定する。

そして、妙ににこやかな表情を羽黒に見せると、誰に聞こえるでもなしに、扶桑は叫んだ。

 

 

「後は、そうね…執務室で聞きますか、それとも……ああ、貴女の怪我だけは本当だから、先にお風呂ね!」

「え……ちょっと待って扶桑さん、それって…」

 

扶桑の言葉を聞いて、なんだか嫌な予感が羽黒の全身を貫いた。

そして、それを皮切りに…数々の種明かしがされるのであった。

 

 

「煙いのです…扶桑さん、火薬の量絶対間違えてるのです…」

「あらぁ、ウルトラクイズみたいで楽しいじゃなぁい」

「…阿賀野、服だけビリビリって、生まれて初めて…」

「お尻だけ丸見えって…どういうプレイよ……」

 

黒煙が晴れた先から、妙にくたびれてる電たちが。

 

 

「ああ、簀巻きになるのは生まれて初めてだから、私もなかなか楽しかったよ」

「今度は私たちも簀巻きやってみたかったりしテ!」

 

ロープを解かれると、妙に楽しそうな海里とタ級が。

 

 

…そして

 

「ごめんなさいデスゥゥゥゥゥ!」

 

さっきまでの冷たい態度はどこへやら、涙目で土下座するレ級の姿があった。

 

「痛かったデスよネ!骨まで折れて蹴っ飛ばさしテ……最低デスゥゥ!いくら何でもやり過ぎマシタァァァ!ごめんなさいデス!ごめんなさいデス!でも、下手に手心加えて動かれたらばれちゃいますシ……でも、なんて羽黒さんに謝れば良いのデスゥゥ!?」

「ちょっと、ちょっと待ってください扶桑さん…これは?」

 

この土下座しながら謝り倒すレ級の姿。

なんだか、導きだせる答えは、1つしか無かった。

 

 

「ええ、全部お芝居だもの…はあ……疲れた」

 

こっちは疲れたなんてレベルじゃないわよ!

羽黒の絶叫が、夜の海に響いたのであった…。

 

 


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