木曾とそんな泊地   作:たんぺい

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第十八話:木曾とリンガの最後の相手

話は木曾が爆発した直後あたりから話そう。

 

 

あの、悪質な芝居への怒りが冷めた羽黒は、冷静になるにつれて今までの行いを振り返っていた。

 

そうだ、自分はなんて人に心配かけさせていたんだと、自己嫌悪に陥る羽黒。

そう、まるで何も自分が出来ない状況で、ああも自分を捨てた自己犠牲…まるで、今まで羽黒が行っていた行為を逆な視点で見たら、あそこまで辛いものなのかと思い知った。

 

もちろん、それが間違えてるとは羽黒には未だに思えない。

アニメのように「残された者のことを考えろ」なんて説教は、羽黒にとっては的外れも良いところだ。

そもそも、残された者を考えているからこそ、自分を捨てた自己犠牲は成立すると羽黒は考えている。

 

 

…だが、それも度が過ぎたら、むしろ残された側には嫌みになるか、あるいはただ無力さを悔いる結果しか生まないとも、羽黒ははじめて思い知ったのだ。

 

それは当然だろう、自己犠牲だのと言えば聞こえは良いが、しかしそれは残された側を信頼していないとも暗にいってるものなのだから。

特に、民間人相手ならともかく、共に戦う仲間を相手にそれは…ひたすら失礼な話ではないか。

 

 

思い返せば、自分は甘えてはならないところを仲間に甘え、甘えるべきところを甘えていなかったのだ。

羽黒は心の中で、そう結論付けた。

 

痛い…苦しい…、そういった感情は、軍人としては確かに人に見せてはいけないのかも知れない。

怖い…悲しい…、そういった感情は、確かに敵には見せてはならないのだろう。

だが仲間にまで、ましてや友人にまでそれを通してしまったら、ああまでも喪失感と悲しさを覚えるのかと、羽黒は体で覚えたのだから。

 

 

それを伝えたくて、木曾もわざわざ羽黒を痛めつけるような手段を考えて、レ級や司令官までも巻き込んだのだろう。

口で言えよ…とも、羽黒は思ったが、おそらく、自分は口だけじゃ聞き流してふんふんと適当な相槌をかまして、おそらく同じかそれ以上の失敗をするだろうとも思い、羽黒は自分が嫌になる。

 

 

せめて、強くなろう…羽黒はそう思った。

自分が盾になり剣になるなら、せめて誰も傷つかないような手段を取れる、そんな力を求めよう、と。

そして、少しは友人に頼るべきところは頼り言うべきところは言おう、そんな当たり前の事を…しかし、今まで自分ができなかった事を、改めて決意するのである。

 

 

その日から、羽黒は少し変わった。

 

「如月ちゃん、私ちょっと忙しいからこの書類、司令官さんに渡してくれる?」

「ふふ…わかったわぁ、羽黒さん!」

 

このような、さり気ない仕事を同僚にたのむという、どこにでもある光景。

しかし、リンガ泊地では今まで無かった光景であった。

 

そもそも、ぞろばらと何人も艦娘が居るのに羽黒一人が事務仕事しているという事がおかしかったのだ。

だが、羽黒自身の事務能力の高さから、誰もその事を突っ込まなかったのだ。

実際、それで今までもうまく回っていたし、これからもうまく回るのだろうから。

 

しかし、ソレでは羽黒自身の負担が限界近いことは事実だったし、何より羽黒が居ないとき困るのはリンガ泊地すべてなのだ。

 

 

そう思えば、いかに自分が抱えたウェイトが重く、逆に自分が思い上がっていた事もよく理解できた。

 

よく考えたら、事務仕事が自分しかできないなら、そんな自分が他人に教えた方が楽だし効率的なのだ。

しかし、それをできなかったのは…究極的には、仲間を見くびっていたか、信頼していないか、ゲスな優越感のいずれかか、あるいはすべてなのだろう。

「自分しかできない」事に酔って、リンガ泊地のすべてに危険をもたらしていた様な、そんな話に直結する。

 

 

羽黒は自覚したら、なんだか恥ずかしくなり…そして、自分の知っている事を、少しずつでも伝えようと考えた。

その主な相手は、如月であった。

 

真面目で吸収力が高く、まだまだ自分より成長してくれる…羽黒は如月へ期待し、如月は少しずつそれに答えていった。

 

 

如月からも羽黒の事務仕事の手伝いはありがたかったし、何よりも如月にとって面白かった。

 

何せ、自分の友人にてライバルな電は、致命的にデスクワークができなかったのだから。

子供というか、文字がたくさん並んでいたら眠くなるタイプな電は、事務仕事なんて任せられない。

というか、基本的に優しさと判断力で引っ張るリーダーシップを持つ電は現場で輝くタイプである。

そもそも、電に事務方のような裏方は似合わないだろう。

 

 

翻って、如月と言えば…その真逆だった。

 

足りないものを根性と知性で吸収してカバーする成長性。

他人へと負けん気こそ見せるが、それを負の感情に転化しない善性。

そして、こつこつとそれらを生かす、精神的な持久力。

それらは、派手な主役を支える裏方でこそ輝く資質なのだから。

 

羽黒はそれを見極めて、果たして、二週間もする頃には簡単な作業ぐらいは海里や羽黒から任されるようになっていった。

 

 

電とは違う自分の道を見つけ出した如月と、自分の後継者を見つけて精神的に少し余裕と緊張感が同時に生まれた羽黒。

それぞれに、精神的に大きな成長を見せだしたのである。

 

それに羽黒はあまり無茶はしなくなった事も追記しておこう。

何せ愛すべき仲間たち…特に、如月が自分を待っていると思えば、自分を捨てて空元気で笑うなんて痛々しい姿を見せようとは、おもえなくなったのだから。

少なくとも、痛い時には痛いぐらいは言った方が、まだ安心させられると、改めて羽黒は思えたのだ。

 

「またバルジが増えてるんすか阿賀野さん、ねぇねぇ、私みたいな重巡洋艦目指してるんですかぁ?!」

「むぅぅかぁぁぁつぅぅぅぅくぅぅぅぅぅ!」

 

…煽り癖だけは、なんか治らなかったが。

 

 

 

さて、変化があったのは、羽黒だけではなく、扶桑もであった。 

 

とは言っても、特に性格が変わったという訳ではない。 

基本的には相変わらず、陰気なマイペースに過ごしているだけである。

 

ただ…変わったという点で言えば、自分の思考を伝える努力を、無意識に見せだしたぐらいだろう。

 

扶桑の場合、基本的な性格は穏やかであり気性も本来優しいが…思考を冷徹なまでに考えてから話す癖があった。

そのあたりは、阿賀野や飛鷹とは真逆な性格と言えるだろう。

 

考えて考えて、結論やオチだけ言ってしまうため、どうにも発言が電波になってしまう。

ファミチキ発言の時ですら、扶桑の中では、ギャグの一個でも飛ばしてヒートアップするみんなが落ち着けば良いわなどと考えて居たのだが、思考が読めないせいで単なる電波発言になってしまったりした事だってあった。

 

 

だが…それも、途中経過をみんなで一緒に考えたら、自分の事がわかってくれると、最近理解し始めた。

きっかけは例の羽黒殺す発言の言い合いだったり、台本ぎめだったりで、自分が話題の中心に立った事が…扶桑自身、柄でもないと思っていたハズなのに…それが楽しかったのだ。

 

それからか、ぎこちないながらも、そういった努力も見せたりする兆しを見せたりした。

 

「電……あの、えっと……ちょっと待ってね……私、言いたいことが、あるの……」

「ふふ、はいはい、待ってあげるのです」

 

…とまあ、まだまだこれからではあるが。

 

 

しかし、変化が有るのは、この二人だけでは無かっただろう。

 

 

幾度も失敗を重ね…成長し、おそらく、リーダーシップという点で言えば木曾以上の強さを手に入れつつある電。

 

上述の通り、電とは違う道を見つけ始め、体力的にも努力が報われ始めた如月。

 

そして、この二人やほっぽの為に背伸びしているが、それが少しずつ良い方向に成長している阿賀野。

 

 

…そんな彼女たちの前で、1人、成長に足掻いている艦娘がいた。

飛鷹である。

 

 

彼女のお嬢様気質な天然さや間抜けさは、木曾に鍛えられ強くなるごとに少しずつ解消されていった。

 

性分ではあるだろうし完全になくなっていく訳ではないが、しかし、どちらかと言えば飛鷹の人生経験の浅さというか、他人へとの関わりの無さが原因である以上…木曾という、外様の人間が、飛鷹の良い刺激になっていったのだ。

 

だがしかし、いずれ近い内に飛鷹と木曾は離れ離れになる。

そのときにどうなるか…誰もわからない。

 

 

それに、飛鷹が強くなるにつれ、他人にもキツく当たることも多くなっていった。

 

かつて、羽黒は扶桑から「1人でなんでも出来る」と言われ、羽黒自身は「1人で何もできない」と真逆な自己評価をしていた…だが、それらの評価はどちらも間違いでありどちらも正しい。

究極的には羽黒の弱さは「変になんでも出来るせいで、頼って欲しいかまってちゃん」…そんなところにも収束する。

 

さて、飛鷹はと言えばその真逆だろう、「外面だけが良くて中身がカラッポだから、中身を生かせない自分も自分以下の存在も腹立たしい」…コンプレックスとしてはそんな具合だろう。 

 

あるいは、そんな中身がカラッポのままだと思い込んでいたのなら、それはそれで表面的には平穏なのかも知れない。

しかし、そのカラッポであることを肯定され、心身ともに満たされていく内に…悪い部分も出始めてしまったのだろう。

特にもともと短気な性格となると、きっと尚更なのだから。

 

 

しかし、飛鷹はそういったところは反省しようとしているのだ。

それに…飛鷹自身、その短気さを自分の為だけに向けるという事だけは絶対にしない、善性の人間でもあったのだ。

…だが、そういったところに向き合う度に、己の見識の狭さに打ちひしがれる姿も良く見受けられていた。

 

 

一方…木曾は、そんな彼女に…自分が、リンガではじめてあった艦娘に向けて、何か出来る事は無いかと考えていた。

振り返ると、木曾がリンガに来てもう3ヶ月が過ぎていた…。

 

タイムリミットは後1ヶ月も無い、木曾にはそう感じた。

 

 

だからだろう

 

 

「飛鷹……話がある」

「な、何よ…木曾、改まって?」

「俺と、デートしないか?」

 

 

とある日の早朝一番に、食堂内でこんな木曾の爆弾発言が飛び出したのは。

 


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