木曾とそんな泊地   作:たんぺい

28 / 29
外伝2:ディープシンカーズ・ラヴァー

戦艦レ級。

 

深海棲艦の最上級の戦艦クラスの悪鬼である。

かつての戦…深海棲艦と艦娘たちとの戦では、数多の艦娘たちを退け…そして、或いは沈めてきた…

最強最悪の亡霊、その総称であった。

その種族…あるいは、血族…

とにかく、レ級と呼ばれた彼女たちは、戦に特化した力を手に入れていた。

 

そして…その戦が鎮まった現在は、皆一様に、海の底で、眠りについたように静かに暮らしていた。

…ある一人を除いて。

 

 

「…しんどい、デス」

 

一人のレ級が、街を歩いている。

その足取りは、重い。

その口調も、暗い。

 

「…わかっては居るんデス、誰もわるくナイ、悪かったとしたラ…私たちデス」

 

ふらふらと、その姿は…憔悴しきっていた。

 

「…でも、私たち深海の事も知って欲しいデス…それだけ…デス」

 

目からはとめどなく、涙が流れていた。

 

「それだけなのに…子どもに石を投げられテ…『兄ちゃんと母ちゃんを殺した癖に』って言われテ…痛いデス…痛いデスョ…」

 

それは、痛いから、泣いていた。

 

「心がこんなに痛いとこんなに苦しいのデス…助けて…助けてョ…」

 

心が痛いから、身体は…仮に大砲に耐えられても、心は普通の女の子のそれだった。

かつての、リンガ泊地での…レ級の今であった。

 

 

彼女は…いち早く、艦娘と仲良くなった深海棲艦…それもレ級と言う事で良くも悪くも世間の注目を集めた。

 

その誠実な人柄は、深海棲艦ながら、数多の人から受け入れられていた。

それこそ一般人からも、彼女を応援する人は少なくなかった。

そして、彼女は終戦後も、深海の為に対話を続け…架け橋として頑張っていた。

 

だが、受け入れてくれる人は全てではなかった。

深海棲艦と言う事で、人や艦娘たちから…それこそ、命すら、狙われた事だって珍しく無い。

少なくとも、深海棲艦と言う事で石をぶつけて来る人も、数多居た。

 

…心無い人たちだと非難はできないだろう。

このレ級はともかく、深海棲艦に全てを奪われた者は、珍しくなかったのだから。

 

かつての木曾の心配は、少なくともレ級には現実に降りかかっていた。

 

 

誤解なき様に言えば、と付け加えておく。

 

かつてのリンガ泊地の…海里を筆頭に、木曾や電や如月や飛鷹や羽黒や阿賀野に扶桑と言う古馴染み組の艦娘はもちろん、かつて木曾の為に刃を向けた、赤城・神通・ゴーヤ・武蔵・阿武隈・雪風と言う1番隊は彼女の苦しみは知って居た…そのため、できる限りレ級の味方をしていた。

 

特に、雪風と阿武隈は、かつての贖罪とばかりに、メディアに向けてレ級の姿を発信し、

レ級の力に…そして、深海と艦娘の力になろうとしていた。

 

そう言った皆の応援は、少なからずレ級の心の支えになっていた。

 

 

だが、それでも、限界は近かった…

かつてPTSDから味覚がおかしくなった赤城よろしく、力は強くても、心は普通だったからだ。

 

そして、その時は、遂に訪れた…。

 

 

「もう、嫌デス…『私にしかできない』って、こんな苦しいナラ…でも、海に逃げたらみんな裏切るナラ…いっそ……もう………」

 

彼女…レ級は、高い高いビルに立っていた。

下には海は無い…レ級と言えど、落ちたら無事ですまない。

 

否、きっと、オーラ…エリートの力を展開しないなら、彼女は死ぬだろう。

もう、それでも良いと、レ級は思っていた。

…それだけ、追い込まれていた。

 

そのときである。

 

 

「ダメだぁぁ!」

「な…!?何デス!」

 

一人の男がレ級に抱きついて、飛び込みを阻止したのである。

 

尻尾はともかく…体型は普通の女性に近いレ級。

たまらず押し倒される格好になってしまい、レ級は顔を青くする。

 

だが、その男は実に誠実な表情で、レ級に向かって語りかけた。

…キミは、あの『レ級』だろう、と。

だから、あんな危ない場所に居たらダメだ!と、その男は焦った口調でレ級に言っていた。

 

「…警備員サン、わかったから離れろデス!」

「ああ、ごめんね…無理し過ぎるかと前から心配してたから、つい」

 

…前から?と、レ級はいぶかしむが、まあ自分を知っている人を心配させて、

レ級は自分がやろうとした事が、恥ずかしくなった。

そして…一拍おき、怖くなった。

 

 

そんなおり、その男…警備員から、一つ提案された。

…しばらく仕事なんか忘れて、ウチに来るかい?と

 

 

「きゃ…きゃ、却下デス!そんな目的の為に私ヲ…」

 

レ級はその警備員に怒りを向けるが、警備員は笑って返した。

…何だ、やっぱりまだ君は、自分を心配出来てるじゃないか、死なないで良かったよ

 

あ…と、レ級は自分が恥ずかしくなる。

この優しい人を、怒らせて…と言うか、叱らせてしまったのか、と。

そして、自分の弱さが…嫌になった。

 

そして、この人が…素敵に思えた。

 

 

「…やっぱり、ちょっと、ぐらいナラ…1ヶ月ぐらいナラ、良いデス」

 

驚いて吹き出したのは、警備員の方だった。

 

 

それから…その男の家でのレ級の共同生活が始まった。

しかし…それは、レ級からしたら、別な意味で苦労の連続だった。

 

 

「…お風呂が、ちっちゃいデス」

「…尻尾、大きいからな…備え付けのお風呂は、駄目か」

 

わざわざ、レ級の為にお風呂を新調したり。

 

「卵ガ!お豆腐ガ!てかやわこい食材が粉々デス!」

「…力の加減が難しいものを買うなよ」

 

料理に挑戦しようとして、レ級が失敗したり。

 

「…ごはん、足りないデス…」

「…尻尾の分までごはんが居るとは、知らなかった」

 

居候なのに、家主の三倍近くごはんが必要だったり。

 

「寝返りうつスペースが狭いデス!」

「…全長だと、あんた凄い長いからな…ベッドは片して布団で寝るか」

 

睡眠一つとっても、家主に迷惑かけていた。

 

 

レ級はそれはそれは…だいぶ自分が嫌になっていた。

 

自分をこんなに心配してくれた人に、何も返せていないのだ。

だが…この目の間の家主の男は、一切彼女に文句を言わなかった。

わがままも、みんな聞いてくれた。

失敗も笑って流してくれた。

まるで、聖者のような、それだった。

 

そして、そんな男の優しさが大好きになるウチに、自分が大嫌いになっていく。

まるで、甘い、そして柔らかい「毒」だった。

 

 

…ズキズキするデス

 

レ級は心で思っている。

 

…人間だったラ、きっともっとうまくできたはずデス

…でも力ばかりで私は何もできないデス

…本当に情けないデス

…嫌われるのはとっても辛くて死にたくなったケド…

…好きになりすぎても死にたくなってくるデス…

 

 

レ級は、いつしかそんな男に、恋をしていた。

初めての、甘酸っぱい、恋だった。 

 

…甘い、だけど『酸っぱい』。

 

レ級は、悲恋になるだろうと直感した…自分は、人間になれないのだから、きっと愛など人とは育めないだろうと、レ級は思えた。

レ級は、涙をいつしか流していた。

青緑の涙が、化け物のお前は人に恋をするな、と言うようで…また、涙が溢れてしまった。

 

 

レ級はそして、黙って、その男の家から出て行く事にした。

 

きっとこれ以上この暖かい場所にいたら、苦しくなるから。

リンガ泊地に居た時とは違って、自分はこの暖かさに返せるものは、なにもないから…

そして、玄関へと向かって歩こうとした…その時である。

 

 

「勝手に行くなよ…お前さん、相変わらず責任感ばかり強いからな…」

 

家主の男が邪魔するように、立っていた。

 

 

レ級は、無言になったあと、己の思いを絞り出すように、吐き出した。

 

…貴方に私は何もできないデス!

…優しすぎるのが苦しくて仕方ないデス!

…そもそも最初にあったときから馴れ馴れしいデス!

…あんたはなんなんデス!私が、大好き…になりすぎて…苦しくて…

 

 

レ級の言葉に少しならず悲しい表情を見せた男は、俺の事を知らないかい?と聞いた。

そう言えば見たことはあるような、そう、レ級は返すと男は苦笑いした。

…やったぜ、あんな平和なあそこの元給料泥棒でも…記憶の底に居たのか、と

 

「…給料泥棒…?貴方、本当に一体なんなんデス?」

「ふふふ…名前を明かすのは初めてかな?俺は、『防人港斗(さきもり・みなと)』…あの、リンガ泊地で昔、憲兵やってた、そんな男さ…お久しぶりって、ずっと言いたかったよ、レ級」

 

後、読者さんには確か第2話以来だよね、飛鷹と木曾さんを欠伸しながら眺めてたのが、俺だよ…と笑いながら、誰に向けてるかでも無いように言った。

 

 

「え……ええェェ!!」

 

レ級は、絶叫していた。

 

 

それから、防人は笑いながら言った。

 

…俺の働く泊地で、ずっと艦娘を守ってくれて、ありがとう

…俺の眺めてた海で、深海の皆を守ってくれて、ありがとう

…そして、1人で頑張ってくれて、ありがとう

…だから、別に、君は俺に、いや…俺たちに何も返さなくて良い

…むしろ、君にみんな押し付けて、ごめんよ

…少しだけでも支えになりたかっただけだよ、俺は

…逆効果だったかもだけど

 

 

レ級は、顔を真っ赤にしていた。

ここまで、自分に真っ直ぐ向き合ってくれた人間は…生まれて初めてだったから。

 

レ級と防人は…そして、一つずつ確かめ合う。

 

 

…私、お風呂やトイレだって一苦労デス

…特注にしたよなぁ、まあ俺も使えなくはないし、別に良い

 

 

…私、ごはん、いっぱい食べるのにごはん作れないデス

…俺が、覚えなきゃな、安くて美味しいレシピ

 

 

…私、深海棲艦デス

…今更だな、でも、お前は海里のアホや電たちの…大事な友達だろ?

 

 

…私、尻尾がありマス…牙もギザギザ…肌どころか血や涙の色も違うデス

…素敵な個性、だな

 

 

「…私、好きデス!深海だケド!人じゃないケド!貴方が…大好きデス!」

「そうか、俺も昔から大好きで、今はもっと大好きだ!」

 

 

二人は一つの思いに重なって、唇を重ねた。

 

 

「…私、経験無いのに…意地悪ばっかりは良くないデス…」

「…ごめん、涙目のレ級がかわいすぎた…」

 

 

その夜は、防人がやり過ぎたとかやり過ぎなかった、とか。

 

 

それから、数ヶ月後。

 

 

「やっぱり、私で良かったデス?」

「大丈夫だよ…親父とお袋が、反対しなかったのは救いだったな」

 

 

1人は、タキシードを着ている。

もう1人は、ウエディングドレスを着ている。

 

レ級と防人の、結婚式だった。

 

そして、その式場には…

 

「レキュウ!オメデトウ!」

「私も鼻が高いな、ただし防人テメーは死ね!」

「良かったのです!おめでとうさんなのです!」

「あらぁ…おめでとうレ級さん、防人さん!」

「これぞ深海カッコガチですね!」

「阿賀野、ちょっと羨ましいかも…」

「ふふふ…二人はあんなに幸せそう…」

「やっぱり、れっちゃん可愛いわ!」

 

防人とレ級が守り続けて…守ってくれたリンガの仲間が。

 

「あの時はごめんなさい、そして、おめでとうございます」

「あ…あの…頑張って下さい、レ級さんも防人さんも!」

「ふふ…この武蔵、何時でも祝砲を…」

「おめー46糎砲で鳴らすなでち!」

「幸せになれて良かったれす…後、武蔵さんちょっとおちけつれすぅ!

「でも武蔵さんの気持ちはわかるな、凄い事だから…」

 

そして、彼女がそんな泊地で繋いだ、新しい友達が。

 

 

「しかし…ウチで結婚式やるとはな」

「だって式場代安いデス」

「しょうがねえ…ただじゃないぜ?借りは返せよ、レ級!」

 

そして、その泊地の今の守人…木曾が居た。

 

 

あの日、二人は絶対に一緒になると…誓った。

 

その心には迷いは無かった。

法も、世間体も…関係無かった。

 

だって、深海と人が一つになる、本当の一歩になれると思ったから。

艦娘達が頑張って繋いだ、絆だから。

 

そして…何より、レ級と防人の幸せの為だから。

 

 

そして…数多の壁を超えた先に今が有る。

 

二人が一つになる場所を、世界は認めたのだ。

リンガ泊地、全ての始まりの、場所で。

 

小さいが、とても大きな結婚式だった。

 

 

電のスピーチから始まり宴が始まる。

 

人が、艦娘が、深海棲艦が…笑っていた。

二人の為に、自分の為に、これからの為に、笑っていた。

夕立ではないが…素敵なパーティーだった。

 

 

その最中、クライマックスで…神父代わりの木曾が、二人に聞いた。

…ずっと幸せになれるかい?それを、誓えるかい?と

 

 

二人の答えは、一緒だった。

 

「深海より深く、ずっと愛します!」

 

…二人は、誓いの口づけを交わした。

平和な海から流れる海風が、祝福してくれた気がした…

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。