「ほっぽをうちに連れてきたのは、扶桑の独断だったのさ」
海里が木曾に最後に語ったリンガ泊地での過去。
それは、ほっぽこと北方棲姫の邂逅の話であった。
時は、ちょうど電と他の艦娘が仲直りする、その四十分前ぐらいにさかのぼった。
電の指揮能力の是正はともかくも、別に電個人の攻撃がしたくない扶桑。
ほとぼりが冷めたら、提督に飛鷹か羽黒あたりに旗艦を任せる様に進言すれば良いなぐらいにしか考えていなかった為、
呼ばれた訳でもない件の提督の召集に応じる義理も意味もないと思い、暇をつぶそうと考えていた。
しかし、飛鷹を誘って酒でも煽って暇をつぶそうとしたが、なぜか出払っている飛鷹(実際は密かに羽黒と共に真っ先に執務室に来ており、別室に隠れてただけなのだが)。
一人酒と言う気分でも無いし、みたい映画もありゃしない。
特にやりたいこともない扶桑は、ぶらぶらと海上に降り立って、夜の散歩に出かけていた。
しばらく進んだ頃、沖に3キロ程出たころだったか。
不意に、扶桑は白亜の漂流物を見つけた。
暗がりでも目立つ、白づくめの少女。
更に、血のように紅い瞳。
明らかに、上級以上の深海のソレである。
「いけるかしら…」
その敵影に向けてふと思い付いたように艤装を展開して、砲を向けた扶桑。
しかし、当の深海棲艦は果たして、様子が明らかにおかしかったのである。
「カ…カエレ…カエレ!」
「あらしゃべった…と言うか、この子怯えてる?」
なんだか、遠目から見ても怪我でボロボロで涙雨のように血糊がべっとりついた顔。
髪の毛も溶いてないようにボサボサ。
瞳の焦点も、微妙に合っていない。
死にかけの四文字が、実に相応しい惨状である。
そんなボロボロな子に、砲撃を加えたくはないな。
扶桑は何気なしにそう考えて、この小さな深海棲艦の言うとおり、誰にも言わず帰る事にした。
手を降って、ばいばいと呟くと、進行方向に引き返した扶桑。
驚いたのは、カエレと言った張本人の方である。
「マ…マテ!マテ!」
「私はかえったらいいのかしら?帰らないのが正解かしら…?」
扶桑は困惑するように、その子の言に対して小首を傾げる。
その姿に、ボロボロなその深海棲艦は質問する。
「オマエ…ワタシガコワクナイノカ?ナゼコウゲキシナイ?」
「怖いより、貴女かわいいわ…攻撃なんて、まして敵意も無いのにするわけ無いのに」
「カワイイ…」
「そうね、イ級のがよっぽど怖いわ…」
自分が、深海棲艦である自分が恐ろしくは無いのかと言う疑問に、扶桑は素で怖くないと答えた。
嘘を言ったり、騙そうとした口調ではない…その子は、それを感じた。
その途端だっただろうか、その子は途端にメソメソ泣き出してしまった。
「あらあら…きっと、私たちの仲間に苛められて怪我しちゃったのね…それでこう怯えて……」
なんとなく、その深海棲艦の事情を察した扶桑。
おそらくだが、扶桑以上の火力を持った船団に襲われて命からがら逃げて来たのだろう。
ひどいことするわ、扶桑はそう一人ごちる。
そして、扶桑は、一つ決意する。
「バケツは…まだまだ唸るほど有るわよね、深海と私たちはよく似てると言うし……いけるかしら、いや、きっといけるわね…!」
その子を、「修理」する事であった。
曳航…と言うか、おんぶして、その泣き疲れて眠りだしたその深海棲艦をドックに連れて行き、
バケツこと高速修復材に満たされたお風呂に連れて行き、優しく湯に浸からせる。
果たして効果は、てきめんであった。
傷だらけの肌は張りのあるツヤツヤした子供のそれになり、
服も穴や切り傷は綺麗に修復されている。
ボサボサだった髪も艶やかに濡れて、天使の輪を描いてまとまった。
「ヤ…ン……ンン!」
「あらあら、起きたのね」
いつしか、傷も癒えたせいか目覚めるその子は、扶桑の膝枕の上で髪を溶かれていた。
ドライヤーの温風と、クシを通す独特の快感。
更に、扶桑の膝枕の柔らかい感触に包まれて、今度はダメージからでは無い暖かい微睡みに包まれつつ、
目を無理やり覚ますかのように、小さくのびをした後、扶桑に聞いた。
「オマエ、ナマエハナンダ?」
「扶桑、扶桑型戦艦の…ふ・そ・う、って覚えてなさい」
「フソウ…」
噛みしめるかのように、扶桑の名前を復唱するその深海棲艦は、
扶桑に向かってこう言った。
「フソウ…オマエ……ダイスキ!」
「ふふ…あらあら…」
刷り込みが終わった雛のごとく、扶桑にくっつくその子供の深海棲艦が生まれた瞬間であった。
そして、話は和解ムードの執務室の話へと舞い戻る。
深海棲艦を連れてきたなどという異常自体に、パニックになる一同…と言う事には、ならなかった。
「これが深海棲艦…この子なら、なんだかお友達になれそうなのです!」
「なんだか、私より小さいわねぇ…駆逐艦かしら?」
「阿賀野だっこ、この子だっこしたいなっ!良いでしょ扶桑さん!」
「チョコレートとか食べるかな~、それともアイスとかどう?」
「ふふ…なんだか、扶桑さんの娘さんみたいですね!」
親戚の姪っ子が来た時の親戚一同とか、そんなノリであった。
誰一人として、その深海棲艦に敵意を抱いた艦娘はいなかったのだ。
理由はいくつかあった。
一つは、単純にその深海棲艦の見た目が可愛らしく、殺意を抱く程怖くなかったこと。
一つはこの艦隊が軽巡洋艦クラスまでしか相手にせず、雷巡クラスの様な亜人型や重巡クラス以上の人型深海棲艦を相手にしたことがなかったせいで、変な先入観がなかったこと。
だが、一番の理由は扶桑が連れてきた、この一点だろうか。
友達の友達はみんな友達…ではないが、扶桑にキラキラした瞳で真っ直ぐ着いてきたこの子は、
全員にとって、敵には思えないのであった。
それを受けてか、海里はタブレットでその深海棲艦について調べて口を開く。
「あー、この子は、『北方棲姫』って言うらしいな」
と、海里は説明すると、艦隊のみんなはこう口をそろえたのであった。
「じゃあ…『ほっぽちゃん』で!」
「お、おう…秒であだ名付けに行きやがった…」
余談にはなるが、この艦娘達の緊張感の無さには、そもそものリンガの海里の着任にも影響がある。
AL作戦MI作戦…先の大戦における苦い作戦を関したその作戦。
その本質は、北方棲姫を筆頭とした数多の深海棲艦の大量発生に対抗する為に行われた、
二正面作戦であり…日本は、各海外泊地からも有能な提督を艦隊ごと召集し、
果たして…
その結果は、大本営の遊撃部隊たる1番隊を筆頭としたエース級艦娘の奮戦により、
結果的には日本は守られた事になる。
しかし…帰らぬ艦となる艦隊、殉職する提督も、また珍しくはなかった大作戦であった。
さて、その大作戦により召集された提督には前任のリンガ泊地の提督も居た。
そこから指揮権と泊地を彼から引き継いだ海里。
そこで作戦直後ぐらいに建造された、如月・羽黒・扶桑・飛鷹・阿賀野と言う五人の艦娘と、
それより前に生まれたものの海里にひっついてたせいで作戦について全く知識が無い電。
ほっぽちゃんと名付けた彼女の恐ろしさを全くわからない事は、そもそも当たり前の話ではあったのだ。
…とまあ、あまりに緊張感の無い流れで、生き延びた北方棲姫ことほっぽを泊地で匿った訳であるが。
何というか、馴染むのは早かった。
「イナズマ、エホン、ヨメ」
「はいなのです、今日は『はらぺこあおむし』なのです!」
「ン、タノシミ」
電と一緒に絵本を楽しんだり
「あらぁ、やっぱり麦藁帽子も似合うわね」
「ン、キサラギ、アリガト」
如月と色々お洒落を楽しんだり
「さーて、阿賀野だって、チャーハン以外でも作れるところ見せてあげるわっ」
「オカシッ!オカシッ!」
「うーん、じゃあ、今日はドーナツかな?」
阿賀野の手料理に舌鼓を打ったり
「ほっぽちゃん…お風呂、沸いてるわ……」
「ドボーン!フソウ、イッショ!」
扶桑とお風呂に入ったり
「ちょっくれい!ってね、はいどうぞ」
「ゼロ!ゼロ!オイテケ!」
「ほいほい、まだまだ出せるわよ!」
飛鷹にゼロ戦を出してもらったり
「カードヲセット、エンド!」
「やりますね…でも私のターン、サモプシュウマツヘルパトボチヘチェインX3セットデーモンコウカガンサーチ…」
羽黒がおもちゃ遊びにつきあったり…
ってガチ満足民かよ!手加減しろよ!つーかBF使えよ馬鹿!
「くくく…勝てば官軍……初心者に手加減は要りません……!」
「ァ、ゴキブリナゲタラ、カッテタ!」
「馬鹿な……エクゾディア……有り得ない…………どうしてこんな、不条理な事が………」
しかも自爆して負けてんじゃねえ!
とまあ、…羽黒の馬鹿は一旦置いといて。
とにかく、ほっぽちゃんと艦娘達は、こうして泊地で馴染んでいくのであった。
しかしそんな日々に亀裂が入るのも、そう長くはない話であった。
深海棲艦の大連合が、揃って泊地にやってきたのだ。
その艦隊の数、レ級エリート級を筆頭に、通常のレ級5隻タ級40隻と言う戦艦の大連合。
エリート級20隻を含む空母ヲ級55隻と言う、空戦戦力。
重巡ネ級80隻、雷巡チ級70隻、駆逐艦クラスと軽巡洋艦クラスに至ってはフラグシップ級もあわせて200を超える大艦隊であった。
そう、レ級エリート級の召集により、リンガ泊地周辺に存在する深海棲艦を一同に終結され、
超大連合艦隊が結成されたのだ。
そして、ソナーも届かぬ深海の底から急浮上して、泊地に奇襲をかけたのである。
大本営ですら手を焼くであろう、前代未聞のこんな大敵。
明らかに、新米提督の弱小戦力でかなう相手ではなかった。
流石の海里も泊地の艦娘達にも、ほっぽにすら緊張感が張り詰める。
そんな中で、泊地全域に、地の底から響くような声が轟いた。
「我々は…我々の姫の身柄の返却を求めル……北方棲姫様を………カエセ!」
ほっぽの身柄引き渡し、それが欲求であった。
どうしたものか…と、海里は頭を悩ましたが、当のほっぽと艦娘達は、なんだかその言葉を聞いた途端に呑気な態度で別れの挨拶をするのであった。
「お迎えが…きちゃったのですね」
「寂しくなるわ…如月の事も忘れないでね?」
「また、遊びにきてもいいよっほっぽちゃん!」
「海はあんなにひろいから…また、ひょっこり会えるわよね」
「じゃあね、お土産のゼロなくさないでね!」
「今度は…クリフォート、いや魔術師でリベンジですからね!」
「ン、アリガトー、ミンナ!」
流石に、なんか田舎から一人で帰る親戚の子供相手な様な応対でほっぽを帰そうとする艦娘達に、
頭からこけてひっくり返る海里。
普段ボケの彼ですら、思わず突っ込んだ。
「お前らぁぁぁ!緊張感、流石に緊張感は保てよぉぉぉぉ!」
「なんでなのです?お友達のお迎え…あ、菓子おりのひとつでも渡すべきだったのです!」
「違うだろ電ぁぁぁぁぁ!とりあえずこっちこい、ってかほっぽ追うぞ!」
海里に言われるがままに、電はほっぽを追いかけていくのである。
ほぼ同時刻、リンガ泊地港にて。
「北方棲姫様がお見えになったっス!」
エリート級の空母ヲ級の一声で、ざわめきだった深海棲艦たち。
北方棲姫と言う存在は、深海の者にとっては最大の宝の一つである。
その、いかに小さくとも自分たちの女王となる存在の帰参。
しかも生存すら絶望視されていたのに、まるで傷一つない姿であったのだ。
号泣するもの。
咆哮するもの。
諸手をあげて踊り出すもの。
様々ではあるが…とにかく、幸福を身体で表現する深海の覇者達は、
その姿だけを見れば艦娘達とまるで変わりなかった。
その、喜びの元となる北方棲姫は、同胞たちの前に立つとこういった。
「オマエタチ…カンムストリンガニムカッテ、ケーレー!」
「ちょ…ま……え、えェェェェェェ!?」
しかし、その姫が発するは、宿敵に向かっての感謝である。
当然、困惑が深海の皆は混乱するばかりだ。
そんな事をしていると、後から電と海里が現れたのである。
「イナズマ、キテクレタ!ウレシイ!」
「はいなのです!」
しかも妙に仲がいいときた。
困惑を隠さぬように、レ級のエリートは電に代表して質問した。
「お前たち…北方棲姫様を拉致したと聞き、慌てて居場所まで掴んで乗り込んで来たのだガ…」
「あ、連れ去ったなんて人聞きの悪い事言わないで欲しいのです!怪我を直してあげて、預かってただけなのです!」
「…酷い事をしていると、そう思ってだナ…」
「ぶっちゃけ、カードゲームで主に羽黒ちゃんが初心者狩りしそうになったぐらいなのです!」
「…ああ、姫様に酷い事してくとも、我々同胞たちヲ……!」
「私たち、誰も沈めてないのです!」
レ級の心配を数々論破する電。
当初は厳しい悪鬼の顔をしたレ級は、次第にげんなりした顔になり、
最後に海里の方を向いてこういった。
「ちょっと、コレは…うん、話合いの場ヲ…」
「作る必要が、あります…な」
レ級と海里はそう言い合うと、頭をがっくり下げて、
無邪気に語り合う北方棲姫と電を尻目に頭を抱えることになったのである……。
「…って感じで、その後なんやかんやして和解が成立したんだ」
「…」
「木曽さん、聞いてるかい?」
「コレ一体どう提督に報告したらいいんだ、コレェェェェェェェェ!」
また一つ、リンガ泊地の執務室で木曽の慟哭が響いたのであった。