比企谷家
日本政府に認可されている十の暗殺集団の一つ。最大規模を誇る。
比企氏の乱で北条氏に滅ぼされた比企能員の傍流を称する。
1490年、時の当主比企谷右衛門尉法邑が三河国安祥の松平親忠に仕える。
暗殺・諜報任務を中心に請け負ったことから暗殺・諜報一家としての基盤をつくられた。
安祥松平家(のちの徳川家)に仕え続け、江戸幕府崩壊後は政府に召し抱えられ、今に至る。
本部は埼玉県比企郡にあり、主な勢力範囲は首都圏と伊豆、旧三河国。
数多くの反乱・危険因子やテロリスト及び予備軍を消してきた優秀な家ではあるが、95年のテロを防げなかった。
暗殺と諜報、後方支援、株取引のいずれかの高い適性を示した子供のみ、その道の訓練を受けることが出来る。
また防衛省や公安との関係強化のため、一定数が自衛官や警官になっている。
比企谷家、家業従事者の形態
暗殺業務中心の暗殺者
・常勤(暗殺専業で各地の事務所に常時配置) 25名
・兼業(暗殺者以外の顔を持つ) 60名
・非常勤(特定の事務所に籍を置かず、どこでも飛び回る) 15名
後方支援要員
・情報・整備課
諜報任務や情報整理、施設整備、送迎を担当
・財務課
家の経理をしつつ、不動産業と賃貸業を営む。
・仕手課
株担当。課全体での一年の利益は約10~15億円。
これだけ稼がせても財政は常に火の車状態。
比企谷八幡の三人の師
比企谷信標(ひきがや・のぶすえ)
千葉比企谷家の当主で八幡の祖父。元暗殺者。
八幡の暗殺者の才能をいち早く見抜き、基礎から鍛え上げる。
「テレビのヒーローみたいに強く、かっこよくなりたいか?」と5歳の八幡に聞いたことがすべての始まりだったらしい。
比企谷孝成(ひきがや・たかしげ)
八幡の父親で防衛省情報本部情報官兼臨時特務部長。前職は第1空挺団長兼習志野駐屯地司令。階級は陸将補。
中央即応集団隷下の部隊や西部方面隊、対馬警備隊、東部方面隊を中心に周ってきた。
幹部レンジャー課程や空挺レンジャー課程、冬季遊撃課程などのあらゆるレンジャー課程をクリアし、またレンジャーの教官適任証も保持している。
烏丸先生の空挺入隊時に教官を務めていた。
暗殺者の素質は一応ある。
浅野學峯の妹を嫁にした。
比企谷真也(ひきがや・しんや)
八幡の叔父で比企谷家の常勤暗殺者。元自治官僚。故人。
非常に優秀な暗殺者で、国内外で計460名を手にかけた。
体力的に八幡の育成が困難となった父信標、仕事で不在がちな兄孝成に代わり八幡を暗殺者に育て上げた。
五年ほど前に死神に襲撃され、善戦したものの力及ばず命を落とした。
この出来事が八幡の暗殺者化を決定付けた。
諸事情により、まだ八幡の設定は出せません。