響く断末魔の悲鳴
刃物同士のぶつけ合う音。
銃声。
ロッカーの中に隠れていても、否応なく聞かされる。
自分が殺したわけでもないのに、命が消えていく感覚を感じる。
『終わったよ……全て』
かすれるような、叔父さん――比企谷真也の声。
安全になったと思ってロッカーから出る。
そこには――
至る所に銃弾を撃ち込まれた事務所の壁。
頸動脈を切られた、叔父さんの手下の暗殺者。
眉間に貫通銃創をつくった女性諜報員。
心臓付近から血を流している後方支援員二名。
そして、至る所に傷を作り、左胸に大穴を開け、血だまりにひっくり返っている叔父さん。
――見事なまでに、比企谷家千葉第二事務所のメンバーが殺られていた。
ふと窓を見ると、黒髪の短髪の男が左腕の二の腕の出血を右手で抑えつつ、右足を引きずるようにして歩いていた。
――これは、俺が五年前に見た光景だ――
あの時の俺は、叔父さんの右手に握られていた拳銃を使って奴を撃とうとした。
だが――
『止めろ、今のお前に……奴は、殺せない。奴は……死神だ』
『死神……』
聞いたことはあった。
神出鬼没。
冷酷無比。
夥しい数の屍を積み上げ、死そのものと呼ばれるに至った男。
そんな奴が日本に来るだなんて、考えたこともなかった。
救急車を呼ぼうとおもって備え付けの電話を手に取った。
だが、叔父さんはそれを望まなかった。
『……呼ぶ必要は、ない。もう叔父ちゃんは……助からないから』
叔父さんは力なく、そう言った。
結局、救急車は呼ばなかった。
一般的に、お母さんっ子とかお祖父ちゃんっ子とかいう言葉がある。
そういう言葉で当時の俺を言い表すのなら、俺は叔父さんっ子だった。
幹部自衛官として全国の駐屯地を飛び周り、家にほとんどいない親父に代わり、俺たちの面倒をよく見てくれた。
お祖父ちゃんがぎっくり腰で俺に訓練をつけることができなくなった時から代わりに訓練をつけてくれた。
俺が初めて暗殺した時も、叔父さんのフォローの元でだった。
だから俺は、叔父さんのために何かがしたかった。
当時まだ十歳。理性で感情を抑えることができなかった。
死にゆく叔父さんを目前にして、胸の内を吐露したことを覚えている。
そして叔父さんは力なく、薄く微笑みながらこう言った。
『そうだなぁ……なら、俺の仇を討ってくれ』
『仇を?』
『ああ。もっと、もっと強くなって一人前の殺し屋になったとき、まだ俺のことを覚えてくれているのなら、奴を――死神を……殺してくれ。叔父ちゃんの無念を……晴らしてくれ』
今までに聞いたことのないほど、強い意志の籠った言葉。
まるでそれを、俺への遺言としようとしているようだった。
それでも、叔父さんの死を受け入れることのできなかった俺は、あることを訊いた。
今思えば「何であんなこと言ったんだろう……」状態になる言葉だ。
『また、逢えるの?殺せば、叔父さんに、死んじゃった事務所の人たちにまた逢えるの?』
この時俺は初めて叔父さんが驚きの表情を顔に浮かべたのを見た。
でもそれはすぐに消えて、やさしい笑顔をうかべつつこう返した。
『ああ、また逢える。また逢えるさ。何て言ったって――
復讐はもう逢えない、懐かしい人たちに捧げる、最高の供物だからな』
そう言って、震える右手で頭を撫でてくれた。
再び逢うことは出来ないと、今の俺は知っている。
だけど当時の俺にとってはその真偽はどうでもよかった。
また逢える。
その言葉こそが、大きな支えになったのだから。
そして今も、仇討ちが終われば、どこか精神世界みたいなところでなら逢えるんじゃないかと、時々そう考える。
俺の頭をひとしきりなでた叔父さんは、その手で俺に拳銃を渡してきた。
『……八幡、悪いんだが、もう、俺を、楽にしてくれないか?叔父ちゃん……苦しいんだ……息を、するのも』
『え……』
『頼む……』
あの時の俺の葛藤は、言葉に表すことが出来ないほど壮絶なものだった。
でも、
あの日引いた引き金の感触は、命の消えゆく感覚は、今も忘れない。
× × ×
「……ゃ君、比企谷君、起きなさーい」
「え、あ、はい」
あれ、今何やっているんだっけ?
「今は数学の授業中ですよ。授業中は寝ないように」
「あ、はいすみません」
どうやら、いつの間にか寝てしまったようだ。
俺は急いで、遅れている分の板書を取る。
でも、久し振りに見たな。あの夢。
ここ何年も見ていなかったのにな。
何でだろうか。
もしかして、じつは殺せんせーは関係者だった、とかかな。
いや、あるわけないか、そんなこと。
もし来年、地球が破壊されることなく、生き残ることが出来たら何がしたいか。
そう問われたら、俺はこう返すだろう。
死神を見つけ出して、殺す、と。
それが俺が暗殺者である理由であり、生きる理由の一つだ。