ブラック★ロックシューター・THE・WAR 作:イビルジョーカー
東西南北、四つ全ての大都市区画をクロワが統一管理していた頃。クロワの栄光在りし日のクシロロ大都市。未来において東大都市区画防衛本部として扱われていた場所も、かつてはクロワの初代統率者が座する居城だった。
そして彼女が腰を下ろす為の玉座の間の一室にて。
まだ『ブラック★』の名を授けられていなかった、かの蒼い瞳の黒き少女『ロックシューター』と初代クロワの統率者『ブラック★ゴールドソー』らがある理由により、対面を果たしていた。
「私が、貴方の後を…ですか?」
「ええ。お前ならできると、私はそう直感しています」
揺ぎ無い真紅の瞳で、ゴールドソーは言葉を紡ぐ。本来ならばゴールドソーに認められた、あるいは何らかの緊急事態でもなければ決して入ってはならぬ聖域。そんな場所にロックシューターがいるということの意味は、それほど考えずとも理解できるだろう。
「でも、そんなの無理です。私は…弱い。『感情』に振り回されて失敗ばかりです」
ハートレスは感情というものが薄い。そのせいか極端に偏りがちな傾向がある。
例え、最愛の友や家族と呼べる人たちがいたとして、その人らが永遠の眠りに堕ちたとしても彼等は『割り切ってしまえる』。
深い後悔や哀しみ、憎悪に囚われることなく『そういうものだ』と、『仕方ない』と。
それは彼ら固有の強さであると同時に、人間とハートレスの決定的な違いとも言い換えれる。しかし彼女は…ロックシューターは違った。
今まで一緒に戦って来た友が、仲間たちが闘争主義のハートレスたちの手で無残に殺されれば号泣し錯乱。数々の悲劇に耐えられず塞ぎ込むなど日常茶飯事だ。『精鋭』と称される程の実力は、確かにある。だが彼女は通常のハートレスと違い『感情が厚い』のだ。
それこそ人間と大差などないほどに。そんな彼女を眼前の女性は…ブラック★ゴールドソーは自分の後継者に相応しいと断言しているのだ。
「ロックシューター。お前は弱くなどない。他者を深く愛し、同時に深く悲しめるという事は我等にはない、そう……まさしく『人間』の秘め持つ、尊き美徳にして強さなのです」
黒いロングコートを身に纏い、頭部から生えた、尖端が赤く滑らかに湾曲した黒角と鋭利で硬質な漆黒の尻尾を有する悪魔のような外見の女性。これこそがブラック★ゴールドソーの姿ではあるが、その悪魔のような妖艶さと見た目に反し周囲が認める名君だ。
「でも、私は!」
「ロックシューター。戦いは非情です。精鋭以上の力を誇る私でも、いつ死んでもおかしくない。武を持ってしての命を賭けた戦いというのは、そういう風なもの。私が死んだ日にはクロワたちがどうしていいかも分からず、右往左往し、ハクトの手により1人残らず始末されてしまうことでしょう」
「そうならないよう、私が、クロワの皆が貴方を守ります! 不可能など、可能にしてみせます! だから……そんなこと言わないでよ……『母さん』」
悲壮と苦痛。その両方を惜しむことなく顔に出し、言葉で必死に訴える姿にゴールドソーは……『母親』としての言葉で彼女を諭す。
「『ステラ』。己の心を強く、優しく。時には誰かに傷と痛みを伴う、そんな武を振るう勇気を持ちなさい。そして貴方のことを信じる同胞らと共に自分の信じる道を行って。そうすれば、もう迷うことなく進める筈です」
そう言い、ゴールドソーは玉座から立ち上がりロックシューターの前まで近寄る。そして…強く優しく、暖かな抱擁で己が子と身体を重ねる。
「お願い。貴方に酷なことを言っているのは承知の上よ。でも、その時が来ないなんて保障は何処にもない。私がいないクロワを束ねて導けるのは……貴方しかいないの、ステラ」
先程も言った『ステラ』という言葉。
それはロックシューターの持つ『人としての名』であり、『人間であった父』が彼女の為に遺してくれた宝物の一つ。
「………『ノーヴァ』と、もう一度やり直せるかな……」
自分と瓜二つの白き少女。それはステラにとって二つとない最愛の妹だった。だがある日、決別の言葉と共に姉と母の下を去ってしまった。その紅き瞳におぞましいほどの憎悪の炎を灯らせながら。
「………おそろく無理でしょう。あの子はもう、自分が果たすべき信念を見つけた。それは私や貴方とは決して相容れぬもの。殺戮と憎悪の上にしか成り立たない、修羅の道よ」
母から紡がれた言葉は肯定ではなく、真っ向から逆の言葉である否定。白と黒とが理解し合い混ざり合うことなどないと、そんな意味が嫌と言うほど滲み出たものだった。
時を戻し現在のクシロロ。大都市東区画の2-00エリア群にてブラック★ロックシューターと、ホワイト☆ロックシューターの両者が苛烈な戦闘を繰り広げていた。
「ホワイト! 『アレ』を狙っているつもりなら諦めなさい! これ以上どれほどの略奪と破壊を繰り返せば気が済むの!?」
「貴様こそ、いつまで同じことをほざけば気が済む。はアアアアッッ!!」
刃が黒く、刀身が混じりけのない純白の色を有する刀を振るいブラックを切り裂こうと肉薄するホワイト。彼女の刀がブラックの全身を切り裂こうと迫ったその瞬間、自らも刀を召喚し、ブラックロックカノンを返還。
刃が白く、刀身が夜の闇を連想させる漆黒の色で染められたそれでホワイトの刀を防ぎ、黒が横一線に白が斜め一線に十字架のように重なり合う。
「妾はこのクシロロ世界を統一支配し、そして地球を……母と父が出会ったかの地に住む人という種を淘汰することで『再世』を行う」
「ぐっ! そんなこと……させない!!」
ホワイトはそのハクトの王としての権力と自らの暴力をもってして、地球に住む人類の淘汰を掲げた。それが自分の進むべき信念にして修羅の道。だがそれを否定するのはクロワとその長であるブラックだ。
ブラックはホワイトの刀を押し返し、すかさず切り裂こうとする。しかし既に間を取るよう
に後方へ撤退した彼女にブラックの刀は、ただ空を切るだけで終わる。そしてそれは『隙』
となり、その隙を突こうとホワイトは自身の愛武器であるホワイトロックカノンを一瞬の内
に召喚。
カノン内部に凄まじいエネルギーが発生し、1分と掛からず砲口から吐き出されるようにし
て発射される。
「ふんッ!」
しかし解き放たれた赤の閃光をブラックが浴びることはなく、彼女はその優れた身体能力を生かして高く跳躍。真上から自身の愛武器であるブラックロックカノンを再び召喚し、赤の閃光に匹敵…もしくはそれ以上の威力を有するかもしれない青の閃光を、ホワイトへと浴びせかける。
防御も間々ならず、無残にも喰らい爆発に飲み込まれる。黙々と濃い黒煙が周囲を覆い隠すかのように漂う様を、ブラックは静かに見守る。
一応は加減した。本来ならば全力で、それこそ本当に殺す気で挑まなければならない相手だが、ブラックにはそれができなかった。
無論、それに関してはちゃんと理由はある。
だがその『理由』は……彼女にとって、本来ならば捨て去るべき邪魔な物にしか過ぎない。
「ブラック★ロックシューター。中々良い攻撃だが、妾を殺すにはちと火力が足りん……が、それなりにはダメージを喰らってしまった」
鬱陶しい黒煙を払い除け、身体の所々に痛々しい火傷を負ったホワイト。その左目はいつ間にか、禍々しく思えるほどに紅い炎が灯っていた。
「だが、この程度は余裕で自己回復の範囲内だ。別に気に障ることなどではない。しかしだ…………妾を相手に手加減とはどういうことだァァッ!」
吼える。感情が薄い筈のハートレスらしからぬ、凄まじい憤怒を惜しむことなく滲ませた声の気迫に思わず、ブラックは少しばかりだが後ずさってしまう。だが当のホワイトはそんな彼女の様子など気に止めず、ただ自らの刀を使った剣戟の猛攻を繰り出す。
無論、それに同じく自身が扱う愛刀で対応するブラック。しかしホワイトの猛攻はブラックでも動作一つ一つに対し、防ぎ受け流していくという対応そのものが精一杯に近い状態だった。
「本当に貴様という奴は、どこまでも反吐を出させる! 貴様と妾は命を奪い合い、どちらかが倒れるその瞬間まで戦う定めだ! それを殺さないよう手加減するだと?思い上がるなッ!!」
「ぐっ!」
攻撃を受け流す際のほんの僅かな隙を突かれ、右腕と左の横腹に刀傷を負わされるブラック。そして痛みで怯んだ彼女の髪を掴み上げ、ホワイトはそのまま感慨もなく、無慈悲に地面へと叩き付けた。
「ゴールドソーも同じだった。頭では理解していても、まだこの妾を説得し改心させようと無駄な気でいた。それが奴自身の破滅を招き、お前も同じ末路を辿ることになる」
ブラックの頭部を踏みつけ、その眼前に刀をちらつかせながら淡々と語る事柄はクロワの初代統率者であるゴールドソーについてのものだった。ゴールドソーはブラック★ロックシューター……すなわち『ステラ』の実の母親で、心の底から安心できるという意味では唯一の肉親だった。
だが、そんな母親をホワイトは……彼女はその手にかけて殺した。
自分自身の野望の為に。自分自身の貫く信念の為に。そして己が果たすべき目的の為に。
ゴールドソーを殺した。それは同時にステラに深い悲しみと怒りを与え、結果としてそれが彼女をクロワの二代目総卒者たる戦士へと目覚めさせる要因になった。そしてホワイトを憎んで幾度も彼女と武を交えた筈だった。
だが結局、心の奥底ではまだ彼女を殺す気にはなれていなかったのだ。
「でも、そうだとしても!」
今までされるがままだったステラは、自身の頭を踏み付けていた彼女の足を右手で掴み、逆の左手で眼前の刀身を掴み、両腕の筋力を最大限に高める。こうすることでホワイトの身体を一気に持ち上げ、そのまま投げ飛ばすことに成功。
突然の反撃にホワイトは対応ができず、そのまま地面へと仰向けに倒れ込んでしまった。
「はアアァァッッ!」
無論それはホワイトの隙であり、その隙を見逃すほどステラは甘くない。
「私は諦めない!」
馬乗りにホワイトの身体へと跨り、次々と想いと重さを孕んだ拳で容赦なく殴りつける。
しばらく殴り続けていたがその打撲行為を一旦やめ、馬乗り状態から立ち上がる。すると今度は首根っこを掴み上げ、一気に空高く舞い上げる。同時に跳躍しホワイトの腹部へ渾身の回し蹴りを浴びせる。
「ぐがァッ!」
そんな声を思わず漏らし彼女の身体は回し蹴りの衝撃で近くの建物へと激突。しかしそれでは終わらず、丁度重なり合うような位置にあった後方の建物を二つ、最初のと合わせて合計三つの建物を貫通せしめた。
傍から見れば壮絶な、そしてこれじゃあもう戦えないほどダメージを負ったと。そう思う者がいてもおかしくはないが、仮にいたとしてもそれは間違いだ。
「……あまり妾を怒らせるなァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!!!!!!」
凄まじいまでに憤怒を孕んだ咆哮が天と地を揺るがさんばかりに、周囲に渡って響き轟く。
あれほどの猛攻を受けて尚、その姿に『手負い』や『衰弱』など一切ない。
「貴様の減らず口もここまでだ!」
今度はカノン砲ではなく、それ以上の大きさを有する白き巨弓を召喚。赤いエネルギーの矢の狙いをステラへと固定し、いつでも発射できるよう準備を万全なものとした。
「お待ちを、ホワイト総督」
ふと、背後からかけられた言葉にホワイトは驚くことなく、むしろ来たかと言う風な笑みを浮べて巨弓を返還。声が聞こえた後方を振り返る。
「お望みの物をここに」
「フフ、ハーーッハッハッ!! でかしたぞ『マズマ』!」
そこに立っていたのは、デッドマスターの手で胸部の中心位置にあるコアを無残に切り裂かれて死んだ筈の狙撃士マズマ。そして丁度時を同じくて、両者の間に何かが降り注いで来た。それは巨大なマシンに乗り、その強靭な両腕型のアームでストレングスとデッドマスターの首を絞める、長い白髪の老人男性の姿をしたハートレス『管理元帥ザハ』だった。
「ふんっ!」
そんな声と共にストレングスとデッドマスターの両者をステラの下へ投げ捨て、自身は悠々とホワイトの下へと歩み寄る。
「ふむ。作戦は成功したようだなマズマ」
「当たり前だろザハ。今回の任務は今まで以上にかなり重要なんだからな」
無機質で感情を垣間見せないザハの言葉に、マズマはいつもの余裕に満ちた笑みで当然だと答える。だがその光景に疑問の声を上げる者がいた。他ならぬマズマをこの手で殺した死神の少女、デッドマスターだ。
「ど、どうして……貴方は確かに私が……」
「あ~アレ? まさかこの俺がバカ正直にお前の前に立ったなんて、本気で思ったのか?」
「なんですって…………まさか、でもコアが……」
マズマについて何か気付いた様子だが、しかしそれをありえないと否定する様子も伺えるデ
ッドマスターの姿に彼は溜息を零し、そのタネを明かした。
「これが真相さ」
そう言ってマズマは両腕を両側の宙へと掲げる。すると丁度手のある位置の地面から火炎が沸き起こり、まるで一つの生き物のような…そんなしなやかさを見せていき、そして段々と人型へと形状を変えていく。
更にそれで終わるのでなく、可視することのできるスピードで人型を構成する火炎が別の物へと変質して行く。例えるならそれは、タコが自らの色素細胞を調整し、岩肌に変わり身を果たす様によく似ている。
やがて全ての工程が完了した時、マズマの両側にあるのは『人型をした火炎』ではなく『本物のマズマと違い一点すらない完璧なまでに瓜二つの存在』だった。
「うそ……コアの反応まで……!!」
「これこそまさに俺の炎が成させるイリュージョン! 生体用アーマメント術式の極地と言っても過言ではないだろうなッ!」
デッドマスターが驚くのも、ましてやマズマが『極地』と豪語するのも決して大袈裟ではない。数あるアーマメント術式の系統の一つである『生体用アーマメント術式』は文字通り『生理現象』や『生物的事象』と深く密接する分野である。
そもそも、どの系統であろうとアーマメント術式は人類の現代科学をもってしても成し得ない業を成し得てしまう力を有する。その面においては人類を遥かに凌駕していると言っても決して過言ではないだろう。
そんな生体用アーマメント術式を用いてマズマが作り出した分身体の特徴は、ハートレスという存在の生命と精神を司る中枢器官たる『コア』がある点にある。
従来の場合では、アーマメント術式を用いて作ることが可能な分身体は俗に言う所の忍術のような幻影としての分身ではなく、れっきとした実体を有している。つまりクローンに近いということになるが、コアが存在しない為に自我意識や思考能力が存在せず、ただ本体から伝達された思念によって動くだけの人形に過ぎない。
だが、擬似的ながらも精密な模倣コアを作り出すことに成功したマズマの分身体は、確固とした自我意識を持たないものの、本体から意識の一部分をトレースし思考能力を獲得。更に、戦闘能力に関しても従来では性能に個々体によって格差が激しかったが、マズマの場合は個々であっても一定水準を保ち、尚且つ本体に勝ることも無いが劣ることもない戦闘能力を発揮するのだ。
「この分身体こそが計画の要って奴でね。おかげで『コレ』を手に入れることができた」
マズマは両腕を払うように、ほんの一瞬の内に分身体を消して片腕を自分の真上へと掲げる。するとそこに紅蓮の炎の模様が描かれた赤く発光する円陣が出現し、その中央から何かが落ちマズマの手の中へと収まった。
よく見ればそれは円筒のガラスケースだ。しかし問題として挙げるのはガラスケースその物ではなく、その中にある物だ。
「!ッ」
「「!!!ッッ」」
「これこそが今回の目的……初代クロワの統率者ブラック★ゴールドソーの右腕と第三の眼さッ!」
漆黒の外骨格に覆われた先代のクロワ統率者の『右腕』。かつて凄まじい力を秘め、ハクトの2千から成る大隊の一つを壊滅せしめたとされる、彼女の額にあった『第三の眼』。
何故そんなものがクロワによって厳重に保管されていたのか…答えはこの二つと、『もう一つのある物』が『とある装置』を起動させる為のキーとなるからだ。だが、理由はそれだけでなない。
彼女はハートレスの中でも類を見ない特性を持っていた。コアが消失した死後も肉体はエネルギーを精製し続けると言う、際立つほど異例なものだった。故に死して尚も彼女はクロワの為、自陣営の都市区画の機能を維持させる目的で自分自身の眼と腕を無尽蔵のエネルギー機関として運営されるという、傍から見れば道徳に反した道を選んだ。
「使い方によってはこれで強力な兵器製造も可能と言うわけだが……これを利用するのは、あくまでもあの装置を起動させる為の鍵としてに過ぎない」
そんなホワイトの言葉に、怒りが一気に燃焼し始めたステラは愛刀を振り上げ、奪還しようと迫る。だが時既に遅く……マズマの炎の竜巻がホワイトとザハを包み込み、そのまま炎の消滅と共に瞬間転移を果たしてしまった。
「くっ……なんてことを……」
拳は固く震え、守るべき大事な物を守れなかった後悔に打ちひしがれるステラだが、同時に何としてでも奪還せしめるという思いが。決意が。静かに彼女の内心を滾らせていた。
毒の霧のような結界の中を激戦が駆け巡っていた。毒に犯されながらもスライザー・カムイは猛戦し、その気迫は毒にやられているとは思えないほど凄まじいものだった。
しかしもうタイムリミットは残り僅か。
アウターターンとナフェは完璧なコンビネーションでスライザーを追い詰めていた。白兵戦はナフェが務め、その援護をアウターターンが担う。アウターターンの攻撃は非常に正確で誤射などまずありえない精密さが窺い知れる。
『ナフェ、そして補佐ども。作戦は成功した。余計なことをせず、速やかに帰還しろ』
「了解しました、ホワイト総督」
幹部3名に入って来たホワイトからの通信。内容は作戦成功による撤退帰還の命令だった。ここでスライザーを始末できないのはさすがのナフェも後味の悪さを感じるものの、自らが絶対の忠誠を誓う御方の命令に逆らうことは、ホワイトを失望させるばかりか自らの信念に反する唾棄すべき行為。
よってここはスライザーを逃がすような形で補佐二人と共に転移。毒の結界を維持する者がいなくなったせいで解ける形で消滅し、消耗とダメージからスライザーはその意識を闇へと手放した。
東の大都市区画2-00エリア群における攻防戦はクロワの敗退に終わり、東と北の都市の機能を支えていた無尽蔵のエネルギー精製機関であるゴールドソーの『右腕』と『第三の眼』がハクトの手によって奪われる形となってしまった。
この戦いにおけるクロワ戦士の犠牲者は1,789。対しハクト兵士の犠牲者は1,558に及んだものと見える。いずれも差こそあれど千の単位に達する犠牲が出たのは事実に他ならない。
「ここに集った幹部の皆、まずはご苦労だったと礼を言わせてもらおう。だが今回の作戦において、お前達にマズマの件をザハ以外に話さなかったのはすまない。前に起きたスパイの一件を考慮しての事だ。いつどこでクロワのスパイが盗聴や盗撮をしているとも知れないからな……もし、何か発言したいことがあれば聞こう。遠慮することはないぞ」
玉座に腰を降ろし、まさしく王の如き風格と威厳でその場を指揮する姿は外見こそ少女なれど、ただ一つ動作するだけ。たったそれだけでも、そこには貫禄の光に満ちるようにあった。
「不平不満はありません。ザハ様は我等ハクトの幹部における管理の長。言うなれば総督の意志を代弁する者でもあり、我々幹部を管理するという立場を与えられている以上、それは総督直々に絶対的な信頼を得るだけの成果がある証。その点を踏まえれば何ら問題もありま
せん」
そこに感情はなく、しかしザハに対する信頼が隠れながらも伺えるナフェの言葉。そして、ナフェの言葉に同意するかのように治療を完璧に済ましたリリオが発言をした。
「俺もナフェの意見と同じです。それに情報というものは多くの者が知れば、それだけ漏洩の危険性も高くなる。俺は情報に関するプロフェッショナルってわけじゃないが、その程度のことは心得ているつもりです」
「そうか。他に何か言いたいことがある奴はいるか? 沈黙はなしと受け取るぞ」
ハクトを統べる総督の言葉に皆が何も言うことはなく、何らかの発言を提示する幹部は1人もいない。
ただ唯一を除いては……。
「いや、ありますよ総督」
両腕が漆黒の翼となっている少女『バード・スラッシャー』。ハクトの航空戦力における指揮を担う幹部『航空将官』の地位を有し、その類なき才覚は見事なものだが欠点がある。
「この私バード・スラッシャーは、今回の作戦において大いに貢献しました。して、その働きに見合う報酬を求めるのは当然の権利の筈ですよね~?」
これだ。相手が総督であるにも関わらず、この無礼千万な態度と厚かましいにもほどがある己が利益の要求。更には、相手を躊躇なく嵌めようとする出世欲も相成って最低極まりない性格をしている。
「働き? たかが援護に来た程度だろ。その位のことで自身が優れているなどと本気でのたまう気か?」
そんなバードに非難を含めた声で語るのは、禍々しい漆黒の騎士のような外骨格を身に纏う『尖兵長ナイトリッター』。ハクト幹部であり、同時に兵長リリオの忠実な側近である。
「はッ! だったらそっちは何した? クロワの雑魚どもを相手に苦戦してたのは事実だし、何よりお前のところの能無しご主人様は総督の助けがなかったら、今頃死んでたぞ」
「貴様ァァッ! 我が主を愚弄し穢すかッ!!」
腰に差した大剣を抜き、その矛先をバードへと向けるナイトリッター。まさに一瞬触発の瞬間……しかしその間に入るかのように彼の主たるリリオの厳粛なる声が響き渡る。
「やめろ、ナイトリッター。総督の御前で剣を晒すな。俺の顔に泥を塗る気か?」
「!! いえ、そ、それは……早計且つ出過ぎた真似。申し訳ございません」
自らの行為が、リリオの顔にまた泥を塗る失態だと気付いたナイトリッターはすぐに大剣を収め、平伏す礼を取る。
「プッ! 言われてやがる」
だが性懲りもなく侮蔑を交えた嘲笑を発するバード。そのまま何か言うとしたが、総督自ら放った眼光で睨まれた為、何も言えず黙る他なかった。
「さて、バードよ。その薄汚い減らず口はともかくとして、確かに貴様の援軍によって作戦が効率良く進んだのは事実であり、成果の一端でもある。よって貴様には『20人分をネブレイトする一回性の権限』を与える」
総督の言葉に幹部の全員が驚愕の色を示した。だが、このような反応が出るのも無理はない。総督の言うネブレイトとは、ハートレス以外の生物を喰らい、その性質を得る生体用アーマメント術式のことである。このクシロロ世界にはハートレス以外の生物は一切存在しないが、クシロロ以外の世界なら話は別だ。
かつて、平和主義者らが増加し始めていたばかり頃のクシロロには、異世界へと渡る為の術が多種多様に存在していた。その全てが、平和主義者のハートレスらが異世界の者達との平和的共存、そして今後のより良いクシロロ世界の発展に繋がる可能性の高い『未知なる物』を探索する為に生み出したものだった。
結果から言って、成功は確かにあった。
クシロロとは違う世界に生きる、知性を兼ね備えた住人達が持つ『文明』や『文化』という概念は、争う以外に何もなかったハートレスと言う種にとって、とても衝撃的で素晴らしいと感じるものばかりだった。おかげでそれが、今のクシロロ世界を形作っていると断言してもいいだろう。
しかし失敗もまた当然のようにあった。
闘争主義者らのハートレスらが、どういうわけかそれらの術を得て虐殺と破壊の限りをあらゆる異世界にて尽くし始めたのだ。更に平和主義者たちが干渉した世界全てが友好的という訳ではなく、ある程度まで文明が発展した異世界では研究材料の為と称され、調査部隊が何人か犠牲になるという事態が多発。
これを重く見た平和主義者らは、闘争主義たちが渡った世界で彼等を駆逐。その後、異世界との交流的な干渉は『あまりに早計だった』、『本来ならあってはならない事だった』と、そんな決断の下に異世界へと渡る術は一つ残さず歴史の闇へと葬られ今となっては異世界を知る者は極僅かとなっている。
ホワイト☆ロックシューターも、その1人だ。
しかし彼女は不完全なれど、異世界の生物をこちらの世界へと強制転移させる『位相用アーマメント術式』の系統に属する召喚術式の開発に成功。そうして異世界の知的生命体を蒐集し、それを養殖・喰らうという形でネブレイトする。
クロワにおいてそれは禁忌の行為そのものだが、ここはハクトの総本山。
『闘争主義』と言う名のある種の誇り、絶対的な掟。そう考える者達であれば誰もが各々自らを強くする為に犠牲など厭わぬという事。
『自分を強くするのに躊躇は不要』。
これは総督が直々に発した言葉であり、幹部や一般兵士らはこの言葉を胸に今日まで生きている。話が逸れたが、つまるところバードは異世界の生命体をネブレイト(捕食)する権利を得たわけだが、幹部の皆が驚く理由はその数にある。
ネブレイトの行為そのものは週に一回と決められている。そして捕食してもいい家畜の数は一般の兵士で1匹、幹部でも5匹と少数に決められている。これには訳があり、ネブレイトは形こそは捕食だが、本質は他の全てを自に取り付ける……つまり『他者の能力や記憶などを取り込み心身共に強化させる』と言うことを意味する。
だが、それでも大量にネブレイトをすれば、許容量の限界を超えオーバーロードを起こしてしまい最終的には自滅の谷底へと堕ちることに繋がりかねない。
ようは人間で言うところのドラッグと同じようなもの。一時的に力をつけることはできても、その代償とも言うべき副作用は、容赦なく肉体を無残に蝕む。
だが総督は一回限りとは言え、家畜20匹をネブレイトしてもいいと断言した。これは別にバードを殺す意味で言ったではなく、バードは総督を除く他の幹部らや兵士達とは違い、ネブレイトの許容量範囲が高い。本来ならば1匹や5匹程度など、足りないのが彼女にとって普通のことなのだ。
しかし、その点を考慮したとしても、あまりに優遇過ぎることには違いない。しかしバードの性分を考えるならば妥当と言えるのも事実だ。妙な気を起こされて計画が破綻されては、困るどころの規模では足り得ない損害に成りかねない。かと言って数少ない航空戦力であることを考えれば、後先何も考えず始末するのは得策ではないだろう。
従って、他の部下よりも優遇する形で静かにさせていた方が良いと。
ホワイトはそう考えたのだ。
「おお~~! それはありがとうございます! この『航空将官』、常に御身の偉大高き御考えの下に」
「……ふん」
調子の良い奴だ。内心そう呟く総督は、その言葉を口に出すことなく心の内側までに留める。
「さて、もうすぐ全ての準備が完了する。装置起動のキーとなるもう一つの物……『ゴールドソーの左腕』を一刻も早く手に入れなければならないわけだが、それが一体何処にあるのかが問題点だ。とは言え『予想できる場所』はもう既に特定済み。そこは…」
カッと大きく見開かれた両目にあるものは『確信』の二文字と、野望を内に秘めた紅の色。
「クシロロの遥か天に浮かぶ『第五の都市区画』……『エーテルス・ヴァトリシア』だ!」