ブラック★ロックシューター・THE・WAR   作:イビルジョーカー

8 / 10
★エーテルス・ヴァトリシア パートC☆

 

 

 

それはまさしく『地獄』、あるいは『悪夢』としか形容し得ない光景でした。

 

理性を失い、荒ぶる獣と化した怪物の少女は自らの同族を何度も殴り、何度も踏み付け、そして何度も斬り続けるという。人間の少年にとって大切な少女の今の姿。少年は必死に叫びました。

 

「やめろ! 君はこんなことをしたいんじゃないんだろ?!」

 

しかし、あまりにその声は無力に過ぎて彼女の耳には……心には届きませんでした。獣の咆哮を上げ、もはや虫の息に等しい同族へと怒りの鉄槌を振るい続ける怪物の少女。

 

そんな彼女を止める為、彼は両腕を広げ少女の前へと立ち塞がったのです。

 

「……君は変わった。もう昔みたいに破壊と殺戮を繰り返して楽しむような悪魔じゃない。だから……戻ってこいよ、『ゴールドソー』」

 

初めて呼んだ彼女の本当の名。今まで怪物の少女は自分の名を彼に『スカーレット』と名乗らせるだけで、本当の名を教えながら呼ばせることはありませんでした。理由は単にくまで興味を持っただけの矮小な存在であるから。

 

ほんの少し手を加えるだけで壊れて消える脆弱な命だと、怪物の少女は最初の頃はそう思っていました。

 

でも世界を見て周り、様々な人たちと交流し色々なものを見て触れていく内に少年の存在は只の興味に過ぎない対象ではなく、初めて知った苦痛も安らぎも含んだ感情…『恋慕』の愛で、いつしか少年を見ていたのです。

 

それほどまでに人間の少年は怪物の少女にとって大切な存在となっていたのです。だから少女はいつかは言うと思っていました。しかし自分の本当の名を言うことを許すという、その気恥ずかしさ故に彼女は今まで彼に黙ってしまっていたのです。

 

無論、この胸の内に灯った温かい恋慕の感情もです。

 

でも彼は言いました。許可も得ずに、それでも叫ぶように少年は言ったのです。

 

怪物の少女の本当の名前……『ゴールドソー』を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロワの部隊がエーテルス・ヴァトリシアにて任務を開始し始めた同時刻。一隻の航空戦闘機が有毒性のエネルギーバリアを容易く潜り抜け、無事エーテルス・ヴァトリシア郊外の地表へと着陸していた。

 

戦闘機の外見は楕円形の球体でコックピットに三角状のフロントガラスがあり、後方にはブースターが搭載され機体カラーは淀みのない純白。やがて戦闘機の両側面に出入り口が左右合わせて四つ開き、中からクモとコウモリ、そしてトカゲを彷彿とさせるハートレスが計38体ほど出て来た。そしてその後から出て来たハートレスはハクト幹部『ナフェ』と『アウターターン』と『デスボッツ』の3名だった。

 

「……ここがエーテルス・ヴァトリシア」

 

思わずナフェが呟く。彼女の観点から言えばここは驚愕の一言に尽きる。超巨大なハートレスの上に立つ第五の都市区画。その光景を現実の物としてまざまざと見せ付けられてしまったからには、ただ驚く他に感情は無いだろう。

 

「随分な高所ですね~本当に」

 

「んなことより俺けっこう役に立っただろ!? 親分もアウターも感謝一つねぇんデスか!!」

 

その傍らでアウターターンもナフェと同じ感覚には陥ってはいるものの、嫌味を交えたような言葉を呟き、対しデスボッツは感謝どうのこうのと喚めいている。

 

実は彼等の乗る戦闘機がアーカヘルのようなダメージを一切負わずに侵入できたのは、デスボッツのおかげなのだ。デスボッツ自身の切り札の一つである『デスフィールド』はその場で周囲一帯に展開するだけでなく、大きい物体を包み込むことも可能だ。更に結界を構成する毒素には様々な種類が存在する。デスボッツはその中の一種である『毒に有効な毒』を使うことでデスフィールドを機体の周囲に展開。

 

そうしたことでナフェ率いるハクトの特殊工作部隊が乗る航空戦闘機『イーゼル』は一切のダメージや傷を負うことなく、すんなりと通れたというわけだ。

 

「……そうだな。お前のおかげで通れた。ありがとうデスボッツ」

 

「あっ、いや、……どうもデス」

 

普段なら見せることのない微笑。しかしそこには自身の補佐たちに対する信頼が垣間見せていた。そんな顔で礼をされては、デスボッツも先程までの威勢を萎縮する他なかった。

 

「ま~とにかく~今後の予定はどうなさる御つもりで?」

 

少々脱線しかけていた為、話を戻そうとアウターターンがナフェの指示を問いかける。

 

「無闇やたらに動き過ぎるのは軽率。だから、ここは情報収集を行いつつ大きな動きは避けた方がいい。この地に住む定住民に知られれば厄介極まりない」

 

「ふ~む、同感。ではでは~お前達~~散開して情報収集に専念しなさい。あと万が一とは思うがクロワを見つけた場合は……殺せ。生かしておく価値は無い~~」

 

アウターターンの命令を受けた38体のハクト兵士らは即座に命じられた行動に移行し、様々な方向へと散っていった。

 

「しかし~もっと数を多くしても良かったのではありませんか~~?」

 

「同感デス。クロワやここでの敵のことを鑑みれば多い方で問題はないと思いますよ?」

 

2人は部下の数をもっと多くしても良かったのではないか?と質問して来るが、ナフェも当初は二人の意見と同じものだった。

 

「私もそうは思った。だが我々の本領にして今回の任務は隠密工作。左腕の回収が目的であれば戦闘をできるだけ避け、数を最小限に留めておいた方が有効的だ」

 

ナフェの幹部としての地位名は『参謀』。

 

あらゆる策を弄し、隠密に情報を収集。任務を効率良く進めることこそが幹部として存在意義……それがナフェというハートレスの少女。

 

故に少数での作戦実行も全ては参謀たる彼女なりの考えに基づく物なのだ。

 

「そうデスか」

 

「と、な~ると、我々も現段階では部下と同じく情報収集ですかね~?」

 

「無論。我々は我々の方法で情報を収集する」

 

ハクト部隊はクロワ部隊よりも遅れる形となったが、確かにこの地を踏み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情報収集の為に都市区画『エーテルス・ヴァトリシア』へと向かったナフェとデスボッツ、アウターターンの三幹部らは難なく街へと侵入。その賑やかで騒々しくも、多種多様な姿形のハートレスが行き交う大通りの街並みを見て幹部達は言葉が出なかった。

 

あまりに違っていたのだ。常に戦いを繰り広げ殺伐としていた四つの都市区画とは違い、ここは争いという概念を徹底的に排除したかのような明快とした雰囲気に満ち溢れている。皆が平和という言葉をそのまま体現しているかのような、そんな光景だったのだ。

 

「………これは、何と言うべきか」

 

「賑やかデスね。俺等の都市区画と違って」

 

「本当に~………そうだな。忌々しいほどに」

 

各々がそんな感想を口から零してしまう。その言葉の真意は各々どうあれ、ただこの光景を前に驚いているのは事実だ。そしてしばらく歩くと突然警報のような音が街中に響き渡る。

 

≪警告、侵入者有り。侵入者有り。防衛システムレベル1を作動。一般市民は直ちに避難されたし。繰り返す、防衛システムレベル1を作動。一般市民は直ちに避難されたし≫

 

「……今更警報に防衛システムの作動か。粗末にも程がある」

 

「しかし~厄介ですな~~。どうします~?」

 

「アウターターン。お前の『ステルスガード』を使う。できるか?」

 

「造作もございませんよ~~」

 

そう言い、アウターターンは自身の触腕の一本を振り上げる。するとその尖端の上に卍状のエフェクトマークが現れたかと思えば、瞬く間に崩れ去るようにして消滅する。

 

だがそれに呼応するかのように三幹部の身体が徐々に透け始め、最後には影も形も残らずに消えてしまっていた。

 

しかし、あくまでも他者からの目では視認することができなくなっているだけで、彼等はしかと存在している。

 

「これで~問題はないかと」

 

「ふむ。では、改めて情報収集に乗り出すとしよう」

 

アウターターン自慢の『ステルスガード』と呼ばれる『隠蔽用アーマメント術式』でその身を隠したハクトの幹部らは、すぐさま今いる場所を移動し都市区画の中心地へと向かった。

 

最たる理由は目的の物があるかもしれないという、一つの可能性に基づくものであり、可能性の根拠は逸早く都市区画の様々な場所を調査していたナフェの愛武器にして情報兼戦闘端末『ラビトスパイ』からの報告だった。

 

それによれば、中心地に厳重且つ過剰なほど防衛システムが張り巡らされた重要建築物の存在が確認され、警備をしていたハートレスたちの会話を盗聴する形で傍受したところ、エーテルス・ヴァトリシア全体を支えるエネルギーの動力源システムが配備されており、更に過去の時代において、平和主義者たちが持ち帰ったとされる異世界の特殊エネルギーを研究する施設しても機能しているとのこと。

 

特殊エネルギーについては置いとくとして、問題はその『動力源システム』だ。クロワ達がそうしていたように、左腕を用いたものである可能性が否定できない。そしてこの都市区画が凄まじく巨大なハートレスであるアインザーの上にあることを鑑みれば、大量のエネルギーを生産する必要がある。

 

それを可能にできるものは……やはり『ゴールドソーの左腕』以外にない。

 

「……どうやら、ここね」

 

エーテルス・ヴァトリシアという都市区画の中心地に立てられた巨大な建造物。それは只の四角い形状で物静かに、しかし壮大と呼ばんばかりに屹立していた。周りには建物その物を守らんとするかのように頑丈且つ重厚な鋼鉄の砦が五重にもあり、それらがあの有毒性エネルギーバリアとは違うものの、強力なエネルギーバリアが建物全体を五重の層に重ねて包み込むように展開されており、まさに鉄壁の城と呼ぶに相応しいものだった。

 

「これは……存外油断してはならないだな」

 

「そのよ~~ですね~。さっきのを見て、平和という微温湯に浸かり過ぎるあまり腑抜けになった~と思ったのですが、どうやら考えを改める必要ありですね~~」

 

「こ、これほどの防衛システムは、ハクトでも早々あるもんじゃないデス」

 

各々がそんな感想を述べながら、目の前に立ち塞がる難関に思わず舌を巻いた。どうやらそれほどまでに完璧な防衛システムのようだ。

 

「だが、どのような防衛システムであろうとも任務を遂行し、目的を完遂することに変更はない。アウターターン、デスボッツ。この砦に侵入してハッキングできる箇所を見つけて。そして建物内の詳しい情報を収集してほしい。私は近くの建物から防衛システムのハッキングを行う」

 

「わ~かりました~~!」

 

「お気をつけて下さいデス」

 

補佐2人はナフェにそう言い残し、すぐさま行動を開始。

 

「うん。あそこが丁度良い」

 

ナフェも自分の成すべき行動を起こした。まず始めに重要建築物から2kmほど離れた、ブロック状の建物の前へと移動し、そこから勢いをつけて跳躍。ジャンプ力は中々の物だったが、それでも届くまでには至らない。そこで一度壁に蹴りを入れる形で二段ジャンプを行使し目当ての場所である屋上へと着地を果たした。

 

そして2km先にある重要建築物をその瞳で見据え、手をその方角へと向けるように翳す。するとその動きに呼応するかのようにナフェの周囲を薄く透けた、まるでSFにでも出て来そうな立体的なバーチャルモニターが出現。

 

実体の無い立体映像のモニターには様々な情報が介在し映し出されている。

 

「エーテルス・ヴァトリシアの防衛システムをスキャン…………………………なるほど。建物を五重に包むエネルギーバリアその物は『特殊領域用アーマメント術式』に

よるもので、更に専用の装置で強化しているわけか。………………………ふむ。しかもハッキングを阻む為に術式干渉用の障害としてプロテクトを施しているな。でも、ほぼ無意味」

 

 

アーマメント術式は人類の技術の一端、電子情報網ことインターネットがそうであるようにハッキングすることが可能だ。それによって術式の使用を封じる事や術式を全体的に、あるいは限定的に強制解除するなどと言った様々な行為が可能となる。

 

この術式のハッキング技術を有するのは参謀たるナフェと、参謀補佐のアウターターンにデスボッツの両名のみ。他にもいることにはいるが、ハクト内のみで限定すればこの3名以外にいない。

 

そんな希少な技術があるからこそ、彼女は油断していたのかもしれない。

 

『やあ、侵入者。君のような者が来るのは……何時以来かな?』

 

「!? まさか、私がハッキングでスキャンとした同時に気付かれずに逆探知で探り当てたのか!!」

 

突然モニターから唐突に、且つ無機質な男性の物と思わしき声が重く響き渡る。あまりに行き成りな事態に戸惑いと混乱が頭の中を縦横無尽に駆け巡っては行くものの、一瞬。

 

たったそれだけの時間でナフェは冷静さを取り戻すと同時に『相手に逆探知されたが故の今の状況』と早期結論に至り、すぐさまハッキングを中止。そして自らの術式テーレ(術式に基づいて構築・形成されたインターネットワークのようなもの)をシャットダウンしようと操作する。

 

だが……

 

『無駄だ。もう君は私の手の中にある』

 

その言葉の後に凄まじい衝撃がナフェを襲い、彼女はそのまま糸の切れた操り人形のように、ただ無気力過ぎるほど呆気なく倒れ伏す。あまりに明確で原因不明瞭な自身の身体の異常に動揺するしかないが、せめて背後にいる元凶を確認しようと。徐々にゆっくりと抜けていく体力を何とか振り絞り、身体を反らすように曲げ、自分の背後を見る彼女の瞳にこのような状態異常にした犯人たちが映し出される。

 

刺々しい赤黒とした両腕を除き、全身の全てが陶器のように美白に輝く艶かかなマネキンに似たハートレスたち。顔はゆで卵のようにのっぺりとしていて、のっぺら坊と称しても良いくらいに目や耳、鼻や口などが全てなかった。体型は個体によって男性と女性の二種類が確認でき、その中に隊長格と思わしき筋肉隆々とした、男性型の肉体に蜘蛛の下半身を有する者がいた。

 

名を『レーニェ・パイダー』と言い、あの都市の中央地に位置する重要建築物を警護する警備隊長である。彼はナフェの身動きがきちんと封じられているか。ただそれだけを一瞥する形で確認を取ると、今だに存在を維持し続ける立体映像のモニター……その向こう側にいる己が主に現状を報告した。

 

「こちら、レーニェ・パイダー。ジオウ様。侵入者と思わしきハートレスを捕らえました。仲間は周囲におらず、数は今捕らえた1人のみ。おそらく別行動を取っているのか……または確率的に考えて低いですが、最初からいなかった可能性も考えられます」

 

機械的に、あるいは事務的に淡々と報告を述べるレーニェ。傍から見ればある種のホラーチックさを全面的に滲ませたような不気味なロボットと表現することもできるが、こうして感情を垣間見せない淡々とした雰囲気を見せ付けられると、あながちそうでもないかのような錯覚に陥ってしまう。

 

『なるほど。まぁ、どちらにせよ捕らえた侵入者を私の下へ。いいですね?』

 

「仰せのままに」

 

今も尚、身動きの取れないナフェはこの会話を聞いた後、段々と意識を暗闇へと引っ張られていくような感覚を味わっていく。そして抵抗する術も気力も無いまま、彼女の意識は完全にブラックアウトしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

ナフェがハッキングを試みたエーテルス・ヴァトリシアの中央に位置する重要建築物は、その名を『クラックム』と言う。簡単に説明すれば、このエーテル・ヴァトリシアの一切全てを管理する一種の管制塔であり、内部の有る場所には膨大なエネルギーを生産する動力源システムが存在し、そこから生産したクリーンエネルギーを都市区画の住民やフラット・アインザーの食糧として。そして都市を維持する為のエネルギーとして余分なく分配している。

 

故にこの管制塔たるクラックムの存在は重要であり、ここを管理し正しく機能させているのは、『ジオウ』というハートレスだ。

 

「ジオウ様。連れて参りました」

 

レーニェ・パイダーは自らが生成した黒い糸で気絶状態のナフェを拘束し、ジオウがいる一室へと彼女を連行。深く己が主にそう告げながら頭を下げる形で礼を取り、主の返答を待つ。

 

「ご苦労様です。では引き続き警護の任に戻りなさい」

 

「勿体無いお言葉ありがとうございます。では、これにて」

 

ジオウからの労いの言葉に対し、レーニェは感謝の言葉を一つ残してジオウのいる私室を後にする。この場に残されたのはジオウとナフェの両名のみ。

 

ジオウというハートレスの姿は、あのマネキンのハートレスたちと同じで陶器のような美白に身を包み、その頭部には太い蕾のような形状の角が3本。顔の造形は爬虫類のそれに似ているが、口と鼻らしき部分は皆無。

 

しかし、その代わりに楕円を鋭くしたような両目はあり、身体は頭を除けば人間のそれとあまり大差ない姿をしている。しかし肩から先にある筈の腕が左右共になかった。その代わりに細く硬い外骨格に覆われた四本指の手が18という数でジオウの周囲に浮遊している。その様はあのマネキンのハートレスよりも不気味なものを感じさせる。

 

そしてもう一つ目を見張る物があった。下半身がまったくないという所である。だが手と同様に浮遊しているので、移動その物に関しては問題ない。

 

とは言え、人型で下半身が無いというのは姿形に千差万別と様々であるハートレスでも、そうそうあまりない形状である。

 

「さて、ぐっすり寝ているところ悪いが、こちらにも色々と忙しいんだ。起きてもらおうか」

 

ジオウはそう言い、18ある手の内の一つをナフェの前へと近付ける。華の開花のように手を広げ翳すと、すぐにナフェに異変が起きた。

 

「………………………………こ、ここは……」

 

レーニェの杜撰で手荒な扱いでも起きなかったナフェが、容易く目を覚ましたのだ。

 

彼女の意識が覚醒したことを確認したジオウはゆっくりと彼女に語りかける。

 

「ここは君が防衛システムにハッキングを試みた建物の中さ。このエーテルス・ヴァトリシアでは『クラックム』と呼ばれる場所です」

 

紳士的ながらも威圧を孕んだ言動に素早く反応したナフェはジオウから離れるように後方の自動ドアまで跳躍。一定の距離を確保し、黒い糸の拘束を力任せに引き千切り、身の自由を開放。そしていつでも攻撃を仕掛けられるよう、ラビトスパイを展開することでジオウを完全に包囲した。

 

「やれやれ、酷い対応だね。まったく」

 

「黙れ。そして妙な行動を取るな」

 

「……本当に呆れますね。自分が優位にあると錯覚しない方がいい」

 

ジオウの漆黒とした目の中央が次第に赤く濁っていくかのように染まり、その瞬間にナフェの身体を見えない力の働きが締め付けるように縛り、彼女の行動の一切を封じてしまった。ナフェの身を締め付ける不可視の力は視認することはできないものの、その存在を肌と音で感じ取ることができ、何やら流れるような動きをしていることが分かる。

 

「ぐっ、これは……!」

 

「驚きですかな? これは『気体』という異世界の産物を用いた、他に類を見ない特別なアーマメント術式でね。私が独自に開発し、扱えるのも私1人だけという希少な代物。と、言うわけで。またしても身動きを封じられてしまったが、このような状態でもその小さな身体で虚勢を張る気かな?」

 

ジオウの言動に思わず悔しさに歯を軋ませるナフェだが、こんな事をした所で現状は覆らない。だからこそ、彼女は冷静にジオウと名乗る男に問い質す。

 

「一体何が知りたい?」

 

「ふむ。利口なのは助かる。まずは君がハクトであるのか、それともクロワなのか? と言う質問と……一体何が目的でこのエーテルス・ヴァトリシアに侵入したのか? この二つの疑問に答えてもらうとしよう」

 

無論だが、ナフェにしてみればこんな得体の知れない奴に自分が有する情報を提供する事などしたくないと言うのが本音だ。

 

しかし彼女は、総督直々に命じられた重要任務の達成と言う、使命と責任をその小さな背に乗せている。故にここで命を絶つ事さえ、ナフェ自身は容易く実行できるだろう。だがそうなっては部下達を率いる者がいなくなってしまう。側近にして同じ幹部である補佐のアウターターンとデスボッツに他者を引率する才など、こう言っては酷な話かもしれないがまったくの皆無だ。今現時点で隠密調査に当たっている部下たちもその点に関しては同じだ。

 

基本的にナフェの率いる部下達は皆、隠密工作において非常に良い優秀さを見せつけるが逆に言ってしまえば『それだけ』に過ぎない。

 

他はてんでダメな部分が多く、指揮統率など以ての外だ。それを鑑みれば自分と言うリーダーがいなくなったらどうなるのか……そう考えるだけで、お先真っ暗闇な気分の心境になって来るのも無理はないだろう。

 

それ故に相手の要求に敢えて従うと言う結論だが、ただで教えるなどハクトの幹部としてあってはならない事。教えた暁には必ず支払ってもらう気で、黙々と質問に対する答えを述べていった。

 

そう、己が命という代償を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロワとハクトの両勢力の部隊が互いに動向を見せている頃、ハクトを束ねる総督こと『ホワイト☆ロックシューター』はクシロロ大地の果て。下は一切何もなく、ただ落ちた者を飲み込まんとするかのように、無限に延々と広がる深い暗闇に浮かぶ一つの島へと訪れる形で、島の大地へと足を踏み入れていた………島の名は『グラッド・フォールン』。

 

かつて平和主義者の代表格。九つの世紀に渡り、クシロロに平和主義者たちによる文明の構築と繁栄を齎した黄金時代『ナーインゴール』の偉人たちが集会場として利用していた場所だ。

 

そんな古き歴史を持つ場所でも、今や廃墟と化し、そこにあった筈の生命の繁栄はとうに途絶えている。島にはそこら中に錆びのような物質を含んだ石像らしき物が千に近い数で溢れ返っている。

 

正確に言えば、これは石像ではなく『ハートレスの亡骸』。

 

人間は死ねば肉が腐り、やがて骨になる。それと同じように彼等も死せばこうなってしまう。物言わぬ錆びた石像のような存在へと朽ち果てた、そんな彼等が構築する光景はさながら『死後の世界』を体現したものかもしれない。

 

そんな島の北側先端に位置する場所に一際目立つ白一色の塔が聳え立っていた。高さは約76mで、その幅は17mになるその塔の頂上には広場のような場所があり、そこにホワイトはいた。

 

しかし今彼女は片膝を折り頭を下げると言う、らしくない格好でいる。何故いつも堂々と潔く、高々と傲慢ながらも美しく気高い彼女がそのような態勢でいるのか…

…理由は彼女の眼前に立つ1人の白き女性だ。

 

「大白師。ホワイト☆ロックシューターが今、ここに参上致しました」

 

「御足労をかけさせてごめんなさい。久しぶりですね、我が信頼たる愛弟子…ホワイト☆

ロックシューター」

 

優雅でお淑やかな雰囲気を醸し出すその女性は白く長い髪を持ち、頭にはぐるりと。

まるでとぐろを巻くかのように湾曲した角を持ち、全体的に羊を彷彿とさせる仕様と

なっている。

 

彼女の名は『ラム』。

 

かつて平和主義のハートレスたちの黄金時代を築き上げた、代表格たる偉人たち『7人のホワイト☆』と『8人のブラック★』により構成された組織的機関『グラン・サンドル』の一角として『ホワイト☆ラム』と。誇りと気高さを込めて『ホワイト☆』の称号で呼ばれていた者……。

 

そんな彼女が今、ホワイト☆ロックシューターを『愛弟子』と称し、親しげに会話をしているというのはどういう事であろうか。謎は深まるが、ホワイト自身はその事に関して何の疑問も抱かず当然のように答えた。

 

「ええ、本当にお久しぶりです。できれば貴方と長く語らいたいのですが……そうはいかない用件だと拝見します」

 

「……そうね。やはり貴方の目と勘は鋭いわホワイト。貴方を呼んだ理由はただ一つ、第五の大都市区画ことエーテルス・ヴァトリシアを事実上支配下に置いている『ジオウ』と言うハートレスについてと、ブラック★ゴールドソーの件について聞かせておきたいことがあります」

 

ブラック★ゴールドソー。

 

この名をホワイトは嫌と言う程に知り得ている。故に微かにだが、反射的に小さいながらもピクリと反応してしまったのも無理はない。

 

クロワの先代統率者であり、二代目統率者であるブラック★ロックシューターことステラと、ホワイト☆ロックシューターであるノーヴァの実母。

 

そして、この手で殺めた肉親だ。

 

胸中に渦巻き交錯する様々な感情を抑制し、あくまでも平然とした礼節でもってラム相手に対応する。

 

「『ジオウ』という名には聞き覚えがあります。エーテルス・ヴァトリシアを1人で築き上げ、クロワとハクトを含む、クシロロの地上で展開される様々な戦いに関して一切全てにおいて不干渉を貫いていると。以前にそう聞いたことがあります」

 

「そうです。そして私やゴールドソーと同じく『グラン・サンドル』の一員であり、ホワイト☆の称号を掲げし者。しかし奴は本来ハートレスにはない、むしろ人間がもっていて然るべきもの……『強欲』をもっていたのです」

 

「強欲、ですか」

 

「ええ。それ故に彼は『グラン・サンドル』から姿を消し去り、自分の欲望を満たす為の王国を創り上げた」

 

「それが……エーテルス・ヴァトリシアだと?」

 

 

ホワイトにとって、それは意外な情報だった。

 

ホワイトにとってエーテルス・ヴァトリシアは正直どうでもいい産物の一つに過ぎなかった。わざわざ兵力を動員してまで侵略する気などないし、何より『ゴールドソーの左腕』を回収するという、この目的以外に何か事を成す道理はない。従って今回の任務にナフェと彼女が保有する特殊工作部隊を派遣するに留めたのだ。しかしその話を聞けば彼女自身、自分の判断に一つの懸念が出て来てしまった。

 

かつてグラン・サンドルの一角であり、ホワイト☆の名を冠していた相手がエーテルス・ヴァトリシアを創り上げ、それを自分の思い通りに管理している立場の者となれば、それも仕方の無いこと。

 

「エーテルス・ヴァトリシアへと向かいなさい。ジオウを討ち滅ぼせる者はブラック★、もしくはホワイト☆の称号を有する者だけ。貴方の部下だけでは、目的の達成には至らないでしょう」

 

「………分かりました。至急向かいます」

 

「それと。ゴールドソーの一件ですが……この件が貴方を呼んだ最大の理由です」

 

しばし間を空け、そして先程から閉じていた目を力強く、真剣な赴きで開眼させる。開かれた赤き双眸にホワイトと同様の紅蓮の炎が灯る。

 

「貴方がその手で殺したブラック★ゴールドソー………彼女はまだ、生きています」

 

 

 

 








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