「なぁ、悠莉よ。今月で何人目だ?」
ある日の昼下がり、男は窓から庭を眺めながら言った。色とりどりの花が咲き誇っている花壇にジョウロで水をあげている整備部のメルトが視界に入っている。垂れ目で大人しい印象の少女だ。
「4人目となっております。旦那様」
男の横に立つ女、悠莉は淡々と答える。本日の悠莉の格好はいつもと同じメイド服。平常運転だ。対する男も上はカッターシャツ、下は黒のズボンと普通な格好だ。
「だよな。いつもはこんなに多かったっけ?」
「いえ、今月は6月ですから、その影響でしょう」
ジューンブライドと言いますし、と悠莉は付け加える。この屋敷にはおよそ悠莉やアリエス、ソラやウミも含めて数百人の人間が居る。殆どが目の前の男に『刻印』を入れられている。そんな彼女達だが、奴隷だからといって未来を奪われたわけではない。男の計らいで婚約が決まれば、屋敷から出て独立していいようになっている。ただ、奴隷の刻印は、主人が死ななければ消えず、かといって婚約相手に移譲してもトラブルの種になるため、男の奴隷という身分は常に付き纏う。
「ああ、なるほどな、納得」
うん、うん、と首を振る男。
「それにつきまして、人材不足が否めません。サラに、リリ、スミレ、それに医療部長のミライ様がいなくなったのは、大きいです。ミライ様は、何かあれば家を訪ねてもいいと仰られていましたが……」
悠莉は今月、屋敷を去って行った4人の名前を言う。
「ミライか、あいつの医療技術は神がかってたからな。だが、ちょくちょくミライのとこに行くわけにはいかないだろ。向こうには向こうの生活があるわけだし。代わりの医療部長はキリにやってもらうとして、人数は補充しないとな」
そう言って男は何処かへ電話をかけ始めた。
「響か。ああ、俺だ。明日から3日間、響の家に泊まりにいく。予定は大丈夫か?……来るのは俺一人か?って、いや、悠莉も一緒だが。……露骨に不機嫌になるなよ。……あぁもう、そういうこと冗談でもいうな。響は結婚して、旦那がいるだろ。は、何時でも離婚の準備は出来てる、……あのな、響の旦那、名前は忘れたがあれとは上手くいってないのか?なら、別に離婚する必要は無いだろ。……しょんぼりすんな。まぁ、いいや。取り敢えず明日から来るから、じゃな」
男は電話を切った。
「響のとこに泊まることになったから」
「響様なら、港町ギャリングに住んでいらっしゃいますね。あそこは確か、月の終わりに大規模な奴隷市がありましたね。ということは、そこで人員補充をするつもりですか?」
港町ギャリング、ラインストン大陸の東側、海沿いにある街で奴隷システムが始まるまでは水産業が盛んな街で有名だったこの街は奴隷システムの導入後、各大陸への玄関口として世界各地から風土品や、特産物が集まった。と、言うのは副産物の様なもので、実際に中心を占めていたのは『奴隷候補』だ。まだ、奴隷の刻印を刻まれていない一般人の中から、金銭的なトラブル、あるいは身寄りがいない子供、人攫い、そんな様々な理由を持つものが商品として売られる。勿論、政府公認の市なため罪になることはない。
「あぁ、ここ最近、『能力の覚醒』の反応は見られなかったからな。特別、行きたい場所もないし、無難にギャリングで掘り出し物を見つけるよ」
「分かりました。では、明日の泊まりの準備をして参りますので、失礼します」
悠莉はぺこりとお辞儀をして、部屋を後にした。
日付は変わり翌日。
男と悠莉は港町ギャリングへ来ていた。予定より2時間ほど遅れての到着だ。なぜなら、屋敷を出る際、アリエスやソラやウミら奴隷達に捕まってしまい、自分達を連れて行け、とせがまれたからだ。説得に説得を重ね、何とか妥協案として悠莉が、旦那様の部屋に自由に立ち入りしてもいい、と言ったのが決め手となり、彼女らは諦めてくれた。日頃、男の部屋の掃除は悠莉が行うので屋敷の他の人間が部屋に入る機会など殆ど報告がある時ぐらいだ。部屋には、ベットと机、本棚に着替えの入ったタンスぐらいしかないのに、そんな部屋に入って何が面白いのか、と男は思う。
「旦那様、奴隷の皆さんも納得されたのですし、深く検索されるのは辞めてはいかがですか?」
隣を並んで歩いている悠莉は男に釘を刺す。鈍感な旦那様は気付かれないと思いますが、奴隷の皆さんにもプライバシーというものがありますし、何より私と同じ気持ちを抱く同志のためです、と心の中で悠莉は意気込む。
「まぁ、いいけど。っと、市だな。相変わらず賑わってるな。財政界の大物に、軍事大国のトップ、あれはエルーシア王国の第一王子じゃないか?」
市場が開かれている街の中心部、広場には世界各国の衣装に身を包んだ商人や人々がいた。殆どが一般庶民だが、中には国の重鎮達の姿もちらほらある。
「貴族や王族の方々にとって奴隷市は一種の社交場のようですね。顔合わせによる交流、奴隷選びの目利き、そして、購入における財力のアピールと他の国々への威圧も含んであるいわば、公務みたいなものでしょう」
男は悠莉の話を聞きながら、ぼんやりと見渡していた。広場を囲うように建てられている建物群を背に商人達は地面に絨毯やシートを敷き、陣取っている。シルク生地の服に身を包み、金持ちの雰囲気を醸し出している商人は、客である各国の重鎮らより僅かに貧相な格好である。そして、並べられた商品。性別、年齢、体格様々だが、大抵の女性は全裸あるいは薄いボロ布で腰や胸元を隠してあるぐらいだ。中には、服に身を包んである女性もいるが、肌に痣があるなど素肌を見せれば見栄えが悪いために商人が着させているに過ぎない。男性も腰に布が巻いてあるぐらいだ。
それら商品は首から値段の書かれた木の板をぶら下げており、値段は大小様々だ。男性は20代ぐらい、顔、労働力として使えるかなどが金額をあげる要因になる。逆に子供や中年以上は平均より安い。女性も似たようなものだが、男性と違うのは子供も割りと高値で取引されることが多い。それは、一般的に男性は労働力、女性は性奴隷としての認識が強いからだ。
「旦那様、些か周りが騒がしい様ですが」
悠莉の言葉通り、男らを見る野次馬でここら一帯は溢れていた。