主人と柑橘とあせび   作:ゆきひな

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八つ目の刻印

 その二人は異常に目立っていた。

 男女のペアだ。女性のほうはそれはそれは美しい美貌を持っていた。百人の男に聞けば皆きれいだというし、同性である女性からも憧れの眼差しで見られること間違いないだろう。

 

 女性は悠莉と呼ばれていた。この世界では珍しい黒髪。それを肩の辺りまで伸ばしており、良く手入れされているのだろうサラサラと透き通るように艶やかだ。背は低め、童顔と言うのも合わさってやや幼く見えるが一つ一つの仕草は非常に品のあり上品だ。メイド服には皺一つ無く、その生地も一級品と呼ばれるものだろう。

 対して男の方は中性的な顔をしていて、男らしさのカケラも無く貧弱そうな体つきをしている。身につけている服も有名ブランドのものでは無い。それでも服自体はいいものであるがやはり隣りに立つ女性と比べれば、見劣りしてしまう。

 

 お世辞にもこの男女のペアは釣り合っているとは言えないだろう。

 

 そして、その男には女とは違い憎しみの視線が注がれていた。どうしてお前がそこにいるんだ、どうしてお前がその女性から笑顔を向けられているんだ、と。しかし、男はそれに気づいた様子は無く、女との距離が離れることはない。

 

 ふと、そんな二人に近付く影があった。

 

「やあ、御嬢さん。そんな白けた面の男より、この僕と一緒に市を回らないかい? 何なら僕が君をその男から買い取ってあげるよ」

 にこやかな笑みを浮かべ、話しかけたのはそれはそれはお金持ちの坊っちゃんと言った感じの男だった。脂ぎってテカっている肌、やや大きめの丸めがね、首のしたには蝶ネクタイがあり、お腹は少し出ている。髪型は絵に描いたような坊っちゃん刈りで、小太りな男だ。何処かの貴族なのか彼の後ろには従者と思われる黒服のスキンヘッドと、奴隷と思われる女性がいた。女性の首には黒に白のラインが入った革製の首輪があり、そこからじゃらじゃらと鎖が小太りの男の手まで伸びている。服もボロボロで所々、糸が解れており見苦しい。容姿も綺麗だと思われるが、今の彼女は憔悴して頬も痩せこけ、眼も虚ろだ。地面はコンクリートなのに靴は履いておらず、裸足と見るからに痛々しい。奴隷、正にその本来の意味を明確に表したような光景が広がっている。

 

「それで、そこのお前。いくらでこの女を僕に譲る? 金ならくれてやる。3000万でどうだ? お前の様な庶民にとっては大金だろ? 何ならもう少し増やしてやっても良い。そのお金で新しい奴隷でも買うといい」

 偉そうな言い分に外野で見ていた野次馬達も思わず眉を片方下げてしまう。そんな中、悠莉の隣りに立つ男は冷静だった。小太りの男の鼻に付く言い方もどこ吹く風だ。暖簾に腕押し。男は無視する選択肢を選ぶ。我、干渉せずとばかりに視線は市場に並ぶ商品に向けられ、品定めしている。

 

「どこの誰だか知りませんが、そんな提案をされても私は迷惑です。そもそも名前ぐらい名乗るのは最低限のマナーでしょう。そんなマナーすら守れないような人に貰われる気にもなりませんし、私は生涯、旦那様の奴隷で居続けます。それは未来永劫変わることのない確定事項ですので早急に諦めることをお勧めします」

 無視をし続ける男の代わりに悠莉が答える。その間もなお、男は一切二人のやり取りに目を向けない。そんな男の態度に腹を立てたのか、突如、小太りの男は悠里の手首を無理やり掴み自身の胸元に引き寄せた。バランスを崩しながらも後ろに佇む従者に背中を支えられ体制を整える小太りの男。一方、引き寄せられた悠莉は嫌悪感を露わにしている。男に掴まれた手首を必死に抜こうとしているが男女の力の差は埋められない。

 

「僕の名前はマルコ。ギーシュ家の三男だ。分かっているのか、上流貴族の僕がお前のような庶民を相手しているのだ。それなりの対応をするのが、礼儀だろうが。それとも貴族であるこの僕をもてなすことも出来ないのか? やはり、庶民は結局は庶民でしかないと言うことかな。まあ、いい。言葉が通じないようなら無理矢理にでもこの女は連れていくからな。この女はお前のような庶民より、貴族であるこの僕にこそ相応しい。さあ、行こう」

 マルコは男に対して一方的に侮蔑の姿勢で捲し立てると、嫌がる悠莉の手首を握る力を一層強め、歩き出した。歩調が合わず足が縺れそうになる悠莉を気に掛ける素振りすら見せない。そんな様子に野次馬達の何人かは拳を握り締めたりして怒りをぶつけようとするが、相手が貴族、それも上流貴族の名家、ギーシュ家と知り、怒りを鞘に収めるしか無かった。

 

「……おい」

 そんな中、地の底から響く様な低い声がした。男だ。その眼光は鋭く、それだけで人を殺してしまえそうだ。

 

「上流貴族だか、ギーシュ家だか知らないがそれがどうした。その程度のことでいちいち威張るな。そもそもお前の家が名家なのは先代ジョゼフ・ギーシュの功績の賜物であることをお前の様な親の七光り坊っちゃんはよく勘違いする。それとだ、別に俺のことを馬鹿にするのは構わないが、俺の奴隷に手を出すのは見逃せないな。そもそも俺は自分の奴隷を他人の奴隷にさせるつもりはない。それにうちの奴隷は、3000万なんてちんけな価値なわけ無いだろ。せめて国一つぐらい用意できたら、交渉の席についてやってもいいぞ。まぁ、お前みたいな坊っちゃんには無理な話だろうがな」

 男はマシンガントークさながらにマルコを貶す。そんな男の言葉に頭に血が上った男は悠莉の手首を掴んで居た手を乱暴に離し、男の胸倉を掴んだ。ギッと二人の視線が火花を散らす。其の間に悠莉は男の背後に回り、その背中に体を隠す。

 

「ふざけるのもいい加減にしろよ。僕は貴族、お前は庶民だ。庶民は貴族の上には立てないんだよ。そんな戯言を吐いて、強がらずに僕に素直に平伏せ。この貧乏人が」

「……マルコ様、その辺でお止めになられた方が」

 一瞬即発の雰囲気を破ったのは今まで静観していたマルコの従者のスキンヘッドの男だった。

 

「使用人のくせに何の真似だ? この僕に逆らうつもりか?」

「いえ、そういうわけではありません。マルコ様、あの女の手の甲、あれはあせびの模様です。それにあの男、件の賞金首の顔写真に似ております」

 スキンヘッドの男の言葉にみるみるマルコは顔を青ざめ、胸倉を掴む力すらも抜けてしまったようだ。

 

「きょ、今日のところは、み、見逃してやる」

 お決まりの台詞を言って、マルコは逃げるように走り去って行った。そんな中、従者のスキンヘッドの男は、悠莉達に一礼し、奴隷の女性はマルコに引き摺られる中、男の方を名残惜しそうに見ていた。

 

 

「なぁ、悠莉。賞金首ってどういうことだ?」

「さぁ?多分この間のスラム街のことではないのでしょうか?それよりも旦那様、今から市を回られますか?」

 マルコらの姿が完全に見えなくなった頃、男は口を開いた。

 

「今日はいいや。なんかやる気が下がった。今から響のとこにいって、早く休みたい」

「そうですか。では、そのように」

 男が市の出口へ向かうのを半歩後ろから悠莉はついて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

(それにしても賞金首の話題が出た時はびっくりしました。まさか、旦那様が指名手配されていたのはスラム街以前からで、その懸賞金の額が王国一つ分だとは口が裂けても旦那様に伝えるわけにはいけませんからね)

 

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