主人と柑橘とあせび   作:ゆきひな

12 / 17
九つ目の刻印

「響ぃー。いるかー」

 男はドアに向かってそう叫んだ。周囲は森に囲まれており、空気も美味しい。涼しげな風が吹き、夏の到来を予感させる。空は青く雲一つ無い。そんな青空の下、男の目の前にはログハウスが建っている。材質はほとんど木で出来ており、ウッドデッキもある。

 

「はい、今行きまーす」

 部屋の奥から女性の声がすると、ドタドタと足音が近づいて来た。隣にいる悠莉は表情一つ変えること無くドアが開くのを待っている。

 

「あ、旦那様ー、いらっしゃい。上がってくださいな」

 ドアが開き、中から甘い匂いが吹き抜けた。そして、ひょっこりと顔を出したのは黒縁メガネを掛け、長いストレートヘアーをポニーテールにした女性だ。髪の毛を結んでいるゴムは水色と白色の二色で構成され、髪の毛の根元をきゅっと絞っている。黒とベージュのボーダに鮮やかなサテン生地のオレンジのバルーンスカートという着こなしは6月のじめっとした雰囲気を吹き飛ばす元気系な印象を与える。ただ、それだけでは幼く見えるのだが、大ぶりのピアスが群と大人の魅力を引き立てている。

 

「おう、失礼するぞ」

 男は玄関で靴を脱ぎ、先に部屋に入る。続いて悠莉も入ろうとするが、玄関で男を迎え入れていた響がその存在に気が付いた。先ほどまでのにこやかな表情はなく、キッと目じりを釣り上げるその様子は黒縁眼鏡と相まって視線は鋭利な刃物と化していた。しかし、そんな刃物を寄せ付けない芯の強さを持つ悠莉はあろうことか、その刃物を素手で掴みにかかる。

 

「どうなさいました? 響さん。旦那様は部屋の奥へ行ってらっしゃいますよ。私何かに構っている場合ではないでしょう? それとも、響さんは貴方の愛しの旦那様を自宅にお招きしたのにもてなすこともできないのでしょうか?」

 この言葉に青筋が浮かぶ響であるが、内心の動揺を悟られまいとすぐに表情を戻し、部屋へと踵を返す。その後ろ姿に悠莉は懐かしさを覚えた。彼女と会ったのは2年ぶりだ。2年前まで男の奴隷として、共に奉仕していた頃を思い出させていた。響とは先程のようにたわいの無い口喧嘩をしたものである。

 

「おーい、悠里。お前も早く来いよ」

「はい、かしこまりました」

 過去に思いを馳せていた悠莉は男に呼ばれ、現代へと戻ってきた。音を立てないように男の元へ行くと、彼はリビングのソファに腰掛けている。男の正面には木製のテーブルがあり、その上には数種の花が生けられた花瓶が置いて有る。

 

「それにしても、いい感じの部屋だな。響の旦那の趣味か?」

 男は部屋を見渡して言う。白一色で統一された部屋の壁には山の絵が描かれている掛け軸が吊るされており、その下には高そうな壺もある。白色の光を放つ蛍光灯が部屋全体を照らしている。ダイニングキッチンは広めで数人の人間が同時に調理できるスペースも有り、調理器具も一通り揃っているようだ。食器棚もあり、様々な国で使われている皿が2組ずつある。

 

「えぇ。あの人は料理とか趣味ですから」

 響はそう言って、大きめのバケットを持って来た。中には輪になっているパンのようなものが入っていた。甘い匂いが漂い、白や茶色、ピンクなど色鮮やかにデコレーションされている。

 

「ドーナツって言うものです。悠莉に前に教えてもらって」

 響はそう付けたし人数分のティーカップ、中にはレモンティーをテーブルに置いて行く。

 

「へぇー、これがドーナツか。初めて見る。悠莉の生まれ故郷の料理何だろ?富士山といい、ドーナツといい俺の知らないことばかりを知ってるな。今度、連れて行ってくれよ」

「いえ、辺境の地ですのでわざわざ旦那様のお手を煩わせる訳には行けません。それに私自身、どのようにして帰るのか分かりませんから」

 悠莉はそう言いながら男の隣に座る。悠莉はこことは違う異世界から来ていた。そして、二年間この世界のとある王国の姫として君臨していたが、とある事情によりその国は地図から消えている。

 

「それよりも旦那様。早くしないと紅茶が冷めてしまいますよ」

 悠莉に言われ、それもそうだなとドーナツを口に運ぶ。その様子を緊張の眼差しで響は見ていた。手はテーブルの下でグッと握り拳を作っている。

 

「美味いな」

 男の感想に響は満開の華を咲かせる。もう一つ食べていいか、と言う男にどうぞとバケットを男の方へ寄せた。隣の悠莉も美味しいですね、とレモンティーとドーナツを交互に食す。バケットのドーナツはあっという間に無くなった。

 

「あ、そう言えば旦那様は明日も市に迎われるのですよね?誰か目星の方は見つかりましたか?」

 皿を片付けていた響は男に尋ねる。

 

「んにゃ、まだ見つからない。後二日で当たりを引くのを祈るしかないな」

 対して、男の口調は呆気ないものだ。見つかればラッキー程度だろう。

 

「それよりも響、ほれ、ちょっと早いが出産祝い」

 男はご祝儀袋を響に手渡す。袋は結構な厚さになっており、中身は相当な量だろう。

 

「こんなに悪いです」

「いや、気にすんな。ベビーカーとか服とかにしようと思ったんだが、そう言うのは響とお前の旦那で選びたいだろ。お前らの初めての子供なんだから。その金はそう言うのを買う時に使ってくれたらいいし、自分達の稼ぎで揃えたいなら、出産後に俺の奴隷達と昼でも一緒に食べる予算にでもしてくれ。あいつらも喜ぶと思う。ただ、子供の顔は落ち着いたらでいいから見せろよ。きっと響に似て可愛いんだろうな」

「ありがとうございます。奴隷である私にここまでしてくださって」

目尻から溢れてくる涙を人差し指で拭いながら、男に礼を言う響。

 

「泣くな。はい、これでお終い。俺は寝るから適当なところで起こして」

 男は耳まで真っ赤にした顔を隠すようにソファに寝転がり、背もたれの方に顔を向けるとすぅすぅと寝息を立て始める。

 

「かしこまりました」

 悠莉の声は空気と調和した。

 

 

 

 

 

 

「ところで響さん。私のレモンティーに睡眠薬を入れるとはどういうことでしょうか?一体、私を眠らせて旦那様と何をするつもりだったのでしょうか、ね?」

 メイドさんは何でも知っている。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。