主人と柑橘とあせび   作:ゆきひな

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十の刻印

「旦那様、今回も収穫は0ですか」

「あぁ、そうだな」

 夕陽が沈み始めた頃、男は帰路についていた。レンガの歩道に映る二人の影がゆらりゆらりと揺れている。一日、市場に張り付いた結果、得たものは二人に向けられる好奇な視線と男への侮蔑、そして悠莉がいかにモテるかの証拠だ。決して男が目的としていたものでは無く、虚しさだけが彼の心を苛む。

 

「明日に期待だな」

 男の呟きは風に流されて行った。

 

 

 

 

 彼女が妊娠したと知ったのはつい最近のことだ。僕はその知らせを聞いたとき、とても嬉しかった。彼女のお腹の中に新しい命があると思うと不思議な気持ちになる。昨日は出張で帰れなかったから彼女のお腹に耳を当てて早く我が子を感じたい。そう思い、帰り道を急ぐ。

 

「ふ、ふふ~ん♪」

 下手くそな鼻歌を歌いながら歩けば、目の前にはマイホーム。

 

「ただいま~」

 ドアを開ければ明かりのついた玄関が僕を迎えてくれた。そして、奥からお帰りなさい、という愛する妻の声。あぁ、幸せだ。靴を脱ぎ、部屋へ入ると僕は目を剥いた。

 

「よっ、響の旦那さん。久しぶりだな」

 骨付き肉に噛り付いている男がそこにいた。その隣にはエプロンとドレスを足したような服の美女が、控えており、男の向かいの席には愛する妻、響が笑顔を男に向けている。

 

「お、お久しぶりです」

 この人と会うのは結婚の挨拶に伺った時以来だ。隣の美女は初めて見る。

 

「まあ、緊張するな。今日はあれだ。出産祝いだ。まだ生まれてないけどな。離婚しろとかじゃないから安心しろ」

 そう言いながら、男は二本目の肉に手を伸ばす。其の間に僕は響の隣の席に座り、スーツにシワが無いかを確認し身なりを整える。

 

「それでだ、今日は聞きたいことがある」

 男はそう前置きをして言う。

 

「噂で聞いたが、奴隷を強制的に他人の奴隷にする行為が行われているらしい。主人の意思に関係無しにな。それが『奴隷システム』の不具合なのか、それとも何らかの機材を用いたものなのかは知らん。奴隷管理局に勤めている君は何か知らねえか?」

 そんな話は初耳だ。奴隷システムに不具合が起こっているという報告は無い。

 

「じゃあ、質問を変える。現段階の『奴隷システム』においてそういった強制的に主人を変えれる抜け穴はあるか?」

「分かりません。ただ、奴隷管理局の資料庫を探せば何か見つかるかもしれません」

 僕の言葉に男はうーん、と一度唸った。

 

「あまり深入りはするなよ。何か嫌な予感がする。ヤバくなったら直ぐに手を引け。お前には響と生まれてくる子供もいるんだからな」

 男の声はいつになく真剣だった。

 

 

 

 

「旦那様、奴隷市も最終日ですね」

 港町ギャリングでの奴隷市も遂に三日目。今日は一際、訪れている客の数が多かった。何故なら今日は最終日ということもあり、商品が値下げされる確率が高いからだ。奴隷を維持するのにも食費や生活費などの費用がかかるので商人にとってはあまり手元に置きたく無いのだ。というわけで、通常なら高値の商品に庶民がありつける可能性があるので毎回、最終日は混雑している。

 

「ところで、旦那様。良さそうな方は見つかりましたか?」

「ああ、今のところ3人な。あそこのターバンつけた商人が売ってる奴隷。あれはエルフだな。知能抜群、回復系の魔法も覚えるから医療部にはもってこいだろ。それと向こうにいる背の低い髭のおっさんが売ってるやつ。あそこで売られてる2人は、どっかの王族か、上流貴族の娘ってところだろ。然も、片方の藍色の髪の子は『能力の覚醒』の兆しが見え始めてる」

 男の指差す先を悠莉は順に見る。

 

 耳が細長くクリーム色の長髪の女性はエルフだ。普段露出の少ない服装を好む彼女にとって、ボロ布同然の服は露出の量は多く羞恥に頬を染めている。

 別の場所では2人の女性が売られていた。

 釣りあがった気の強そうな目、鼻は高く上唇はツンと出ている。金髪の縦ロールは陽光に照らされて光り輝いており、また、服を何も身につけさせられていないその裸体は肌ツヤも良くスタイルも抜群だ。自分が観衆の前で裸体を晒されようとも屈することない意思の強さが伺える。

 片や、カチューシャで前髪を上げ、ウェーブの掛かった藍色の髪を肩の当たりまで流している少女は行き交う人々と視線が合うたびにビクッと肩を震わせている。そのアーモンド型の瞳は潤んでいた。しかし、男の言うとおり彼女からは言葉では表し難い人を惹きつけるカリスマ的センスが感じられる。

 

「では、旦那様、あの3人をお買い上げになるのですか?」

「ああ、予算的には……」

「一億ほど用意できております。」

 悠莉は淡々とした口調で答える。男はそうか、とだけ答え背の低い髭のおっさんがいる売り場へと行く。

 

「お客さん。どうなさいました?」

 男の存在に気付いたおっさんは低い声でそう尋ねた。

 

「いや、ちょっとな奴隷を買おうと思って。何かオススメはあるか?」

 男は無知を装うために困ったように言った。

 

「オススメですか。それならこの金髪の嬢ちゃんなんてどうでしょう? かのブリタニア皇国の第6皇女様です。理由合って奴隷の身分に落ちましたが、お客さんの気にすることではありません。強きでなかなか言うことを聞かないと思いますが、そう言った女を調教するのも楽しみでありましょう?」

 おっさんは下卑た笑みを浮かべるが、男が笑わないでいたのを機嫌を損ねたと思ったのか別の奴隷を勧め出した。

 

「なら、この藍色の髪の少女はどうです? 男子禁制、女だけが住む島、女人島から攫って来たレア物だ。勿論、誰も手を加えていない初物。値段は少々張りますが、お客さんほどの方なら、大丈夫でしょう?」

 おっさんは男の隣に立つ悠莉を見て言う。男の奴隷であることを彼女の刻印から察したのだろう。商人から見てみれば黒髪を持つ悠莉はレア中のレア、最高級品とされても過言ではない。

 

「それで、いくらだ?」

「四千万でどうでしょう?」

 おっさんの提示額に男は不満の色を見せる。

 

「高くないか?」

「ならあの金髪の嬢ちゃんもいれて七千万でどうだ? こっちも商売だ。これ以上は安くはできないな。他にも買い手の当てはいるしな」

「分かった。買……ちょっと待て、あの子は?」

 男は何かに気づき、売り場の奥を指差した。青髪、それも凄く色素の薄い空色の髪を無造作に肩より少し長いぐらい伸ばされている。体の起伏は少なく、足も病的なまでに細い。その時、強い風が吹き抜けた。風が木々の枝を揺らし、葉が舞い落ちる。そんな背景の中、夏の涼しげな風が少女の髪を優しく撫でる。少女は片手で髪を抑え、目を細める。木々の隙間から差す木漏れ日が少女の端正な顔を映し出す。

 

 一枚の絵ができていた。

 

「あぁ、あれですか。あれは駄目だ。足は動かせない。だからろくに仕事もできない。それに田舎から流れて来たからか訛りも酷い。外見はいいが、やっぱり役立たずは売れないからそろそろ処分しようか迷っていたんだ。あんな価値の無いようなやつ誰が好き好んで買うんだ、って話だ。」

「……」

「もしかして気に入りましたか。お客さん。なら先程のにこいつを……」

「いや、この子だけでいい。」

 男の言葉に売り手であるおっさんは一瞬、動きを止めるがすぐに商売へと移る。

 

「では、いくらで?」

「一……だ」

 男の声は道行く外野の喋り声によって、掻き消される。

 

「百万じゃ売れないな」

「一億だ。一億でその子を買う。足りるだろ」

 男の言葉におっさんは信じられないとばかりにコクコク頷くが、悠莉が一億の入った封筒の中をおっさんに見せると飛び跳ねるように奥へと行ってしまった。

 

「良いのですか? 旦那様。一億もあればこの店の商品は全部買えましたよ。本当にお金は大事にしないといけないのに、全く愚かですね」

「うるせーな。あの子に価値が無いって言われて、イラっと来たんだよ。悪いかよ?」

「いえ、短絡的だなと。それでも、そのようにお考えになられる旦那様が私は大好きです」

 微笑む悠莉に、男は罰の悪そうに顔を背ける。

 

「旦那、こちらが商品です」

 少女を乗せた台車を押して来たおっさんはすっかり態度が変わっている。

 

「はい、金な」

 男は封筒を渡すと、少女と目線を合わせるためしゃがむ。

 

「ほれ、手を出せ。奴隷契約するぞ」

 男の出した右手を不思議そうに少女は見つめる。

 

「どうしてうちのことをあんなに高く買い取ったん?うち、足動かせんし、何もしてあげられへんよ」

 予想外の訛りに男は思わず吹き出してしまう。

 

「そんなことは無い。今、俺を笑わせた。それに他にもできる事はあるさ。だから、俺は君を買った」

 男は無邪気に笑う。それに釣られる様に少女も笑みを浮かべた。

 

「良かったぁ。うちを買ってくれたのがえぇ人みたいで。ありがとぉ」

 下に伸ばし気味のイントネーションが少女の訛りなのだろう。

 

「ほな、よろしくなぁ」

 少女は男の手に自分の手を重ねた。その瞬間二人を淡い光が包み込み、少女の手に『奴隷の刻印』を刻み込んでいく。ふわりと浮くような浮遊感に身を委ねればあっという間に光は霧散した。

 

「はい、終わり。よし、帰るか」

 男はしゃがんだまま少女に背中を向け、手を後ろにやる。いわゆるおんぶのポーズだ。ほら、乗れという言葉に初めは躊躇っていたが、やがて観念したように少女は遠慮がちに手を伸ばした。なぁ、重くない?と男の耳元で少女が囁く。少女の体は軽かった。ほとんど重さを感じさせないぐらい、それこそ、病的なまでにだ。

 

「軽いよ」

 男の言葉にホッと少女は息を吐く。

 

「なぁ、名前はなんていうんだ?」

 帰り道、男は少女に尋ねた。

 

「あんなぁ、うちの名前はな……」

 

 周囲の雑音が静まり返った。

 

「サチっていうんよ」

 男の頬を涙が伝った。

 

 

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