「お金を効率良く稼ぐにはどうしたら良いと思う?」
「そんなことを言う暇があったら働いてください、旦那様」
月が真上に登る頃、男はお叱りを受けていた。今宵の月は満月で月明かりが屋敷を照らし出す。
「でもな、一週間で二億稼げなんて無茶言われてんだぞ、俺は」
男はピースの形にして二を悠莉にアピールする。対して、お風呂上がりの悠莉は薄い黄色の花柄が描かれているパジャマ姿で男の訴えを面倒くさそうに聞いていた。
「はい? 旦那様、二億ではなく三億ですよ。それとそのお金でサチ様のために屋敷を改築されるのでしょう?旦那様にとっては嬉しい出費ですよね」
まさか集められないわけ無いですよね、と悪徳商人の様な顔はせず、悠莉は無表情で男に念を押す。男は鼻をフンっと鳴らすと、
「まぁ、サチの為なら仕方が無いな。うん、仕方無い」
納得する様に何度も首を縦に振る男に、悠莉は一枚の封筒を渡す。墨により真っ黒に塗られたそれはその上から白で髑髏が描かれていた。
「何だこれ?」
「はい、この封筒の中にはここ最近の賞金首らの情報が記してあります。懸賞金の額から、顔写真、罪状、出身地に戦闘スタイル、目撃情報など全て私と警備部のキンカ様で調べ上げたものです」
悠莉の説明を聞きながら、男は封筒から紙を取り出す。紙の左上に写真が載ってあり、その隣に名前や懸賞金の額、年齢などの大まかなプロフィールが乗ってあり、下に細かい情報が書かれていた。
「よく調べ上げたな。“銀銃士”みたいな中堅から大物クラスの“緋色の剣士”、“拳王”に公式で指名手配発表されていない“不死鳥”、“白の姫”、“全喰い”まで。一体どんな情報網を使って手に入れたんだ? まぁ、キンカのことだ、犯罪スレスレなんだろ?」
男はパラパラと書類を見ながら、悠莉に言う。彼女は提灯のような光源を手にしており、闇夜に光を差し文面を浮かび上がらせていた。二人の影が瓦屋根の上で踊っている。風は涼しく、二人の頬を優しく撫でる。
「いえ、犯罪スレスレなど御冗談を。犯罪スレスレではなく、列記とした犯罪ですよ。まぁ、旦那様の前にはこの世界の法など無意味ですので構いませんよね? それに私とキンカ様にかかれば裏の情報など筒抜け、旦那様のエロ本の隠し場所も筒抜けですよ」
「ちょっと待て。は? エロ本だと。んな物、買った覚えはないぞ。」
男は自身は無実だとばかりに両手を挙げてアピールする。悠莉は、そうでしたかね? と小首をかしげた。
「はて、会議室からこの間出てきた艶本、『巨乳女学生のそこまで魅せちゃう?』というタイトルからも旦那様の趣向にあったものだと思ったのですが。旦那様以外にこの屋敷には男性の方はいませんし、女性、それもそう言ったものに興味のありそうな方は裁縫部のネルさんぐらいですしね。ですが、あの方は巨乳派ではなく貧乳好きだったのでこの本には興味のない筈ですが、まあ、いいでしょう。深くは検索しないでおきます」
ちらりと艶本をチラつかせながら悠莉は話す。その本の表紙は教室と思われる場所で着崩れた制服を身につけた女性が女の子座りで上目遣いをしているものだった。その本が悠莉の手により仕舞われるのを男は横目で確認すると、気怠そうに口を開いた。
「ネルね。あいつはそういえば筋金入りのレズだったな。男の俺には全然懐かない。セントルチア女学院では大規模な派閥を作って崇められているとネルの担任から連絡を受けたし、俺はあいつの将来が心配になるよ」
「それは、ネルさんの人の心を掌握するカリスマ性が成せる技ではないでしょうか? まぁ、性癖があれなのはどうかと思いますが、それも個性と思えば」
悠莉の考えに、「嫌、それはないだろう」と男はぼそりと漏らす。瓦に映る影が轟と揺れた。悠莉が提灯を持つ手を変えたからだ。
「旦那様。そろそろ行かれてはどうですか?」
「あぁ、分かってるよ」
男は書類を封筒に戻し、それを片手に闇夜に消え去る。何時の間にかピタリと風は止んでいた。
闇夜に紅の花が咲いた。一つ、二つ、三つ。飛び散る鮮血が地に叩きつけられ、染めていく。聞こえるのは断末魔の悲鳴。倒れ伏すのは苦悶の表情を浮かべた男達。男達の体には一本の切り傷が付けられており、そこから液体が溢れ出している。緩やかに流れ出るそれはじわりと広がり加速していく。
キラリと薄暗く狭い路地裏に一つの輝きが生まれた。刃だ。日本刀が上下に振られ、血が跳飛ぶ。それを手にした男は鞘に刀を納める。カチンと小気味良い音が響いた。口を真一門に結ぶ男からは表情が読み取れないが、その緋色の瞳が存在感を強調している。腰にぶら下げた刀は妖刀『桜花』と呼ばれるもので、その刀の危険度はSランクとされている。
ふと、緋色の瞳が闇を捉えた。射抜くような視線が闇に形を与えていく。
「お前が“緋色の剣士”だよな。うん、間違いない。資料通りだな。懸賞金は8000万か」
小柄で中性的な顔立ちをした男が口を開いた。お世辞にも強そうという雰囲気は微塵も無い。男は手元の書類と目の前の“緋色の剣士”を交互に見比べている。対して、通り名を呼ばれた“緋色の剣士”が取った行動は単純だった。鞘に収めた刀を抜き、一閃、男の首を跳ねたのだ。どさりと重たい音が路地裏に響き渡る。
「おいおい、いきなりだな。痛いじゃねぇか」
体から分離した筈の生首が言葉を発した。薄ら笑いを浮かべた男の表情には焦りも苦しみも無い。体の方は地に足を付け、仁王立ちの状態だ。
「貴様、妖術使いか。気味が悪い」
“緋色の剣士”は顔をしかめた。妖術の類は世間一般から見て余り好印象を持たれるものでは無い。内容は呪いや、幻覚など負の要素が大きく、その効力も強いものがほとんどだ。だが、その分、術者は高いリスクを背負うため、妖術に手を出すものは極僅かである。それに何より、一般人から見たら気味が悪いの一言に限るだろう。
「うーん、妖術とは違うがまぁいいか。それより俺は今、金が欲しいんだよ。それでお前は8000万払えるの? 払えるなら見逃してやるよ。払えないなら、分かるよな?」
ニヤリと悪どい笑みを浮かべて、男は言う。“緋色の剣士”は柄を握る手に力を込めたが、ガサガサと言う路地裏にの奥からの足音に意識が向かう。
「ご、御主人様。そ、そんな首だけのじょ、状態ではは、迫力無いですぅ……」
闇夜にもう一つ影が揺らめいた。体をビクビクさせ、自信なさげに伏せられた目は恐る恐る男の顔色を伺う。その様は小動物を連想させる。メイド服に身を包んだ少女の名はチユと言う。料理部に所属している朱色の髪をハート型の可愛らしいヘアピンで右に止めているチユは恐る恐る、男の首を持ち上げた。緊張で手がプルプル震えているが落とさないように指先に力を入れている。
「助かったよ、チユ。体のとこまで運んでくれ。」
首だけの男の指示に従い、チユは仁王立ちの体に近付き、背伸びをしてその生首を元の場所に戻した。切断面同士がくっ付き、皮の下の筋肉が蠢いて、線が無くなっていく。男は首を回して、“緋色の剣士”を見た。
「返答は払えない、でいいよな。じゃ、その首、貰い受けるぜ」
ニヤリと男は笑う。それを最後に“緋色の剣士”の意識は深い闇の底に落ちて行った。