主人と柑橘とあせび   作:ゆきひな

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五つ目の刻印

 うー、にゃー。

 どこかで猫の声が聞こえた。

 

 うぅ……あぁ……。

 ここではうめき声しか聞こえない。地に伏せるのは、人、人、人。泥と、真っ赤な血に浮かぶそれらは惨劇としか言いようがなかった。

 

「兄様、終わりました」

「兄ちゃん、あたしの活躍見てくれた!?」

 ニコリと双子の少女、ソラとウミは己が主に笑顔を向ける。二人の体には傷一つなく、返り血すら浴びていない。二人が持つそれぞれの武器には血がべっとりと付いており、鉄さびのにおいと女性特有の甘い匂いが不協和音を奏でている。殺し合い、というより一方的な殺戮を行ったとは思えないほど清々しい無邪気な笑顔を浮かべていた。

 

 歪。それが似合いすぎていた。

 

「腕を上げた様だな。ソラ、ウミ」

 男はそんな二人を褒める。その言葉を受けて二人はますます破顔した。

 

「ただ、ちっとばかし詰めが甘かったな」

 男は倒れ伏している人間の一人を見る。その眼はどこまでも冷え切っており屋敷にいる男の瞳とは全く違っていた。

 

「……あぁ、思い出したぜ……」

 荒く息を吐きながら、そいつは立ち上がる。己が武器である大剣を杖代わりにしてやっと立っていられるほど、そいつは追い詰められていたが、それでも、ソラとウミを相手にして立ち上がれるだけそれなりの強さをもっているのだろう。まぁ、それなりだが。と男はぼんやりと思っていた。確かにそいつは『シザー』のリーダーを名乗っていたと思う。懸賞金は600万ぐらいと、一般家庭の平均年収ぐらいだ。

 

「異能の名家『黒森』。数年前まで軍事商業の市場を牛耳っていたが、実際はその独自の異能で功績を築き上げた一族。だが、つい最近、ばったりと『黒森』の存在もその異能も消えた。そう思ってたんだが、まさかその生き残りがいたとはな……」

 『シザー』のリーダーはくつくつと笑い声を漏らす。

 

「合成と分解を司る一族、それも双子か……。くくく、愉快、ゆか……」

 そいつの体がビクンビクンと突然痙攣した。黒目が上に上がり、やがて白目になる。口をぽっかりとあけ、その端からは涎が伝っている。

 

「……うるさい」

 ぽつりと『シザー』のリーダーの背後から不機嫌な声が聞こえた。『シザー』のリーダーの胸からは一本の手が生えていた。じわりじわりと服を赤に染め上げていく。親指以外の四本の指をぴったりと合わせて手刀の形にした手は極限まで鍛え上げられた一本の刃物と化していた。じわりじわりと服を赤に染め上げていく。

 

「あいつらは今は『黒森』の人間じゃない。俺の奴隷だ」

 男は捻るようにして胸を貫いている手を抜き取り、自身の手に付いた生臭い血を振り払う。それと同時支えを失った『シザー』のリーダーの体は重力に従い崩れ落ちる。

 

 死体と化したそれを冷ややかな眼で見る男。

 

「兄様……」

「兄ちゃん……」

 双子が肩を震わしながら目の前の光景を見ていることに気づき、柔らかな表情に切り替わった。

 

「あぁ、悪い。スイッチが入っちまった」

 後頭部を描きながら男は申し訳なさそうに言う。先程までの嫌な感じは全く無くなっていた。

 

「いえ、兄様がそうなった時に止めるのも私達の役目」

「兄ちゃん、ごめんね……」

 二人とも謝罪の言葉を述べ、場の空気が重くなる。それを察したのか男は、さっさと悠莉を連れて帰るぞ、と言ってとっとと歩いて行ってしまう。

 

 二人は先を行く男の背中を追いかけながら自分達の不甲斐なさを悔やんでいた。自分達を闇から救い出してくれた男に何をすることができるのだろうか。やはり、自分らでは男の隣りには立てないのか。

 そして、脳裏に一人の女性が思い浮かんだ。黒髪セミロング、私達も着用しているメイド服を優雅に着こなす悠莉様。私達が男の次に尊敬する方であり、いつも男の隣りにいる女性。そんな位置(ポジション)に居られる悠莉様を羨み、妬んだことも一時期あったが、悠莉様はそんな私達の気持ちをすべて受け止めた上で、男の近くにいさせてくれた。悠莉様が男の隣りに立っていられる存在であるということが私達との決定的な差なのだろう。

 

 先程の旦那様の暴走も悠莉様なら容易く鎮めることが出来たに違いない。多分同じ能力者同士だから分かるがそこに悠莉様の能力は関係なく、それ以外の思いとか気持ちとかで成せる技なのだろう。とソラとウミは考える。

 

「あ、旦那様~」

 数キロほど歩いたところで、男を呼ぶ声が聞こえた。元気そうに手を振るその姿を見て男の頬が緩んだ。いつも通りの悠莉が、男の元に駆け寄って来ていた。

 

「大丈夫だったか?」

 男は悠莉を手元に引き寄せると、確認するように問いかけた。ペタペタと悠莉に触れ怪我をしていないかを確かめる。怪我が無いのを確認すると、ホッと安堵の息を漏らした。

 

「……ちょっといい?」

 男が安心したのを見計らったようにタイミング良く、男に声をかけた者がいた。女の子という表現が正しい少女は平均より細身。髪の色は灰色で、お世辞にも綺麗とは言い難い。顔は整っているのだが、そこには表情と呼べるものが無かった。能面と言う表現がぴったりなほど喋る時の口の動き以外は一切動いていないように見えるのだ。服はここスラム街から東に行った『学問の街ジェレニウム』のセントルチア女学院の制服の物だろう。淡いクリーム色のニットに半袖のワイシャツ、膝より短いスカートに黒のニーソックスという出で立ちだ。半袖シャツから伸びる腕は、病的なほどに細く、そして青白かった。

 

「旦那様、こちらの方が私をここまで案内してくださいました」

 悠莉は二人の間に立ち、男に少女を紹介する。

 

「……別にそういうわけじゃない。貴方達には早急にここから立ち去って欲しいだけ」

 少女は顔色一つ変えること無く、開口一番そう切り出した。そのダークグリーンの瞳からは妙な威圧感が漂っている。その言葉を受け、男の表情は一瞬曇るが、すぐに元の表情に戻る。

 

「あぁ、分かった。すぐにここを出る。悠莉を助けてくれてありがとな」

 男の返答にソラとウミは物言いたげな顔をするが、その口からは言葉を発することは無かった。男は踵を返し立ち去っていく。それを黙って、少女は見送るのだった。

 

 

 

 

 

「兄様、良かったのですか?」

 帰り道、男にソラが耳打ちをした。どうやら先ほどの女の提案を了承した男の態度を怪しんでいるようだ。

 

「良いんだよ。あれと揉めると厄介なことになる。それに向こうは向こうでこれ以上、自分たちの領域を荒らされるのを危惧しているんだろ。別に向こうから喧嘩を吹っ掛けてこなければ荒らしはしないっていうのにさ。まぁ、ともかくだ、今は大人しく帰るよ」

 男はそう言って、ソラの頭をぽんぽんと優しく触る。

 

「あぁ~、ソラだけずるい。兄ちゃん、あたしも」

「旦那様、私にもお願いします」

 頬を染めるソラの様子に気が付いたウミと悠莉が距離を詰めてくるが、男は面倒くさいと言わんばかりにずんずんと進んでいく。

 

「今日の晩飯が楽しみだ」

 男は茜色の空に向かって、そう呟いた。夕日が照らし出す地面には四つの影が重なり揺れていた。

 

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