一話 報われない恋のはじまり
「じゃあな、悠馬。向こうの学校に行っても俺らのバンドは不滅だからな」
「大げさだよ、大悟。そりゃあ駒王からじゃ毎日は難しいけど、休みの日くらいは顔を出すさ」
暑い暑い夏の終わり。
駅のホームにはラフな格好をした3人の若者が集まっていた。彼らはバンドを組んでいる高校生で、若いながらも地元ではちょっとした人気のあるグループだった。
そんな彼らがここにやってきたのは、これから地元を去るメンバーを見送るためである。
「みんな見送りに来てくれてありがとな。帰ってきたらお土産の一つでも持って行くよ」
「お土産? 彼女の間違いじゃないのか」
「余計なお世話だよ、ヨシ」
「とか言っちゃって。むっつりな悠馬のことだからどうせ俺らがいないからってハメ外すんじゃないのか? ……ハメだけに」
「翔……、そのドヤ顔はやめた方がいいと思うぞ。まじきもいから」
甲高い汽笛の音が鳴り、電車のドアが閉められた。そしてゆっくりと電車が動き出す。
悠馬は窓から顔を出し、だんだん離れていく彼らに手を振った。
「じゃあな。みんなも達者で」
悠馬は親友たちが見えなくなると座席に腰を下ろした。そして鞄に入れていた駒王学園パンフレットを手に取り、眺め始める。
彼、月城悠馬は高校二年の9月に隣県の私立駒王学園に転校するのだ。
駒王学園はもともと女子校で、つい最近共学になったばかりの学園である。そのためいささか女子比率が高い。
彼の友人曰く『何そのシチュエーション。ハーレムじゃん! 俺も行きたい!』だそうだ。
しかし同時に女の子が多いということはそれだけ気を遣う。少しでも下手な発言をしたら次の日からは白い目で見られるのだ。どちらかと言うと、悠馬は女子が多いことにあまり喜びを見出せる方ではなかった。
(まぁ、何とかなるか)
とは言っても多少女子の人数が多いくらいである。そこまで思い詰めて考えることでもない。
ぱらぱらと駒王学園のパンフレットを読んでいるうちに、まもなく駒王に到着する旨のアナウンスが流れた。
悠馬は荷物を下ろそうと立ち上がると、うっかりパンフレットを落としてしまった。パンフレットはぺしゃりと音を立て、開かれたまま床へと落ちる。
悠馬はため息を吐きながら落ちたパンフレットを拾い上げた。開かれたページには格調高雅な校舎が載っており、右端に写っていた
◇
夏休みが明けた9月の初日。
多くの生徒たちが長い休みが終わりを迎えたことを嘆くなか、駒王学園2年A組に転校生がやってきた。
転校生とは月城悠馬のことである。
「はい。じゃあお待ちかねの転校生を紹介します。月城君、入ってらっしゃい」
担任教諭の声を受け、悠馬は教室に入る。
世話焼きな彼の友人が言うに、自己紹介はいい印象を持ってもらうよりインパクトが大事とのこと。だから開口一番には下ネタを連発しろ、と。それだけインパクトが大きければそれだけ覚えてもらえるというわけだ。
しかしそれは男社会での話。悠馬は駒王学園が前の学校とは違い共学であることを理解しているし、その友人はろくなことを言わないことも熟知している。
そのため悠馬は突飛なことをしなかった。平凡に登場し、そこそこ整った字で黒板に名前を書き、ありきたりな自己紹介をした。
正直、悠馬はファースト・コンタクトでクラスメートからそこまで注目されたいとは思っていなかった。最悪、三年生に上がるまでに覚えてもらえればそれでいいのである。
しかしそれでも教室からは女子の黄色い声が上がった。
悠馬は女性が男性に望む理想身長ほどに背が高く、顔立ちも悪くはなかったのだ。もちろん、学園が誇る1年のイケメン王子には負けるかもしれないけど、学年では間違いなく上位に食い込むだろう。
そして好きなことは歌うことで前の学校ではバンドを組んでいた、とつけ加えればなおさらに歓声が大きくなった。
「みんな静かに。転校生が来たからって騒ぎすぎよ。月城くんの席はあそこの空いているところね。みんな仲良くするように」
女子からの熱い眼差しと男子からの羨望と嫉妬の視線を受けながら、悠馬は自分の席へと歩む。前が男子校だっただけに、クラスメートからぶつけられる感情にはなかなかに戸惑った。
そしてゆっくりと自席に着き、ふと、悠馬は窓際を見やった。
するとそこにはパンフレットに写っていた
しかし彼女はクラスの視線を集める転校生など全く歯牙にもかけず、ただ窓の外を眺めているだけだった。
「よぉ、イケメン転校生。我が駒王学園はどうだい」
「悠馬でいいよ。えっと君は?」
始業のあいさつも終わりを迎え、訪れた休み時間。転校してきた悠馬のもとには好奇心旺盛な男子たちが集まった。本当のところは女子たちも集まりたがったが、まずは遠くから様子見である。
「俺は北川
晶は茶色い髪を掻きあげた。
彼の第一印象は誰が見てもチャラいと評価するだろう。中身もそれに伴って少々チャラい。一応はサッカー部の中で一番うまいものの、その見た目と性格が災いし、部長にはなれなかった男だ。その結果には本人も納得はしている。
「悠馬はさ、どこか部活に入るの?」
「んー、部活は特に考えてないかな」
ちなみに前の学校では悠馬は写真部であった。とは言っても主にバンドをしていたため、人数合わせで名簿に載った幽霊部員なのであったのだが。
するとどこからか背の高い男が割り込んできた。
「なら! ならバスケ部はどうかな悠馬くん!」
「おい健。お前二言目にはすぐそれだよな……」
晶は呆れ混じりにため息をついた。
彼、
彼の所属する駒王学園男子バスケ部は深刻な部員不足に苛まされている。というのも、駒王学園は男子生徒が少なく、運動が得意な生徒は強豪であり周りからちやほやされるサッカーやテニス、野球にいってしまう。そのため人気の少ないバスケ部の部長である彼は日頃無所属の生徒を見つけてはそう頼み込んでいるのだ。
「健くんだっけ? ごめんね。僕向こうの友達とバンド組んでるから部活に入る予定ないんだ」
「そ、そっか……」
悠馬は健には劣るが背も高くポテンシャルも十分だった。もしバスケ部に入れることができればきっと部も強くなるに違いない。そう淡い期待を抱いていた健はあからさまに気落ちした。
「そう落ち込むなって。ほら、支取さんも見てるぞ」
「えっまじで!?」
健はすぐさま振り返る。彼はその支取蒼那という少女のことが大好きなのである。
しかしその視線の先にいた黒髪で眼鏡をした女生徒はただ静かに本を読んでいた。健たちのことなど気にも留めずに。
たわいもない冗談に喜々として反応した健を見て、近くにいた男子も遠くから眺めていた女子も思わず吹き出した。ちなみに健が蒼那のことが好きだということは周知の事実である。
「……おい、晶。後で覚えとけよ」
「悪い悪い、そう怒るなって。ところで悠馬、このクラスの女子たち見てどう思う?」
健の怒りを軽く受け流し、近くの男子にしか聞こえない声で晶は囁いた。
「そうだね。前が男子校だったからなんか新鮮な感じがするね。男子よりも女子の割合が多いし。それとやけにこのクラスかわいい子多くない?」
「だろだろ! この2年A組は全学年全クラスで最も恵まれた教室なんだ!」
まるで自分事のように晶は息巻いた。それには周りの男子も賛同する。
「学園でミスコンなんか開かれたら間違いなく上位陣はうちのクラスが占めるだろうよ。そして何といってもこのクラスには学園一のマドンナがいてだな」
そう言って晶は窓際に視線を移した。その先には悠馬が
「ほら、あの赤髪の子がそうだ。やばいだろう? 何がやばいって何もかもがやばいだろう? リアス・グレモリーって言ってな、学園が抱える最高戦力みたいなもんだよ」
リアスはふと騒いでいる悠馬たちを見やった。男たちは学園のマドンナと目を合わせられたことに鼻の下を伸ばしつつも、手を振って応える。リアスは軽く微笑むとまた窓を眺め直した。
「グレモリーさん、外ばっかり眺めてるけど何かあったの?」
悠馬はぼそりと隣にいた健に耳打ちした。
「さぁ? いつもだったら支取さんや姫島さんとしゃべってるような感じだけど」
「夏休みに何かあったんじゃねぇの。つーか、もしかして悠馬リアスに一目ぼれしちゃった感じ?」
「いや、別にそういう訳じゃないけど……」
「ならいいんだけどさ。リアスに告白した男子は二桁を超えるんだけどよ、今までに成功した奴はいないんだぜ。かく言う俺も断られちまったんだけど。だからまぁ、あまり期待しない方がいいぜ」
そりゃそうだ、と悠馬は思った。
あんな絶世と形容しても良いような美人に釣り合う男なんてそうそういるわけがない。少なくとも悠馬は自分ならいける、などという自惚れなど抱くことはなかった。
(だけど何だろうな……。彼女を見てると心がざわつくと言うか……)
しかしそんなほのかな淡い感情を抱いた。
悠馬はもう一度リアスがこっちを見てくれないかな、と思った。
◇
その日の放課後、悠馬は校舎内をあてもなく歩いていた。
クラスメートたちからは『うちの部活に見学に来ないか』と誘われていたのだが、悠馬はやんわりと断った。悠馬はまだまだ隣県の友人たちとバンドをやりたいと思っている。だから部活に入る気などなかった。
しかしこのまますぐに帰宅するのも気が引けた。今すぐ帰っても何もすることなどないのだ。
そこで悠馬は気の向くままの校舎探索を行うことにした。
行き先はグラウンドに家庭科室、図書室、野球グラウンドなどなど。実にさまざまであった。
そしてあらかた校舎を見て回った悠馬は最後に屋上へと足を運ぶ。最近は自殺防止のため、屋上に入れない学校も多いと聞くが、当駒王学園はそんなことはなく、不用心にも扉の鍵が開いていた。
悠馬はそのまま屋上へと出る。すると奥の柵で一人の女子生徒がたそがれていた。その生徒は一度見たら忘れないだろう燃えるような紅い髪を持つ生徒だった。
「リアス・グレモリー……さん?」
悠馬はぼそりとつぶやいた。
「あら……、あなたは確か転校生の……」
リアスが悠馬の方を振り向いた。小さな声でつぶやいたつもりだったのに、まさか気付くとは思わなくて悠馬は少しだけ驚いた。
「月城悠馬だよ」
「ごめんなさい。私あまり人の名前覚えるの得意じゃなくて……」
「別に気にしてないよ」
悠馬はリアスの方へと歩み、横に並んだ。
「ところで転校生のあなたがどうしてこんなところに?」
「暇だったからね。ちょっと校舎の中を探検してたんだ」
「そう……」
「僕の前いた学校は屋上に入ることができなくてね。こうして屋上に出入りできるってちょっとした憧れだったよ。けれど思っていた以上に殺風景なんだね。ここは」
「そうね……」
「だけど静かでとても落ち着けそうないい場所だ」
「ええ」
リアスの対応は素っ気ないものだった。悠馬は何とか会話を続けようと言葉を紡いだ。
「ところでさ、グレモリーさん。あそこにある建物って何なの?」
「あれ? あれは旧校舎よ」
「旧校舎かぁ……。今はもう使われていないの」
「いえ、今はオカルト研究部が使わせてもらっているわ」
「確か……、グレモリーさんはオカルト研究部だったよね」
オカルト研究部。
リアスは悠馬の問いに言葉を詰まらせた。
「ええ……」
「今日は部活休みなの?」
「いえ、ただ今日は気分的に行きたくないだけ……」
「そうなんだ……」
確か休み時間に晶が言っていた。夏休みに何かあったんじゃないか、と。
悠馬は何となくだがリアスの元気がない理由はオカ研にあるのではないかと推測した。今思えば教室で外を眺めていた時も、その先に旧校舎があった気がする。
気分の暗いリアスを何とか元気づけようと悠馬は考える。とは言っても同じ部活でもなく、今日来たばかりの転校生である悠馬では、リアスに何て言えばいいのかなんてわかるはずがない。それに何があったのかなんて無粋なことを聞くほど悠馬は無神経でもなかった。
そこで悠馬はポケットからそっとミュージックプレイヤーを取り出し、リアスに掲げた。
「僕さ、何か悩みごとがあったりすると音楽を聴くんだ。音楽を聴いてると今悩んでることなんてちっぽけなことだって思えてくるんだ。どう? グレモリーさんも聴いてみない?」
悠馬はイヤホンの片方をリアスに差し出した。
「……ありがとう」
ぼんやりとリアスは悠馬からイヤホンを受け取った。何となく、リアスは悠馬が自分をどうにか元気づけようとしているのを感じたのかもしれない。
リアスがイヤホンを取り付けたのを見ると、悠馬は再生ボタンを押す。そしてコードを伝って二人に音が伝わった。
「初めて聞く曲だわ。これ」
「そりゃそうだろうね。これは僕たちのバンドが作った曲だから」
「そういえば月城くん、バンドをやっているって言ってたわね。じゃあもしかしてこの声は……」
「うん、僕が歌っているんだ」
それから4分ほど、二人は静かに曲を聴き、そしてミュージックプレイヤーの再生が止まった。
「いい曲だったわ」
「そう言ってくれると嬉しいよ。少しは気分が晴れたかい?」
「ええ、おかげさまで」
そう言って、リアスは背中を預けるように柵に寄りかかった。
悠馬はリアスの横顔を見る。まだまだわがだまりのある表情をしていたが、さっきよりかはだいぶマシになったのかもしれない。
「リアス、ここにいたのですか。探しましたよ」
するといつのまにか屋上の中心部に、同じクラスでオカルト研究部に所属している姫島朱乃が立っていた。
急な出来事に悠馬は目を白黒させる。ずっと後ろを向いて気付かないならともかく、悠馬は少し視線をリアスに外していただけだった。にも関わらず悠馬は朱乃がいつ入って来たのか知覚することができなかったのだ。
しかしリアスは特に驚く様子もなく彼女の方へ歩み出した。
「さっきはありがとね、月城くん。私やっぱり今日は部活に行ってくるわ。じゃあ、また明日」
リアスは紅髪を靡かせて朱乃と一緒に屋上から出ていった。
悠馬はリアスの後ろ姿をただただ眺めていた。
ご読了ありがとうございます。
何となく恋愛を書いてみたく思った今作品。
書けば書くほどいろいろなシチュエーションが浮かんで収集がつかない
というのが恋愛ジャンルの難しいところなのだと実感してしまいます。
タイピングする速度が止まらないうちに完成圏内まで進めたいものです。