九話 条件
月日が流れ4月の初旬。
駒王学園は新学期を入り、卒業生を輩出するとともに元気に溢れるばかりの新入生を迎え入れた。
もちろん新学期になったことで影響を受けるのは卒業生や新入生だけではない。在校生たちも学年が上がり、そしてクラスも変更されるのだ。
前年度悠馬はリアスと同じクラスであったが、この年はリアスとは違うクラスへと配属されることとなった。
「何だ悠馬。やっぱりリアスさんと違うクラスになったのはがっかりなのか?」
「……」
新学期初日、机にうつむいていた悠馬に話しかけたのは、同じクラスになった折谷健だった。
「まぁ、そんなこともあるさ。けれどまぁ、修学旅行の運がここに来てこうもはたらくとは思わなかったぜ。あの時一緒になれたお前らは離れ離れで、一回も同じペアになれなかた俺と蒼那さんはこうして同じクラスになれたんだ。やっぱり運命感じちゃうぜ」
「……あの時のことまだ根に持っていたんだ」
「おうよ」
悠馬と同じクラスになったのは彼の目の前にいる折谷健と、彼の意中の女子生徒である支取蒼那。チャラチャラしつつも悠馬のことをアシストしてくれた北村晶は悠馬たちと一つ隣のクラス、そしてリアスと朱乃と一緒に悠馬たちの教室から最も離れたクラスになっていた。
「ところでよ悠馬。お前ホワイトデーの日リアスさんに告白したって聞いてたけどどうだったんだよ?」
「その話か……」
どこから知ったのやら、健は
「……結局言えなかったよ」
「えっ言えなかったの? それはヘタレすぎないか……。悠馬らしくもない」
「違うんだ……。その……言おうとしたらリアスが急にどこかに行っちゃって」
悠馬は弱弱しくそう答えた。
あの時、間違いなく悠馬はリアスに告白しようとした。勝率なんてわからなかったけれど、悠馬は覚悟を決めてあの場に立っていたのである。
しかし結果はどうであろうか。いざ告白しようとしたら、リアスは悠馬を残して走り去てしまった。いい意味で捉えれば、リアスは恥ずかしがってその場を離れたと考えることができる。しかし逆に、リアスは悠馬に異性ではなく友達としての関係を求めていて、その言葉を聞きたくなかったから逃げたということも考えられた。
「それは何というか……あれだな……。けどよ、その後リアスさんに何か連絡でも取ったのか? もしかしたら本当に何かあったのかもしれないし」
「取ったさ。だけどあの時の話はなかなか切り出せるものじゃないし、それに何だか急に彼女との距離が離れたように感じるんだ」
「距離が離れた?」
悠馬はあの日以降、リアスと何度かメールをした。しかし返ってくる答えはどれも素っ気のないもので、どこかに行こうと誘ってもやんわりと断られるだけだった。
「それってもしかして嫌われちゃったんじゃねえの?」
「そうなの……かな……」
健はただ冗談でそう言った。しかし彼の予想を大きく超えて悠馬は落ち込んでしまった。瞳に生気はなく、まるでこの世の終わりであるかのような表情をしていた。
「じょ、冗談だって悠馬! きっとただお前の気持ちに気付いていないだけだって! ほら! リアスさんって何だか浮世離れしている感じだからさ、すごい鈍感なんだって!」
「そうかな……」
「そうだろ! いやそうに決まってる! だからさ、もっと熱いパッションをリアスさんにぶつけろよ! そしたら今度こそは伝わるって! 俺だって今もこうして蒼那さんとまた同じクラスになれたんだぜ!」
最後のことは関係ない。しかし確かにもう終わったものと決まったわけではないとは悠馬も思った。しっかりとしたセリフをまだ彼女から聞いていないのだ。ならまだ可能性というのは残されているのだろう。
「けどそうは言っても僕とリアスはクラスも離れちゃったわけだし、会う機会なんてもうなかなか……」
かつてクラスが同じだった時は休み時間に話しかけたり、学校後に一緒に帰ることができた。しかしクラスが異なってしまっては彼女と接点というものがほとんどないのだった。
「ならさ、リアスさんと同じ部活に入ればいいんじゃない?」
「同じ部活に?」
「おうよ。同じ部活なら一緒にいられて一緒に何かに取り組んだりもできるし、青春できるじゃん」
「けど僕はオカルトにはあまり興味はないんだけど……」
「そんなの関係ない! 大切なのは愛だ!!」
健は言い切った。高校入ってから今まで蒼那にあきらめずアプローチしてきた彼の言葉には不思議と貫禄のようなものが込められていた。
「……そうかもしれないね。ありがとう健。ちょっと考えてみるよ」
◇
新しい年度が始まってから数日。
リアス・グレモリーはオカルト研究部の部室の部長席でぼんやりと物思いに更けていた。特にやることがなく手持ち無沙汰なのであった。
以前までだったら屋上にでも赴いて悠馬と一緒に音楽でも聴いていただろう。しかしあの一件以来、彼女は悠馬から距離を置いていた。彼になるべく関わらないように、避けていたといってもいい。
クラス分けの時も教師の判断上リアスは悠馬と一緒になる予定だった。しかしリアスはグレモリーの名を使い、彼とクラスを別にするようにした。
本来ならば直接彼を振れば万事解決するものだろう。しかしリアスはそれができなかった。リアスはもう一度彼の口から告白の言葉が出てくるのが怖かった。彼の目を見てしっかりと振ることができるか分からなかった。
だからリアスは彼から離れることで自然に離れてくれることを願った。それがきっとお互いにとって最善の道に違いなかった。
「失礼します。部長に会いたいという人がいるのですが」
その時、淡々とした口調でやってきたのはリアスの眷属の一人、塔城小猫だった。銀色の髪をしていて見た目は小柄で華奢。新入生ながらその愛らしく幼げな風貌から多くの生徒に学園のマスコットと見なされつつある少女である。しかしその実、
「えっと小猫。その人ってどなたかしら」
この日この時間に訪ねてくる人物などリアスに心当たりはない。
そう思い、リアスが椅子から立ち上がると、小猫の後ろから一人の男子生徒が部室に入ってきた。
「久しぶりだね、リアス」
リアスはその生徒の姿を見て、表情を強張らせた。
オカルト研究部にやってきたのはリアスがまさに距離を置き続けていた生徒、月城悠馬だった。
悠馬は室内に入るとリアスの方へと歩みを進める。
「ここがリアスの所属しているオカルト研究部か。本とかもいっぱいあってすごい本格的なんだね」
「何の用かしら悠馬。今は部活中なのだけど」
リアスは強めの口調で悠馬を咎めた。
今はメンバーもあまり集まっておらず特に何も活動していなかったのだが、とにかくリアスは悠馬を追い返そうとした。彼女は彼から距離を置くことを覚悟したのだから。
「部活中……?」
しかし悠馬は流し目で、小猫のことを見る。
小猫は悠馬を連れてきた後、もう任務が終わったとばかりにソファに座り、皿に盛られていたドーナツを頬張り始めていた。
一般的にオカルト研究部がどういう活動をするのかはあまり知られていない。しかし少なくともそれは可愛い女の子がソファでお菓子を食べる行為ではないことは誰にとっても明白なことだ。
自身の発言の信憑性が薄れそうになったリアスはドーナツをむしゃむしゃと食べている小猫に視線を送って訴える。何か部活動っぽいことをしなさい、と。
しかしそれに何を勘違いしたのか、小猫はこくりと頷きドーナツを持って立ち上がった。
「あの……これどうぞ」
「あ、ありがとう……」
小猫はおずおずと悠馬にドーナツを渡した。いやそれは違うでしょう、リアスは心の中で叫んだ。
しかし小猫は以前朱乃から彼がリアスと仲の良い友達であることを聞かされていた。だから何かもてなしなさいということなのかと間違えてしまったのだった。
そして小猫は何やら覚悟みたいなのを決めていそうな悠馬のことを察して彼女なりに気を利かせ部室から出て行った。
小猫は空気も読める実に有能極まるリアスの眷属なのである。
「えっと、今って大丈夫かな」
「……ええ」
リアスはここにきて急に胸が張り裂けそうな気分になった。
前回告白してきた男の子と図らずとも二人きりになってしまったのだからそれは当然かもしれない。
しかしリアスはどんなことがあっても彼と結ばれてはいけなかった。悠馬は人間でリアスは悪魔。決して交わってはいけない。それはお互いがどう想おうが関係のない、不変の原理なのだから。
リアスはわざと機嫌が悪く見えるようにふてぶてしく自分の席に座りなおした。少なくともこうしておけば告白なんてできないだろうという打算も込めて。
「実はね、リアス――」
すると悠馬は頬を掻き、懐から何かを出そうとした。
リアスはその光景にあるデジャヴが頭をよぎった。それはホワイトデーのあの時、悠馬からペンダントを受け取ったものと酷似していた。
「プ、プレゼントはもう大丈夫よ! もう間に合ってるから!」
「えっ?」
おそらくはプレゼントを拒否しようと出た言葉なのだろう。しかしよほどテンパっていたのか、リアスは理解に苦しむ言葉を口にした。
急なことに悠馬としてもしばらく固まってしまった。それは彼の想いが届いていたのか届いていないのか測りかねる発言でもあった。
「あ、いえ。何でもないわよ」
「そ、そう……」
リアスは急いで冷静さを取り戻した。
悠馬はそんな彼女を見て、リアスにはまだ告白するのには早いと思い直す。何の因果か二人きりになれたのだからどさくさに紛れて告白しなおせるのではないかと考えていたのだが、彼女の警戒心が思ったよりも高かった。これでは前回の二の舞になってしまうかもしれない。
そのため悠馬は兼ねての計画通り、胸ポケットに入れていた一通の封筒をリアスのデスクに載せた。
「リアス、僕をオカルト研究部に入れてくれないだろうか」
「……えっ?」
デスクに載せられたのは悠馬がオカルト研究部に入ることを志願する入部届。
悠馬は健と話した後、何度も考えリアスと一緒になるためにオカルト研究部に入ることを決めたのだった。理由は不純かもしれないが、彼はオカ研でやっていく気概と決意だけは誰にも負けないつもりだった。
「そ、そんなの駄目よ! 何言ってるのよ!」
「どうしてかな? 部活に入るのに特別な理由が必要なのかい?」
「うっ……。だいたい悠馬は三年生でしょ!? 今更部活に入ってどうするのよ!」
「リアスも知ってるでしょ? ちょうど僕たちのバンドが休止しちゃったから今やることがなくてね。だから別のことにチャレンジしようかなって思ったんだ」
「だからって……」
リアスは言葉を詰まらせた。
ここに悠馬を入れるわけにはいかない。そもそもこのオカルト研究部はリアスたち悪魔の活動拠点だ。そんなところに彼を入れるなどもはや本末転倒だろう。
「……どうしてよ。どうしてうちの部活なの?」
リアスは恐る恐る聞く。
「えっと……、実は僕、今まで言っていなかったんだけど実はすごいオカルト好きなんだ! ネッシーとかチュパカブラとか大好きなんだ!」
「……」
悠馬の発言はあまりにも無理矢理なもので条件反射で嘘だとわかるものであった。彼は冗談は好きでも嘘は好きでないのでしょうがないことだろう。
「悠馬、私たちは本気でやってるのよ。残念だけどオカルトに対して信念のない人には入ってもらうことはできないの」
リアスは先ほど彼の前で黙々とドーナツを食べていた小猫を思い浮かべたが、すぐさま打ち消した。あれはノーカンである。
「嘘なんかじゃないさ! 僕は本当にオカルト研究部に入りたいんだ!」
「ふーん。そうなの」
確かに悠馬はオカルトに興味があるかと言われたら実際ない。けれどオカルト研究部に入りたいという気持ちだけは本気ではあった。
リアスは悠馬の瞳を見る。おそらくはそう簡単には引き下がらないだろう。
「ならそうね。そこまで言うのなら条件があるわ」
「条件……?」
「そう、条件。オカルト研究部に入りたいのなら宇宙人でも幽霊でも何か超自然的なものをスクープしてきなさい。それでこそオカ研の部員と言えるわ」
「そんなこと……」
「そんなことできないですって? あら、それは不思議ね。オカルトに興味があるならむしろ燃えることなんじゃないかしら?」
それは人間の一般的な感覚からしたら無理難題にしか聞こえないものだった。普通の人間はそんなもの存在するなんて考えもしないのだから。
悠馬ももちろんそう言った常識的な考えの持ち主である。しかし売り言葉に買い言葉。ここまで言われてしまっては彼としても引き下がることなんてできなかった。
「分かったよリアス。必ずや見つけてみせるから。けれど本当に見つけて来たら絶対に入れてくれるね?」
「ふふ、もちろんよ。楽しみにしているわ」
「それは良かった。じゃあ何かあったらまた来るよ」
リアスはそうして強がりながら出ていった悠馬をただ無言で見送った。
結局は条件付きで入部を認めることになってしまったけれど、ただの人間がそう簡単に怪奇に出会うことはまずない。だから悠馬が次にオカ研の部室に来ることなんてありえないのである。
リアスはそう思っていた。
だけどそれが彼を取り返しのつかない道に引きずり込むことになるだなんて、彼女はこの時知る由もなかった。
・小猫ちゃんかわいい ペロペロ
・オカ研≠S○S団なので注意
ある程度話がまとまってきたので更新再開です。
今後の更新方針などは活動報告で。