悪魔に恋した代償は   作:きまぐれアップル

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十話 壊れる日常

 悠馬がオカルト研究部を訪れて数日。

 彼はリアスとの約束通りオカルト的存在を見つけるべく試行錯誤を繰り返した。

  まず手始めに悠馬は駒王の図書館でオカルト関連の本を読み進めた。オカルトに関する造詣を深めることはもちろん、駒王の民俗学の文献を紐解き目ぼしい情報も集めた。だが当然知識を得ても超常現象などという曖昧なものを探す手がかりにはならなかった。怪奇図鑑に妖怪の習性が載っていたとしてもどこで会えるかなんて書かれてなどいないのである。

 次に悠馬はネット上にあるオカルトサイトから近場の心霊スポットを探すことにした。はったりに近い情報ばかりではあったものの他に行く当てもなかった悠馬は手あたり次第に突撃していった。しかしいくら探し回っても当然見つけることはできなかった。パワースポットとされていた場所はただの噂好きの観光スポットであったり、幽霊が出ると評判だった墓地は夜泣きのうるさい野良猫の溜まり場にすぎなかった。

 もし超常現象が彼にあっさり見つけられる程度のものだったらテレビにうさんくさい霊媒師など存在するわけがないのである。

 

 

 

 

 

「なんだ悠馬。まだリアスさんのお題をあきらめていなかったのか。いい加減方向性ってものを見直したらどうだ? いくらなんでもそんな無茶難題できるわけがないだろう」

 

 ぼんやりと教室の窓際でたそがれていた悠馬に健が話しかける。疲れ切った悠馬の視線の先にはオカルト研究部の拠点である旧校舎があった。

 

「無茶じゃないさ……。リアスが部活に所属してまで入れ込むくらいなんだから、僕たちが気付かないだけであるはずさ。きっと……」

「……悠馬、お前本当にそう思っているのか?」

「……」

 

 実際に超常現象が存在すると思っているか?

 正直な話、悠馬はそんなもの存在するなんて本気では思ってはいない。リアスに挑戦状をたたきつけられた時、彼はただ衝動的に引き受けたにすぎなかったのだから当然だろう。普通ならそう思って当たり前である。

 しかし悠馬はここで引き下がりたくなかった。それは彼女の前で啖呵を切って言ったのだから、男としてこのまま正直に引くことができないというプライドもある。しかし何よりももしここであきらめてしまったら、もう二度と彼女と関わることができないのではないかという不安が強かった。

 

「リアスさんをあきらめたくない気持ちは分からなくはないけどよ、何も部活に入ることがすべてじゃないんじゃねえか? そりゃあ部活に入ったらどうか何て言ったのは俺だよ。だけどさすがにずっとこのまま探しっぱなしっていうのもまずいだろう?」

「そうかもしれないけど……」

 

 悠馬はクマができた目を押さえうつむく。

 彼はもう高校三年生で来年には大学受験を控えている。バンドを休止したからといって放課後は決して暇になるということはなく、何時間も受験勉強に充てている。そして同時に超常現象探しを行っているため、どうしても睡眠時間を削ってしまっているのである。

 

「だけどもうすぐ見つかる気がするんだ。あとちょっとな感じがする……気がするんだよ」

「悠馬……、スマホゲー中毒者と似たようなこと言ってるぞ……」

 

 健は大きくため息をついた。

 彼も悠馬と同じく恋に焦がれた青春を持つ高校生。自分の親友がだんだんと病んできたということは見て取れたが、その心情がまったく理解できないというわけではない。

 

「けどまぁ、そこまで言うのなら俺は止めはしないけれどよ、あんま無理だけはするなよ」

「うん、大丈夫だよ健」

 

 若干疲れの見える笑みを浮かべる悠馬。

 健は少し彼のことが不安になった。こういう顔をするやつは十中八九無理をしているのである。健はハードな運動部を束ねる部長なだけあって、部員たちがそういう顔をして倒れかけたところを何度も見たことがあった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 そしてその夜、悠馬はオカルトを探しにとある廃屋に来ていた。

 たまたま見つけた心霊サイトに、この廃屋で一家心中した家主夫人の叫び声が夜中に聞こえることがあると書かれていたのだ。場所は少々町のはずれにある場所で、自宅から自転車でいけなくはない距離だった。よくあるデマにも似た書き込みなのだが、その手の噂をしらみつぶしに探している悠馬としては放っておくことはできなかった。

 

 悠馬は廃屋着くとカバンの中からデジタルカメラと懐中電灯を取り出す。そして息を吐き出し意を決して廃屋の中へ入った。

 廃屋内はもうずいぶんと前に廃棄されたのか、いたるところが埃をかぶっており、塗装もところどころ剥がれていた。床もだいぶ傷んでいて歩くたびにミシリッと音を立てる。

 悠馬は高鳴る鼓動を抑え懐中電灯を持って暗い室内を一部屋一部屋回っていく。そのオカルトサイトの噂によると、この廃屋に入ったっきり出てこなかった人もいるそうだ。所詮は噂とはいえ、悠馬は慎重に進んでいく。実際に幽霊がいなくても、こうした人気のないところにはならず者たちが集まっていることだってあるのである。

 

 しかし結局悠馬は怪しいものを一つとして見つけることはなかった。時折聞こえる物音はライトに驚いたネズミであったり、血のりかと思った壁の汚れはただのペンキであったり……。中高生が盛り上がれる肝試しにはぴったりの場所ではあるものの、ただそれだけであった。

 

(ここもまた外れなのだろうな……)

 

 悠馬は部屋にあった机の上に腰を下ろした。超常現象を見つけるために今までいくつもこうしたスポットを回っていたが、どうやらここもそれらと同じくデマだったのだろう。人の寄り付かないこうしたところにはそうした噂がつくのはつきものなのだから。

 

 ふと悠馬は首にぶら下げていたカメラのデータを確認した。

 そこには今まで撮った似非心霊スポットの写真の他に、バンドのメンバーと一緒に撮った写真や晶や健と撮った写真、そして修学旅行の時にリアスと一緒に撮った写真が入っていた。

 悠馬はそれを見てしみじみと思ってしまう。

 いつかまたあの頃のようにリアスといられる日が来ないものかと。リアスはここ最近悠馬のことを避けていた。事情の知らない彼からすれば、それは突然のことであり素直に腹に落ちるものではない。

 それ故に彼女と一緒にいたいという想いだけがただただ募る一方だった。

 

 

 

 そして時刻が夜の11時を指し示し、悠馬はゆっくりと立ち上がる。

 時間もだいぶ過ぎ去り、成果らしきものが特になかったため悠馬はもう帰るつもりでいた。明日もまた学校であり、無理は禁物である。それは友人の健から言われたことだ。

 

 ――きゃあああああっっ!

 

 しかしその時であった。

 まだ足を踏み入れていない部屋から急に女性の叫び声が聞こえてきた。突然のことに悠馬はびくりと肩を震わせた。

 

(これってもしかしたら――)

 

 確か掲示板の書き込みには夜な夜な女性の叫び声が聞こえるという噂が載っていた。ならば今の叫び声は心霊サイトの言う通りオカルト現象なのかもしれない。

 悠馬はそう思い、デジタルカメラを構え、声の聞こえるもとへと駆け出した。

 

 

 

 

 

 悠馬が叫び声のした部屋にむかうと、そこには一人の女性が立ち尽くしていた。悠馬は目を凝らす。薄暗く全貌が見えないものの、彼女は幽霊のように半透明ではなく、人間らしいしっかりとした存在感を放っていた。

 

 しかし、奇妙な点が一つ。

 女性は何も身に纏うことがなく、ただただ裸で立っていた。

 

 悠馬は思わず赤面するも、もしかしたら不埒な輩に襲われ身ぐるみを剥がされたのかもしれないと考え至る。何せここは誰も足を踏み入れない廃屋だ。それをいいことに悪さをするやつがいてもおかしくはないのである。

 だから悠馬は動揺しつつも女性のもとへと駆けようとした。

 

 だがその時、悠馬は誤ってカメラのシャッターを押してしまった。カメラのまぶしいフラッシュが室内に瞬いた。

 

「あっごめんなさい……」

 

 悠馬はすぐさま先ほど撮った写真を消そうとカメラを操作する。さすがに思春期真っ盛りの少年だからと言って、見ず知らずの裸の女性を撮ることに罪悪感を覚えないことはない。

 

「えっ――」

 

 しかし悠馬は誤って撮ってしまった写真を見て言葉を失った。

 目の前の女性はただの非力な裸の女性なのだと思っていた。しかしフラッシュが焚かれ全貌が見える写真ではどうだろうか。

 その女性の下半身は人間らしい足ではなく、何の生物のものか想像もできない巨大な異形の足。上半身が人間で下半身がその他の生物と言われればケンタウロスを思い浮かべるかもしれないが、少なくとも目の前の存在はただただ醜悪な化け物であった。

 

「見たわね?」

 

 妖艶な声を発し、化け物、もといはぐれ悪魔バイザーは舌をなめずった。

 彼女は自身の破壊欲求を満たすため主のもとから逃亡したはぐれ悪魔。駒王に来たのはつい最近ではあるものの、すでに何人もの人間をその胃に取り込んでいた。

 

「あなた美味しそうな匂いがするわ。いったいどんな味がするのかしらね」

 

 バイザーは人間で言う下腹部に当たるところにある巨大な口を悠馬に見せつける。その口は人ひとりを簡単に丸呑みできる大きさであり、人間を意図も容易く砕くことのできる牙がいくつもついていた。

 

 ――逃げなきゃ……喰い殺されるっ!!

 

 悠馬はすぐさまに後ろを振り返り、出口に向かって走った。

 

「せっかく出会った極上の餌何だから逃がすわけないじゃない」

 

 しかしバイザーは女性らしい豊かな胸部から魔法陣を発生させると、扉に向かって強烈な酸を放出させる。扉はジュウジュウと音をあげて溶けだし、瞬く間に扉は素手で触ることができない状態と化してしまった。

 

「そんな……」

 

 出口を塞がれた悠馬は茫然とした。

 こんな化け物と真正面から戦って勝てるわけがない。ここで悠馬が取るべき手段は逃げの一手のみだった。だがその希望は容易く断たされてしまった。

 

 そして目の前の凶悪な化け物は悠長に待ってなどくれない。

 バイザーはその下半身部である異形の肉体についた肥大した右腕を悠馬めがけて振りかざしてきた。

 悠馬はそれを横に大きく飛んで避ける。振りかざされた腕は悠馬にこそ当たることはなかったが、彼の持っていたカメラを吹き飛ばした。

 

「よく避けたわねぇ。たいていの人間は一撃で終わっちゃうのに。やっぱり活きがいいのかしら?」

 

 バイザーは引き続き二撃三撃と腕を振りかざしていく。悠馬は必死にそれらの攻撃を体を何度も転がしながら避け続けた。

 しかし悪魔であるバイザーと非力な人間である悠馬。この二者を比べたとき、どちらの体力が持つかなど火を見るよりも明らかであった。

 

「あっ――」

 

 疲労がピークに達した時、悠馬は足をほつらせ倒れた。

 そしてそのチャンスをむざむざ逃すバイザーではない。彼女はハエを潰すかのように、倒れ伏した悠馬に狙いを定め腕を大きく振り上げた――。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 その日リアスははぐれ悪魔が見つかったとの連絡を受けて眷属とともにその現場へと向かった。

 新学期となって久しぶりに討伐するはぐれ悪魔。リアスはこの機会をつい最近眷属となった兵藤一誠のよい経験になると踏んでいた。

 

 しかし魔法陣を使って現場へ転移した時、そんな考えはすぐに吹き飛んだ。

 はぐれ悪魔がいるとされていた廃屋から大きな戦闘音が聞こえたのである。考えられるのははぐれ悪魔が何者かと争っているということか、今まさに人間を襲っているということかの二つ。第三者による強い魔力が感じられないことから後者である確率が非常に高かった。

 

「佑斗!」

「了解です部長」

 

 リアスはすぐさまに騎士(ナイト)の眷属、木場佑斗に急いで向かうよう声をかけた。佑斗は速さを誇る騎士(ナイト)。佑斗はまるで消えたかのようなスピードで廃屋へと入っていった。

 

「こ、これってどういう状況何ですか部長!?」

「緊急事態よ、一誠。おそらく中ではぐれ悪魔に人が襲われてるの。他のみんなも急いでいくわよ!」

 

 

 

 先に颯爽と駆け出した佑斗に続いてリアスたちもなりふりかまわず廃屋のなかへと入っていく。

 入り組んだ室内を抜け、戦闘が行われている場所へ向かうと、そこには巨大な腕を切り落とされたはぐれ悪魔バイザーと、襲われていたであろう人間を抱えた佑斗の姿があった。

 

「部長! ケガはしていますが襲われていた人は無事です!」

「ありがとう佑斗。あなたはその人を持って安全なところへ」

 

 リアスはバイザーがつけた戦闘痕を見る。ところどころ壁や床が陥没していたところから、襲われていた人間はずいぶんと長い間バイザーから逃げ続けることができたのだろう。凶悪な悪魔相手にそこまで持つなんて本当に運のいい人間だ。おかげでギリギリのところで佑斗が駆けつけて救うことができた。

 

「朱乃、小猫。遠慮しないでやってちょうだい!」

 

 小猫と朱乃はこくりと頷く。

 

「舐めるな!!」

 

 佑斗に腕を切り飛ばされたバイザーは怒りの矛先を小猫と朱乃に向け突進する。人間の数倍もあるその体躯からのぶちかましは大型トラックに轢かれるのと同義だ。

 しかし小猫は無言で眷属たちの前に立つと、いとも簡単にバイザーを素手で止めてしまった。彼女は怪力を誇る戦車(ルーク)の眷属。このような芸当は彼女にとって朝飯前であった。

 

 小猫は掴んだバイザーを持ち上げ、床に思い切り叩きつける。大地を震わすその衝撃には化け物じみた体を持つバイザーとてただで立ち上がることはできない。

 そして小猫が相手をしていた隙に魔力を溜めていた朱乃はここぞとばかりに得意の雷が込められた魔力をぶつける。朱乃の苛烈なまでの雷はバイザーを黒く焼くまで続き、バイザーは早々に虫の息となった。

 

「す、すげえ……」

 

 瞬く間に巨大な悪魔をダウンさせた同僚たちに、新人の一誠は感嘆の声を上げる。一方リアスは事が事だけに、余裕をもって一誠を指導するようなことはせず、ただ早く終わらせることを選んだ。

 

「チェックメイトよ、バイザー。私の管轄で悪さをした罪、万死に値するわ」

 

 リアスはそう告げ、倒れ伏しているバイザーに膨大な魔力をぶつけた。リアスの魔力の性質は破滅。それゆえにその魔力を被ったバイザーは塵も残さず消えることとなった。

 

 

 

 

 

「すげぇよ、部長! 俺もそのうちみんなみたいに強くなれるんすか!?」

 

 討伐完了後、初めての悪魔の戦闘を見た一誠は興奮気味にリアスに話かけた。今まで人間として日常を過ごしていた彼にとってこの超常の戦いは夢にまで見たものであった。

 

「それはあなた次第よ、一誠。だからこれからも精進するようにね」

「あはは……、そうっすよね」

 

 死人も無事出ず、早急に討伐することができたリアスは肩の荷を下ろし息をつく。とりあえず最悪の事態は免れることはできた。

 そして次には助けた人の処理をするのである。具体的に言うと、治療や記憶操作等々だ。

 

 するとリアスはふと戦場に転がっていたカメラを見つけた。リアスはそのカメラを手に取ると電源を入れて起動させた。

 

「何をやっているんですか、部長?」

「カメラの中の証拠を消すのよ。魔力で人の記憶は操作できてもこういったものは残るからね」

「へぇ、そんなことまでやるんですか」

 

 一誠の質問に答え、リアスはカメラのデータを一枚一枚チェックする。そのカメラにはこの廃屋の写真以外にも数多くの心霊スポットらしき場所のデータがあった。

 リアスはこのカメラの持ち主をいわゆるオカルトマニアだと推測する。こういった輩は進んで怪しい場所に潜りこむ。この地を管理するリアスのような悪魔からしたら厄介この上ない存在だ。

 リアスは他にも何か危ないものを撮っていないかデータを見続けた。

 

「えっ――」

 

 しかしあるところでリアスの手の動きが止まった。リアスは一気に血の気が引いたように顔色を青くさせた。

 リアスが見つけたのは一枚の写真のデータ。そこには一人の男の子と、自分の姿。それは紛れもなく修学旅行の時、リアスが月城悠馬と撮ったものだった。

 

「どうしたんですか部長? そんな怖い顔して」

 

 リアスは一誠の問いに答えず、襲われていた人間を保護していた佑斗のところへ走った。そんなはずありえない。あれが彼のはずがない。彼はただの人間だ。だから悪魔に関わっているわけがない。いや、関わってはいけないのである。

 

 しかしそんなリアスの期待は儚く散った。リアスは彼の顔を見た途端、膝から崩れ落ちた。

 

「嘘でしょ……。悠馬……。何で……」

 

 

 

 狂った歯車は、もう戻らない。

 

 

 

 

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