「――僕はディオドラ・アスタロト。リアス・グレモリーと同じ、正真正銘の悪魔さ」
突如姿を現したディオドラ・アスタロトと名乗る悪魔に、悠馬は思わず身構えた。見た目は感じのよい優しそうな青年。しかし彼は間違いなく今自らを悪魔と名乗り、悪魔の羽をはばたかせた。
それに“アスタロト”という名前。悠馬はオカルト探求をしていくなかでその名に身に覚えがあった。“グレモリー”と同じく数々のグリモワールに記載されていると言われる大悪魔の一柱だ。
「そう身構えなくてもいいよ、月城悠馬くん」
「何で……僕の名前を……?」
「それは僕が悪魔だからさ」
ディオドラは柔らかく微笑んだ。彼は悪魔だと言った。しかし彼のその表情は世に言う悪魔とは無縁で、清々しく爽やかであった。
「君は確かリアス・グレモリーに悪魔になることを願い、断れたんだよね?」
「え、ええ……」
「ならその願い、この僕、ディオドラ・アスタロトが叶えてあげようじゃないか」
「えっ――」
悠馬は唖然とした。会って間もない悪魔に、悪魔になりたいという無謀な願いを聞き入れてくれると言われたのだ。
「えっと……」
「つまり、この僕が君を眷属に迎え入れようということだよ」
「あなたが……僕を……?」
悠馬とディオドラは間違いなく初対面である。それにも関わらず眷属への申し入れを受けた。悠馬はますます混乱した。
「だけど僕なんかを眷属にしても何のメリットが? 僕は力なんてないし悪魔らしいことなんて――」
「悠馬くん。君は何か勘違いをしていないかな? 悪魔になるのに力何て関係ないよ。そりゃあ眷属に力を求める悪魔は多いさ。しかし何よりも大事なのは主と眷属との信頼なんだ。グレモリーは肝心なところが分かっていないみたいだね」
「けれどそれでどうして僕なんかを……?」
恐る恐る悠馬はディオドラを見上げる。
初対面で評価をいただけることは光栄なことではあるものの、悠馬は彼が言うその信頼を得た記憶などないからだ。
「簡単な話さ。君は恋した悪魔のためだけに種族の壁を越えようとしているのだろう? はたから見れば愚か者と罵られる行為だろうけど、僕はそんな奴、嫌いじゃないんだ。そういう純粋な想いを持っている愚か者こそ信頼に足る爆発力というものを持っているからね」
ディオドラは心の底から嬉しそうにそう話した。
不思議と落ち着くその声に、悠馬は自然と納得してしまった。
「だけどあなたの眷属になった場合、逆にリアスと離れてしまうのでは?」
「おやおや、君に眷属悪魔を持ち掛けたやつはずいぶんと迂闊なんだね。確かに眷属はその主のために尽くさなければならないよ。それは絶対条件だ。だけど下積みを重ね力を持った悪魔は主のもとから独立することができる。それに場合によってはグレモリーと眷属のトレードだって行うことができるんだ。だからすぐには無理だろうけど、チャンスはたくさんあるのさ。――人間のままでいるよりはね」
そういえば、と悠馬は兵藤一誠の言っていたことを思い出す。一誠はなし崩し的に悪魔になった人間。そうした境遇の中でも彼はいずれ独立して己の眷属を女性悪魔で固めてハーレム王になるという夢みていた。
「……けれど本当にそう簡単に僕を眷属にしていいんですか?」
「もちろん、ただで眷属にすることはできない」
ディオドラは細めていた目をわずかに見開かせた。少しばかり見えたその瞳は蛇のようなどう猛さと鋭さを内包していた。
「実はね、僕もまた君と同じ種族を超えた恋をしているんだよ」
「あなたも……?」
「そう。ずいぶん前に傷ついて倒れていた時、ある人間の女の子が僕を看病してくれたんだよ。その子、悪魔の宿敵である教会のシスターにも関わらずね。その時種族に関係なく誠心誠意尽くしてくれた彼女、アーシアに僕は恋してしまったんだ」
ディオドラはしみじみとした口調で言葉を紡ぐ。
「しかし悪魔の身である僕を看病したせいでアーシアは教会を追い出されてね。そして今まさに堕天使に目を付けられて彼らの贄とされようとしているんだ。アーシアは教会の聖女とまで言われた女の子だからね。堕ちた天使が行う儀式の贄にぴったりなんだ。僕は堕天使に囚われた彼女を救いたい。だから君に助力を
悠馬は目の前の悪魔と自分を照らし合わせた。いくつも状況が違うが、自身と同じく種族が違うゆえに翻弄された身。悠馬にとってディオドラのことは他人ごとではないような気がした。
「けれど僕には大した力何て……。同じ悪魔であるリアスに協力を願った方が……」
「いや、それはできないんだ。アーシアは元とは言え教会のシスター。それを悪魔が助けるなんて持ってのほかなんだ。それに僕はこっそりアーシアをつけていたからここグレモリーの領地に許可なく侵入していることになっている。だからできるだけ彼女には隠密に動かないといけない」
「だったら僕は何を……?」
「おそらく堕天使たちの生贄の儀式はもう止められない。僕の力でも止められるかどうか……。だから苦肉の策になってしまうけどその儀式で死んでしまったアーシアを悪魔に転生させて助け出す。君には彼女の死体を回収してきて欲しいんだ」
悠馬はぶるりと体を震わせた。
悪魔に転生したという一誠は一度死んだ上で悪魔になったという。悪魔にとって生き死には人間が考えるよりも軽いものなのかもしれない。
しかし悠馬はこれまで平和に過ごしてきた紛れもない人間だ。少し前にはぐれ悪魔と命をやり取りをしていたとしてもその事実に変わりはない。
悠馬はそのシスターの死体を運ぶという役割に息をのむ。本当にそんなことをしていいのかと。
だが悠馬は手を強く握って体の震えを止めさせた。確かに悪いことかもしれない。けれど失うはずの命を生き返らせることができるのだ。一誠だって生き返らせてもらったと言っていた。だったら大丈夫なはずだ。そう悠馬は自分に言い聞かせた。
「……分かりました」
「そうか。ありがとう。僕と同じ悩みを持つ君ならそう言ってくれると思ったよ」
悠馬の肩にディオドラの手が乗せられる。その手は人間のものよりも幾分も冷たかった。
「一応君には認識阻害の術をかけておくよ。そこそこの実力のやつなら君のことは見えもしないさ。だけど絶対じゃないから気をつけて行動してくれ」
「分かりました」
「それと一つ注意してもらいたいのだけど……」
「注意ですか……?」
「万が一、グレモリーたちが教会にやってきた時だ。堕天使どもはこの地を管理するグレモリーにもちょっかいを出している。だからもしかしたらグレモリーたちが教会に乗り込んでくるかもしれない。そうなったら彼女たちよりも早くアーシアを取り押さえてくれ。もし彼女たちが先にアーシアを見つけてしまったら僕ではどうにもできなくなってしまう」
悠馬は渋るように黙った。
リアスは悠馬に力のない人間を転生させることはないと言った。だからただのシスター、それも悪魔と対なす人物を転生させて助けるということは考えにくかった。
そして同時にそういったドライなところも悪魔ならではなのかと思い、胸が少しだけ傷んだ。そこのところが自分と彼女の違うところなのかもしれない。
しかし悠馬がシスターを救えば何もかも問題ないのである。要は堕天使たちにもリアスたちにも見つからないように、そして早くシスターを運ぶ。そうすれば何もかもが上手くいくのだ。
「……分かりました」
◇
ディオドラからアーシアの顔写真を受け取り、悠馬はすぐさまそのアーシアがピンチに陥っているという教会に向かった。
しかしいざ悠馬が教会に着いてみると、教会の扉は無残にも破壊されていた。何者かがすでに突入したということだ。
「リアスたち……、なのか……?」
悠馬はゆっくりと教会の中に入った。
内部はまるで台風でも吹いたかのようにあらゆるものが散乱しており、壁には切り傷や銃撃の痕のようなものがいくつもついていた。おそらくリアスたちと堕天使に与する者とが争ったのだろう。
そして奥を見ると地下へと続く階段があった。普段は隠されていたような様子を見るとこの教会の秘密の場所にちがいない。アーシアは堕天使による儀式の生贄にされると悠馬は聞いた。だからその先できっと良からぬことが起こっていると悠馬は予測する。
悠馬はいち早くアーシアを回収しなければならないと思った。
しかしその時、誰かが階段を急いで駆け上がる音が聞こえた。悠馬は急いで散乱した瓦礫の影に隠れた。
階段から現れたのは兵藤一誠だった。彼は力なくうずくまる一人の少女を抱えていた。それは悠馬が探していたシスター、アーシア・アルジェントだった。
一誠はアーシアを教会の席に寝かせ、涙を浮かべた
「――アーシア……。何で死ななきゃならないんだよ……。悪魔だって治してくれる優しい子なのに何で死ななきゃならないんだよっ!! 助けてくれよ! 神様っ!!!」
一誠の悲痛な叫び声が教会内をこだまする。
一誠は一度教会の人間に殺されそうになった時、アーシアにかばわれ助けられたことがあった。そして彼女と再会した時、彼女のその優しさと純粋さに惚れた。
一誠は堕天使に神器を奪われ殺されるところにあったアーシアを救うため、仲間を引き連れ堕天使の拠点である教会に突撃した。しかし一誠は一歩間に合わず、一誠の目の前で神器を強引に取り出す儀式が行われ、彼女は神器を奪われ死んでしまった。
「――悪魔が神に懺悔? たちの悪い冗談ね」
するとアーシアから神器を奪い殺した堕天使、レイナーレが一誠の前に姿を現した。
悠馬は彼女を見て鳥肌を立てる。彼女の見た目は美しい黒髪に抜群のスタイルをした美女。しかしその美しい姿に内包されている悪意と殺意は以前に彼が対峙したバイザーよりもけた違いに大きかった。
レイナーレの挑発に、一誠は左腕に神器を展開させてレイナーレに突撃した。レイナーレはそれを軽やかに躱し、一誠はなおも彼女に向かってこぶしを振るい続ける。
そんな二人の戦闘を警戒しつつ、悠馬は倒れ伏しているアーシアへ駆け寄った。アーシア・アルジェントは安らかな表情で眠っていた。
悠馬は彼女の背中と足に手を伸ばし抱えるように持ち上げる。ここで彼女を無事ディオドラ・アスタロトのもとへ運べば彼女の命は助かる。
しかしその時だった。
「――ぐがああっ!!」
声にならない叫び。
悠馬が振り返るとそこには両膝を光の槍で貫通された一誠の姿があった。
堕天使の放つ光の槍は魔を滅ぼす力を宿している。悪魔にとってそれは喰らえば触れるだけで身を焦がす猛毒。
脚部を負傷した一誠はもはや立つことができず膝を折った。その様子にレイナーレは残酷な笑みを浮かべた。
「私の攻撃を喰らって生きているだなんて。下級悪魔の癖に意外と頑丈なのかしら? けれどそれも次で終わり――」
レイナーレは右手に一誠の膝を壊した光の槍を再び出現させる。次の狙いは一誠の左胸だ。一方、一誠は立ち上がることができずレイナーレを憎々しく見つめるだけだった。
「死になさい――」
レイナーレは槍を投擲しようと腕を振り上げた。彼女の腕が振り下ろされれば光の槍が一誠の心臓に突き刺さり、彼は間違いなく消滅する。
しかしレイナーレの槍が投擲される直前、突如彼女の顔面にこぶし大の瓦礫が飛んできた。瓦礫は見事に彼女の顔にクリーンヒットし、彼女の整った鼻から血が流れた。
「誰だ!!」
レイナーレは投げられた方向を向く。そこには一人の少年が瓦礫を持って立っていた。その少年は月城悠馬だった。
悠馬は一誠が危機に陥っているのを見て、咄嗟に近くにあった瓦礫を掴みレイナーレに投げつけたのだ。
悠馬は誰にもバレてはいけないはずだった。アーシアを無事ディオドラのもとに運ぶためにも戦闘に関与するべきではなかった。彼が自分の願いを叶えるためには一誠を放っておくべきだった。
しかし悠馬はそれができなかった。目の前で殺されそうになっている知り合いを黙って見過ごすなど彼には到底できなかった。
悠馬は再び瓦礫を投げつける。今度はレイナーレの左足に直撃した。
「くそっ! このネズミ野郎がっ!!」
突然の横やりにレイナーレはぶち切れた。
レイナーレは一誠に矛先を向けていた光の槍を今度は悠馬に向けた。
「消え失せろっ!!」
魔を滅す力のあるその槍は悪魔だけを殺すものではない。悪魔のように毒にはならなくても、その槍は人間だって簡単に殺せる。ゆえにその槍が放たれれば悠馬に命はなかった。
だがその槍が撃たれることはなかった。
悠馬がレイナーレの視線を集めていた間、一誠は神器『
そして床を踏みしめレイナーレに近づいた一誠はその『
「ぐがふっ!!?」
『
その拳をもろに受けたレイナーレは教会のステンドガラスを割り、はるか彼方へとぶっ飛ばされた。中級堕天使である彼女といえど、それは無事で済む攻撃ではなかったのだ。
「ざまぁみろ……」
レイナーレを撃退した一誠は力尽きたかのようにその場に倒れた。
悠馬はすぐに一誠のそばに寄り、彼の安否を確認する。息は荒いもののどうやら無事のようだった。悠馬はすぐさま来ていた上着を脱ぎ、それを槍で貫かれた膝に巻いた。
そして悠馬は彼をどこかに寝かせつけようと彼の体に手を回す。さすがに床に放置しておくのは気が引けた。
「――そこのあなた、止まりなさい」
しかしその時だった。
教会の入り口。そこに立っていたのは兵藤一誠の主、リアス・グレモリーだった。
◇
「くっ……! 『
一誠に豪快にぶん殴られて窓から教会外へと吹っ飛んだレイナーレはそうぼやいた。
『
しかし兵藤一誠が持っていた神器は『|龍の手《トゥワイス・クリティカル』ではなかった。彼が持っていたのはかつて天使・堕天使・悪魔の三大勢力に恐れられた二天龍の片割れ、赤龍帝の思念のこもった『
それゆえに悪魔になりたての一誠でも堕天使のなかでも中位の実力を持ったレイナーレを打倒することができたのである。
「……だが私はアーシア・アルジェントから『
目的であった神器は手に入れている。勝負には負けたが試合には勝ったというところか。
リアスたち眷属を憎らしく思っているレイナーレだが、一誠のあの力を見た後で再び戦いを挑むほど愚かではない。
だからレイナーレはここは退き、日を改めてこの借りを返そうと誓った。
「――残念だけど、次はもうないよ」
「えっ――!?」
だがその瞬間、急に背後から声がするとともに、レイナーレの左胸から紅い腕が生えた。
「がはっ!? だ、誰だお前は……」
「新人悪魔にすら勝てないだなんて情けない堕天使だ。こんなことなら下手な芝居なんか打たないでさっさとアーシアを奪った方がマシだったよ」
ディオドラ・アスタロトはレイナーレの胸に突き刺した腕を抜き、血を払う。そしてレイナーレの指にはめられていた『
「結局アーシア・アルジェントの回収は失敗か。あの役立たずめ……」
ディオドラはアーシア・アルジェントに恋した悪魔。それに違いはない。だが彼の本性は自分好みの聖職者を言葉巧みに
現にアーシア・アルジェントが教会から追い出されたのも彼の策略であり、堕天使に殺されたところを悪魔に転生させて救い出し、それから彼女に絶望を与え愉しもうとしていた。
しかし彼の計画も途中で狂いはじめる。
アーシアを殺すはずの堕天使一派が、何をとちくるってかグレモリーの眷属に過剰にちょっかいを出し始めた。
グレモリー家は代々身内への情愛が深いと言われている悪魔。もしリアスたちの怒りを買い、堕天使たちがアーシアを神器を取り出す儀式で殺す前に討伐されてしまっては元も子もない。ディオドラは細心の注意を払い、リアスたちの動向も見ることとなった。
そしてディオドラにとって最悪のことが起こる。
リアスの眷属の一人、兵藤一誠がアーシアと接触し、堕天使が彼の目の前でアーシアを攫った。しかもご丁寧に彼女の神器を取り出して殺すとまで告げて。
こうなってしまっては儀式最中にでもリアスたちが教会にやってくるかもしれない。兵藤一誠はアーシアを救い出す気満々であり、それに
だがディオドラにもまだチャンスが残されていた。
それはどうするべきか悩んでいた時、たまたま公園で月城悠馬という少年を見つけたことだ。ディオドラは彼に身に覚えがあった。
彼は監視対象であったグレモリー家の新人悪魔、兵藤一誠が学園へ一緒に登校していた生徒だ。そこでディオドラは彼が悪魔について知っている人物で、リアス・グレモリーに恋しているということを知った。そして報われない恋の成就のために悪魔になりたいことも。
ディオドラは彼を使えると思った。
ディオドラは今まで言葉巧み数多くの人間を誑かし、堕としてきた。だから彼にとって悠馬を乗せることはそう難しい話ではなく、簡単に彼を口車に乗せることができた。
そして悠馬はディオドラの言う通り教会に潜入し、アーシアのもとまでたどり着く。ここまで来れば後は彼女を抱え、教会を出るだけだった。
しかしここで悠馬はディオドラの期待を裏切った。彼は悪魔になりたいという自身の願いよりも、一誠の命を選択した。素直にアーシアを運べばいいものを、レイナーレから一誠を助けた。
そうして悠馬はアーシアを運び出す機会を失い、リアス・グレモリーに見つかってしまった。
ディオドラは怒りに顔をゆがめた。
途中までは上手くいっていた。だがあの人間の勝手な行動ゆえにディオドラは長い年月をかけて敢行したアーシアを堕とす計画を潰されたのだ。
「だが人間。悪魔との契約を破ったものが、いけしゃあしゃあと生きられると思うなよ」
ディオドラはニィっとその横に長い口を緩ませると、自身の人差し指に魔力を集中させる。彼の目にははすっかり静まり返った教会と儚げに光を差す三日月が映っていた。
◇
場面が戻り、教会内部。
リアスは朱乃とともに外で斥候をしていたレイナーレの部下の堕天使を滅した後、眷属たちを迎えに教会に赴いた。しかし入り口に入った途端、彼女の視界に入ったのは倒れ伏す一誠と、一誠のそばで何かをしている人影だった。
「そこのあなた、止まりなさい」
敵か味方かも分からない人影。
リアスは威圧するようにその人物に言い放った。
その人物は少しためらうように沈黙し、しばらくして顔を上げた。
リアスはその人物の顔を見てぎょっとした。見間違えるはずがない。さっぱりとした黒髪に目尻の整った顔。彼は間違いなく月城悠馬だった。
「悠馬……何でここに……」
「あはは、ちょっとね」
驚くリアスとは対照的に、悠馬は悪戯が見つかった子どものようなごまかす笑いをしていた。
「とりあえず兵藤くん膝に重い攻撃喰らったみたいでね。一応傷口を縛っておいたんだけど大丈夫だろうか?」
「あ、うん、ありがとう……。ってそうじゃなくて! 何であなたがここにいるのよ!」
リアスは悠馬に怒鳴り散らした。隣にいる朱乃も目を鋭くさせて彼を睨む。
一誠の手当てをしたとのことだが、明らかにここはただの人間がいるべき場所ではない。ただたまたま教会の近くを通って傷ついた一誠を見かけて中に入ったなんてこともありえない。リアスの知る限り彼の家は教会からだいぶ離れているはずだった。
「えっとね、これはその……」
悠馬は本当のことを言おうか迷った。
ディオドラ曰く、他の悪魔の管轄下に勝手に干渉するなんて言語道断なことらしい。仮にディオドラの願いで来たなんて話したら彼の立場がないだろう。
しかしここで悠馬は教会の座席に伏しているアーシアをちらりと見る。以前、悠馬の前でリアスは眷属には力を求めると話した。悠馬の見る限り華奢なアーシアにそのような力が備わっているとは思えなかった。そのためリアスはアーシアを転生させてまで救うことはないだろう。
悠馬はどうしようかと考える。
もしアーシアの命を救うことができるとしたら、それこそすべての事情を話し、彼女の遺体をディオドラのところに連れていくしかない。その場合、ディオドラは不法侵入で一時的に不利益があるかもしれないが恋するアーシアが助かることを考えれば安いもののはずだ。
「実は――」
悠馬はそう考えをまとめ、リアスに事情を話し彼女を見逃してもらおうとした。
「ぐっ!?」
しかしその途端、悠馬の脳に激痛が走り、悠馬は頭を抱えて膝をついた。まるで頭のなかにいる何かが強引に彼の体を乗っ取ろうとしているかのようだった。
「ゆ、悠馬大丈夫!?」
悠馬の突然の異変に、リアスは咄嗟に悠馬に駆け寄った。悠馬が苦しそうにしているのを見て、リアスは意図せず体が動いてしまった。
しかしそれゆえに彼女は気付くことはできなかった。彼の手に、尖った木片が握られていたことに。
「リアス離れ――」
「えっ――」
悠馬は軋む意識の中、リアスに警告を促した。だが時すでに遅く、木片を握っていた悠馬の手が突き出され、悠馬とリアスの間に鮮血が飛び散ることとなった。