悪魔に恋した代償は   作:きまぐれアップル

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前回から投稿が遅れてしまい申し訳ありません。


第三章 それでも僕は君を
十四話 深淵からの呼び声


 月城悠馬は絶望していた。

 彼がリアス・グレモリーの隣に立つには彼自身が悪魔になる以外道はなかった。彼は人間という身を捨て、恋い焦がれるリアスのために悪魔になる決心をした。

 そして愚かにも人間を誑かす悪魔と自身を悪魔に転生させるという約束を交わす。しかし悠馬はその約束を果たすことができなかった。後輩の命と引き換えに悪魔の取引を反故にした。

 だが成功するはずだった契約を破られて、平気でいられるほどその悪魔は善人ではなかった。悠馬はその代償に最愛の人を自らの手で傷つけることになってしまった。

 そして後日、リアスと再会した悠馬は呪いをかけられたその口で、またしても彼女を傷つけた。その結果、リアスは悠馬を見限り、絆の証であったペンダントを投げつけられた。

 

 ディオドラ・アスタロトにかけられた真実を話せなくなる呪い。このことは誰にも話せない。だから誰かに頼って解くこともままならない。悠馬はそのせいでリアスを、一誠を傷つけてしまった。

 悠馬は自分の存在がリアスたちを傷つけるものでしかないと自分を強く責めた。自分のこの喉が彼女らに災いをもたらし、彼女らを傷つける。

 

――だったらこの口がなければいい。しゃべれなくなればいい。

 

 悠馬はそう思い詰めるほかなかった。リアスに嫌われ、彼女を傷つけるだけの存在でしかなくなったその身。誰よりも彼女を恋した彼にとって、とても耐えられることではなかった。

 そして悠馬は決心を決める。もう二度と彼女を傷つけないためにも、彼は呪われた自身のその喉にドアノブに固定したリボンをかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜に照らされた病院。

 悠馬はそこの一室で目を覚ました。以前教会で倒れた時に運ばれた部屋と同じその風景。悠馬は自身の腕につけられた点滴チューブを見て、自分が死に損なったのだと気付いた。

 

 そして彼にとって()()()()()に目の前にはリアス・グレモリーがいた。彼女は彼がこの時最も会いたくなかった人物であった。

 

「目が覚めたみたいね」

 

 ずいぶんと久しぶりに聞く彼女の声。悠馬はそれを聞き、複雑な気持ちになった。

 あんなことを起こした悠馬に対して臆することなくリアスは彼の目の前に立った。悠馬はそんな彼女に対して嬉しさや高揚、悲しみや自責の念を感じた。

 

「お願い悠馬。教えてほしいの。あなたはいったい何者なの? 何が目的なの?」

 

 リアスの口調はかつて悠馬と仲がよかった頃と同じものであった。敵意も悪意もない、素の状態の彼女の声だ。彼女は悠馬と向き合うためにここに来たのだ。

 しかし悠馬はリアスを一瞥しただけで視線を窓の外に固定させた。彼にはもう、リアスに聞かせる言葉など持ち合わせていなかった。呪いのかけられたその口は一言一言が彼女の心を傷つける。あの頃はあんなにも自分の声を聴かせたかったはずなのに、皮肉にも彼は彼女に自分の声を聴かせることができなくなった。

 

「本当にあなたは教会の関係者なの? あの時私を刺したのは私を殺したかったからなの? 転校してきた時からあなたの目的はそうだったの?」

 

 リアスは一方的に問い続ける。

 だが当然悠馬は口を開かない。声を発しようとした途端、彼は意もしない言葉をリアスに投げかけてしまうのだから。

 

「……そう。私とはもう話すことはないってことね……」

 

 リアスは悲しげに声を出した。彼女が自死しかけていた悠馬を救い出し、こうして向き合ったのは彼の真意を聞くため。彼が善良な人間かもしれないという一縷の望みに賭けて、最後にこうして(まみ)えようと思ったのだ。

 

「分かったわ……」

 

 しかしリアスは悠馬の真意を聞くことはできなかった。固く口を閉ざす悠馬に、リアスは悲観の眼差しを送った。

 

「敵対する私に口を開かないのは当然よね。そういうものなのだから。だけど悠馬、これだけは最後に言わせてほしいの。私はあなたのことが好きだった。心の底からはじめて好きになれた人だった。あの半年間、あなたはどう想っていたか分からないけど、私は本当に幸せだったわ。……それじゃあ、もう会うこともないだろうけど」

 

 リアスはそう言って振り返った。彼女の頬には大粒の涙が流れていた。いや、彼女だけではない。悠馬も涙を流して泣いていた。

 しかし彼らはお互いのことを見ることなく、相手が自身と同じ境遇であると知ることなく別れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月城悠馬の自殺未遂。

 彼は病院に運ばれてからしばらくの間、情緒が不安定として入院することとなった。彼が事前に起こした暴力沙汰も精神的に参っていたから起こったものだと片づけられた。

 

 病院で過ごすことになって数日。

 悠馬は病院の屋上へ風を浴びにやってきた。空には綺麗な三日月が輝く。本来この時刻なら彼は病室にいなくてはならない。しかし鬱憤の溜まりそうな病室に悠馬はずっといることができなかった。

 

 悠馬はミュージックプレイヤー片手に屋上の柵に寄りかかる。

 彼の瞳には気力などもうほとんど残っていない。リアスとはあの頃みたいに話すことも会うこともできない。彼はすでに枯れ尽きてしまったのだ。

 

 もちろん彼には音楽の道もある。リアスなど忘れてその道をがむしゃらに進むという選択肢だってあった。

 だが悠馬はもう以前のように歌うことはできないだろう。彼が今聴いているかつての歌声はには力強さと熱意、そしてひたむきさがあった。しかし彼はもうそれらを持ち合わせていない。気力はすっかりなくなり、自分に対する自信を失ったのだ。彼はその口と声で最愛の人を傷つけた。そのトラウマが残っている限り、彼はかつてのような声を出すことなど決してできない。

 

 悠馬自身も自分がもうあの頃みたいには戻れないことは熟知している。しかし彼はそれでも輝いていた頃の自分がいたミュージックプレイヤーを手放すことができなかった。それは昔の頃に戻れるような感覚に浸れるからではない。今の惨めな自分に対する戒めだ。己がリアスに犯した過ちを罰するための。

 

 悠馬は涙を流した。

 ミュージックプレイヤーの再生が終わり、次の曲が始まった。その曲は『Scarlet Lady』。悠馬がリアス・グレモリーのために作った曲だ。

 この曲が始まった途端、悠馬はせき止められていた涙がどうしようもなく止まらなくなった。悠馬が作曲した時、彼は一晩中悩みに悩みメロディーと歌詞を紡ぎだした。最初に彼女に会った時の想い。屋上で一緒に曲を聴いた想い。修学旅行で共に行動した時の想い。学園祭ライブで彼女と目が合った時の想い。その全部を表現しようと試行錯誤を続けた。

 そしてそれは今でもそうである。曲の一節一節が流れる度に、悠馬の頭のなかで彼女との思い出がめぐりまわった。

 悠馬はあふれ出る涙をぬぐった。結局はそういうことなのだ。結局月城悠馬という人間はこんな惨めな目にあってもリアス・グレモリーのことを想わずにはいられないのだ。たとえ彼女が悪魔だったとしても、彼女と敵対してしまったとしても、彼の心には彼女の存在が深く刻まれてしまったのだ。

 

 

 

 するとその時だった。

 悠馬は柵越しにものすごいスピードで道路を突っ切る物体を目にした。悠馬は目を凝らす。それは自転車に跨り最高速で走り続ける兵藤一誠であった。

 一誠は契約者の依頼に応えるという悪魔営業の際、自転車に乗って契約者のもとに訪れる。悪魔であれば転移の魔法陣で直接行くことができるのだが、未熟な彼にはそれができなかった。そこをたまたま悠馬が見つけたのだ。

 

 そのまま一誠は道路を走り、高級そうなマンションへと入っていった。

 悠馬は一誠を見ていてもたってもいられなくなった。彼は一誠が何をしているのかまったくわかっていない。だが彼が向かう先にきっとリアスがいるのではないかと思った。彼はリアスと口を聞くこともできない。だがそれでも彼はリアスへの未練を捨てきれないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裏口から病院を抜け出した悠馬はまっすぐ一誠が入っていったマンションに向かった。悠馬は一誠がどこに向かったのか探そうとする。しかし部屋が無数にあるなかで一誠がどこに向かったのかなど知る由はない。手がかりとなるのは一誠が乗ったとされるエレベータに表示された階数だけだった。

 結局悠馬はそれだけを頼りにその階へ上った。するとその階についた時、扉が開かれる音が響いた。

 

「いやぁ、実に楽しかったよ悪魔くん。またよろしくな」

「いえ滅相もないっす。次もよろしくお願いします」

 

 悠馬はとっさに物陰に隠れる。

 そこから出てきたのは目当ての人物である兵藤一誠と、飄々とした中年男性だった。一誠は軽く言葉を交わし、依頼の対価としてもらった大きな絵画を抱えて降りて行った。

 

 ガシャリと扉が閉められたのを確認し、悠馬は物影からひょっこりと顔を出す。そして一誠とさっきの男性がいた部屋の前へと立った。

 こんな夜中に一誠と会う人物は果たして何者なのか。悠馬はインターホンを押そうか考える。

 

「俺に何か用かい? 覗きくん」

 

 するといつの間にか悠馬の後ろに男が立っていた。

 悠馬が振り返ると、そこには先ほど一誠と話していた男性がいた。悠馬が見た時その男は間違いなく部屋に戻っていたはずだった。

 

「とりあえず中に入るか?」

 

 悠馬は男を見て、ただの人間ではないと感じ取った。もしかしたら前みたいにいいようにあしらわれ、誑かされるかもしれない。

 だが悠馬はそれでもかまわないと思った。もうすでに彼には捨てるものなどなかった。だから悠馬は無言でうなずき、男の部屋へと入っていった。

 

「で、お前さんはいったい何の用で? もしかして俺のファンというわけでもないだろう」

 

 男はくだけた物言いでソファに腰かけた。高級マンションを借りている財力があるだけに男の部屋の家具すべてがシックで格調高いもので揃えられていた。

 

「あなたは何者なんですか? 兵藤くんと同じ悪魔なんですか?」

「そうかそうか。俺が悪魔と来たか……」

 

 悠馬の質問に男はくつくつと笑う。

 

「いいや。俺は悪魔じゃないよ。ただあいつと契約しているだけだ」

「契約?」

「お前さん、もしかして知らないのか? 悪魔は人間の差し出すものを代償に願いを叶えることを?」

「いえ……、知っています……」

「そうかい。じゃあそれを見たのは初めて、というところかい。しかしおかしいなぁ。悪魔と取引したことない人間が何で悪魔の存在を知っているんだ?」

 

 男は探るような目つきで悠馬を見る。それに悠馬は急に肩が重くなったように感じた。

 

「……兵藤くんから教えてもらっただけです。彼が悪魔だと」

 

 悠馬は嘘は言ってはいない。実際に彼の口から彼が悪魔であるということを聞いた。悪魔がどういう存在なのかも。

 

「なるほどなぁ。そりゃあ気になるっちゃ気になることかもしれん。悪魔なんてなかなか見ることないからなぁ。それじゃあ話は変わるが、そういうお前さんは何者だい? ただの悪魔のお友達くんってわけでもなさそうだが」

 

 男は悠馬を見つめる。その瞳からは並々ならぬプレッシャーが放たれていた。それはこの男から漏れ出た力の一部にすぎない。男は悠馬がどう答えるのかを愉しみにしているかのようだった。

 

「ただの……ただの人間ですよ。何もできないただの非力な人間です」

「ほう……」

 

 男は悠馬を見定める。

 悠馬は自身のことを『非力な人間』と言った。ということは彼は何かしら人間以外の種族の力を目の当たりにし、その無力さに打ちひしがれた経験があるということだ。

 暇を持て余している男は何となく悠馬の話を聞いてみたくなった。

 

「まぁ何だ。ここであったのも何かの縁ってやつだ。お前お酒飲めるか?」

「いえ、僕は未成年なので……」

「堅いねえ。さっきの悪魔くんもそうだが最近の若者は真面目すぎていけねえや」

 

 お酒なら部屋に常備されていたのだが、ノンアルコール飲料はちょうど一誠をもてなした時に切らしていた。男は何か出すものはないかと玄関近くの棚へ漁りに行った。

 

 一方、緊張していた悠馬はホッと息を下ろした。虎穴に入らずんば虎児を得ずとばかりに男の部屋に入ったものの、内心はビクビクしっぱなしであった。

 男は自身をただの悪魔の契約者と言っていたが、悠馬は彼を悪魔のような人間を超えた存在であるような気がしてならない。そうでなければまだ少年とは言え、悠馬に対して無防備な背中をさらすはずがないのだ。

 

 悠馬は椅子に背中を預けてリラックスをする。遠目で男の様子を眺めてみると、まだまだ探し途中のようだ。普段酒しか飲まないせいか、そういったものはなかなか出てこないらしい。

 特にすることのなかった悠馬は室内をキョロキョロと見渡す。すると奥の扉に幾何学的な模様の紙が貼られていることに気付いた。

 悠馬はそれに既視感があった。それはリアスやディオドラといった悪魔が使用していた魔法陣に似ていたのだ。

 悠馬は扉に近づき、手を置いた。何となくという興味であって、別に中に入ろうとしたわけではなかった。

 しかしその時、扉の先の部屋から悠馬を呼ぶような声が聞こえた気がした。それは耳鳴りのような声であった。

 

――小僧、早く中に入るがよい

 

 悠馬はビクリと体を震わす。今度ははっきりと聞こえた。

 悠馬はおそるおそるドアノブに手をかけてゆっくりと回した。鍵は開いていた。

 

 小部屋の中に入った悠馬は思わず息を飲んだ。

 中は剣や盾、鎧と言った武具や、秤や鏡といった器具がところどころに転がっていた。実に珍妙なものばかりであったが、人間である悠馬でさえもその一つ一つに奇妙な気配を感じることができた。

 

――小僧、我はこっちだ

 

 悠馬を部屋に呼んだ声が再び悠馬の頭の中でささやいた。

 悠馬は声のする方向を見ると、何かの肉塊のような物体が脈を打っているかのように蠢いていた。それはこの部屋に並べてある品のどれよりも異彩を放っていた。

 

――小僧、お主何か悩みを抱えているな? ならば我に触れてみるがよい。さすればお主の願いを何でも叶えて進ぜよう

 

 悠馬の目の前の物体の動きが速くなった。それはまるで悠馬の鼓動のリズムと同調しているかのようであった。

 

「おい坊主。飲み物なかったみたいだったからビールでもいいか? ワインに比べたら度数も高くないしガキでもジュース感覚で飲めるだろうよ」

 

 向こうの部屋から男の声が届いた。

 しかし悠馬はそんな声のことより、目の前の物体に目がくぎ付けだった。悠馬は惹きつけられるかのようにその物体に手を伸ばす。頭の中では危険を知らせる信号が鳴り響いていたが、悠馬はその伸ばしている手を抑えようとはしなかった。

 

「坊主! 勝手にその部屋に入るんじゃ……、おい! そいつに触るんじゃねえ!!」

 

 悠馬が物体に触れようとしていたところを見つけた男は悠馬を怒鳴るように注意した。しかし男の注意もむなしく、悠馬はその物体に触れてしまった。

 

――契約は完了した。よかろう。汝の存在を代償に、汝の願いを叶えて進ぜよう

 

 

 

 




次回以降からの投稿ですが、今回同様不定期になるかと思います。重ね重ね遅れてしまい申し訳ありません。
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