修学旅行から数日後、悠馬は意を決して生徒会室にやってきた。目的は学園祭でのライブを許可してもらうことである。
悠馬の所属しているバンドは駒王公認の団体でもなければ、メンバーのほとんどは他校生。それゆえに許可をもらえる勝算は限りなく低い。
しかし悠馬は何としてでもこの駒王学園の学園祭でライブを実現させたかった。紅髪の少女に自分の歌声を聴かせたかった。
「えっ、学園祭のステージでライブを行いたい? それも他校の生徒主体のバンドで? 別に大丈夫ですよ」
「えっ……、そんなあっさりで大丈夫なの?」
悠馬はあっけにとられた。てっきりそれなりの交渉が必要だと思っていたのに、意外にもすんなりと認めてもらえたのだった。
学園祭の企画全般窓口であった支取蒼那は柔らかく口元をほころばせた。
「ええ。というよりもこちらとしても大助かりなくらいです。とかく最近はステージ利用が減っていましてね。吹奏楽部や軽音楽部の演奏、ミスコンなどの伝統企画くらいしかなかったんですよ」
「そうなんだ……」
悠馬はほっと胸を撫で下ろした。とりあえずこれで参加ができるという関門は突破したのである。
(これは早くメンバーにも伝えないとな)
そう悠馬が安堵していると、蒼那が何やら艶やかに目を細めて悠馬を見つめてきた。
「ところで悠馬さん、これは個人的な質問なのですが……」
「ん、何?」
「悠馬さんはリアスのこと好きなのですか?」
「っ――!?」
悠馬の顔は真っ赤に染め上げられた。それはもう話中に出た少女の髪色と同じくらいには。
「やっぱりそうなんですね」
「べ、別に。……いや、そうだったら何なんですか」
「あら、開き直りましたね」
修学旅行時には何だかんだ否定していた彼だったが、蒼那の眼力には勝てなかったのかもしれない。もしくはここにきてようやく自分の抱いていた感情と向き合うことができたのだろう。
「ふふ、別に本人に言いふらそうとか思っていませんよ。ただの興味本位です」
「蒼那もそういう話好きなんだね。ちょっと意外だったよ」
「そりゃあ、私も女子高生ですから」
蒼那はクラスでは優等生キャラで、こっちの方面はあまり興味ないのだと悠馬は思っていた。しかし年相応にこういうことに興味津々な彼女を見ると、素はこちらなのかもしれない。
健が『時折見せるギャップがたまらなく可愛いんだよ』と力説していたことをついつい悠馬は思い出した。
「で、悠馬さんはリアスのどこが好きなんですか?」
「す、好きなところ……ね」
悠馬の目の前にいる蒼那はこれでもかというほど目を輝かせていた。悠馬はそんな彼女から視線を逸らし、数秒考えた。
「そうだね、強いて言えば笑っているところかな。リアスが笑っていると何だか僕まで楽しくなるって言うか……。一緒にいて楽しいんだよね」
「なるほど……、笑っているところですか。悠馬さんはいいこと言いますね。私もいつかはそう言われてみたいものです」
「えっと、蒼那にもそう言ってくれる男子は必ずいると思うよ」
「そうですか。そうだと嬉しいですね」
悠馬はこの後絶対健にこのことを言おうと思った。
「そういえば蒼那。夏休みが終わってすぐの時、リアスは落ち込んでたように感じたんだけどなんかあったの?」
「……」
ふと悠馬は以前から気になっていたことを質問した。リアスの親友である蒼那なら知っていると思ったからだ。最近はめっきり減ったが、それでも悠馬はたまに見せるリアスの暗い表情がずっと気になっていたのである。
だがその瞬間、和やかだった空気が一気に凍りついた。悠馬はすぐさまに今の発言が地雷であることを察した。
「……さぁ、何なんでしょうね。けれど開けっ広げな彼女が言わないということはそれなりに理由があるんでしょう。だからあまり触れてあげない方がいいかもしれないですよ?」
もちろん蒼那はなぜ落ち込んでいたのか知っている。親友なのだ。彼女に縁談の話があることくらい耳に入る。
しかしそれは当然打ち明けられるものではない。そんな気楽に話せるようなものではないのだから。
「そうだよね。ごめん、変なこと聞いた」
「いえ、かまわないですよ。さて、では確かにライブの件承りました。当日は私も楽しみにしていますから頑張って練習してきてくださいね」
「うん。ありがとうね、蒼那」
「これが私の仕事ですから」
その後悠馬はステージ使用に関する書類を受け取り生徒会室を後にした。蒼那に勘繰られた時悠馬は取り乱してしまったものの、好きな人の身近な人物に気持ちを理解してもらうことは悪いことではないのかもしれないと思った。そこから発展する恋というのもあるのだから。
だけどリアスが落ち込む原因となった出来事について、悠馬は小さなわがたまりを抱えることとなった。
◇
そして晴れてライブ許可を得られた週の土曜日。
悠馬はさっそくメンバーたちと練習しに母校へと帰った。彼らのバンド“Deafness Days”は基本的に学校の一室を借りて練習するのである。
「よし、だいたいタイミングが合ってきたんじゃないか? そろそろ休憩でも入れるか」
リーダー大悟の一言で悠馬も含む他の3人のメンバーは小休止に入った。午前中から5時間ぶっ続けでやっていたためほとんど全員がくたくたであった。だけどみんながみんな楽しいがゆえに練習最中はそんなこと微塵も感じさせなかった。それほどに彼らの集中力は凄まじかった。
各々が水分補給していると、ギター担当の翔がぽつりとつぶやいた。
「それにしても悠馬のいる駒王学園でライブかぁ。女の子いっぱい来てくれるといいんだけどなぁ」
それに悠馬はため息をついて答える。
「そんなに来ないと思うよ。取れたステージの時間は裏で別のイベントやってるみたいだから。向こうでの知名度なんてまったくないだろうし」
「そんな悲しいこと言うなよ悠馬。せっかくの女子の多い駒王学園でのライブ何だから期待くらいさせてくれよ」
悠馬の前の学校は男子校だった。だから翔みたく女子がいっぱいのライブを望むことは仕方のないことなのではある。
「大丈夫だって、翔。そこは我らが悠馬が何とかしてくれるさ。きっとすでに学内で悠馬ファンクラブなるものができてるだろうしな」
「そんなものあるわけないだろう」
ドラム担当のヨシが悠馬を茶化す。ちなみに言うと学内での悠馬の評判は高い方ではあるのだが、まだまだそのような組織の立ち上げにはいたっていない。
「ところで悠馬、例の学園祭でライブしようと思ったきっかけの女の子ってどんな子?」
「うっ、大悟……、このタイミングでか……」
「そりゃあそうだろう。それが俺達がお前の学園祭でライブをやる条件なんだから」
実は当初大悟たちは悠馬の学園祭でライブをやることに反対だった。というのも楽器を伴った移動が大変で、見てくれる人もあまり期待できなかったからだ。
しかし悠馬は粘り強く彼らと交渉した。絶対にやってみたいと。だがそうなると当然なぜ悠馬がそこまで学園祭でやりたいのか気になるものだ。そしてその理由を根掘り葉掘り聞くうちに、とうとう悠馬は白状したのだった。自分達のライブを聴かせたい子がいる、と。
「悠馬、写真はないのか。写真は!」
「落ち着けって、翔。今出すから」
悠馬はポケットに入れていた携帯を取り出す。そして目の前で今か今かと待ちわびる3人に修学旅行の時に撮った写真を見せた。
「ま、まじか悠馬! この紅髪の女の子なのか悠馬!? 後ろに小さく写っている茶髪のチンチクリンそうな女の子じゃなくて、このやばく可愛い子なのか!?」
「ち、乳でけぇ……」
「悠馬、お前やるときはやるんだな……」
大悟、翔、ヨシがそれぞれ言葉を漏らした。彼らはまずリアスの美貌に驚き、そしてちゃっかり悠馬が仲良さげにしているところを羨んだ。
「それにしてもあれだな。何だか結成したばかりの時みたいだな。女の子のために動くって。あの時とは状況は逆だけれど」
ふと、大悟は懐かしむようそう言った。
もともと悠馬たちのバンドはベースの大悟、ギターの翔、ドラムのヨシの三人で組まれていた。組んだ理由は男子校という枠から外れて女の子からモテたいという願望からだ。
しかし高校から始めたバンドだったために最初のうちはなかなか人が集まらなかった。これというインパクトもなかった。
結果、彼女ができたのはヨシだけで、それもただバイト先が同じという子であった。
行き詰まりを感じた大悟たちはバンドにボーカルを入れることを決めた。ボーカルはバンドの花形。もし上手くいけばきっと人が集まるはず。そしてその白羽の矢に立ったのが大悟の旧友だった悠馬だったのだ。
彼らが悠馬を選んだ理由は女子受けしそうなルックスというのもあったのだが、何よりも歌の才能があったからであった。たまたま誘ったカラオケで悠馬の才に気付いた大悟たちはすぐさまに悠馬をスカウトしたのだ。
その結果、悠馬が加わったバンドは見違えるほど変わった。悠馬がバンドの顔となり、そしてバンド自体もいい方向にまとまるようになった。そして彼らのバンドはどんどんとファンを増やしていって、地元でも十本の指に挙がるほどになっていったのだ。
「そうだな。確かに始めた時と似ているな。だけど結果までは似て欲しくないな。結局大悟も翔も彼女を作ることができなかったんだから」
「うるせぇヨシ! まだできないと決まったわけじゃねぇし!」
「そうだそうだ! 俺と大悟はこれからいい女を捕まえるんだよ!」
「どうだか。まぁ何はともあれ俺らは悠馬のこと応援すっからよ。お前の歌、その子にしっかり届けてくれよ」
ヨシはそう言って拳を悠馬の前に突きだした。それに翔と大悟も続いて拳を前に突きだす。それはバンド結成した時からやっている彼らならではの掛け合いだった。
「余計なお世話だよ、まったく。……だけどありがとうな」
悠馬は恥ずかしそうにうつむき、三人の拳に己の拳をぶつけた。
◇
そして学園祭当日。
とうとう悠馬たちのライブが駒王学園のステージで行われることとなった。
悠馬に誘われたリアスは開始少し前にステージにやってきた。そんなことはないと思うが、誘ってくれたのにも関わらず人が多くて見れなかったじゃ失礼だと思ったからである。
しかしリアスは会場に着くや、目の前の光景を見て思わず一言つぶやいた。
「うわぁ……、思っていたよりも人って集まるものね」
リアスの眼下にはすでに多くの駒学生が集まっていた。これは人の集まりを心配した悠馬はビラを作って過剰に宣伝してしまったという背景がある。もともと来る人自体は目安を達していたのだが、勝手が分からない故に宣伝をやりすぎたというわけだ。
リアスは押しつ押されつしながら何とかステージを見渡せる場所を確保する。本当だったら蒼那や朱乃も呼ぶ予定だったのだが、蒼那は生徒会の仕事で、朱乃は何故か捕まらなく、リアスは止む止む一人で見に来ることとなったのだった。
そして校舎の大時計がちょうど1時を刺した時、ステージ上にマイクを持った悠馬が顔を出した。途端に上がる歓声。たちまちステージは大量の熱気をはらんだ。
「ええ、皆さん今日はわざわざ来ていただきありがとうございます。よそ者の僕たちのライブをこんなにも聴きに来てくれるとは嬉しい限りです。さて、では一曲目はじめて行きたいと思います」
軽快なドラムの音とともに最初の曲が始まった。それは高校生なら誰もが知っている有名アーティストの曲だった。
悠馬が歌う。男らしい力強い声を奏で、同時に澄み渡るようなボイスで聴いている人を惹きつけた。
テレビやラジオでよく流れる曲だったのだが実際にこうしてステージで歌われるとここまで違うのか。初めて来たライブに、リアスは未知の感覚を得た。
そして彼らのバンドは次々と曲を披露していく。学園祭用に用意した曲なのか、どれもみんなが盛り上がれるような有名曲ばかりであった。
しかしとうとうやってきた最後の曲。この時だけは今までの流れとは打って変わったものとなった。
「いよいよ最後の曲となりました。最後の曲は僕たちが作った曲で締めさせて頂きたいと思います。実ははじめて披露する曲なので緊張しているのですが、最後までお付き合いお願いします」
そうして始まった演奏。リアスはこの時この曲がいつぞや聞いたものだということを思いだした。
(そうだ、これは前悠馬が練習中だと言って聞かせてくれた曲――)
そしてリアスは気付く。自分が最初にいた場所から離れ、いつの間にかステージの前列へ進んでいたことに。
「あっ――」
その時、悠馬と視線が交差した。その瞬間リアスは胸がざわついた。それはライブによる高揚感なのか、それとも悠馬に少しばかりでもときめいたからなのか。
ただ言えることはこの光景がリアスの網膜に焼きつくほど刺激的な経験になったということである。