駒王学園1年生、兵藤一誠の一日は忙しい。
朝の通学では女子のスカートの中が見えそうになる坂道スポットを重心を落としながら歩き、体育の時間には誰よりも早く着替え女子更衣室を眺望できる位置を確保し、放課後には陸上部女子が走ることによって生まれるパイスラを拝みに見学をする。
この学園で彼ほど女子に対して精力的に活動する生徒など指で数えるほどもいないだろう。
そしてそんな女子にひたむきに頑張っている彼だからこそ、周りの女子は彼のことをほっとくことなどできはしない。
「こら――っ!! 待ちなさいこのド変態っ!! 今日の今日こそはぶちのめしてやるっ!!!」
「うわ――っ!! 誤解なんだ! 俺は見ていない! 俺は見ていないんだ(大嘘)!」
みんな大好き一誠くんを追うは水泳部の女の子たち。練習が終わって着替えているとき、窓の隙間から一誠が中の様子を眺めていたところを見つけたのだ。
ちなみに水泳部更衣室を覗いていたのは一誠だけではない。彼の悪友の松田と元浜も一緒に覗いていた。
しかし二人は長年の勘と経験から女子に気付かれると察した途端に一誠を残して早々と逃げてしまったので集団リンチの危機を逃れていた。つまり一誠は二人の
「くそっ覚えてろよ松田と元浜! もし殺されでもしたら末代まで勃○不全になる呪いをかけてやるっ!!」
一誠はもうがむしゃらに走った。グラウンドに中庭に校舎。彼はこの一年ひたすら学園内で逃げ回ってきたのでどこをどう通れば追手を撒けるかということに熟知していた。
だが今回ばかりは少々一誠の分が悪いみたいだった。何せ追手である水泳部は全部で12人。人海戦術を駆使して巧みに一誠を追い詰めていった。
「明美そっちに回って! 屋上に追い詰めるわよ!」
「分かったわ! 絶対にギッタンギッタンにするんだから!」
「あわわっやべーぞこりゃあ……」
水泳部の女の子たちは戦略的に一誠包囲網を築いていき、屋上へと誘導させた。一誠とて自分が屋上に追い込まれていることくらいわかっている。だけどそっちへ逃げる以外に彼に道はなく、スクール水着姿の女の子たちに足蹴りにされる未来が刻一刻と迫っていたのだ。……ご褒美と言ってはいけない。
一誠は急いで階段を駆け上がり屋上の扉を開ける。屋上の出入り口は一つしかないのだから早く隠れなければいけない。
しかし、一誠が一歩を踏み出した途端、屋上から出ようとした生徒とぶつかってしまった。
「痛たっ……。君大丈夫?」
「あっ、大丈夫です。急にすみません……」
ぶつかって転げてしまった一誠に、生徒は手を差し伸べた。一誠は身を起こしてもらい、お礼を言う。そして一誠がぶつかった生徒の顔を見ようと見上げた時、その生徒が自分もよく知っている生徒であることに気付いた。
(こ、この人もしかして2年の月城悠馬!?)
一誠は悠馬のことを知っていた。というよりも心憎く思っていた。
なぜならいつぞやの学園祭以降、女子の話題が彼一色になってしまったからである。でも今はそれどころではない。
「す、すみません、ちょっとかくまってくれませんか? 今追われてて……!」
「え、えっと……」
「わわっ! とにかくお願いします!」
階段下から足音が響いてきたのとともに一誠を素早く貯水タンク裏に隠れた。逃げ場は屋上しかないため普通に探されたら間違いなく見つかる。ここは悠馬がうまくごまかしてくれることに一誠はかけた。
「追い詰めてやったわド変態! ようやく年貢の納め時ね……って月城先輩!?」
屋上に上がってきた女の子たちは悠馬に気付くと顔を赤らめた。彼女たちは学園祭ライブを見て以来、悠馬のファンになった子たちなのであった。
「どうかしたの? そんなに慌てて」
「いや、そのえっと、屋上に誰か来なかったですか?」
女の子たちはもじもじしながら上目目線で悠馬に聞く。
「ここに? どうだろう。僕もさっき来たばかりだからちょっとわからないな」
そんなはずはない。間違いなく覗き犯を屋上へと追い詰めたはずだった。今来たとしても絶対に見かけるはずなのである。
そう女の子たちは反論しようとした。だけどその前に悠馬が目を泳がせながら口を開いた。
「というよりも君たち……、なんで水着姿で屋上に?」
「あっ――」
女の子たちはそこで重大なことに気付く。エロ猿に制裁を加えるのに必死で自分たちがスク水のまま校内を走り回っていたことに。そして憧れの先輩であった悠馬に恥ずかしいところを見せていることに。
「す、すみません失礼しましたぁぁぁっ!」
女の子たちは恥じらいながら階段を急いで降りていった。
スク水姿のまま『実は~、うちの更衣室を覗いてたド変態を探しているんですよ~。もしよかったら~、先輩も一緒に探してくれませんか~♪』と気になる先輩に話せるほど彼女たちは痴女ではなかった。
「あの、助けてくれてありがとうございました」
女の子たちの気配が消えるや一誠はひょっこり姿を現した。
「いやぁ、本当に殺されると思いました」
「大変だったんだね。えっと君は……」
「一年の兵藤と言います」
「兵藤くんね。僕は2年の月城。ところでさっきは何であの子たちに追われてたの?」
「えっと……」
――実は
と素直に言えるはずもない。そう言ったらあえなく女の子たちを呼ばれてリンチ確定だ。
だから一誠はしどろもどろになりながら答えた。たまたまプールの前通ってたら更衣室の窓が開いてて、どうしたのかなっと見てみたら女の子たちが着替えてて。そしたら覗き魔と間違えられて追われていたのだと。それはただ柔らかく言い換えただけだったのであるが。
「つまり、覗きで追われていたということね」
「うぐっ――」
あっ、これ詰んだかも。
一誠はそう思った。
「まぁ、いいんじゃない。ロマンがあって」
「そうですよね。覗きってロマンがあって……っていいんですか!?」
一誠はてっきり御用になるのかと思っていた。普通なら通報ものなのだし。
「僕の前いた学校の友達にもそんなことしそうなやついたからさ。」
「えっ!? やっぱり男たるものそういうことするものですよね!」
「まぁ、個人的にはやってほしくないけどね」
「あはは……」
――思っていたよりこの先輩いい人なのではないだろうか。
一誠は例のライブ以来、女の子の注目を集めた悠馬のことが気に食わないでいた。せっかくハーレムを求めて美人女子の多い駒王学園に入学したのにも関わらず、自分は灰色の青春を送り、一方悠馬のような男はウハウハしているのである。目の敵にしないほうがおかしいのだ。
だけど悠馬は自分が覗きをしたことに目をつむってくれて、何事もないかのようにふるまってくれた。冷めた目線で見ることがないなんて、一誠はなんて懐の厚い人なんだろうと思った(一般的にはそんなことがいい人の基準にはならない)。
「けれどもあれですね。先輩って本当にモテるんですね。羨ましいです」
「そんなことはないよ。問題なのは好きな子を振り向かせることができるかどうかだと思うし」
「……そんなセリフ、俺も言えるようになりたいですよ、マジで」
「あはは、ちょっと臭すぎたかな」
優馬の照れ臭そうに笑う姿を見て、一誠はこういう朗らかで素朴な姿が本当の悠馬の素なのだと感じた。てっきりクールな二枚目キャラだと思っていただけに、今まで以上に親しみやすさを覚えた。
だからなのか。初対面なのに一誠はついつい深くまで聞いてしまう。
「そういえば先輩、そういうこと言うってことは彼女とかいるんですか?」
「聞くね、兵藤くん」
「あ、いえ。すみません……」
「……そうだね、彼女はいないけど気になっている人はいるかな。何とかして振り向いてもらおうと思ってるんだけどなかなかうまくいかなくてね」
「そうなんですか。先輩なら簡単にいけそうに見えますけどね」
「そんなことないよ。てんで駄目さ。だけどあきらめたくはないかな。少し遅いかもしれないけど僕の初恋ってやつだから」
一誠は悠馬を見つめる。
この先輩にそこまで言わせる人はきっととても魅力的な人に違いない。そして間違いなくこの先輩にここまで想われるなんてその人はどうしようもない幸せ者だろう。
「俺、月城先輩がその人落とすの応援しますよ。だからできたときは報告くださいね!」
「ありがとう兵藤くん。だけどあまり期待しないでね」
これが月城優馬と兵藤一誠が初めて会った時であった。これから一誠は力を持つ者として、悠馬は力を持たざるものとしてリアスと関わることになるだろう。
そしてその差がこれからの将来にどう影響を与えるかはまだまだ誰にもわからない――。
なお後日、一誠はまた水泳部の更衣室を覗き、今度こそは水泳部全員に半殺しにされた。
イケメン爆発しろ。