悪魔に恋した代償は   作:きまぐれアップル

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七話 Scarlet Lady

 少年は少女に恋をした。

 それはどこにでもあるような、ちっぽけな恋でしかないのかもしれない。彼は世界の命運を左右する存在でも、世界を変える発明をする存在でもない。彼一人の色恋ごとなんて探せばごとにでも見つかるようなものでしかない。

 だけどただのありふれた恋でも当人にとっては宝玉のように輝くものであったに違いなかった。彼が初めて体験した淡く儚い想いなのだから。

 それ故に彼はひたすらにそれを手に入れるべく手を伸ばし続ける。たとえそれが彼の人生を狂わせる禁断の果実であったとしても――。

 

 

 

 

 

「朱乃さん。最近リアスの様子が妙に良いのですが、何かあったんでしょうか?」

「いえ、最近は特に何もなかったと思いますけど」

 

 ある日の昼下がり。

 2年A組の教室の端で、蒼那と朱乃が話をしていた。普段ならばそこにリアスの姿も見られるのだが、今日は日直のちょっとした用事で席をはずしていた。

 

「そうですか。朱乃さんでも分かりませんか。……そういえば何ですけどね。リアス、悠馬さんにライブを見に来ないかって誘われたそうですよ。それもホワイトデーの日に」

「……ソーナさん、分かっているなら聞かなくてもいいのではありません?」

 

 得意げになっている蒼那に対して、朱乃は見るからにすねた。

 彼女もそのことについては十分に知っている。リアス本人から嬉しそうに話されたのだからそりゃあ当然だ。

 

「だって面白いじゃないですか。あのリアスが恋愛ですよ?」

「……面白くないですし、リアスはこれまでにも何人もの殿方にアタックされましたわ。今回もそのうちの一つではないんでしょうか?」

「そうでしょうか。私は今回ばかりは当たりだと思うのですが」

「そんなことないですわ。リアスと悠馬くんはただのご友人ですから」

 

 抱いている感情が友人なのかそれ以上なのか、それは本人にしか分かりえないことであろう。少なくともこうして話しているだけでは何かが分かるということはない。

 しかし朱乃はリアスが悠馬に靡いているなどと思いたくはなかった。

 

「だいたい悠馬くんは人間なんですから、そんなことあるわけないじゃないですか」

「ただ好きになるのに種族の差はあまり関係ないと思いますけど」

「ソーナさんはそんなにリアスと悠馬くんをくっつけたいのですか?」

「ふふ、そうですね。そっちの方が見てて楽しいという意味では否定しませんね」

「……あまり趣味がいいとは言えませんわ」

 

 蒼那は比較的に悪魔の中でも革新的な思考の持ち主だ。

 これは日ごろ破天荒な姉に振り回されているうちに自然と世のしきたりに疑問を投げかけることができたからかもしれない。そしてそれは彼女の上級悪魔・下級悪魔・転生悪魔の身分にとらわれないレーティングゲームの学校を設立するという夢にも反映されている。

 それゆえに彼女は人間と悪魔とが仲睦まじくする未来にそれほど抵抗がないのだろう。

 

 一方、朱乃はというと蒼那とは対照的に保守的である。

 それは別に彼女の頭が固いだとかそういうことではない。むしろ頭の回転は速い方だ。

 ではなぜそうなのか。それは彼女の暗い過去に原因がある。

 彼女は幼少のころ堕天使と人間のハーフとして迫害されていた。大勢の社会のなかで彼女は常に少数派だった。そして忌むべき子である自分をかばって母が殺された時、自分に手を差し伸べてくれたのはリアス・グレモリーしかいなかった。

 そんな過去を持つ彼女は自然と防衛本能がはたらく。だから人間と悪魔が恋をするというリスクの高く、そして自らの悲痛の過去を呼び覚ますようなことに対して身構えてしまうのもしょうがないことなのであった。

 

「とは言え、結局のところはリアス次第なのですけどね。ところで朱乃さん、フェニックス家との縁談はどうなっているんですか? リアスはなかなか話してはくれないので」

「非常に悩んでるといったところですわ。事情が事情ですから。しかし最近はご実家に抗議の文を送ったり、グレモリー卿への発言力を高めるためか悪魔稼業を熱心に取り組んでいますわ」

 

 きっとそれはグレモリー家繁栄のためにライザー・フェニックスと婚約しなければならないという閉ざされた宿命に抗おうとしている(あらわ)れなのだろう。夏明けはまだ自らの運命を受け入れるか否かに悩んでいる状態だったが、ここにきて彼女はようやく一歩踏み出せたのだ。

 

「……認めたくはないですけど、きっとこれは悠馬くんのおかげなのでしょうね」

 

 朱乃はぽつりと言った。

 彼は彼女をグレモリー家次期当主でも、魔王の妹でも、学園一のマドンナでもない、ただ一人の少女としてありのままの彼女を見つめてくれた。

 そして同時に彼は星を掴むほどに難しいミュージシャンの世界を夢見て、それをひたむきに目指す姿を彼女にしっかりと焼き付けた。険しく難しい道であっても、輝かしい希望という存在を見せてくれた。

 悠馬は悲観の中にいたリアスに光を当ててくれたのだ。それは悪魔でも魔王でもない、何の力も持たない悠馬だからこそできたことなのだろう。

 

「朱乃さんが悠馬さんにそういうこと言うのって珍しいですね。てっきり目の敵にしていたのだと思っていました」

「うふふ、私はむしろ悠馬くんみたいな殿方は好きですよ。ただ彼がリアスの隣にいるのが嫌なだけです。けれどもしリアスが悠馬くんのことを本気で慕っているのだと言うのなら、私は全力で応援いたしますわ。たとえ神や魔王様に抗うことになったとしても」

「殊勝な心構えですね」

「当然です。私は彼女の女王(クイーン)なのですから」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 そして来たる3月14日のホワイトデー。

 リアスは朱乃と蒼那を伴って隣県にやってきた。悠馬たちのライブがあるのは地元にあるライブハウス。

 広さはさすがに駒王学園の中庭ステージよりかは狭かったが、音響機器が充実していて素人目から見てもいい環境であるということが見て取れる。

 そしてリアスたちが着いたときにはすでに何人も人がいて、前列はD×Dという文字の入ったうちわを持つ熱心そうな女の子たちで埋まっていた。彼女たちはこの地に住まう〝Deafness Days“のファンなのである。

 またそこかしこにはどこから知ったのか、駒王学園の生徒らしき女の子たちもいた。

 

「リアス、何であなたはそんなにキャップを目深く被っているのですか? そんなことしても見る人が見ればあなただってすぐに分かりますよ」

「そうですよ。朱乃さんの言う通りです。むしろ逆に目立ちますし、一緒にいる私たちまで恥ずかしくなるのでやめてください」

「うっ、分かったわよ……」

 

 リアスは被っていたキャップを外し、紅い髪を靡かせる。

 悠馬から誘われた時はとても嬉しくてこの日が来るのを待ち遠しく思っていたけど、いざやってくると何だか急に恥ずかしくなってしまった。

 周りにいる女の子のなかには悠馬に近づきたくてやって来たという子もいるだろう。自分もそういう子の一人に見られていないかと考えてしまうとどうしても気になってしまうのだ。

 だけどそういう態度こそが疑念の種になるということを彼女はなかなか気付かないのである。

 

 

 そうこうしているうちに開始時間に差し掛かり、“Deafness Days”のメンバーと司会らしき髭を生やした男性がステージへ上がった。

 

「それではみなさんおまたせいたしました! 今日は我がライブハウスで生まれた“Deafness Days”のホワイトデーライブ! 彼らからのホワイトデーのプレゼントだと思って存分に楽しんでいってください!」

 

 軽快なドラムとともに始まるライブ。

 最初の曲は駒王の学園祭ステージで最後に演奏した曲だった。学園祭の時は有名な曲ばかりを演奏していたが、いきなり彼らの曲をやるあたり、今日は“Deafness Days”の曲尽くしなのだろう。

 そうして次々と演奏されていく曲の数々。

 少ないながらも朱乃や蒼那みたく駒王から来た生徒にとってそれは初めて聴く曲ばかりであった。しかしリアスは違った。彼女は日ごろから悠馬に曲を聴かせてもらっていたのだ。そのため彼女は悠馬たちが演奏する曲がどんなものなのかすべて知っていた。そして悠馬のミュージックプレイヤーを通して聴いた曲が、ライブではどう聴こえるのか非常に楽しみにしていたのだった。

 

 しかしとうとう訪れた最後の曲。

 今まではどれもリアスが聞いてきた曲だったのだが、こればかりは違った。それは悠馬たちがこの日のために作ってきた曲だった。その曲の名は“Scarlet Lady”。紅い貴婦人という意味だ。

 蒼那と朱乃はこの名を見た瞬間にクスリと笑いそうになってしまった。ここまでストレートなタイトルもそうそうないだろう。

 一方、リアスはこの曲のモチーフが自分だとは気付かなかった。だけど彼女は初めて聴くこの曲をすぐに好きになった。彼女は“Deafness Days”の曲のほとんどが好きなのであるが、そのどれよりもこれを気に入った。

 リアスは歌っている悠馬へと視線を向ける。

 会場の熱気にあてられてか、それとも歌うことにすごく体力を使っているのか、悠馬はひどく汗をかいていた。だけどリアスはむしろそんな彼の姿がとてもかっこよく思えた。

 百数人もの人がいるなかで悠馬はどんな時よりも堂々としていて、活き活きとしていた。リアスには彼の歌が果たして日本でどれだけ上手いのかなんてわからない。しかし彼はきっと聴く人みんなから愛されるようなそんな歌い手になれるとリアスは確信した。何せまったく歌に興味のなかった自分がこんなにも彼を見ているのだから。

 そして曲がサビへと入り、会場が一気に盛り上がりを見せる。

 リアスは顔を紅潮させ、心臓をバクバクと鼓動させた。それはただただ楽しくて気分が高まったからというのもあるだろう。周りの白熱さにつられてテンションが上がったからというのもあるだろう。

 だがおそらくは彼女の目の前に誰よりも真摯に音楽に向き合っている彼の姿が映ったということこそが本当の理由なのだろう――。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ホワイトデーライブ後の楽屋。

 悠馬たちは今日のライブの成功を祝った。高校生活最後にふさわしい盛り上がりをみせたのだから当然だろう。彼らがデビューして以来見てきたここのオーナーも涙を流して彼らを称えた。

 するとそんな状況下でリーダーの大悟が神妙そうな面持ちで口を開いた。

 

「えー、こほんっ。諸君、今日を持って我が“Deafness Days”は一年間活動休止することになる。そして受験勉強に向けて頑張っていくことになるのだが、我々には共通の夢があるはずだ」

 

 いつもはおちゃらけている大悟だが、その眼差しは至って真剣であった。

 

「そう、それはいつの日かこのメンバーで両国競技館に立ってライブをすることだ……!最初はモテたいからって理由で始めたこのバンドだけど、今は違う! 有名になって俺たちの名を世界に広めていこうじゃないか!」

 

 大悟がそう言うと、残りの3人は拳を前に突き出した。

 

「おう、じゃあこれを持って“Deafness Days”はみんなが受験を終わるまで休止することを宣言する!」

 

 そうして大悟はみんなの拳に己の拳をぶつけた。みんなもの惜しそうな思いを持っていたが、それでも彼らは笑って宣言を受け入れた。

 

「いやいいねぇ、青春ってやつは。俺くらいの歳になるとそんな臭いセリフを吐けねえからなぁ」

 

 オーナーは彼らのことを見て笑い、そして自分の学生時代の頃を振り返った。あの頃は彼らと同じ夢を追いかけていた若者で、それが今となってはそんな若者たちの相談役となっているのだ。

 

「よし! お前たち、今日の夜は奢ってやるぞ! お前たちの引退記念だ!」

「おっちゃん、引退じゃないって。一年間活動休止するだけだってば」

「そんなのどっちも変わらんさ! 寿司でも焼肉でもどんとこいだ!」

 

 オーナーは髭を触りながら豪快に笑った。こういう太っ腹なところがここを使う若者たちを惹きつけるのだろう。

 するとヨシがオーナーに声をかけた。

 

「おっと、おっちゃん。ちょいと悠馬のやつは抜けるぜ」

「ん? どうかしたのか?」

 

 オーナーは悠馬のことを見る。悠馬は彼から視線をそらし、頬を掻いた。

 

「いや、ちょっと用事があってね」

「なるほど女に会いに行くのか!」

 

 遠慮を見せないオーナーの発言に、悠馬は顔を真っ赤にして縮こまる。まさに図星だった。

 

「ほんと悠馬って分かりやすいよな! すぐに顔に表れるんだから」

「う、うるさいぞ大悟!」

 

 恥ずかしそうにしている悠馬をメンバーはケラケラと笑った。

 

「だけどまぁ何だ。早く行って来いよ、その女の子のもとにさ。さっさとしないと女の子帰っちゃうぞ?」

「晴れて結ばれたらちゃんと報告しろよ? お前の義務だからな」

「そうだぞ。そしてそうなったら合コンセッティングして俺と大悟に貢献しろよな」

 

 大悟、ヨシ、翔はそう言って悠馬の背中を押した。

 今思えば悠馬の恋はいつも誰かに後押ししてもらったものだった。修学旅行では晶と健が悠馬をリアスと同じ班にしてくれた。学園祭の時はメンバーが悠馬のお願いに応じてくれてわざわざ駒王までやってきてくれた。そして今回のライブも悠馬が想い人のために急遽作った新しい曲を嫌な顔一つせず受け入れてくれた。

 

「ありがとうな、みんな。俺ってどうしようもないくらい幸せ者だな。……じゃあ、行ってくるよ」

 

 

 

 

 




適当そうに見えたバンド名“Deafness Days”。実はDDとかけていました。気付かれた方がいるとちょっとうれしいです。

それにしても今作に出てくるキャラたちは本当にいいやつばかり……。タグに“優しい世界”もつけ加えた方がいいのでしょうか? なお。
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