* * *
「夜兎、夜兎、今日は天気が良い。少し歩くけれど、お前を連れていきたい所があるんだ」
「ほんとうっ!?行きたいわ、兄さん!」
「よしよし、じゃあ着替えておいで」
日当たりの良い縁側で、六つばかりの少女と、十か十一くらいの少年が会話をしている。
「はい兄さん!」
そう言って笑顔で家の奥へかけて行った少女と少年は兄妹らしく、兄と呼ばれた少年は薄手のうちかけを一枚羽織り、戸口へ向かう。
_____ガラリ
戸を開け外に出ると、暖かい風がさらりと少年の頬を撫でる。
少しして、家の奥から再び少女がかけてくる。
「兄さん、兄さん!あのね…この前お母さんがくれた簪をさしてみたのっ」
風に当たっていた少年が振り返る。
「んー?どれどれ……」
* * *
「………。」
見覚えのない天井に私はゆっくりと瞬きをくり返した。
だんだん意識がはっきりしてくる。
どうやら、私は布団に寝かされているようだ。
(そうだ……あの時「夜兎」と呼ばれて、急に知らない記憶が…)
「にしても……ここは?」
のろりの体を起こすが、さきほどのような激しい頭痛はもうほとんど感じず、ホッと息をつく。
ざっと部屋を見る限り、私の知ってるどこかではないようだ。
_____ガラッ
まだ頭に若干の痛みを感じながらも、布団から出ようとした瞬間、部屋の襖が開いた。
「あ…起きられたんですね。気分はいかがですか?夜兎さん」
入ってきた薄い栗色の髪の男は、手に水桶と手拭ぬぐいを持っていることから察するに、私の看病をしてくれていたのだろう。
私は驚きつつも、布団の上で姿勢をただす。
「はい、えっと…もう大丈夫です、けど…あの」
だんだん声がすぼんでいく私に、男は
軽く笑った。
「なら良かった。あ、そこに替えの着物用意しておいたので、着替えたら俺を呼んでくださいね。部屋の外に居ますから。」
「え?ちょっ……」
戸惑う私に、男は爽やかな笑みをひとつ残しパタンと襖を閉め、外へ出ていってしまった。
「……わけがわからないわ」
とは言ったものの、確かに今の姿はみすぼらしい。
所々炭で汚れ、一部は穴まであいている。
今の所あの男に全く見覚えはないし、ここまでの厚意を受ける理由も特に思い浮かばない。
そのうえ、さっきまで一緒にいた木兎さんがどこに行ったのかも少し気になる。
が、助けてもらい、看病までしてもらったことはおそらく事実なのだろう。
ならば厚意に甘えさせて頂くのが礼儀であろう。
そう決し、恐る恐る側に置かれていた着物にそでを通す。
「……大きい」
ポツリと呟いてから、はっとして首を勢いよく横に振る。
(わざわざ用意して下さったんだ。少しくらい我慢しないと…)
おそらくこれでも小さめの男物の着物に着替え、これはたまたまそこにあった物なのか、それとも私の為に誰かが親切に置いてくれたのか分からないが、部屋の隅にあった小さめの置き鏡でさっと髪を整え部屋の襖を開ける。
ふと、廊下の右奥の方から料理でもしているのか良い匂いがして、ついそちらが気になってしまう。
と、背後から
「夜兎さん、まずは皆さんに無事を伝えに行きましょうか」
「ひ…は、はいっ」
振り向いたそこにあった男の笑顔が少しだけ黒く見えた気がして、私は急ぎそちらへ向き直った。
「すみません、あの……」
「うーんと、とりあえず歩きながら話しましょうか」
言って男が廊下を左の方へ歩き出したので、私も駆け足について行くった。
「……。」
「____。」
歩きながら話す、と言ったわりに男はスタスタと前を歩いて行ってしまうため、声をかけられず結局沈黙が続く。
今、男の背を追うかたちで歩いてみて初めて気づいたが、腰に刀がさがっているのが見える、ということはこの男は侍…なのだろうか。
(あぁ、聞きたいことが山ほどあるのだけど…)
と、ひとりでもんもんと考えを廻らせていると、突然前を歩いていた男が立ち止まった。
当然、そんなことに気づけない私は、男の背に顔面からぶつかってしまう。
「っわ…!!」
「あ、すみません」
立ち止まった男は私の方へくるりと向き直ると唐突に
「俺は、新撰組一番隊隊長、沖田総司と言います」
ずいぶんと唐突な自己紹介に、私は首をかしげながら頷く。
「はぁ、そうなんです……か、って……えぇっ!?」
が、すぐに言葉の意味を理解し、あまりの驚きに後ずさる。
「新撰…組っ?……の、お、沖田!?さんっ?」
二つの単語は、そのどちらもかなり有名なものだ。
良い意味でも、悪い意味でも。
そのせいで、再び私の頭は混乱状態に逆戻りした。
そんな私の慌てぶりを見て、男____沖田さんは不思議そうな顔をする。
「あれ、今言うべきじゃあなかったかな…」
「……なんで急に、」
私は素直な疑問をもらす。
すると沖田さんはなんでもないように口を開く。
「え?だって、聞きたくてしかたがない、って顔をしてたので。あなた」
「…へ?」
私がパチクリと目を瞬かせていると、沖田さんは面倒そうに浅くため息をつき再び歩き初める。
「まぁ、もういいか。明兎さん達の所まで連れていけば良いことだしな」
そんな彼の動作を、終始呆然と見ていた私は沖田さんが
「ほら、こっちですよ」
と半身後ろを振り向き投げた言葉にはっとし、慌ててその背を追った。
相変わらず二人の間には沈黙が続いたが、先程よりも沖田さんの歩調がゆっくりとしたペースになった気がして、私は少しだけ頬を緩めた。
* * *
「おぅ、飲め飲めトシ!!」
「いやぁ、近藤さんもう俺は…」
「いーからほら!もっとのめぇ~」
「はぁ…」
___ガラッ
「土方さーん」
沖田さんの緩い声と共に大広間の襖が開かれると、大広間の目がちらほらとこちらにむ向く。
大広間では、溢れんばかりの男達がそれぞれ酒を組交わしたり、一部は酔いがまわっているのか半裸で裸踊りをしたりしている。
まるで宴会のような賑わいに、沖田さんの後ろで、私はただぼうっと立つほかなかった。
しかし、すぐに見知った姿が私を呼ぶ。
「おぉ、夜兎ー!もう待ちくたびれたよ」
「木兎さん…」
数時間前に初めて会ったばかりの人なのに、見知った顔がひとつあるだけで、なんだかほっと安心できた。
沖田さんがすたすたと、その木兎さん達が居る男達の集団の方へ歩いて行くので、私もそれにならい、そちらへ向かうと、よくわからないまま木兎さんの隣に座らさせられた。
「ごめんね夜兎、俺が迎えに行けなくて。あ、ていうかもう大丈夫なの?」
「あ、いえ…。はい、おかげ様で」
私が小さく答えると、果物の盛られた大皿に手を伸ばしながら、木兎さんが笑う。
「そう、なら良かった。あぁ、でも驚いたでしょ、屯所に運ばれてて」
「えっ、じゃあやっぱりここは……」
(ここが屯所なら、さっき沖田と名乗ったあの人は……)
私はちらりと、数人の男達と酒を酌み交わす沖田さんに目をやる。
「ぁ……」
ふと目が合うと、沖田さんは一度たけにこりと笑い、またすぐに側の男達と談笑し始めた。
そんな私にきづいてか、木兎さんが再び口を開く。
「沖田さんとは、話したんだよね」
「あ、はい」
「一応、紹介しようか…ついておいで」