真剣で私に恋しなさい!~暦の五月~ 改   作:名枕(ナマクラ)

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第一話 皐月薫は日常を過ごす

 ◆――――――◆

 

 

――男の話をしよう 見目麗しいと称するに相応しい一人の少年の話を――

 

 

――男は幼少期、ある事情から今の養父母の元へ引き取られ、そしてある事情から預けられたその地で運命の出会いをする――

 

 

――風間ファミリーと呼ばれる彼らとの出会いは、当時の少年にとって大きな変化を齎した――

 

 

――そして少年は成長し、現在では容姿端麗、文武両道、さらに家事万能と、文句の付けようのない程になった――

 

 

――もちろん欠点がないというわけではないが、それを差し引いたとしても高スペックである事には変わりないのも事実である――

 

 

――しかしそんな彼も、誰にも知られたくない秘密を抱えて日々過ごしている――

 

 

――これは、そんな一人の少年の物語である――

 

 

 

 ◆――――――◆

 

 

 

――川神院――

 

 太陽が地平の彼方より姿を見せ始めた早朝、開いた襖から一つの人影が現れた。

 

 長襦袢を身に纏ったその人物は、その腰まである紺の長髪を棚引かせて廊下を歩いていく。顔の造形は整っており、中性的とも言えるその容姿は、肌の白さも相まって穢れのないものでありながら、どこか色気を感じさせるものであった。

 

 この人物の名は皐月薫。一時期川神院に預けられ、風間ファミリーの一員となり、現在は川神学園に通う学生である。

 

 一時期故郷に戻っていたが、進学先として川神学園に通うようになった今では、昔からの縁で川神院に下宿している。

 

 その薫が洗面所に向かうため廊下を歩いていると、玄関にて一人のポニーテールの少女、川神一子が薫に気付いて元気よく声をかけてきた。

 

 

「あ、おはよー薫!」

 

「おはようワン子。今日もこれから新聞配達か?」

 

「うん! ついでにそのまま修行がてら走り込みに行ってくるわ! ……ところで薫はどうしてここに?」

 

「顔を洗うために洗面所に行こうと思ったのだが……」

 

「……薫の部屋からだと、洗面所ってここと逆方向じゃない?」

 

「……そうだな。どうやらいつも以上に寝ぼけていたようだ」

 

「あ、あはは…………それじゃアタシはそろそろ行くわね! 後でまた修行見てよね!」

 

「わかったよ。気を付けていってらっしゃい」

 

 

 一子を見送った後、無事洗面所に辿り付いて顔を洗って意識を覚醒させた薫は、ジャージに着替えて布で髪を背中の辺りで括ってから、まだ誰もいない鍛錬場にて一人で一時間程自己鍛錬を行う。

 

 本人曰く、『健康の為にしている鍛錬』との事だが、常人からすれば十二分にハードな内容である。それを毎日熟している薫も必然的にそれ相応の実力を持っていると推測されるが、その性格からか、薫の実力を実際に目にした者は数少ない。

 

 鍛錬場にも人が増えてきた頃、自己鍛錬を終えた薫は風呂場にて軽く汗を流し、制服に着替えた後、その上から割烹着を纏い、髪を後頭部辺りで纏め直してから厨房へと足を踏み入れる。

 

 

「おはようございます」

 

「おはようございます薫殿。いつも助かります」

 

「これくらいならなんてことはないですよ。それで、何からしていきましょう?」

 

「ではまず――――」

 

 

 そのまま薫は川神院の修行僧に振舞われる朝食の準備を手伝い始める。

 

 大人数の修行僧を抱える川神院の食事量は凄まじいものである。手伝いとはいえそれは決して片手間で出来るような事ではないが、これもまた日課として熟してきたためか、薫にとっては既に慣れた作業であった。そのついでに弁当を二つ拵えるのも習慣になっていた。

 

 

「お腹空いたー。何か摘まませろー」

 

 

 そこへ朝の鍛錬終わりで腹を空かせた黒髪紅眼の美少女、川神百代が現れた。

 

 

「あともう少しで出来るから少し我慢をしてくれないかな、モモちゃん」

 

「えー、我慢できないから来たんだろー。何かくーれーよー」

 

「我慢しなさい」

 

「ちぇー……隙あり――――!」

 

 

 その瞬間、まさに神速と呼ぶに相応しい速さで既に出来上がった玉子焼きに百代の手が伸びた。

 

 

「――駄目と言っているだろう」

 

 

 が、誰も認識できないと思われたその百代の動きを、薫は的確に見切って玉子焼きに手が届く前に百代の手をパシンとはたき落とした。

 

 

「薫のケチー! ちょっとくらいいいじゃないかー!」

 

「……はぁ、少し今日の弁当、おかずを増やしてあげるからそう拗ねない」

 

「本当か! さっすが薫!」

 

「危ないっ!? 今は包丁持っているから抱き付かないでくれ!」

 

 

 薫の気遣いに百代は後ろから抱き付いて喜びを表現する。本来は嬉しい行動だが、手に包丁を持っている薫としては堪ったものではない。

 

 

「うーん、それにしてもだ。何て言うか……エロいな」

 

「……いきなり何を言い出すんだ?」

 

「似合っている割烹着に普段は髪で見えない色気あるうなじ……女の私でも後ろからガバっとしたくなるエロさだ」

 

「それ今実際にしている……というかそれは褒めているのか?」

 

「褒めてる褒めてる。惜しいのはお前が()だっていう事だなー」

 

「……そこは惜しいのか?」

 

 

 

 ……今まで紹介してきた皐月薫だが、その顔立ちや体の線からよく女性に間違われるが、歴とした男である。

 

 

 ◆――――――◆

 

 

――廃ビル・秘密基地――

 

 

 風間ファミリーというものがある。

 

 キャップと呼ばれる風間翔一を中心に集まった幼馴染の集まりである。

 

 始まりは幼少期の風間翔一と直江大和、そして岡本一子――のちの川神一子の三人だったが、そこに島津岳人、師岡卓也が加わり五人に、さらに川神百代、皐月薫が加わり七人、最後に椎名京が加入して八人となった。

 

 中学の時、京が両親の離婚により川神を離れて静岡の学校に行く事になった。

 

 彼女は誰よりも風間ファミリーというグループを愛していた。それこそ、ファミリー以外には興味がないと言ってもいい程に。

 

 だからこそ、彼女は時間を作って金曜から週末にかけて川神に戻ってきていた。もちろん風間ファミリーの面々も京のために予定を空けて金曜日には秘密基地である廃ビルに集まった。

 

 そしてその習慣は、川神学園に入って京が川神の島津寮で暮らすようになった今でも続いている。

 

 誰もやめようとは言わない。何故なら秘密基地で仲間が全員集まる時間は、その心地よい物であるからだ。

 

 

 これが今も続く『金曜集会』である。

 

 

 そして三月の第二金曜日であるその日も、風間ファミリーの面々は秘密基地に集っていた。

 

 

「ぐまぐま……」

 

「いやーうめぇな薫の作ったクッキー!」

 

 

 袋に入ったクッキーを貪り食う一子の横でリーダー・風間翔一はそのクッキーを作ってきた薫に感想を伝える。

 

 

「そこまで大したものではないよ。時間があれば作れるようなものでしかないし」

 

「はい、みんな。飲み物の準備ができたよ。というか僕は薫に作られたわけじゃないよマイスター」

 

「いやどう考えてもそういう事じゃないだろ」

 

 

 薫とともに飲み物を入れてきた球体型のお世話ロボット、クッキーの反応に軍師役の直江大和がツッコミを入れる。

 

 

「というかバレンタインのお返しで作ってきた薫の菓子を男共も食うってどういう事だ。それはチョコをやった私に献上すべきだろ。特にガクト」

 

「何でだよモモ先輩、俺様だってちゃんと貰った分は返しただろ?」

 

「いやいやホワイトデーにプロテインを渡すとか前代未聞でしょ!」

 

 

 百代の発言に対して筋肉を強調しながら反論する島津岳人に、少し線の細い少年、師岡卓也は思わずキレのあるツッコミを入れる。

 

 

「あ、大和、私へのお返しは自前のホワイトチョコレートでいいよ。既成事実、既成事実」

 

「少し自重しようか京」

 

 

 そしてどさくさに紛れて大和へ愛の告白を超えた事を口にする椎名京。

 

 

 この八人と一体が風間ファミリーであり、このやりとりこそ彼らにとってのいつも通りの日常であった。

 

 

「じゃあそろそろ明日何するか決めようぜ!」

 

「あ、その前に少しいいか?」

 

 

 リーダーである翔一が今日の議題を上げようとした時、薫が挙手してそれを止めた。

 

 

「お、何だ薫? 何か提案でもあるのか?」

 

「いや、そうではなく、伝えたい事があってだな」

 

「伝えたい事? ……彼女ができたとか?」

 

「そしたらコロス。盛大にコロス」

 

「ははは、男の嫉妬は見苦しいぞガクトー…………で、相手は誰だ?」

 

「姉さんも落ち着きなよ」

 

 

 京の発言によって敵意を滲ます岳人と百代を大和が諌めるが、しかし二人の態度が変化する様子はない。

 

 

「彼女はまだいないが…………というか何故それで殺されなければならないんだ……」

 

 

 その様子を見て呆れて溜息を吐きながらも、気にしてもしょうがないと割り切った薫は本題に入る事にした。

 

 

「実は妹が今度川神に来ることになったんだ」

 

「妹?」

 

「こっちに来るって観光か何かで?」

 

「いや、進学先に川神学園を選んだらしい」

 

「おお真剣(マジ)か」

 

「てっきり地元の進学校に行くのかと思っていたのだが、入試に合格したから3月中には川神に来ると連絡があったんだ」

 

「なら妹ちゃんも川神院(ウチ)で預かるのか? ジジイから何も聞いてないが」

 

「いや、川神院とは別に下宿先はもう見つけてあるらしい。それで何だが……」

 

 

 そこで言いにくそうに口を閉じて、一区切りを付けてから再び口を開いた。

 

 

 

 

「私もそちらに移ろうかと思っている」

 

 

 

 

「…………へ?」

 

「何、だと……!?」

 

 

 薫の発言にまず驚きの声を上げたのは、意外にも同じく川神院の住人である百代と一子であった。

 

 

「下宿先の部屋なのだが、妹一人で暮らすには広いらしく、両親としても妹一人だと心配だという事もあって打診されたんだ。私としてもいつまでも川神院で世話になり続けるのもどうかと思っていたのでいい機会だと思い、少し考えてみる事にした」

 

「学長とかには言ってあるの?」

 

「鉄心さんには既に了承を得ている。今度下見に行く予定だが、まああの妹が選んだ場所だから問題はないだろう」

 

「でもそれだけで川神院から出ていくってよく踏ん切れたなぁ」

 

「やっぱり妹さんが心配だからかしら?」

 

「それもあるが、それ以上に妹も私を心配していて……」

 

「何でさ!?」

 

「何やら、川神院で迷惑をかけてないかとか一人で学校に行けているのかとか……」

 

「前者はともかく後者は否定できねーわな」

 

「こっち戻ってきてもう一年になるのに未だに川神院から学校まで迷わずに行けねーもんな」

 

「そんな事はない! 半年前くらいにはもう迷わずに登校可能だった!」

 

「迷わなくなるのに半年かかった時点で問題あるからね!」

 

 

 卓也のツッコミに、渋い顔をしながら薫は手にした湯呑を口にして一息吐く。

 

 

「…………ま、まあそんなわけだから――――」

 

 

 否定できない所を突っ込まれて何も言えなくなってしまった薫は話の矛先を戻そうと改めて口を開いた。

 

 

 

 

 

「異議ありッ!!」

 

 

 

 

 

 が、それは百代の力ある一声によって遮られた。

 

 

「モモちゃん、異議ありって……?」

 

「決まってるだろ! お前が川神院から出ていくって事は、誰が私の弁当を作るっていうんだ!?」

 

「……いや、モモちゃんの弁当は川神院の調理担当の人も作っているだろう」

 

「それは早弁用だ! 昼休みに私がユミとかに見せびらかしながら食べる弁当がなくなるじゃないか!」

 

「姉さん、そんな事してたの?」

 

「弁当くらいならこれからも作ってくるが……」

 

「というかどういう経緯で薫がモモ先輩に弁当作るようになったんだ?」

 

「元々はモモちゃんが借金をする機会を減らすためだったんだが……」

 

「ちなみに借金の度合いは前に比べてどうなのモモ先輩」

 

「……そ、それは……うん、何て言うか……」

 

「むしろ昔より増えてない? 姉さんへの借金を俺に対して取り立てに来る人、数増えた気がするんだけど」

 

「……これからはモモちゃんの分は作らないでおこう」

 

「うわぁぁぁぁぁ!?」

 

「見事に墓穴掘ったね」

 

「……よくもばらしてくれたな、や~ま~と~!」

 

「矛先がこっちに!? 薫、助けてくれ!!」

 

「そんなわけで下見に行くから明日は抜けさせてもらうよ」

 

「しゃーねーなー」

 

「あれ、スルー!?」

 

「てか薫の妹ってどんな感じなんだ?」

 

 

 百代に絡まれる大和を放置したまま、ちょっとした疑問が頭に浮かんだ翔一は薫に尋ねる。

 

 

「どんな感じと言われても……とりあえずガクトの好みからは外れているとは思うぞ」

 

「まあ薫の妹って事は当然俺様よりも年下なわけだしなー」

 

「よし! じゃあわかりやすく『何々系女子』で表してみろ!」

 

「そうだな、何というか……」

 

 

 翔一の出したお題に、緑茶で喉を潤しながら少し考え、言葉に迷いながらも薫は口を開いた。

 

 

「……黒幕系女子?」

 

「それどういう子なのさ!?」

 

「とりあえず恐ろしく頭の回転がいい。そして人を使うのが恐ろしく巧い」

 

「つまり、大和みたいな感じ?」

 

「いや、大和とはまた違うタイプだな。大和はギブ&テイクで人を動かすタイプだが、奏は何と言うか……策謀と忠誠と虚言で動かすタイプと言えばいいのか」

 

「とりあえず腹黒そうな事はわかった」

 

「つまり詐欺師?」

 

「お前たち、人の妹を何だと思っているんだ」

 

「黒幕系女子扱いしてたお前が言うな」

 

 

 

 

 こうしていつものように金曜集会の夜は騒がしく流れていった。

 

 

 

 

 

 

 ……しかし、この決断が後に彼の人生を大きく変える事になるとは、この時誰も知らなかった

 

 

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