真剣で私に恋しなさい!~暦の五月~ 改   作:名枕(ナマクラ)

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第二話 皐月奏は誑かす

 ◆――――――◆

 

 

――女の話をしよう 生まれながらの支配者たる少女の話を――

 

 

――少女の生まれは平凡だった 父は書道家、母は武道家と、支配階級とは縁遠い家柄だった――

 

 

――しかし少女は生まれながらにして支配者としての才覚を持っていた――

 

 

――今まで少女が通った全ての教育機関は、全て少女の色に染まり、少女の手足となった――

 

 

――少女と敵対した者はその悉く打ち破られ、解体され、殲滅され、少女の傘下に組み込まれた――

 

 

――一般階層に生まれ、後天的な教育もないままに、少女は支配する側の人間であった――

 

 

――しかし少女の望みは叶わない 生まれながらの支配者であるが故に叶う事はない――

 

 

――一人の女として意中の男と結ばれたいという願いが叶わない――

 

 

――己が支配する側から降りなければ叶うわけもない願いだと、少女自身が一番知っていた――

 

 

 ◆――――――◆

 

 

 

 私が彼に会ったのは小学生の頃だった。

 

 父が友人の元へと訪ね、色々あってその友人の子供であった彼を養子として引き取る事になって、父が家に連れてきたのが最初の出会いだった。

 

 当時の彼は何を考えているのかわからず、特に主張もせず、要望もなく、感情も出す事もなかった。『ただ生きているだけの死体』などという表現があるが、そう言い表すのが適切であるように子供ながらに感じていた。

 

 彼のそんな様子を感じ取った両親は、このままではまずいと母の伝手で川神院という武道寺に預ける事にした。

 

 ……今思えば、当時の彼に惹かれる要素などなかったのだが、しかし私はその当時からどこか彼に惹かれていた。おそらく一目惚れだったのだろう。

 

 それからしばらくして、彼は我が家に戻ってきた。そこからは家族として私たちは絆を育んでいった。……長期休暇の間は川神院で過ごしていたのには少しばかり嫉妬していたが、その辺りは置いておくことにする。

 

 そんなある日、彼に私の夢について話した。友達や先生、親にも話しても曖昧に笑われ、遠回しに現実を見ろと窘められた私の将来の夢の話を。

 

 出来れば彼にはこの夢を笑わないで欲しかった。しかし内心、きっとこの人も同じような反応をするのだろうと……そう思っていた。

 

 

「それは具体的にはどういう形でしたいんだ?」

 

「……え?」

 

 

 だからこそ彼に真顔でそう返された時には思わず呆けてしまった。

 

 その後、私は語った。それは無我夢中に語った。夢を叶えるための具体的な方策、過程、問題点、解決策。頭の中で思い描いていた夢の設計図、そして語っていく中で新たに湧き出てくるアイディア。その全てを飽きもせず語り続けていた。

 

 その私の語った夢の方策に対して、彼は静かに聞き、時に疑問を呈し、時に改善案を出した。もちろん私の案を否定する事はあったが、しかしそれでも私の夢自体を否定する事はなかった。

 

 

「……どうして笑わないの?」

 

「……笑う所があったのか?」

 

 

 つい私が零したその疑問に対しても、彼は本気で疑問で返してきたのを見て、彼は本心から私の夢を応援してくれているのだと信じる事ができた。

 

 

「お前の夢に協力できるとは言わないが、応援する。簡単に成就するとも言わないが、きっとお前なら出来るはずだ」

 

「どうしてそこまで言えるの?」

 

「何かに挑む事はとても素晴らしい事だ。人はきっと、試練に挑む事で更なる高みへと昇れるのだと私は信じている。諦めなければ夢は叶うと信じているんだ」

 

 

 笑みを浮かべながらそのように語る彼の顔から私は目が離せなかった。

 

 

 

 ◆――――――◆

 

 

 

「……で、お前は一体何を企んでいるんだ、奏……?」

 

「企んでいるとは失礼ですね。何を根拠に言っているですか?」

 

 

 皐月薫は頭を抱えながら、隣に立つ一人の少女に問い掛ける。

 

 純白のブラウスに朱い紐タイを巻き、黒のロングスカートを優雅に着こなした黒の長髪の少女――皐月奏は、自信に満ち満ちた表情を浮かべながら兄の言葉に対してさらに質問で返した。

 

 ここまでで薫が感じたおかしな所を的確に指摘するべく、今日の行動を振り返る事にする。

 

 

 まずは川神駅にて今日引っ越してくる妹の皐月奏と待ち合わせをして合流。ここまでは問題ない。

 

 

 奏の先導の下辿り着いた下宿先は、二階建て庭付きの一軒家。ここまでも、まあ問題はない。

 

 

 特にインターホンなどを鳴らすなどもせずに何故か持っている鍵を使って勝手に入っていく。中には誰もいなく、家具はあるものの生活臭は感じられない。どう考えても明らかにおかしいが、一度置いておく。今一番指摘しなければいけないのはそこではないのだ。

 今何よりも指摘しなければならない点、それは……

 

 

「普通の家にこんな地下室なんてない!……地下室はあったとしてもこの規模は異常だ!」

 

 

 今いる場所は、その下宿先である一軒家にあった地下室。だが地下室などという括りで済ませていいものでは決してなかった。

 

 地下へ降りるための隠し階段。階段を下りた先にある指紋認証システム付の重厚な扉。扉の先に延びる長い通路。その通路に沿ってある無数の扉と終点に存在する扉。扉の先には、様々な情報を出力している巨大モニターや複数のコンソールが設置されており、どこかの指令室のようにも思えた。

 

 例えるならばアニメや漫画で出てくるような秘密組織が使っているような秘密基地と表現してもおかしくない規模にまで広がった地下空間がそこにあったのだ。

 

 

「流石は兄さん、こんなに早く気付くとは……」

 

「いや誰だってすぐに気付くだろう」

 

 

 むしろツッコミを入れるのを我慢した方である。普通の家にこんな地下空間は存在しない。子供だってわかる事である。

 

 

「それで、結局ここは何のための空間なんだ?」

 

「それはですね……」

 

 

 奏は胸を張って嬉しそうに宣言した。

 

 

 

 

 

「ここは秘密結社『暦』の川神における拠点の一つなのです!」

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 自信満々に、顔を輝かせてそう言い切った奏に対して、薫は一瞬思考が止まった。

 

「…………ちょっとお前が何を言っているのか、わからないよ」

 

「あ、結社名の『暦』は前例に倣いましてご先祖の一族名からいただいたんですよ」

 

「違う、そこじゃない」

 

 

 よくわからないことがさらに増えた事で薫は考えるのをやめた。無駄に考えて袋小路に迷い込むよりも奏の解答を聞いた方が確実かつ早いと判断したからである。

 

 

「では順番に説明しましょうか。まずこの家ですが、元々あった建物を私が別名義で買い取って改造……もとい改装しました」

 

「買い取った……? お前、その金は一体どこから出したんだ?」

 

「私が趣味で転がしている企業とか株とか人とかのその他色々からです」

 

「何故その齢で企業や株を動かせている……!? というか人を転がすって……!?」

 

 

 一体法律をどう掻い潜っているのか疑問である。というよりも転がすという表現自体が恐ろしい。

 

 

「ちなみに他の住人は……」

 

「いませんよ。ただ所有者が未成年の私では面倒な事になり兼ねませんので名義上は私の下ぼ……『暦』の構成員の名前で埋めています」

 

「今、下僕って言い掛けたよな?」

 

 

 一体どこで妹は歪んでしまったのだろうか。そう思ってしまった薫は決しておかしくはないだろう。

 

 

「……それで、その『暦』とやらは一体何をする組織なんだ?」

 

「『暦』は将来的に私の夢を叶えるために作った組織です。まあ今の時点で出来る事といえば、その前段階、下準備とかですね。活動内容は中学時代にしていた事の延長ですし」

 

「お前の夢……というと……」

 

「はい」

 

 

 一度言葉を区切ってから、はっきりと薫の目を見て宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――『世界征服』です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――幼少の頃より語っていた彼女の夢。それは『世界をこの手で操りたい』という、所謂『世界征服』と呼ばれるものであった。

 

 

「この一年程の活動で地元において出来る事は粗方済ませてしまったので、範囲を広げるためにこちらに来ました」

 

 

 この一年で『暦』という組織はその勢力を広げ、その上で資金や人脈、その他諸々準備を整えてきたのだろう。

上流階級の出でもないただの中学生でありながらたった一年でそれほどの成果をあげたこの少女の才覚に薫は改めて驚嘆するとともに嬉しく思う。

 

 荒唐無稽とも言える『世界征服』という夢に対し、奏は己の持つ全てを以って成し遂げようと活動をしている。その姿は輝きに満ちて好ましいモノに思えた。

 

 

「しかし力を蓄える段階でよく川神を拠点にしようと思ったものだな」

 

 

 この川神には元より悪の秘密結社やそれを相手取るヒーローがいる上、さらに国に匹敵する程の力を持つ九鬼財閥のお膝元でもある。そこに拠点を置けば当然それらの勢力とぶつかり合う可能性も十分出てくる。

 

 

「その程度、乗り越えられなければ世界を手中に収めるなんて出来ないでしょう? それに九鬼がどの程度の物なのか、実際に調べるのにもちょうどいいですし」

 

 

 確かに世界を手中に収めようとすれば、いずれは必ず九鬼財閥と対立する事になるだろう。ならばまだ目を付けられていない段階で将来立ちはだかるであろう相手を視察しておくのも悪くない選択である。

 

 

「そうか。お前も色々と考えて邁進しているのだな。私は嬉しい――――」

 

 

 

 

 

 

「あ、あと『暦』の活動の一環として、兄さんには『完璧者』として力を揮ってもらうつもりです」

 

 

 

「………………え?」

 

 

 奏が『完璧者』という言葉を口にしたその瞬間、薫の思考は凍り付いた。

 

 喉は一瞬で乾いて漏れる声は掠れ、しかし身体からは冷や汗が滝のように流れる。

 

 

「……あの、奏? あの、どういう……」

 

「ただ見守っていた中学時代での反省を生かしてこの川神で『完璧者』がより動きやすくなるよう全力でバックアップします。以前よりも充実したサポートができるようになりましたので、装備の向上も現場でのサポートも万全です。以前のようにただ記録するだけではないと断言します」

 

「い、いやそうではなく……」

 

 

 

 ――薫がここまで動揺している理由、『完璧者』とは何か……それを説明するには皐月薫が中学二年辺りの事を振り返る必要がある。

 

 

 当時の皐月薫は優等生という言葉がとても似合う中学生であった。学年を問わず多くの学生に慕われ、教師陣からも深く信頼されており、まさしく品性方正な学生であった。

 

 しかしそれでも年頃の男子中学生である事には間違いなかった。男ならば程度の差はあれ必ずかかると言われている病気に罹ってしまったのだ。

 

 

 そう、中二病の発症である。

 

 

 その症状は軽症とは決して言えないものだった。とはいえそれは普段から所謂イタい言動をするようなものではなく、あまり人目に付くようなものではない。

 

 その症状とは、『ぼくのかんがえたかっこいいせってい』を考え、『ぼくのかんがえたかっこいいコスチューム』を自作で作り、『ぼくのかんがえたかっこいいキャラクター』になりきる。言ってしまえばそういうものだ。その所謂『ぼくのかんがえたかっこいいしゅじんこう』こそが『完璧者』と呼ばれるモノである。

 

 薫も最初は自室の中だけに留めていたが、徐々に他人に見せたいという顕示欲は高まっていき、夜の街に繰り出して不良などを相手に所謂『正義の味方ゴッコ』をするようになった。……ただまあ、世間体を気にするくらいには客観視は出来ていたため、当然ながら自分の正体を隠しての行動である。……正体隠してこういう事する自分ってカッケーという思いが無きにしも非ずであったのだが。

 

 しかし幸いと言うべきか、薫の中二病は早い段階で鳴りを潜め始めた。当然その行動は盛大な黒歴史となったが、しかし誰にも知られる事無く自分の中だけのもので抑えられたので何の問題もなく薫の中二病は終わった…………かのように思われた。

 

 中二病の時の薫、『完璧者』の活動をまるでストーカーのように追いかけてその活躍を余すことなく記録した猛者がいたのだ。

 

 その猛者はあろうことか、その記録から薫の正体がわかる要素をなくすように編集した映像を動画投稿サイトにて全世界に発信したのだ。

 

 そして編集技術がよかったのか、あるいは『完璧者』という存在が視聴者の琴線に触れたのか、その動画は100万再生を優に超え、今もなおその再生数を伸ばし続けている。

 

 正体自体はばれていないものの、まさか自身の黒歴史を世界に公開されることになるとは思っても居なかった薫本人はその事実を知った際に意識が遠のいてしまった。もしもこの動画に気付いたのが自室でなければ大惨事になっていただろう。

 

 

「私も元の記録やディレクターズカット版を今でも時々見直しますが、完璧者としての兄さんは活き活きしてますよね」

 

「やめろ、思い出したくない……思い出したくない……!!」

 

 

 ……なおこの動画を投稿したのは彼の妹である皐月奏その人であるのだが、今は置いておこう。

 

 

「……というか私にとって『完璧者』が中二病で生まれた黒歴史なのを奏は知っているだろう?」

 

「中二病が黒歴史になるのは、ありもしない妄想を現実に映して奇行に走るからです。ですが、兄さんの場合は別に妄想ではなかったじゃないですか。例え中二病でも結果を出せば、それは黒歴史ではないんです」

 

「いやそれは何か違うだろう」

 

 

 例え正しくても恥ずかしいものが黒歴史であり、というよりアレは完全に自身の妄想であり……と頭の中で考えがこんがらがって薫が言葉を出せずにいるのを知ってか知らずか、奏はさらに踏み込んでいく。

 

 

「第一、兄さんは今のままで満足なんですか? というよりもこの一年、空いた時間は何に使っていたんです?」

 

「え、そうだな……炊事洗濯の手伝いに、仲間で集まって話をして、後は健康の為に鍛錬を……」

 

「家事に井戸端会議にフィットネスってどこの主婦ですかっ!」

 

「あれ、そういう取られ方をするのか?」

 

 

 川神での日常を主婦扱いされて驚く薫。しかし奏の表現を聞いていると違和感がないのもまた不思議である。

 

 

「昔はもっと精力的に行動を起こしていたじゃないですか。それが今は何ですか? まさに主婦の如き生活。それが悪い事だとは言いませんが、それは本当に兄さんのしたい事ですか?」

 

「それは…………」

 

 

 中二病時代が恋しいわけではないが、しかし今の生活が心から望んでいるものかと聞かれれば素直に頷く事はできなかった。

 

 風間ファミリーと過ごす日常は掛け替えのないものであるし、川神学園での生活も楽しくやっている。文句があるわけがない。

 

 あるわけではないのだが……しかし何か満ち足りない。そんな感覚を抱いていたのも確かである。

 

 

「兄さんは、今のままで本当に輝けると言えますか?」

 

「――――」

 

 

 その奏の言葉に、薫は何も言い返せなかった。

 

 

「……少しだけ、考えさせてくれ」

 

 

 本来であればきっぱり拒否してもおかしくないにも関わらず、薫は答えを濁す事しかできなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――この時奏は思った。「落ちたな……」と

 

 

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