真剣で私に恋しなさい!~暦の五月~ 改 作:名枕(ナマクラ)
◆――――――◆
――――そこは、不思議な場所だった。
暗闇に包まれたように周囲一面黒に染まっているにも関わらず、地平の先まで見通せるほど視界は澄み渡っていて、しかし何もないが故に何か見える事はない。そんな、常識で考えればうまく説明できないよくわからない場所。
そこに一人、私は立っていた。
その事を
四方を鳥居に囲まれ、神事などに使われそうな神楽殿のような舞台に、何が祀られているのかわからない祭壇。
その中心には、
『久しぶり……という程でもないか。よく来たな』
その声はどこかで聞いた事があるような声だった。
その姿はどこかで見た事があるような姿だった。
そのように感じながらも、しかしはっきりと認識する事の出来ない朧気な存在である彼は、今日も私に語りかけてくる。
『どうだった? 久しぶりに暴れまわった感想は?』
「未だに厨二病から抜け出せていない事にショックを隠し切れない」
彼の言葉にそう返しながら、私も舞台の上に腰を下ろす。
『そんなくだらない観念など捨て置いて好きに生きればいいものを……』
「くだらなくはないと思うが……お前が消えてくれれば問題なくなるとは思うのだが」
『おいおい、酷い事を言う。私とお前は一心同体、なくてはならない存在だぞ』
「誰が一心同体だ」
『それに妹も言っていただろう? 恥と思わなければ黒歴史ではないと。だからこそ開き直ればいいものを』
「それはそれでどうかと思うが……」
『昔はもっと無知で従順だったのにこうも否定してくるとは……嬉しいような寂しいような複雑な気持ちだな』
「お前は私の親か」
『似たような物だろうよ』
私に対して馴れ馴れしく雑談を交わしてくるこの朧気な存在を説明するには、少し私の記憶に付いて語る必要がある。
幼い頃の記憶、それを克明に憶えているという人は少ない事だろう。
それは私としても同じではあるのだが、昔の記憶……具体的に言えば今の父母に引き取られる以前、どのような家庭で育ってどのような環境が取り巻いていたのか、殆ど憶えていない。ただ、厳しい父と微笑む母と、期待を寄せる大人たちに囲まれていた……ような気がするが、憶えているのはそれだけである。
医者や両親に聞いた所、私と本当の両親は事故に巻き込まれたらしく、その際に私を残して両親は亡くなり、生き残った私としては精神的なショックにより記憶を失ってしまったのだろうとの事だ。
要は、世間一般に記憶喪失と呼ばれる症状らしい。
それが影響してなのか、小さい子供などに時々見られるらしい自分の頭の中に実在しない友達を作り出して会話をするという行動……所謂『見えないお友達』と小学校高学年になっても私は会話をしていた。
とはいえ、今でも会話を続けているというわけではなく、歳を重ね、人と触れ合う毎にその存在は己の生み出した妄想であると自覚した事で、いつしか現実で『見えないお友達』と会話する事はなくなった。
しかしその『見えないお友達』は完全に消えたわけではなく、今でもたまにこうして
そう、この影こそが私の妄想が生み出したであろう産物。『完璧者』と呼ばれる姿の元となった『見えないお友達』であった。
◆――――――◆
朝日が昇る頃に起床し、洗面所に向かう。以前いた川神院と比べれば洗面所の場所は目と鼻の先程度しか距離がないので万が一にも迷う訳もなく辿り付き顔を洗う。
その後、動きやすい服装に着替えてランニングに出かける。近所を30分程走って戻る予定が、道に迷いさらに30分延長となる。
身体に纏わりつく汗を流すためにシャワーを浴びようと浴室へ向かい、扉に手をかけ、そこで中から人の気配を感じ取り、先客がいる事に気付く。
「……後にするか」
いくら兄妹とはいえ、裸で一緒になるのはまずいとタオルを手に脱衣所から出ていく。
濡らしたタオルで体の汗を拭った後、台所に立ち朝食の準備に取り掛かる。川神院にいた頃、基本的に朝は和食だったが、奏の嗜好が洋食寄りであるためか最近では洋食が多くなっている。
メニューはそこまで凝った物ではなく、こんがり焼き色の付いたトーストにカリッと焼き上げたベーコンを添えたスクランブルエッグ、後は適当に盛り付けたサラダにインスタントのコーンスープと簡単に出来る物ばかりなのでそこまで手間はかからない。BGM代わりにとテレビを付けると、株が暴落した、為替市場が荒れたなどニュースを流れていた。
用意した朝食をテーブルに並べて、流れてくるキャスターの声を聞きながら紅茶とコーヒーを淹れていると、少し髪を湿らせている奏が姿を現した。
「おはよう奏」
「おはよう兄さん、コーヒーか紅茶を頂戴」
「ほら、どっちがいい?」
「あら、もう用意してくれていたんですね」
薫は既に用意していたコーヒーと紅茶の両方を差し出す。その内、奏は紅茶を選んで受け取り口を付けた。
「……うん、おいしい」
「市販の安物の紅茶なのだが」
「市販の安物でも入れ方一つで味が大きく変わりますよ」
そう語りながら紅茶を口にする奏の姿は優雅でとても絵になる光景であった。それを見ながら薫は残ったコーヒーに口を付ける。口の中に独特の香りと苦味が広がり、頭の中がスッキリしていくようにも感じた。
「まあ今はそんな事よりも九鬼財閥です」
「いきなりだな。九鬼がどうかしたのか?」
「川神に来てから、九鬼財閥を観察してみて改めて理解しました。あれは並大抵の組織ではどうにもならない相手です」
「……まあそうだろうな」
「経済力だけでなく人望や権力が凄まじく、半ば治外法権のような扱いを黙認されている節があります。政府にとって都合がいい味方であり、そして敵に回したくない……いえ、敵に回すことが出来ない存在にまでなっています。もはや一つの国家と言っても差し違えないでしょう。……もし仮に彼らが国家転覆を企てていたとしてもこの国はどうする事もできないでしょうね」
もし実行する段階となれば政府に手出しをさせないための準備はするだろうし、例え失敗してもそれを有耶無耶にしてしまえるのだろう。国家転覆という世界規模の事件を引き起こしたとしてもそれを表沙汰にさせないだけの力を九鬼は確かに持っている。
また、九鬼の思惑から外れた組織がいた場合、買収や裏取引、あるいはその武力を以って相手を潰し、その力を取り込む事も躊躇せず、そしてそれを『人々の為の行い』として正当化し、事実それを体現できてしまっている。
だからこそ大衆は九鬼に賛同し、世界は九鬼の様子を伺い、故に政府は九鬼に手を出せない。
「……ある意味、私の理想に近いですね」
世界を自身の手の内で転がしたいがために世界征服しようとしている奏にとって、それは一つの手本であり、見本であり、理想形であり、そして何よりも遥か高く立ちはだかる壁でもあった。
「それで、その九鬼に対してお前はどう対抗するんだ?」
「そうですね……九鬼は裏の組織に対する備えを十全にしています。その上で可能であれば取り込もうとしてくる。ならば表に後ろ盾があれば九鬼とはいえ手を出しにくくなるでしょう。とは言え生半可な後ろ盾であれば意味がない」
裏から九鬼を操れるのならそれが一番手っ取り早いのですが完全には無理ですし……と、トーストを齧りながら何でもないように付け加える奏に、完全でなければできるのかと薫は苦笑する。
「裏から崩せず、ただ正面切って戦おうとしても力を付ける時間がない。なら、一気に九鬼に対抗できる力を築き上げるしかないです」
「……それは矛盾していないか?」
「完璧とは言い難いのも事実ですが、タイミングを見極めれば不可能ではないですよ」
真っ当とは言えないでしょうけど、と付け加える奏の言葉に虚飾や焦りといったものを見受ける事はできなかった。本当にタイミングさえ見極める事ができれば可能であると確信しているだろう。
「そしてその切っ掛けを作るためにも、今は秘密結社として地下活動に資金集めに人材集めと、裏で色々としないと」
「地下活動……それは私にやらせている不良狩りも含まれているのか?」
「もちろん。『完璧者』も大変役に立っていますよ」
「それにしては最近、不良狩りしかしてない気がするのだが……」
積み重なる黒歴史や羞恥心と戦いながらも完璧者として妹の夢に貢献していると言えば聞こえはいいが、結局やっている事は単なる不良狩りである。相手が不良とはいえ、別に胸を張れるような事ではないのは確かである。
「街の浄化と更生という意味では効果は出ていますよ」
「というと?」
「完璧者に遭遇してフラフラと街で屯するのをやめた人も少なからずいます。完璧者の言葉を聞いて心が揺さぶられた不良もいます。完璧者の噂を聞いて行動を抑えた人もいますし、逆に完璧者に反抗する者も纏まってきてあの場所の全容も把握できてきました。なにより完璧者の動画は信者・アンチ問わずに色んな影響を与えています」
「そうか………………うん?」
――――今彼女は何と言った?
◆――――――◆
――親不孝通り・路地裏――
政令指定都市である川神の汚れ・穢れを集めたかのような治安の悪さを誇る親不孝通り。事実、川神で最も治安が悪い地域の一つであり、その入り口とも言えるその通りは、夜から一日の本番が始まるとでもいうように、日が落ちた今も人が増えていっていた。
そう言った性質からか、夜の仕事を行う人だけでなく、所謂不良と呼ばれるような人種も多く集まっていく事になる。彼もその一人であった。
彼は親不孝通りで最近流行の合法ドラック『ユートピア』を売りさばく売人であった。とは言っても、彼がつるんでいる不良グループのトップの下働きのような物であり、彼自身どこからユートピアを仕入れているのか、またユートピアを売った相手がどうなろうと知った事ではなかった。ただ今いる場所に居たいという意識外の感情と売り捌いた利益の一部を駄賃としてもらえるという事から彼はクスリを騙され易そうな人間に売り付けていた。
「――――ハァ、ハァ、ハァ!」
そんな彼は今、暗い夜道を走っていた。
片手に売り捌いていたユートピアの粉末の入った袋を握りしめいたが、それは今抱いている感情に耐えるためにしていた行為であり、彼としては
普段は軽薄な笑みを浮かべていそうなその顔に今見られるのは、何かへの恐怖であり、その走り方はまさしく何かから逃げているように見えた。
事実、彼は入り組んだ路地裏を全力で逃げていた。
特別目立つような事をしていたわけでもない。いつものように親不孝通りの路地裏で、他の仲間とグループの纏め役から販売用のクスリを受け取っていただけだった。
その時その場に現れたおかしな格好をした人物によって襲撃を受け、人数差で返り討ちにしようとして失敗し、そして今に至る。
「こ、ここまで来れば…………!」
背後を伺って追ってくる人影がない事を確認した所で男は足を止める。普段ここまで走る事がないため、盛大に息切れを起こした彼は座り込まないようにビルの壁にもたれかかる。
喉を潤すために何か飲み物が欲しいところではあるが、周りを見渡しても自販機の一つも見当たらない。人気のない路地裏を逃げてきたのだから当然といえば当然であるのだが、しかし彼は苛立ちを抑えずに、その手にしていた袋をを地面に投げつける。
「クソ……! 何で……俺が、こんな目に……!!」
背中に触れているコンクリートが熱くなった身体を冷やしていくのを感じながら、荒い息を整えて悪態を吐く。酸素不足のせいか上手く働かない頭を無理やり稼働させてこれからどう動くかを男は考えようとしたが、それを妨げる音が男の耳に入ってきた。
かつん……かつん……と、暗闇より鳴り響くその甲高い音は、靴底がアスファルトを叩くそれであった。
「――――――」
その足音は一定のリズムで、とても走っていた彼に追いつけるような物とは思えない。しかし、その音は確かに彼が先程まで逃げていた物と同質のものであると不思議と理解できてしまった。
そんなバカな……そう思いながらも視線は靴音が響いてくる方向に固定されている。
そして灯りが少なく先の見えない暗がりから、その存在は現れた。
腰に軍刀を帯び、黒を基調とした軍服を思わせる恰好
性別を感じ取れない中性的な身体の線
夜に溶け込むような宵闇色に棚引く長髪
軍帽が落とす影によって全貌が把握できない顔
その影ですら隠せずこちらを覗く金色に輝く眼光
その存在は、紛れもなく先程から己を追い続けている襲撃者であった。
「ひっ……!?」
その姿を認識した瞬間、男は反射的に逃げようとしたが、しかし疲れ切った身体は言う事を聞かずに足がもつれ、その場で尻餅をついてしまった。
それでも逃げようと立ち上がろうとするが、いつの間にか近づいてきていたその金色の瞳と視線が交わり、男は起き上がる気力を奪われたかのようにへたり込んでしまった。
その様子を見ていた軍服姿の彼の者はもう一歩近づいて、自らを見上げる男を見据えて、その口を開いた。
「――貴様は何がしたいのだ?」
「…………へ?」
その問い掛けに、男の口から出てきたのは間の抜けた疑問符であった。その男の返答とも言えないものを気にするわけでもなく、彼の者は言葉を続けていく。
「目的もなくただ夜の街に出て、このような下らないクスリを売って小金を得て、その果てに無様に逃走して追い詰められる。これが貴様のしたかったことなのか?」
彼の者は、先程彼が苛立ち混じりに叩き付けたクスリを拾い上げ、純白の手袋に包まれた掌に握り込んだ。すると何かが焼けるような音と焦げるような臭いが周囲に零れる。
そして彼の者が手を開いた時、そこに白い粉は存在せず、代わりにそこにあった黒く焼け焦げた塵が焦げた臭いと共に空に消えていった
「無為無駄無益。貴様のしている事は何の価値もない。今散っていった塵と同等。そう断じられた所で何の否定も出来ない。それでいいのか?」
このような事を言われたなら、普段の彼であればただ侮辱された事に反応して怒りに任せ、相手に罵声を浴びせた事だろう。
しかしその人物が放つ言葉は不思議と心の奥底にまで響き、怒りではない感情を引き出していく。
憤怒? それは先程違うと否定したばかりだ。
恐怖? 当然それもあるが、それだけではここまで目を引かれる理由がわからない。
歓喜? この状況で感じるわけのない物だが、しかし何故か否定しきれない。
これは、畏怖だ。
大きすぎる存在に恐怖し、あまりの理不尽に行き場のない怒りを抱き、しかしその存在に心惹かれ、この出会いにどこか歓喜し、いつの間にか敬意すらも抱き、そして心の底から魅了されて始めていたのだ。
「もう一度問おう――――」
その魔性とも言える金色の魔眼に射抜かれて、目が離せなくなる。彼の人が行う挙動全てが五感全てを用いて己に刻み付けようと、自然と意識が吸い付けられる。
「――――貴様がしたかった事は、何だ?」
「お、俺は――――」
その言葉に、彼が口にした答えは――――
◆――――――◆
「――――っていう動画が最近また流行っててね」
そう言って今宵も秘密基地に集まった面々に卓也は自身が持ち込んだノートパソコンに映し出した動画を紹介していた。
「何だこの動画?」
「それって確か『完璧者』だっけ。懐かしいな」
「完璧者……何それ?」
「何年か前にネットで流行ってた動画だよ。昔一部の熱狂的な信者とアンチでよく炎上したりしてたんだけど、それの最新動画が久しぶりに出てきてまた再燃してるんだ」
「あー、そういえば知り合いが最近騒いでたけど、それの事か」
「しかもこれ、特定班によれば川神で撮られてるみたいなんだよね」
「特定班なんてモンも湧いてんのか」
「暇な人もいるんだね……大和好き」
「お友達で」
「でもこの……えと、かんぺきしゃ? この人は不良を倒して何がしたかったのかしら?」
「おいおいワン子、これどう考えてもそういう筋書きなだけだろ」
「もしこれがリアルなら、相手が不良だとしても警察沙汰だもんね」
「いや、そうとも言い切れないんだよ。知り合いから聞いた話だから信憑性は薄いんだけど、不良になった友達がある日を境に真面目になったらしくて、どうしたのか訊いたら、ちょっと親不孝通りで何か変な恰好をした奴に諭されたとかで改心したらしい」
「おい何だその大雑把な説明は? 納得できる要素が全くないぞ」
「俺もそう思ったけど、今の話聞いたらその変な恰好の奴ってのがこの完璧者じゃないかって思ってさ。これ親不孝通りらしいし」
「そうは言ってもカメラワークとか明らかにドラマとかって言われても違和感ないし……どうやって撮ってるんだこれ?」
「無駄に技術使って動画撮ってネットに上げるとかどれだけ自意識過剰なんだよ」
「でも面白れー事するよなー。会って見たくねーか?」
「別に……」
「京はブレないなー。私はソイツが強い奴なら会ってみたいけどなー」
「モモ先輩もブレないね」
「てかどうやって会う気だよ」
「これって川神なんだろ?だったら会えるんじゃね?」
「川神っていっても広いだろ。特に親不孝通りの裏とかできればあんまり関わりたくないし」
「うーん、ぜってー面白くなると思うんだけどなー……って、どうした薫? 何か顔色が悪いけど」
「……いや、なんでもない。ちょっと眩暈がしただけだから……」
『完璧者』の動画を話のタネに盛り上がるファミリーを前に、薫は遠くなる意識を必死に繋ぎ止めながらそう答えた。
事前に動画の事を知ってなければ即死だった……と内心思いながらも薫はそれを顔に出さないようにする。もしも特定されたら死にたくなりそうなので、少しでも正体を怪しまれる言動は避けたいというのが心情であった。
実際、今朝奏にその問題の完璧者動画を見せられた時には、恥ずかしさのあまり机に額を何度もぶつけたり床を転げまわったりしてしまった。……なお、その転げまわる様子も奏に記録されているのには気付けなかったようだ。
「疲れてんのか? って、そういえば薫は妹さんと一緒に暮らし始めたんだっけか」
そんな薫の様子を疲れと取った翔一の発言から、話題は動画から薫の生活事情へと移っていった。
「私は最初同じ下宿って聞いてたんだけどなー」
「元々一緒に住むと言っていたはずだが……しかし当の私もまさかシェアハウスだとは思わなかった」
実際には奏の所有物なのだが、そんなことを話しても信じてもらえないだろうし信じられても困るのでシェアハウスという事で通す事になった。
「それで新生活はどんな感じなんだ? シェアハウスっていっても今は二人で暮らしてるんだろ?」
「どう、と言われても……生活習慣自体は実家に帰った時とそう変わらないな。さすがにちゃんとした大人の管理人がいないのは拙いからハウスキーパーを探しているとは聞いているが……」
「オーナーの人も大変だねぇ」
そのオーナーも成人していない少女なのだが、話がややこしくなるだけなので言及はしない事にした。
「ってことは、今は飯とか洗濯とかは二人でやってるのか」
「妹さんと家事の分担とかしてるの?」
「いや、家事は全部私がしているよ」
「まさかの
「まあ薫はお母さん気質だから予想はできた」
「え? 私は別にそんな気質ではないのだが……」
京の言葉に否と答えようとしたが、それにファミリーの面々がしきりに頷いているのを見て、何を言っても無駄だと察して反論するのをやめた。
「ちなみに妹さんは何してるの?」
「さあ……? とりあえず精力的に外に出ているな」
勢力としてこの地に根を張りつつ人材をスカウトしているらしいとは聞いているが、薫も奏がどこまで手を伸ばしているのかまでは把握していない。今日も朝食を食べた後出掛けて行ったが、どこに行ったのかは聞いていない。だがその根は確実に伸びてはいるのだろう。
この前も何気なく地下空間に潜ってみれば、モニターに世界地図が写し出された部屋で見覚えのない複数人がコンソールの前で何やら作業をしていて驚いた事は記憶に新しい。……少なくとも家に誰か入ってきた形跡はなかったので、この地下空間に入る出入り口は一つではないのだと薫は察した。
「もうすぐ学園も始まるというのに大丈夫なのだろうか……」
「あっ、学校といえば、薫は今の家から学校にはちゃんと迷わず行けそうなの?」
「………………………………」
「おーい、目を逸らすんじゃない」
「大丈夫だ。きっと……大丈夫、大丈夫……」
「明らかにダメそうな雰囲気が漂ってるよね」
「何だったらアタシが毎朝迎えに行くわ! タイヤ引きながら行けば修行にもなるし!」
「いや、そこまでしてもらわなくて大丈夫だよ。いざとなったら妹に案内してもらえるだろう」
「普通に考えればそれ立場逆だよね、それ」
……こうしていつものように夜は更けていき――――
――――そして、新学期がやってきた