真剣で私に恋しなさい!~暦の五月~ 改   作:ナマクラ

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第四話 黛由紀恵は困惑する

◆――――――◆

 

 

――女の話をしよう 剣の道を走り続けた孤独な少女の話を――

 

 

――女の生れは特別だった 父は剣聖として称えられ、故に一種の神聖とされていた――

 

 

――女の家庭は普通であった 格式は高かったが、それを笠に驕り高ぶる事など在りはしなかった――

 

 

――女の才能は特別だった その身に宿りし才能は、剣聖を超えると賞された――

 

 

――女の教育は普通であった 両親からの教えを学び、礼を尊ぶようにあった――

 

 

――女の根気は特別だった 幼少の身でありながら、唯只管に剣の道を歩んでいった――

 

 

――女の価値観は普通であった 他人を嫌うことなどなく、むしろ孤独である事を嫌っていた――

 

 

――それでも女は孤独であった 友がいない事を寂しく思った――

 

 

――「どうして私には友達がいないの?」 女は問い掛ける 誰もいないはずなのに――

 

 

――「それは剣聖の娘だからさ」 答えは返ってくる 誰もいないはずなのに――

 

 

――そうして女は会話を続ける 誰もいないはずの、友との会話を――

 

 

 

◆――――――◆

 

 

 

 

――川神学園――

 

 

 人が新たな一歩を踏み出すの季節である春、この川神学園でも多くの新入生が足を踏み入れた。

 

 

 川神学園の入学式が執り行われている体育館にて、檀上に上がった学園長の言葉を聞きながら、新入生の内の一人である彼女は思う。

 

 

 

――――ここから私の新たな生活が始まるんですね

 

 

 

 彼女の名前は黛由紀恵。川神学園へ進学するために、わざわざ北陸地方から川神市へと単身引っ越してきた新入生である。

 

 進学先に彼女が遠く離れた川神学園を選んだのには彼女なりに理由があった。

 

 

 由紀恵の父親は『剣聖』の称号を与えられた人物で、地元住人からは神聖視とも言えるほどの畏敬の念を抱かれている。

 

 そしてその娘である彼女もまた、同様に地元住人から畏敬を抱かれていた。

 

 

 

 その事が彼女にとって苦痛へと繋がった。

 

 

 もちろん父親の事は尊敬している。父から受け継いだ剣技を捨てようなどと思った事は一度たりとてない。周囲からの期待が辛かったわけでもない。

 

 ただ、周囲からの畏敬は彼女から人を遠ざけてしまう――――彼女はそう感じていた。

 

 

 

 彼女が辛かったのは孤独である。

 

 

 

 尊敬する父がいる。敬愛する母がいる。愛すべき妹がいる。家族に恵まれていないなどとは口が裂けても言えない境遇だったのは自負している。

 

 それでも、家の外では彼女は独りだった。家族以外に対等な存在などいなかった。それどころか距離があり過ぎて上も下も計れなかった。

 

 

 故に彼女は地元から離れる事にした。畏敬で距離を取られてしまう故郷では彼女の求めるモノは手に入れる事が出来ないと思ったからだ。

 

 故郷から遠い場所であれば自分の事や父の事を知る人も少ないだろう。いたとしても地元住人のように距離を開かれる事もないだろう。

 

 誰も己を畏れない。誰も己を怖がらない。誰も己を敬わない。

 

 そんな真っ新な新天地から黛由紀恵の目的は始まるのだ。

 

 

 

 そう、全ては――――友達を作るために

 

 

 

「まー、入学前からいきなり学校の先輩に警察に突き出されたけどねー」

 

「うぅ、それは言わないでください……」

 

 

 しかし今日の登校時の出来事は幸先が悪かったと一人思い返して、会話相手にそれを指摘されて思わず落ち込んでしまう。

 

 しかし今は大事な入学式の途中であるので改めて檀上に集中する。

 

 学園長からの式辞が終わり、着々とプログラムが進んでいく。

 

 

「――――続いて、新入生からの宣誓。新入生代表、皐月奏」

 

「――――はい」

 

 

 新入生代表――つまりは入試における成績最優秀者である。

 

 成績優秀者だからといって人格的に優れているとは限らないのだが、しかし名前を呼ばれたその少女――皐月奏からはそのような人格不適格者などではないと一目見て感じ取れてしまった。

 

 その姿は堂々と自信に満ち溢れていて、不思議と人を惹き付けるような雰囲気を醸し出しているように由紀恵は感じた。

 

 実際に周りを軽く見渡すと、周囲の人たちの視線が先程よりも強く檀上にいる彼女へと向けられているように見られた。

 

 それだけ彼女の一挙動一発言が人を惹き付けていたのだ。

 

 その様子を見て由紀恵は手元に目をやりながら呟いた。

 

 

「私もあの方のようになりたいですね、松風」

 

「大丈夫だまゆっち。オラが付いてる」

 

 

 彼女の視線の先には、木彫りの黒馬のストラップが鎮座して由紀恵を励ましていた。

 

 

(何、隣の人……何かブツブツ言ってると思ったらストラップと話してるんだけど……!?)

 

(刀持ってない? 刀持ってストラップと会話するとか危険者じゃないの……!?)

 

(処される? 処されるの? 無礼な事したら処されちゃうの?)

 

 

 ……ストラップから声が出ているわけではないので、由紀恵の近くにいた新入生は内心穏やかなものではなかった。が、それに気付く事もなく、彼女は目標とする少女の姿を目に焼けつけていた。

 

 

 

 

◆――――――◆

 

 

 

 

「――――初めまして、黛由紀恵さん。少しお話いいかしら?」

 

 

 

――――そんな目標の存在がいきなり声をかけてきた。

 

 

 入学式、そしてクラスでの自己紹介も含めたHRも終わり、放課後になって周囲の人たちがそそくさと席を離れていって、友達を作るためにはどう行動するべきかを一人考えていた時の事だった。

 

 

「し、新入生代表を務めていた方が私に話しかけてきましたよ松風!?」

 

「お、落ち着くんだまゆっち! まずは冷静になって自己紹介から始めるんだ!!」

 

「は、はい! ……ですが相手は既に私の事を知っているようですが、その場合自己紹介はした方がいいのでしょうか?」

 

「で、でもいきなり知り合いっぽく話す始めるのも失礼じゃないかってオラ思うんだ」

 

「た、確かに……! でも私、そもそも家族以外の知り合いもあまりいませんので知り合いっぽい話し方がわかりません」

 

「そりゃ一本取られたぜ! HAHAHA!」

 

「…………はっ!? …………ちらっ」

 

 

 話しかけられてかここまで一人(と一体)でマシンガントークを続けてしまった事に、由紀恵はやってしまったと思いながら、テンパり始めて逃げ出そうという選択肢を打ち出そうとする頭を何とか抑えて、このままではいけないと恐る恐る相手の顔を窺う。

 

 肝心の相手はというと、由紀恵の反応に驚いたのか、きょとんとした表情を浮かべていたが、すぐさまその口から笑い声が漏れ出してきた。

 

 

「剣聖の娘だと聞いていたから、もっと固い人なのかと思っていたのだけれど、思っていたよりもずっとユニークなのね」

 

 

 思った程悪印象を与えてはいないようでほっと一息吐いた。

 

 

「まずは自己紹介からかしらね。私は1-S所属の皐月奏よ」

 

「え、あ、はい! わわ私は黛由紀恵と申します!そしてこちらは松風です」

 

「おっすオラ松風! まゆっちのソウルフレンドやらせてもらってる九十九神な!」

 

 

 由紀恵としては渾身の自己紹介に何か気になるところでもあったのか、視線を一点に定めたまま奏の動きが止まってしまった。二人――――特に松風に対して物凄く怪訝な眼差しを向けているのだが、色々と舞い上がっている由紀恵はそれに気付かない。

 

 

「おいおい、そんなに見つめられるとさすがのオラも照れるぜ」

 

「……まあいいわ。そういう人もいるわよね」

 

 

 自分の中で納得したのか、奏は松風に注いでいた視線を由紀恵へと移した。そこには一種の諦念が込められていたのだが、普段と比べて気分が浮ついている由紀恵はそれに気付けなかった。

 

 

「ところで今から体育館で興味深い催しがあるそうだけど、一緒にどう? 私たちの交友を深めるためにもいいと思うけど」

 

「は、はい! 是非!」

 

「やったねまゆっち!」

 

 

 お誘いに乗った由紀恵は、まだ慣れない校内を奏の先導の下、体育館へと向かう。慣れていないのは奏も同じはずなのに何故こんなに勝手知ったる動きができるのだろうかなどと思いながらも、会話がなくなって沈黙が支配するのを恐れて勇猛果敢に話しかける。

 

 

「と、ところでその体育館で行われている催しはどのような物なのですか?」

 

「部活の勧誘のためのステージよ。私として見たいのは一つなんだけどね」

 

「ああ、つまり皐月さんはその部活動に入ろうか悩んでいるんですね」

 

「いえ、入る気は全くないわ」

 

「ええー……」

 

「じゃあなんで見ようと思ったのさガール?」

 

「私の兄が助っ人で今回のステージに出ると聞いたから見ておこうかと」

 

「あ、お兄さんがおられるんですね」

 

「ええ、最愛の兄よ」

 

 

 そう語る奏の表情はまさに恋する乙女のようだったが、憧れだった友達(仮)との会話にテンションが上がりまくりだった由紀恵が気付く事はなかった。

 

 

「実はまゆっちにも妹がいてなー。これがまた出来た妹なんだぜー」

 

「友達も多いですしね、私と違って」

 

「……わざわざ自虐ネタをいれなくてもいいのよ」

 

「友達のまゆっちを気遣ってくれる……ええ子やで」

 

「あ、えっと、お兄さんが助っ人されるのは何部なんですか?」

 

「ああ、それはこの……」

 

 

 ナチュラルに“友達”という単語を口に出して立場を確定させようとしながら、その事を誤魔化そうと奏の兄が参加する部活動がどれか尋ねたその時、その声がその場に大きく響いた。

 

 

 

 

 

「――――プッレーミアムに見つけたわ! 皐月奏!」

 

 

 

 

 

 その声の発生源を見ると、そこにはブルマ姿の女子が仁王立ちしていた。

 

 

「あ、あの……お友達の方ですか?」

 

「彼女はクラスメイトね。確か武蔵さんだったかしら?」

 

「武蔵小杉よ! 学年主席で入学したからっていい気にならない事ね!」

 

「別にいい気にはなってはいないけれど……そんな事より兄さんが出る部活はね……」

 

「ちょっと!? プッレーミアムな私の話はまだ終わってないというか始まってすらないんだけど!?」

 

「……それで、私を探していたみたいだけど何か用かしら?」

 

 

 溜息を吐きながらも奏は憤慨している武蔵小杉に対して用件を促す。ただその様子はあまり興味を持っていないようにも見えるが、そんな事を気にすることなく武蔵小杉はようやく話を聞く体勢になったのを見て満足気にしながら、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「皐月さん、貴女に決闘を挑むわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ドドンッ! という効果音が付きそうな程気持ちよく言い切った武蔵小杉に対し、奏は特に気にすることなくこう返した。

 

 

「断るわ」

 

「なぬ!?」

 

 

 ノータイムでお断りされて出端を挫かれた小杉であったが、気を取り直して自身が優位の立場であると周りに見せつけるために口を開いた。

 

 

「ま、負けるのが怖いの? この、プッレーミアムな武蔵小杉に!」

 

「そういうわけじゃなくて、私これでも色々と忙しくてあまり時間が割けないのよ。ちなみに何で勝負するつもりだったのかしら?」

 

「もちろん、素手での戦闘よ!」

 

「私、自分で戦うのって苦手なのよね……代理人立ててもいいかしら?」

 

「駄目に決まってるでしょ! それ私が貴女にプッレーミアムに勝った事にならないじゃない!」

 

「なら面倒だから入試の点数で決める? 先生に聞けばわかるでしょう」

 

「もう結果出てるじゃないの!」

 

「貴女、我儘ばかりね」

 

「別に我がままじゃないわよ!」

 

 

 思う通りに話が進まず調子を崩されてばかりの小杉に対して、その振り回している張本人はというと、小杉の様子を気にする事もなく少し考える素振りをみせてから良い事を思い付いたとばかりに提案する。

 

 

「なら……そうね。少し規模は大きくなるけど、クラスの投票で決める?」

 

「く、クラスの投票……? どういう事?」

 

「おそらく近い内にクラス委員を決める事になると思うけれど、うちのクラスは優秀な人間が集まっているが故に、生半可な人が自分の上に立つなんて認められないわよね。かといって入学したての現状だと、判断材料がないに等しいじゃない」

 

「まあ、確かにその通りね」

 

「だから事前に勝負の事をクラスで通知して、投票までの間、決闘なり普段の振舞いなりでよりクラス委員に相応しいと判断された人の勝ちというのはどうかしら?」

 

「なるほど……ならその一環として戦闘での勝負もプッレーミアムにするって事?」

 

「選択肢としては問題ないわね。とはいえ、私たち二人の勝負とは限らないわよ」

 

「へ?」

 

「言ったでしょう? 委員長を決める決闘だって。貴女以外にも我こそはという人もいるでしょう? そういう人にも遠慮なく参加してもらうわ」

 

「ぬ?」

 

「これは私たちだけの決闘じゃない。Sクラスを巻き込んだ決闘という事よ。そちらの方が貴女にとっても好都合でしょう?」

 

 

 その奏の言葉に小杉は考える。本来であれば有力な生徒一人一人に決闘を挑み徐々に自分の地位を確立していく予定だったが、このクラスぐるみの決闘を受けて勝てば、S組生徒よりも上であると彼ら自身に認めさせ、さらにS組代表の代名詞とも言える委員長という称号を得る事によって他クラス、さらには学園への影響力も増す事になる。

 

 

 つまり、将来的に川神学園の頂点に立たんとする武蔵小杉にとってこの提案は悪いものではない。

 

 

 そこまで考えて小杉は堂々と解答を返した。

 

 

「……いいわ。その提案、プッレーミアムに受けてやろうじゃない!」

 

 

 その姿を見ながら、いきなり蚊帳の外に立たされた由紀恵は不思議に思っていた。

 

 

(あれ? いつの間にか、話の主導権が武蔵小杉さんではなく皐月さんが握っているような……?)

 

 

 確かに最初の主導権は小杉が持っていたのは間違いない。何せ決闘の話題を持ってきたのは彼女である。小杉自身、物怖じしない・自己主張が強いという性格であるのが一見してわかるが故に、小杉が選択肢を投げかけて奏がそこから選ぶという流れになるのは自然である。

 

 しかし現状はというと、気付けば選択を迫る側である小杉が、選択を迫られる側であるはずの奏からの提案を選ぶという、立場が逆転している状態である。

 

 人とのコミュニケーション経験不足からくる違和感なのかとも自虐的に思ったが、由紀恵はその事に不思議と違和感を抱いていた。

 

 

「なら明日の朝にさっそくクラスに提案しないと……」

 

「別に明日でなくとも今知らせるから大丈夫よ。Sクラス全員にメールで送っておくから安心して」

 

「…………え?」

 

 

 携帯を操作しながら口にした奏のその発言に、思わず小杉の動きが止まった。

 

 入学式当日で自己紹介も終わったばかりの放課後である現時点で、既にクラス全員にメールを送る事が出来る。

 

 その事実は、小杉を動揺させるのに十分すぎるモノであった。

 

 

「ちょ、ちょっと待って。クラス全員にメールって、え? 連絡先の交換とか、いつの間に!?」

 

「これから一年以上同じクラスで切磋琢磨するのだから連絡先を交換しようとするのは不思議ではないでしょう? あ、まだ武蔵さんとは交換してなかったわね」

 

 

 そう言って奏がさらに携帯を弄ると、小杉の携帯から着信音が流れてきた。

 

 

「な、何で……まさかプッレーミアムな私のメアドを知って……!?」

 

「それが私の連絡先だから登録しておいてね」

 

 

 何故知っているのかと動揺する小杉の姿を気にすることなく何でもないような表情でそう告げた奏を見て、小杉は無意識に一歩後ずさってしまう。

 

 

 もしかするとコイツは既にクラスを掌握しているのでは……そんな突拍子もない想像が脳裏を過ぎり、それと同時に湧き出てきた不安を吹き飛ばすように小杉は一言啖呵を切った。

 

 

 

 

「こ、これで勝ったと思わないでよね!」

 

 

 

 

 ……そんな捨て台詞とも思えるような言葉を残して足早と去っていく小杉を見て、その場に居合わせた人々は勝負自体まだ始まってすらいないのにどちらに軍配が上がるのか想像がついていた。

 

 『武蔵小杉は皐月奏よりも一枚劣る』……事実はどうあれ、先程までのやり取りにより、小杉はそういった印象を大衆に与えてしまったのだ。

 

 例え今回の決闘に小杉が勝ったとしても、この印象というのはそう簡単に拭い切れるものではないだろう。

 

 

「あらあら、どうしたのかしらね」

 

 

 そう言いながら笑みを浮かべる奏を見て、由紀恵は証拠もないのに完全に察してしまっていた。小杉が決闘を吹っ掛けてきてからの流れが彼女の掌の上での出来事だったという事に。

 

 

「た、戦わずして勝敗が目に見えてしまいました……」

 

「ぱ、パネェ、パネェよ奏っち! その凄まじいまでのコミュ力、どうすれば身に着けられるのか是非まゆっちにも教えてやってくれよ!」

 

 

 目の前にいる友人(仮)が思っていた以上に凄い存在だったのに驚きつつ、その一端を教授してもらいたいと由紀恵が思っている所で奏の持つ携帯から着信音が鳴り響いた。

 

 

「私よ……何ですって?」

 

 

 その電話を取った奏の様子が徐々に少し険しいモノになっていくのを見て由紀恵は何かあったのだろうかと心配そうに見ていると、電話を終えた奏が申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

「ごめんなさい、黛さん。少し用事が入ったから先に帰らせてもらうわ。よければステージを見てどうだったか感想を聞かせてちょうだい。場所と時間に関してはこれに書いてあるから」

 

「え? あ、はい」

 

 

 そう言って何かチラシのような物を由紀恵に渡した奏は、返事をきちんと聞く間もなくそのまま足早にその場を後にした。

 

 

「……奏さん、何か大変な事でもあったのでしょうか……?」

 

「かもしんねーけど、オラたちに出来る事なんて奏っちのお兄さんのステージ見て感想言うくらいしかできないしねー……」

 

「確かにそうなのですが……ところで皐月さんのお兄さんの部活動は何なのでしょう?」

 

「えーっと、確かさっき奏っちが渡してきたチラシは…………」

 

「女子偶像研究部……スクールアイドル活動をしている部活…………あれ?」

 

「女子って事は少なくともステージに出るのは歌って踊れる可愛い女子だけって事だよねー? アイドルの研究成果を報告するステージじゃない限り」

 

「もしかして皐月さん、渡されるチラシを間違えたのでしょうか……?」

 

「いや奏っちもちゃんと確認して渡してたぜ」

 

「ならお兄さんは裏方での助っ人なのでしょうか?」

 

「いやステージに出るって言ってなかった? というか裏方ならわざわざ見に行かないって」

 

「……『お兄さん』というのが私の聞き間違いだったのでしょうか……?」

 

「いやオラも『兄』って聞いたけど……まさか兄という名の姉……!?」

 

 

 

 

 変な誤解と疑惑を残しつつも、川神学園新入生の入学初日は過ぎていった……

 

 

 

◆――――――◆

 

 

 

 街に夜の帳が下り、しかして人工的な光が灯って辺りを照らし始めた頃、行動を開始する。

 

 フード付の外套を身に纏い、身を隠すような格好をしているにもかかわらず、自身から放たれる敵意を隠すことなく歩いていく。

 

 人気の少なくなってきた周囲を意識しつつ、未だに違和感が拭えず慣れない四肢を自然と動かすのに苦労しながら目的地に向かって一直線に進んでいく。

 

 その最中に自身のコンディションを確認していく。

 

 

(戦闘能力は落ちた。感覚の齟齬もある。が、これくらいなら問題ない)

 

 

 万全で動けない事にはある程度慣れている。感覚のズレも直に慣れてくるだろう。

 

 ……今からしようとしている事は褒められた事ではない。八つ当たりに等しい事だと理解している。

 

 だが、自分と同じような目に遭う人が出てこないためにも、自分に出来る事をしようと決めたのだ。

 

 そのためならば、私は必要悪だってなってやろう――――

 

 

 

 

 

 

 

「――――そんなに殺気立ってどこへ行くのだお嬢さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そんな思考の隙間を縫うように、その声はするりと耳へと入り込んできた。

 

 

「…………誰だ?」

 

「名乗る程の者ではない。ただここから先に何の用かと思い声をかけただけの事だ」

 

 

 この先には研究所しかないぞ、と口にするその人物は夜の漆黒に溶け込むには少し明るい宵闇のような長髪を持つ軍服を着た麗人だった。しかしその中性的な雰囲気によって性別は読み取れず、深く被られた軍帽が落とす影から覗く眼光以外表情を読み取る事が出来なかった。

 

 

「そんなに敵意を隠す事もなく歩いていると問答無用に怪しまれる。特に外に漏らしてはいけない秘密を抱える者ほどその疑念は大きくなる」

 

 

 不審者とも判別できるその姿に、異様な静けさに疑惑を抱き周囲の様子を伺えば、不自然にも周りにはその声の主しかいなくなっていた。

 

 

 

 

「――――故に、私のような者と遭遇する事になる」

 

 

 

 

 そして、その言葉とともにその軍服麗人の身体から敵意が放たれた。

 

 

 

「……なるほど、つまり用心棒というわけか」

 

 

 濃密なその敵意を肌で感じて相手の力量を測る……そこらの警備員程度に出せるものではなく、その立ち振る舞いも含めると相当な実力者――――もしかすると壁超えクラスの可能性とて十分にあり得る。

 

 

「……最初からこのレベルの用心棒がいる場所に当たるとは、運がない」

 

「そんな事はない。ここで私に見つかった事はむしろ幸運と言えるだろう。研究所にいけばもっと怖いガードマンがいただろうからな」

 

 

 やはりというべきか、向かう目的地が研究所である事が完全にバレている。という事はつまり、その目的もやはりバレているという事。

 

 さらに今の言葉を信じれば、その研究所には目の前の麗人よりも強い存在が警備をしているという事になる。……やはり運がないという他ない。

 

 

「……だが、ここでやめるつもりはない……!」

 

 

 そう自身を奮い立たせて、拳を握る。やはり少しばかり違和感があるが、気にしていられない。ここを突破しなければ目的を果たせないのなら、無理をしてでも突破するだけ。

 

 そしてその行為から此方の意志を悟ったのか、軍服麗人も腰に帯びた軍刀に手をかけ、臨戦態勢へと移った。

 

 その表情は、やはり軍帽の影に隠れて全貌を把握する事は出来なかったが、黄金色に光り輝くその瞳は、何かを訴えかけるように此方を射抜いていた。

 

 

 

 

 

 

「さあ、貴様の信念(オモイ)を見せてくれ――――」

 

 

 




今回の登場人物


黛由紀恵:北陸から友達を求めて飛び出してきた新入生。日本刀を装備し、笑顔は相手の恐怖を誘い、ストラップと会話をする、傍目からは色んな意味で危ない人にしか見えない美少女。実際、登校途中にぶつかった学校の先輩には警官に突き出されていた。入学早々、声をかけてくれた奏と交友関係を結べた(友達になったとは言っていない)ものの、ちゃんと話をする前に帰られてしまったため、実質的な成果は未だ0である。


皐月奏:危険人物に見える由紀恵に声をかけた新入生代表。由紀恵に接触した理由としては彼女の能力や親へのパイプなど、下心を含めてのモノであるが、仲良くしたいとは思っている。入学前より精力的に活動していた成果の一部として、新入生Sクラス全員の連絡先を手に入れ、その半数以上を既に掌握していたりする。なお急用で見れなかった兄の晴れ舞台は彼女の手の者が記録している。


武蔵小杉:今回の奏の被害者。川神学園を掌握する野望を持っているが、新入生代表の座を奏に奪われたため、その主席に対して決闘を挑み勝ちに行く事で新入生筆頭としての認知度と名声を上げるという戦略自体は正しかったものの、相手とタイミングが悪すぎた。せめて地盤を固めてから行けば被害は少なかったものと思われる。性格からしてこれで懲りるタマではないので、これからも奏に対して突っかかっていくと思われる。


フードの人:後半ででてきたフードと外套で身を隠した謎の人物。何やら四肢に違和感があったり、自ら必要悪になろうとしたり、運が悪いと自嘲している謎の人。みんな誰なのか予想は付いている気もするけども謎に包まれている人物である。


軍服の麗人:フードの人の前に現れた軍服姿の人物。ネット上で『完璧者』などと呼称されている人物である。傍目から見ると、軍服のコスプレだけでなく刀持ちという不審者を通り越して危険人物ではあるものの、周囲の人払いは済ませているので特に問題はなかった。

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