チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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第10話「アラクタル迷宮とその周辺 前編」

 迷宮都市アラクト。

 みんな大好き冒険者ギルド発祥の地として有名だ。

 都市ができたのは二千年くらい前だったじゃないだろうか。

 

『約千二百年前ってアイラたんが言ってたよ』

 

 ……二はあってるんだから二千でも千二百でもどっちでも似たようなもんだろ。

 そんな他愛ないことをぐだぐだ言いつつ長い歴史を持つ都へと私は足を踏み入れた。

 

 エルメルの町から東に二十日と数日。

 チートを使ってこの日数だ。馬車なら一ヶ月はかかるだろう。

 村越え、川越え、丘越えてとうとう来てしまった冒険者の聖地。

 

 都市というだけあって大きさも今までに訪れた町の比ではない。

 明日から三年に一度の闘技大会が開かれるとあって人の数もすさまじい。

 こんな大量の人ごみにいたら立ちくらみしそうだ。実際に少し酔ってきた。

 裕福なお坊ちゃんやお嬢様を対象にした教育施設もあるらしく、同じような服を着た子供が目につく。

 奴隷の売られている通りもある。

 

『学園に奴隷に闘技大会! う~ん、イベントが目白押しだね。まあ、メル姐さんには関係ないだろうけど』

 

 その通り。

 私にはまるで関係がない。

 

 学園には接点がまるでない。

 奴隷を買うほどのお金もない。

 そもそも奴隷は必要としていない。

 必要ないものはあっても邪魔なだけだ。

 闘技大会はそもそもエントリーすらしない。

 視線を自ら浴びに行くなんてまっぴらだ。

 人々が闘技大会に集まっている間が絶好のチャンス。

 がら空きのダンジョンに潜ってさっさとクリアしてしまおう。

 

 

 

 ファナ――そう名付けられた吸血少女は家に置いてきた。

 置いてきたというよりも、「近所の子供たちと遊ぶのが忙しい」と言ってついてこなかった。

 

『吸血鬼ですら友達ができるっていうのになぁ。ったく、世知辛い世の中だぜぇ』

 

 町に連れて帰ったのはいいものの、まともな生活ができるか心配だった。

 そんな心配は杞憂に終わった。

 

 パーティーリングを嵌めることで、モンスター専用スキルが選択できたらしい。

 「種族弱点無効化」により日光浴を楽しみ。

 「遠隔操作」によって私から離れてもスキルを継続するため、彼女は白昼堂々と町を闊歩している。

 ご飯も普通に食べることができていた。

 生活における力加減も上手だ。

 

 困ったことに私を「あるじ」と呼び始めた。

 呼び方や話し方は敬っているようだが、なんだろうか……。

 むしろ馬鹿にされている気がする。

 

『おっ、鋭い。メル姐さんが顔を逸らしてるときに、クセェって鼻つまんでたよ』

 

 そんな情報は知りたくなかったよ。

 あのガキャ、帰ったらしばいてやる。

 

 念のために言っておくが、ファナと私は仲が悪い訳ではない。

 近すぎず遠すぎずという心地よい位置を保っている。

 ただ次に帰ったとき、どうなるかはわからない。

 

 私には慇懃無礼な一方で、ファナはシュウを神の使いと崇めている。

 朝と夜には、涙を流しながら感謝の言葉を述べる姿も見ることができる。

 膝をつき顔を伏せて、両手を胸の前に捧げての完全な隷従姿勢。

 未知との遭遇は吸血鬼に畏怖を生じさせ、恐怖を通り越して信仰に押し上げてしまった。

 確かにシュウは神の使いで間違いないのだろうが釈然としない。

 

 話を戻そう。

 生活が心配だったファナだが、至って普通の生活を送っている。

 家事を手伝い両親からも可愛がられているし。

 子供の遊び相手や長生きして得た知識を人に振る舞うことでご近所からの信頼も勝ち得た。

 さらに様々なクエストやはぐれモンスター掃討に参加するなどギルド、ひいては町での地位を築き始めている。

 私よりもエルメルの町に溶け込んでしまった。

 いったい私は二十年近くも何をやっていたんだろうか。

 

 そう。あれはファナと一緒に町のギルドへ行ったときだ。

 観衆がファナを見てぱあぁと顔を明るくし、遅れて入った私を見て顔色を沈ませた。

 その中には、うっかり私が腕を折ってしまったむさ苦しい男がいた。

 目が合ったので「あのときは済まなかったな」という含みをもたせた笑みを見せると、男は椅子から転げ落ちて奇声を発しながら謝ってきた。

 居たたまれなくなりファナだけ残して、ギルドをそっと退出。

 その後、背中にぶつかってきた楽しげな喧噪の圧力をいまだに忘れることができない。

 

『……メル姐さん。その話はもうやめよう。ほら、今日は旅の疲れもあるからね。おいしいご飯を食べて、軽くお酒でも飲んでさ。胸やらふとももに俺を挟んで、暖かいベッドで一緒に休もうよ』

 

 そうだな。

 なんだか落ち込んできた。

 ダンジョンは明日からにしよう……。

 それと、お前の寝場所は床に決定したからな。

 

 

 

 とりあえず宿を取る。

 どこもかしこも一杯一杯だった。

 五件目にしてようやく部屋を確保できた。

 冒険者ギルドとの連携経営をしているところだ。

 超上級冒険者特権を使ってのごり押しだが、有るものは使うべきだろう。

 最上階の二部屋ぶち抜いた広々とした部屋。

 金銭的には余裕があるため問題ないが、広すぎて落ち着かない。

 

 宿の前にある酒場で夕飯を取ることにした。

 カウンター席に座り、駆け回る女給に食事と酒を注文。

 周囲が盛り上がっている中、一人黙々と出てきた料理を貪る。

 

 食事を済ませ酒をちびちび飲んでいると隣の席に男が座る。

 がたいの良い男は酒とつまみを注文すると、一人ぶつぶつと話し始める。

 気持ち悪い奴に座られたなぁと思いつつ周囲を見るも、他に空いている席はない。

 

「――なんだが……。聞いてるか?」

 

 男が首をぐるりと私へ回し問いかける。

 くすんだ赤毛と顔のそばかすが印象的な男だった。

 

 ……あれ?

 もしかして独り言じゃなくて私に話していたのか。

 どうやらずっと私と喋っているつもりだったようだ。

 

 でか男はエイクと名乗った。

 この町で冒険者をしているらしい。

 馬鹿でかい図体に似合わずかなりのおしゃべりだ。

 私が適当に相づちを打っているだけで、ぺちゃくちゃ喋ってくれる。

 

『大丈夫。こいつはメル姐さんに害をもたらさない』

 

 初めはエイクに警戒していたシュウも、今では無害認定を下している。

 それもそうだろう。

 

「いやぁ、ビスは本当にかわゆい奴でなぁ。家に帰ると『おにぃちゃん』って駆け寄ってくるんだよぉ。その笑顔といったらもう! 日の光に陰りを覚えるほどまばゆいものでなぁ! 今は学園の初等部に通っているんだが、他の奴らと同じ制服を着てるはずなのに……なぜだろう。ビスだけ輝いている。わかるか? ビスは天使なんだよ! 明日の闘技大会もおめかしして応援にきてくれるって言ってるんだ。おめかしなんてしなくても十分かわいいのに、あれ以上かわいくなったらもう駄目だろ~!」

 

 お前がもう駄目駄目だよ。

 

 ビスというのはエイクの妹だそうだ。

 彼はずっと妹の素晴らしさについて口を動かしている。

 最初は闘技大会の話題だったはずだが、酒が入ると妹語りになった。

 ひたすら彼が妹をどう見て、どう思って、どう扱っているのかをべらべら喋っている。

 

 つまるところだ。

 このエイクという男は筋金入りのシスコンだった。

 ロリコンの次はシスコンですか。嫌になってくるな。

 

 てきとーに相づちを打っていたのがよくなかった。

 エイクが酒を次々に注文して、話はさらに盛り上がりを見せる。

 彼が盛り上がれば盛り上がるほど、私は盛り下がっていく。

 シュウもうんざりして、さきほどから閉口している。

 こういうときは喋ってもいいんだよ。

 

 ――そして、シスコンは潰れた。

 カウンターに突っ伏していびきをかいている。

 無精髭の似合うマスターがやってきて同情された。

 こんなシスコンでも冒険者としてはたいへんに優秀だそうだ。

 超上級パーティーの一流剣士で、闘技大会での剣士部門と総合部門の優勝候補にも上がっている。

 ただ、酒が入ると本性が目覚め暴走を始めて勝手に自爆する。ごらんのありさまだよ。

 明日の闘技大会は大丈夫なのだろうかと心配したが、朝には完全復活するとマスターは話していた。

 

 もう夜も遅い。これ以上は明日に差し支える

 宿に帰ろうとして勘定を払おうとするとマスターに止められた。

 話を聞いてくれた人間にはエイクが払うという暗黙の了解があるらしい。

 妄想ダダ漏れの話を長々と聞いてくれたぶんの報酬ということだ。

 そういう大切なことは先に言えよ、このシスコン。

 それならもっと高い酒を注文したのに。

 

 

 

 翌日早朝。

 私はギルドに赴いた。

 人は少ない。冒険者も職員も闘技大会のほうに回されているのだろう。

 ありがたいことだ。

 窓口からダンジョンの情報を購入してダンジョンへ向かった。

 

 アラクタル迷宮。

 迷宮都市アラクトの地下にある大迷宮だ。

 正確にはアラクタル迷宮の上に都市アラクトが築かれた。

 名前の通りラビリンス型ダンジョン。

 下へ下へと潜る構造となっている。

 

 全百階層。

 一から十階層が初級。

 十一から三十階層が中級。

 三十一から六十階層が上級。

 六十一から百階層が超上級だ。

 

 各クラスの最深部にボスがいるのは当然だが、五階層ごとに中ボスもいる。

 ダンジョンは五階層ごとに挑戦者の達成状況を記憶する。

 五の倍数の階層で脱出できる。

 すなわち、中ボスやボスの扉の前で抜けられるらしい。

 途中で抜けても五の倍数に一を加えた階層から始めることができる。

 

 超上級をクリアしたパーティーはギルドに殿堂入りされるらしい。

 最後に超上級が制覇されたのは百年以上も昔のことだ。

 そのときのパーティーは伝説の扱いとなっている。

 ……ソロでクリアするとどうなるんだろう。

 

 このダンジョンの面倒なところ。

 それは、初めての人間は一階層から挑まなければならないことにある。

 ゼバルダ大木のように各階級用の入り口は存在しない。

 どんなに強くても初級から。

 ただし例外が二つ。

 

 一つ目。

 四人以上のパーティーを組む。

 三人が経験者で一人が未経験者なら途中から挑める。

 しかし、この時期にダンジョンへ潜ってくれる物好きな超上級者などいない。

 そんな強者は闘技大会に出張ってるだろう。

 

 もう一つの手段は奴隷。

 奴隷は物扱いされるようで、四人以上でパーティーを組まなくても連れて行くことができる。

 連れて行くと言うだけあって、持ち主のダンジョン経験に依存する。

 超上級者の奴隷を買っても、私が超上級から挑めることはない。

 

 もし途中から挑めるとしても奴隷を買えるほどのお金は持っていない。

 仮に買えるほどのお金があったとしてもやっぱり買わないだろう。

 

『そうだよね。買っちゃうと一緒に潜ってくれる仲間がいないって認めちゃうことになるもんね』

 

 そんなことないよ。

 私にだって潜ってくれる仲間はいる。

 ……ここにいないというだけだ。

 

 見えない鼻で笑われた。

 ほんと、いちいち癇に障る奴だな。

 

 

 面倒なのはそれだけではない。

 内部の構造が不定期に変わるのだ。

 そのため、マップが販売されていない。

 どんな種類の罠があるのか。

 各階層でどんな敵やボスが出てくるか。

 できる限りの情報をギルドで購入してきた。

 なんとか今日中に上級はクリアしたい。

 

 逆に良いところは安全性がそこそこ高いところだろう。

 初級と中級では即死しないかぎり、ダンジョンから排出される。

 武器と防具はダンジョンに飲み込まれるが、生きて帰れるならまだチャンスがあると言える。

 

 さらにだ。

 冒険者から飲み込んだ武具やアクセサリーがアイテムとして設置される。

 このアイテムはダンジョンを通したことで特殊な効果が加わり、元のものより強くなるらしい。

 いわゆる魔装具と呼ばれ、非常に高価なものとして取引される。

 

 安全性が高いとは言っても、今の私が初級や中級で倒れるとは考えづらい。

 状態異常には耐性があるし、モンスターは一刀のもとに両断。

 落ちている魔装具もチートほど良い物ではないだろう。

 かさばるし、よほどいいものでない限り放置の方向だ。

 

 とりあえず、初心に戻り一から攻略していく。

 

 まず、初級。

 ゆっくり進んでいたがまるで問題ない。

 ときどき行き止まりにぶつかりながらも下へ下へと順調に進んでいった。

 罠の数も初級のためか少ない。

 中ボスとボスも近づいて一振りで終了した。

 

 次に中級。

 初級に同じ、としか言いようがない。

 同じような構造で飽きてきた。

 罠が多少多くなっているようだが、注意していけば問題ない。

 魔装具も見つけたが、鎧はあまりにも重いので置いてきた。

 雑魚モンスターはもちろんのこと、中ボスやボスも一撃だ。

 

『このダンジョンつまんないね』

 

 シュウもなんだか退屈そうだ。

 初級や中級なんだから仕方がないだろう。

 

『難易度のことじゃないよ。このダンジョンはさ。ほんとにただのダンジョンなんだ』

 

 何となく言わんとしていることはわかる。

 このダンジョンはなんだろうな。

 おもしろくない。

 

『そうなんだよね。特徴がない。今までのダンジョンはそれぞれ個性があった。ダンジョン固有の地形に、敵や罠。侵入者への対策が意図して組まれてた。ダンジョンの意志とでもしようか。でも、このダンジョンにはそれがない。ただ機械的に罠やら敵が置かれているだけ。まるで……』

 

 シュウはそこまで言うと考え込むように黙り込んだ。

 つまらないダンジョンではあるものの、クリアすれば超上級だ。

 さっさとクリアしてしまおう。

 

 ようやく上級。

 このフロアから危険になってくる……と思っていたがそうでもない。

 敵は二回斬れば倒れる。三回斬る必要のある敵は存在しない。

 罠に引っかかることもあったが、耐性がついているためか問題ない。

 ワープの罠にもかかったが、目の前に階段があったのでかえって助かった。

 途中でちょっと早めの昼ご飯を食べて、どんどん潜っていく。

 

 問題は上級を十階層潜ったところの四十階層で生じた。

 中ボス部屋の前で冒険者らしきパーティーと遭遇。初めての遭遇者だ。

 

 男が三人と女の子一人。

 このまま中ボスに挑むか、入り口に帰るかを相談しているのだろうか。

 迷っているなら先に中ボスに挑んでもいいだろうか。

 

 男たち三人はギロリと私を睨み付け、女の子はおびえた目で私を見てくる。

 女の子はダンジョンに潜るとは思えないほどの軽装備だ。

 ダンジョンよりもこじゃれた喫茶店行くべきだろう。

 なんだろうか。うさんくさいパーティーだな。

 

 まあ、彼らが何者だろうがかまわない。

 私には関係『あるよ。メル姐さんにも関係ある』。

 

 ……あのさ。

 前から言いたかったんだけど、思考に割り込んでくるのはやめてくれないか。

 

『俺とメル姐さんは心まで繋がってるんだね。早く体もコネクトしたいな、主に下半身!』

 

 足が勝手に動く。

 靴がシュウに当たり、グァギィと小気味よい音が響く。

 

『アウチっ』

 

 冗談はこれくらいにしておこう。

 それで奴らと私に何の関係あるんだ。

 覚えてないんだが、どこかで会ったことがあったか。

 昨日の酒場にいたかな。

 

『男は知らない。みんな似たような顔だね。モブその一からその三とでもしようか。でも、女の子は知ってる。たぶん姐さんも知ってるはずだよ』

 

 言われて女の子のほうを見てみるもののまるで記憶にない。

 小柄で赤みがかった巻き髪がチャーミングな女の子だ。

 顔も特に印象がない。ちょっぴりそばかすが目立っている。

 

 うぅん……?

 たしかにどこかで会ったような気がしないでもない。

 

『会ったことはないね。でも、名前はさんざん聞いたよ』

 

 会ったことはないのか。

 それでも名前は知ってる?

 

『シスコンが話してたじゃん。妹さん――ビスだよ。話してた特徴とそこそこ一致するね』

 

 ああ、そうか。

 赤髪にそばかす。

 目のあたりもそっくり。

 たしかにエイクの妹と言われれば納得だ。

 でも、天使は大げさだな。

 

 ……さて、これどういうことだ。

 さすがの私でもきな臭い事情を感じ取れる。

 シスコンのエイクは闘技大会に参加して、妹が応援に来ると話していた。

 そのめかし込んだ妹がどうしてここにいる。

 

『本人に事情を聞けばいいんじゃない』

 

 そうだな。

 おい、シュウ。何か案をだせ。

 

『そうだね――』

 

 

 

 怪しい四人組に近づき、男達を無視して女の子に「久しぶりだな、ビス」と話しかける。

 

「た、たすけ……」

 

 目を潤ませて、女の子はかすれた声を出す。

 どうやらビスで間違いないようだ。

 

 周りの男達も剣を抜き始める。

 上級ダンジョンにいるから、彼らは上級者であることは間違いないだろう。

 悲しきかな、上級者ではもはや私をどうにかすることはできない。

 

 チートスキルは人間にも効力がある。

 私に害意を向けてきた人間に対してはモンスターと同様に効果を発揮する。

 以前、道すがら盗賊団に襲われたとき、スキルが発動したから間違いない。

 能力プラスだけで十分に対応できるのにスキルまで発動する。

 能力半減が人間に対して発動するとどうなるか――。

 

 答は倒れる。

 あまりの臭いで倒れるわけではない。

 シュウは、人間の力は一般人と冒険者で大きく違うわけではないと言う。

 もちろん闘えば冒険者の方がずっと強いが、それは技量や経験の違いに大きく起因する。

 人間に能力半減がかかると、感じる負荷は倍以上になるらしい。

 まともに闘うことはおろか歩き回ることすらできない。

 

 その結果として男三人が地べたを這いずる。

 とりあえずほっとこう。どうにでもできる。

 おびえるビスをなだめて話を聞くものの、町を歩いてる途中で誘拐されたとしか話さない。

 

 どうやら男たちに直接聞かなければいけないようだ。

 全員に話を聞いてみるものの誰も答えようとしない。やれやれだ。

 

 ビスを細心の注意を払って気絶させる。

 ここから先は精神上よろしくないだろうからな。

 

 男たちから剣を奪う。

 ついでに口の悪い一人からパーティーリングも取り上げる。

 そいつの首根っこをつかんで、中ボスの部屋に投入。

 扉は独りでに閉まり、しばらくすると開いた。

 

『中に誰もいませんよ』

 

 中ボス部屋には誰も残っていない。

 男の装備もダンジョンに飲み込まれてしまった。

 

 残った男二人の顔面は蒼白だ。

 事情を話した方は解放してやると言うと、彼らの口は先を競うように動き始めた。

 

 彼らのリーダであるシーマとかいう奴を闘技大会の剣士部門で勝たせるためらしい。

 妹を誘拐してエイクに敗退させるつもりのようだ。

 午前中の予選はシーマと当たらないため勝ち抜かせ。

 午後に行われる本選の一回戦で敗退する旨の手紙を送ったと話す。

 他に仲間はいないらしい。

 

 シュウも嘘を言っているように見えないと話す。

 

 よし。

 じゃあ、問題ない。

 どちらもよく喋ってくれたからな。

 二人仲良く中ボスの部屋に解放してやった。

 男たちの悲鳴とは裏腹に、扉は慈悲なく閉まる。

 

『さよなら。名もなきモブ達』

 

 先ほどより時間はかかったものの扉が開いた。

 もちろん中には誰もいない。

 

『じゃあ、中ボスをさっさと倒してさ。いったん地上に帰ろっか』

 

 そうだな。

 気絶しているビスの指に男から奪ったパーティーリングを嵌めてパーティ登録をする。

 ビスを腕に担いだまま、中ボスの部屋に入る。

 

 中ボスは大きな蟹だった。

 いや。実を言うと私は蟹を見たことがない。

 シュウが蟹だと言うから蟹で間違いないんだろう。

 

 硬そうな殻に、左右で大きさの違う爪。はさみというらしい。

 体のわりに小さなまん丸の目が二つ。

 長細い足で器用に横歩きしている。

 

 一体だけなので入り口にビスを置いて蟹に向かって特攻する。

 近づいたところではさみを突き出してくるものの遅すぎる。

 軽く避けて腕を斬りつける。

 本来であれば物理攻撃は効きづらいのだろうが、シュウなら問題ない。

 

 何度か斬りつけるとご自慢のはさみは地面を転がった。

 もう片方のはさみも斬って落とす。

 攻撃手段をなくして横歩きするだけの蟹を何度か斬りつけてやると消滅した。

 

 ビスを拾って彼女のパーティーリングを取って捨てる。

 入り口と反対側に出現した二つある扉の右側に入る。

 左の扉は先に進むものだ。

 

 扉の先はだだっ広いダンジョンの入り口広場だった。

 無数の扉が設置されていたのはこのためだったのか。

 

『ほへぇ~。よくできてるね』

 

 シュウは感心している。

 同感だ。どういう仕組みなんだろうか。

 

 闘技場へ走っていると背中におぶったビスが目を覚ました。

 男たちはもういなくなって、今は闘技場に向かっていると話すと喜んでいた。

 子供はこれくらい無邪気なほうがいい。

 勘のいいガキは嫌いだ。

 

 いるんだよ。

 「お姉ちゃん冒険者なの」って話しかけて来て、私の周りに誰もいないことを見てなんか察して気まずそうに黙って立ち去るガキ。

 なんなのあれは。

 言いたいことがあるならはっきり言えよ。

 いっちょまえに察しやがってよぉ。

 

『メル姐さん。落ち着いて。ほら闘技場も見えてきたからさ』

 

 いかんいかん。少し興奮してしまった。

 

 

 

 闘技場ではまさに剣士部門本選の第一回戦が行われていた。

 今日は第一回戦だけで、二回戦から準決勝までが明日行われる。

 決勝戦は三日目となかなかの長期戦だ。

 

 観客席から見下ろすと、ちょうど赤髪のシスコンが剣を握っていた。

 おや、まともに戦っているぞ。

 

『いや。あんまり力を出してないね。うまく負けようとしてるよ』

 

 そうなのか。

 まったくそんなふうに見えない。

 このまま勝ってしまってもおかしくないぞ。

 

「おにいちゃん!」

 

 背中からビスが叫ぶ。

 

 不思議なものだ。

 その声は決して大きなものとは言えない。

 周囲の観客の声援に比べれば霞むくらいに小さいだろう。

 それでもシスコンはたしかにこちらを見た。

 私もあちらからビスがしっかり見えるように肩車してやる。

 背は高い方だから、あちらからもしっかり見えるだろう。

 

「あたしはもう大丈夫だから! やっつけてぇ!」

 

 シスコンは静かに頷いた。

 本当に聞こえたのだろうか。

 

『読唇術かな。唇を見てた気がする。どっちにしろ伝わると思うね。今のビスの顔を見れば一目瞭然だよ』

 

 私には見えないが、いい顔をしているんだろう。

 

 そこからは怒濤の反撃だった。

 シュウは『今の受け流しすごいなぁ』とあちらこちらで感心している。

 私は才能がないため地味な戦いだったとしか言えない。

 何合か斬り結んだあと、片方が崩れる。

 見下ろすように立っていたのは赤毛の剣士だ。

 観客達も拍手喝采してたたえる。

 

 そんな中、私は観客席から飛び降りてビスを肩から下ろす。

 

「兄のところに行ってやれ」

 

 そう言って、ビスの小さな背中を押してやる。

 彼女は私にコクリと頷くとシスコンにとてとて走っていく。

 

 このあとどうなるかなんてわかりきっている。

 わかりきっているものなど見る必要もないだろう。

 

 闘技場の出口にこっそり向かう。

 観衆の目がビスに向いている今がチャンスだ。

 そもそもここは血を幾度となく拭ってきたものたちの立つ舞台。

 私のようなチートに頼り切りの甘ちゃんが立っていいところではない。

 例外が許されるのはせいぜい家族くらいのものだ。

 

 出口通路を歩いていると怒濤の歓声が背中を押す。

 兄妹の抱擁シーンでもやっているのだろう。

 

 私にはもう一つやらなければいけないことがある。

 

 誘拐犯のリーダーであるシーマの始末だ。

 近くを歩いていた大会関係者に話しかける。

 どうやらシーマは本選どころか予選で負けたようだ。

 

『誘拐するならさぁ。せめて予選くらい勝ち抜けよ……』

 

 さすがのシュウも呆れ声。

 ステルスで姿を消して、医務室に向かう。

 シーマは気を失いベッドに寝かされていた。

 シュウで彼の腕を小さく斬って、各種状態異常をプレゼント。

 

 用事も終わったのでさっさと闘技場を後にする。

 さらば闘技場。もう来ることもないだろうな。

 

 

 

 アラクタル迷宮に戻り、さくっと上級をクリア。

 これで迷宮都市アラクトの一日目は終わ――らなかった。

 

 

 

 ダンジョンから持ち帰った魔装具を売り払い、財布が肥えて満足していた。

 三つほど売っただけで、三ヶ月は豪遊できる金額になってしまった。

 魔装具だけならいくつか見つけたが、軽めで高そうなものをシュウに選ばせたらこれだ。

 もうこの都を本拠地にしてもいいんじゃないだろうか。

 帰ってもつらいだけだしさ。

 

 一つだけ売らずに残した小さめのブレスレットをつける。

 シュウによると、能力プラスの効果がついているそうだ。

 これなら軽くてさほど邪魔にもならず、強化の恩恵を受けられる。

 キラキラとまん丸に光る模様が気に入っていた。

 

 宿への帰り道。

 シュウが見たい見たいとうるさいので奴隷市場を通ることにした。

 今日はいろいろと役にたったからな。これくらいの要望は聞いてやってもいい。

 

 他の町にも奴隷市場はあるが、ここまでの規模ではない。

 筋肉ムキムキのマッチョマンや筋骨流麗の女性ファイター、鱗が素敵なリザードマンといった亜人まで様々な奴隷が展示されている。

 

『あの子いいね。顔がいいし、なにより胸が大きい! うひゃあ、すごい! ブラッシュアップされた肉体。いやぁ~。実際に見ると熱気が違うねぇ!』

 

 熱気の部分には同意せざるをえない。

 ほぼ全裸になった人たちが並べられ、肌の熱を感じる。

 

 鼻の下を伸ばすもの。

 じっくり値定めしているもの。

 商人と値段交渉をしているもの。

 ――と様々な人がいる。

 

 

 そんな中を歩いていると、だ。

 

「ウサ! ウササ、ウサキュウサ! キュー、ウサキュー!」

 

 いやね。

 実際には違うんだろうけど、文字にするとこんな声が聞こえた。

 横を見ると、縦に長い耳をした亜人がいた。兎人だな。

 性別は見た感じ雌だろう。胸とかあるし。

 

『すっごい耳が長いね。しかも折りたためるんだ。一昔前の携帯みたい。それよりさ。雌兎って響きはなんだかエロスを感じるんだけど、どうだろう?』

 

 なに言ってんだか。

 それよりもこの兎人だ。

 すごい剣幕で詰め寄ってくる。

 繋がれた鎖を引きちぎってしまいそうな勢いがある。

 

「なぁに、やってんだ!」

 

 豚人だ。

 違う。そんな種族なかった。

 いや、あるのかもしれないが知らない。

 彼は豚人ではなくただの太った人間……のはずだ。

 おそらく店主と思われるまん丸の人間が鞭で兎人を打つ。

 

「ウサァッ!」

 

 たぶん叫び声を上げて兎人が倒れる。

 

「ウササ。ウササキュ、ウサウサ?」

『日本語でおk』

 

 兎人はまた話を始める。

 最後のは語尾の調子から疑問だとわかった。

 疑問系がわかったところで何の解決にもならない。

 

 ――で、こいつは何を言ってるんだ?

 

「すみませんね、お客さん。あっしも言葉がわかんないんですよ。最近、入ったばっかりのやつでして、まだ躾がなってないんです。どうか平にご容赦を」

 

 どうやら店主にも言葉はわからないようだ。

 おい、チート。出番だぞ。

 

『はいはーい。ちょっと待ってね。オッケーよん。なんか話してみて』

 

 もういいのか。

 特に変化はないように思えるが。

 

「貴方はそのブレスレットをどこで手に入れましたか? 私にその情報を教えてください!」

 

 おっ、おおっ!

 すごいな。兎人の言っていることがわかる。

 口の動きと聞こえる音は全然違う。

 

『しかも直訳だね、これ。なんだか気持ち悪いぞ』

 

 確かに違和感を覚えるものの、意志が伝わるなら別に構わない。

 良しとしよう。

 

 この兎人はブレスレットを知っているようだ。

 元の持ち主と縁があるものかもしれない。

 まあ、縁があるといってダンジョンで手に入れた以上は私のものだがな。

 

「貴方が嵌めているブレスレット。私たちはそれを『月光の腕輪』と呼んでいます。私たちの一族――玲兎に代々受け継がれていたものです!」

 

 片耳がピンと伸び、もう片方の耳が半分に折れる。

 

 ふぅん、そうなのか。

 そんな貴重品がどうして上級ダンジョンに落ちていたんだ。

 

「玲兎は戦に敗れ、多大な賠償金を要求されました。賠償金を払うため、一攫千金を目論み一族の勇敢なる男達がダンジョンに潜ったのです。その腕輪は彼らがお守りに装備していたのです。しかし、誰一人として村に戻ってきません。私は賠償金を賄うため売られてしまいました」

 

 両耳がパタンと折りたたまれる。

 耳が気になって話に集中できないだが。

 なんだかちょっぴり悲しい話だった気がする。

 

 そうかそうか。お前も大変だな。

 がんばれよ。じゃあな。

 

「お待ちください! その腕輪を私に譲って頂けませんか? それがあればきっと一族を再建できます! 私は貴方になんでもしますから!」

『なんでもだって! 今なんでもするって言ったよね! なんでもだよ! なんでも! ほっほーい!』

 

 うるせぇな。黙ってろよ。

 

 第一だ。

 私は奴隷を必要としていない。

 それに、なんでもするというが奴隷のお前に一体何ができるというんだ。

 

「うさぁ……私を買って頂ければ、貴方の身の回りの世話ができます」

 

 ちょっと元気がなくなったのか両耳が力なくしおれる。

 

『身の回りの世話よりも下の世話――』

「ダンジョンに潜れるか?」

 

 なにやら買ってもらえそうな雰囲気を察したのか、両耳がピィンと天を衝く。

 いかんなぁ。耳が可愛くて仕方がない。

 

「私は玲兎の女です。戦う覚悟はできています」

 

 唇を固く結び、耳をもふりと前傾させる。

 やる気は耳からしかと伝わった。

 

「おい、豚……じゃなかった。店主、この耳はいくらだ?」

 

 魔装具三つの売却で得たお金は、夜を待たずしてなくなった。

 

 

 

 兎人の女はディーク・クックル・クニ・クルスというらしい。

 長いし、「く」が多いのでクーとした。

 本人は不満そうだが納得してもらうほかない。

 

 ひとまず軽めの鎧と、武器に使う鞭を買い与える。

 ついでに月のブレスレットとやらも与えた。

 能力プラスがついているので、少しは強くなるだろう。

 

 ギルドでパーティーリングを買うことも忘れない。

 クーは喋るシュウにすぐさま対応してみせた。

 顔や声に驚きはないものの、耳がびくびく震えている。

 たいへん素直な反応を見せてくれたので、私としては大満足である。

 

 宿に戻る前に、超上級へ潜ってみることにした。

 もう遅いので五階層だけだ。

 一人でも大丈夫そうだから、二人なら余裕だろう。

 

 結論から言おう。

 余裕なんてものじゃなかった。

 パーティ用スキルに加えて奴隷用スキルが選択できるようになった。

 シュウは奴隷用スキルについて詳しく説明しなかった。

 モンスター用と同じく遠隔操作があり離れても問題ない。

 それに力の底上げができる。

 ――と話す。

 

 それだけではない。

 鞭使い専用スキルが選択できたらしい。

 

 

 一つ目は「エスエム」とかいうものだ。

 鞭で打ったモンスターを催眠状態にする。

 催眠状態になったモンスターは仲間を襲う。

 

『神様はよくわかってるなぁ』

 

 なにやら感心している。

 何がよくわかってるのかは、わからない方がよさそうだ。

 

 

 二つ目は「ソニックブーム」。

 鞭の先端から生じる空気の圧縮波を全方位に飛ばす。

 名前から効果までまったくもって意味不明だ。

 要するに、離れた敵にも攻撃できるということらしい。

 それだけ教えてくれればいいのに……。

 

『俺の世界でもソニックブームは隙が少ない伝統の技だよ』

 

 シュウの世界にもソニックブームとやらの使い手がいるそうだ。

 しかも、その人物は宙返りしながらの蹴りも恐ろしく強い。

 彼の完成された戦術により幾人もの挑戦者が敗れてきたと話す。

 なんにせよ、効果が強ければそれでいい。

 

 敵が見えるくらいの位置で鞭を打つとソニックブームで攻撃が当たり、さらに催眠状態になる。

 超上級のモンスターとはまともな戦闘にならない。

 催眠状態のモンスターに襲われている敵を斬りつけるだけの簡単な作業だ。

 そいつが消えれば、催眠状態の敵も抵抗なしで切り捨てることができる。

 

 クーは私の前を歩く。

 奴隷は主人の前を歩き、危険を担う役割があるらしい。

 そんな話は初耳だ。

 罠は怖いが、シュウの目で大抵の罠は事前に発見できている。

 たまに踏んでも状態異常なので効果はない。

 大量のモンスター召喚というのもあった。

 クーが鞭を一発打てばモンスター同士で大乱闘が始まり、あっという間に片付いてしまった。

 

 中ボスも問題なく倒して行けている。

 むしろ中ボスのフロアはありがたい。

 基本的にまっすぐな通路と中ボスだけだ。

 

 そんなこんなで五階層だけの予定だったが、十階層も進んでしまった。

 一人でも大丈夫そうだが、二人なら盤石な攻略ができるな。

 魔装具もいくつか見つけることができた。

 残り三十階層を残して一日目の攻略を終了とした。

 

 余談だが超上級で得た魔装具を二つ売却するとクーの買値の倍額が返ってきた。財布に入りきらない。

 シュウも驚いていた。

 付加効果はそこそこ程度のものだったらしい。

 超上級者の装備だから元々高価なものだったのかもねと話していた。

 

 

 

 一日目の攻略は終了したと言った。

 されど一日がまだ終わったわけではない。

 

 いったん宿に帰ると、食事を取るためにまた外に出るのが億劫になった。

 帰りに食べれば良かったと気づいたのは部屋に入ってからだ。

 そこでクーに食事と飲み物を買ってくるようにいいつけた。

 お金を取り出すのも面倒なので財布をそのまま渡す。

 クーは行ってきますと元気よく声を出して部屋から出ていった。

 私もその背中を黙って見送った。

 

 そして、私はベッドでうたた寝。

 ふとトイレに行きたくなって目が覚める。

 いまだにクーは帰ってきていない。

 

『逃げられたかな……』

 

 シュウがぼそりと呟く。

 

 まあ待て。

 落ち着けよ、シュウ。

 まだ慌てる時間じゃないぞ。

 逃げられたと決めつけるのは早計だ。

 事件に巻き込まれているのかもしれないだろ。

 

 フロントに降りると、主人が紙片を渡してきた。

 連れの兎人。クーから預かったらしい。

 手紙にはたどたどしい文字で――、

 

「ごめんなさい」

 

 たった一言。こう綴られていた。

 全てを理解してしまった。

 

『いやはやぁ! さすが兎人。まさに脱兎の如くだ! メル姐さんのお株が奪われちゃったねぇ! まさか半日を待たずして逃げられるなんて! ほんと、メル姐さんといると退屈しないで済むよ~! 悔しいでしょうねぇ~』

 

 シュウの笑いは止まらない。

 私もつられて笑ってしまう。

 

「アハハハハハハハハハハ!」

『グフフフフフフフフフ!』

「ふははははははははは」

『げらげらげらげら!』

「あは、ははは……」

『メル姐さん……』

 

 くそぅ……。

 景色が潤んできた。

 

 どうしよっか。

 どうすればいいんだろう。

 おいシュウ……なんか案はあるか。

 

『そんなに落ち込まないでよ、メル姐さん。まじめな意見を出すと、衛兵に話すのがいいんじゃない。「買ったばかりの奴隷に財布を持ち逃げされました」って、正直に話せば町の出入り口をチェックしてもらえるんじゃないかな。契約書もあるからさ。どうにでもなるよ』

 

 それすごく恥ずかしいんだが。

 シュウよ、貴様はこれ以上……。

 これ以上、私に辛い思いをしろと言うのか!

 

 ……もっと楽に捕まえる方法はないか。

 ほら、お前の得意なチート技でなんとかできるだろぅ。

 

『そんな萎びた声ださないでよ。女かと思っちゃうじゃん』

 

 私、女だから。

 なんで自然に貶すのかな。

 お前。いつも胸がどうのとか言ってるだろ!

 あまり私を怒らせない方がいい。

 

『よしよし、元気がでてきたね。それじゃあ、いつも通りチートな方法でいきますか』

 

 あるんならさ。最初からそう言えよ。

 なんでもったいぶるの。

 

『そんなことよりメル姐さん。一つ聞きたいんだけどいいかな? メル姐さんはクーを連れ帰って一体全体どうしたいの?』

 

 シュウは私の了承を得る前にさっさと続きを話し始める。

 ねぇ、どうして途中で確認取ったの。

 確かに了承はするだろうけどさ。

 いちおう返事を待とうよ。

 

『メンゴメンゴ。それでメル姐さんは、奴隷の分際で勝手に逃げたってクーを殴りつけたいの? 別にお金を持ち逃げされたことに腹を立ててるわけでもないよね。クーがいればダンジョン攻略は楽になるだろうけどさ。逃げた相手と一緒に昨日の今日で仲良く組んで潜れるかな。さてさて、メル姐さんはいったいクーを持ち帰ったところでどうするつもりなんだろう』

 

 何が言いたいんだ?

 

『いやいや、言いたいことは言ったよ。すでに問いは投げられた。メル姐さんはクーを連れ戻してどうするのかなってだけの単純な疑問。まあ、連れ戻してから考えることもできるだろうけど、けっきょく行き着く問題だからね。それで気になる回答は?』

 

 クーを連れ戻してどうするか。

 私は――。

 

 

 

 迷宮都市アラクトの門。

 通常、夜の交通は止められている。

 しかし、現在は闘技大会中とあって通行規制がたいへん緩い。

 

『ゆるゆるのがばがばだね』

 

 確かにそうなんだけど、お前が言うと卑猥に聞こえる。

 そんな警備がざるな門の外側で私はぼんやり星空を見ている。

 

『来たよ、メル姐さん』

 

 どうやら待っていた人物が来たようだ。

 その人物はローブを纏い、傍らに馬も連れている。

 そんな怪しい人物に後ろからこっそりと近づく。

 

『おっと、お嬢さん。こんな夜更けに一人でお出かけとは感心しませんな』

 

 ローブがびくりと震える。

 特に頭が大きく揺れた。

 耳が動いたのだろう。

 

「振り返るな」

 

 振り返ろうとしたところに、シュウを首筋に当て動きを止める。

 

『クーちゃんさ。夜ご飯を買ってきてとは言われただろうけど、さすがのメル姐さんでも馬一頭は食べられないかな』

 

 頭にかかったローブを取ると、縦に長い耳が出てきた。

 耳は目に見えるほどびくびくと震えている。

 カチカチと歯の鳴る音も聞こえる。

 

 命令を無視して、馬を買っての逃亡。

 さっくり切り捨てられてもおかしくない状況だ。

 怖がるのも無理はあるまい。

 

 奴隷用スキル「掌握」。

 これによりクーの情報を入手した。

 奴隷の情報があらかたわかるスキルらしい。

 心の中で思っていることですら把握できるという。

 さらに主人である私の命令に絶対遵守するようにもなる。

 

 先ほどシュウがスキルを選択して情報を読みとった。

 正しくはシュウが読み取って、私に伝えた。

 スキルはすでに外している。

 シュウはこのスキルが好きじゃないらしい。

 

『首輪をかけられるってのはさ。あんまり気持ちいいもんじゃないんだよね。あっ、もちろん首輪ってのは比喩だよ。プレイの一貫なら物理的にかけられても問題ないから心配なく』

 

 そんな注釈いらないよ。

 せっかく良さそうな話になりそうだったのに……。

 

 そんなことは置いといてだ。

 

「お前はあの腕輪を集落に持ち帰るんだってな」

 

 聞き方は確認であるものの、すでに心から読みとった確定情報だ。

 まあ、心を読まなくてもどうして逃げたのかは想像できていた。

 

「わ、私には村を再建する義務があります」

 

 震えた声でクーは話す。

 

 奴隷は主人に従う義務があるぞ。

 お前はそれを破ったが、そこはどうなるんだ。

 

「う、うさぁ……。でも、私は一族のためこの腕輪を村に持ち帰らなければいけません」

 

 奴隷のものは主人である私のもの。

 その腕輪は私のもの、今はお前に預けているだけ。

 私のお金で買ったなら、隣にいる馬も当然にして私のものになる。

 

 耳がどんどんふにゃふにゃぁとしぼんでいく。

 このまま眺めているのもいいな。

 

 主人の命令に逆らうような奴隷なんてあってはならない。

 そんな不出来な奴隷なんてごめんこうむる。

 これを持って消えてしまえ。

 

 私は一枚のぶ厚い紙を肩越しにクーに差し出す。

 クーは恐る恐る手に取った。

 

「こ、これは……!」

 

 クーに渡したのは奴隷契約書と言われるものだ。

 難しい言葉で事細かに奴隷契約の内容が書かれている。

 このたかだか一枚の紙が私と彼女の主従関係を公に認めている。

 

 その紙とパーティーリングがあれば、スキルの恩恵を受けられる。

 少しは安全な旅路になるだろう。

 集落に帰ってから燃やすなりなんなりしろ。

 それと財布は預けておく、いつか返しに来い。

 金がないならまたダンジョンに潜って魔装具でも探そう。

 もちろん奴隷としてじゃなく、仲間としてパーティーを組んでな。

 

「え……、なんで? どうしてですか?」

 

 真剣に困惑しているようだ。

 耳が右にふらふら、左にぐらぐらと落ち着かない。

 殺される理由はあっても、解放される理由はないからだろう。

 

 言ったはずだ。

 私に奴隷は必要ない。

 前に立ち、身代わりとなる存在など不要。

 必要なのは隣に立って一緒に戦ってくれるもの。

 あるいは背中合わせになり私の背後を守るものだ。

 

 ――だからな。

 お前は振り返らずにさっさと帰れ。

 私も今日は疲れた。眠いからそろそろ宿に帰る。

 そうすれば背中合わせで私にとって必要な存在になる。

 

 クーの首筋からシュウを離し、私は彼女に背を向ける。

 

「じゃあな」

 

 背中越しでの小さな声。

 それでも彼女の大きな耳なら聞き取れるだろう。

 もう言うこともないのでアラクトの町に向けて歩き出す。

 

 シュウは私に問うた。

 クーを連れ戻して如何せんと。

 久々に頭を使って考えたが、答は出なかった。

 どうやっても連れ戻したあとで良い関係にならない。

 

 単純に主人と奴隷。

 そう割り切るのは賢い人間なら簡単なんだろう。

 それでも頭の足りない私にとって割り算はなかなか難しい。

 特に割り切れない問題なんてお手上げだ。

 

 それなら連れ戻さなければ?

 連れ戻すという前提にするから難しくなる。

 割り切れないなら、割り切る必要のない関係にすればいいではないか!

 自分が天才なんじゃないかと思ってしまったね。

 

『それはただの逃げだよ――』

 

 ほんと馬鹿だなぁ、とシュウは笑っていた。

 しかし、その笑い声はどうにも馬鹿にしたものに聞こえなかった。

 

「その……えっと…………ありがとうございます。必ず財布は返しにきます。お金は、ちょっときついので一緒にパーティーを組んで潜ってください。そのとき私は、貴方の隣に立って戦います。だから……だから今は――行ってきます!」

 

 大きな声。少し震えた声が少し遠くから聞こえた。

 背中を向いて喋っているからだろうな。

 

「行ってこい。気をつけてな」

『ここで別れてもぉ……シュウとクゥちゃんゎ……ズッ友だょ』

 

 彼女も歩き出したのか。

 地を踏みしめる音が聞こえた。

 

 有るべきものは有るべきところへ。

 いるべき人もいるべきところへ――

『ぼっちはやっぱりぼっちへ』

 ――収まり、迷宮都市アラクトの一日目が終了した。

 

 

 

 ……おいコラ。

 締めのセリフが台無しじゃねぇか。


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