チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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第11話「アラクタル迷宮とその周辺 後編」

 目が覚めて、朝食を軽く済ませ、いざダンジョンへ。

 ――と勢いよく宿から出たところで壁にぶつかった。

 出鼻をくじかれてしまった。

 

 壁を見上げるとそこには厳つい顔がついていた。

 顔にはそばかすが目立っている。

 その壁は人間の男であった。

 彼の名はエイクと言う。

 重度のシスコンだ。

 

 シスコンの背後には妹のビスがくっついている。

 昨日とは違って、学校の制服を着ている。

 体格と顔のつくりはまったく違うが、赤い髪とそばかすが兄妹であることを感じさせる。

 

 シスコンは挨拶よりも先に昨日のお礼を述べる。

 彼の大切な妹――ビスを成り行きで私が助けた件だ。

 そのビスもシスコンの背中から出てきてお礼を言ってくる。

 気にするなとおざなりに言い返し、ダンジョンへ向かおうとすると止められた。

 

「頼みがある」

 

 シスコンはそう切り出した。

 

 ビスを学校まで送り届け。

 しかもその後で闘技場まで送って欲しいと話す。

 

 本当はシスコン自身が送り届けたいようだが、彼はこの後すぐ闘技場へ行かなければならないらしい。

 こんなシスコンでも闘技大会では優勝候補なのだ。

 今も周囲から視線を集めている。

 

 パーティーの人間に頼めばいいと言ってみた。

 こいつは超上級パーティーの一員だ。

 仲間に頼むのが筋だろう。

 

 どうやらダメみたいだ。

 彼の仲間も昨日の予選に勝ち抜き、今は闘技場へ向かっているらしい。

 さすが超上級パーティーと言ったところだろうか。

 

 最初から闘技場に連れていけばいいのではと提案してみた。

 ビスは生物係とやらでどうしても学校に行く必要があるそうだ。

 そんなの断れよ……。

 

 正直に言って、私は行きたくない。

 さっさとダンジョンに行ってクリアしたい。

 

『まあまあ、メル姐さん。そう言わずにさ。学校に行ってみようよ。新しい発見があるかもよ』

 

 シュウはビスの送迎に賛成している。大賛成だ。

 どうせこいつのことだから制服を着た女が見たいだけだろうな。

 

『わたくしは後学のため、この世界の教育機関についてより詳しく正しい知識を蓄えておきたいと思っておるのです。決してそのようなやましい思いはないとここに宣誓させて頂きます』

 

 嘘しかない宣誓をされてもなぁ。

 なんにせよめんどくさい。

 

「そう面倒な顔をせんでくれ。今度改めてお礼をする。そこの店で一番高い酒でも振る舞おう。一緒に飲もうではないか!」

 

 おいやめろ。

 それはお礼と言わないぞ。

 誰が好き好んでシスコンの妹話を聞かにゃならんのだ。

 それに私が付いたところで妹が安全になるとは限らないだろ。

 

「お姉さんなら、安心できる」

 

 今まで黙っていたビスが口を開く。

 彼女はうるうるとした目でこちらを見てくる。

 ただ見てくるだけだ。何も言わずにただジッとすがるように見てくる。

 この罪悪感はなんだ。別に断ることは悪いことではないはずだ。

 

 ……けっきょく断ることはできなかった。

 

『よっしゃぁあ! さあさあ、皆さんお待ちかねっ! 学園編! はっじまるよぅ~!』

 

 始まらなかった。

 学園に入れなかった。

 大切なことなのでもう一度。

 

 ――学園には入れなかった。

 

 入り口とその周囲は厳重に管理され、部外者は立ち入り禁止。

 当然、部外者である私が入ることはできない。

 校舎どころか敷地にすら入れない。

 

 門の前に立っていた警備兵に入り口脇の詰め所へ案内された。

 ビスはそんなに時間はかからないと言って校舎へと走っていった。

 

 休みのためだろうか。

 兵士の数は少ない。

 少ないと言うよりも二人しかいない。

 一人は入り口に立っているため、詰め所には一人だけだ。

 

 顔には深いしわが走り、髪も白髪が多く混ざっている。

 老人一歩手前の男だった。

 彼は柔らかな表情でお茶をだしてくれる。

 

「自分も昔は冒険者をやっていたんだが、膝に矢を受けてしまってなぁ。学園に勤めている友人の推薦もあって警備員になったんだ」

 

 彼は膝をさすりながら語る。

 どうやらエイクとも知り合いらしく。奴は自分が育てたと話す。

 

『学校という閉じられた空間にこそ事件は……』

 

 シュウは先ほどからぶつぶつ何か言っている。

 学校に入れなかったのが、よほどショックだったと見える。

 ここまで落ち込んでいるのは初めてかもしれない。

 今日は良い日になりそうだ。

 

 警備兵の祖父は百年近く前にアラクタル迷宮の超上級をクリアしたパーティーの一員らしい。

 ギルドでは情報が不確かということで超上級のボスモンスターについて聞くことができなかった。

 ちょうどいいので何かボスについて聞いていないか尋ねてみようと思ったが、尋ねる前に男の方からぺちゃくちゃ話し出した。

 

 当時、最高峰の強さを持つパーティーが四組。

 計二十三人の冒険者たちが超上級ダンジョンをクリアするために集まった。

 彼らは一人も欠けることなく百階層にたどり着いた。

 

 彼らは激戦を制しボスに勝った。

 だが、町へと帰ってきたのはわずか三人。

 しかも、そのうち二人は半身不随と精神崩壊。

 残る一人が警備兵の祖父らしいが、彼も冒険者を辞めた。

 ギルドにボスの説明を求められたが、断固として拒否。

 拒否というよりも思い出せなかったようだ。

 ボスの記憶を消すことで自らを守った。

 

 残る二人も意味がわからないことを話していたという。

 正しいと考えられる情報は以下の三つ。

 外見はかなり小さい。

 人間の言葉を喋る。

 気持ち悪い。

 

 聞いてはみたが、これだけではよくわからない。

 とりあえずとても強いということだろう。

 今までにない苦戦が予測される。

 

 その後も警備兵はいろいろと喋っていた。

 学校のことやらギルド、ダンジョンのことなどだ。

 聞いていたはずだが、特に意識をしていなかったためよく覚えていない。

 覚えているのはギルドの創始者と学校の創設者、迷宮都市アラクトの初代代表は同一人物ということくらいだ。

 学校の制服もその当時から変わっていないようだ。

 千年近くも前にそんな多才な人物がいるんだと驚いた。

 そうこうしているうちにビスが戻ってきた。

 

 ビスと一緒に闘技場へ向かう。

 シスコンは彼女のために護衛を雇うことを考えているらしい。

 以前から護衛を雇うという話はあったが、ビスが大丈夫だと断ってきていた。

 今回の事件を期にビスも護衛をつけることに賛成したようだ。

 ただ、なるべく女性で話しやすい人がいい。

 そんな人物に心当たりがないかと聞かれた。

 

「ない」

 

 即答した。

 ビスはまじめに考えていないと思ったかもしれない。

 それは違う。本当にないのだ。

 

 護衛の力量以前に、女性で話しやすいという人物に心当たりがそもそもない。

 アイラはヒッキーでエルフ、ファナは高慢な吸血鬼。

 ユリィは性格も良く話しやすいが男だ。

 私の交友関係は問題だらけということをどうかわかって頂きたい。

 

 そこで会話が止まってしまった。

 

『ねぇ、メンヘラ姐さん。ビスちゃんにダンジョンや学園のことを聞いてくれないかな。特に創始者の情報が知りたい』

 

 今まで何も口を出さなかったシュウがついに口を開いた。

 創始者については、さっき警備員のおっさんに聞いただろ。

 ところでメンヘラってなんだ?

 ……やっぱいい。どうせろくでもないことだろうからな。

 

 ビスに尋ねてみると、すぐに答が返ってきた。

 学校で教わったようだ。

 

 約千二百年前に迷宮都市アラクトはその原型が築かれた。

 当初は名前が違ったようだが、現在でははっきりと記録が残っていない。

 初代代表は学校と冒険者ギルドを設立。

 アラクタル迷宮の初制覇も初代代表だそうだ。

 さらにビスの着ている制服も初代代表が考案したらしい。

 初代代表は人形作りが趣味だったようで、彼の作った人形は今なお根強い人気を誇っている。

 彼の自信作には番号が刻まれ、未だに発見されていない傑作である至高の第一号が迷宮都市アラクトのどこかに隠されていると噂される。

 

 聞けば聞くほど恐ろしい人物だが最期はあっけない。

 アラクタル迷宮に行ったきり帰ってこなかったようだ。

 第一号もそのときに持って行って壊れたという説もある。

 まあ、私にはまるで関係のないことだ。

 

 末恐ろしい初代代表の名前は初めて聞くものだった。

 すごい人だからどこかで聞いたことがあるかもしれないと思ったが、そんなことはなかった。

 大昔の人間だから仕方ないだろう。

 

『なるほどね』

 

 シュウも一人で納得していた。

 

 

 

 ビスを無事に闘技場に送り届け、ようやくアラクタル迷宮に来ることができた。

 彼女には明日の送迎もさらりと頼まれた。

 エイクが決勝戦に進んだらという条件で受けておいた。

 

 攻略のペースは二人で潜っていた昨日より落ちている。

 それでも今日中にクリアはできそうだ。

 

『ところでメル姐さん。ビスの話――初代代表の話ね。どう思った?』

 

 九十五階層で犬っぽい中ボスを倒したところでシュウがいきなり問いかけてきた。

 

 初代代表か。

 すごい人物だと思ったぞ。

 ギルド、学園、都市の設立。

 さらにはダンジョンの攻略。

 一人でそんなにできるなんて信じられない。

 それこそチートじゃないか。

 そう冗談めかす。

 

『ご名答。初代代表――ソージ・イーダは俺と同じ転生者だよ』

 

 冗談のつもりが大正解を踏み抜いてしまった。

 えっ……ほんとに?

 

『俺のいた国だとイイダソウジだね。どんな漢字なのかな。ビスの着てた制服も俺の国のセーラー服を元にしてる。このダンジョンもイイダソウジが最初に攻略したというより、そもそも彼が作ったんだよ。チート持ちなのは確定かな』

 

 さらりと恐ろしいことを口にした。

 いやぁ……さすがにダンジョンを作るっていうのは無理なんじゃないか。

 

『できるよ。俺たちの世界じゃ、似たようなことはやれたからさ。そういった方向性のチートだったならできるね』

 

 いや、それでも彼が作ったという訳じゃないだろ。

 何を根拠にこのダンジョンが彼によって作られたと言えるんだ。

 

『このダンジョンの中ボス。さっきの角張った犬や車輪の付いたアヒル、蟹、カバはね。すべて俺の世界にあるおもちゃを模してるんだ。ダンジョンの構造や中ボス、それにボスを見て、もしかしたらと思ってたけど確信した。このダンジョンはイイダソウジによって作られたものだよ。そして、超上級のボスはおそらく――』

 

 超上級のボスをシュウは予測した。

 警備員から聞いた小型で喋る気持ち悪いおもちゃ。

 この条件に当てはまるものがシュウの世界にはあったらしい。

 

 

 

 そして、ついに第百階層。

 まっすぐ伸びる通路を進み扉を開ける。

 部屋に入ると扉は大きな音を立てて閉まった。

 壁に溶けるように扉はその形を消した。

 

 広すぎる空間には私一人だけ。

 ボスの姿は見当たらない。

 

『上だね』

 

 フロアの中心付近に来たところでシュウが呟く。

 見上げると一本のひもが天井から垂れている。

 そのひもの先に青っぽい何かがぶら下がる。

 

[オロシテ! オロシテ!]

 

 その物体はくぐもった声で叫ぶ。

 話に聞いていた通り見た目は小さい。

 両手を広げたくらいの大きさだろうか。

 青っぽい毛に覆われ、頭にはやや大きめの耳が付いている。

 まん丸の目に、小さなくちばし。

 小さな足も付いているが手は見当たらない。

 

『やっぱりね。ここのボスはファー○ーだよ』

 

 ひもに縛られた毛むくじゃらの獣はふぁー○ーと言うものらしい。

 しかし、あれは本当に人形なのか。

 獣にしか見えないぞ。

 しかも、助けを求めてるし。

 まったく強そうに見えないんだが。

 

[オロシテ! オロシ――]

 

 獣を縛っていたひもがほどけた。

 

『離れて!』

 

 えっ……、

 

[ウオオオオオオ!]

 

 獣は大きさに似合わない太い悲鳴を上げて落下してくる。

 シュウの声を受けて、足を退く。

 

 獣が地面にぶつかると、その小さな体がばらばらに砕け散った。

 落下の衝撃で飛んだ目玉が私の顔の横を通る。

 同時に獣の落下地点から赤い球体が生じた。

 

 これには見覚えがある。

 アイラの火魔法と同じだ。

 赤い球体は猛烈な速さで膨張。

 私は火の球から背を向けて逃げる。

 床には飛び散った目玉が落ちていた。

 目玉が私の方を見つめている。そんな気がした。

 

 目玉を巻き込むように球体は広がり、膨張をようやく止める。

 ――というかボスは砕け散ったんだが、これは私の勝ちでいいんだろうか。

 

『何いってんの。本番はここからだよ』

 

 火の玉が収束していく。

 飛び散った目玉や部品は消え去っていた。

 燃え尽きてしまったのだろうか。

 

 ――否。

 収束した地点に一つの影が残る。

 その小さな影は獣の形をし、砕け散った様子を微塵にも感じさせない。

 

[ダ・ノウラー!]

 

 獣は先ほどと同じようにくぐもった声で叫ぶ。

 大きめの耳が羽のようにぴこりと動く。

 そうすると獣の体が浮かび、

 

[ナデナデシテー!]

 

 地面付近を滑空し襲いかかってきた。

 私の側までくると、小さな足を動かす。

 

『受けちゃダメ! 避けて!』

 

 あまりにもみみっちい攻撃だったため、シュウで受け止めそのまま斬りつけようと思っていたが止められた。

 転ぶようにして体勢を崩す。

 どうして受けちゃダメなのか、と聞くまでもなかった。

 獣の足から風が生じ、避けきれなかった私の髪を切り裂いた。

 後ろを軽く振り向くと、壁には切り裂かれたような亀裂が走っている。

 

『風魔法だね。無詠唱だからかな。特殊スキルの効果が発揮してないよ』

 

 スキルの影響で最近はモンスターの魔法を見ていなかった。

 久々に見た魔法は今までのモンスターの比ではない。

 詠唱時間四倍どころか弱化も効果がないようだ。

 

[モットー、モットー!]

 

 どこから出ているのかわからない不気味な笑い声をあげたあと、再び飛びかかってくる。

 その足から生じる風魔法を避けて、横っ腹にシュウを浴びせる。

 

[モルスァ!]

 

 今の一撃はきれいに入った。

 獣もよくわからない言葉を発し、ものすごい勢いで飛んでいった。

 

『でたー! メル姐さん唯一にして最強の必殺技! 一にして全。全にして一! 基礎の基礎すら見当たらない腕力の極致。もはや技と呼ぶのも憚られる滅殺奥義! 「振り回し」だぁ!』

 

 形はともかく強ければいいのだ。

 事実、獣の勢いは止まることを知らない。

 壁にぶつかり、めり込んでようやく止まる。

 獣はぴくりとも動かない。

 

 ……やったか?

 

[ファー、ブルスコ……ファー……ブルスコ、ファー。ダ・エイロウ・ウータイ!]

 

 意味不明な語句をぼそぼそ言うと、閉じていた目をカッと見開き叫ぶ。

 なんとなく危険だと感じて、横に飛んだ。

 

 この判断は正解だったと言わざるを得ない。

 見開いた獣の両目から光の線が出てきて、獣の足下から私のいた場所を走る。

 光線が通った床は溶けて、二本の黒線が残る。

 

『目がビームってか』

 

 シュウは楽しげに笑っているが、私にはまるで笑えない。

 

 その後も不可解な攻撃を躱しつつ斬っていくと獣の様子が変わってきた。

 具体的には見た目がぼろぼろになり、言っていることもさらによくわからなくなってきた。

 

[アハヒャ、モト、アヒァヒァ]

 

 こんな具合だ。

 今も口から溶解液をまき散らしながら跳躍してくる。

 

[ウヲォォォォオ……ウヲォオオ……ウヲオォ!]

 

 さらに斬り付けていくと、言葉ですらなくなった。

 その場でぴょこぴょこ跳ぶと、フロアが大きく揺れた。

 揺れが収まると床に亀裂が入り、ついには床が抜ける。

 

 フロアの下にはさらにフロアが広がっていた。

 先ほどのフロアよりもなお広い。

 上のフロアから崩れた床が落ちてくる。

 崩れてきた瓦礫をなんとか避ける。

 気づけば獣を見失ってしまった。

 

[フヒャフヒャヒャ!]

 

 瓦礫の下から不気味な笑い声が響いてくる。

 どこから出てくるかと警戒していると、フロアの中心の瓦礫がガラガラと崩れる。

 そこから一体の獣が出てくる。

 目は片方失い。

 くちばしも欠け。

 毛もぼろぼろ抜け落ち。

 頭の一部からは火花が出ている。

 

[モット、モットモットモット、ナデナデナデナデナデ、フヒヒヒヒ、フギャフギャウィーウィー、ナナナナナ~!]

 

 いよいよ意味不明の言葉を羅列する。

 

[アハアハハハヒャハヤ……カ・ウェイロウ…………]

 

 徐々に静まっていき、くちばしを閉じ、眠るように目を瞑る。

 

[――発火ドゥルドゥー]

 

 そして、一言ぼそり。

 

『来たよ! 逃げて、メル姐さん! 全力で!』

 

 シュウから聞いていた通りだった。

 ふぁー○ーというおもちゃには有名な最終奥義がある。

 その名も「発火ドゥルドゥー」。

 自らの体を犠牲とした一撃必殺技らしい。

 

 獣の頭付近が白く光り出した。

 見たのはそこまでだ。

 背を向けて全力で走る。

 

 その後はよくわからない。

 瓦礫の中をとにかくがむしゃらに走り抜けた。

 石クズを踏み砕き、砂埃を巻き上げ駆け抜けた。

 

 背にしてもなお目映い光。

 アイラの光魔法を思い起こさせる。

 壁まで走り抜けて振り返ると、そこには何も残ってなかった。

 獣を中心として一定距離内の瓦礫がすべて消え去っていた。

 

 獣のいた場所に小さな光が現れる。

 ドロップアイテムだ。

 さらにアイテムの近くに出口の扉が出現した。

 背にした壁にも入り口の扉が浮かび上がる。

 

『勝ったね……』

 

 ああ。

 久々の強敵だった。

 命の危険を感じたのはゼバルダ大木以来だ。

 

 

 

 ドロップアイテム――「正体不明の小型動力」を拾って、出口の扉に歩を進める。

 

『どこ行くの、メル姐さん。そっちは出口だよ』

 

 おっと……うん?

 なにを言ってるんだ。

 一瞬、私が変なことをしていると思ってしまった。

 都市に帰るんだから出口でいいだろ。

 頭がおかしくなったのか。

 

『はぁ、思い出してみてよ。このダンジョンの制作者――イイダソウジはここで死んだことになってるよね』

 

 そうだったな。

 そいつはこのダンジョンから帰ってこなかった。

 ボスに勝てなかったんじゃないのか。

 

『制作者が自分の作ったダンジョンに遅れを取ると思う? ましてや彼もチート持ちなんだよ』

 

 そう言われれば、そうかもしれないな。

 意味不明な攻撃は多かったが、あれは不意打ちのようなものだ。

 知っていれば、そこそこ対処はできるだろう。

 

 しかし、出口以外にどこへ行けと言うんだ。

 入り口の扉しか残っていないぞ。

 

『メル姐さん。ボス戦の途中で床が崩れたことを忘れたの? ここは地下百階じゃない。百一階層だよ。じゃあ、壁にある入り口の扉はどこにつながってるんだろう』

 

 どこなんだ?

 

『わからないから行ってみようよ、って話なんだけど……』

 

 そういうことか。

 最初からそう言えばいいのに。

 どうしてわざわざまどろっこしく言うんだ。

 

 たしかにここは地下百階の下になる。

 そこにできた扉はどこに繋がるのか気になるところだ。

 

 踵を返して、入り口の扉に近づく。

 力をこめると扉はゆっくりと開いていく。

 中はボス部屋よりも薄暗いのか、開けた部屋に光が差し込まれる。

 

「いらっしゃいませ」

 

 柔らかく、されどよく通る声に出迎えられた。

 

 光の先には一人の女性が立っていた。

 女中が着るようなひらひらした服を纏う。

 やや青みがかった黒色の髪を見せつけるようにお辞儀をしている。

 どう考えても場違いだ。

 

「マスターがお待ちです。どうぞこちらへ」

 

 それだけ言うと、背を向けてゆるりと歩き始める。

 先の見えないほど長い通路を彼女はよどみなく歩いて行く。

 暗く硬い通路に二つの足音がこだまする。

 

 歩いていくと広間に出た。

 広間といっても物置同然だ。

 そこに置かれている物はどれも見覚えがある。

 全てこのダンジョンにいた中ボスやボスたちだ。

 警戒するが、どの個体も身動き一つしない。

 

 広間を突っ切り、またしても長細い廊下にたどり着いた。

 

『うえぇ……』

 

 シュウのうめき声に合わせて足が止まってしまった。

 通路の両脇には棚が道の奥まで伸びている。

 

 下から上まで五段の棚。

 ふぁー○ーとかいう獣が棚には並んでいた。

 道の手前から奥まで余すところなくびっしりと置かれている。

 しかも、左右両方の棚にだ。

 整理されているのか、棚には番号が振られている。

 

 そんな通路を女性は悠然と歩を進める。

 私は躊躇いつつも倣ってついていく。

 足を踏み入れると両脇に所狭しと並べられた獣が目を見開き、気だるそうな目で私を見つめてくる。

 くちばしもパクパク開くが彼らは何も喋らない。

 

 道の奥にたどり着くと扉が一つ。

 なんてことはない普通の扉だ。

 意匠をこらした模様もついていない。

 宿の扉よりも簡素なものだった。

 

 女性は扉を開けて、脇に逸れる。

 入れということだろう。

 ままよっ、と足を踏み入れる。

 

 扉の先は部屋だった。

 工夫のない言葉だが部屋としかいいようがない。

 宿の部屋よりも若干広い。

 部屋には誰もいない。

 

 部屋の脇にはベッドが一つ。

 その逆側にはやや大きめの机。

 よくわからない部品が転がっているところを見るに作業机だろうか。

 中心には背の低いテーブル。

 テーブルを挟むようにソファーが二つ置かれている。

 

 左右の壁にも扉がある。

 

「マスター。お客様をご案内しました」

 

 返事はない。

 

「かしこまりました。ただいま飲み物をお持ちしますので、ソファーにかけてお待ちください」

 

 女性は右の扉に姿を消す。

 ソファーは二つあるが、迷いなく右側に腰掛ける。

 見た目は安っぽいが、物は上質だ。

 ふわりと私を支えてくれる。

 

 すぐに女性は質素なカップを二つ、盆に載せて戻ってきた。

 一つのカップをテーブルの上、私の近くに置く。

 もう一つはシュウのものではない。

 私の対面に音もなく置かれた。

 

 部屋には誰もいないと言ったが、正確にはもう一人いた。

 正しく過去形だ。

 対面のソファーには白くばらばらになった人の痕跡が残っている。

 一般的には骸骨と呼ばれる物だ。千年物だろう。

 

『ちょっと白くてはっきりしないけど、たぶんイイダソウジさん』

 

 言われなくてもわかっている。

 さすがにこの状況でこいつは誰だというほど馬鹿じゃない。

 

「マスター。お話しをどうぞ」

 

 女性は骨となったイイダソウジに話しかける。

 もちろん返事はない。ただの骸骨だ。

 動き出すんじゃないかと肝を冷やしたが、骨は動かないし語らない。

 

「かしこまりました。お持ちします」

 

 女性は何が聞こえたのか頷き、再び右の扉へ消える。

 あっという間に戻ってきて、テーブルの中央に四角い箱を置く。

 

[あ、あー。聞こえてる? 聞こえてるのかな。ようこそ僕の部屋へ]

 

 聞き慣れない男の声がした。

 耳を澄ませると、四角い箱から音が出ていることに気付いた。

 

[これが再生されることを嬉しく思うよ]

 

 どういうことだ。

 どこからか私たちの様子を見ているのか。

 

『違うよ。イイダソウジが声を保存してるんだ。生きてるうちに声を残しておいて、ここにたどり着いた人に聞かせるようにプログラムしてる』

 

 よくわからないが、この声はイイダソウジのものということか。

 

『そうなるね。この部屋にたどり着いた人へのメッセージだよ』

 

 四角い箱は引き続き話を続ける。

 

[これが再生されるってことは、ここにたどり着いたのは君、あるいは君たちが初めてということだ。いったいどれくらいの年月が経ったんだろうか。十年もしくは二十年。さすがに百年は経ってないだろうね。僕のダンジョンは楽しんでもらえたかな]

 

 残念ながら千年以上経ってます。

 それとまったく楽しくなかったです。

 

[せっかくここまで来てくれたんだ。僕は君たちにプレゼントをしたいと思う]

 

 おお。

 それは嬉しいな。

 

[でも、タダでプレゼントするのは好きじゃない。そこで君たちにクイズを出そう。なぁにちょっと調べればわかる簡単な問題さ。僕が君にプレゼントする『モノ』と『置いてある場所』、それに『名前』を当てて欲しい。当てれば、それは君たちのものだ。大切に扱って欲しい。僕の最高傑作だからね。永遠に保たれる美だよ。『名前』についてはこのダンジョンの名称がヒントになるかもしれない。解答時間は君たちがこの部屋を出るまでとしよう。解答は何度でも受け付けるよ]

 

 イイダソウジはそう笑って、言葉を切った。

 

 ふぅむ、さっぱりわからん。

 シュウ。お前ならわかるんじゃないのか。

 

『なんとなくわかる……けど、千二百年前なら見知ってる人もいたから簡単なんだろうさ。でも、この世界のこの時代でわかるやつなんていないよ。俺でなきゃ見逃しちゃうね』

 

 どういうことだ。

 

『一つずつ考えていこうか。まずプレゼントするモノは簡単だよね。最高傑作って言ってるくらいだから、さすがにメル姐さんでもわかるでしょ』

 

 ああ、なくなった人形の第一号か。

 たしかに簡単だな。

 

 次は場所。

 人形だとしたらさっきの通路の中か。

 詳しく見てなかったが、どこかにいたんだろう。

 番号も振られていたから、そのどれかということだろうか。

 あの小さな獣がプレゼントだとしても欲しくないぞ。

 

『いや、違う。あれは引っかけ……引っかけにもなってないか。場所も極めて簡単だよ』

 

 そうなのか。

 あの人形のどれかがプレゼントじゃないのか。

 

『違う違う。たしかにあれはあれですごいけど、最高傑作を見ちゃうとあんなのはおもちゃもいいところだよ』

 

 そうなのか……って、なんでお前が最高傑作を知ってるんだ。

 

『ほんとに気付いてないの? お茶入れてくれたでしょ』

 

 えっ?

 ハッとして横を見る。

 女中みたいな服を着た女性が首を傾げて見返してくる。

 

「おかわりをお持ちしましょうか?」

 

 おい、嘘だろ。

 人間にしか見えないぞ。

 

『人形だよ。歩いてたときにうなじを見てなかったの? うなじのちょい下に「No.001」って番号が刻まれてたよ』

 

 そんなとこ見ねぇよ。

 じゃあ、この女中は千年以上もこの部屋にいたのか?

 

 

『そうなるね。マスターに仕えてたんでしょ。通路にも部屋にも埃一つ見えなかったからさ。ずっと掃除でもしてたんじゃないかな。イイダソウジさんもまさか千年以上訪問者がいないとは思ってなかったみたいだね』

 

 そうみたいだな。

 さっきも「さすがに百年は経ってない」とか言ってたからな。

 

 モノはこの女中で、場所もすぐ隣だとわかった。

 そうなるとあとは名前か。

 

『名前がよくわからないんだよね。ビスの話を覚えてる? アラクトって設立当初は別の名前だったって話だよ』

 

 …………そんなこと話したっけ?

 

『したよ。たぶん、元はアラクトじゃなくてフラクト。都市の設立がダンジョンの後だとするなら、このダンジョンの本当の名前はアラクタルじゃなくて「フラクタル」』

 

 ふらくたるというのはどういうものなんだ。

 

『メル姐さんにわかりやすく説明することは俺の能力を超えてるから無理。でも、フラクタルで間違いないと思う。このダンジョンの似たような構造。それにソウジと相似』

 

 よくわからないが、それなら女中の名前は何になるんだ。

 

『イイダソウジは人形が好きなんだろう。ピュグマリオニズムだよ。さっきも永遠の美がどうのこうのと言ってたし。ってことはおそらくいつまでも続くものが好きだったんじゃないかと思うんだよね。このダンジョンも百階層という有限の中に数多の配置を持たせることでいつまでも楽しめるようにしてる。……俺はあんまり楽しめなかったし、好きにもなれないけど』

 

 そうだな。

 実際に千年も廃れていないわけだ。

 学校も、ギルドも、もちろん都市も今なお残っている。

 このダンジョンについては私もあまり好きになれない。

 

『有限の中に無限を含ませる。そうなると、彼女の名前もそれに因んでると思う。俺に続いて言ってみて。永遠、エタニティ、無限、インフィニティ、永久(とわ)。いや、ダンジョンの名前はフラクタルでフランス語だったことを考えると……』

 

 私もシュウに続いて復唱していく。

 

 ――アンフィニ。

 

 こう言ったところで女中がいきなり動き出した。

 またしても部屋に入り、四角い箱を持ってきてテーブルの上に置く。

 

[正解だ。彼女の名前はアンフィニ。町のみんなには呼びづらいって不評だったけどね。僕は気に入ってるんだ。君たちも彼女をアンフィニと呼んであげて欲しい。ダンジョンに連れて行っても問題ないよ。ファー○ーもどきなら単体で倒せるくらいにはチューンしているからね]

『チューンってレベルじゃねぇぞ』

 

 さすがチートは格が違った。

 アンフィニと呼ばれた彼女はぺこりと私に頭を下げる。

 人形と言われても、まるで人形には見えない。

 

[アンフィニ。マスターとして最後の命令を下す。新しいマスターに従え]

「イエス。マイマスター」

 

 アンフィニは間を置かずに返答する。

 

[それと、ずっと一緒にいてやれなくて済まない。お前には世話になりっぱなしだった。最後の最後まで駄目なマスターであっとことを許して欲しい。……もし新しいマスターに虐められたら、いつでもここへ帰っておいで。僕はきっと寝ているだろうから、いつもみたいに起こしてくれると嬉しい]

「……イエス。ソウジ」

 

 いやいや起こせって……。

 まさか、チートでよみがえったりしないよな。

 

 

 

 女中が一人増えたところでアラクタル迷宮の攻略は終了した。

 

 

 

 ここからあとは蛇足になる。

 

 超上級で手に入れたドロップアイテムを手に冒険者ギルドへ来ていた。

 闘技大会の影響で、まだまだギルドの中はスカスカ。

 暇そうにしている受付に向かう。

 

「どうされましたか!」

 

 よほど暇だったのか、受付嬢はウキウキと対応してくれる。

 

「『正体不明の小型動力』だ。超上級のクリア証をくれ。それと超上級のクリア証が二つになるから極限ダンジョンへの入場許可も頼む」

 

 ドロップアイテムである「正体不明の小型動力」と、ディオダディ古城をクリアしたときにもらった「超上級クリア認定証」を提出する。

 これでいよいよ極限ダンジョン――神々の天蓋に挑むことができる。

 

 受付嬢はアイテムを見つめて固まっている。

 この反応は最近よく見かけるため慣れてきていた。

 ディオダディ古城をクリアして、ギルドにファナを連れてきたときはもっとすごかったからな。

 

『あれはおもしろかったよね~。受付のお姉さんがファナに「飴ちゃんあげるね」とか言ったところで、ファナが翼広げてお姉さん泡吹いて気絶しちゃったもんね』

 

 周囲の冒険者が一斉にギルドから飛び出て、壊れた扉の修理代を請求された。

 その後で支配人も出てきて話し合いになった。

 上座に私とアイラ、ファナが座り、支配人が安っぽい椅子に腰掛けての一方的かつ平和的な話し合いだった。

 

 受付の机を指でコツンと叩いて受付嬢の意識を戻す。

 

「これ……本物ですか?」

 

 この質問も無理はあるまい。

 ここ百年は倒されてなかったそうだからな。

 見たことがなくてもしょうがないだろう。

 名前だけは知っているというやつだ。

 どうでもいいことだが、このアイテムを魔術ギルドに持って行くと名誉会員の席がもらえるらしい。

 

 なんにせよ、そのアイテムはさっき倒したばかりのほやほやだ。

 さっさと極限ダンジョンの入場許可証をくれ。

 

「しょ、しょう少々おまちくださひ!」

 

 受付嬢は慌てて席を立って、奥へと消えていく。

 舌を噛んだのか口元を手で押さえていた。

 

 これはあれだな。めんどくさい流れだ。

 ぶっちゃけギルドに提出するのが一番面倒だ。

 いろいろとよくわからない対応をしないといけないし。

 

『その面倒ごとを全部まとめて俺に放り投げてる人間が何言ってんのさ』

 

 そうなんだがな。

 お前の言葉を伝えるだけというのも案外だるいのだ。

 

 ちなみにアンフィニは私のすぐ後ろに控えている。

 ダンジョンを出てから何も言わず影のように付き従う。ちょっとこわい。

 

 その後は思ったよりも円滑に進んだ。

 闘技場に行ってる総支配人に代わり、支配人代理を名乗るエイク並みに図体のでかいやつが出てきた。

 そいつといくつか話したのち、極限ダンジョンの入場許可を受けとりそそくさとギルドを立ち去った。

 

 

 

 明日には神々の天蓋に出発する。

 冒険の必需品はそのあたりで買っていけばいい。

 

 町での噂を聞くにどうやらエイクは決勝戦にまで勝ち進んだらしい。

 明日もビスを送迎することが決定してしまった。

 よく考えたら明日になれば他のメンバーも暇になるだろう。

 わざわざ私が送る必要はないのではないだろうか。

 

『気に入られたんでしょ。メル姐さんは小さな子に好かれやすいよね。ファナやらビスやら、近所の子にも慕われてたし』

 

 子供の頃から頭が進歩してなくて悪かったね。

 

『なんでそんなに卑屈なの……。メル姐さんの数少ない長所だと思うよ。俺は子供に嫌われてたし。俺も子供は苦手だったからね。近づいただけで防犯ブザー鳴らされたときはほんと焦ったよ』

 

 よくわからんが、珍しく褒めていたようだ。

 とりあえず、明日はビスを送り届けたらさっさと旅立とう。

 

 そうなると残る問題は一つ。

 アンフィニだ。この女中をどうするか。

 強いと聞いているから旅に連れていってもいい。

 しかし、どこまでもついてこられると正直言ってうっとうしい。

 

 二人以上の団体行動は苦手なんだ。

 ファナを町に連れて行くときも歩調がそろわなかった。

 それに歴史的な貴重品とあっては下手に連れ回すのも気が引ける。

 うぅむ。

 おい、『一つ案があるよ』。

 

 はえぇよ。まだ名前を呼んですらないぞ。

 まあいい。案というのを聞こう。

 

『それはね――』

 

 

 

 翌日の朝。

 昨日と同じようにシスコンとビスが宿を訪ねてきた。

 

「アンフィニと申します」

 

 アンフィニが二人にお辞儀する。

 シュウの提案は単純。

 アンフィニをビスの護衛につければいいということだ。

 

 女性(型)で(人形にしては)話しやすい。

 ビスの提示していた条件に合致する。

 

 強さについては申し分ない。

 間違いなくエイクより強いはずだ。

 最強の護衛ではないだろうか。

 私からの信用もあると言って薦めた。

 

 詰まるところアンフィニはビスの護衛になった。

 アンフィニもマスターの命令には従うだけですとしか言わない。

 ビスは恐る恐る話しかけて、アンフィニも淡々と返答している。

 少し不安は残るが、時間をかけて仲良くなればいい。

 彼女たちには時間が有り余っているのだから。

 

 

 

 こうしてビスとアンフィニの背中を見届けて迷宮都市アラクトでの日程を終えた。


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