チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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蛇足02話「ビッグメェール、ティーターイム!」

 神々の天蓋を越えて、私は元の世界に戻った。

 

 そう。元の「世界」だ。

 シュウが言うには、どうやら神々の天蓋を境にして北と南では法則の異なる別世界になっているらしい。

 実際、神々の天蓋を越えた南の世界にはダンジョンと呼べるものがなかった。

 

 あちらの世界ではモンスターも魔族と呼ばれている。

 ダンジョンという縛りを受けず人間と同様に外を歩き回っている。

 人もいたが、世界の大半は魔族に支配されているようだ。

 

 さらに南の世界では、魔族は死ねば野ざらしだ。

 北の世界――こちら側のようにリポップして生き返ることはない。

 他の魔族の餌となる、腐り果てる、あるいは人間に利用されるかとなる。

 

 ただし、あちら側で異世界人となる私は別の法則が働いた。

 私の手にかかって死んだものは光に消え、こちらと同様に時間経過でリポップする。

 チートの力はあちら側でも効果を発揮し、魔族もこちらのモンスターと同じように倒せてしまう。

 私にとって、あちら側の世界はダンジョンがないだけに過ぎないものだった。

 外でもモンスターが多いんだなぁくらいとしか感じなかったのだ。

 もっと言うと世界そのものがダンジョンのようなものだろうか。

 そのため世界の法則の違いに気づくのが遅れた。

 

 遅れすぎて――手遅れになっていた。

 

 まず、神々の天蓋のすぐ近くにあった集落で西に前人未踏の領域があると聞いた。

 それなら行ってみるしかないなと意気込み、西に進路をとった。

 世界が違うとか、法則が違うとかそんなこと知らないままに。

 探索は問題なかった。モンスターもせいぜい中級程度。

 たまに上級ボスくらいのものもいた。

 

 しかし、ゲロゴンを倒して一段と力を増した私とシュウの前に上級ボスクラスではなんともない。

 ゲロゴン撃破の特殊技も手に入れ、止まるところを知らなかった。

 西へ西へと多くのモンスターをなぎ払いつつ進んだ。

 その結果――、

 

『ねー、魔王さま。仕事ほっぽり出してきていいの?』

 

 そうなのだ。

 魔王になってしまっていた。

 

 西の果てにダンジョンを見つけ、階段を上っていきボスを撃破。

 強さは超上級ボスくらいだっただろうか。

 吸血鬼のファナといい勝負だ。

 ドロップアイテム「魔王のイカした尻尾」を手に入れて、最上階から外の景色に目を移した。

 

 高いところからの景色は好きだ。

 世界の広さを目から感じることができる。

 今まで歩いてきた道を見たいなぁ、と浮かれていた。

 縁の近くまで歩み寄り、怖いもの見たさで下を見て思考が停止した。

 

 そこにはダンジョンを取り囲むように一面モンスターが覆い尽くしていた。

 どうやら帰りは大変になりそうだと考えていたが、なんてことはない。

 彼らは魔王の、ひいては魔族の危機に馳せ参じたものたちだった。

 同時に、新たな魔王を賛辞するものたちとなった。

 

 背後から声をかけられ振り向くとボスが来ていた。

 ボス撃破により手に入れたスキル「魔族語翻訳」で自己紹介。

 槍を差し出してきたので考えなしに受け取ったら、魔王にされてしまった。

 巧妙な罠であった。まさか槍を取るだけで魔王になるとは……。

 

 元魔王から話を聞いて世界の法則の違いをなんとなく感じた。

 その後、シュウが法則の違いをわかりやすく簡潔に説明してくれた。

 

 ちなみにシュウは途中から気づいていたらしい。

 おもしろそうだったから黙ってたと悪気ない様子で話す。

 私が魔王になっても『安定した職に就けて良かった』――しみじみとこう語る。

 

 全ては手遅れだったのだ。

 

 まあ、魔王でも別にいいか。

 そんなふうに思っていたが甘かった。

 

 片言で話すスライムに懐かれる。

 四六時中よくわからん魔族につきまとわれる。

 配下を名乗る魔族に人間を滅ぼしましょうと進言される。

 出かけようとするものなら、前後左右上下を完全に包囲してついて来る。

 ――などなど、あまりにも面倒なのでこちら側に逃げてきた。

 

 一部の魔族はついてこようとしてきていたが、神々の天蓋まで入ってこなかった。

 正確には神々の天蓋近くにある集落の手前で足を止めた。

 片言で話すスライムだけ天蓋の中までは追ってきた。

 それでも扉の中にまでは入ってこれなかった。

 よくわからないが助かったと言えよう。

 

 あちら側のほとぼりが冷めるまではこちら側で時間を潰すことにした。

 神々の天蓋を制覇したと言っても、まだまだ未踏領域やクリアが確認されていないダンジョンはある。

 それを攻略してからまた南側に行こうという訳だ。

 その頃には落ち着いているだろう。

 

 

 

 神々の天蓋から北東へ。

 フルールの町に来ている。

 近くには上級ダンジョン指定のプティ廃都がある。

 ここを攻略して、さらに東へ進む。

 

 海を見に行くのだ。

 大海に臨み、噂に聞く超上級ダンジョンを攻略しに行く。

 

 町の冒険者ギルドを訪ねると、すぐさま奥に通された。

 ギルド長のおっさんが厳つい顔に似合わない笑みを貼り付けていた。

 これは間違いない。非常にめんどうな話だ。

 今から出て行ってもいいだろうか。

 

 ギルド長は揉み手をしながら、世間話を始める。

 長話は嫌いなのでさっさと用件を話すように言う。

 

「極限クラス冒険者であるメル殿の腕を見込みまして、是非とも受けていただきたい依頼があるのです」

 

 是非をひたすらに強調して彼は話を持ちかけた。

 

 依頼か……。

 久しぶりに聞いたな。

 初心者の頃はよくやっていた。

 森の薬草やらスライムの粘液をせこせこ集めていた。

 報酬が二束三文で誰もやりたがらないため、私の専売特許と化していた。

 

『俺も人の嫌がることにせっせと取り組んでたよ』

 

 それさ。

 私のと意味が違うんじゃないか。

 今も私の嫌がることには積極的だよね。

 

 まあいい。

 シュウと会ってからは、依頼を受けていない。

 いや……、個人的な依頼ならアラクトでシスコンから受けたか。

 ダンジョン攻略に専念しているし、稼ぎもドロップアイテムの売却で手に入る。

 依頼を受ける必要性がなくなってしまっていた。

 話だけでも聞いてみるか。

 

「一昨日のことです。メーヌ伯爵夫人から当ギルドへ依頼が来ました。ご存じでしょうが、メーヌ伯はここら一帯を治める御方でございます」

 

 そうなのか。

 まったく知らなかった。

 よく考えたら私は国王の名前も覚えていない。

 そもそも、この国の名前を知らない。

 

『大人の事情だね。大丈夫。メル姐さんは人と町、それにダンジョンの名前を覚えておけば問題ないよ』

 

 それもそうだな。

 国に関係することなんてないだろうし。

 

「伯爵夫人からのご依頼とあれば当ギルドとしても無碍にはできません。相応の実力を抱する冒険者を見繕う必要があります。例年では夫人がフルールに避暑へお越しになるのはもう少し遅い――」

「依頼内容は?」

 

 長くなりそうだったので話を切る。

 さっさと依頼内容だけ話せばいいものを。

 どうして伯爵夫人の話を聞かにゃならんのだ。

 

「依頼内容については伯爵夫人自らが話される、と」

 

 なんだ、依頼内容がわからないのか。

 それは面倒だな。別の人間を当たってくれ。

 

「いえ、お待ちください。依頼内容はわかっているのです」

 

 はぁ?

 ご本人様が直接お話しするんじゃないのか。

 

「いえ。伯爵夫人は例年、当ギルドに依頼なされるのです。依頼内容は毎年同じ。今回も例に漏れることはないでしょう」

 

 ふぅん。

 そうなのか。

 それで依頼内容はなんなんだ?

 

「それは――」

 

 ギルド長の口にした話を聞いて、私は首を傾げる。

 依頼内容は私の都合にちょうどいいものだ。

 失敗しても違約金の支払いはなく、罰せられることもない。

 

 シュウも特に反対意見はださなかった。

 それなら別に受けてもいいかと依頼を承諾した。

 

 

 

 場所はメーヌ伯爵別荘に移る。

 私は一室に案内され、椅子の横に立つ。

 椅子が汚れるから座るなということで立っている。

 小さなテーブルを挟んで、メーヌ伯爵夫人が椅子に腰掛ける。

 

 五十歳くらいだろうか。

 栗色の髪には白線が混じっている。

 目は細く、私を値踏みするように睨む。

 

「五日以内にプティ廃都からおもしろいものを持ってきなさい」

 

 彼女は前置き一切なしに依頼内容を口にした。

 この簡潔さは好ましい。

 

 ――プティ廃都からおもしろいものを持ってくる。

 聞いていたとおりの内容だった。

 

 一口におもしろいものと言われても、はっきりとしない。

 

「おもしろいものとは、貴方が『冒険者としておもしろい』と思ったものです」

 

 それは要するになんでもいいということではないだろうか。

 仮におもしろいものがなかったら、どうすればいいのか。

 

「おもしろいものがなかったなら、ボスのドロップアイテムでも持ってきなさい」

 

 夫人は語るべくは語ったと黙りこむ。

 彼女はテーブルに置かれたベルを手にとってカランと鳴らす。

 

「お茶の時間です」

 

 私に向かってそう一言。

 

『――だってさ』

 

 はぁ……。

 お茶の時間ですか。

 私はどうすればいいんだ。

 椅子に座って飲めばいいのか。

 

『そんな訳ないじゃん。「もう用は済んだから早くダンジョンに行け」ってことだよ』

 

 そういうことなの?

 

「お茶の時間です」

 

 夫人は繰り返す。

 先ほどよりも言い方がきつい。

 細い目がさらに細まり私を睨め付ける。

 

『「お前の臭いでお茶の香りが損なわれる。服装も汚らしく目障りだ。早く目の前から消え去れよ、この浮浪者が!」だってさ。失礼だな。メル姐さんは魔王って職に就いてるのに!』

 

 怒るところはそこじゃない。

 それと魔王じゃなくて冒険者ね。

 だいぶ話を盛ってるな。後で殴ってやろう。

 そう思って夫人を見ると、純白のハンカチで鼻を押さえている。

 私の服をチラチラとゴミでも見るような目で見てくる。

 ついには、見てられないと顔を背けてしまった。

 

 ……もしかして、ほんとにそう言ってたのか。

 

『嘘は言ってないよ。できるだけ正確に解釈したつもり』

 

 あの短い言葉のどこをどう解釈すればそうなるんだ。

 なにか翻訳スキルを選択しているのだろうか。

 とりあえずシュウは後で蹴ろう。

 

 

 

 部屋から出て、女中に従いロビーに戻る。

 

 別荘というのが信じられないほどこの屋敷は広い。

 ロビーにもそこらかしこに絵がかかっている。

 ぱっと見、風景画が圧倒的に多い。

 

 一枚の絵を前にして私の足が止まった。

 

 はて……?

 この山はどこかで見たことがあるな。

 

『さすがの鳥頭。レミジニア山系だよ。神々の天蓋があったところ』

 

 ああ、そうだそうだ。

 こんな形をしていたな。

 

『反対側の壁にはゼバルダ大木の絵があるね』

 

 振り向くと大きな木の描かれた絵が壁にかかっていた。

 

「奥様から許可は得ています。どうぞゆっくりとご覧になってください。くれぐれも触らないようお願いします」

 

 先導していた女中が背後から静かに告げる。

 せっかくなので見ていくことにした。

 

 ロビーの片隅にある少し突き出している場所。

 他のところよりも薄暗く、光が射さないところに一枚の絵があった。

 

 風景画ではない。

 四人の人物が描かれている。

 しわの一本まで気持ち悪いほど細かく描写されている。

 中心に女性が椅子に座り、彼女を挟むように男性が二人立つ。

 残る一人は女性が抱きかかえている赤ん坊だ。

 

 女性はメーヌ伯爵夫人だろう。

 絵の中の彼女は今よりもずっと若いが、細い目は変わっていない。

 右に立つ立派な髭をした壮年の男性はメーヌ伯爵だろう。髪はもう薄いな。

 それでは女性の左に立つ青年は、と見てみると目が夫人によく似て細い。

 夫人の肩に手を乗せて、顔からは活発さを示す笑みを浮かべている。

 伯爵夫妻の息子で違いなさそうだ。

 

『へぇ、息子さんは冒険者だったんだねぇ』

 

 えっ、冒険者?

 どうしてわか――

 

「はい、ご察しの通りです。アルエ様は冒険者でした」

 

 うおっ。

 

 背後からいきなり声をかけられて慌てて振り返る。

 女中が当然のように立っていた。

 いつからいたんだろう。

 

『最初からいたよ。彼女がここに立ってて、その前をメル姐さんが通り過ぎたんだ』

 

 本当にそうだったか?

 あまりにも影が薄く背景と勘違いしたのかもしれない。

 

「奥様にあっては目に入れても痛くないご子息でした。プティ廃都からアルエ様が戻られず、今年で十年になります」

 

 そうか。

 死んだのか。

 

「おそらくは――」

 

 女中は顔を伏せる。

 失礼と言って顔を逸らし、目もとをハンカチで拭う。

 

「パーティーの方々も戻ってこられませんでした」

 

 気まずくなって私も黙る。

 黙っているとふと考えが浮かんだ。

 

 ひょっとして伯爵夫人が冒険者をプティ廃都に向かわせるのは――、

 

「いえ、違います。遺品は徹底的に探されました。仲間のものと見られる装備が一部見つかりましたが、アルエ様のものはありませんでした。十年も昔のことです。奥様も遺品が見つかるとは考えておられないでしょう」

 

 仲間の装備があったということは殺されたということだ。

 そのあとで装備ごと食べられてしまったのだろう。

 

 そうするとだ。

 伯爵夫人はいったい何を求めているのだろうか。

 

『わかんない? 伯爵夫妻のお坊ちゃんが、言っちゃ悪いけど冒険者なんてやってるんだよ。あのおばさんも止めたはずだよ。「冒険者なんて危ないからやめなさい!」ってね』

 

 それはそうだな。

 自分で言うのもなんだが、安全とは言えない。

 チートを使っていても死にかけたことが何度かあった。

 まともに挑むなら簡単に死ねるだろう。

 

『可愛くて仕方ない息子さんはそれでも冒険者をやめなかった。そして、命を落とした。おばさんはあのダンジョンには息子さんが求めていた何かがあるはず、有って欲しいと願ってる。その「何か」を探してるんだろうね。言ってたでしょ。「冒険者としておもしろいもの」を持ってこい、ってさ』

 

 ほっほー、なるほど。

 なんだかおもしろくなってきたな。

 私の冒険者としてのセンスが試されているわけか。

 

『絶望的だね……』

 

 うっせーよ。

 それじゃあ、ギルドを経由してダンジョンへ行ってみるか。

 

 ギルドからプティ廃都の情報を購入。

 依頼の関係もあってか、格安で情報を売ってくれた。

 地図も数ヶ月前に更新したばかりの出来たてほやほやだ。

 どうせなら無料にしてくれと思ったが、規定上タダは駄目らしい。

 

 用意も終え、町を出てプティ廃都へ赴く。

 

 ……はて、何か聞くのを忘れているような。

 まあ、忘れるようなことだ。どうでもいいことだろう。

 

 

 

 プティ廃都は地下にある。

 フィールド型ダンジョンに分類される。

 地上には入り口だけがぽつんとあって、周囲は荒涼とした野原だ。

 入り口からなだらかに下る坂を歩んでいくとやがて開けた空間に辿り着く。

 地下と言ってもアラクタル迷宮のように地下深くへ伸びてはいない。

 

 半球状の一階層だけ。

 ただし、その一階層が果てしなく広い。

 天井は高く、ダンジョンの側壁も彼方に見える。

 地面はでこぼこになっており、建物の残骸が散らばっている。

 かつて、ここには小人族が暮らしていたという話だ。

 建物の残骸も小さなものが多い。

 

 元々はここまで広くなかったようだ。

 小人族がモンスターから逃げるため、地下へ横へと広げた結果らしい。

 建物を作ってはモンスターに侵略されて逃げ出してを繰り返した。

 小人族はついに絶滅したか立ち去って、プティ廃都が残った。

 

 歴史なんてどうでもいいことだ。

 さっさとおもしろいものを見つけて、ボスを倒すとしよう。

 

 出てくる敵は問題にならない。

 上級ダンジョンの敵は一撃でさようならだ。

 飛んでいる敵や地面から出てくるような面倒な敵はいない。

 図体がでかく、硬そうなモンスターが集団で襲いかかってくる。

 状態異常も持っているようだが、私にはあまり関係ない。

 そのため非常にサクサクと進むことができている。

 

 気がついたらボスも倒していた。

 ちょっと頑丈だなぁ、と思って倒したらドロップアイテムがボスのものだった。

 たしかにフィールド型ダンジョンだから、どこで出くわしてもおかしくない。

 ボスの個体数が多いというのも、このダンジョンの特徴として聞いている。

 それでも、もうちょっと歯ごたえがあってもよいのではないだろうか。

 

『メル姐さんの人間離れが深刻だ。もう魔王として生きるしか……』

 

 以前は積極的に選択していた能力プラス。

 しかし、今はポイントに余裕があっても選択していない。

 これ以上強くすると最低限の日常生活もままならなくなるそうだ。

 

 現時点で日常生活に問題が出ている。

 軽くノックしたつもりでドアに穴を作る。

 シュウを大木に叩き付けると、大木のほうが折れる。

 靴を洗おうと川に突っ込んだら、そのまま水面を走ることもできた。

 

 それはそうとして、シュウはやたら私を魔王にしたがる。

 町にモンスターをけしかけて、卑猥なことをさせたいらしい。

 

『違う! これは魔王としての宿命! カルマなんだよ! オークや触手がうにょうにょした魔族で町を蹂躙! 男は労働力にして、老人はベッドでおとなしく寝てもらう。子供は、そうだな、飯でも食わせて原っぱで走らせとけばいいや。大切なのは女。オークであんなことや触手でこんなことを、スライムもいいなぁ……ふへっ、むふふふふ』

 

 やっぱりこいつは根っこのところで最低だな。

 

『いやん、こいつの根元だなんて。メル姐さんはマニアックだなぁ。それに言い方が甘い。「お前って本当に最低の屑だな」でよろしく。ああっ、蔑む目がまた辛抱たまらんっ!』

 

 いかん、手遅れか。

 ここまでくると叩いてもムダだ。

 なぜか喜んで、さらに気持ち悪くなってくる。

 無視に限る。

 

 こんな調子で一日目の探索は終了した。

 おもしろいものは見つからなかった。

 

 

 二日目。

 一通りプティ宮殿を回った。

 特におもしろいものは発見できていない。

 

 そもそもだ。

 このダンジョンはすでに完全制覇済み。

 敵もギルドからもらったもの情報と同じ。

 敵の落とすドロップアイテムもまた然りである。

 

 冒険者もちらほらいるが入り口周辺だけ。

 わざわざ危険を冒してまで奥に行く必要はない。

 モンスターは入り口で狩れる上に、奥にアイテムがあるわけでもなし。

 ボスに遭遇しても、外まで走れば逃げ切れる。

 日光が苦手らしく、追いかけてこない。

 

 私も似たような景色ばかりで飽きていた。

 もう、ボスのアイテム持って行って依頼を終了させようか。

 

『待って。完全制覇されてるってわけでもなさそうだよ』

 

 あぁ、どういうことだ。

 横から行進してきた歩く土人形を蹴散らしつつ聞き返す。

 

『ギルドからもらった地図と差異がある』

 

 そりゃあ、細かいところは違うだろ。

 モンスターがあっちこっちで動き回ってるんだから。

 

『いやいや、細かいところだけじゃないんだ。側面が大きく拡大してる。思い出してよ。地図は数ヶ月前に更新されたばっかりなんだよ。冒険者も入り口付近にしかいない。それなら、ここまで広がるのは少し異常じゃないかな』

 

 ふむ、そうかもしれないな。

 シュウはクソ野郎で違いないが、頭は私よりもはるかに良い。

 この賢いゲスが何か違和感を覚えるときは往々にして何かがある。

 ――と、信じて歩き回ったが二日目は何も見つけられなかった。

 

 

 三日目も同じだ。

 よくわからないが、ドロップアイテムを回収しないように頼まれた。

 

 一日かけてダンジョンをひたすら歩き回った。

 私が通った道しるべの如く、ドロップアイテムの光が線となっている。

 上から見てみるとおもしろそうである。

 

 

 そして四日目。

 またもやダンジョンを歩き回る。

 昨日と同じルートをたどっていく。

 いくらか消えているものの、未だ残るドロップアイテムがチカチカ光る。

 ちょうど背後から襲いかかってきたモンスターどもを倒し、光がさらに増えた。

 

『やっぱりだ』

 

 何がやっぱりなんだ?

 私にもわかるよう簡潔で簡素に頼む。

 

『何かいる』

 

 簡素すぎる。

 もうちょっと丁寧に順序だてて言え。

 

『注文が多いね。山猫にでもなったの? 次は体に塩を揉み込めばいいのかな。ちょっと手が届かないから、メル山猫さんの手で優しく揉み込んで欲しいな』

 

 なに言ってるんだ、お前は?

 

『話を戻すとね。ドロップアイテムの光が減ってるんだ』

 

 そりゃ、消えるのもあるだろ。

 昨日のことなんだから、時間経過で消えたんだろうよ。

 

『そうかな? ここのはきれいに残ってるのに、向こう側のはほとんど消えてる。時間で考えると、最初に消えるならこっち側でしょ』

 

 言われて道の先を見てみると、ドロップアイテムの光が二つ三つだ。

 一方で、私が立っている場所にはアイテムがまだばらばら散らばっている。

 昨日と同じ道順を辿っているから、消えるならこちら側のものが先になるはず。

 

 ふーむ。

 あちら側で出てきたモンスターが少なかったんじゃないのか。

 

『いやいや。ここのモンスターは集団で襲ってくるから、もっとアイテムは落ちてるはずだよ。それに昨日はあそこで倒したモンスターのほうが多かった。あんだけしか残ってないのはおかしい』

 

 なるほどな。

 それでなにがわかるんだ?

 

『えぇ……、ここまで言えばわかるでしょ。アイテムを持ち去った何者かがいるんだよ』

 

 他の冒険者の可能性……はないか。

 だいたい入り口にたむろしてるからな。

 ここまで来てる奴は他に見ていない。

 

 じゃあ、やっぱり何かいるのか。

 何がいるんだ?

 

『わからないから、もうちょっと探索してみよう。他にもアイテムがなくなってる場所を見ていけば何かあるかもしれない』

 

 うむ。

 おもしろくなってきたな。

 つまらない探索も目的ができれば、楽しくなるものだ。

 

 

 

 足早に一周して、他にもアイテムが消えている場所を見ていった。

 

『メル姐さん。わかってきたね』

 

 おっ、そうか。

 なにがわかったんだ。

 

『……おかしいな。いっしょに見て回ってるはずなのに、どうしてわかんないんだろう』

 

 ほら、私は歩き回るので忙しいからな。

 いろいろと考えるのはお前に任せた。

 お前の頭を信用してるんだ。

 

『ものは言いようだね。ま、いいか。気づいた点は三つ。一つ目、アイテムが消えてるのは壁際が多いってこと』

 

 そうだったかな。

 最初は壁際だった気もするけど、次からは覚えてない。

 

『二つ目はアイテムが消えてる付近に敵はいない。言い換えれば、アイテムが残ってるところは敵がいた』

 

 ……そういえばそうだな。

 最初のところでも襲われた気がする。

 

『三つ目、一つ目の延長になるね。壁際には崩落した跡があって、どこも地図には載ってない場所だった』

 

 これはまったくわからない。

 壁なんていちいち見てないし、地図はそもそも覚えてない。

 

 その三点から何がわかるんだ?

 

『それを今から確かめよう』

 

 そう言って、シュウは計画を話した。

 

 

 

 壁際で静かに腰を落ち着ける。

 スキル「ステルス」で姿を消して、ぼんやり待つ。

 

 ここはアイテムが消えていた地点の一箇所である。

 近くの敵を殲滅し、地面にはアイテムをばらまいておいた。

 時間がたてば、きっと何かが起こるはずということで静かに待つ。

 あまりにも退屈すぎて、目蓋が重くなる。

 

『来た、来たよ! 起きて、ねぼすけ姐さん!』

 

 ハッと目を開けると壁の一部がガラガラと音をたてて崩れた。

 そこには膝下程度の穴があり、何かが顔を出して左右を警戒する。

 すぐに後ろを向いて、一言二言で言葉を告げる。

 どうやら知らない言葉だ。

 

『オッケー。小人語の翻訳スキルを選択した。たぶん、これでいけるはず』

 

 小人。

 シュウはそう言った。

 おそらくそれは正しい。

 いやはや、ほんとにいたんだな。

 まだ絶滅してなかったのか。

 小人と言うよりも、妖せ――

 

『スタァァァップ!』

 

 なんだよ、うるさいな。

 

『いいメル姐さん。あれは小人。「妖精」でもないし、「さん」を付けること許されない。オーケー?』

 

 いや、でも、

 

『オーケー?!』

 

 わかった。

 わかったよ。あれは小人だ。

 

 見た目はかなり小さい。

 腕の手首から肘までの長さくらいの大きさだ。

 それぞれが三角帽子をぴょこぴょこ揺らしてドロップアイテムを回収している。

 

「たいりょーだー」

「いっぱいだー」

「しあわせー」

 

 ほんわかとした顔でアイテムを次々と穴へ持ち帰っていく。

 

『ヘイ、メル姐さん。なにぼんやり見てるの。一匹捕まえて。くれぐれも力加減に注意してね。たぶん、力入れたら頭がクシャって潰れるからね』

 

 お、おう。

 ちょっと自信がないものの、頷いて立ち上がる。

 一匹遠くまで歩いている奴を狙って近づく。

 後ろの襟首をつまんで持ち上げる。

 おそろしく軽かった。

 

「ふわっ、ふわわっ。とんでます」

 

 持ち上げた小人は暢気な声を出す。

 同時にシュウはステルスを解除したのか私の姿がはっきり映るようになった。

 

「うわぁ!」

「でたぞぉ!」

「てっしゅー!」

 

 小人たちは一斉にどよめき穴へと逃げていく。

 アイテムをその場で放棄し一目散だ。

 途中で転ぶ奴もいた。

 

「たすけてー!」

 

 つかんだ小人は必死に仲間に叫ぶ。

 ズボンの股からは液体が漏れ出ている。

 ここまで怖がられると私もショックを隠せない。

 

「あいつはどうする」

「ぎせいになったのだ」

「とーといひとみごくうだ」

 

 なんだか穴の近くで話し合いが聞こえた。

 なかなか薄情なやつらだな。

 

「ぼく、たべられます?」

 

 つかんだ小人は泣き始める。

 食べねぇよ。

 

「じゃあ、しおづけです? おやや? ことばがわかります?」

 

 しおづけ……塩漬けか?

 

 言葉は理解しているぞ。

 お前らは私をなんだと思ってるんだ。

 

『大きさの違いを考えて、彼らから見たメル姐さんは、メル姐さんから見たボスモンスターだよ』

 

 それもそうか。

 悪かったな。食べはしない。

 ちょっと話を聞かせてもらおうかと思ってるだけだ。

 

「ほんとです?」

 

 目をうるうるさせてくる。

 なかなか可愛いな。

 

 ほんとだ。

 アイテムをまいたのも、モンスターを倒したのもそのためだ。

 

「もしかしてかみさまでしたか?」

 

 今のところ人間だ。

 それよりも話を聞かせてもらえないか?

 

「ぼくひとりではきめれませぬ。さくせんかいぎをしょもうします」

 

 下ろせと言うことだろう。

 地面にゆっくり下ろしてやると、穴からこっそり伺う仲間の元に走っていった。

 

 ひそひそと話し始める。

 しばらくすると先ほどの小人が歩いて来る。

 

「おはなしききます。そのまえにあいてむをあつめてもよいです?」

 

 先ほど回収途中だったアイテムがまだそこかしこに散らばっている。

 了承すると、他の小人たちがとことこ出てきて拾っていく。

 

「それでおはなしとは?」

 

 おもしろいものがないか?

 

 単調直入に聞く。

 たぶん伝わるだろう。

 シュウは『えっ?』と困惑していたが、気にしない。

 

「おもしろいものとはおたからです?」

 

 そうだな。

 なにかお金になりそうなものだ。

 価値がありそうなやつだな。

 

「にんげんさんがおとしたものならいくつかあります」

 

 そんな訳で私は小人の巣に入らせてもらった。

 

 

 壁の向こうには小さな村が広がっていた。

 

 入り口は狭かったが、中はなかなか広々としている。

 高さは低いが、中腰でなんとか移動できる。

 奥には冒険者の装備らしきものが置いてあった。

 過去に死に絶えた冒険者から回収したもののようだ。

 

「きにいったものをもちかえってよいです。そのかわりあいてむもらいますが。よろしいです?」

 

 よろしいです。

 よろしいですとも。

 

 小人にすればドロップアイテムのほうが大切らしい。

 なんでもドロップアイテムから穴を掘る道具が作れるようだ。

 特にボスのドロップアイテムは滅多に手に入らないから、たいへん貴重なのですと話す。

 ボスのドロップアイテムくらい欲しいだけくれてやろう。

 私にとってはこっちの方がはるかに価値あるものだ。

 これだけあれば値打ち品が一つはあるだろう。

 

 おい、シュウ。

 おもしろいものを探すぞ。

 

『はぁ……』

 

 シュウはため息一つ。

 なんだかテンションが低いな。

 

 ほら見ろ。

 この剣なんて良いんじゃないか。

 変わった紋章もついてるぞ。

 

『王家の紋章だね。前にアイラたんが教えてくれたから、たぶんそうだよ』

 

 なんと、それではこの剣は王族にちなんだものか。

 おい、他になにかいいものはありそうか?

 お前の目はなかなかの審美眼だろう。

 そう言って、私はシュウを掲げる。

 

『…………おっ、これはすごい』

 

 しばらく黙っていたシュウが声を出した。

 どうやらいいものを見つけたな。

 どれだ?

 

『メル姐さんの右膝近くにあるやつ』

 

 私が目を落とすとそこには盾が転がっていた。

 なにやら頭にうじゃうじゃ蛇を乗せた女性が描かれている。

 気持ち悪い盾だな。これはすごいのか。

 

『たぶんすごすぎると思うけど、それじゃない。左隣のやつ』

 

 違ったのか。

 盾の隣に目を移すと靴があった。

 

 これも変わった靴だ。

 靴の側面から白い翼が生えている。

 なんだこりゃ、何がどうなったらこんな靴を作るんだか。

 これがすごいのか?

 

『すごいってもんじゃないよ。でも、それでもない。よく見て。盾と靴の間に落ちてるでしょ』

 

 んー?

 ……えっ! 

 もしかして、これか?

 

 私はサッと指でつかむ。

 

『そう、それ。数の制限は特にないけど、どうしても一つって言われたらそれを持って帰るかな』

 

 いや、おいおい待てよ。

 だって、これはお前。

 つまらない――、

 

『そうだよ。俺にもメル姐さんにとってもつまらないものだよ。ときにメル姐さん。俺からも一つ聞きたい。メル姐さんにとっておもしろいものって過去の冒険者が落とした装備品だったの?』

 

 珍しくしっかりとした質問だった。

 

 そりゃお前。おもしろいだろ。

 王家の剣とかそんなもの見ることができるものじゃないぞ。

 

『それはそうだろうがね。自称冒険者のメル姐さんがこのダンジョンに来て一番おもしろいと思ったものは王族の剣? 見たら石化しそうな盾? それとも空が飛べそうな靴? どれなの?』

 

 いや、それは……そうか。

 そうだったな。

 

 私が冒険者としておもしろいと思ったものは――。

 

 

 

 五日目。

 依頼の最終日だ。

 

 昨日の時点で用意はできていた。

 持って行っても良かったが、シュウに水を浴びて服を新調しろと言われた。

 口調や仕草は仕方ないとしても、臭いと服装くらいきちんとしろとのことだ。

 服を急ぎで仕立てさせるのにどうしても一日かかるということで今日になった。

 

 伯爵の別荘を訪ねる。

 夫人の部屋へ行く前にロビーの絵画を見せてもらう。

 ロビーの隅。目立たないように飾ってある伯爵家の家族絵だ。

 

 なるほどな。

 たしかにそうだ。

 シュウに聞き忘れていたことも思い出した。

 そして今、その答を得た。

 

 いざ、夫人の元へ。

 

 例によって私は椅子に座らせてもらえない。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 どうせすぐに出て行く。

 

「それじゃあ、おもしろいものを見せなさい」

 

 夫人は細い目で私を見つめる。

 

「おもしろいものは見つけた――が、持ってこれなかった」

 

 私は用意した答を返す。

 夫人はぽかんと私を眺める。

 

 私が一番おもしろかったもの。

 それは剣でも、盾でも、靴でもない。

 ダンジョンの作り主である小人族の存在だ。

 

 夫人の元へ一緒に行ってくれないかと頼んではみた。

 残念ながら、彼らは外に出てはいけない決まりになっているらしい。

 粘ってみたものの、やはりどうしてもダメだった。

 そのため、彼らの話だけすることにした。

 

「彼らは壁の中に集落を――」

「もういいわ」

 

 話をしようとしたが、夫人は一言で止めた。

 そして、

 

「お茶の時間です」

 

 彼女はかつてない冷たさを込め、言い切った。

 今回はシュウの解説を待つまでもない。

 

 消え失せろ、という意志が私でもはっきり見て取れる。

 消えろと言われればここにいる必要もない。

 さっさと出て、東に向かおう。

 

 しかし、その前に一つやることがある。

 

「おもしろいものは持ってこれなかった。その代わり、つまらないものを持ってきた」

 

 私の言葉に夫人は眉を顰める。

 頬がぴくぴく痙攣し始めた。

 テーブルを指で叩く。

 

「冒険者はつまらないものをわざわざ持ってくるの?」

 

 まったくだ。

 つまらないものをわざわざつまらないと言って渡すのはふざけている。

 

 だが、これは私からではなくシュウからの贈呈品だ。

 奴の国では物を送るとき「つまらないものですが」と言うらしい。

 

 謙遜の美学だと話していた。

 実際につまらないわけではなく、

「貴方のような目の肥えた人にはありふれたものですが」

 という相手を上に、自分を下に持ってきた表現のようだ。

 どっちにしろよくわからない。

 

 ポケットから手探りで目的の物を取り出し、テーブルを滑らせる。

 ちょうど伯爵夫人の手前で止まった。

 宿で練習した甲斐があった。

 

 あまりの不作法に夫人はさらに目じりをつり上げる。

 私はどこ吹く風と意識を窓の外に逸らす。

 今日はたいへん良い天気です。

 

『おもしろいものを持ってこいと言われたのに、つまらないものを持ってきて「つまらないものです」と言って渡す人間がいてもいい。冒険とはそういうものだ』

 

 冒険の意味が違うよね。

 それだと私がただの馬鹿になるんじゃないか?

 

 …………おい、なんか言えよ。

 

「指輪?」

 

 答えたのは夫人。

 そう。渡したのは指輪。

 ちょっぴり装飾過多な指輪だ。

 冒険者なら大半がつけている指輪。

 俗にパーティーリングと呼ばれるものである。

 

 冒険者ギルドにしか作れない特殊な方法で作られている。

 おそらくチート持ちのイイダソウジが残した技術の結晶だろう。

 形や大きさはいろいろとあるが、独特の紋様が刻まれそこそこ高価だ。

 

 絵に描かれた夫人の息子を見て、シュウは冒険者と言った。

 どうして冒険者だと気づいたのか尋ねるのを忘れていた。

 

 その疑問の答がこのパーティーリングだ。

 絵に描かれていた指輪と夫人がいま指で転がしている指輪は同じものだ。

 

 説明なんて不要。

 それがいったい誰のものか?

 そんなこと伯爵夫人には一目瞭然。

 それでも、彼女は信じられないと疑う。

 指輪を顔に近づけ目を閉じるほどに細める。

 シュウが冗談めかして夫人の行動を予想していた。

 まさにその通りになっている。

 

 パーティーリングの内側には所有者の名前が刻まれることがある。

 安い物には名前など刻まないが、見た目を派手にして高くするとサービスで名前も彫ってくれる。

 もちろん私のパーティーリングには名前は入っていない。

 

 一方で夫人が見つめる指輪には名前が刻まれていた。

 刻まれているのは夫人の息子――アルエ氏のフルネームだ。

 

「ど、どこで……?」

 

 夫人は喉から絞り出すように問いかけてくる。

 

「プティ廃都。壁の中だ。残っていたのはそれだけだった。小人たちが拾っていてくれた」

 

 アルエ青年は小人の存在に気づいていたらしい。

 ときどき小人にドロップアイテムを渡していたようだ。

 いろいろと興味深い話は聞けたが、わざわざ話すようなことではない。

 私が小人集落を全て訪れ、遺品を探してみたなんてことも話す必要がないことだ。

 

 それに私はさっさと立ち去らなければいけないだろう。

 

「……お茶の、時間です」

 

 夫人は震える手でベルを手に取り、カランカランと鳴らす。

 

 わかってるよ。

 わかってるって。

 私はお邪魔なんですよね。

 言われなくてもすぐに出て行くよ。

 

 夫人に背を向け、扉に向かう。

 

『全然わかってないじゃん』

 

 うん?

 何がだ?

 

『今のは「いつまでもぼーっと突っ立ってないで、早く椅子に座りなさい」だよ』

 

 えっ……そうなの?

 

 答はシュウから得るまでもなかった。

 出ようとしていた扉から女中が音もなく入ってくる。

 盆の上にはポットが一つに、カップとソーサーが二つずつ。

 

 振り返ると夫人が私を見つめていた。

 相変わらずの細い目がなんとなく優しく見えた。

 

「お茶の時間です」

『「おもしろい話があるんでしょう。早く聞かせなさい」だってよ。話してあげれば。小人族のことやら、息子さんのこと――メル姐さんが冒険者としておもしろかったことをさ。今度は、ちゃんと聞いてくれるんじゃないかな』

 

 夫人からは先ほどまでの動揺が消え、凛としている。

 女中は椅子を引き、早く座れと言外に急かす。

 窓を抜ける風は心地よく頬を撫でる。

 シュウの鼻歌は得意げだ。

 上手くて腹が立つ。

 

 さあ――、

 

「お茶にしましょう」

 

 夫人の言葉は解釈をする必要もない。

 そのままの意味だ。

 

 

 

 こうしてプティ廃都の攻略は終了し、お茶会が始まった。


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