チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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蛇足05話「神は見ているか?」

 海を見たので、次は雪を見よう――ということで北に向かった。

 

 まずはセルニアの都を目指す。

 問題はネクタリスからセルニアへの道程にある。

 

『道程であって童貞ではない。ちなみに俺は二代目プロ童帝である』

 

 黙ってろ。

 そんな補足はいらん。

 そもそも初代は誰よ? 

 あとプロを付ける意味もわからん。

 あれか? 知識だけ豊富で実践がゼロのへたれってことか?

 

『う、うるしゃい……』

 

 さて、ネクタリスからセルニアへは三つの道がある。

 単純に西・中央・東としよう。

 分岐がある場合、通常はダンジョンがあるかどうかで決める。

 今回は全てのルートにダンジョンがあった。これは困った。

 

「一つのルートに入ってダンジョンを攻略したら、隣のルートにゲロゴンのスキルで無理矢理割り込もう」

 

 そう提案してみたものの、『生態系の破壊はよくない』とシュウに止められた。

 面倒ではあるが一度セルニアに行き、別のルートでネクタリスに戻り、さらに残った一つのルートでまたセルニアに行くことにした。

 シュウを空に軽く放り投げて地面に落とす。

 東のほうに剣先が向いたので東ルートから行くことになった。

 次の戻りが中央ルート、最後の行きが西ルートだ。

 

 

 

 ――とまあ、そんな訳で一週間ほどして、ハナツメの町にたどり着いた。

 ここには中級ダンジョン――フクシア岩窟があるそうだ。

 すでに時刻は夕方なので今日は情報だけ集めて明日挑むことにする。

 

 経験で語らせて頂くと、中級ダンジョンが一番おもしろくない。

 初心者と初級はほのぼのとしており、短いものも多い。

 上級以上になるとダンジョン固有の特徴が強く出てきておもしろみが増す。

 中級が最も中途半端だ。

 ただただ長かったり、モンスターが硬かったり・飛んでたり・魔法使ってきたり、あと罠が多い。

 初級ダンジョンにちょっと毛が生えた程度。

 上級からはダンジョンが侵入者を本気で殺しに来ている印象がある。

 

 私にとって微妙な中級なのだが、ダンジョンで稼ぐ人間によると一番安定して稼げるらしい。

 ドロップの売値もそこそこで、モンスターもそこそこの強さ、罠も覚えれば回避がたやすいし、攻略人数もあまり多くない。

 初級ほど攻略者に溢れておらず、上級ほどの危機も少ない。

 そう言われればそうなのかもしれない。

 

 ちなみにここのフクシア岩窟はモンスターが硬いようだ。

 ギルド内でたたずむ冒険者一行を見ていても棍や槌、魔法用の杖を持っているものが多い。

 

 受付嬢からダンジョンの説明を受けた後、そのままお金を下ろすことにした。

 冒険者ギルドはお金のお預かりサービスをやっている。

 ダンジョンに持って行くのが怖い人は預けるのだ。

 もしもダンジョン攻略中及び依頼中に死亡が確認されたときは、指定した人間にお金が支払われる。

 手数料でいくらかギルドに抜かれるらしいが、割と使う人間が多いらしい。

 冒険者ギルドなら引き出しがどこでも利用可能なのはありがたい。

 

 私も超上級になったくらいから使い始めた。

 基本的に全財産は自分の手で持っておきたいのだが、アイテムの売値が財布の許容量を超えたため預けるようになった。

 お預けの他にもいろいろな機能があるようだが、複雑なので私は使っていない。

 私は使っていないが、シュウがいろいろと使っている。

 シュウの台詞を私が代弁し、いろいろと手続きを行っていた。

 

『ネクタリスでの謝礼金が振り込まれてるはずだよね』

 

 おお、そう言えばそうだな。

 

 ネクタリスを津波から守ったということで子爵様から謝礼をもらえるという話になった。

 ダンジョン攻略のおまけだったので別にいらなかったのだが、もらえるものはもらっておこうということで頂いておいた。

 具体的な金額は任せると言っておいたが、どれくらい入ったのか気になる。

 受付嬢に残高を聞いてみた。

 彼女は口で答えず、わざわざ紙片に書いて差し出してきた。

 口でさらっと答えてくれればいいのにめんどくさい。

 

「えっ……」

 

 思わず声が漏れた。

 私が知っている残高は数字が六個だったはず。

 片手に一を足したのだ、とか思っていたから間違いない。

 それが今はいくつだ?

 一、二、……、八、九。きゅ、九!

 しかも一番左の数字も九。

 もう少しで十桁に届かんとしている。

 

『なんだ、町一つ守ったのにこんなもんか。ケチだな、あの子爵』

 

 え、えっ?

 いやいや待て待て待て!

 待ってください、お頼み申す!

 これはおかしい! おかしいよ。

 これ本当に私の預金?

 額が大きすぎて数え方もわからないんだけど。

 

「はい。極限級冒険者メル様の残高でございます」

 

 受付嬢はやや戸惑いながらも答える。

 自分で言うと極限クラスって格好いいけど、人に言われると恥ずかしいな。

 そんなことを思った。

 

 それよりどういうことだ。

 あの子爵はこんなにくれたのか。

 

『違う違う。左から三つ目の数字が一になってて、そこより右の数字は以前よりちょっと増えただけでしょ。つまり、あの子爵は百万しかくれてない』

 

 十分すぎるじゃないか……って違う!

 じゃあ左の金額はなんなんだ!

 どうなってんのこれ!

 

『えぇ、今までギルドでいろいろ手続きしたじゃん。あれの結果だよ』

 

 いや、え、そうなの、というかなにしたらこうなるの?

 やっぱりチート使ってんの?

 

『いやあんまり。簡単に言うとね。国が手放した土地を転がしたり、物の転売、将来性のある人に投資したりしてた。せっかくあちこちを移動してるからね。実際に見たり聞いたりできる利をいかそうと思いまして』

 

 よくわからんけど、そんなことでこうなるの?

 

『ハハッ、まだまだぁ〜。これからもっともっと増えるよー。この口座を増やすことと女性の体をじっくり観察することが、今の俺の数少ない生き甲斐ですよ』

 

 後半の生き甲斐はともかく、この金額はすごい。

 すごすぎる。すごすぎて、逆にすごさがわからない。

 すごいぞシュウ。むしろ、なんか気持ち悪くなってきた。

 気持ち悪いな、シュウ。

 

『どいひー』

 

 これだけあるといったい何が買えるんだ。

 そこらの商人よりもお金持ちなんじゃないだろうか。

 立派な家を建てて、何人で何年暮らせば使い切れるんだろうか。

 

『そこらの商人なんて話にならないよ。かなりの貴族か豪商でも呼ばないと。家ならそうだね。土地ごと買って、宮殿を建てて、庭を整えて、例のプールを設置して、数十人で暮らしても、十年は余裕じゃないかな。もちろん物価の変動やら税金徴収があるから、そうは限らないだろうけどね』

 

 なんてことだ!

 私はいつの間にか超大金持ちになってしまっていたというのか。

 それで、お前はいったいこの大金で何を買うつもりなんだ?

 

『さっきも言ったじゃん……。増やすのが楽しいんだよね。まあ、使うんならやっぱハーレム作りたい。ハーレム――其れまさしく男の夢よ』

 

 シュウは誇らしげに語る。聞かなきゃ良かった。

 まあ、お金はたくさんあっても困るものじゃない。

 それに本人も楽しそうだから夢くらい見させてやろう。

 

 

 

 お金も必要な分を下ろし、夜飯を食べるため受付を離れる。

 ギルドには併設された飯屋兼酒屋があるため、そこで食べることにする。

 これまた経験で言うとギルドに併設された飯屋はうまいし安い。

 実際にダンジョン、あるいは依頼から帰ってきた冒険者が集っている。

 一人でいるとちょっと浮くが、そこはいまさらなので気にしない。

 

『あらら? 変わったお客さんだ』

 

 四人がけの席に一人で腰掛け、酒を飲んでいるとシュウが口を開いた。

 周囲もなにやら騒がしくなり、私も入り口に目を移す。

 そこには淡紅色の髪をふわふわ揺らす女性と大勢の子供たちが立っていた。

 女性がギルドの受付と飯屋の酒場に行き、二言三言で話をすると入り口を見返し頷く。

 同時に子供たちがぞろぞろと歩き出し、飯屋の奥に設置されたちょっと高めにの壇上とそのすぐ前に並ぶ。

 

「この場をお借りして、育成館の児童による演舞を披露させて頂きます。どうか皆さま、彼らにささやかなお恵みを」

 

 女性が頭を下げると壇上の子供たちも倣って下げる。

 なに? なになに?

 なにが始まるの?

 

『育成館ってのが孤児院、今だと児童養護施設か。どっちでもいいや。その施設のガキたちなんだろうね。彼らが踊りか歌か、何かを披露するのでお金を恵んでくださいってこと』

 

 なるほど。

 そういった施設は何度か見てきた。

 しかし、ギルドにまで来たのを見るのは初めてだ。

 

 周囲の冒険者たちも都合をわかっているのか指笛を鳴らして場を盛り上げている。

 私は壇から席も離れていることと、ノリについていけないこともあってぼんやり見るにとどめる。

 

「ありがとうございます。それでは始めさせて頂きます」

 

 女性が子供たちに合図を送ると、前列の中央にいた子供が足を動かす。

 少年の足の動きに合わせ、小気味よい音が鳴り始める。

 徐々に他の子達も踊り始め、場が盛り上がる。

 ほー、これはなかなか……。

 

『わぁ……、タップダンスだ。靴のつま先と踵にコインをつけてる』

 

 言われて靴を見ると、確かにつま先と踵の裏にコインが貼り付けられていた。

 上半身をあまり動かさず、下半身を滑るように動かしていく。

 けっこう簡単そうだな。

『――って思うじゃん。すっごい難しいんだよ。年齢を考えると十分すぎる。すごいなぁ、どんだけ練習したんだろう。でも、この曲はどっかで……』

 

 そうなのか。

 シュウは感嘆の声を漏らす。

 こいつが良い意味で驚くのは、けっこう珍しかったりする。

 周囲の酔っぱらいたちも一緒に騒ぎ始め、音はよく聞き取れない。

 それでも、様子を見るに一生懸命踊っていることは見て取れる。

 

「ここ、良いですか?」

 

 子供を引率していた女性がいつの間にか近寄り、私の前の席を指さす。

 

『座って良いかって聞いてるんだよ』

 

 わかってるよ。

 さすがの私でもそれくらいはわかる。

 軽く頷いて見せると、女性は静かに腰を下ろした。

 

『メル姐さん、やばい』

 

 どうした?

 何がやばいんだ?

 

『この子、すごい淫乱力だ! 淫乱力が五十三万を超えただと……。クッ、スカウターの故障か!?』

 

 まぁた始まったよ。

 まともに取り合わなきゃよかった。

 

『なに言ってんの! よく見て! いかにもなピンク髪、おっとりとした垂れ目、油断を誘う泣きぼくろ、感情を誤魔化すアルカイックスマイル。それに服で隠してるけど、かなりの巨乳とみた。これが淫乱じゃなくて何だって言うの!』

 

 まず声を荒げる理由がわからん。

 次に、なんで淫乱なのかがさっぱりわからん。

 

 目の前の女性は「何か?」と首を傾げている。

 聞こえていないとはいえ、あまりにも失礼な物言いだったのでマスターにコップを頼み酒を勧める。

 いや、子供の引率者に酒はまずいだろうか。

 

「ふふっ、ご心配なく。あらあら、ずいぶんと良い物を飲んでますね」

 

 女性は口元で軽く笑って、コップに酒を注ぐ。

 お金も下ろしたので、店で一番高い酒を注文していた。

 高いのも安いのも味はたいして変わらないと思うが、高い方がなんとなく気分がいい。

 

 彼女は水のように酒を飲んでいく。

 あまりにも良い飲みっぷりだったため、私もついもう一本注文してしまった。

 黒のゆったりとした服を着ていたため、けっこうな歳だと思っていたがよくよく見ると意外に若い。

 意外どころか相当若い。私と同じくらいではなかろうか。

 

『酒を飲むとはなんという淫乱! しかもザル! くぅ、まったくもってけしからん!』

 

 嬉しそうに叫んでるところ悪いんだけどさ。

 どこがそんなに淫乱なの?

 

『まず、ピンクは淫乱。ここまではいいよね』

 

 よくねえよ!

 なんだよ、それ?!

 

『はぁ? なに言ってんの?! ピンクが淫乱なのは宇宙の摂理でしょ!』

 

 まるで私が間違っているかのような物言いだ。

 

 ピンクって髪の色のことだろ。

 なんで髪がピンクってだけで淫乱になるんだ?

 

『ピンクの髪してる奴は淫乱なんだよ! 例外は――ない!』

 

 こいつ……、言い切ったぞ。

 第一なんでピンクなんだ。他の色でもいいだろ。

 たとえば、赤とかさ。

 

『赤は一直線って相場が決まってる。思い始めるとどこまでも真っ直ぐなんだ。アラクタルのシスコンを忘れたの?』

 

 そう言えばそうだった。

 あの変態は妹一直線だった気がする。

 じゃあ、青は?

 

『青は素直クール。静かだけど想いは深い。同じくアラクタルのアンフィニ、人形がいたでしょ。静かでマスター一筋だったよね』

 

 お、おお。なんと。

 たしかにそのとおりだ。

 地下で千年近くも主に仕えていたな。

 でも、あれ人形じゃん。

 ……黄色は?

 

『黄色はムードメーカー。ちょっとバカで空気を読まないけど、ここぞというときにちゃっかり活躍。エルフのアイラたんだね、覚えてる?』

 

 …………いた気がする。

 家を追い出されてたのにはしゃいでた金髪がいた。

 ちなみに緑とかは?

 

『危険。警戒ヲ厳ニセヨ』

 

 なんか、明らかに他のと違ってない?

 

『いやいや妥当だよ。緑は本当に危険。いきなり監禁してくるし、交差点の信号待ちで背中押してきたりする。とにかく行動が読めない。いったいいくらの人間が緑にトラウマを植え付けられたか。俺も緑と接するときは細心の注意を持って当たると決めてる』

 

 こいつが細心の注意ってのは相当なことだ。

 緑はそんなに恐ろしいのか。

 で、ピンクは?

 

『淫乱』

 

 あ、そう。

 もうそれでいいんじゃないかな。

 なんか当たらずといえども遠からずではないかと思えてきた。

 

『ほら見てよ! 頬を薄く染めてイヤラシい。ほんとけしからん。しかも、腕組みしてバストアップさせてきてる。これは淫乱待ったなしですわ!』

 

 ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。

 今のどうやったの?

 ……いまさらか。

 鼻歌も上手いからな。

 唾を飲むくらいやってくるだろう。

 

 まあ、いいんじゃないか。

 お前がそう思うんならそうなんだろう。

 

 

 舞台に目を移すと踊りは控えめになり、歌がメインになっていた。

 しかし、酔っ払いと一緒に歌っているのは教育上よろしくないんじゃなかろうか。

 

「そうなんですよね」

 

 おろ、口に出てたか。

 ひたすら飲んでいた女性が話し始める。

 

「本当はこんなことやらせるべきではないんです」

 

 気がつけばもう一本空けている。

 恐ろしいペースだ。大丈夫なんだろうか。

 心配はしつつもおもしろそうなのでさらにもう一本注文する。

 

「コキュ。酔わないからって飲み過ぎんなよ」

 

 マスターが酒瓶を持ってくるついでに女性を叱る。

 どうやら目の前の彼女はコキュというらしい。

 変わった名前だ。

 

『ほら、もう名前からして淫乱じゃん!』

 

 こいつもなに言ってんだか。

 どうしても彼女を淫乱に仕立て上げたいようだ。

 

「一年前は助成金が出ていたんですが、領主様が変わったのを機に減額されまして」

 

 いきなり語り出した。

 彼女はなみなみ注がれた酒を一気に呷る。

 語り出すのはよくあるパターンなので話半分に聞こう。

 途中からはシュウに任せておけば万事問題ない。

 

「もともと運営はギリギリでしたので、ほとほと困っていたんです」

 

 そりゃまあそうだよな。

 借金がどんどん増えていくだろう。

 

「いよいよ首も回らなくなってきたそんなある日、夢の中で神が舞い降りたんです」

 

 ん? 

 なんか変な方向になってないか。

 あんた、えっと、コキュの夢の中に神が出てきた?

 

「ええ、そして、神は言われました。ここで朽ちる運命ではないと……」

『タイトルデモまで戻されそうだ』

「『では、いったいどうすれば?』と私は尋ねました」

 

 ほうほう。

 ちょっと頭がおかしいけどおもしろい。

 それで神はなんと?

 

「たった一言――踊るのだと」

『なるほど』

 

 え、えぇぇー!

 今のどこに納得する要素があったよ。

 

「神の踊りを真似て子供たちとやってみたところ、大きな反響を頂き今ではこのようになんとか生計を立てつつあります」

 

 たしかにすごい!

 すごいとは思うよ!

 でも、目の前にお金を入れる缶を置かれてそんなこと言われても釈然としない。

 しかも、にこにこ笑って缶を徐々に私のほうに近づけてくるし。

 

『とか言って、どうせ入れるんでしょ。メル姐さん、押しに弱いからなぁ』

 

 そこまで言われると入れたくなくなる。

 

「彼らの健やかな成長のために――」

 

 あんたが飲んだ酒代を子供にやればよかった。

 

「ふふっ、お酒は神への供物です。勘定には入りません。曲はまだ続きます。もう一本頼まれても大丈夫ですよ」

 

 それはあんたが飲みたいだけだろ。

 ――と言ってやりたい気持ちを酒とともに飲み込み、パンパンになった財布から適当に硬貨を掴み、そのまま缶に入れた。

 ジャラジャラと景気のいい音が響く。

 

「あらあらまあまあ、豪勢ですね。貴方にも神の導きがあらんことを」

 

 神の導きとやらはもう間に合ってる。

 そう言って、シュウをコキュの前に掲げる。

 チートだけでいいのに、変な人格も付いてきてしまったんだがな。

 

『てへぺろ』

 

 くたばれ。

 まったくやってられんな。

 おい、マスター。同じのをもう一本追加だ。

 

 結局、コキュが一人でほぼ全て飲んだ。

 それでも歩調を一切乱さずに子供を引率して帰っていった。

 

『なんという淫乱力』

 

 それはもういい。

 

『どうでもいいけど、淫乱シスターの指見た?』

 

 淫乱シスターって……。

 見てないけど、どうせ淫乱な指をしてたとか言うんだろ。

 

『パーティリングつけてたよ』

 

 なんだマジメな話か。

 それは気付かなかったな。

 

『あと、あの修道服みたいな上下続きでスリットが入ってたエロい服だけどさ』

 

 はいはい、どうせ太ももが魅力的って言いたいんでしょ。

 

『そうそうギリギリ見えないところがまた淫乱なんだよね。で、それもそうなんだけどさ。鎖かなんかを内側に縫い込んでた。ありゃ戦闘服も兼ねてるよ。相当重いはず、足音が異常だったもん』

 

 つまり、どういうことだ?

 

『神のみぞ知るってところかな』

 

 訳わからん。

 

 こうしてハナツメの町での一日目が終了した。

 

 

 

 翌日、中級ダンジョン――フクシア岩窟にやってきた。

 特別な準備は何もしていない。

 一通り回っても半日あれば終わるだろう。

 

 硬いだけでは意味がない。

 ゴーレムも鎧を着込んだスケルトンも一撃だ。

 ドロップアイテムを回収してサクサク進んでいく。

 少し進んだところで他の冒険者とモンスターの戦闘音が聞こえた。

 あまり会いたくないが、道順で通る必要があるため仕方なく進んでいく。

 

『あっ、淫乱シスターだ』

 

 通路の奥を伺うとシュウの言うとおりコキュがいた。

 昨日と同じ服で、頭には同じく黒色のゆったりとした頭巾を被っている。

 

『首元からちらりとはみ出すピンクの髪がまたそそりますなぁ』

 

 はいはい。

 コキュはまだこちらに気付く様子はなく、側にいたスケルトンを潰している。

 潰していると言ったが、文字通り潰している。

 先っぽにトゲトゲのついた棍棒でモンスターを叩きつけている。

 よく見かける武器だが名前が出てこない。

 

『モーニングスターだね。しかもなんかデカい。デカくて太いうえにいぼいぼとか淫乱すぎでしょ。歩く十八禁として閲覧制限されちゃうよ』

 

 それだ。モーニングスターだ。後半は知ったことじゃない。

 しかし、「てやぁ」とか「えいっ」といったかけ声と、モンスターの頭部の潰れ方がミスマッチだ。

 しかも相手が動けなくなるまで徹底的に潰している。

 

『撲殺シスターだね。ぴぴるぴぴるぴー、とか唱えそうで怖い』

 

 よくわからないけど怖いことには同意だ。

 表情一つ変えずに滅多打ちしてるぞ。

 いちおう挨拶だけして先に進むか。

 

 おう、昨日ぶりだな。

 

「あらまあ、メルさん」

 

 じゃあ私は奥に進むんで、お先に失礼。

 

「お待ちください」

 

 いや、でもほら私がいると邪魔になりそうだからさ。

 

「実は昨日。夢に神が再降臨されたのです」

 

 そりゃ、あんだけ飲めば神も見る。

 あまり無茶をするなよ。

 

「神は言われました。我が使いをダンジョンへ送る。共に往くのだ――と」

 

 とても嘘っぽいんだが。

 

「私が嘘をつくわけないではないですか」

 

 さも、当然の顔で言う。

 本当に真顔なので判別に困る。

 

 おい、シュウ。

 なんとかならないか。

 この女とはなぜかパーティーを組みたくない。

 お前と似た気持ち悪さを感じる。

 

『失礼だな。……まあ、諦めなよ。俺じゃ無理だ。淫乱ヴィッチは童貞の天敵なんだ。二代目プロ童帝である俺も例外ではない。食べられちゃうからね。むしろ食べられたい! パーティーを組むことを強いられているんだ!』

 

 ため息を一つ。

 まあ、どうせ半日程度の我慢だ。

 とりあえず一緒に回るだけなら問題ないか。

 

 そんなこんなでパーティーを組んで進むことになった。

 

 

 中盤を越えたあたりだろうか。

 

『シスターはなんでそんなに力が強いの』

「生まれつきなんですよ」

 

 コキュはシュウと会話をしている。

 シュウが話しだしても、「あらあら、こんにちは」と普通に対応していた。

 私はこの世界の普通に問いを投げたい。剣が喋ればもっと驚くものじゃないのか。

 

「両親も気味が悪かったんでしょう。施設の前に私を置いて行ってしまいました」

 

 そういうことさらりと話すのやめてくれない。反応に困るんだけど。

 

「いえいえ。物心つく前なので顔どころか声すら覚えていません。私の最初の記憶はすでに施設の皆と遊んでいるところから始まります。育成館にはよくよくお世話になったので、私も同じ境遇の子たちをしっぽり育てていきたいと思いまして」

『……しっぽり?』

 

 ……しっぽり?

 シュウと被ってしまった。

 

「ふふ、しっかりの間違いでした」

 

 コキュは口元に軽い笑みを携えて訂正する。

 

『ね! メル姐さん、ね!?』

 

 淫乱でしょ! と言いたいんだろう。

 だが、それくらいの言い間違いはいくらでもある。

 事前にピンクは淫乱だという刷り込みがあるからそう見えるだけだろう。

 

「けっこう慣れているようだが、ダンジョンにはよく潜るのか?」

 

 露骨に話を逸らす。

 前の話題を続けるとなにやら危ない方向に行く気がした。

 

「はい。五年ほど前からたびたび夢に神が降りるようになり、『ダンジョンへ行きなさい』と諭されまして。この武器も初めて潜ったときに拾った物です』

 

 怖くなかったのか?

 

「初めてのときはやはり怖くて、びくんびくんしていましたが――」

『びくんびくん?』

「何度かやっているうちに慣れてきて、しばらくしてからは楽に行けるようになりましたね」

『犯っている? イケる?』

 

 いちいちうるさいぞ。

 黙って聞いてろよ。

 

「ここまで潜ったのは久しぶりです。ここ数ヶ月はモンスターも多く、活動がお盛んなので、安全を考慮し入り口付近で行うことが多いのです」

『なんで盛んの前に「お」をつけるの? それに安全とか入り口付近でするとか淫乱すぎでしょ』

 

 私にはそんな風に聞こえなかったぞ。

 お前の頭が淫乱だと思い込んでるからそう聞こえるだけだ。

 

 でも、やっぱり神ってのはただの偶然じゃないか?

 

「いえいえ。その後も再び神が降臨し、お告げどおり、たまたま通りかかった行商人からこの服を安価で購入できました。硬くてたくましくてとっても具合がいいですよ」

『なんで「たまたま」を強調する上に、「たくましくて」やら「具合」とかつけるんですかねぇ』

 

 こいつ、もう駄目なんじゃないかなぁ……。

 

 

 

 ――とまあ、こんな他愛もない話をしているうちに中級をクリアしてしまった。

 二本足で立っていた豚みたいなボスも一撃で消え去った。

 攻略に当たって特に語ることは何もない。

 しょせんは中級だ。

 シュウがコキュの発言にいちいち突っかかっていたこと以外に問題はない。

 

 今はギルドに来ている。

 コキュも一緒だ。アイテムを売却すると話していた。

 彼女がダンジョンに潜るのはやはり施設の運営費を稼ぐためらしい。

 昔から時間に余裕があるときはダンジョンに潜ってドロップアイテムを取ってくるようだ。

 子供の成長を見守ることが彼女にとっての生き甲斐という。

 

『若いのにちゃんとしてるなぁ……。でも、ちゃんとしすぎてるきらいもあるかな。どっかのだれかさんも一欠片くらいは見習って欲しいよ。養ってもらった親を見向きもせず、口にするのは昨日も今日も「ダンジョン! ダンジョン!」。言動は日々おかしくなってくるし、成長もまるでない。こりゃキチ○イですわ』

 

 お前に言われたくない!

 お前にだけは言われたくない!

 ダンジョン攻略は私にとっての生き甲斐なんだよ!

 

『淫乱シスターの生き甲斐は子供のためでしょ。メル姐さんもせめて人のために動けるようならないものなんですかねぇ……。たとえば、俺とかさぁ』

 

 なんで私が他人のために動かにゃならんのじゃ。

 ましてやお前のためとかあり得ない!

 私は私のやりたいことをやりたいようにやって生きていくのだ!

 

『ここまでクズいと一周回って、崇高に見えてくるから不思議だ。安心したよ』

 

 なぜだか安心されてしまった。

 そんなやりとりをしているうちにコキュが戻ってきた。

 

「お待たせました。それでは参りましょうか」

 

 ボス撃破を記念してコキュが夕飯をごちそうしてくれることになった。

 ギルドに併設された飯屋ではなく、施設での食事になるそうだ。

 飲み物くらいは、と私は昨日の酒を買えるだけ買っておく。

 

「ふふふ、おいしそう……」

 

 彼女は私の持った酒瓶を見て唇を軽くなめる。

 

『獲物を前にして舌舐めずり、一流のヴィッチだな。クソ、ここにきて淫乱力がさらに上昇か! メル姐さん、やはりこの女は危険だ! ここは俺に任せて、先に行け!』

 

 華麗に無視してギルドを出た。

 

 

 なんというかぼろぼろだった。

 目の前には風に吹かれて飛ばされそうな家屋が一軒。

 軒先には「育成館」と大きく書かれた看板が杭に打ち付けられている。

 看板を支える片方の釘が取れ、斜めに傾いてしまっているがそのままにしてある。

 

『歴史を感じるね』

 

 周囲の家屋が石造りに対して、一軒だけ木の板を組み立てただけ。

 大きさこそあれど、それが逆に不安定さを増していた。

 

「土地だけはあるんですよ」

 

 確かに土地は広い。

 先ほど述べた石造りの家屋もかなり遠くに見える。

 荒れた前庭には痩せた作物がごろごろとなっている。

 

「さあ、どうぞ。大丈夫、見た目よりはしっかりとできていますので」

 

 コキュにならい私も育成館の門をくぐる。

 近くで見るといっそうぼろい。

 壁には穴を塞いだのか薄板があちらこちらに貼り付けられている。

 

「私の歩いたところをたどってくださいね。踏み外すと床が抜けます」

 

 さっき、しっかりできてるって言わなかったっけ?

 私の言葉に聞く耳を持たず彼女はジグザグに廊下を歩いて行く。

 やはり床も板で補強されていた。歩くたびに板が軋み、時の流れを教えてくる。

 

「私は料理の準備に入りますので、ここでお待ちください」

 

 とある幅広の一室で椅子を勧められた。

 三本の足に木の板が打ち付けられているだけのものだ。

 もちろん背はないし、座っても大丈夫なのか心配になってくる。

 

 他にも複数の椅子や大きな机がある。

 ここで子供たちが集まって食事を取るのだろう。

 

『じゃりどもがこっち見てやがるな』

 

 うん?

 横を見れば扉の影から数人の子供が覗かせている。

 昨日の夜に踊っていた子供もいるな。

 一人がおずおずと入ってくると、他の子供たちも続々と入ってくる。

 

「お姉ちゃん、冒険者だよね」

「ああ、そうだ」

 

 返事をしているうちに、他の子供も近寄りシュウをつついて遊んでいる。

 喋ればべたべた触られることがわかっているので、シュウは黙り込んでいる。

 

 遠慮せずにもっと触って良いぞ。

 指を斬らないようにな。

 

 男の子たちは喜び、容赦なくシュウをべたべた触っていく。

 奴の声なき悲鳴が聞こえてくるようで心地よい。

 

 私の武勇伝を聞かせているうちに料理が運ばれてきた。

 予想はしていたが質素な物だ。

 それでも子供たちはがっつき器までかじりそうな勢いだ。

 

 食べてからも子供たちは未だ元気に溢れ騒ぎ続ける。

 コキュと落ち着いて話ができるようになったのはかなり遅くなってからだった。

 

「今日はお疲れ様でした」

 

 そう言って、コップにお酒を注いで私に渡す。

 彼女は黒の戦闘服を脱ぎ、薄手の生地のものに着替えている。

 どうやらこちらの方が普段着らしい。

 

『俺の目に狂いはなかった。やはり巨乳! それに谷間を見せつけるファッション! 俺の想いもパッション! そして、股間はセンセーショォン!』

 

 ノリノリだから放っとこう。

 触っちゃいけない。

 

 私はたいして疲れていない。

 お前の方が子供に付きっきりで大変だっただろう。

 あと、そっちのコップが私のよりずっと大きい気がするんだが。

 なんか取っ手もついててコップと言うよりもジョッキに近いし……。

 

「いえいえ。同じサイズのコップがありませんでしたので、小ぶりで綺麗な方をお渡ししたのですよ」

 

 さよですか。

 

 しかし、子供の数に対して人手が少ないんじゃないだろうか。

 夜なので少ないのかもしれないが、大人は数人ほどしか見えなかった。

 それに建物も手狭に思える。

 実際にいま私たちがいる食堂には子供たちが入りきらず、隣の部屋を使って二カ所に分けて食べていた。

 聞けば一部屋に八人と、かなり詰め込んでいるらしい。

 

「助成金がなくなって人を雇えなくなり、今ではこの園の出身者しか残っていません。それに領主様が変わったことでお金の流れや施策も変わり、不況になり当施設に子供を預ける親も増えました」

 

 預けると優しい言い方をしたが、要するに置いていったんだろう。

 

「うちでは奴隷商に売ることはしまいと決めているので、どうにもやり繰りが厳しくなります」

 

 そうか。

 たいへんそうだな。

 おいシュウ。なんとかできんのか。

 お得意のチートがあるだろう。

 

『一番手っ取り早いのは、領主の首をすげ替えること。ここらの領主ってセルニアにいるアヴァール公でしょ』

「よくご存じですね」

 

 よく知ってるな。

 どこで覚えたんだ?

 

『一年前にオネット公が外患罪で処刑されて後釜におさまった人だね。汚い奴だって、ケチなゼリム子爵がぼやいてた。そのときメル姐さんも一緒にいたはずなんですがねー』

「今でも信じられません。オネット公爵があんなことをされるなんて……。この施設まで直々に足を運び、私たちを激励してくださったというのに」

 

 なんだかいい人だったようだ。

 それでアヴァールとかいうのが、どうにかなればいいわけか。

 子だ、伯だ、公だのと似たようなのが出てきすぎなんだ。

 一つにまとめてくれればいいのにまったく。

 

 それで、どうにかできんのか?

 公爵とか偉そうな名称がついてても、首を落とせば死ぬんだろ。

 

『魔王らしくなってきたのは嬉しいけど、あんまり無茶言わないでね。公爵まで来ると王族関係者みたいなもんよ。俺たちみたいな一般人が入る領域じゃない。地位争いやらでどろっどろの関係ですよ』

 

 王族かぁ……ちょっときつそうだな。

 じゃあ、他になんか案はないの?

 

『不景気ってことはお金の流れがないってことなんだよね。なんか大きなプロジェクトでもすればいいんじゃないの』

「どういうことでしょうか?」

 

 そうだそうだ。

 もうちょっとわかりやすく言えよ。

 気が利かない奴だな。

 

『温厚と賞賛を受けるシュウさんもちょっとむかついてきましたよ。昨日、ダンスやって小銭稼いでたでしょ。あれのもっと大きいやつをやれってこと。ギルドや飯屋のスケールじゃなくて、もっと町全体の産業に関わるくらいのやつ』

 

 うん。

「はい」

 

『いや、「うん」とか「はい」じゃないんだけど……』

 

 わけわからん。

 具体的に何をすればいいのかを言えよ。

 私がそんな話を聞いてわかるわけないだろ!

 

『逆ギレしないでよ……。具体的ねぇ。あんまないなー』

 

 考えろ。

 お前ならできる。

 知恵を搾れ。絞りカスになってもかまわん。

 

『乳は搾りたいけど、搾られるのはなぁ』

 

 冗談言ってる暇があれば考える!

 

『はい! うーん……。なんかでっかい建物を作るとか?』

 

 作るとどうなるんだ?

 

『作る過程で大きなお金が動くからね。お金が回るようになる。お金が回れば、みんな笑顔やでぇ〜』

 

 うざ。

 でも、そんなもんか。

 それでいったい何を作るんだ。

 

『まあ、なんでもいいんじゃない。ダンスを見せるための公演会場でもいいし、新しい児童養護施設の建設でもなんだって好きにすればいいと思うよ』

 

 じゃあ、それでいこう。

 ここも古くなってるし、新しい施設でも建てればいいんじゃないか。

 

「それは素晴らしいです。公演会場ですか。踊る側も見る側も楽しむための場というのはいいですね。セルニアから劇団を呼んで上演してもらうのもいいと思います」

 

 私たちの意見はまとまった。

 コキュも楽しそうに話をしている。

 

『まあ、妄想はタダだから楽しいよね』

 

 なんか嫌な言い方だな。

 

『えっ? 本気でおっきな建物作ってみんな笑顔でハッピーなんて夢物語ができると思ってたの?』

 

 シュウは笑い出す。

 あまりにも楽しそうに笑うのでむかついてきた。

 

『そこまで大規模だと初期投資が半端ないよ。どこが出すのさ? 助成金すら減らしちゃう地方がまさか出してくれる訳ないよね。地元の人は自分たちが生きるのに必死でそんな夢幻に投資するお金なんてない。第一、作ったとしても初期投資が回収できる見込みすらない。そんな幻想に投資するバカなんていないよ』

 

 そう言って、シュウはまたゲラゲラ笑い始めた。

 コキュも何となくわかっていたのか寂しげに微笑む。

 やっぱり問題はお金がないということに回帰する。

 どこかに莫大なお金でも落ちてないだろうか。

 商人、貴族、超大金持ち…………あっ。

 

「どうしましたか?」

 

 閃いた。

 なぁ、シュウ。

 莫大なお金がいるんだよな?

 

『そだよぉ〜。最低でも数千万。いや、億は必要だろうねぇ。でも、そんな大金――あ……』

 

 どうやらシュウも気付いたようだ。

 今回はたいへん珍しく、というよりも初めて私が先に気付いたんじゃないだろうか。

 

「金はある!」

『まさっ、ちょ、ぉまっ!』

 

 コキュはあらあらと頬を赤く染めている。

 よくわからないが、たぶん興奮しているんだろう。

 シュウもはっきりと焦っている。

 賢い奴だ。私が何を言うのかわかっているんだろう。

 

「そして、そんな幻想に投資するバカも知っている!」

「まあまあ、そんなお知り合いが! いったい誰なんでしょうか?!」

『ちょ、バカ! アー、クソ! 大バカ!』

 

 さすがだなぁ、シュウ。よくわかってるじゃないか。

 さぁ、コキュにもわかるよう言ってやろう。

 

「――私だ!」

 

 あらぁ、とコキュは小さく感嘆の声を上げた。

 

 

 

「メルさんはそんな大金を持っているんですか?」

 

 うむ。

 

『うむ、じゃないよ! ちょっと! なにいってんのさ、メル姐さん! あれは俺の金!』

 

 なに言ってんだ?

 お前のものは私のもので、私のものは私のもの。

 もちろん私の口座にある金は私の金だ。

 以上、証明終了。

 

『Q.E.D.……じゃなくて! あれは俺が貯めてるの! 増やすのが俺の生き甲斐なの!』

 

 これからどんどん増えるって言ってただろ。

 また、増やせばいいじゃないか。

 もう一回増やせるぞ!

 

『あ、あぁ……!』

 

 それにお前の悔しがる様子を見るのは、私の生き甲斐でもある!

 

『クソォ……、クソォ!』

 

 うーむ。

 素晴らしい負の香りだぁ。

 

「シュウさんの貯めていたお金を、メルさんが私たちに投資するということでしょうか?」

 

 ここにきてようやくコキュが口を開く。

 事情がわかっていないと意味がわからないだろう。

 

「その通りだ」

『その通りだ、じゃねぇよ! 本気で怒るよ! もう怒ってるよ! ムカ着火ファイヤーだよ! メル姐さんと口聞かないよ!』

 

 なんか本当に怒ってるのかわからなくなってきた。

 口聞かないのは静かでありがたいな。

 

『あぁぁぁァァア! もう! とにかくさ! この前、子爵からもらったお金でも上げればいいでしょ! なんで俺のお金をあんな鼻水垂らしたクソガキ共にやらにゃならんのじゃ! テメェらの食い扶持くらい、テメェらで踊って稼げばいいんだよ!』

 

 ――突如、ビシィッと何かが砕けた音が聞こえた。

 

「今、なんと?」

 

 コキュの持っていたコップもといジョッキの取っ手が消えていた。

 彼女の顔は今までと変わらずスマイルだったが、穏やかな雰囲気はもはやない。

 ただならぬ圧力をもってシュウを見下ろす。

 

「……クソガキ共、とおっしゃいましたか?」

 

 ここにいたはずの彼女はどこか遠くへ行ってしまった。

 私の知らない一人の恐怖が動けぬシュウを追い詰める。

 

『いや、それは言葉の綾――』

「テメェの食い扶持はテメェで稼げ? ふふっ、踊りたくても踊れない子もいます。体が弱い子も当然います。度重なる虐待で人目に出るだけで謝り続ける子だって。歌うどころか声すらうまく出せない子もいるんですよ」

 

 さらに鋭い音が響き渡る。

 机の上にあったコキュのグラスが真っ二つに割れた。

 私のコップにも亀裂が入り、隙間から酒が漏れ出てくる。

 彼女が手を乗せている机は、ミシミシィと悲鳴を上げている。

 

『あの、俺はそういった事情を知らないだけでして。決して彼らをおとしめ――』

「踊っている子達も朝早くからずっと練習しています。どうして彼らがあんなにもがんばれるか知っていますか? 「僕たちは、ほら、元気だからさ。みんなの分までがんばりたいんだ」と言ってくれているんです。そんな彼らの想いを何も知らず、身動き一つできない貴方が『テメェの食い扶持はテメェで稼げ』――ですか?」

 

 なぜか部屋全体が揺れ始めている。

 ここがダンジョンなら出口へ全力で逃げているところだ。

 とりあえず怒りの対象はシュウなので成り行きを見守ることにする。

 

『ご、ごめんなさい! 俺が間違ってまひた! どうか……どうか許してくだしゃい!』

 

 涙声だった。

 マジ泣きしてやがる。

 最初に出会ったときでも涙声だけだったシュウが――。

 あらゆるピンチでも余裕の面持ち、せいぜい軽く焦る程度のシュウが――。

 

 ――負けた。

 

 シュウ、ここに完全敗北を喫する。

 号外にして町中にばらまきたい気分だ。

 ざまぁ。

 

「謝るだけですか?」

 

 だが、コキュの怒りはまだ収まらない!

 

 シュウは死線を越えてしまったのだ。

 謝って済むなら、この世は万事うまくいっている。

 うまくいかないのは謝っても済まない問題があることの裏打ちとなる。

 謝罪の言葉を紡ぐだけなら、無能な役人だってできる。

 大切なのは、相手にどうやってそれを示すかだ!

 さあ――どうする。どうするんだ、シュウ!

 

『こ、子供たちの健やかな成長のために投資を――』

「寄付、ですよね」

『い、いや、その。だってあのお金は……』

「あのお金は?」

 

 見苦しいぞ、シュウ。

 お前も言っていただろう。

 どうせ投資をしても返ってこない、と。

 お前は聡い。わかっているな。

 

『寄付、させて、頂き、ます』

 

 嗚咽の混じる声でシュウは決断した。

 お前は男だ。みっともない男だ。

 

「よろしい。して――おいくらほど?」

 

 まだだ。まだ、コキュの追撃は止まらない!

 

『じゃあ、残高の一割――』

「一割ィ!?」

『違います! 間違えました! 二割でした!』

 

 どうやらシュウは混乱している。

 具体的な金額を言えばよかったのに。

 計算はできないが一割でもたぶん億だろう。

 

「果たして二割で私の心が収まるかどうか……」

『に、二割五分。どうか、どうかお許しをシスター』

「貴方を許す、許さないの問題ではありません。それに私は口ばかりの謝罪なんて望んではいないのです。欲しいのは常に、子供たちへの正しい理解です。おわかりでしょうか?」

『…………四割で』

 

 シュウは完全に諦めムードだ。

 ようやくコキュも怒りを静め、元の彼女に戻ってきた。

 

「多額の恵与ありがとうございます。子供たちの壮健な長育のため、育成館一同、深謝の意をゆめ忘れることなく、施設の運用及び活用に当てさせて頂きます」

 

 彼女は流れるように謝意を諳んじ、瓶のまま酒をあおった。

 

 

 

 コキュの怒りはすでに落ち着き、私と酒を飲みながら談笑をしている。

 シュウは机の下でめそめそと泣き、ときどき嗚咽が聞こえてくる。

 

『俺の生き甲斐がぁ……』

 

 また聞こえてきた。

 やれやれいつまでしょぼくれてるんだか。

 もう一つの生き甲斐でもしてろよ。

 ほーら、目の前に女の子がいるぞ。

 じっくり観察しろ。

 

『ひぃっ』

 

 シュウを机の上に乗せると、みっともない悲鳴をこぼす。

 どうやらコキュがまだ怖いらしい。

 

「ふふふぅ〜、食べちゃいますよ〜」

 

 コキュが冗談交じりにおどす。

 さすがに彼女も酔ってきているようだ。

 机の上には空になった酒瓶が何本も屹立している。

 

『俺の心はぼろぼろだよ。これは胸に挟んでぱふぱふしてもらわないと癒えないな』

 

 なんだ冗談をいう元気が残っているじゃないか。

 

「いいですよ。して差し上げましょうか?」

『わぁいいの。うれしいなぁ〜』

 

 冗談にのるとつけ上がるからやめてくれ。

 

「でも、タダではできませんね〜」

『ぱふぱふしてくれるなら、おじちゃん寄付金五割までアップしちゃうぞ〜』

「ふふっ、いいでしょう。約束ですよ」

 

 彼女はそう言って、シュウに手をかける。

 

『おろ』

 

 片方の手で服の胸元を引っ張る。

 そして、できた隙間にそのままシュウをすっぽり入れた。

 

『ふぁっ! へっ! えっ! みゃ! ふぃ!』

 

 胸の谷間で挟み込むと、シュウから手を離し、胸を両手で揺らす。

 

「ぱふぱふですよ〜」

『※◎〃☆? ■@&!』

 

 さすがの私も絶句した。

 シュウはもはや何を言ってるのか聞き取れない。

 そもそも私にはぱふぱふの意味すらわかっていなかった。

 私はまだ、子供だったのだ――。

 

「はい、おしまいです。じゃあ、五割お願いしますね〜」

 

 再度、机の上に置かれたシュウは完全にかたまっている。

 おい大丈夫か? 生きてるか? 呼吸してるか? してないか。

 

『夢を、見ていました……。なにやら柔らかく温かい夢でした。πはぶるんと揺れたよ』

 

 いや、夢じゃない。それ現実だったよ。

 そりゃ揺れるよ。大きいんだもん。

 

 コキュは新しく持ってきていたジョッキに酒を注いでいく。

 彼女にとって先ほどのことはさほどたいしたことでもないようだ。

 

「親離れできていない子もいます。これくらいはなんともありませんよ」

 

 さすがシスターは格が違った。

 思わず感服してしまう。

 

『おねショタとかうらやましすぎんだろ。訴訟ものだよ!』

 

 シュウはようやく現実に戻ってきたようだ。

 よくわからんことをきちんと話している。

 

『あの、シスターコキュ……』

 

 シュウがおずおずと名前を口にする。

 コキュは何でしょうかと首をわずかに傾ける。

 

『えっと、あの、そのですね……』

 

 はっきりとしない口調でもじもじしている。

 気持ち悪いな。

 

「うふふっ、もう一度ですか?」

『はっ、はいっ』

「あらあら、まあまあ。おませさんですねぇ。私は安くないですよ」

『六、いや、七割でもいいのでお願いしますっ』

 

 あまりにも必死すぎて私はひいた。

 しかし、コキュは落ち着いたものだ。

 わかりました、と言うと先ほどと同様にシュウを手に持つ。

 

『ふぁ』

 

 小さい悲鳴を上げ、同じように谷間に挟まれる。

 

『ふわわっ、やーらかい。やーらかいよぉ。あったかいなりぃ』

 

 今度はきちんとクソみたいな感情をさらけだしている。

 だが、楽しいときというものあっという間に過ぎていく。

 

「はい、おしまい」

『あっ……』

 

 コキュは容赦なく終了を告げ、シュウは名残惜しそうな声を残す。

 彼女はシュウを谷間から抜き取る直前で手を止めた。

 

「満足でしたか?」

 

 さながら耳元で囁くように、彼女はシュウに息を吹きかける。

 

『ふゃぁ、あのシスター。も、もう一度だけぱふぱふをば……』

「ぱふぱふだけでいいんですかぁ」

 

 彼女は挑発的に頬をシュウにつける。

 

『えっ、あのそれってどうい――ふぁ!』

 

 ねばっこい糸をひいた妖艶な舌がシュウを這う。

 

「それ以上、試してみたくないですか?」

『そ、そそそれ、それ以上……。た、試してみたいですぅ!』

「そうですかぁ。ふふっ、九割五分になりますけど大丈夫です?」

『はひぃ、自分は、だ、だい、大丈夫でありますっ!』

「まぁまぁまぁ……。良い返事です」

 

 ――それでは。

 そう言って彼女はシュウを再び下ろしていく。

 そのまま胸を通過させ、さらに降下。

 

『えっ、えっ』

 

 ついに服の裾を越える。

 片手でボトムを引っ張り、その中へシュウを入れていく。

 シュウはもはや何も言わない。

 いったい奴が何を見て、何を思っているのか。

 それは私に知るよしもない。

 知りたくもない。

 

「えいっ」

 

 かけ声とともにコキュは股を閉じた。

 

『――!』

 

 声なき絶叫がこだまする。

 今このときをもって二代目プロ童帝は事切れた。

 

 初めてシュウとの関係を外側から見ることができたように思える。

 剣と喋り戯れる人間が外からどう見られるのかということだ。

 相当危ない人種だった。以後、気をつけよう。

 ありがとうシスターコキュ。

 

 

 

 翌日になって、シュウはようやく言葉が話せるようになった。

 ギルドでコキュの口座にお金を振り込む手続きが終わったところである。

 

「はい。たしかに入金を確認しました。このまま営造の指定依頼を出そうと思います」

『うん。それがいいよ。僕も子供たちにはよりよい環境でのびのびと育って欲しいと思っていたからね。先ほど教えた建築業者がお勧めだ。誠実で仕事も速く、懇切丁寧。ネクタリスに特殊電報を送っておいたから、二十日もすれば来てくれると思う。施設については彼に一任して間違いないよ』

 

 シュウは昨日とまるで異なる意見を展開している。

 一人称は俺から僕に変わり、口調も穏やかだ。

 これはこれで気持ち悪い。

 

『それじゃあ、シスターコキュ。困ったらいつでもご連絡を』

「あらあら、ありがとうございます。メルさんも、また遊びに来てください」

 

 おう、またな。

 

 こんな感じの軽いノリでそのままハナツメの町を発った。

 

『さあ、行こうかメル姐さん』

 

 口調が爽やかですこぶる気持ち悪いが、すぐ元に戻るだろう。

 

 

 今回、私はこの町で一つの摂理を学んだ。

 シュウの言っていたあの言葉はきっと正しい。

 そう、すなわち――

 

 

 

 ピンクは淫乱。


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