チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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蛇足06話「復讐するは彼にあり」

 公都セルニアに到着して三日が経った。

 未だ目的の上級ダンジョン――ウェルミス監獄に挑戦できずいる。

 

 ウェルミス監獄が冒険者ギルドの管轄にないためだ。

 一年前ほどに管理がギルドからセルニアに移ったらしい。

 そのため、セルニア公都の関係者以外立ち入り禁止である。

 

 監獄という名のとおり罪人を押し込めておく場として使われていると聞く。

 ぼろ衣と錆びた剣、灯りに食料少々を持たされての投獄らしい。

 入り口も閉じるため、実質は死刑と変わりない。

 

 管理権限がギルドにないダンジョンというのはかなり珍しい。

 そんな訳でかどうかは知らないが、冒険者の間でもたびたび噂が聞こえてくる。

 ネクタリスでも、土木作業に勤しんでいると近くにいた奴らがぺちゃくちゃ話しているのを聞いた。

 だいたい一人でいるから、他人の会話がよく耳に入るのだ。

 話を聞いた瞬間、私は強い想いに駆られた。

 絶対に挑まなくてはならない――と。

 

『なんか自虐が聞こえた気がした……』

 

 思い立ったら即行動。

 シュウに聞けば、『子爵に推薦状をしたためてもらえ』と話す。

 ぼんやりお茶を飲んでいたところに押し入って、速やかに一筆書いて頂いた。

 念のため、ネクタリスのギルド支配人の推薦状も手に入れている。

 セルニアの冒険者ギルドの支配人からも推薦状をもらった。

 一昨日、セルニア側に書状諸々を提出した。

 

 

 

 二日ほどセルニアの都をぶらついていた。

 先ほどようやく宿に迎えが来て、ものものしい建物に連れて行かれた。

 その一室に案内され、お偉いさんの前に立っている。

 

「極限冒険者メル。ウェルミス監獄の入場を許可する」

 

 整った髭を弄りながら初老の男は告げた。

 どうやら許可はあっさり下りたようだ。

 

「明日の朝、鐘二つ頃に宿の前で待て。こちらの用意した馬車で送ることになる」

 

 明日か。

 今からでもよかったんだが、さすがに無理か。

 

「諸注意をあげる。まず第一点。携行は武具一式。それに袋一つとその内容品まで許可する」

 

 おっと、思ったよりも譲歩してもらえている。

 最悪、剣一本の持ち込みしか不可かと思っていたがかなり緩い。

 

 やはり塩の効果だろうか……。

 セルニア側にはネクタリスで手に入れた塩も贈っておいた。

 アヴァール公爵が食通で、ネクタリスの天日塩を好んでいると噂で聞いたためだ。

 近頃は海が荒れていたせいか、塩は金を払っても手に入りづらくなっており良い献上品になる。

 推薦状だけじゃ甘いかもと、シュウの助言を受けて手に入れておいた。

 

 塩を手に入れるのは大変だった。

 本当に数が少なく、どこへ行っても売ってない。

 馬鹿はソルトアウトだか言って笑っていたが、なにがおもしろいのかよくわからない。

 もう諦めようかと思ったとき。たまたま声をかけてきた商人に、「塩があるか」と尋ねたところ持っていたため売ってもらった。

 ちなみに全部はもったいないので半分は手元に残している。

 味付けに便利なのだ。

 

「二点目。監獄への入場を確認次第、入り口を閉鎖する。正確には後戻りを禁ずる」

 

 これは仕方ない。

 いちおう監獄だ。囚人が出たらいかんだろうしな。

 入り口を塞がれても、ボスを倒して出口から抜ければ良いだけの話だ。

 

「三点目。監獄内で囚人との不用意な接触を禁ずる」

 

 生きていればの話だが、と男は付け加えた。

 

「最後に監獄内での怪我や死亡の責任は全て極限級冒険者メルにあるとする。よろしいか?」

 

 ダンジョンに入る以上、怪我や死なんて覚悟の上。

 緊張感のないダンジョン攻略ほどつまらないものはない。

 命の危険はなくとも、常に何かを発見しようと周囲に気を張る必要がある。

 

 ――故に、私はこう答えるしかない。

 

「当たり前だ」

 

 こうしてウェルミス監獄の挑戦が確定した。

 

『気を張るのは主に俺なんですが、そこんところどうなんでしょう?』

 

 私も十分すぎるほど気を張ってるよ。

 お前が私よりほんのちょっと先に気付くだけだよ。

 

『まぁ、いいだろう。そういうことにしておいてやろうか』

 

 何様だぁ、こいつはよぉ……。

 あとで臭そうなおっさんに刀身を擦りつけてやる。

 

 

 

 建物から出たところで、馬車からおりる豚親父を見つけた。

 額からにじみ出る汗、豪奢な服でも隠しきれないお腹、荒ぶる呼吸。

 よく脂がのっている。渡りに船とはまさにこのことだ。

 さっそくべったりとくっつけてやる。

 

『待った! やめてっ! マジ○チ! あまりにも非人道的な行いだ! こんなことが許されて良いものなのか!?』

 

 今さら命乞いをしても遅い。

 すでに私の足はあの豚に向かっている。

 それにお前は人じゃあないから全然問題ない。

 

『いやぁ! ちょっ! ――左に飛んでっ!』

 

 必死な叫び声が、真剣なものに変わった。

 必死と真剣で似たような響きだが、わずかに異なる。

 シュウ自身の危機ではなく、私に危険が迫ったときの声であった。

 左に飛べということは右に何かがあるということだ。

 ついつい右にちらりと目を移す。

 

 ――人が立っていた。

 しかも、そいつは手に鈍く光る得物を振り上げている。

 

 とっさに動けず、振り下ろされた得物をシュウで受け止める。

 人間相手とあって、さほど重みはない。

 軽く弾くことができた。

 

『おお、ナイスパリィ。さすがの生存本能だ。まあ、これくらいなら当たっても大丈夫だったね』

 

 たしかに今の私なら、人間の攻撃程度では軽傷で済むだろう。

 それでもやはり刃物を見れば危険を感じてしまうものだ。

 

『問題はこのあとだよね……』

 

 相手の人間――無精髭をたずさえた男は素早く距離を取った。

 豚男の前に立ちふさがり、斧を構える。

 

「なにごとだ!」

「くせ者だ!」

『臭い!』

 

 周囲から多くの兵士が集まってくる。

 どさくさにまぎれてなに言ってんだ、テメェは。

 

「閣下をお守りしろ!」

 

 やばい、やばいぞ……!

 なんかお偉いさんだったみたいだ。

 ど、どどど、どうしよっか?

 皆殺しにするべきか?

 

『まだだ、まだ魔王になる時間じゃない。最悪、逃げりゃいいんだからさ。とりあえず片膝着いて、顔も伏せて。そんでもって俺に続いて復唱、できるだけ大きな声でね』

 

 お、おう。

 言われたとおり膝を着き、顔を伏せる。

 

『閣下! この度はウェルミス監獄の入場許可! まことにありがとうございます!』

 

 シュウの台詞を大声で復唱する。

 大きな声で言ったためか、周囲の兵士もひるみ足が止まる。

 

『是非とも御礼申し上げたいと思っていたところ――まさに閣下を視界に捉え、逸る気持ちを抑えることもできず足が動いてしまいました』

 

 またしても復唱。

 

「お? お、おお……。まさか、お主、例の冒険者か? たしかメルとかいう」

 

 わずかな間のあとに下卑た声が漏れる。

 一瞬、シュウかと思ってしまった。

 

『ハッ! メルでございます! 閣下に名を覚えてもらえているとは光栄の至り!』

 

 こんな大声でしゃべり続けたのは初めてかもしれない。

 喉が痛くなってきた。

 

「おぉ! おおぉ! お主の持ってきた天日塩は良かった! 久方ぶりに舌を鳴らすことができたぞ!」

 

 大絶賛である。

 どうやらあの塩を送っておいて正解だったようだ。

 

『おお! それは私にとっても重畳。……実はまだ幾らか手持ちがあります。この度の騒ぎの贖いとして納めて頂けないでしょうか?」

 

 提案に対する返答はすぐだった。

 

「なに?! まだ塩があると言うのか! よいぞ! 出すが良い!」

『ほら、メル姐さん。塩出して。これは復唱しないでよ』

 

 開きかけた口を閉じ、手を腰の巾着に伸ばして、中から塩の入った小袋を取り出す。

 わずかな重みを手のひらにのせ、そのまま豚男に差し出した。

 すぐに、近くの人間が小袋を取り、豚男に運ぶ。

 

「おお! なんと……まだこんなにも! 素晴らしいぞ!」

 

 鼻息も荒くして豚男は歓喜の声を上げる。

 もったいないとは思いつつも、これで事態が解決できるなら安いものだ。

 

「何をしている?!」

 

 突如、豚男は怒鳴り散らす。

 な、なに? またなんかやってしまったか!?

 

「彼女は余の――アヴァールの客人なのだぞ! 貴様らはいつまで切っ先を向けているのだ!」

 

 周囲の兵士が慌てて武器を引いていくのが横目に見えた。

 アヴァール、さすがの私も覚えている。

 この地方を治める公爵だ。

 

「メルと言ったな。楽にするがいい。其方は余の客人だ」

 

 わぁ、客人だってよ。

 豚男に客人扱いされても嬉しくない。

 でも、公爵だからいいのか……。

 

「おい、ブロー! 余の声が聞こえなかったのか! いつまでそれを構えておるのだ!」

 

 兵士たちの中で斧をまだ構えている男がいた。

 無表情な彼はブローというらしい。

 一番最初に私を襲った奴だ。

 

『その言い方だと、メル姐さんが無実みたいに聞こえる。ブローさんかわいそう。とんだとばっちりだ』

 

 細けぇことはいいんだよ。

 でも、ブローがかわいそうなのは同意する。

 

 彼は何も言わず、ゆっくりと斧を下ろす。

 下ろした後も何も言わず、公爵の方を見ることすらしなかった。

 

「なんだその態度は! この殺人鬼め! そんなに人が殺したかったのか貴様は!」

 

 殺人鬼?

 

「こいつは処刑隊の長でな。人殺しが趣味なのだ。腕だけは――」

「閣下! これはいったいどうされましたか?!」

 

 建物の入り口から口ひげを蓄えた男が走ってくる。

 先ほど、私にウェルミス監獄の入場許可を告げたお偉いさんだった。

 

「トライゾン! 今になって出てくるとはどういうことだ!」

 

 豚が頬に付けた脂肪を揺らして激怒する。

 口ひげを生やしたトライゾンなる人物は落ち着いている。

 

「まさか閣下がここに来られるとは思ってもみませんでしたので……」

「言い訳はいい! ブローも貴様も有能だからこそ、今でも使ってやっているのだ! わかっているのか?!」

 

 今でもってどういうこと……でしょうか?

 

「こやつらは一年前にオネットを裏切ったのだ!」

 

 オネットも聞いた名だ。

 一年前まで公爵をしていたという。

 なんか悪いことをして、処刑されたとか。

 裏切ったということはこの二人はそのオネットに仕えていたということだろう。

 

「オネット亡き後も貴様らを使っているのは、余の寛大な処置だということを忘れるな! おぉ! 貴様らの顔を見たら、気分が悪くなった。余は帰るぞ!」

 

 豚男はそう言うと馬車に乗り込み、そのまま行ってしまった。

 

『置いて行かれる客人ってどうなのよ』

 

 ブローも馬車が消え去ると、何も言わずに歩き去った。

 

「よくわかりませんが、申し訳ありません」

 

 トライゾンと呼ばれていた髭男が軽く頭を下げる。

 そりゃよくわからないだろう。

 

 いや、気にしないでくれ。

 こっちも面倒ごとが去ってくれてよかった。

 

「そうですか」

 

 そうなんです。

 こんな感じで私は宿に戻ることにした。

 

 

 

 宿への帰り道、人通りの少ない道を歩いていたところ呼び止められた。

 振り返るとそこには無愛想な仮面をつけた男が一人。

 服もぶかぶかのものを着ている。

 男と判断したのは声が太かったからだ。

 

「メル殿。どうか依頼を受けて頂きたい」

 

 またか……。

 実はセルニアについてからすでに何回か依頼が来ている。

 これで何度目だろうか。

 

『五回目だね』

 

 そうだ。

 あんたらもしつこいな。

 五回も訪ねてくるなんて。

 

「いえ。これで四度目です」

 

 おいコラ。

 四回目じゃねぇか。

 なに平然と嘘いってんだ。

 

『はて……?』

「それで依頼なのですが――」

 

 ウェルミス監獄である人物が生きていれば、助け出して頂きたい――か?

 

「そのとおりです」

 

 仮面の男は首を縦に振り肯定する。

 さすがの私でも同じ内容を四度も聞かされ覚えてしまった。

 しかも、最初の依頼は「ある人物いるので連れ出して欲しい」と生きていることが確定だったのに対し、次は「生きていれば」。

 さらにその次は「きっと生きている」、「おそらく生きている」と徐々に自信がなくなってきている。

 

『やっぱ五回じゃん……』

 

 昨日まではそもそもウェルミス監獄に入れるかどうかもわからないので断っていた。

 今は入れることがわかったが、依頼を受けるのは問題がある。

 監獄内での不用意な接触は避けるよう言われている。

 

『おお……、覚えてたんだ。ほんとダンジョンに関しては記憶力が人並みになるね!』

 

 まあな。

 そんな訳で依頼を受けることはできない。

 

「いえ、お待ちください。その件なら大丈夫です」

『まあ、そうだろうね』

 

 ん? そうなのか?

 

「ええ。そもそもセルニア側は監獄内を把握している訳ではありません。メル殿が誰かと接触しても外部からはわかりません。それに出口に警備を配置していませんから、誰かと出たとしてもやはりセルニア側が確認することはできないのです」

 

 ふぅん、そうなのか。

 ダンジョンの出口側には人がいないのか。

 

「メル殿。上級ダンジョンのボスは、剣だけで倒せるほど甘いものでしょうか?」

 

 それもそうか。倒せるはずがない。

 パーティーリングもないならソロで挑むことになる。

 ボスが何かは知らないが、ぼろい剣だけで勝つことできないだろう。

 たとえ卑怯な手段でも使わない限りは……。

 

「左様でございます。パーティーリングも三つほど用意しております。どうか依頼を受けてもらえないでしょうか?」

 

 うーん……。

 どうしようかな。

 シュウを小突いてみる。

 

『監獄に入るに当たっての諸注意にさ。攻略したあと、どうしろって言われてないよね』

 

 制覇したあと?

 いきなり何を言い出すんだ、こいつは。

 

『おかしくない? いちおう監獄だよ。出てくる可能性のある囚人がどうのとか、制覇した場合のドロップアイテムについての取り扱いが話に出てこなかった』

 

 そういやそうだったな。

 で、それが何だというんだ?

 

『クリアできると思われてないんだよ』

 

 ほう、私では攻略できないと思われている訳か。

 

『もう少し言うなら――』

「仰るとおりです。セルニア側はメル殿ではクリアできないと思っています。しかし、メル殿は極限級冒険者。十二分に攻略は可能だと考えております」

 

 いやぁ、それほどでは……。

 

『こら。すぐおだてに乗らない』

 

 いいじゃん別に。

 素直に受け取ることが大切。

 

 いいだろう。受けよう。

 どうせクリアできると思われてないなら、他の人間が二、三人出てきたとしても変わらん。

 

『いや、変わるでしょう』

「おお! ありがとうございます! それで報酬なのですが、まずは前金で……」

 

 お金はやめてくれ。

 もう馬鹿みたいにあるんだ。

 おもしろい物や情報とかはないか?

 

「……あります。それも、とびきりのものが―」

 

 仮面男はわずかに逡巡したあと、確固とした自信を漂わせながら口にする。

 

 ほう。

 聞こうか。

 

「来月終わりにアヴァール公爵の生誕祭がセルニアの町全体を挙げて行われます。ご存じでしょうか?」

 

 ああ、なんか派手にやるらしいな。

 それがどうかしたのか。

 

「おっと、その前にメル殿はそれに参加されますか?」

 

 いや、どうだろう。

 普段ならさっさと町を出るが、今回はいったんネクタリスに戻ってまた来るし。

 

『大丈夫じゃないかな。ちょうどネクタリスに戻って、こっちに帰ってくる頃だよ』

 

 そうか。

 こいつが言うならそうなんだろう。

 参加するかもしれないが、人が多いなら離れて見るかな。

 

「よろしい。実によろしい。大変おもしろい見世物があります。その特等席をご用意できるでしょう」

 

 よくわからんが、なんだかおもしろそうだな。

 

「ただし、全ては目的の人物が生きていればですが……」

 

 そうそう。

 それだ。ある人物って誰なんだ?

 ずっともったいつけたように「依頼を受けてくださったときに話します」だ。

 もう話してくれてもいいだろう。

 

「……連れ出して頂きたい人物は――」

 

 男は声を一段と落とし、私にぎりぎり聞こえる声でその名を告げた。

 口にした名を聞いた私は首を捻らざるを得なかった。

 

 

 

 翌日、時間通り馬車が宿へ迎えに来た。

 

 御者の他に兵士が二人ついている。

 片方は昨日、とんだとばっちりを受けたブローだった。

 ぼさぼさの髪に加え、無精髭、無愛想、無言の三点を揃えている。

 

 もう片方の兵士が指示を発する。

 指示と言ってもかなり砕けた調子だ。

 罪人ではなくいちおう客人として扱われているらしい。

 

 彼らは処刑隊とかいう部隊に属しているようだ。

 ぶっそうな名前だが要するに罪人の管理を担う集団だと話す。

 管理も、捕まえるところから最終的に刑を執行するところまで幅広く受け持つらしい。

 アヴァール公爵子飼いの騎士団もあるが、名と見た目ばかりであまり機能していないそうだ。

 以前より人員も減少し、騎士団は碌に仕事をしないので人手が足りないと言う。

 

 

 

 そんなこんなと話を聞いているうちに馬車が減速した。

 どうやらそろそろ到着するみたいだ。

 

 柵を数回ほど抜け、いよいよ馬車は止まった。

 

「着きました。降りてください」

 

 言われたとおり馬車を降りる。

 

 目の前には洞穴があった。

 入り口に立っていた二人の兵士が道を開ける。

 なにか仰々しい鉄柵でも付けているのかと思ったがよく見る洞穴だ。

 外の明るさとは打って変わって中は薄暗く奥が見通せない。

 普通に中から出られそうな雰囲気だがどうなんだろう。

 

 兵士の一人が片手に灯り、もう片方に剣を持って先導する。

 間に私を置き、後ろにはブローも片手に灯り、もう片方に斧を構え続く。

 今のところモンスターは一体も出てきていない。

 奥に行くほど地面は湿り、足が少し埋まる。

 

 入り口から差し込む光も見えなくなったところで行き止まりにたどり着いた。

 行き止まりだと思ったがよく見ると足下に大きな穴が空いている。

 

「ここから降りてもらいます。本来は武器と灯り、数日分の食料だけ与えて蹴り落とすのですが、今回は途中までこれで降りてもらいます」

 

 兵士はそう言って腰を屈め、道ばたにあった縄ばしごを手に取る。

 

 めんどくさいな。

 蹴り落とすってことはそんなに高くないんだろう。

 飛び降りようかな。

 

「構いませんよ。想像通り高低差はさほどありません。下も泥になっているため、よほど打ち所が悪くない限り怪我もしないでしょう」

 

 ……高さがないなら這い上がってくる奴がいるんじゃないのか?

 

「いえ、不可能です。お気づきでしょうが、地面も壁もぬめりがあり大変滑りやすくなっています。さらに、この縦穴は内側に反っているため這い上がることはできません」

 

 なるほどな。

 しんどそうだ。

 でも、不可能ってほどじゃないだろ。

 

「現地点では滅多に確認されませんが、すぐ下にはモンスターも出現します。入り口付近ではさほど数はいませんが、それでも上級モンスターです。壁を這って襲いかかって来ますので、やはり不可能かと」

 

 ぬめる壁を這い上がるため両手は塞がり、そこを上級モンスターが襲う。

 たしかによじ登っての脱出は無理そうだ。

 

「引き返しても問題ありませんよ。通常は落とすところまでが仕事ですが、今回は送り届けるところまでですので」

 

 そうか。

 お仕事ご苦労さん。

 そこまで言われると引き返せないな。

 

「……そうですか。幸運をお祈りします」

 

 兵士は私に灯りを差し出す。

 おう、と灯りを受け取り横を見るとブローもこちらを見ている。

 もちろん無言だ。

 こちらをじっと見ているが、何も言わないため何もわからない。

 彼なりに心配してくれているのだろうか。

 

『だいたいあってる。「大丈夫だ。問題ない」とでも言っとけばいい』

 

 大丈夫だ。問題ない。

『――メルはキメ顔でそう言った』

 

 シュウの言うとおり発言してみる。

 ブローは何も言わず、背を向けて入り口に引き返していった。

 何だったのだろうか。はっきり言ってくれればいいのに。

 

「外でしばらく待ちます。やっぱりやめる場合はお戻りください」

 

 説明役の兵士もそれだけ残し、慌ててブローを追いかける。

 すぐに私だけが取り残された。

 

 待ってくれているようだが無用な気遣いだ。

 優しすぎて嘔吐が出る。

 

「行くぞ、クソ野郎」

『おうよ、クサ女郎』

 

 シュウを思い切り蹴飛ばし、私は縦穴に飛び込んだ。

 

 

 

 着地に失敗した。

 

『……なんで飛び込んだの? 普通に足から落ちればよかったでしょ?』

 

 返す言葉もない。

 体を横にしたまま、泥に落ちた。

 松明は泥に埋もれて明かりを失った。

 顔と手についた泥を払い、視界を確保する。

 すでにシュウがチートを選択しているようで視界は良好だ。

 

 今回ばかりは私も恥ずかしい。

 シュウも呆れかえって、もはや何も言ってこない。

 黙られるとかえって自分の馬鹿さ加減が浮き彫りになって悲しくなる。

 

 

 気を取り直してウェルミス監獄だ。

 昨年まではギルドの管轄だったため、情報を売ってもらっておいた。

 ミミズの抜け道と呼ばれていたこともあり、構造は非常に単純。

 なんと入り口から出口までほぼ一本道である。

 そのため迷うことはない。

 

 小さな脇道もあるにはあるようだが、すぐ行き止まりに達する。

 大きな道を突き進んでいけば、ボスにたどり着ける。

 ただしモンスターに出会うと逃げることも難しい。

 前後で挟まれて死ぬケースが多かったようだ。

 

 罠も少ないため、注意すべきはやはりモンスターに集約される。

 出てくるモンスターの種類はほぼ全て虫となっている。

 ミミズ、蛭、、蛆、ダンゴムシの大きなものだ

 それぞれでさらに細かく種類が分かれているそうだ。

 奥に進めば進むほど数も増え、リポップの間隔も短くなる。

 その上、一部の虫たちが蠅や虻といった成虫になり空中から襲ってくるらしい。

 

 ――と、いろいろ述べたがほとんど問題はない。

 基本的に個体はそれぞれ非常に弱く、一撃で仕留められる。

 数は多いが、状態異常の伝染で簡単に倒れていく。

 こちらは状態異常も効かないから怖くない。

 さらに罠もないから楽に進める。

 

 泥で足をとられ歩きづらいのと、天井から落ちてくる敵に注意するのみだ。

 

 

 

 泥を足でかき分け、敵をシュウでかき消していく。順調、順調。

 そこそこ長いようだがこのペースなら夕方までにクリアできるのではなかろうか。

 

『依頼、覚えてる?』

 

 シュウが話しかけてくる。

 進行作業も飽きてきたので、ちょうどよかった。

 

 覚えてるぞ。

 人がいれば一緒に出てくれって話だろ。

 でも、こんなところで生きていくことなんてできっこないだろ。

 モンスターもうじゃうじゃいるし、足下も泥だらけ、食料も明かりもない。

 

『でも、生きてるみたいよ。すごいね、人体』

 

 なに?

 

『右前方の横道。見ればわかるけど、こっちを伺ってる』

 

 言葉に従い目を向けると、横穴から人の頭が出ていた。

 誰だ?

 

「そちらこそ何者だ?」

 

 どうやら聞こえていたらしく、あちらも聞き返してきた。

 しかたない。こちらから答えよう。

 

 メルだ。

 

「……誰だ?」

『もうちょっとさぁ。ちゃんと名乗りなよ。ほら、ご自慢の「極限級冒険者だ」ってドヤ顔で』

 

 冒険者をやっている。

 ウェルミス監獄を攻略しに来た。

 要請を出して特別に入れてもらったんだ。

 

 なんか恥ずかしくなり、普通に名乗ることにした。

 ついでに目的も言っておく。

 

「馬鹿な。自ら落とされたというのか」

『物わかりが良いね。ほんと馬鹿なんだよ。公爵には突っ走るし、穴には飛び込む。ほうとうイエーじゃないんだから……』

 

 よくわからんけど、うっせ。

 で、そっちは誰だ?

 

「生き残りだ。中には――」

 

 オネット元公爵もいるのか?

 

「…………そうだ」

 

 横穴を振り返り、そこにいる誰かを伺った後、こちらの質問に肯定を示した。

 

 うわぁ、ほんとに生きてたのか。

 

 しつこい依頼人が助けて欲しいと挙げた名は「オネット」だ。

 オネットは一年前までセルニアとその周辺を治めていた公爵様である。

 がいかん罪? とかいうので、ここに収容されていたらしい。実質は死刑だろう。

 

 まぁ、生きているなら仕方ない。

 オネットをダンジョンから出してくれと依頼を受けている。

 

「……こちらに来い。閣下が話を聞くと仰っている」

 

 はあ、そうですか。

 

 そんな訳で話を聞くことになった。

 

 

 

 男に従い横道に入り、さらに石を削った横穴を奥へと進む。

 

 開けた場所に出た。

 開けたと言っても、中腰がやっとなほどの高さだ。

 そこには五人ほど座っていた。案内の男も含めて六人か。

 中心には小さな灯りが点り、それぞれの顔をうっすらと照らし出している。

 誰も彼もぼろぼろな服を身に纏い、顔も手足も明らかに泥まみれで区別がつかない。

 

「お連れしました」

 

 案内の男が告げると一番奥にいた人物が頷く。

 きっとこいつがオネットなのだろう。

 

「メル殿でしたか。ようこそ地獄へ」

 

 元公爵は言葉と裏腹に良く通る声で私を歓迎してくれた。

 泥まみれだがかなり若い。まだ三十路を越えてないんじゃないだろうか。

 

 

 この横穴にはモンスターも入ってこず、安全に過ごすことができるようだ。

 ダンジョンには往々にして安全なスポットというものがある。

 どうやらここがその場所に当たるらしい。

 

 ここを利用して約一年間過ごしてきたようだ。

 過去の冒険者の遺品を利用しモンスターを倒し、ドロップアイテムで飲食を行う。

 剣だけではなく、杖や斧まで揃っている。

 少なくとも火がついているから、火属性魔法を使える奴がいるな。

 

 そんなことはどうでもいいから早く出ようと提案したが、彼らは話を続ける。

 公爵は黙って話の成り行きを見ている。

 

「一番多いときには二十人を越えていました。そして、奥へと進み脱出を試みたのです」

『駄目だろうね』

 

 そりゃここにいるってことはそうなんだろう。

 

『いや、そうじゃなくて――』

「道が途中でふさがっていました」

 

 シュウは『やっぱりかぁー』と暢気に言っている。

 

「自然に崩れた訳ではなく、魔法で崩されたと考えられます」

 

 脱出できないように誰かが道を閉じたってことか?

 

「はい、その通りです」

『まぁ、そう考えることもできるね……。どっちにしろセルニア側がクリアできないって前提で話してたのは、これを知ってたからでしょ』

 

 途中が行き止まりで、入り口からも戻れないならクリア不可能か。

 

 その後も崩れた土砂をどけようとやってきたようだが、駄目だったらしい。

 作業中モンスターに襲われ、土砂がさらに崩れ人が埋まり数はいよいよ二桁を切った。

 加えて、ある時期からモンスターが凶暴化して、人数はさらに減ってとうとう六人になったようだ。

 

『六人かぁ……。こんなもんなのかな』

 

 そうか?

 私は一人もいないと思っていたから多いくらいだ。

 

『思い出して。依頼人からパーティーリングもらったでしょ』

 

 うむ。

 ちゃんと持ってきてるぞ。

 

『いや、そうじゃなくてね。もらった数だよ。三つだったでしょ。公爵で一つ。あと二つ分必要があるって依頼人は考えてたってこと』

 

 ……うん、つまり?

 

『公爵を助けるため、手練れを二人はここに送り込んでるってこと』

 

 おぉ、なるへそ。

 でも公爵以外に五人いるぞ。

 誰か知らんが三人はたまたま生き残った人物ってことか。

 たしかに生き残った五人はみな精悍で、一般人には見えないからな。

 

『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない』

 

 はっきりしない奴だ。

 それで、この後どうするんだ?

 まず道を塞ぐ土砂をどうにかしなければならないだろう。

 その後はボスだ。全員で挑むにはパーティーリングが三つ足りない。

 

「パーティーリングは大丈夫です。いくつか落ちていましたので、それを利用しましょう。ボス戦も問題ですが、ひとまずは……」

 

 土砂だな。

 おい、卑怯者。

 出番だぞ。素敵な案を出すんだ。

 

『右手前のおっさんが杖持ってるから魔法使えるでしょ』

 

 聞いてみたところ火と風属性しか使えないようだ。

 そりゃ、そうだ。

 別の属性が使えるならとっくに使ってるだろう。

 

『大丈夫。こっちでポイント振って都合の良い魔法を使えるようにしとくから、土砂は彼にどうにかしてもらう。他の人は彼のお守り』

 

 そうなのか。

 聞いた感じ土砂の量が多そうだけど大丈夫だろうか。

 

『彼の魔力次第だね。無理そうなら、ゲロゴンブレスを使う。こっちは危険すぎるからできれば使わない』

 

 ゲロゴンのスキルは外で使う分にはたいへん便利だが、狭いところでは危険すぎる。

 加減がいっさいできないからな。

 よし、じゃあそれでいこう。

 

 さっそくパーティー登録する。

 シュウを紹介すると一様に驚いて見せた。

 そうだよな。普通は驚くよな。よかったよかった。

 口外無用と念を押しておいた。

 オネット元公爵もなんか我が名にかけて口外しないと誓うだの言ってたから大丈夫だろう。

 

 出現した剣士専用スキル、斧使い専用スキル、魔法使い専用スキルを選択。

 状態異常が効かないことや各専用スキルの説明を行った。

 ところでなんで私には剣士専用スキルがないの?

 

『えっ、剣士の才能がないからに決まってるじゃん』

 

 馬鹿言うなよ、とあっけらかんと答えられた。

 

『逃げ足の無敵スキルがあるからいいじゃない!』

 

 なぐさめているつもりだろうか。

 ……そんなわけないか。

 馬鹿にしてるな。

 私にはなんの専用スキルもないからな。

 

『いやいや、あるじゃん。毒とか麻痺は盗人専用スキルでしょ』

 

 えっ! なにそれ!?

 

『あれ? 言わなかったっけ。状態異常付与関連は全部そうだよ。耐性は違うけど』

 

 そうだったの?

 私、盗人だったの?

 

『そりゃゴブリンから金を奪ってたんだもん』

 

 たしかにね。

 たしかにそうだけどさ――、

 

『待った。落ち込まないで。これでよかったと思うよ。剣士とか斧のスキルはソロに向いてない。射手と盗人スキルがベスト』

 

 そうなの?

 

『そうそう。複数体に囲まれたときに盗人スキルは非常に強い。わかるでしょ?』

 

 ……たしかにそうだ。

 各種状態異常の重複付与とそれを周囲にばらまく「伝染」。

 このスキルに何度も命を助けられた。

 

『ソロで挑む冒険者として「盗人」は最良のスキルだったんだよ!』

 

 なんと!

 冒険者べくして冒険者だったわけだな!

 

『そうだ!』

 

 おおっ!

 さすが私だな。

 そうか、そうだよな。

 ダンジョン大好きだからな!

 

『あー、めんどくせ……』

 

 なんか言った?

 

『いや、なにも』

 

 とまあ、こうして七人という大所帯でダンジョンを進むことになった!

 

『これがゲームだったら今ごろ右上に金色のトロフィーが出てるよ。「”三人以上でダンジョン攻略!”の実績を解除しました」ってさ』

 

 馬鹿にされている気がするが、うきうきなので気にしない。

 以前から大所帯でのダンジョン攻略に憧れていたのだ。

 各人が自分の役割を持って奥へと進んでいく。

 前衛が敵を抑え、後衛は詠唱や掩護射撃。

 互いに情報を飛ばし、集団でありながら一つの個として動く。

 

 夢見たパーティー攻略が! 

 まさに今ここからっ!! 

 始まるんだぁっ!!!

 

 

 

『わかってたけど、始まらないよね……』

 

 始まらなかった。

 パーティーは六人と一人に分かれた。

 なんだろう……、すごい……、これまでにない孤独感を覚える。

 七人パーティーでありながらのソロ攻略。

 どうしてこうなった。

 

『差がありすぎるんだ』

 

 他の六人はすでに役割をもって動いている。

 公爵と魔法使いを守るように前後左右を剣士と斧使いが固める。

 この隙のない陣形よ。無論、私の入り込む余地はない。

 気付けば他六人から離れ、進路方向のモンスターを狩っていた。

 完全に露払い役である。

 

『これも役目と言えば役目だよね』

 

 私の望んだパーティー攻略じゃない……。

 でも、他の六人は極めて安全に進むことができている。

 現に目の前には第一目的の行き止まりがあった。

 

 魔法使いと公爵を土砂の側におき、扇状に彼らを固める。

 もちろん私は一人だけ浮いて、周囲のモンスターを遊撃していく。

 

 いくらか通してしまった敵もいるが、魔法使いへと達するまでに護衛役が倒してくれた。

 問題の土砂もやや上方に人が通れるほどの穴が空いている。

 なにあれ?

 

『土砂を崩れないように固めてから、中の石を崩してもらってる』

 

 不思議な光景だ。

 土砂中腹にアーチ状の通路が出来始めている。

 

『人が通れればいいからね。それも七人だけだから、必要最小限で済ませてる』

 

 しばらくして、ついに穴が開通した。

 

 私が一番槍として向こうのモンスターを倒すことになった。

 倒したと叫ぶと他の六人もすぐにこちらへと走ってくる。

 通行後は予定通り、モンスターの流入を防ぐため穴を塞いだ。

 そうだよ。私のしたかったパーティ攻略はこういうのなんだよ。

 

 私が一人満足していると、周囲の六人は第一関門を抜けた喜びを互いに分かち合っていた。

 別に喜ぶのは構わない。

 だが、今もモンスターを遊撃している人間がいることを忘れないで頂きたい。

 

『やっぱりか』

 

 なにがだ?

 私がソロってことか?

 ケンカ売ってるのか貴様は?

 

『違う。んなことわかりきってたでしょ。周囲を見て。モンスターの数が増えてる。それに成虫も出てきた』

 

 奥に目を移すと確かにモンスターの数が増えていた。

 さらに、ぶんぶんと音を立てて飛んでいるモンスターもいる。

 

 たしかにやっかいだけど、そこまで問題ないんじゃないか。

 近づいてくれば某スキルで落ちるだろうし、数が増えても個々は弱い。

 それよりも「わかりきってた」ってどういうことか説明してくれないかな?

 

『うーん、全部まとめると「あなたは何もわかってない!」かな』

 

 はぁ?

 

『さっさと行こう。元気なうちに攻略してしまいましょう』

 

 後ろの六人もシュウに続いたため、私は反論できなかった。

 これだから数の暴力は嫌いなんだ。

 

 

 

 上級ダンジョンというだけはある。

 モンスターの数がすごい。リポップの早さも尋常じゃない。

 それでも後ろの六人全員無事にここまでたどり着いた。

 

 目の前には大きな扉。ボス部屋だ。

 途中で休むこともできず一気にここまで駆け抜けた。

 さすがに疲れたのか、私を除く全員が息を切らしている。

 私も息を切らしていないだけで疲れはある。

 目立つほどではないというだけだ。

 

 さて、休憩がてらに作戦会議としよう。

 雑魚敵は簡単に蹴散らすことができたがボスは難しい。

 

『ギルドから聞いた情報だとボスはグランドワーム。名前通り大きなミミズ。こういうシンプルに大きいボスが多人数戦だと一番やっかいだね』

 

 そうだな。

 こっちには六人もいる。

 あくまで雑魚モンスターには戦えるというだけ。

 ボス戦では陣形を保つことも難しいだろう。

 元公爵を守るともなればなおさらだ。

 一度崩れれば脆い。

 

『策はある』

 

 やはり難問を切り開くのはこいつだった。

 

「シュウ殿。ご意見を聞かせてもらえないだろうか」

 

 オネットが口を開く。

 この元公爵はあまりパッとしない。

 なんだろう物腰はやわらかいが、偉そうな雰囲気があまりない。

 嫌いじゃないが、公爵として大丈夫なんだろうか?

 余計なお世話だろうが……。

 

『ミミズには目がない。でも、光を感じる視細胞が体表についてる。それに触覚があるから振動を感じてる』

 

 うん。

 だからなに?

 

『通常は光があれば暗い方に移動するけど、ボスの場合はおそらく光を消そうと襲ってくるはず。それに振動を察して震源に襲いかかると思う。おっと、皆さん気付いてきたね』

 

 話がよくわからないんだけど……。

 あと、なんで皆がこっちを見てくるのかもわからない。

 

『要するにね。メル姐さんが灯り持って一人で派手に暴れて、他の人は隅っこで何もせずジッとしてればいいってこと。おそらく、これが一番確実』

 

 ……そう。

 いやね、実は私もうすうす気付いてた。

 気付かないふりをしてきたんだ。

 だって、むなしいじゃない。

 七人でパーティー組むのにソロと同じって。

 

「メル殿……」

 

 いや、いい。

 同情はいらない。

 もう、いいんだよ。

 私も認めよう、現実を。

 

 だが、せめて……。

 せめて、これだけはやらせて欲しい。

 

「みんな! ボス戦がんばろう!」

 

 私は手のひらを前に出す。

 周囲も空気を読んで、手のひらを私に合わせてくる。

 六人が手を重ね合い、最後にオネット公爵が手を重ねる。

 

「エイ! エイ! オー!」

 

 全員の声が重なる。

 今、パーティーは一つとなった!

 もう、何も怖くない!

 

『なんか涙出てきた』

 

 あまりの一体感に思わずシュウも落涙。

 ただし涙は見えない。

 

 私たちは一丸となってボス部屋の扉をくぐった。

 

 

 

 ボス部屋に入った私たちは一人と六人に分かれた。

 

 六人は固まって部屋の隅でぽつん。

 一人(私)は雄叫びを上げ、丸い頭を地面から出していたボスに特攻。

 ボスは体を揺らして地面に潜り込もうとしていた。

 

『メル姐さん。最高にハイな手段を考えた!』

 

 よしやってやる!

 今ならひどい手段でも聞いてやる。

 言ってみろ!

 

『おし! 潜ろうとしてるボスの頭に飛び込んで! 得意でしょ!』

 

 任せとけ!

 ボスに私のダイブを見せてやんよ!

 

 そのままボスの消えた穴に頭から突っ込む。

 飛び込んだすぐ下にボスがいた。

 何か、頭が花弁状に開いているが大丈夫なんだろうか。

 

『ナイスタイミング! 俺を構えて、もうわかるでしょ!』

 

 わかってしまった。

 下向きにやるなら問題ないだろう。

 派手にやれ!

 

『よっしゃやるぞ! ゲロゴォォオヲヲン――』

 

 ――ブレェェェエエスッ!

 

 シュウが赤く染まり、すぐ前方から赤い閃光がほとばしる。

 炎はボスの開いていた口(?)にそのまま突き刺さり、止まることなく流れていく。

 

 やがて赤い光が消え、下には大きな空洞。

 私は途中で壁にシュウを突き立て落ちないようにしている。

 

 壁からよじ登ると出口の扉が出現していた。

 入り口にいたメンバーも嬉々として私に駆け寄る。

 今度こそ皆で喜びを分かち合った。

 

『大・勝・利! 最高のパーティー戦だったね!』

 

 ああ、素晴らしいパーティー戦だった!

 各々が役割を把握し、見事にその役割を果たした。

 この勝利は私だけのものではない。

 パーティー全員の勝利だ!

 

 こうして感動に包まれウェルミス監獄の攻略を終了した。

 

 

 

 謎の感動も醒めたころ、心に残ったものは――虚しさだけであった。

 

 

 

 出口の扉を潜り、緩やかな上り坂となっている洞穴を進む。

 時刻は夕方だろう。黄昏どきの紅い光が洞穴の闇を切り裂いていた。

 六人はそれぞれが詠嘆の声を抑えることもなく、光へと足を動かしていく。

 

『待った。外に誰かいる』

 

 シュウの声で我を取り戻した彼らは公爵を背後に移す。

 

『メル姐さんが行くべきだろうね。それが自然だし、対応もできる』

 

 はいはい。

 もう慣れたよ、このパターンは。

 

 光へと歩み、まばゆさに目を逸らし、光になれてくるとそこには無表情の仮面を被った人間が立っていた。

 ああ、こいつか。

 

『そうだね。他に気配は感じない』

「ご機嫌よう、メル殿。……お一人でしょうか?」

 

 仮面で表情は見えないが、落胆していることが声の調子からわかる。

 こいつはずっとここで待っていたのだろうか。

 そうか、お前も一人か。

 で、どうしよう?

 

『別に話してもいいんじゃない。危害を加えるつもりなら一人でこないでしょ。武器も持ってなさそうだしね』

 

 そっか。

 じゃあいいな。

 

 オネットは生きていたぞ。

 

「おお! それは良かった! 後ろにおられるのでしょうか?」

 

 声を弾ませて仮面男は尋ねてくる。

 私も洞穴に足を戻し、元公爵らに事情を説明する。

 

「まみえよう」

 

 元公爵の一言で会うことが決まった。

 私が先導して洞穴から出る。

 仮面の男はすでに片膝をつき顔を伏せている。

 

「貴殿がメル殿に『余を助け出せ』と依頼を出したそうだな」

 

 ハッ、と小気味よい返事を仮面男は返す。

 

「そうかしこまることはない。貴殿は余の恩人だ」

 

 再びハッと返事を返し、仮面男は顔を上げる。

 仮面に気付き公も首を傾げる。

 

「仮面を取ってみよ」

 

 男が仮面に手をかけ外す。

 

 なんと!

 

 彼は……誰だ?

 知らない男だった。

 声はおっさんみたいに太かったが、そこそこ若そうだ。

 

「知らぬ顔だな。貴殿は何者だ?」

 

 どうやら公爵も知らないようだ。

 他の五名は、と見てみるが誰も知らない様子だ。

 あれ、二人はこいつが送り込んだはずだから知ってるんじゃないのか。

 

『ありゃりゃ、おかしいな。……いや、そうでもないか』

「マントゥールとお呼びください。閣下。間もなく日も暮れます。ひとまずこちらで用意した隠れ家にお越しください。閣下の今の姿は見るに堪えません。話はそれからでもよいかと。皆さまもどうかお越しください」

 

 そうか。

 私はどうしよう。

 オネット元侯爵がどうなろうがどうでもいい。

 宿に帰ろうかな。

 

『そうだねぇ。だいたい事情もわかったから、飽きてきちゃった』

 

 意見はまとまった。

 じゃあ、私は帰るんで。

 

「メル殿にも来て頂きたいのですが、無理強いはできませんね。報酬の話ですが、またセルニアに来られるのでしょう?」

 

 ああ。

 ネクタリスに戻ってからまた来る。

 ダンジョンを回ってくるんだ。

 来月の誕生日祭だっけ?

 その頃には戻る。

 

「わかりました。こちらからまた接触させて頂きます」

 

 あ、そう。

 じゃあ、よろしく。

 別に来なくてもいいよ、面倒だし。

 

「いえいえ。是非とも参加して頂きたいのでお呼びします。それでは途中までご一緒に参りましょうか」

 

 そう言って彼は恭しく、オネットらを先導していく。

 

「マントゥール殿。貴殿に一つ尋ねたいのだが……」

「ハッ、なんなりと」

「レスペ……いや、余の家族は……、どうなった?」

 

 オネットは聞きづらそうに尋ね、マントゥールも答えに詰まる。

 

「申し上げづらいですが……」

「よい。聞かせてくれ」

「アヴァールの手を逃れ北方へ逃げる際、処刑隊に捕まり全員その場で殺されました。すでに遺骸も、遺品すら残っておりません」

「そう、か……」

 

 オネットは何度も「そうか」と繰り返し、頬に一筋の涙をこぼす。

 

「許さんぞ……。アヴァール、許してなるものか。絶対に――」

 

 歩みを止めることなく、元公爵は復讐の誓いをここに立てた。

 

 私はあまり興味がないので、道の分岐路でそのまま彼らと分かれた。

 

 

 

 宿に帰り、一晩明かした。

 さあ、次のダンジョンへ行こうと部屋を出たところで紙片が宙を舞う。

 なんだこりゃ?

 手にとって裏返してみると、

 

“オネットの家族はネクタリスにいる”

 

 ――とだけ書かれている。

 

『だろうねぇ』

 

 どゆことよ?

 シュウはわかったようだが、私にはさっぱりわからない。

 昨日、仮面の男が死んだって話してたじゃん。

 あれは嘘だったのか。

 

『いや、嘘じゃない。あれが彼にとっての真実。来月になればわかるよ。ここで言えることはただ一つだね。復讐するは彼にあり、さ』

 

 彼? オネットだろ?

 ……どうやら詳しく説明してくれる気はないらしい。

 あとでわかるなら別にいいや。

 

 さあ、次のダンジョンへ行こう!

 

 

 

 

 

 一月後、予定通り私はセルニアに戻ってきた。

 なかなかに濃い一ヶ月だった。

 緑のお化けを見たり、素敵な仮面を手に入れた。

 ネクタリスでもギーグと会い、いろいろ確認をしてもらった。

 もちろんダンジョン攻略も忘れていない。

 

 アヴァール公爵の生誕祭を明日に控え、町には人が溢れている。

 人が溢れているもののどこか張り詰めている空気を感じる。

 ところどころに立っている兵士が目を光らせるからだろうか。

 自身に反抗したものを殺していったアヴァール公には、未だ根強い抵抗があるようだ。

 前回会った仮面男もおそらくそのあたりだろう。

 

 町をぶらぶら歩いているとまたもや尾行している人物が出てきた。

 前回と同様に人通りの少ない道に入る。

 すぐに見覚えのある顔が現れた。

 なんて言ったか……、

 

『マントゥール』

 

 そうそう、それだ。

 久しぶりだな。

 今日は仮面を付けてないのか?

 

「メル殿もお元気そうでなによりです。仮面は明日のためにとっておきます」

 

 そうか。

 実は私も仮面を手に入れたんだ。

 なかなかイカしてるぞ。

 

「……そうでしたか。それは準備した甲斐がありませんでしたね」

 

 ん?

 どういうことだ?

 

「単刀直入に申し上げます。メル殿、明日の生誕祭。オネット公の護衛をお頼みしたい」

 

 え、え……。もうちょっと詳しく説明してくれないか?

 そもそも前回の報酬も受け取ってないんだけど。

 

「申し訳ありません。人数不足でして。公の安全を考慮すると、メル殿が確実だと公も仰いますので。どうかお受けください」

 

 いや、それ説明になってないよ。

 ちゃんと一から詳しく説明してくれ。

 

「実は――」

 

 マンなんちゃらはようやく説明をしてくれた。

 なんだかおもしろそうだったし、シュウのお墨付きも出たので受けることにした。

 

 

 

 翌日、アヴァール公爵の生誕祭が盛大に始まった。

 楽曲の演奏や華々しい見世物と様々な催しが次から次へと行われていく。

 

 そして、ついに公が最大の目玉イベント称する公自らのパレードだ。

 なんだか豪華絢爛な神輿みたいなのに腰掛けている。

 道は大きく開かれ、そこを進んでいく。

 両側には兵士たちが人並みを抑えている。

 

 現在、公爵らの行進は止まっている。

 この場にいるほぼ全員が混乱をきたしていることが明白だ

 ……というのも彼らの進行方向に数名の闖入者が現れたからである。

 全員が独特な仮面とマントにくるみ、その正体を覆い隠す。

 

 ――私とオネット、それにパーティーリングを付けた数人である。

 

 スキル「ステルス」で姿を隠し、行進が近づいて来てスキルを解除。

 何も知らない人たちから見たら、本当に突然現れたように見えるはずだ。

 

「何者だ!」、「あいつらはなんだ!」、「どこから現れた!」

 

 ……などなど様々な怒号が飛び交う。

 公の後ろから兵士たちが私たちの方へ走ってくる。

 だが、私たちに槍を突き立てることもできず地面に転がる。

 残念なことに某スキルが発動したため、敵意を向けた彼らは力が半減され立てなくなったようだ。

 もちろん周囲から見れば何が起こっているのかはわからない。

 アヴァール公は捕らえろと叫ぶが無能な騎士団は動けない。

 

 騎士団に代わり処刑隊が動き出す。

 公の後ろに影の如く付き従っていたブロー隊長自らが飛び出し、中心に立っていたオネットへと向かう。

 すぐに私はブローとオネットの間に立つ。

 

 ブローは近づくが、足を崩さない。

 なんだこいつ。前回もだが、能力半減効いてないのか。

 

『発動条件を満たしてないんだよ。あれは敵意持った相手のみに有効だからね』

 

 つまり、こいつは私に敵意はないっていうのか。

 思いっきり、斧を振ってきたんだが。

 敵意じゃなく殺意なら大丈夫ってことなのか?

 

『それはちょっとひねくれすぎ。なるべく派手に倒しちゃって、殺さないでね』

 

 おう。了解だ。

 横からなぎ払われる斧を手で掴み、そのままシュウで峰打ちを食らわせる。

 崩れた額を掴み、そのまま公の側にぶん投げた。

 やりすぎたか……?

 

『いや、いいパフォーマンスになった』

 

 隊長が赤子のように扱われる様子を目にして他の隊員は動けなくなった。

 無論、隊員だけでなく他の兵士・騎士同様だ。

 事の成り行きを見守る方向に移った。

 

「お久しぶりですね」

 

 オネットが一歩前に出て久闊を叙する。

 

「な、なにものだ。余が誰かわかっているのか」

 

 アヴァールは声を震わせ誰何する。

 彼を守る兵士らはもういない。

 今やただの肥満体だった。

 

「もちろんわかっていますよ。アヴァール公爵、……いえ、叔父上とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

 

 そう言って、オネットは仮面を外した。

 

「き、貴様は!? なぜだ?! オネット! なぜ貴様がここにいるっ!」

 

 アヴァールは目尻が引き裂かれるほどに目を見開く。

「本物?」、「あのお顔は間違いない」、「でも、処刑されたはずじゃ」……、観衆にも動揺が走る。

 

「光も届かぬ地獄で身を震わせていました。しかし、民の声に導かれ帰って参りました」

 

 オネットは笑みを浮かべる。

 

「こんな謀反を起こすためにか? 貴様はそうやってまた罪を重ねるのか」

「私の罪? まったく、ご冗談がお好きだ。伯父上の罪でしょう?」

「な、何を言って――」

「一年前、私に事実無根の罪状を押し付け、地位を奪った」

「事実無根!? 事実として貴様は王国を売った売国奴ではないか!」

「売国奴? 真の売国奴はその事実を私に転嫁した」

 

 観衆は皆無言。

 誰もが一年前の真実を見いだそうとしている。

 

「そう。伯父上――真の罪人は貴方でしょう?」

 

 全ての視線はアヴァールに向けられる。

 彼は口をぱくぱくと開閉させ、言葉を繰り出そうとしているがうまくできていない。

 

「……証拠があるのか?!」

 

 ようやく出てきた言葉がこれだ。

 

『だめだ。その台詞は言っちゃいけなかった』

 

 次いで視線はオネットへ。

 その視線は何かを期待しているようだ。

 オネットは期待に応えるように口端をつり上げる。

 

「証拠なら――ある!」

 

 叫び。オネットはマントへと手を入れる。

 勢いよく取り出した手には一枚の紙とその包み。

 

「見ろ! これは帝国の高官へと向けられた書状だ!」

 

 手紙を開き、観衆に見せつける。

 

「ここにはアヴァール公爵のサインに加え、落款もある! さらに内容は王都を陥れるための密約! もちろん、この他にも多数の証拠をご用意しております」

 

 その真偽やいかにと、アヴァールを見ると顔面蒼白。

 言わずとも書簡が本物であることは明らかである。

 

「なぜだ……。なぜ、それを貴様が…………。あっ!」

 

 公爵は椅子から立ち上がり、辺りを見渡す。

 視線は一点で止まり、視線の先には髭を生やしたおっさん。

 名前が出てこない、誰だっけ?

 

「トライゾン! 貴様、裏切ったなぁ! 余を裏切ったなぁああああ!」

 

 そうだ。トライゾンだ。

 わざわざ教えてくれてありがとう。

 怨嗟の声を浴びたトライゾンは打って変わって静かな表情だ。

 

「はて? 自分はオネット様を裏切ったことなど一度もありませんが」

「トライゾォォォン!」

 

 喉からではなく、体全体を使った叫びだった。

 あれなら脂肪もよく燃焼するんではないだろうか。

 

「処刑隊諸君! 諸兄らが処すべくは誰だ! このオネットか?!」

「否! 売国奴アヴァールです!」

 

 処刑隊の隊員は声を揃える。

 ただし、一人は地面に転がっている。

 ほんとこいつはとばっちりだな。

 処刑隊の持っていた得物の刃先は全てアヴァールに矛先を変える。

 

「次いで騎士諸君! 諸兄らが仕えるべき主は誰だ? 売国の徒か?!」

「否! オネット様であります!」

 

 騎士たちはあっさりと手のひらを返す。

 オネット公の道を槍を掲げ示す。

 

「最後になったが、セルニアに生きる全ての民たちよ! 身勝手な願いだとは思う。私は、自分の身すら守れぬ若輩だ。それでも……私は諸君らと共にセルニアで生きていきたいと願っている。どうか今一度、私にセルニアを任せてもらえないだろうか?」

 

 わずかな沈黙のあと、誰かが手を打ち「オネット公」と叫ぶ。

 それを火種として、拍手と歓声が一気に全体に広がる。

 

 すでにアヴァールは椅子から下ろされ、押さえつけられている。

 そのままオネット公の行進が町を練り歩いた。

 

 

 

 その後、大きな屋敷に入りオネット公は椅子に座る。

 

「うまくいって良かった。皆のおかげだ」

 

 私や他の護衛たちを労う。

 

「失礼します」

 

 初老の男性が扉を開けて入ってくる。

 アヴァールを裏切った髭の男だ。

 

「……トライゾン」

 

 彼は膝をつき、顔を伏せる。

 

「閣下。この度は申し訳ありませんでした」

「よいのだトライゾン。貴殿が余を裏切ったようにみせていたということは、すでにマントゥールから聞き及んでいる」

 

 私の隣に立っていた元仮面男も頷いてみせる。

 これはシュウが教えてくれていた範疇なので別に驚くこともない。

 

「こうするしか余を助けられないと悟った上での行動だろう。身を切る思いだったと良くわかっているつもりだ。貴殿を責めることなどできんよ」

「しかし、閣下。レスぺ様やフェエリテ様、それにジョワ様が殺されるのを防げなかったのは自分の落ち度でございます」

 

 トライゾンは粛々と述べていく。

 責任をかみしめているようだった。

 

「それも余がしっかりとしていれば防げたことだ。全ては余の落ち度で、全ての罪はアヴァールに償わせる。貴殿の気にすることではない」

 

 あれ?

 どういうことだ?

 

『へい、メル姐さん。そろそろ教えてやりなよ』

 

 お、おう……。

 口を挟んで悪いんだが、さっきの三人は生きてるぞ。

 

「なに?」

 

 この場にいる全員が私に目を向ける。

 私自身もどういうことなのかよくわからない。

 

 オネットの家族は生きていた。

 名前は忘れたが、皆、ネクタリスでひっそりと暮らしていた。

 ギーグに住民名簿を参照してもらって、一年ほど前に引っ越して来た人物を当たってみた。

 実際に話を聞いて、彼らがオネット公爵の親類であることも確認済みだ。

 

「そんな馬鹿な……。たしかに処刑隊から報告を受けた」

 

 死体の顔を見たのか?

 

「いや。首は落とされていたが、身につけている装飾品や体格はたしかにレスぺ様たちのものだった」

 

 どうしても信じられないようなので、私は公の家族から授かった手紙を渡す。

 最近は運び屋みたいなことばっかりしてる気がするな。

 

 果たしてネクタリスにいたオネットの家族なる人たちは本物だったのか?

 

 手紙を読むオネット公はただ咽び泣いていた。

 それが紛れもない答だろう。

 

 

 

 

 

 二週間後、私はまたしてもセルニアにいた。

 もちろんずっとセルニアで過ごしていたわけではない。

 西の方にあるダンジョンへ行ってみたのだ。

 特筆すべきことはない。

 

 今日はまたしても催しがある。

 それを見ようと広場には多くの人が集まっていた。

 私も招かれた。招かれたと言うよりもオネット公周辺の護衛だ。

 またしても特等席に釣られてお守りをすることになった。

 

 現在、オネット公はきらびやかなドレスに身を包みスピーチをしている。

 観衆は盛り上がっているが、私には眠いだけだ。

 ようやく長話が終わり、彼女は壇を降りて最前列の席に戻る。

 彼女の隣にはレスぺとかいう旦那さんが座り、その横には二人の子供が続く。

 

 いよいよ本日の主役が登場した。

 後ろ手に縛られ、ぼろっちい服を身に纏う豚男――アヴァールだ。

 二週間前よりもやせている。それでも体はまだまだ太い。

 観衆も彼の姿を見て様々な声をあげる。

 

 彼は轡を噛まされ、顔には布袋が被せられる。

 壇上の中心に置かれた、背の低い木枠に首を固定された。

 観衆の方に彼の頭が向いている。

 もうおわかりだろう。

 今日は彼の命日。

 

 催しは――公開処刑である。

 

 私は壇上の正面に取り付けられた階段横に立っている。

 確かに特等席には違いないが、できれば座って見たかった。

 

 そして、もう一人の主役も現れた。

 手には斧を持ち、ゆっくりと階段に近づく。

 今度は誰も声を上げない。静かに彼の動き見守る。

 もちろん彼も何を言わない……と思ったが口が動いた。

 なんか言っただろうか?

 よくわからないままブローは階段を上がっていく。

 

『「感謝する」ってさ』

 

 感謝?

 何に感謝するんだ。

 私は奴にとばっちりしか与えていないんだが……。

 

『いやいや、彼にこそ感謝されるべきだよ』

 

 わけわかめ。

 詳しく説明してくれ。

 

『やれやれ、仕方ないなぁ。シュウ大先生が解説してさしあげませう』

 

 シュウはそう言ってため息を一つ。

 あぁ、うぜ。

 

『まずですね。ブロー君はアヴァール公への復讐を企てました』

 

 はあ、そうなんですか。

 

『同僚や仲間、罪のない人たちを殺さなければならなかった恨みでしょうか。あるいはもっと前に恨みでもあったのかもしれません。とにかく理由はよくわかりません。ですが、その思いは誰よりも強かったのでしょう。オネットやトライゾンの比ではありません』

 

 理由もわかってないのにどうしてそんなことが言えるんだ。

 

『わかります。彼は初めからメル姐さんに目を付けていました。派手に暴れてますからね、無理もありません』

 

 そうなの?

 まあ、けっこう暴れてることは確かだな。

 

『彼はオネット公爵が監獄内で確実に生きていると知っています。これは単純。生き残っていた公爵以外の五人は全員彼の子飼いだからです。ときどき入り口の穴を通じて情報を交信していました』

 

 えっ、そうだったのか……まあたしかにあいつら強かったからな。

 交信ってあれか、縄ばしごを使ってたのか?

 

『そう。それに罪人のはずなのに、不気味なほど忠誠心もあった。武器やパーティーリングがあんなぽろぽろ落ちてるのもおかしい。トライゾンの送った部下はとっくに死んだんだろうね』

 

 まあ、誰も仮面男を知らなかったってことはそうなんだろう。

 

『あと、道が途中で崩してあったよね』

 

 うむ。

 あんなことしたら進めないだろう。

 

『その通り。あそこはちょうど敵が強くなる分岐点。下手に突っ込んで死なれないようにわざと道を崩してた』

 

 でも、あれは私以外じゃ無理だったんじゃ。

 

『そうだね。あれはやりすぎかな。まあ、いざとなれば縄ばしごで救えばいいだけですから。あと、ゲロゴンブレスの存在も知ってたと思う』

 

 それもそう……なのか?

 

『彼は誰よりも先にメル姐さんに接触してきた。あとの四回はトライゾンだけど、最初の一回だけは彼本人』

 

 ほっほー、なるほど。

 生きているのを知っていたから、あとの四回みたいに「生きていれば」なんて曖昧な表現を使わなかったと。

 

『お、大正解。別に依頼を受けてもらわなくてもよかったんだ。誰かがいると知らせるだけで、救うとわかってたから』

 

 いや、それは……そうかもしれないが確実じゃないだろ。

 一回目の接触の時点では監獄に入れるかわからなかったし。

 

『そこは初めに言ったとおり。彼は初めからメル姐さんに目を付けてた。初めっていうのはネクタリスにいる段階から。あるいはもっと前からだね。超上級をクリアして、町を助けるお人好し。さらにダンジョンキチ○イ。メル姐さんの近くでダンジョンの話をさせて、アヴァール公爵の嗜好を口にする。そして、商人になりすまし塩を買わせる』

 

 まさか……。

 本当にそこまでしていたのか。

 

『しただろうね。あと、公爵の家族を殺したと思わせて、ネクタリスにこっそり移したのも彼です。もちろん部下を置いて警護させてます。部下達が先のことをやったんでしょう。そりゃセルニアの処刑隊も人手が足りなくなりますわ』

 

 それなんだが、奴はどうして公爵の家族を助けていたんだ。

 

『簡単。もしも自分に罪が向けられた場合、公爵の家族を差し出して許してもらうため』

 

 でも待った。

 そもそも私はあいつに殺されかけたぞ。

 

『メル姐さんのスキルが効かなかったのは、敵意も殺意も彼にはなかったからだね。化け物じみた力を知ってたから、あんなので殺せるなんて思ってなかった。最初に襲ったのは、適当に捕らえてそのまま監獄に送ればいいからだね。二回目はかなり手を抜いて、わざと倒されるようにしてた。隊長である自分が派手にやられれば周囲も力の差を知って黙る。こっちもそれを演じてみせた』

 

 すげぇ……。

 素直に驚いた。

 だが、どうしてそこまでやるんだ?

 

『ん~。ああ……ほら、見てみなよ。良い笑顔だ。俺のいた世界じゃ「オリジナル笑顔」って呼ばれるんだよね』

 

 視線を壇の上に移す。

 

 どうしてそこまでやるのか?

 答はブローの顔を見れば一目瞭然だった。

 彼の腕を振り上げられ、いつでも振り下ろせる状態になっている。

 観衆からは上げられた腕で見えないかも知れないが、彼の顔はたしかに笑っていた。

 今までの無表情が嘘だと思えるくらい――嬉しげで、楽しげで、気持ち悪いほどの笑顔だった。

 

 全ては今この瞬間のため。

 自らの手でアヴァールの首を落とすためで間違いない。

 それもただ落とすのではなく、衆目が集まる場で実行するためだ。

 

『復讐するは――』

「彼にあり」

 

 私も口を揃える。同時に、

 

 

 

 彼の腕は振り下ろされた。


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