チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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 今回は時系列で見ると、
 前話「復讐するは彼にあり」の途中に挟まる閑話です。
 セルニア発―ネクタリス着の間になります。



蛇足6.33話「我が輩アルボルさん。今、うぬの後ろにおるぞ」

 セルニアを発って、ネクタリスへ戻る。

 途中にあるパンタシア野原に寄っていた。

 

 パンタシア野原は初心者向けダンジョンである。

 今さら初心者向けダンジョンに遅れは取るはずはない。

 ギルドでダンジョンの位置だけ教えてもらい、さっそく現地へ向かう。

 

 目の前には緑の原っぱ。

 膝下くらいの草が風にそろそろ揺れる。

 ぽつりぽつりと白い綿雲がゆっくり流れていく。

 白い雲のさらに上には青い空に黄色い太陽。

 青空は私の好きな景色だ。

 

『俺もあおいそら好きだよ』

 

 うむ。そうか。

 絶好のダンジョン攻略日和だ。

 

 初心者向けとあって出現するモンスターの数は少ない。

 ニワトリとリスだけだ。もちろん通常のものよりも一回りサイズが大きい。

 それでも、あちらから攻撃をしてくることもない。

 蹴るだけであっさりと光に消えていく。

 

『のどかだね〜』

 

 そうだな〜。

 シュウの言うとおり、とてものどか。

 ここまで危機感皆無のダンジョンは初めてである。

 原っぱの斜面で横になって寝ている冒険者の姿も見えるくらいだ。

 

 昼になってお腹も減り、草むらに腰掛けてご飯を食べた。

 一人でもそもそ食べているとニワトリがちょこちょこやってきた。

 物欲しそうに見てくるので、代わりのものを上げると喜んで食べ始めた。

 ちなみに差し出したのはドロップアイテム。共食いである。

 そのうちリスもやってきて、一緒に食べ始める。

 こうして和気あいあいの昼食になった。

 いやはや、なんとものどかだ。

 

 昼ご飯も食べた。

 モンスターもそこそこ狩った。

 満足したので、帰ろっかとしたときのことである。

 シュウがぽつりとこぼした。

 

『ボスは?』

 

 ……あれ?

 そう言われればそうだ。

 ボスの姿をまだ確認していない。

 さすがにリスやニワトリはボスではないだろう。

 見逃していたな。探してみよう。

 

 …………いない。

 探しても探しても見つからない。

 ヘビや兎、小鳥は確認したが、モンスターではない。

 どういうことだ。やはりニワトリかリスのどちらかがボスなのだろうか。

 

『どっちも違うはず。ポイントがボス補正を受けてない』

 

 ボス補正が何かよくわからんが、違うようだ。

 こういうのはお前の得意分野だろ。

 

『うーん。なんとなく魔力を感じるんだよね』

 

 魔力ってあれだろ。

 魔法を使うときに必要なやつだろ。

 

『そうそう。敵を斬ったり、魔法をかき消すときに吸収するやつ』

 

 それで魔力があるとどうなんだ。

 

『原っぱ全体に弱っちい魔力があるってことしかわからぬ』

 

 うーむ。使えん奴よのう。

 誰かに聞こうにも、気付いたら原っぱに一人。

 寝ていた冒険者もいつの間にか帰ってしまっていた。

 

『ギルドに戻って話を聞いてみたら?』

 

 そうするか。

 

 いったん戻ることになった。

 

 

 

 所は変わって、ギルドの受付である。

 

「パンタシア野原にボスモンスターはいません」

 

 どうやら本当にボスがいないらしい。

 受付嬢は原っぱについての情報を語り始めた。

 

 パンタシア野原は数百年以上も昔から存在する。

 ここにギルドができる前からずっとあそこにあったようだ。

 ボスの不在は当時から言及されていたが、やはり今日まで確認されていない。

 安定してドロップを手に入れることのできるダンジョンとして重宝されている。

 ボスもおらず、敵も極めて弱く、襲ってこないため安全・安心という不動の初心者向けダンジョンであった。

 

「……ただし――」

 

 話も終わり頃になって、受付嬢は呟く。

 

「数ヶ月前から異常が報告されています」

 

 ほう。

 

 続きを聞いたところ、最近はモンスターの数が増えたらしい。

 ときどき群れて反撃をしてくることもあると報告されているそうだ。

 

『ニワトリの集団反撃とか怖すぎる』

 

 そうだろうか?

 さほど強くないし問題ないだろ。

 

「なによりの異常は……夜に――」

 

 ここで受付嬢は溜める。

 さっさと言えよ。じれったい。

 

「出るんです」

 

 何が?

 

「出るって言ったら、お化けしかないでしょう」

 

 はぁ、お化けってことはないだろ。

 モンスターじゃないのか。

 

「お化けです」

 

 彼女はきっぱりと断言する。

 数ヶ月前に冒険者から報告を受け、彼女が直接確認に行かされたようだ。

 なんでも夜になると原っぱ中に緑の光が浮かび上がり、ぶつぶつ囁いてくるらしい。

 それだけにとどまらず、一部の光が追いかけてくることもあったと話す。

 触れてもするりとすり抜け、こちらの攻撃は剣も魔法も当たらない。

 当初は珍しがって冒険者が集ったようだが、けっきょく何もわからなかった。

 今では誰も興味を持たなくなっている。

 実害が出た訳ではないため、ギルドも夜間のダンジョン攻略に注意を促すことしかしていない。

 

 シュウが魔力を感じると言っていたのは、そのためだろうか。

 夜を待って、実際に自分の目で確認することにした。

 

 

 

 またしても原っぱに戻ってきた。

 日はとうに沈み、まんまるの月が草原を照らす。

 草原近辺を照らしているのは満月の明かりだけではなかった。

 話に聞いていたとおり、ぼんやりとした緑の光が草むら全体を覆っている。

 

『なんかすごいね』

 

 ああ……、そうだな。

 話には聞いていたが、目の当たりにすると気圧される。

 ほんとに一面が緑だ。しかも一階建て家屋並の高さがある。

 月の明かりと謎の緑光が空中で夜の支配権を競い合っていた。

 

 緑光の中に入ってみるが、何も感じない。

 手で触ることもできず、息を吹きかけても効果なし。

 シュウで払うと明かりが少し乱れるが、すぐ元に戻った。

 

『感じてた魔力はこれだね』

 

 そうか。

 それでこの緑光はなんなんだ?

 

『昼は見えなかったから、夜になったから出たのか……あるいは、魔力が月の明かりに反応して光ってるのか』

 

 魔力があることは私にもわかった。

 知りたいのはなぜ魔力が漂ってるのかということだ。

 

『それも不思議だけど、音が出てるのもよくわからんね』

 

 シュウの言うように光からは何か音が聞こえてくる。

 雑音に聞こえるが、受付嬢の話すように光が何か囁いているように聞こえなくもない。

 

『ちょいちょい、後ろ見て』

 

 言われたとおりに振り返る。

 特に変わった景色はない。

 見慣れてきた緑光がぼんやりあるだけだ。

 

 これがなんだ?

 

『首そのままで歩いてみて』

 

 足を交互に前へ出す。

 

 あっ。

 気付いた。

 ぼんやりとしていた光の中で、微妙に緑の光が濃かった部分が付いてきた。

 確認のため、足を反転させ、後ろ歩きをしてみる。

 すると、遅れて緑光が私に近づく。

 

『受付のねーちゃんが話してたやつだね』

 

 うむ。

 追いかけてくる光とはこのことだろう。

 シュウで斬ってみるが、やはりすぐ元に戻る。

 原っぱを出るまで、ずっと私に付いてきた。

 なんか不気味だな。このまま帰ろうか。

 

『待った。聞こえない?』

 

 ん、何がだ? と尋ねる前に私も気付いた。

 ふよふよ浮いている光から音が聞こえる。

 これはまさか……、

 

『うん。光が音を出してる。何か、話してるのかも』

 

 なんということだ。

 この光は生きているのか。

 

『生きてるかはわからないけど、伝えたいことがあるんじゃないかな』

 

 伝えたいことがあるって言われてもな。

 私にはどうしようもないぞ。

 お前の出番だろ。

 

『ふむ。ちょっと待ってね。翻訳スキルを調べてみる』

 

 おう。

 

 ……………………まだ?

 どれくらい経ったのだろうか。

 しばらくぼんやりしていたが、何も起こらない。

 

『いろいろやってるけど当てはまんない。……もう全部でいっか、えい。おっけーよん』

 

 もういいか?

 

「ぬ?」

 

 おっさんみたいな声が返ってきた。

 いちおう聞き取れたことになるだろう。

 

『そりゃ、これで駄目ならお手上げだったよ』

「ぬぬぬっ!」

 

 なんか「ぬ」としか言ってないけど、大丈夫なのか。

 ちゃんと話せるの、これ。

 

「ぬん。話せるぞ!」

 

 話せるらしい。

 それは良かった。

 それじゃあ、さっそく質問。

 お前はいったい何なんだ?

 

「思い出せぬ」

 

 うん?

 

「気付けばこのように訳のわからぬ姿になってしまっていた」

 

 そいつは困ったものだな。

 で、名前はなんというんだ?

 

「思い出せぬ」

 

 えぇ……。

 じゃあ、ここは何なんだ?

 

「思い出せぬ」

 

 なんか緑色に光ってますけど。

 

「わからぬ」

 

 どうすんだよこれ。

 知らぬ存ぜぬわかりませぬで手の打ちようがないぞ。

 

『思い出せることがないか聞いてみたら』

 

 思い出せることはないのか?

 

「我が輩、夢をみていた。とても懐かしい夢であった」

 

 そうだったのか。

 どんな夢だったんだ?

 

「思い出せぬ。だが――」

 

 お得意の定型句のあとに、逆接を持ってきた。

 

「忘れて良いものでなかった」

 

 はぁ、つまり?

 

『思い出すのを手伝えってことでしょう』

 

 であるか。

 こうして夜の思い出探索が始まった。

 

 

 

 話を聞いていても埒が明かないので、歩き回ることにした。

 

「……ちゃむとあそう゛ぃ」

「きょふ……ゆうはむ」

「……すゎん。こんほ……」

 

 先ほどまで雑音だったものが聞き取れる。

 聞き取れると言っても、まだ雑音だらけで意味がよくわからない。

 

『まあ、人がいることはわかったじゃん』

 

 それもそうだな。

 緑光が音とともに移動するところを見るに、人を模しているようだ。

 しかも、あちらこちらに人がいることになる。

 

「ぬぅ。そうであった。我が輩、多くの人を見ていた気がするぞ」

 

 付いてきていた緑光が絞り出すように呟く。

 どうやらわずかに思い出してきているようだ。

 

『緑光が人だとするなら、村か町だよね。たくさんいるし』

 

 昔、ここにあった町ってことか?

 

「町とはなんだ?」

 

 緑光が尋ねてくる。

 

 そこからなのか。

 町って……町は町だろう。

 人がたくさんいて暮らすとこ。

 物を売る店があったり、食べ物を作ったりしてるとこもある。

 

「うぬぅ。我が輩は町にいたのか」

 

 そうなんじゃないか。

 たくさん人を見てたんだろ。

 お前自身ここのどこかに住んでいたんじゃないか。

 

「ぬぬっ! ……思い出したぞ。ぬぅ、確かに我が輩は町におった。たくさんのものに囲まれとったぞ!」

 

 どうやら、町に住んでいたことは確定らしい。

 ちゃっかり友達たくさんいましたアピールまでしてきやがる。

 

『むかつくのはわかるけど、俺を蹴るのはやめてくれませんかねぇ』

 

 緑光はぶるぶる震え始める。

 

「そうじゃ。我が輩はこの町を夢見ていた――」

 

 緑光がそう告げた瞬間、光がいっそう強く輝いた。

 

 目の前だけではない。

 野原全体が淡く煌めいている。

 ところどころで光に驚き慌てるニワトリの姿が見える。

 喋る緑光を起点として、ぼんやりとしていた光が徐々に輪郭を形づくる。

 

「多くの人が暮らし、動物が走り回り、花びらが飛んでいた」

 

 光が人を、道を、家を、動物を、花びらを形成していく。

 

「皆はこう呼んでおったな――ペタルム、と」

 

 ついに光の町ができあがった。

 

 

 

 野原に町ができてしまった。

 町と言っても全て緑光の濃淡であり、先ほどと同様に触ることはできない。

 相変わらず人が何を喋っているのかも、はっきりと聞き取ることはかなわない。

 

 どうなってんだ、こりゃ?

 

「我が輩の見た夢であるぞ」

 

 夢がなんで光になって出てくるんだよ。

 

「知らぬ」

 

 あっそう。

 周りはちゃんと形になってるのに、どうしてお前は変わらないんだ。

 いや、ちょっと丸くなったか。

 

「わからぬ」

 

 いかんな。

 駄目だ、こいつは。

 おい、チート。

 

『思うに――この緑玉が町のことを思い出したから、町の輪郭もはっきりしたんじゃないかな』

 

 じゃあ、なんでこの緑玉は丸いままなんだ。

 

『そりゃあ、まだ自分が何者かわかってないからでしょ』

 

 ふーむ。

 おい、緑玉。

 まだ自分のことが思い出せんのか。

 

「然り」

 

 なんでそんな偉そうなんだよ。

 

『町を見て回れば思い出すんじゃない』

 

 仕方ない。

 見て回るか。

 

 

 

 町並みを歩いて行く。

 いつの時代か知らんが、なかなか綺麗な町である。

 町の中にはひらりひらりと花びらが舞っていた。

 見て回るのは楽しいが、特に何もわからない。

 町の中心にある広場で足を止める。

 足下には花びらが積もっているが、実際は草むらなので奇妙な感じだ。

 

「何かわかったか?」

 

 それ、私の台詞。

 お前もちゃんと探せよ。

 お前の姿があるかもしれないだろ。

 

「うぬは馬鹿よのう」

 

 緑玉は軽く笑って答える。

 

「この景色は我が輩が見た夢であるぞ。観測者である我が輩はおるまいて」

『せやな』

 

 シュウも同意する。

 おい、お前もこいつが誰か考えろ。

 

『それはもうわかってる』

 

 え、わかってるの?

 教えてよ。

 

『やだぴょん。それより、どうしてこの景色を夢に見たのかが気になるかな』

 

 緑玉がこの景色を夢見た理由ねぇ。

 

『もうちょっと言うと、ここで何があったのか』

 

 何が、ねぇ……。

 思いだせんのか。

 どうなんだ?

 

 緑玉は何も答えない。

 ふよふよと宙に浮いている。

 

『思い出したくないんだろうね。だから、この楽しげで穏やかな景色をずっと夢に見てる』

 

 つらい出来事があったのかもしれない。

 無理に思い出させることもないか。

 

『それも一つの方法だね。……でも、たぶん彼がこのダンジョンのボスだよ』

 

 撤回。やっぱり思い出させよう。

 どうすればいい?

 

『夢の終点なんていつも同じだよ。突き付けてやるしかないんだ――現実を』

 

 どうやって?

 

『俺のいた世界にね。こんなときよく使われる定例句があるんだ』

 

 なんでそんな定例句があるんだ。

 前から思ってたけど、お前の世界おかしいよ。

 

『魔法や竜が存在する世界と比べたらカワイイもんだよ。俺の世界じゃ喋ってもせいぜい戦艦だし。戦艦ってのは船の事ね』

 

 ……船が喋るの?

 それも相当おかしいだろ。

 よく考えたらお前が一番おかしいもんな。

 

『さて、それじゃあ続けて言ってみよう』

 

 本題に戻り、シュウの言った内容を復唱する。

 

 おい緑玉――

 

「なんぞ?」

 

 ――ペタルムは消えたんだ。

 

「っ! 否っ! ペタルムは今ここに――」

 

 ――いくら呼んでも戻っては来ない。

 

「これからもずっとこの時間が――」

 

 ――もう、夢見た時間は終わって、

 

「我が輩は、まだ夢を――」

 

 ――お前も、現実と向き合う時なんだ。

 

「ぬ……、ぬおぉぉぉぉおおおお!」

 

 効果は抜群だ。

 緑玉はぶるぶる震えて叫び散らす。

 なかなかシュールな光景だな。

 

『来るよ』

 

 何が、と聞く前に緑玉が点滅し始めた。

 またしても周囲の光が強まる。

 緑玉を中心として波状に景色が塗り替えられていく。

 

 町が緑色の炎に包まれていた。

 燃えているのは建物だけではない。

 倒れた人に火が付き、宙を漂っていた花びらも炎とともに舞い上がる。

 阿鼻叫喚とした町並みに鎧を纏った兵士たちがなだれ込み、生きている人間を串刺しにしていく。

 

「おお……、燃えていく。我が輩を見上げる人たちが、遊び回る動物たちが――」

 

 緑玉の形は安定しない。

 あちらこちらに動き回り、嘆きをあげていく。

 

『ようやく自分の正体に気付いてきたようだね』

 

 ああ、それそれ。

 けっきょく、こいつの正体はなんなんだ。

 

『上』

 

 たった一言。

 ここは広場の中心地。

 上を見たところで何もない。

 そう思っていた。

 

 しかし、空は燃えていた。

 空一面を緑色の炎が覆っている。

 

「共に育った仲間たち、我が輩から生まれた子供たち、そして――」

 

 近すぎてよくわからず、広場の中心から離れてみる。

 ようやく私にも緑玉の正体がわかった。

 

「我が輩自身が燃えていく」

 

 緑玉が広場の中心でひときわ大きく瞬いた。

 

 光が収まると、一本の大木が現れる。

 太い幹の上には燃えている枝葉が広がっていた。

 

「あの日、あの夜、あの瞬間――」

 

 大木はまたしても瞬く。

 

「全ては赤に包まれた」

 

 緑色の景色は一変した。

 大木を中心にすさまじい速度で緑が赤に塗り替えられていく。

 

『メル姐さん』

 

 ……ああ、そうだな。

 これ以上、悪夢を見せる必要もないだろう。

 赤々と燃える大木に近づき、シュウを構える。

 今ならちゃんと刺せる気がした。

 根拠はない。

 

 シュウを大木に突き立てる。

 確かに手応えがあった。シュウは沈み込む。

 

「ぬ、ぬおぉ……」

 

 大木は唸りを発する。

 野原に広がった町並みが徐々に消えていく。

 武器を構えた兵士たち、燃えている家や人々、舞い散る花びらも光を失う。

 

「うぬぅ! 我が輩の夢がぁ! 消えるというのかぁ?!」

 

 周囲をよく見ろ。

 ここにはもう何もない。

 いい加減、現実を受け入れるんだ。

 嫌なことは多いが、現実も悪いものじゃない。

 じゃあな、木のお化け。もう夢を見ることもないだろう。

 

『あまり綺麗な言葉を使うなよ。臭く見えるぞ』

 

 うるせぇよ。

 

「我が輩……、また花を――」

 

 大木の言葉は最後まで聞き取れなない。

 野原には月とアイテム結晶の光だけが残った。

 

 

 

 翌日、予定通り私はネクタリスに向かうことにした。

 

 今は、パンタシア野原に寄り道している。

 シュウによると原っぱを覆っていた魔力はかなり減少したらしい。

 ダンジョンごと消えてしまうのではと話していたが、ニワトリとリスはまだ元気に駆け回っている。

 昨日まではボスが見えないだけで、一応いたことになる。しかし、私が消してしまった。

 そのうちダンジョンが消える可能性もあるとシュウが話すので対策を検討した。

 

 ペタルムの広場の中心――今ではただの草むらに私は腰を屈める。

 シュウで地面を削り、そこそこの深さまで掘り起こした。

 昨夜、手に入れたドロップアイテム『夢から覚めたアルボルの苗木』を掘った穴に入れ、土を戻す。

 あの大木はアルボルという名前だったらしい。まぁどうでもいい。

 まだまだ小さいが、そのうち大きくなるだろう。

 

 なんとなく空を見上げる。

 今日もまた青空がどこまでも広がっている。

 昨夜、見上げた幹や枝、花びらはどこにも見えはしない。

 いつの日か満開の花を咲かせた大木が、また空を覆う姿を想像する。

 

 ……あれ?

 首も痛くなってきたので視線を下ろした。

 そこにある苗木の大きさに疑問を抱く。なんか大きくなってないか。

 ちょっと目を離した間に枝が伸びて、葉っぱも増えているような……。

 

『なってる。異常な速度で生長してる。魔力を吸ってるのかな』

 

 なんとまあ。

 たいしたものだ。

 

 さて、行くとするか。

 やることもやったので苗木に背を向ける。

 

 ……ん?

 

 気配を感じて振り返る。

 もちろん誰も目に映ることはない。ただ――、

 

 

 

 苗木についた葉が風に揺られているだけであった。


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