チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

23 / 46
蛇足09話「バカがチートでやってくる!」

 山越え川越え谷越えて、南の世界にまでやってきた。

 「魔王」とかいう迷惑きわまりないスキルを外すためにわざわざだ。

 

 魔王城の頂上から見る景色は魔物がちらほら映りなんだかダンジョンっぽい。

 正確には魔物ではなく魔族らしいが、違いがよくわからん。

 

『フハハッ、我こそが魔王である! ひれ伏せ、下民共!』

 

 なんだか舞い上がってる馬鹿もいる。

 

 魔王のスキルを外す手立てはこの馬鹿が考えているらしい。

 1.魔王として死ぬ。

 2.魔王らしく勇者に敗れる。

 3.魔王の座を他の誰かに譲る。

 4.魔王の地位そのものがなくなる。

 大きく分けるとこの四つらしい。

 

 まず1は無理だ。

 死ぬとか話にならない。

 

『話にはなるけど完結しちゃうよね』

 

 ……うん?

 ああ、うん、そうだな。

 よくわからんけど、どうでもいいから頷いておく。

 

 次に2も無理だ。

 この世界には聖女なるものはいるようだが、勇者はいないらしい。

 そもそも勇者ってなによ?

 

『勇気ある者かな?』

 

 まんまじゃん。

 

 3が簡単そうだったので、元魔王に「槍と一緒に魔王の座を返す」と言ったが聞く耳もたれなかった。

 押しつけてみたが、スキルはやっぱり外れない。

 

『魔王とは押しつけてなるものではなくなるべくしてなるものなのだ!』

 

 それで、4がよくわからん。

 

『魔王って呼ぶ奴を殲滅すればいいよ』

 

 つまり?

 

『魔族の全滅ですな。もしかすると人間もかな』

 

 視線を城の外に向ける。

 地表や空には多くの魔物が映っている。

 見えないところも含めると、とてもじゃないが全滅などできない。

 

『そもそもメル姐さんがこっちの世界で魔族を殺しても復活するからね』

 

 そういえばそうだった。

 こっちの世界では、魔物を倒してもしばらくすると復活する。

 この復活のせいで私は魔王になってしまったのだ。

 

 結局、全部ダメじゃないか。

 どうすればいいんだよ。

 

『魔王ライフをエンジョイしようぜい! まずは四天王の再編成だ!』

 

 そんなことより私はさっさとダンジョンに行きたい……。

 

『元魔王は四天王入り決定だよね。ちょっと精神が枯れてるけど確かに強いし』

 

 まるで私の話を聞いてない。

 

 ……まあ、たしかにあいつは強かったな。

 シュウで斬りつけても、かすり傷程度だったから相当硬いだろう。

 名前もあったが、なんだか長いし発音が難しいので元魔王で定着してしまった。

 

『カルロも統率力、偵察力、魔力に文句なし。人の言葉もわかるし便利。でも、名前がなんか死亡フラグなんだよね』

 

 よくわからんけど、確かにあの鳥はいろいろ使えるな。

 

『紫スライムはちっちゃくなったけど、そのうち戻るらしいし』

 

 フグイラとかいう片言を話すスライムは神々の天蓋――こっちの世界では灰竜の聖域と呼ばれる場所でずっと私の帰還を待っていたらしい。

 どうにもあの場所は魔力逓減の効果があるらしく、フグイラは手のひらサイズまで縮んでしまっていた。

 アレマなんちゃらにいれば、ある程度戻るということで置いてきた。

 そのうち迎えに行くとは行っといたから問題ない。

 

『問題はセルモンドだよね』

 

 でかいゴーレムみたいな奴だな。

 たしかに、あいつはあまり強い印象がない。

 本人曰く「私にやられた」と話していたが、倒した記憶がそもそもない。

 

『他の魔族にはそこそこ慕われてるみたいだけどねぇ』

 

 たしかにあいつの周りには多くの魔物がうろちょろしていた。

 いや、別に羨ましくなんかないし。

 

『ご先祖様が、初代魔王の忠臣だったかなんだか知らないけどさぁ。今のあいつはたかがしれてる。チンピラの頭がいいとこよ。悪しき習慣はここで断ち切るべきだ』

 

 うん?

 セルモンドを四天王から外すってことか?

 

『そらそうよ。メル姐さんが目指すのはちんけな王じゃない。大魔王だよ』

 

 いや、違う。

 そもそも魔王をやめにきたんだ。

 

『その家来の最高位たる四天王――その一柱に奴がふさわしいか? 否だよ』

 

 どうもこのクソ野郎は完全に私を魔王にする気らしい。

 

『さあ、さっそくセルモンドに代わる四天王候補を公募しよう。大丈夫、良い素材が集まるはずだよ。あんなゴーレムもどきでもやれてたんだからね』

 

 シュウはいきいきとしている。

 こいつが楽しそうだとなんだかむかつくのはなぜだろうか。

 

「魔王様――セルモンドが戻りました」

 

 階下から元魔王が伝えてくる。

 噂をすれば、どうやら当の本人が城に戻ったらしい。

 

『タイムリーだね。直接会って、四天王の解雇通牒といこうじゃないか。イエー!』

 

 ひどいな、こいつ。

 

「――南西の草原地帯で武装した雌の人間を捕らえ。その処遇について伺いたいとのことです」

 

 おっ、こっちで人間とは珍しい。

 ゲロゴンの里で見たきりだ。

 

『さすが、セルモンドと言わざるを得ないな。聞かずとも我が意を正確に酌み取り、人間を生け捕りにしてくるとは――。四天王の名は伊達ではないということか』

 

 ……さっきと言ってること違ってない?

 

『こまけぇこたぁいいんだよ! 武装した人間でぇ! しかも、雌ぅ! これは女騎士っしょ!』

 

 まぁた、馬鹿を言い始めたよ……。

 なんにせよ捕まった人間というのは気になるな。

 

 そんな訳で会いに行くことにした。

 

 

 

 確かに人間の女性だった。

 確かに武装もしていたのだろう。

 確かに捕らえたと言っても良いのかもしれない。

 

 ただ……生きているとは言い難い。

 鎧だったと思われるモノはぼろぼろに崩れ、その中はグチャグチャ。

 腕も足もついているのが不思議なくらいにズタボロで目を向けるのも心苦しい。

 胸も見えているから女性だろう。ただし胸以外に皮も骨も見えている。鮮やかな赤は内蔵だろうか。

 

『はて? 生きてるね』

 

 さすがのシュウもこの惨状を見て、騒ぐことはなかった。

 

 私は、これを生きてると言いたくない。

 

『いや、そういう哲学的な意味じゃなくてね。生物学的な話』

 

 小難しい話をする気分じゃない。

 

 さっさと死なせてやろう。

 そう思い、シュウで心臓あたりを突き刺した。

 

『へぇ、こうなるんだ』

 

 突き刺した瞬間、死に損ないは光となって消えた。

 後に残ったのは淡い光のアイテム結晶。

 

 あれ?

 これってもしかして……。

 

『そうだね。復活するかもね』

 

 それは、どうなんだ?

 どうすればいいんだろう?

 

『とりあえず、待ってみませう』

 

 そうするしかなさそうだな。

 

 

 

『復活したっぽいよ。ヘイ、メル。ウェイクアップ!』

 

 うとうとしていると、シュウがなにやら叫んでいる。

 うっすら目を開けると、そこには鎧を着た女が尻餅をついていた。

 赤褐色の髪をしているが見た記憶はない。

 

 誰だ、こいつ?

 

『さっきの死に損ない』

 

 あ、ああ。

 目が覚めてきた。

 そういえば、復活を待ってたんだったな。

 

 おう。なんだか散々だったみたいだな。

 体は大丈夫なのか?

 

「あ……、はい。あの、私はなんで?」

 

 なんで、と訊かれても困る。

 とりあえず復活したらしいぞ。

 

『そうだね。怪我どころか、鎧まで復活してるね。忌々しい……』

 

 なんだか、くやしそうだ。

 

「……復活?」

 

 そう、復活。おめでとさん。

『やったね騎士ちゃん! もう一回、死ねるよ!』

 

「…………えっと、あの、ここは? あなたは?」

 

 ここは魔王城の一角で、私はメル。

 

「まっ、魔王城っ」

 

 騎士は息を吐ききるように繰り返す。

 

 そう。魔王城。

 で、そっちの名前は?

 

「私の名前は――」

 

 そこまで言うと、黙り込んでしまった。

 

「そもそも、あなたは……何者なんですか」

 

 冒険者だ。

 

「冒、険……しゃ?」

『違う! 魔王でしょ!』

 

 冒険者なの!

 

「は、はい! わかりました! でも、なぜ冒険者が? 本当にここは魔王城なんですか?」

 

 あぁ、質問が多い。

 ほとほと面倒になってきた。

 

『部屋まで連れて行ったら? それが一番手っ取り早いよ』

 

 そうするか。

 

 

 

 頂上近くの部屋に着く頃には、騎士は顔面蒼白。

 最初にあげていた悲鳴も徐々になくなり、すっかり黙ってしまった。

 

 まあ、だいたいわかったと思うが仕方なく魔王もやってる。

 

 騎士はこくこくと小さく何度も頷く。

 

『頷く? これ、恐怖で震えてるだけだよ』

 

 そうなのか?

 

 ……あっ、ほんとだ。

 よく聞けば、カチカチと歯が鳴っている。

 質問攻めがなくなったのはありがたいが、これはこれでめんどくさい。

 

 それで、えっと、あれ? 名前なんだっけ?

 

『いや、まだ聞いてないね』

 

 そうだったか。

 で、名前はなんていうんだ?

 

「アン――」『おっ!』

「ジェリ――」『おおっ! おおおぉっ!』

「――ア」『は?』

 

 なんなんだよ、お前は?

 

「ごっ、ごめんなさい。アンジェリアです。殺さないで」

 

 殺さないし、お前じゃないから。

 

 こんな流れが前にもあった気がする。

 あれは金髪のエルフで名前は……、ダメだ、思い出せない。

 

『アンジェリカじゃないの? これはとても大切なことだよ』

 

 なんだかひどく真剣だ。

 仕方がないから、私も訊いてみる。

 

 アンジェリカじゃないのか?

 

「いえ、アンジェリアです」

 

 だってよ。

 

『ま、まあ、これは仕方ないか。一致したら、いろいろとダメだよね』

 

 うんうんと一人で勝手に納得している。

 そういえば、騎士をやってるんだな。

 

「え? 騎士ってなんですか?」

『え?』

 え?

 

 あれ、違うのか? なんか鎧着てるし。

 そういえば、別に鎧着てるから騎士って訳じゃないか。

 シュウが騎士騎士連呼していただけだ。

 

 じゃあ、なんなんだ?

 

「ただの調査隊員見習いです」

『またまたぁ。実はお姫様で、姫騎士なんでしょ? 知ってるんだからぁ』

 

 お姫様なの?

 

「えっ、お姫様? いやいや、まさか、ただの一般民です」

 

 アンジェリアは、首をぶんぶんと横に振って否定する。

 

『こんなのおかしいよ……』

 

 おかしいのは、お前だよ。

 

 で、どうする?

 

「どうするというのは?」

 

 帰りたいなら、送っていくけど。

 私もだいぶん退屈してきたからな。

 

「えっと、いや、それは……」

 

 なぜだかとても困っている様子だ。

 

『そりゃ、魔王を連れて帰るわけにはいかんでしょ』

 

 ああ、それもそうなのかもしれないがよくわからん。

 別に私は何もする気はないんだが。

 じゃあ、一人で帰るか?

 

「……まだ――死にたくないです」

 

 少し溜めてから、切実な口調でそう言った。

 

 そうだよな。

 せっかく生き残ったんだもんな。

 

『はぁ? 死にたくないって、なんなのこいつ』

 

 さっきからうるさいなぁ。

 生きたいと思うのは別におかしいことじゃないだろ。

 死んだら終わりだ。

 

『いや。今回に限っては、どう考えてもおかしい』

 

 なにが?

 

『普通、「くっ、殺せ!」でしょ』

 

 何いってんだこいつ。

 

『アンジェリカでなくて、姫でもなくて、騎士ですらない。挙げ句の果てには「死にたくないですぅ」って……アホか。ここは「絶対に魔族なんかに負けたりしない!」からの「んほぉぉおお! 魔族のおチ○ポ――』

 まともなこと言わないなら、もう黙っといて。

 

 とりあえず、人の住んでる近くまで送っていくか。

 そのあとで、こっそり町なり村なりに入れば良い。

 

『やめたほうがいい。また調査隊だかなんだかに送られて、死ぬはめになる』

 

 ……。

 

『復活する前の状態は明らかに異常。魔法か薬で無理矢理生かされてた』

 

 あ、ああ。いきなりまともなこと言うなよ。

 話に落差がありすぎてついていけないだろ、もっと段階を踏め。

 

『こんな理不尽な言い草は久々ですぞ』

 

 え、なんだ。

 じゃあ、アンジェリアの国だと変な薬か魔法が使われてるのか。

 

「……いえ? そんなもの使われていませんよ」

 

 そんなことないって言ってるぞ。

 

『セルモンドの報告では、捕獲の際、アンジェリカたちは非常に好戦的で、激しく抵抗したってあった』

 

 そういやそんなことも言ってたな。

 死ぬかもしれない瀬戸際だ。激しく抵抗したっておかしくないだろ。

 

『でも今の彼女を見てると、とてもそんな風には見えない。そもそも動きも悪いから抵抗できたとすら思えない』

 

 うん。たしかに動きは良くない。

 初級クラスでちょっと高めの防具を買ったけど、重くてうまく動けない冒険者みたいだ。

 

『そんな彼女たちがセルモンドらと「戦闘」をすることができたってことは、かなりのブースターなはず。ブースターって強化魔法ね、薬かもしれないけど』

 

 強化魔法。もしくは薬か。

 なんかそんなの受けた記憶ないの?

 

「……ありません。いつもどおりでした。でも、あのときはなんかやれる気がしてたんです。それに聖女様のために戦わなきゃって」

 

 聖女様?

 

「はい。聖女様の歌は本当に上手いんです。聴くと体の奥から元気がわき出してきます」

『アウトーーー!!』

 

 大げさな……。ただの歌でしょ。

 

『歌は単純な空気の振動じゃないって偉い人が言ってた。間違いなくそれだよ。また聴きたくなるとか、しばらく聴いてないと落ち着かなくなるとか中毒性があるんじゃないの?』

 

 その歌はなんか中毒性があるんじゃないか?

 

「毎朝・毎夕と一日二回は聴いていますが、特に中毒性はありませんね。ですが、今の歌よりも昔の歌の方がもっと良かったです」

 

 ないって言ってるぞ。

 

『ここにはジャンキーと馬鹿。二人の患者がいます。一人は治りそうですが、もう片方は無理でしょう』

 

 どっちがどっちかは聴くまい。

 

『じゃあ、最後に――今は聖女様のためにがんばろうって思える? もう一回、セルモンドたちと戦おうって思える?』

 

 私はシュウの質問を繰り返す。

 

 回答者は無言。

 ただ首をひねっていた。

 

 

 

 城の中にいても、仕方がないので外に出た。

 

 なんかおもしろい話ないの?

 

「えっ」

『いきなりの無茶ぶり』

 

 アンジェリアは必死に考え込んでいる。

 

 いや、そんな考え込まなくても。

 なんかてきとーなことでいいから。

 

「あっ、それならあります。私の友達で――」

 そういうのはいいから。

 

「えっ?」

『メル姐さんに友達話とか勇気あるね。問おう、あなたが今代の勇者か?』

 

 あのね。私が聞きたいのはそういうおもしろおかしい話じゃなくてさ。

 心の底からヴワァッッって燃え上がるようなおもしろい話なんだよ。

 

「え、あの、その……」

『めっちゃ困ってるじゃん。前人未踏の場所がないかって聞けばいいのに』

 

 そうそう、なんか不思議な場所はないのか?

 中がどういう状況なのかわかってないとか、不思議な伝承があるとか。

 

「……魔王城とか」

 

 お前さっきまでどこにいたんだよ、他。

 

「ア、アレマメイズはどうでしょうか。万年、瘴気に包まれ、一度入れば二度と出ることができない魔境と聞いています。三百年ほど前に勇者と呼ばれたローレンスもそこで消息を絶っています」

 

 そういえば、そんな話もあったな。

 

 ちらりとアンジェリカの背中に担がれた剣を見る。

 以前、アレマメイズに刺さりっぱなしになっていた剣を回収していたが使い道がなかったので、彼女にくれてやった。

 なんでも三百年ほど前に訪れた勇者が落とした剣らしいので、たぶんこれだろう。

 本人はわかってないようだが、わざわざ説明するのも面倒なので黙っておく。

 

 今、そこには療養中のスライムが一匹いるだけだ。他。

 

「北にある灰竜の聖域も噂があります」

 

 いや、そこは……、うん。やっぱり続けてくれ。

 どんな噂だ?

 

「その最奥には扉があり、どこか知らない世界に通じていると言われています。初代代表のシグがその扉の先に渡ったと聞いています」

『シグって初代魔王じゃなかったっけ』

 

 そういえば、そんな話をどこかで聞いたような。

 シグって魔王じゃないのか?

 

「いえ、シグはこの世界の全て――植物に始まり、人も魔族も灰竜や黒竜さえも支配していました」

 

 ほぉ、すごいな。

 もしかして、チートも持ちか?

 

『その可能性は否定できない』

「チート? 魔人のことでしょうか? シグは木の魔族カリュアーと人間の杣夫ダグザの間にできた魔人と伝わっています。木や花と言葉を交わすことができたそうです、樹帝とも呼ばれますね」

『どうやってエッチしたんだろう。しかも木の魔族って。やはり世界は広い』

 

 ちょっと考えてみたら気持ち悪くなった。

 余計なことばかり言う奴だ。

 

 ちなみに杣夫とはきこりのことらしい。

 

 初代魔王だかなんだか知らんが、もう死んでるだろうしどうでもいいな。次。

 

「西のグラナシダ山はどうでしょう」

 

 そこは?

 

「元はただの山だったようですが、シグと黒竜の戦いの果てに噴火したとか……」

『それは、ただの火山じゃないですかねぇ』

 

 おもしろくなさそうだな、次。

 

「他、他……。あっ、黒竜つながりで、南にある黒竜の墓跡は?」

 

 おっ、それは初めて聞いた。

 どんなところなんだ。

 

「かつて世界にいたらしい黒竜の墓跡です」

 

 そのまんまじゃないか。

 というか、黒竜は死んでしまったのか。

 

『そりゃそうでしょ。メル姐さんが今持ってる槍がまさにその証拠じゃん』

 

 ……それもそうか、この使いにくい槍も背骨だかから作られたそうだし。

 

「はい。シグに倒された黒竜ですが、その各部位から三つの武具が作られたようです。一つは背骨から作られた槍。メル様が持ってられますね。魔王の証となっています」

 

 最初は魔王様と呼んでいたが、それはやめろと言ったらメル様になってしまった。

 様付けもやめろといったが、どうも様抜きで呼ぶと他の魔物に厳しく睨まれるようなので特別に許している。

 

 で、二つ目は?

 

「牙から作られた剣です。代々、勇気ある者に引き継がれています。先に語ったローレンスが所持していたようですが、現在は行方不明になっています」

 

 お前の背中にあるがな。

 

「え?」

 

 いや、なんでもない。

 それで三つ目は?

 

「あごの下の鱗から作られた盾です。代々、人間の代表に引き継がれています。今は聖女様が持たれています。この盾のおかげで人間はわずかながらも今日まで生きながらえてきました」

 

 なんでも盾を壁に埋め込んで、特殊な障壁をつくっているらしい。

 それのおかげで外部からの脅威を防いでいるとか。

 

 そもそも黒竜の武具はそれにふさわしい者が使うと特殊な効果が見込めるらしい。

 ……その割に、この槍はただの槍としか思えない。

 

『なんか使い方があるんじゃない?』

 

 ふーむ。

 それで話を戻すと、墓跡はけっきょくなんなの?

 

「そうでした。墓跡には灰竜の聖域と同じような扉があります。しかし、こちらは開かなくなっていると言われています」

『守護者が死んだから門も機能しなくなったってことかな』

 

 なるほど。

 じゃあ、門が機能しないなら墓跡には何もないも同然か。

 

「……いえ。四つ目の武具があるという伝承もあります」

 

 さっき三つって言ったじゃん。

 

「なにぶん昔のことですからね。それに墓跡に魔族は入れないですし、人間はそもそも墓跡に近寄れませんから。中に入って確認がとれないんです」

 

 神々の天蓋と同じように魔力逓減の効果は生きているようだ。

 それにしても、昔のことと言うわりにかなり詳しいな。

 今までの話も流暢に語ってたし。

 

「はい。私の所属していた調査隊がまさに墓跡の調査を目的としていたんです」

 

 あ、そうなの。

 

「ええ。四つ目の武具があれば魔族に対抗できる可能性があるということで、最近になって浮上した計画です。聖女様が提案されたんですよ。私も昔からそのあたりに興味があって調べていたので選ばれたんです」

『デコイか……』

 

 でこいってなによ?

 

『囮だよ。アンジェリアたちに注意を向けさせて、他の部隊が墓跡に進む作戦だったんじゃないかと』

 

 ほう、ということは。

 

『他に人と遭遇したって報告はないから、別動部隊は上手く墓跡に入れたんじゃない。まあ、そもそも他の部隊自体ないかもしれないけどね』

 

 他にいるかいないかはどうでもいい。

 伝説の四つ目の武具というのが気になる。

 

 さっそく行くとしよう。

 

 

 

 そんな訳でやってきた黒竜の墓跡。

 魔王の槍の外見はあまり伝わっていないようで、来る途中で何度か魔物に襲われた。

 襲われる度にアンジェリアが悲鳴を上げるし、逃げようとするし、鎧が重く途中でこけるので、袋に入っていたパーティーリングを渡した。

 能力上昇が多少入るのか体がかなり軽くなったらしい。

 

 ちなみに剣士のスキルは出ず、調査員専用スキルとよくわからんスキルが出たようだ。

 防具……いらなくね。

 

『ずいぶんときれいだね』

「とても一万年も前のものとは思えません」

 

 最初はシュウに怯えていたが、私の独り言もこれが原因だと悟り妙に納得していた。

 今では普通に話している。というか私よりもシュウと話していることが多い。

 だいたい頭が回る奴は、私よりもシュウと話をすることが多い気がする。

 

『きっとメル姐さんとは言葉を交わさなくても心の中で通じ合っているんだよ。真の仲間さ』

 

 それ、きれいな言葉で繕ってるけど、除け者ってだけじゃないの?

 

 アンジェリアは私が魔王のスキルを外すためにやってきたこともわかってくれた。

 ちなみに説明は全てシュウで、私は頷いていただけだ。

 

「シュウ参謀、あれ……」

『どうやら予想は当たってたみたいだね』

 

 墓跡の入り口には鎧を着た兵士がうじゃうじゃ。

 

 アンジェリアはシュウを参謀と呼んでいる。

 シュウ本人は楽しそうだし、役割としては間違ってないので特に指摘しない。

 

「どうして親衛隊がこんなところに……」

 

 親衛隊?

 たしかに鎧はお前のやつより高そうだな。

 

「聖女様のおられる中央大聖堂を守るエリート中のエリートです。特にあのマントを纏った人――マヌ隊長は人間離れした強さで魔人ではないかという噂もあるほどです」

 

 ジッと見ると確かに一人だけ鎧ではなくマントに身を包んだ奴がいる。

 元より薄暗い印象を感じた集まりだが、あの男だけはさらに暗い。

 

 彼らは私たちに気づかないまま、墓跡から立ち去ってしまった。

 

『隊長さんだけは気づいてたね。でも見たところ、特に新発見はなかったみたい』

 

 そうだな。

 喜んでいる様子も、何かを運んでいる様子もなかった。

 

「やはりただの伝承だったのでしょうか」

『もう他の誰かが取っていってるのかもしれないしね』

 

 そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。

 自分の目で確かめてみるに限る。

 

 さあ、探索だ。

 

 

 

 神々の天蓋とは雰囲気がずいぶんと違う。

 あちらはとてもきれいで神聖な雰囲気があった。灰竜自身にはないが。

 

 一方、こちらは殺伐とした空気が漂う。

 モンスターがいるわけでもないし、罠もない。

 あるのはだだっぴろい円形の広間と奥にある扉だけ。

 ただし広間の壁や床にはおびただしいほどの傷や血痕がついている。

 戦闘痕のついていないのは入り口と奥の扉と言ってもいい。

 

『蠱毒かな』

 

 私のことですかね?

 

『いやぼっちのほうじゃない。蠱毒ってのは俺たちの世界の呪術かな。同じ壺にいろんな種類の虫をたくさん入れて共食いさせる。最後に残った一匹を神霊として祀る』

 

 なにそれ気持ちわる、シュウみたい。

 そんなことしてどうするの。

 

『呪ったり、福を得たり、殺したりといろいろだよね。でも、人間や魔族で同じようなことをするなら目的はだいたいわかる』

 

 ほう。その目的は?

 

『手っ取り早く一番強い奴がわかる』

 

 強いものがわかってどうするんだ?

 

『それは俺に聞かれても困る』

 

 使えんやつだ。

 

『使い方が悪いんだよ』

 

 ふん。

 口の減らない奴だ。

 

 ひとまず探索開始した。

 

 探索は開始したが、私にできることなどない。

 シュウがあちらこちらを見て回るのを手伝うのが関の山だ。

 

『わかりませんな』

「わかりませんね」

 

 もちろん私もわからない。

 そもそも傷や血痕ばかりでいったい何がわかるのか。

 

 何か武具でも置いてあればすぐわかるだろう。

 もうとっくの昔に誰かが持って行ったに違いない。

 

『そうかもしれないけどさ。せっかくだから調査スキルを使ってみよう』

 

 おお、そういえばそれがあったじゃないか。

 もったいぶらずにさっさと使えよ。

 

『ういーす。「解析ツール」起動っと。おっ、おお? こいつはちょっとめんどくさいな』

 

 なんかやってるらしいが、私とアンジェリアにはよくわからない。

 

『血痕と傷跡に年代フィルターをかけて、と』

 

 およ。

「わっ」

 

 どうやらアンジェリカにも変化があったらしい。

 見ている景色から傷跡と血痕がきれいに消え去った。

 いや正確には消え去っていないが、色がかなり薄くなった。

 

『これが一万四千年前ね。まだまだきれいな状態。時間を進ませるね』

 

 私たちが口を出す前にシュウは景色を変えていく。

 広間のあちこちに傷が出来はじめていく。

 そして、あるとき、いきなり大量の傷跡が浮き出てきた。

 

『これが蠱毒の時期みたいだね。でも、今の傷が全部出てる訳じゃない』

 

 そういやそうだな。視界には、まだ薄くなったままの場所がわずかに残っている。

 

「つまり、まだ残っているのは蠱毒の時期を過ぎてからできたものということですか」

『そうそう。明らかに時代が違う血痕と傷跡が残るわけ。そんなわけで、今までのものを消して、逆に新しい血痕と傷跡だけに着色すると――』

 

 浮かび上がっていた傷跡が全て消えていき、その代わりに別の傷跡が浮かび上がっていく。

 

『血痕もダミーか。傷跡だけ出すね』

 

 血痕が消えていき、傷跡だけが浮かび上がる。

 それはまるで文字のようだ。

 

「グラナシダ」

 

 読めない私に代わり、アンジェリアが呟いた。

 

『シグと黒竜の戦いの地だったね』

 

 次に進むべき場所が明らかになった。

 めんどくさいな。ここに置いてくれればいいのに。

 

「これ、誰が書いたんでしょうか?」

 

 そんな昔のことわかるわけないだろ。

 

『そういう思考停止じゃなくてね。誰が何の目的で書いたのかだよ。しかもこんなにわかりづらく。そう言いたいんでしょ』

「はい」

 

 それなら最初からそう言えよ……。

 

『俺も気になる。もうちょっと解析してみよう。まず傷跡ね。……ふーん、傷跡に花粉が付着してるね。「金剛鞭草」、主にカルニア砂漠に繁殖。乾燥し硬化した棘は鉄をも引き裂くと言われている』

 

 カルニア砂漠?

 どこそこ?

 

「西の果てですね。でもなんでそんな草が……」

『ああ、なるほどね』

 

 なんかわかったみたいだな。

 

『まあね。さっきの血痕は血じゃなくて樹脂。「人血樹」の樹脂らしい。人間そっくりの樹液を出すんだってさ。樹液は猛毒で、気化しやすい。すでに絶滅してて生息地域は今のアレマメイズ』

 

 ほーん。そんな木があるんだな。

 

「東の果て近く。東西の果てから採られた植物。そんなことができるのは――」

 

 私にもわかるよう答えだけ頼む。

 

『初代魔王にして初代代表、この世界の東西南北を支配した魔人』

「あらゆる植物を操り、樹帝とも呼ばれていました。彼の名は――」

 

 シグ。

 二人の声が一致した。

 

 とりあえず、文字に従ってグラナシダ山に行くとしよう。

 

 

 

 暑い。

 ひたすら暑い。

 グラナシダ山まで来たのはいいが、暑さがはんぱない。

 スキル「高温耐性」をつけているのにこの暑さ。

 外した瞬間に死ぬんじゃないだろうか。

 

『間違いなく死ぬね。ガスも出てるから生物は入れないんじゃないかな』

 

 グラナシダ山はまさしく火山だった。

 どろりとした赤い液体があちらこちらに流れている。

 麓付近には魔族もいたが登っていくにつれ、魔族の姿はなくなった。

 今では赤い液体と黒々とした岩石のみが目に映るのみだ。

 

 アンジェリアもなんとかついてきてはいるがしゃべる余裕はない。

 途中でよろけてマグマに落ちたがなんとか生き残っている。

 しかし、とうとう鎧は脱いでしまった。シュウ大興奮。

 

 暑すぎる登山もようやく終わりが見えてきた。

 ご丁寧にも噴火口への横穴が掘られていのだ。

 壁と天井、それに床までもが崩れないようにツタで覆われている。

 

『初代魔王からのわかりやすい道しるべだね』

 

 うむ。

 

 中心部ほど暑いとシュウに言われて覚悟していたのだが――、

 

「暑さが、和らいでませんか?」

 

 どうやら私の勘違いではないようだ。

 

『この横道を囲んでるツタのさらに外側になんか変な植物が巻かれてる。「ラーヴァカンレイ樹」、溶岩から熱と二酸化ケイ素を吸って、冷気をはき出すらしいよ。シグのオリジナル配合だってさ。これを植物といって良いのか……』

 

 そんなのがあるんだな。

 難しいことはよくわからんけど、涼しくなって良かったじゃないか。

 

 先に進めば、開けた場所にたどり着いた。

 ツタの床の中心には穴が開き、そこから煙がもくもくと立ち上がっている。

 

 穴の手前に箱が置いてあった。

 箱というよりは棺桶に近いだろう。

 人一人分より縦も横も大きいくらいだ。

 箱は光を全て飲み込んでいるように真っ黒で光沢はない。

 

「棺桶でしょうか。いったいなにが……」

『真実は黒い棺の中にある――』

 

 なんだか意味深な言い方だが、要するに開ければわかるというだけの話だ。

 

 私とアンジェリアはゆっくりと近づき、お互い無言で顔を見合わせる。

 アンジェリアは私にどうぞというように手を差し出す。

 じゃあ、と私は箱の蓋に指をかけ開けた。

 

 月並みだが冒険者としてこういう箱を開けるとき、やっぱりわくわくする。

 ときには財宝、ときには武具、ときには手紙、そして今回は――

 

 何も入っていなかった。

 

「からっぽ、ですね」

 

 隅から隅まで見てみたが空っぽ。

 アンジェリアも一緒に中を見ているがやっぱり空っぽ。

 透明な何かがあるんじゃないかと思い、手を入れて触れてみるが空を切るのみ。

 私と彼女はどちらということもなくお互いの顔を見て、何がおかしいのかわからないが笑いが出始めた。

 

『あのさぁ、蓋の内側見てみなよ』

 

 シュウの呆れた声で我に返り、箱の蓋を見る。

 何か文字が書いてあった。

 

「悪友――ここに眠る」

 

 うん。それで?

 

「それだけです」

 

 ……はい?

 

「悪友――ここに眠る。それだけです」

 

 私は棺の中を指さす。

 

『言いたいことはわかるけど、空っぽなのは一目瞭然だから』

 

 でもさ。

 どうすんのよ、これ。何も寝てないよ。

 中身どっかでぶらぶら散歩してんじゃないの。

 近所に住んでたおじいちゃんも時々徘徊してた。

 あっちも徘徊したまま消えてしまったからな……。

 

 ……ここまで来て、手ぶらで帰れというのか。

 

『手ブラで帰るならとても良いと思う』

 

 ん?

 よくわからんからどうせ変態的なことだろうな。

 

『とりあえず棺桶でも持って帰れば』

 

 絶対嫌だ。

 あの暑い中、棺桶引きずって帰るとかやってられん。

 持って帰るくらいなら棺桶を火口に蹴り捨てる。

 

「あのぅ、この棺は解析できないんですか?」

『お、そういやまだしてないね。やってみよう』

 

 なんだ。まだやってなかったのか。使えん奴よのう。

 

『……げ、これって――』

 

 なんだったんだ?

 

『この棺、黒竜そのものみたい』

 

 は?

「え?」

 

『黒竜の部位をそれぞれ砕いて、樹脂かなんかで固めて作ってる。ほぼ100%黒竜コフィン』

 

 確かに驚いた。

 驚きはしたが、だからなんだという話だ。

 棺に黒竜の部位がいろいろ混ざったところでどうしようもない。

 

『……おっと、話はいったん休憩』

 

 シュウにしてはまともな口調だ。

 

「どういうことです?」

 

 アンジェリアは意図がわからず聞き返しているが、私はなんとなく察した。

 このシュウにしてはまじめな口調。それは危険が近づいたときのものだ。

 

『来客だよん』

 

 シュウの言葉とともに一つの影が上空から降り立った。

 

 

 

 顔は見覚えがある。

 親衛隊の隊長だった男だ。

 遠目からだとわからなかったがまだ若いな。

 少年というには雰囲気が大人びてるし、青年というにはまだ顔が幼い。

 しかし、顔をどうこう言う前にもっと気になる箇所がある。

 

 それは男の腕から伸びていた。

 前に纏っていたマントはなくなり、隠されていたものが露わになっている。

 

「翼?」

 

 アンジェリアの呟きどおりだ。

 男の腕からは鮮やかな赤い翼が伸びている。

 

『赤と言うよりは紅に近いかな』

 

 知りたいのは詳しい翼の色ではなく、あいつは何者なのかということだ。

 

『噂通り魔人なんじゃないの?』

 

 あれが魔人なのか。

 思ったよりも普通だな。

 翼以外は割と人間っぽいし。

 

『そう? 手とか目が鳥に近いじゃん』

 

 手は確かに細く尖っているため鳥っぽい。

 目は……そう言われればそうかもしれない程度だ。

 

『腕からかぁ。翼は背中から生えるのがデフォでロマンだと思うんだけど。でも、生物学的にはこれでいいのか……なんだかなぁ』

 

 今重要なのは、生物学的な科学考証ではないだろう。

 

「その通りだと思いますけど、どうしてそんなに落ち着いてるんですか?」

 

 質問の主であるアンジェリアはすでに私の後ろにこそこそ隠れてしまっている。

 

 そんなに慌てることか?

 

「だって、腕に翼が生えてるんですよ。あんなの絶対やばいですよ」

 

 別にあれくらいは驚くことでもないように思える。

 それにやばさでいえば、魔王城のほうが上じゃないのだろうか。

 

 だいたい私はダンジョンで似たようなモンスターを何度か見てるからなぁ。

 

「棺をよこせ。聖女様が欲しておられる」

 

 鳥人の第一声がこれだよ。

 聖女様とやらがなんで棺桶を欲しがるんだ。

 人を納棺するには大きすぎるし、ベッドにするんなら趣味が悪いぞ。

 

「聖女様が必要とされているから、手に入れるだけだ」

 

 どうも話にならんな。

 

 だが、欲しいというならくれてやろう。

 ちょうど持って帰る人員が欲しかったところだ。

 ほら、さっさと持て。

 

 私の言葉をそのままとらえ、鳥人は棺の前に進む。

 蓋を丁寧にはめ直し、棺に手をかけると腕の翼を大きく振るった。

 視界に赤の羽根が舞い、思わず目を閉じた。

 

 目を開ければ、そこにはすでに鳥人の姿はなかった。

 ――ということはなく、空を見上げ力んでいる間抜けな男がいた。

 

『ぷぷっ、固定されてて動かなかったみたいだよ』

 

 そうみたいだな。

 私もつられて笑ってしまった。

 

『メルはかぷかぷ笑ったよ』

 

 かぷかぷ笑うってなんだよ……、そんな表現初めて聞いたぞ。

 

『俺も初めて見たときはなんのことだかわからなかった。でも、さっきのメル姐さんの笑い方を見たら「かぷかぷ笑う」ってこういうことだったんだなって』

 

 あっ、そう。よかったね。

 

 さて、かぷかぷ笑われた鳥人は首だけをぐるりと回し円らな瞳で私を見つめる。

 おっ、今のはなんか鳥っぽい。

 

「手伝え」

 

 なぁんで私が手伝わにゃならんのじゃ。

 付き合ってられん。帰るぞ。

 

 あとは聖女様のために自分でどうにかしろ。

 ほら、がんばれがんばれ。

 

「聖女様のために持って帰らないといけない。手伝わないのなら――殺してでも手伝わせる」

 

 死んだら手伝うもクソもないだろう。

 どうやらこいつも聖女の暗示だか催眠だかにかかっているようだ。

 ほっといてもいいんだが、すでに剣を抜いて戦闘態勢に入っているのならちょうどいい。

 いっぺん消えてもらおう。暗示もとけるだろう。

 

 こうして魔人との対決に相成った。

 

 

 

『後に、一連の出来事を見ていたアンジェリア(当時、魔王付調査員)はこう語る』

 

「あのときのことを思い出すと、今でも震えが止まりません

 

 とにかく一瞬でした

 

 まずマヌ隊長が踏み込んだんです。

 隊長のいたところに赤い羽根だけがひらりと舞っていました

 

 一足飛びで私のすぐ前――メル様の目前に迫っていたんです

 

 隊長の握る紅い剣がまっすぐメル様の喉元へと伸びて、『貫く』と思う間もなく…………、

 しかし、斬り離されましたのは隊長の腕でした。翼ごとです

 

 メル様の腕が上がっていたから斬りつけたんだと思います

 私には全く見えませんでしたが

 

 その後は簡単です。

 状況についていけない私と隊長を置き去りにしたまま、メル様は腕を横に薙ぎました

 

 ……え? どうなったかって?

 

 そんなの決まってるでしょう

 頭と体が切り離されれば、死にますよ

 

 確かに首は飛びました。

 ですが、血は出ません。出たのは淡い光の粒、

 それとドロップアイテムと呼ばれているものだけでしたね

 

 メル様はどうだったかって?

 

 変わりませんよ

 終始いつも通りです

 開戦を告げられたときも、首元に剣先が迫ったときも、マヌ隊長の首を斬り落としたときも――

 口をわずかに開いてぼんやりしたままということです

 

 ……いえ、違いましたね

 シュウ参謀の言葉に一言、賛同していました

 

『両腕を斬られたのに消えなかったね』

『ああ、なかなかしぶとかったな』

 

 私が語ることができるのはそれだけです」

 

『はい、カット!』

 

 鳥人が復活するのを待っている間、シュウとアンジェリアはなにやら変な遊びをしていた。

 

 シュウはふざけているだけに違いない。

 一方、アンジェリアは、

「調査隊員として見聞きしたことを記録する必要があります」

 ――といたってマジメに付き合っていた。

 

 それよりだ。

 私は普段からぼんやりしているつもりはない。

 いつでもシャキっとしている。

 

『ハハッ、ご冗談を。「立てばアホ面、座れば間抜け、歩く姿は類人猿」と謳われるメル姐さんがシャキっとしている? それはいったいどこのレタスですかな?』

 

 そんなこと言ってるのお前だけだからな。

 あんまりふざけてると、棺桶より先にお前から火口に投げ落とすぞ。

 

 

 こんなふうに時間を潰していると、鳥人が復活した。

 

 辺りを軽く見回し、私の姿を捉えるとすぐさま距離をとった。

 

「何者だ?」

 

 なんだかすごい警戒されている。

 

『そらそうよ。でも、「聖女様」って枕詞が消えたからいいんじゃない』

 

 そういえば、必ずついていた「聖女様」というのが消えている。

 

 私は――

『えぇえええい、この方をどなたと心得る! 恐れ多くも馬鹿の大将軍、メル足臭公にあらせられるぞ! 皆のもの、頭が高い! ひかえおろぉー!』

 

 確かにあっちのほうが頭の位置は高いけど、より失礼なのはお前だから。

 あと、アンジェリア。お前はひれ伏さなくて良い。

 

 メルだ。

 冒険者をしている。

 こっちはアンジェリア。

 

「どうして黒竜の遺産を追っている?」

 

 ……なんでだっけ?

 おもしろそうだったから、かな。

 

「魔王をやめるためじゃなかったんですか」

 

 アンジェリアがこっそり耳打ち。

 おお、そういえばそうだった。

 でも正直に言うと事態が複雑になるから黙っておこう。

 

 で、そっちはどうしてこの棺桶を追ってるんだ。

 

「聖女様が欲しいと言っておられるからだ」

 

 だーかーらー、なんで欲しいのかって聞いてんだよ。

 第一、シュウですらわからないのに、聖女とやらがどうにかできるとは思えんぞ。

 

「聖女様なら必ずなんとかできる」

 

 断言した。

 ほー、その根拠は?

 

「聖女様は神の声を聞くことができるからだ」

 

 場がしらけた。

 

『はい! 「神の声」頂きました!』

 

 シュウも馬鹿にしている。

 やっぱり復活なんて待たずにさっさと帰るべきだったんだ。

 

「今回も託宣を聞かれ、俺の手を取って直々に使命を与えてくださった――『黒竜の墓跡を調べてきてください』と。そして、お前たちに出会い、こうして黒竜の遺産を見つけることができた」

 

 だから聖女様の言うことは正しいのだ! だってよ。

 

『暗示以前に聖女シンパだったか』

「その話は、私も実際に講話で聞きました。たしか――」

 

 アンジェリアは聖女の話を語り出した。

 

「そもそも私が聖女などというたいそうな名前で呼ばれたのは神のお告げがあったからです

 

 私には願いがあり、その願いを思うと、夢に神としか表現できないものが現れ、『歌うのだ』と告げられました

 

 ――とは言っても引っ込み思案だった私

 まずは人気のない物陰で歌うところから始めました

 すると、漏れていた歌声を聞いた同い年くらいの少女が、私の側に来てこう言ったのです

 今でもはっきりと思い出すことができます

 

『とっても上手だね』と。

 

 たったそれだけでしたが、私はこの言葉に勇気づけられました

 私の歌を聴く人は日に日に増え、今では国民の全てが私の歌を聴いてくれています

 

 しかし、今も私の願いは果たされていません

 そのことを憂う度に、神は夢に現れ言葉を残します

 黒竜の盾の起動、四天王の打倒もみな神のお告げによるものです――」

 

 長いな。

 三文字で頼む。

 

『ヤバイ』

 

 なにがやばいんだ。

 

『聖女の願いで世界がヤバイ』

 

 だから、なんでやばいんだよ。

 

『その神は淫乱シスターも見てた神と同じのだと思う』

 

 ああ、コキュだったか。

 あいつも神を見たとか話してたな。

 孤児院はもうそろそろ完成しただろうか。

 

『ついでに言うと、俺にチートを与えて転生させた神と同じ』

 

 おお、すごいじゃん。

 

『すごいじゃすまない。この鳥頭が言うように聖女は正しい。正しいというよりも、聖女が神に言われたことを実行すれば、その時点で彼女の願いに沿うように出来事が発生すると考えられる』

 

 どういうことよ。

 

『この前と同じだよ。間違いなく巻き込まれる。というか、もう巻き込まれてる』

 

 それは面倒だな。

 

『面倒じゃすまないかもしれない。聖女の願いが「魔族の殲滅」とかだと魔王のメル姐さんは死ぬ。聖女の願いでメル姐さんがヤバイ』

 

 ほんとにヤバイじゃん。

 どうすりゃいいんだよ。

 

『聖女の願いをはっきりさせるのが先決。棺桶を聖女のとこに持って行こう』

 

 よしわかった。

 わかったぞ鳥人。

 棺桶を聖女のとこに持って行くんだろ。

 私も手伝ってやろう。

 

 鳥人はものすごく怪しんでいたが、自分一人ではどうにもならないことがわかっていたのでおとなしく降りてきた。

 

 こうして棺桶輸送は再開されたものの、まるで動かなかった。

 根が張っているように固定され持ち上がらない。

 

「どうなってるんでしょう……」

 

 座り込んだアンジェリアが疑問を呈する。

 

『うーむ、わかりませんな』

 

 ブレイン二人が難色を示している。

 こりゃもう無理だな。

 

『うん、もう諦めよう。聖女の言ってるとおり調査はしたんだから大丈夫っしょ。別に持って帰れとは言われてないわけだし』

 

 そういやそうだな。

 はい、解散解散。

 

 鳥人はとっとと聖女様に報告してこい。

 私とアンジェリアは後を追うから。

 

 さて、私も下山するとなると槍を持たないとな。

 杖にも魔物除けにも使えるし、なかなか便利なのだ。

 

「お取りします」

 

 アンジェリアが気づいたのか、私の後ろの棺に手を伸ばす。

 槍があちこち転がり邪魔だったため、シュウの提案を受け、先ほど棺に入れておいたのだ。

 

 取りに行こうとしていたアンジェリアが目の前で固まっている。

 どしたよ?

 

『ああ、そっか。部品が足りてなかったのか』

 

 シュウも納得した口調でぼそり。

 

 んー、と振り返れば棺が浮かんでいた。

 私たち三人が本気で手をかけてもびくともしなかった棺。

 その棺が今は誰の手も触れていないというのに、ふわりと浮かんでいる。

 

 棺は頭を上にするように垂直に立ち上がり、次の瞬間にはグシャリとつぶれた。

 

 どんどんと圧縮され最初は小さな黒球。

 次に黒球は膨らみ、ぐにゃぐにゃとゆがみ始めた。

 そうして徐々に人間の輪郭を作り、色合いも変わっていく。

 

 そして――どす黒い肌をした亭々たる男が地面に降り立った。

 

 

 

 見た目は人間だった。

 冒険者にもわりとよくいる肌の黒くて、背の高い男。

 少し細身の体は鍛えられているのが、私でもわかるくらいに引き締まっている。

 なによりも一番の特徴は、左半身全体に黒い肌よりなお黒い火傷のような痕があること。

 

 私が男を観察しているように、男も私を観察していた。

 男の視線が鳥人に移り、そこで止まった。

 

「半端ものか……。どれ、試してやろう」

 

 男は体を鳥人に向けてゆったりと歩いていく。

 鳥人もすでに剣を抜き、戦闘態勢だ。

 

 最初に手を出したのは男のほうだった。

 気持ち悪いほどにゆっくりと鳥人に腕を伸ばす。

 

 鳥人は迫る手に何を感じたのかわからないが、その腕を切り払うように剣を振った。

 

 不思議な光景だった。

 攻撃したはずの鳥人が地面に倒されていた。

 

 たしかに鳥人の剣は男の腕に触れたのだ。

 だが、触れたと同時に男の腕が剣を絡みとるようにぐるりと回り、なぜか剣だけでなく鳥人の体もぐるりと回り地面に倒れた。

 

 よく見えていた私でもわからないのだから、された本人はもっとわからないだろう。

 自分が倒れていることに気づき、すぐさま鳥人は起き上がる。

 男はその動作を何も言わずに観察しているだけだ。

 

 そういや、なんか鳥人の動きが悪くなってないか。

 

『聖女の歌の支援効果が切れたんでしょう。どっちにしても勝ち目はないくさいね。何されたのかわかってないようだし』

 

 私もわからなかったんだが、何をされたんだ。

 

『まず、剣の腹に腕をかけてバランスを崩した。そして、剣の勢いをそのまま利用して、崩した体を回転させた。一種の合気だね』

 

 なるほど、わからん。

 

 鳥人はまたしても剣を振るが、軽く足をかけられて空中を飛ぶ。

 腕の翼を使ってそのまま飛翔し、距離をとった。

 

 空中で剣を構え、勢いをつけて急降下。

 今までで一番速かった。

 

 そんな攻撃に男はため息を一つ。

 

「つまらん」

 

 急降下からの袈裟懸けを軽く屈むだけで避けて……あと、なんかしたな。

 

『手を顔の前に置いただけ。鳥の方から手に突っ込んだ。それでもかなり痛いと思うよ』

 

 鳥人が呻きつつ顔を押さえる。

 目からは涙が溢れ出ていた。

 

「情けない……」

 

 男は憮然たる面持ちで鳥人を見下ろす。。

 もう飽きたと言わんばかりにアンジェリアへ視線を移す。

 

「準備がいいな」

 

 何かに気づいたのか、アンジェリアに歩み寄った。

 

「ひっ」

 

 先ほどの光景を見ていた彼女は、怯えて後ずさる。

 

『まずい。アンジェリアに近寄らせないで』

 

 私も彼女を助けるために、男とアンジェリアの間に入った。

 男は間に入った私にかまわず足を進める。

 

 それなら仕方ない、とシュウで斬りつけた。

 

 初めて男に動揺が見られた。

 伸ばしかけていた手を引き、後ろに飛んで私の一閃を躱した。

 それでも完全に躱すことはできず腕にかすり傷をついている。

 

 ちょっと驚いた。

 狙いを外すことはよくあるが、躱されたのは久しぶりだ。

 それにシュウで斬ったというのに弱っている様子がまるでない。

 

「ん……、魔剣の類か。見たことのない魔法も行使しているな。おもしろい」

 

 そこで男は小さく笑った。

 今までの落ち着きが嘘かと思うほどの獰猛な笑みだった。

 似たような笑みを何度か見たことがある。

 

『戦闘狂っぽいね。冒険者の中にもいたでしょ。モンスターと楽しそうに戦ってるやつ』

 

 ああ、それだ。

 パーティー組んでるのに一人で戦う変わった奴がたまにいた。

 怪我をしてもなんだか楽しそうに笑って戦い続けてる変人と同じ笑みだったんだ。

 

『今日のお前が言うなスレはここですかね?』

 

 冗談を言ってる間に男は距離を詰めてきている。

 私もシュウを構えて斬る体勢を作る。

 

 いける、と思ったところで踏み込み、シュウを全力で振り抜いた。

 

 斬る瞬間、たしかに男は反応できていなかったと思う。

 

 だが、首の辺りを狙った斬撃は空を斬った。

 初めからここに来るとわかっていたように避けられた。

 

 そして、男の手が私の腕をつかんだ。

 ――ここまでは覚えている。

 

 その後がわからない。

 なぜ私は今、空を飛んでいるんだろうか?

 

 逆さになって宙を飛び、ぐるぐると景色が回り、やがて地面に落ちた。

 痛みこそないが、なにをされたのかわからないという恐怖はある。

 

「メル様!」

 

 アンジェリアが名前を呼んでくる。

 シュウ以外に名前を叫ばれるのは久しぶりだなぁ、と場違いなことを考えてしまった。

 

「メルというのか。見込みがあるぞ。驚異的な自己強化魔法と、弱体化魔法はどちらも素晴らしい。吾ですら術式がまるで見えない」

 

 なんだかべた褒めだ。

 まあ、チートですからね。

 

「故に惜しい。剣術がまるでなっていない。童でももっと上手く扱うぞ。鍛えてから出直してこい」

 

 私は子供以下ですか。

 

『そのとおりですな。メル姐さんからチートなくしたら馬鹿と逃げ足しか残らないし』

 

 否定はできない。

 

『メル姐さんと同等程度の力を持つ武芸の達人。天敵だね。正面からだと絶対に勝てない』

 

 けっこう前にもそんな話をしたな。

 あのときは、そんな存在は出てこないだろうと話していたが、まさか出てくるとは。

 ――というか、そもそもお前は何者なんだ?

 

「吾は黒。黒竜だ」

 

 黒竜の棺から出てきたからそれはなんとなくわかる。

 でも、見た感じ人間っぽいんだが……。

 

「誓約にしたがっている」

 

 誓約らしい、誓約ってなんだろう。

 でも、ゲロゴンも似たようなことしてたしな。

 

「時に、吾が封印されてから幾ばくの年月が流れた?」

 

 初代魔王に負けてからってことか?

 約一万三千年らしいぞ。

 

「やはりそのくらいは経っているか。ただの丘が、ずいぶんと大きくなっているわけだ」

 

 黒竜は納得したしたように頷く。

 

「さて、そこの。牙を渡せ」

 

 改めて黒竜はアンジェリアを向き直り命令した。

 

「え、え……?」

 

 アンジェリアはなんのことだとうろたえている。

 ああ、そういえば言ってなかった気がする。

 

 お前が大切そうに担いでるその剣な。黒竜の牙だ。

 

「……え?」

 

 アンジェリアは目を瞠らせ私を見返す。

 

 いや、ほんとだって。

 アレマなんちゃらから回収したやつ。

 勇気あるものが持つとかいうのだ

 

「これが、そうなんですか?」

「いかにも」

 

 黒竜の保証もついた。

 アンジェリアはどうしたものかと、私とシュウを交互に見てくる。

 

 別に返してしまえばいいんじゃないか。

 どうせ使わないし。

 

『やめた方が良い。こいつの目的もわからないし、これ以上強くさせるべきじゃない』

 

 意見が分かれたことでアンジェリアはさらに混乱する。

 

「えっと……あっ」

 

 アンジェリアの背中を影が通った。

 通ったのはずっと大人しくしていた鳥人だ。

 その手にはアンジェリアの背中にあった剣が握られている。

 

「これがあれば!」

 

 鳥人は剣を奪い、そのままの勢いで黒竜に突撃していった。

 

「勇気あるもの、か……」

 

 黒竜は自らへと向かう剣先を気にかける様子もない。

 何か思い出すように遠くを見ている。

 

 結果は先ほどと何も変わらなかった。

 突撃した鳥人が、黒竜の手に吸い付くように旋回し、そのまま地面に突撃した。

 

 手からこぼれた剣を黒竜が拾う。

 剣を眺める黒竜の顔が徐々に呆れたものになる。

 

「相も変わらず器用な奴だ。こんなものまで作るとは……」

 

 呆れつつも「ふっ」と軽く笑い、アンジェリアに剣を放り投げた。

 アンジェリアはうまく受け取ることができずあたふたしている。

 

「その剣には封印術式が刻まれている。解除条件は勇気を出すこと。封印を解くことで奥に刻まれた術式を引き出すことができる」

 

 手に入れようとしていた剣を渡し、わざわざ解説まで始めた。

 

「吾は同類に久闊を除しに赴く。牙はその後、受け取りに往こう。それまでに勇気あるものを選別しておけ。試してやろう」

 

 用件を伝え終わると、黒竜は振り返ることなく歩き去った。

 

 

 

 ―― ―― ―― ―― 

 

 

 

 黒竜が復活してから十日後の昼――荒野に一つの影が落ちていた。

 影の主は黒竜。その行く先には人間のコロニーがあった。

 

 やがて黒竜はコロニーの正門に辿り着いた。

 壁は高く、黒竜の盾により強力な結界が張られている。

 普段はまず開くことのない高き門が、今日はわずかに開いた。

 

 そこから出てきたのは、一人の兵士。

 腕に翼の生えた半人半鳥の魔人である。

 

 魔人は片手に黒塗りの剣、もう片方の手に同じく黒塗りの盾を持っていた。

 剣は黒竜の牙、盾は黒竜の鱗からできている。

 

「牙に鱗とは用意がいい。だが、吾は勇気あるものを、と言ったはずだが?」

 

 黒竜の問いに魔人は答えない。

 

「聖女様の命令により、聖女様の力を拝借し、聖女様のためにお前を――殺す!」

 

 叫び声を上げ、魔人は腕を振るう。

 足は地を蹴り、腕の翼は空気を掻く。

 得られた推進力は、火口での戦いを大きく凌いだ。

 

 だが、まだ足りていない。

 黒竜は突き出される剣を避け、魔人の腕に手をかけるが――、

 

「む……」

 

 黒竜の伸ばした手は見えない障壁により弾かれた。

 剣で突き刺すことこそ避けられたが、勢いのついた体はまだ残っている。

 

 魔人はそのままの勢いで黒竜に激突した。

 魔人への衝撃は盾により和らぎ、痛みも反動もほぼない。

 一方、黒竜への衝撃は勢いに加え、障壁の分も付加されている。

 

 黒竜は衝撃を受け、大きく宙を飛んだ。

 流石というべきか、接触の際に後方へ飛び威力を抑えている。

 空中で軽く体勢を戻し、手をつくことなく着地した。

 損傷は軽微。すぐに魔人へと視線を移す。

 

「ふむ、障壁は盾の力か。貴様ではない何者かに引き出されているようだな」

 

 黒竜は状況を冷静に分析していく。

 分析は正しい。盾は聖女から預かったもので、力を引き出しているのも聖女である。

 盾の力は保持者への障壁形成。単純に攻撃を防ぐというものだ。

 

「それに異常な強化魔法も受けているな。片方はメルがしていたものと同じか。もう片方は……読み取れんな。だが、忘我の作用もあるか」

 

 こちらの分析も正しい。

 魔人の指にはパーティーリングが嵌められ、能力プラスの恩恵を受け、加えて、聖女の歌の効果も受けている。

 スキル「催眠耐性」でトランス状態は避けられるが、強化効果もなくなってしまうので魔人だけスキルを外されていた。

 

「殺す! 殺せる! 聖女様、俺が殺してみせます!」

 

 魔人は突撃を続ける。

 黒竜は反撃ができていない。

 全ての接触を障壁で防がれてしまう。

 

「……致し方ないか」

 

 顔の火傷をなぞったあと、諦めたように軽く顎を上げた。

 

「誓う! 吾が行うのは攻撃ではない! 貴殿の定めた専守防衛に反しない!」

 

 宣言が終わると黒竜は初めて構えを作った。

 腕を肩の位置まで上げ、手は魔人へと向ける。

 

「重ねて誓う! 吾が誓約を解くのは戦のために非ず!」

 

 二度目の宣言が終わると、黒竜の腕に変化が起こった。

 人間の形をしていた腕がバキバキと変形し、見るからに硬く尖っていった。

 

 この様子をみて魔人は攻撃を止めていたが、意を決して再度の突撃を開始した。

 

「聖女様のためにィ! 死ねェ!」

 

 黒竜は目を見開いた。

 瞳孔はすでに人間のような丸でなく、爬虫類に見られる菱形のものへと変わっている。

 

『黒葬――』

 

 声は耳からではなく、魔人の頭の中で直接響いた。

 

 直後、魔人の目に映る景色が変わった。

 黒竜の腕を中心にして他の景色が歪んでいる。

 全ての光景が腕へ引っ張られるように長細く映り始めた。

 

 事実、魔人自身も腕へと吸い込まれていっていた。

 

 ――そして、魔人の持つ剣と黒竜の腕はぶつかった。

 

 予想されていた衝撃は起こらない。

 衝撃どころか接触音すら発生しない。

 全ての事象を腕は吸い込んでしまっているようだった。

 

 二人は接触したまま止まった。

 

 先に動いたのは魔人。

 立ったままの位置から一歩踏み出し、剣を突き出す。

 その速さは落ちていた。

 そして、魔人自身も能力の低下に気づくだけの判断力が戻っていた。

 

 黒竜はぬるい突きを軽くかわし、魔人の腕をつかんで投げる。

 先ほどまであった障壁はすでになくなり、魔人は為す術なく地面に激突した。

 

「俺が、倒すんだ……」

 

 それでも、魔人はよろよろと起き上がる。

 

「メルの強化魔法が外れていない……。恐ろしい術式だな」

 

 黒竜の腕はすでに人間のものに移っている。

 

 宣言にあったとおり、黒竜は攻撃などしていない。

 向かってきた剣を、ただ受け止めただけだ。

 

 魔法や付与された刻印術式、呪い――全てを解除する黒竜本来の腕で受け止めた。

 そのため魔人にかかっていた聖女の歌及び盾の効果がなくなった。

 

 ただし、チートの効果は外れない。

 それがわからない黒竜は感嘆の声を漏らす。

 

「俺なら勝てる。聖女様のために。俺は――」

「まさか貴様。自分が強いなど思っているのか」

 

 呆れたように黒竜は首を振る。

 

「貴様は余りにも半端だ。かつてお前と同じような半端ものがいた。そいつも弱かった。だが、あいつは吾を倒した。なぜだかわかるか?」

 

 魔人は答えることができず、黙り尽くす。

 無論、黒竜の言うかつての半端ものとは初代魔王シグのことである。

 

「あいつは自分が弱いことをわかっていた。人間ほどずる賢くなれず、魔族ほど力も強くもない。あいつは自分の中途半端な弱さを認めていた」

 

 黒竜は懐かしむように語る。

 

「だから、あいつは仲間を作った。人と魔族。両方の仲間を」

 

 黒竜はなおも語る。

 

 人は脆く壊れやすいが、それ故に協力し一人では為し得ないこともなすことができる。

 状況を打破する道具を作り使いこなすのもまた特徴である。

 

 魔族は人間よりも力強いが、己の力に過信しすぎる。

 また、種族の変動や特徴が大きく、種族間の協調性に欠けている。

 

 シグは互いの特徴をよく理解し、両方の間を取り持った。

 人魔協力し、最終的に黒竜をも倒すこともできた。

 

 黒竜はそう話す。

 

「お前に勇気などない。自らの意思もなく、ただ誰かの命令に従っているだけだ。なんのためにそれを持っている?」

 

 魔人は剣を使いこなすことができていない。

 本人も理解している。それでも彼にはこれを使うほかなかった。

 

「なぜ来るとわかっていて罠も張らず正面から挑む?」

 

 人間らしく、策を練っていけということだ。

 

「戦える人間はお前だけではないだろう。なぜ一人で戦う?」

 

 どうして人間らしく結束して黒竜自身にかかってこないのかということだ。

 これは聖女が決めたことだから、魔人に言っても仕方ない。

 

「牙と鱗を置いて、もう帰れ。貴様に用はない」

 

 そこまで言うと、黒竜は視線を上げ息を吸った。

 

「人の子らよ! 聞こえているのだろう!」

 

 黒竜は叫ぶ。

 実際に門の内側では多くの人間が黒竜の叫びを聞いていた。

 

「吾は黒竜! 今から門を開け、貴様らの性根を叩き直しに行く! 我が歩み! 止められるものなら止めてみよ! 剣でも矢でも魔法でも何でも良い! 人間らしくずる賢く、協力し、罠をしかけ、不意を打ってかかってこい――」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

 声は黒竜のすぐ後ろから。

 同時に黒竜の胸を一本の剣が貫く。

 

 どこからともなく現れた女に黒竜は驚き振り向く。

 彼が見たのはぼんやりした顔の女だった。

 

 女は黒竜の首を掴んで固定し、剣を上に下にと執拗に動かす。

 

『さすがにしぶといねぇ』

「うむ、そうだな」

 

 女はふざけた男の声に同調する。

 

 とどめと言わんばかりに腸を大きく切り払うと黒竜は淡い光に消えた。

 残るのは女と小さな光の結晶。それと、唖然とした魔人。

 

「勝った」

 

 ――獰猛な笑みをした女は小さな勝ち鬨あげた。

 

 

 

 ―― ―― ―― ――

 

 

 

 黒竜のドロップアイテムを手に入れ、私は門に相対する。

 

 黒竜とは正面から戦っても、まず勝ち目がないとシュウに言われていた。

 そのため隙を見て後ろから突き刺すことと相成ったわけだ。

 いやはや上手くいってよかった。

 

 十日前にアンジェリアと鳥人を伴い火口を後にした私たちは、聖女の住むコロニーに向かった。

 

 しかし、私は入れてもらえなかった。

 黒竜を倒したら入っても良いと条件が出された。

 シュウで障壁をこじ開けても良かったが、シュウに止められた。

 それでも中の情報は知りたかったためアンジェリアからこっそり情報を回してもらったという訳だ。

 というか早くダンジョンに行きたい。

 

 黒竜の剣と盾を回収すると、ちょうど門が開いた。

 隙間から一人の女が駆け寄ってくる。

 

「メル様、ご無事で」

 

 まあな。

 そう言って、剣と盾をアンジェリアに渡す。

 

 さて、聖女とご対面といきますか。

 

 

 

 コロニーの空中には無数の管が走っている。

 なにあれ?

 

「伝声管です。あれを用いて、中央大聖堂から聖女様の歌声をコロニー全体に行き届かせています」

 

 ほーん。

 そんなことができるんだな。

 今さらだが、そもそも聖女ってどんな奴なんだ?

 神の声が聞けて、歌がうまいってのは聞いたけど、それ以外がさっぱりだ。

 そもそも本名はなんなの?

 

「本名はミストですね。でも、今はこっちで呼ぶ人はいないと思います」

『げぇ、ミストだって……』

 

 なんだよ露骨に嫌そうな声出して。

 

『俺の世界でミストっていうと、男女含めて碌な奴がいない。でも、名前は根本的な問題にはあたりませんよね』

 

 なんだかよくわからない。

 名前はわかった。外見はどんなのなんだ?

『胸は大きい? 顔は?』

 

「胸はそこまで見ていませんから、わかりません。顔つきは穏やかです」

『良いね。聖女っぽいよ。胸も期待できる』

 

 なぜ穏やかな顔だと聖女っぽいのかわからない。

 あと、胸はどうでもいいだろ。

 

「髪がスラッとまっすぐ伸びて、とてもきれいです」

『グッド。黒髪ロングはいつだって青少年のあこがれだ』

 

 あこがれらしい。

 

「黒髪じゃありませんよ。緑です」

『ッ! バッキャロォ! なんでそんな重要なことを今まで黙ってた!?』

 

 いきなり怒り始めた。心の病なんじゃないだろうか。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 謝らなくていい。

 こいつの勝手な妄想だから。

 

『頭ん中、ハッピーセットかよ! 髪が緑って、相当やばいよ! 前にも話したでしょ!』

 

 そうだったかもしれない。でもね。

 メル知ってるよ。髪の色だけでやばさを決められるわけでもないって。

 

『俺より年上のくせして一人称「メル」とか言うのほんとやめてくれる。鳥肌もんだわ』

 

 おう、その鳥肌見せてみろよ。

 カミソリで全部まとめて剃り尽くしてやるから。

 

『やべぇな、やべぇよ。緑髪がする願いってなんだ……。世界の大崩壊とかじゃないよなぁ』

 

 今回の聖女訪問の目的に立ち返ってきた。

 私が聖女に会いたいのは、聖女の願いとやらを聞くためだ。

 世界の大崩壊ねぇ。

 

「聖女様がそんなことを思われるわけがないだろう!」

 

 後ろから怒鳴ったのは鳥人。

 そういや門からずっと一緒についてきたたな。

 今まで黙ってたのに、聖女の話題が出たらしゃしゃり出てきた。

 

 そういや、お前は願いを知ってるの?

 

「俺ごときが聖女様の思いを聞くなんて、恐れ多い」

 

 知らないらしい。……なら黙ってろよ。

 

 ともあれ、会えばわかるだろう。

 

 

 

 中央大聖堂は文字通りコロニーのど真ん中に建っていた。

 白く大きな円柱が何本も立って天井を支えている。

 中もなんだかスカスカで広い。ボス部屋みたい。

 あるのは入り口と、奥に続く扉。

 あとは壁や天井にある伝声管だけだ。

 

 件の緑髪は部屋の奥に一人で立っていた。

 ボスっぽい。

 あぁ、ダンジョン行きたい……。

 

「こんにちは」

 

 普通に挨拶された。

 確かに声はきれいな気がする。

 まだ、挨拶だけなのでよくわからないが。

 雰囲気はアンジェリアが話すように穏やかそうだ。

 

 どうも。

 さっそくだが、お前の願いとやらを聞きに来た。

 

「言えません」

 

 ……なぜだ?

 言ってくれれば、できる範囲で協力するぞ。

 

「優しいんですね。でも、だからこそ言えないんです。もしも願いを言えば、叶うんでしょう。でも、それでは、――形だけのものになります」

 

 よくわからんな。

 形だけでも叶うならいいじゃん。

 

「そんな空っぽじゃ意味がありません。私が欲しいものは違う……」

 

 中身のあるものだと?

 

「はい。きっとそれが本物の――」

『本物、か……。それは意識が高い本物? それとも偽物に負ける本物? あるいは特別な本物? それとも本物になった元偽物? いやいや、偽物であって欲しかった本物? どれ?』

 

 どこがどう違うんだよ……。

 

 いやね。

 実を言うと、本物だろうが偽物だろうが、空っぽだろうが中身がつまっていようが何でもいいんだけど、私にも関係する願いだと困るんだよ。

 お前の願いで私が困る。

 

「正直なんですね」

 

 くすっと聖女は笑う。

 

「私の願いは、あなたに特に関係はしませんよ。魔王とは関係ないことです」

 

 どうやら私が魔王であることは知っているらしい。

 

 あ、そうなの。

 私には関係しないの?

 じゃあ、どうでもいいかな。

 まあ、コロニー全体に暗示をかけたり、四天王を倒したり、黒竜を調査しないといけないって相当な願いなんだろうな。

 

「…………もっと、単純で簡単なことだと思っていたんですが」

 

 ――どうやら違ったみたいです。

 

 そう言って、聖女は少し悲しげに笑った。

 

 

 

 さて、日も傾き夕方になった。

 

 コロニーには歌声が響いている。

 聖女の歌声らしい。確かにうまい。

 どこか儚げな歌声が夕焼けに合っている気がした。

 コロニーの住人たちも足を止め、黙って歌を聴いている。

 

 盾も聖女に返しておいた。

 シュウは渋ったが、別に問題ないだろう。

 

 剣はアンジェリアが持っている。

 私も別にいらないし、鳥人に持たせてもあれなので別に彼女でいいだろう。

 

「うむ。それがよかろう」

 

 賛同したのは私の隣でパンをかじる黒竜だ。

 

 なんでお前はパン食ってんだよ……。

 

「食は生きる上でもっとも大切なものだと吾は考えている」

 

 そういう話じゃねぇんだよ。

 

 なんでも敗者は勝者の言うことを聞くのが当然らしい。

 保留にしておいたら、ずっとつきまとってきてうっとうしい。

 

 お前は牙と鱗を回収するんじゃなかったのか?

 

「その予定だったが、ミストからは回収できない」

 

 なんで?

 

「あちらから仕掛けてこないからだ」

 

 ……はい?

 

『ああ、やっぱそうなんだ』

 

 解説よろしく。

 

『叫んでたじゃん。専守防衛がどうのって、たぶん自分から攻撃しないって決めてるんじゃないかな』

 

 そういやこいつ自身から攻撃をしてきた記憶がない。

 こっちから攻撃したときにそれを躱してから、投げたり叩いたりだ。

 

「誓約でな」

 

 それ、会ったときにも言ってたな。

 人間の姿をしているのも、そうなんだったよな。

 

「そうだ、誓約だ」

 

 そもそも誰との誓約なんだ

 

「かつての勝者。吾に勝ったものたちだ」

 

 黒竜はそう言って、火傷の痕が残る左顔面を触る。

 

 その火傷もなんか誓約なのか?

 

「これは敗北の証だ。一番初めに倒されたときについた。消そうと思えば消せるが、残している」

 

 ずいぶんとすごい炎魔法だったんだな。

 竜を焼くほどの炎って。

 

「魔法ではない。術式はなかった。黒い炎を操る男だ。一度目は為す術なく負けた。そのときにこの姿になることにした。二度目は人型になってから策を練り、挙兵して挑んで負けた。そこで軍門に降り、専守防衛を言い渡された」

 

 ずいぶんすごい奴だったらしい。

 どんなやつだったんだろうか。

 

「武を持ってこの世界を、いや、全ての世界を我が手に治めると話していた。『天下布武』とな」

 

 ぶっとんだ奴のようだ。

 チート持ちか?

 

『間違いなくチート持ち。誰かもわかった。会ってみたかったなぁ』

 

 どうやらシュウの世界の有名人らしい。

 お前の世界から来る奴は変なのばっかりだな。

 

「吾もシグもあやつの軍の一員だった。シグを育てたのもあやつと吾だ」

 

 初代魔王の育成もしていたのか。

 それで、そのすごい奴はどうなったんだ。

 

「あと一歩でこの世界を治めるというところになって、自らの黒炎に焼かれて死んだ」

 

 えっ?

 

「出会いから別れまで――とにかく壮絶という言葉に尽きる」

 

 複雑な思いを込めて、黒竜は自らの火傷を撫でていた。

 

 

 話を戻すと、鱗の盾は無理でも牙の剣は回収できるんじゃないのか。

 持ってるのはアンジェリアだし。

 

「あの女は牙を使える素質がある。少し様子を見る」

 

 えっ、あいつの剣の腕は私と同じくらいだぞ。

 

『それはアンジェリアに失礼。あっちのがわずかに上手い。それと剣の腕じゃなくて、勇気があるかどうかの話でしょう』

 

 ああ、なるほど。

 勇気あるものだったか。

 勇気ねぇ。あいつに勇気があるのか?

 いつもびくびくしているし、涙目で隠れるぞ。

 

「シグも勇者と呼ばれていた。しかし、あいつ自身は人一倍臆病で気弱だった。なにかあればいつもぐずぐず泣きながら草に話しかけていた」

 

 そういや植物と話せるんだったな。

 

「それでも皆がシグを勇者と呼んだのは、絶対に死なないからだ。吾の選別場でも死なず、敵地のど真ん中に落とされても死なず、先に語った男と戦ってもなお死なず、吾と戦ってもやはり死なずに生き残った」

『なるほど……何があっても生き残るってなら、アンジェリアはそうかもしれない』

 

 シュウは納得している。

 そういえばそうだな。最初に会ったときもぎりぎりだけど生きてたし。

 あっちこっちでも死にかけてたが不思議と生き残っている。

 

『メル姐さんに現実逃避があるように、アンジェリアも調査員専用スキルの他に特殊スキルがあった。覚えてる?』

 

 ああ、なんか言ってたな。

 変なスキルだったから忘れてしまったが。

 

『「無能生存体」常時発動型スキル。効果は「しぶとい」ってだけしか書いてない。相当死にづらくなるんだろうね』

 

 ちょっと名前がひどいんじゃないかな。

 

「死なないことは勇者の最低条件だ。だが、死なないだけでは状況は覆らない。重要なのは状況を切り開けるか否か。それが勇者とクマムシの境目だ」

 

 クマムシって……。

 

 そういや剣の発動は勇気だそうだけど、槍と盾の発動はなんだったんだ?

 

「槍は見ていないからわからない」

『槍はたぶん、槍を捨てることだね。槍を頼らず自分自身の力で戦おうと思ったときに、身体強化が発動するんだと思う』

 

 なるほど、そうなのかもしれない。

 じゃあ盾は?

 

「信じ抜くことだ。自らの正しさや信念に揺るぎがないときに発動する」

 

 そんな話をしているうちに夜は更けていった。

 

 

 

 翌朝、響き渡る聖女の歌で目が覚めた。

 夕方はまだいいとして、朝はうるせぇな……。

 

 朝ご飯を何にするか考えていると、シュウがしゃべった。

 

『魔王のやめ方思いついた』

 

 頭がまだうまく回ってないから理解できない。

 そういえば南の世界にやってきたのは、魔王をやめるためだったなー、と人ごとのように思い出した。

 それでどうするんだ?

 私はもうそろそろダンジョンに行きたい。

 

『黒竜の牙と鱗を、黒竜本人に返す。これでいけるはず』

 

 ……よくわからんのだが?

 だいたいお前は返すのに反対してただろ。

 

『勇者、人間の代表、魔族のくくりは勇者兼初代代表兼初代魔王のシグが決めたもののはず。それを形づけてるのが黒竜の剣、盾、槍。この三つ全てなくなれば、その前提がなくなるから魔王自体もなくなる……はず』

 

 昨日、聖女に盾を返さずにそのまま黒竜に渡せばよかったのか。

 もっかい渡してもらえるかな。

 

『たぶんダメ。無理矢理ならいけるけど、緑髪だし、バックに神様いるから、何が起こるか想像つかない』

 

 緑髪と神様を同列に扱うのはどうかと思う。

 

『そこで帰結するのは聖女の願い。これの成就がおそらく全てのネックになるはず。魔族からの守りならメル姐さんから黒竜に人を助けるよう命令すれば良い。本人も性根を叩き直すとか言ってたから協力するはず』

 

 そっか。

 でも、願いがわからないじゃん。

 本人も話す気がないみたいだしさ。

 

『そう? 神が関係してくることと、このコロニーの様子から、俺はなんとなくわかったよ。きっとこれで間違いない』

 

 はえーよ。

 それで願いはなんなんだ?

 

『聖女の願いは――することだと思う』

 

 ……えっ。

 あまりにも単純な回答だった。

 そんなことのために、あんな大げさなことになったのか。

 

『うん。神様がちょっと全世界規模で解釈したんだと思う。このコロニーだけで十分可能。確かに自分から言えば強制になって、空っぽと言えなくもない』

 

 うーん、そうかなぁ。

 私にはどっちも変わらないと思うが。

 

『変わる。行為は同じでも、自発的なものかどうかで聖女の立ち位置が変わってくる』

 

 そんなもんかね。

 それで願いはわかったがどうするんだ?

 

『策はある』

 

 ほう、聞こうか。

 

『まずね――』

 

 ……ふむ。

 それではそれでいこう。

 だが、聖女の願いがお前の予想通りじゃなかったら意味がないんだが……。

 

『それは大丈夫じゃないかな。俺たちは神様の誘導でここに来た。神様はなんで俺たちをここに呼んだのか? 聖女の願いを叶えるためだ。それならきっと俺の推測は正しい』

 

 ずいぶんと神頼りで自分勝手な意見である。

 しかし、チートに頼り切りな私が言えたことではない。

 正否など、やってみればわかるというものだ。

 

 こうして長そうな一日が始まった。。

 

 

 

 午前に打ち合わせをすませ、午後になり大聖堂へやってきた。

 

 目の前には相変わらず穏やかな聖女ミスト。

 彼女の横には鳥人も立っている。

 私の後ろにはアンジェリアと黒竜が控えている

 

 一つ頼みがある。

 

 私は第一声でそう切り出した。

 

 歌を聴かせて欲しい。

 昨日の夕方と今日の朝に流れてくるのを聞いた。

 実際に生で聞いてみたいと思ったんだ

 

「かまいませんよ」

 

 ミストは目をぱちくりさせた後、快諾してくれた。

 鳥人は不満げな顔をしていたが、武力でも立場でも口を出すことができない。

 

 こうしてミストは歌い始めた。

 歌に教養のない私でも上手いとわかる。

 鳥人は恍惚とした表情で聞き、黒竜も目を閉じ満足げに聞いている。

 ただ一人、アンジェリアだけが首をかしげていた。

 

「満足いただけましたか?」

 

 私は満足したので首を縦に振る。

 鳥人と黒竜も同様だ。

 

「あなたは?」

 

 そう問われたアンジェリアは慌てて「私も満足しました」と頷く。

 

「本当にそう思ってるか?」

 

 私は問いを投げる。

 

 アンジェリアは問いに慌てふためいている。

 

「もちろんですよ。聖女様の歌ですから」

 

 聖女だから、とかそういう修飾語はいらない。

 

 お前は今の歌が、本当に良いと思ったか?

 前に、言ってただろ。昔の方がよかったって。

 正直に思ったことを言ってみろ。

 

 アンジェリアは困ったように私とミスト、それに目を鋭くした鳥人も見る。

 

「聞きたいです。ぜひ話してみてください」

 

 ミストはそう言って鳥人を牽制する。

 空気が和らいだことで、アンジェリアもおどおどと口を開いた。

 

「それでは失礼します。聖女様の歌は、昔はもっと聞きたいし、いつまでも聞きたくなるような歌でした。しかし、今聞いた歌からそういったものはまったく感じません。早く歌い終わらないかな、と思ったほどです。メル様の歌の方がまだ楽しいです」

 

 本当に思ったままを言ったのだろう。

 私もまさかそこまで言うとは思ってもみなかった。

 というか、そこで私の歌を引き合いに出すのはやめてくれないか。

 

『まあ、メル姐さんの歌はいろんな意味でおもしろいからね』

 

 ミストと鳥人は固まっている。

 

「き、貴様……。聖女様の歌が、大きい声で騒いでいるだけの歌より劣っているというのか!」

 

 先に我に返った鳥人は吠えた。私も叫び返したい。

 大きい声で騒いでるってどういうことだよ。

 マジメに歌ってんだぞコラ!

 

「歌の上手い下手では圧倒的に聖女様の方が上でしょう」

 

 なにか言いかけようとしていた鳥人を、聖女が手で制した。

 

「メルさんの歌の方が楽しいとはどういうことでしょうか?」

 

 穏やかな聞き方だが、動揺しているのがわかるほど声が震えていた。

 アンジェリアはなおも続ける。

 

「昔も言わせていただきましたが、もう一度言わせていただきます。『とっても上手だね』」

 

 聖女は口をわずかに開けた。

 

「ま、まさかあなたは――」

「はい。お久しぶりです。十年ぶりでしょうか? 本当に上手だと思います。ですが、上手いだけです」

 

 アンジェリアは言い切った。

 

「あ、ああ……」

 

 ミストは顔をこわばらせる。

 

「私は聞いていて、そして、歌っていて楽しいと思いたい。残念ながら、聖女様の歌は心に響きません」

「う、嘘、嘘よ……。 神よ、それではなぜ……?」

 

 声どころか、膝まで震えてきている。

 この反応を見るにシュウの予測は見事的中しているようだ。

 

「どうしても一緒に歌いたい、と思ってこないんです」

「そんな……それじゃあいったい、今まで私は何を――」

 

 アンジェリアは言い過ぎているように見える。

 しかし、あらかじめ打ち合わせたとおりに言っているにすぎない。

 それにしても、かなりアドリブがきいてるな。

 とっても上手だね、のくだりも動揺させるための作り話なんだろう。

 

『それはどうだろうか? でも、願いは正しかったみたいだね』

 

 ミストは顔をこわばらせ、膝をがたがたと震えさせている。

 効果は抜群だ。

 

「私はいったいどうすれば――」

 

 そんなの私が知るか。

 

 震えていた膝が折れ、ミストはそのままぱたりと倒れた。おやすみさん。

 

 勇者は聖女の盾をへし折り、道を切り開いた。

 あとは拓かれた道を整えるだけだ。

 

 

 

 ミストが目を覚ました。

 

 彼女はベッドの上で横になっている。

 場所は大聖堂の一番奥にある彼女の寝室。

 防音がしっかりしているきれいな良い部屋だ。

 

 おはようさん。

 

「……おはようございます」

 

 もう夕方だ。

 歌の時間じゃないのか?

 

「…………夢に神が出てきました」

 

 しばらくの沈黙の後、ぽつりと呟いた。

 

 なんか言ってたか?

 

「微笑むだけで、なにも言ってくれませんでした。こんなこと今までなかったのに。私は、ずっと騙されていたんでしょうか……」

 

 違う。

 もう何も言う必要がなくなったんだ。

 

 聖女は首をひねっている。

 

 わかってないようだな。

 お前の願いが叶うってことだよ。

 

「私の願いは……」

 

 微笑もうとしたが、うまくできなかったらしい。

 かけられていた布団を強く握っている。

 

「私の願いは――」

「みんなで歌うこと。違うか?」

 

 どうして、と言わんばかりに驚きこちらを眺めてくる。

 

 さすがシュウと言わざるを得ない。

 

 神の好みは歌やダンスである。

 世界征服やら殲滅作戦など眼中にないらしい。

 

 さらに歌っているときの住民の様子。

 みんな歌っているのを黙って聞いているだけだ。

 

 聖女は自分の願いはもっと単純で簡単だと話していた。

 

 そこから、ただ「みんなで歌いたかった」だけなんじゃないかと推測したらしい。

 

 だが、歌えば歌うほど、現実は彼女の願いから離れていってしまった。

 

 歌が上手すぎる上に、変な催眠までついてくるからだろう。

 あと、神様が種族とか世界を越えたグローバルな方向に持って行ってたこともあるかもしれない。

 一言、「一緒に歌おう」と誘えばきっとそれだけで願いは叶ったはずなのに……。

 

「どうすればいいんでしょうか?」

 

 歌えばいいんじゃないか?

 

「しかし、それではまた……」

 

 聖女はそこで言葉を切った。

 同じことの繰り返しだ。

 

『ひとりは歌い、みんなが続くのを待った。だが、みんなはひとりの歌をただ聴くだけで続かなかった。ひとりはみんなと一つになるため歌い続けたが、みんなはひとりの歌を受け入れるだけしかしなかった』

 

 ――では順序を変えればどうだろう?

 もしも、一人ではなくみんなが最初に歌っているなら。

 受け入れるだけしかしない連中が最初から歌っているのなら?

 

「えっ?」

 

 聖女の疑問符に、私は寝室の扉を開けることで応えた。

 

「……あっ――」

 

 扉を開ければ、聞こえてくる微かなメロディー。

 

 ミストは呆然とベッドから身を起こし、歌声に誘われるように歩き出す。

 廊下を歩けば歌声は徐々に大きくなり、ミストの足も速くなっていった。

 

 講堂の扉を開けると、そこにはアンジェリアや鳥人をはじめ多くの人間が集まっていた。

 彼らはみなミストの方を向いて、彼女の歌を声高々に合唱している。

 ここにいる人間だけではない。コロニー中の人間が歌っていた。

 

 ――全てはただ一人のために。

 

 やがて、一人も声を出し始めた。

 一人の声は皆の声に自然と混ざっていく。

 

 みんなはひとりを受け入れ、ただ一つのみんなになった。

 

『――そして、ぼっちとみんなが残った』

 

 なんで落ちをつけるのよ……。

 

 

 

 こうして南の世界での最後の夜は、歌声に包まれて終わることとなった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。